職業性胆管がん事件(校正印刷会社SANYO-CYP)(2013年冬-2)「胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会報告書」/危険・有害化学物質にSDS・ ラベル・リスクアセスメント義務、特別規則未規制対象物質対策強化で法令改正
古谷杉郎(全国労働安全衛生センター連絡会議事務局長)
目次
はじめに
2012年12月16日に大阪で開催した「シンポジウム 胆管がん多発事件はどうして起こったか-原因と対策を考える-」を特集した本誌2013年4月号で、以下のように書いた。
「今回の事件が、法制度等の不十分だった過去に生じた曝露の結果であって、現状は心配ないと言えればよいのであるが、考えれば考えるほど、現在の状況のもとにおいてさえも、予防できると言い切れないどころか、被害の発生を早期に把握することすらできないのではないかとの懸念が強まるばかりである。必ずや、今回の教訓から、具体的な対策の改善を一歩でも二歩でも引き出さなければならないと、強く感じているところである。」
厚生労働省は、「胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会」※を2013年8月6日に参集し、3回の会議での検討を経て、10月29日に報告書を公表した。
※本稿末に、専門家検討会報告書など掲載。
胆管がん事件と12次防契機
これについては、2013年6月10日の第72回労働政策審議会安全衛生分科会に提出された「第12次労働災害防止計画を踏まえた検討項目と論点」で「化学物質管理のあり方」として、以下のように提起されたのが最初であった。
- 印刷事業場における胆管がん問題の発生を踏まえ、法令により特別の規制がなされていないものを含め化学物質管理のあり方について見直す必要がないか。
- 特に、個々の化学物質の有害性やばく露実態に応じて事業主が講ずべき対策のあり方について検討が必要ではないか。
2013年2月に公表された第12次労働災害防止計画では「化学物質による健康障害防止対策」として、「2017年までにGHS分類において危険有害性を有する全ての化学物質について、危険有害性の表示と安全データシート(SDS)の交付を行っている化学物質製造者の割合を80%以上とする」という目標が掲げられ、講ずべき施策が以下の3点にまとめられている(2013年5月号22-23頁)。
- 発がん性に着目した化学物質規制の加速
- リスクアセスメントの促進と危険有害性情報の適切な伝達・提供
- 作業環境管理の徹底と改善
安全衛生分科会では第12次労働災害防止計画を踏まえた検討を開始していたところであり、この2.関係の施策の具体化として提起されたものと考えてよい。
なお、1.で「有害性が明らかになっていない化学物質について、発がん性に重点を置いて、有害性評価とその結果等に基づく必要な規制を迅速に行う仕組みを構築する」とされているので、こちらの進展についても、引き続き注目していく必要がある
6月27日の第73回安全衛生分科会には、以下のような「胆管がん事案等を契機とする化学物質管理のあり方(論点ペーパー)」が示された。
- 特別規則の対象でない化学物質について、個々の化学物質の有害性やばく露実態に応じて、何らかの対策が講じられる必要があるのではないか。
- 具体的には、事業者によるリスクの程度に応じた措置の促進、譲渡・提供者によるSDS交付の促進を図るべきではないか。
- これらの検討に当たっては、関係業界や専門家の意見を聞く必要はないか。
これによって専門家検討会が参集されることになったわけだが、この日の議論では、「何を論ずるかについては幅が広くて、大きな対象に対して大きな規制がバサリと掛けられるのではないかという懸念を持つ」などの発言もみられた。
専門検討会での議論開始
8月6日に参集された専門家検討会の委員の構成は、専門家3名、業界(使用者)代表3名、労働組合代表2名(23-24頁に一覧)。開催要項は、以下のとおりであった。
「昨年以降、印刷事業場において洗浄作業等に従事する労働者の胆管がん発症が相次いで明らかになったことから、1,2-ジクロロプロパンについては、リスク評価結果に基づき法令改正を行うこととされた。
しかし、当該物質のほかにも労働安全衛生法に基づく特別規則の対象でない化学物質に起因する健康障害が発生し、管理の必要性が認識されていないことも懸念されることから、特別規則の対象でない化学物質を含む化学物質管理のあり方について、労働政策審議会安全衛生分科会において審議が行われ、その結果、その検討の必要性について了承されるとともに、具体的対策については学識経験者等の専門家による検討を行うこととされた。」
8月6日の第1回検討会に提出された「論点(第1回)」の内容は、以下のとおりであった。(一部説明的字句を省略)
- 特別規則の対象でない化学物質を含む化学物質管理の原則について
(1)事業者は、特別規則のない対象でない化学物質についても、有害性やばく露実態(リスク)に応じて必要な措置を合理的に決定しなければならないが、その必要性が十分に認識されていないことも懸念されるところ、その講ずべき措置の考え方が明確にされるべきではないか。
例えば、欧米における化学物質管理やILO条約における化学物質管理のあり方も参考として別紙のようなものが考えられる。
(2)同様の考え方が、化学物質(の有害性)による健康障害の防止についてのみならず、化学物質(の危険性)による爆発等の防止についても、明確にされるべきではないか。
(3)事業者は、作業の開始や変更に際して、講ずる措置を決定した場合には、その措置を講ずべき理由(know whyの観点)を含めて、労働者への周知・教育を行うべきではないか。
講ずべき措置の考え方(案)
【有害性について】
- 事業者は、化学物質の製造・取扱において、労働者のばく露を防止し、又は可能な限り低減する。
- ばく露防止・低減対策を講ずるに際しては、次に掲げる優先順位で講ずべき措置を検討し、その検討の結果に基づき措置を決定する。
①有害性に関する情報のない化学物質等の使用の中止、若しくは有害性に関する情報がある化学物質等のうち有害性が極力低いものへの代替
②有害性が高い化学物質等の使用の中止、若しくは有害性のより低い化学物質等への代替
③化学反応のプロセス等の運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更等による、ばく露の程度の軽減
④隔離室における遠隔操作、発散源を密閉する設備、局所排気装置の設置等の工学的対策
⑤保護具の備付け、及び上記の措置を講じても労働者に対する健康障害を生ずるおそれがある場合における保護具の使用 - 危険有害性及びばく露の実態に応じた化学物質管理のあり方について
特別規則の対象でない化学物質についても、その有害性の評価を踏まえ、上記1の考え方に基づく適切な措置が実施されるよう、リスクアセスメントが必要となるものはないか。また、ほかにどのような措置が考えられるか。 - 表示・SDS交付等の危険有害性情報伝達の促進等について
(1)労働者及びユーザー事業者への確実かつ分かりやすい情報として、ラベルによる危険有害性情報の提供が進められるべきではないか。
(2)メーカー等からのSDS交付等による危険有害性情報伝達を促進することが重要である。また、ユーザー事業場における危険有害性情報の積極的な入手(メーカー等への要求)も、併せて促進することが必要である。これらの取組を促進するために、どのような取組が考えられるか。
「胆管がん事案に見られる化学物質管理上の課題」(上図)、「化学物質管理に関する海外の規制との比較」、「リスクアセスメントの実施状況」、「譲渡者によるSDSの交付状況」、「ユーザーにおけるSDSの入手状況」、「リスクアセスメントが不適切であったために発生した化学物質中毒等の例」(下表)等の資料が用意されるとともに、論点3とのかかわりで、業界における支援策として、参考人として日本化学工業協会常務理事から「日本における化学物質の自主管理プログラム-GPS/JIPSの概要と現状」について報告された。
論点1-とくに(1)-については、国際的に確立した原則的考え方として、全員が総論賛成。ただし、参考人が、「講ずべき措置の考え方(案)」2-①の「有害性に関する情報のない化学物質等の使用の中止」は「妥当か疑問」という旨発言したことを含めて、具体的規制のあり方に業界から注文がつくかもしれないと感じられた。
論点2は、全事業者を対象に努力義務とされているリスクアセスメントとそれに基づく措置について、一定の化学物質等について、罰則付き義務化にステップアップさせるという提案で、使用者側から規制強化を警戒する発言が多く、「一定の化学物質等」の対象の設定=限定が難しいのではという議論がなされつつも、納得できるものであればやぶさかではない=共通理解と整理された。
論点3については、文章もすっきりしないが、参考人に話させたことからもわかるように、自主的取り組みの支援策だけしか想定していないようにも思われた。
総じて、一切の規制強化に反対して、教育・啓蒙の必要性のみを強調(さらに自主的取り組みに対する支援を要請)する化学業界に対して、厚生労働省が何らかの意味ある規制強化を実現できるかどうかという構図になっていると思われた。
熊谷信二・産業医大准教授の意見書
この動きを受けて、胆管がん事件のきっかけ-大阪のSANYO-CYPの調査を手がけてきた産業医科大学産業保健学部安全衛生マネジメント学の熊谷信二准教授は、厚生労働大臣と検討会座長に宛てて、以下の意見書を提出した。
本年8月6日に、胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会の第1回会議が開催されたところですが、大阪の校正印刷会社の胆管がん多発の問題に取り組んだものとして、今後の化学物質管理に関する意見を以下に述べます。
- 大阪の校正印刷会社の事例からの教訓
第1回検討会の資料5[「胆管がん事案に見られる化学物質管理上の課題」(上図)]の「職業性の健康障害の発生が認識されず」について
・ 大阪の校正印刷会社では、1996年に在職者1人が胆管癌となり、別の在職者1人が劇症肝炎になった。この時点で溶剤原因説を述べたものがいたが、社長が「証明できるんか」と強い口調で叱責している。これ以降、溶剤原因説を言える雰囲気がなくなっている。
・ 在職中の従業員に絞っても、1996年、1997年、2003年、2004年および2007年には各1人が胆管癌を発症し、2010年には2人が発症しており、さらに2012年の問題発覚以降は3人が発症している。会社側は胆管癌という病名を把握したのは2003年としているが、2003年、2004年と続けて患者が出た段階で、溶剤の変更を模索しており、仕事が原因の可能性を認識していた。また、2010年までに在職者7人が胆管癌を発症しており、会社側は少なくともそのうち5人については胆管癌であることを把握していたが、2012年の問題発覚まで、行政当局に相談しなかった。
・ 2006年に在職者1人が健診で肝機能異常を指摘され、有機溶剤を使用しない部署に配置転換された。その後、γGTPが低下したため、医師は「肝機能異常の原因は有機溶剤」という趣旨の診断書を出した。その診断書は会社に提出されたが、何の対応もなされなかった。この社員は2012年に胆管癌と診断されている。
以上より、今回の事例では、職業性の健康障害の発生が認識されなかったのではなく、認識していたけれども、あるいは疑っていたけれども、適切な対応をしなかったと言うことができる。したがって、仕事が原因と疑われる事例が発生した時には、事業主が労働基準監督署に届け出る義務を法的に定める必要がある。罰則付きにするべきであり、届け出なかったために被害が拡大した場合は、より重い刑罰とするべきである。
医療従事者による通報システムについて
2009年に胆管癌と診断された元従業員は、病院で「自分が以前に勤めていた会社に胆管癌患者が4人でており、溶剤が原因ではないか」と質問している。この時に、医療従事者が労働基準監督署に届けておれば、事態はより早く明らかになったと考えられる。医療従事者には個人情報を通報することに抵抗があると思われるので、法的に通報システムを確立するべきである。
使用する会社が自分の責任で安全を確認すべき
同社では1996年まではジクロロメタンが含まれる溶剤を使用していたが、それ以降、有機則に該当しない溶剤に変更している。有機則に該当しないものは低毒性であると判断したようであるが、その認識が間違っている。また会社側は、溶剤納入業者に安全なものを納入するように指示したと述べ、それで事足れりと考えているようであるが、自分の会社の従業員に使用させるのであるから、自らが安全性を確認するべきである。この点に関しても事業主の責任であることを明確にする必要がある。
有機則などの特別規則対象外の化学物質による健康障害発生時の事業主責任について
労安法第22条で「事業者は次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない」と定められ、特別規則対象外の化学物質による健康障害を防止することが事業主に義務付けられているが、健康障害の予見可能性の有無にかかわらず、事業主に結果責任があることを明確に規定する必要がある。そうすることで、化学物質の安易な使用を防ぐことができる。
企業秘密の最小化
SDSやラベルの成分表示に関する企業秘密をどこまで制限するかが重要である。現状では、企業の判断に任されており、特に新しい化学物質が使用されていなくとも企業秘密と表示したり、あるいは化学分析すれば簡単に成分が判明するような場合にも企業秘密と表示したりしていることがある。このような企業秘密の表示は認めるべきではない。また、健康被害が出ている場合には企業秘密を認めるべきではない。
動物実験により発がん性が証明された物質について
ジクロロメタンおよび1,2-ジクロロプロパンは、1980年代には既に動物実験で発がん性があることが判明していた化学物質である。このような物質はヒトに発がん性があることが証明されなくても、「発がんの可能性あり」として法的規制を実施するべきである。 - 第1回検討会の配布資料の「論点(第1回)」について
論点の1(1)
未規制物質の管理をどうしていくかが、胆管がん問題を繰り返さないためにもっとも重要な課題の1つである。その意味では、別紙「講ずべき措置の考え方(案)」に記載された考え方は極めて重要であるし、対策の優先順位も妥当なものと考える。特に、①の「有害性に関する情報のない化学物質等の使用の中止」はこれまでよりも進んだ考え方であり、未規制物質による健康障害を予防するための柱になる観点である。
論点の1(3)
「措置を講ずべき理由を含めて、労働者への周知・教育を行う」という点は、職場に安全文化を定着させ、労働者の安全衛生活動への参加を促す意味で非常に重要である。
論点2
現行の労安法では、リスクアセスメントは努力義務であるが、未規制物質による健康障害を防止するためにはリスクアセスメントの実施が不可欠であり、事業主に法的に義務付ける必要がある。
論点3
労働者に化学物質に関する情報を知らせる媒体としては、容器に添付するラベルがもっとも重要である。使用する際にいつでも見ることができるためである。したがって、すべての化学物質を対象としてラベル表示を義務化するべきである。
SDSについてもすべての化学物質を対象として義務化するべきである。また、販売会社は過去に販売した化学物質のSDSを長期間保存し、被害発生情報があればいつでも提供できるようにしておくべきである。提供先は、販売先の事業主だけではなく、労働者あるいは元労働者から要請があれば提供するように義務付ける必要がある。さらにはホームページに掲載し、誰でも化学物質の成分と含有量を調べることができるようにすることが望ましい。
第二回検討会
第2回検討会は9月3日に開催され、以下の内容の「論点(第2回)」が示された(一部説明的字句を省略)。
1. 特別規則の対象でない化学物質を含む化学物質管理の原則について
事業者は、化学物質の危険性又は有害性、及び作業態様やばく露実態から、リスクに応じて必要な措置を合理的に決定しなければならないが、その講ずべき措置の考え方は、物質の性質や作業方法に基づくリスクの除去・低減を第一とし、さらに、残留リスクに対するリスク防止・低減措置が講じられるべきではないか。具体的には、別紙のようなものが考えられる。
別紙:講ずべき措置の考え方(案)
【有害性について】
1. 事業者は、化学物質の製造又は取扱において、次に掲げる措置により、労働者のばく露を防止し、又は可能な限り低減するとともに、健康障害の発生の可能性の度合の低減を図る。
① 有害性が明らかな化学物質であって、有害性が極力低いものへの代替
② 化学反応のプロセス等の運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更等による、ばく露の程度の軽減
2. 上記1の措置により、健康障害の発生の可能性を十分に低減できない場合には、次に掲げる優先順位で講ずべき措置を検討し、その検討の結果に基づき措置を決定する。
③ 隔離室における遠隔操作、発散源を密閉する設備、局所排気装置の設置等の工学的対策その他必要な措置による作業環境中の化学物質等の濃度の抑制
④ 製造し、又は取り扱う化学物質等に対応する保護具の備付け、及び③の措置を講じても労働者に対する健康障害を生ずるおそれがある場合に、労働者に保護具を使用させること
【危険性について】
1. 事業者は、化学物質の製造又は取扱において、爆発等の発生を防止するとともに、次の措置により、負傷の発生の可能性の度合の低減を図る。
① 危険性が明らかな化学物質であって、危険性が極力低いものへの代替
② 化学反応のプロセス等の運転条件の変更、取り扱う化学物質等の形状の変更等による、負傷が生ずる可能性の度合の軽減
2. 上記1の措置により、危険性による負傷の発生の可能性を十分に低減できない場合には、次に掲げる措置を検討し、その検討の結果に基づき措置を決定する。
③ 隔離室における遠隔操作、機械設備等の防爆構造化、安全装置の二重化等の工学的対策その他必要な措置
2. 危険有害性及びばく露の実態に応じた化学物質管理のあり方について
(1)危険・有害性が明らかな(知見が確立している)化学物質について、化学物質を新規に採用する場合等に、リスクアセスメントを確実に実施させるため、義務とする必要があるのではないか。
その対象範囲についてどのように考えるべきか。例えば、危険・有害性が明らかな化学物質としてはどうか。その際、国による評価・認定のほか、国内外の権威ある機関における勧告も考えられるのではないか。危険・有害性に関する情報としてSDSが活用されるべきではないか。
(2)事業者がリスクアセスメントを実施するに当たって、SDSの入手のほか、最低限必要なものは何か。例えば、化学物質の取扱いに慣れていない中小企業等が実施する場合には、簡易なリスクアセスメント・ツールであるコントロール・バンディングを活用することも考えられるのではないか。ほかにどのような方法が考えられるか。
3. 表示・SDS交付等の危険有害性情報伝達の促進等について
ラベル表示の対象物質を拡大すべきではないか。
その対象範囲についてどのように考えるべきか。例えば、ラベルについては、国際的にも化学物質の危険有害性情報の基本的な伝達ツールとして安全データシート(SDS)と一体的に運用されていることも踏まえ、我が国においても、SDSとラベルによる情報伝達が一体的になされるような方向で検討を行ってはどうか。
「講ずべき措置の考え方」から、「有害性に関する情報のない化学物質等の使用の中止」が消えてしまっているが、論点1のリスク対応の原則の義務化は、すんなり合意。論点2については、一定の義務化はやむを得ないとしながらも、その対象範囲や中小企業に対する猶予・支援の必要性、罰則をどうするか等が議論された。論点3のラベル表示のSDSとの一体的運用についても、特段の反論はなかった。
全国安全センターの要望書
この段階で9月8日、全国安全センターとして、以下の要望を提出した。
傘下団体である関西労働者安全センターが、大阪SANYO-CYP社の胆管がん被害者らからの相談を受けたことからこの問題が社会問題化するに至る経過を通じて、私たちはこの問題に大きな関心を払ってきました。今年4月にはSANYO-CYP社胆管がん被害者の会がつくられ、同社との話し合いが行われていますが、関西労働者安全センターは同会の事務局も務めています。
私たちは何よりも、このような事件を防止できなかっただけではなく、被害の拡大を防ぐこともできなかったという事実を重く受け止め、今回の事件を教訓にして、万全な予防策を講じたとは言えないまでも、一歩でも事態を改善させるために具体的にこのような措置を講じたと示すことこそが、被害者・遺族の皆様に対する責務だと考えています。
健康被害が相次ぐなかで労働者から溶剤の影響を疑う声が出されたにもかかわらず、「証明できるのか」と会社によって押さえつけられてしまったこと。会社によれば、納入業者からは「胆管がんになった事例など聞いたことがない、特別規則の対象ではないから健康診断を行う意味はない」、納入業者に紹介してもらった環境測定業者からは「特別規則の対象となる化学物質を含んでいないため、測定を行っても改善につながる結果は得られない」等と言われたとのこと。現在も会社は、「特別規則の対象となる化学物質を含む洗浄剤は一切使用していない」等と強調していること、などにはとりわけ留意すべきと考えます。
以上を踏まえて、胆管がん事件を踏まえた化学物質管理のあり方の検討に当たっての要望を述べます。
- 特別規則の対象でない化学物質を含む化学物質管理の原則を、法令上明記することを支持するとともに、以下を要望します。
① 「論点(第1回)」の「講ずべき措置の考え方(案)」の①に示されていた「有害性に関する情報のない化学物質の使用の中止」が、「論点(第2回)」ではふれられていませんが、この趣旨はぜひとも法令上明記すべきです。
平成25年3月14日付け基発0314第1号「洗浄又は払拭の業務等における化学物質のばく露防止対策について」の2(4)(同通達を改正した平成25年8月27日付け基発03827第3号)で以下のように指示したことは、今回の事件を踏まえた新たな対応としてまさに適切なものと受けとめられています。これを、特別規則の対象でない化学物質を含む化学物質管理の原則として、法令上の基礎を提供することはきわめて重要です。
「化学物質の譲渡・提供に当たり労働安全衛生法第57条の2及び労働安全衛生規則第24条の15に基づくSDSの交付を受けることができない化学物質については、国内外で使用実績が少ないために研究が十分に行われず、危険有害性情報が不足している場合もあるため、洗浄剤として使用するのは望ましくないこと。やむを得ず洗浄又は払拭の業務に使用させる場合は、危険有害性が高いものとみなし」以下の措置(省略)を講じること。
留意事項の改正通達(平成25年8月27日付け基安化発03827第1号)では、参考としてつけられた質疑応答集で以下のように補強しています。
「(規制情報の確認)のみに依存して代替化を進めると、使用実績が少なく有害性情報が十分収集されていない(安全性が確認されていない)化学物質を選定してしまうことがあります。また、安易に未規制物質への代替を進めて労働者の揮発性化学物質へのばく露が増大することがあってはなりません。」
② 「論点(第2回)」の「講ずべき措置の考え方(案)」では、2.よりも1.、④よりも③の措置を優先することは明示されていますが、やはり、②よりも①の措置を優先することも明記することが適切だと考えます。
化学物質リスクアセスメント指針(平成18年3月30日付け指針公示第2号)の「10 リスク低減措置の検討及び実施」では、②に相当するイよりも①に相当するアの措置を優先することが明記されているところです。
③ 化学物質リスクアセスメント指針及びリスクアセスメント指針(平成18年3月30日付け指針公示第1号)の解説として示されている、「可能な限り高い優先順位の措置により、合理的に実現可能な程度に低いレベルにまで適切にリスクを低減する」という趣旨を法令上明記すべきです。
④ 「論点(第2回)」の「講ずべき措置の考え方(案)」では、「有害性について」と「危険性について」が別建てとなっており、これは労働安全衛生規則の第2編 安全基準及び第3編 衛生基準に各々規定することが想定されているのではないかと思料しているところです。しかし、リスクアセスメント指針の「10 リスク低減措置の検討及び実施」では、危険性又は有害性を区別せずにリスク低減措置の原則を明示しているところであり、こちらの方が望ましいと言えるかもしれません。
⑤ 「論点(第1回)」の1の(3)で指摘されていた「事業者は、作業の開始や変更に際して、講ずる措置を決定した場合には、その措置を講ずべき理由(know whyの観点)を含めて、労働者に周知・教育を行うべきではないか」という考え方は重要であり、その趣旨を法令上明記すべきです。
以下の2の③、3の②も同じ趣旨です。 - 労働安全衛生法第28条の2第1項に定められたリスクアセスメントの実施及びその結果に基づく措置の義務化を支持するとともに、以下を要望します。
① 今回、義務化の対象範囲を、SDSの交付対象となっている化学物質に限定せざるをえなかったとしても、すべての化学物質を対象とする方向性をもって取り組むこととすべきです。
② 義務化の対象範囲としての「化学物質を新規に採用する場合等」の「等」には、それ以外の労働安全衛生規則第24条の11に規定する時期、及び、「化学物質等による危険性又は有害性等に係る新たな知見を得たとき」、「定期的」、「(職業病と疑われるものを含めて)労働災害が発生したとき」等が含まれるべきです。
③ リスクアセスメントの実施体制における労働者(代表)の参加及び実施内容の労働者への周知を、法令上明記すべきです。
④ さらに、法第28条の2第1項ただし書きの「ただし、当該調査のうち、化学物質、化学物質を含有する製剤その他の物で労働者の危険又は健康障害を生ずるおそれのあるものに係るもの以外のものについては、製造業その他厚生労働省令で定める業種に属する事業者に限る」を削除する方向性をもって取り組まれることを要望します。 - 労働安全衛生法第57条の表示義務の対象物質を法第57条の2の文書(SDS)の交付義務の対象物質と一致させるように拡大すること支持するとともに、以下を要望します。
① SDS交付義務の対象を、危険・有害性の有無にかかわらず、すべての化学物質を対象とする方向性をもって取り組むこととすべきです。
現状は、SDSが交付されていない場合、交付義務対象であるにもかかわらず違法に交付されていない場合、有害性情報があるにもかかわらず努力義務にとどまるために交付されていない場合、有害性情報がないために交付されていない場合、のいずれであるのかにわかに判断しがたい状況です。危険・有害性情報が確認されていないのであれば、その旨を記載したSDSを交付すべきこととすれば、少なくともSDSが交付されない化学物質は職場に持ち込ませないという原則を確立することができます。
② 交付されたSDSの内容及びその情報に基づいて実施する措置の労働者への周知を、法令上明記すべきです。 - 昨年7月10日の厚生労働省発表で「胆管がん事案を契機とした職場における今後の化学物質対策(平成25年度概算要求を検討中)」とされた「発がん性に重点を置いた化学物質の有害性評価の加速~既存化学物質評価10か年計画(CAP10)~」について、その内容を明らかにするとともに、効果的に推進するよう要望します。
- 職業病と疑われる事例についての、事業者、労働者、産業医を含めた医師による届出制度の創設について検討を開始することを、要望します。
専門検討会報告書
第3回検討会は9月27日に開催され、報告書案が示された。公表された最終報告書とおおむね同じ内容であるが、3(2)ウは「混合物のラベル表示」とされていたものが、最終報告書では「GHSに準拠したラベル表示」に変更されている。
検討会の議論では、全般的に議長の三柴丈典・近畿大学教授は、規制強化に対する業界の反発を想定しつつ合意形成に苦心していたように見受けられた。また、城内博・日本大学教授が安全衛生分科会でも専門検討会でも、リスクアセスメントやSDS・ラベル表示等をすべての化学物質について義務付ける国際標準との食い違いに大きな懸念を表明するとともに、事業者が法違反しても労働者が自ら身を守る仕組-具体的には危険有害性情報の共有と申告権の実質化-の必要性を力説していたことも特筆しておきたい。
議論の全体像については、ぜひ厚生労働省ホームページの議事録等を確認していただきたい。
報告書の最終とりまとめは座長に一任され、10月29日に最終報告書が公表され、議論は再び労働政策審議会安全衛生分科会に戻された。
審議会建議・法改正へ
既述のとおり、安全衛生分科会では第12次労働災害防止計画を踏まえた検討が行われていたが、10月29日の第76回安全衛生分科会に、上記報告書及び10月18日に公表された「労働安全衛生法における機械等の回収・改善命令制度のあり方等に関する検討会報告書」が報告されるとともに、以下の「安全衛生分科会報告に向けての議論のまとめの方向性(公益委員案)」が示された。
1 化学物質管理のあり方
(1)リスクアセスメントの実施
○一定の危険有害性が確認されている化学物質(例えば安全データシート(SDS)の交付を義務づけている化学物質を検討)について、事業者が新規に採用する等の場合に、事業者に対してリスクアセスメントを実施させる方向で考える。
○中小規模事業場で適切にリスクアセスメントが実施されるよう、国は支援を行うことが必要であり、その方策についてさらに検討を深める。
(2)ラベル表示の拡大
○譲渡・提供する際に容器等にその危険有害性等を記載したラベルを表示することを譲渡者、提供者に義務づけている化学物質の範囲を拡大する方向で考える(例えば安全データシート(SDS)の交付を義務づけている化学物質まで範囲を拡大することを検討)。
2 企業単位で安全・健康に対する意識変革を促進する仕組み
(1)安全衛生水準の高い企業の評価・公表
○企業の安全衛生水準を客観的に評価し、高い評価を得た企業を公表する仕組みを導入する。具体的な評価方法については、専門家等の意見を聴きつつ、業種別の状況や中小企業の状況も踏まえ、さらに検討を深める。
(2)重篤な労働災害を繰り返す企業の改善方策
○法令等に違反し、一定期間内に、同じような重篤な労働災害を複数の事業場で繰り返して発生させた事業者に対して、企業全体で改善を図らせるための計画を作成するよう国が指示することができる方向で考える(事業者が計画の作成指示に従わない場合等、改善が見込まれない場合は、例えば企業名を公表することなども検討)。
3 欠陥のある機械等の回収・改善方策
○引き続き行政指導により回収・改善を促進することとし、回収・改善を促進するために必要がある場合は、公表するよう行政指導するとともに、必要に応じて国が公表に協力する等の取組を行い、今後の対策の進捗状況を踏まえ、引き続き検討する。
4 企業における安全管理体制の適正化
○安全管理者又は安全衛生推進者の選任が義務づけられていない業種において、安全管理体制の整備が促進されるよう、当面行政指導で対応し、対策の進捗状況を踏まえ、引き続き検討する。
○安全管理体制の整備促進を図るための支援策について、さらに検討を深める。
5 第三者に施設等を使用させる施設等管理者の安全衛生管理
○平成25年3月25日付けで厚生労働省が策定した「陸上貨物運送事業における荷役作業の安全対策ガイドライン」の周知・普及を図り、荷主等による取組を促進し、対策の進捗状況を踏まえ、引き続き検討する。
6 規制・届出等の見直し
○電気使用設備の定格容量が300kW以上の事業場において、建設物、機械等の設置、移転等を行う製造業等の事業者に対して、事前に届出を求めている労働安全衛生法第88条第1項を廃止する方向で考える。
7 職場におけるメンタルヘルス対策
○前回の建議に基づく法案の内容を踏まえつつ、労働者自身のストレスの状況についての気づきを促し、ストレスの状況を早期に把握して必要な措置を講じることにより、労働者がメンタルヘルス不調となることを未然に防止するとともに、職場の改善につなげることで、職場のストレス要因を低減させることを目的として、新たな仕組みを設ける方向で考える。この際、次の点に留意する。
・ストレスの状況の把握結果を、適切な措置につなげること。
・各事業場ですでに行われている取組を十分勘案すること。
・必要な対応を行う場合に労働者に不利益な扱いとならないよう配慮すること。
8 職場における受動喫煙防止対策
○前回の建議に基づく法案の内容を踏まえる。ただし、一部の事業場での取組が遅れている中で全面禁煙や空間分煙を事業者の義務とした場合、国が実施している現行の支援策がなくなり、その結果かえって取組が進まなくなるおそれがあるとの意見が出されたこと、前回の建議後に受動喫煙防止対策に取り組んでいる事業場が増加していることにも十分に留意する。
9 電動ファン付き呼吸用保護具の型式検定等の対象への追加
○前回の建議に基づく法案の内容とする。
さらに11月12日の第77回に「企業単位での改善を求める具体的な要件について(素案)」等も示されたうえで、11月26日の第78回安全衛生部会で「今後の労働安全衛生対策について(報告)(案)」が了承された。
2013年内にはそのままの内容で、審議会の建議として公表されると思われるが、12月10日現在まだなので全文は次号で紹介することとしたいが、「化学物質管理」の「対策の方向性」は以下のとおり。
ア 日本産業衛生学会等が許容濃度等を勧告するなど人に対する一定の危険性・有害性が明らかになっている化学物質(例えば、労働安全衛生法第57条の2に基づき安全データシート(SDS)の交付が譲渡者又は提供者に義務づけられている化学物質)を事業者が新規に採用する場合等において、事業者にリスクアセスメントを実施させることが適当である。
イ リスクアセスメントに基づく措置が適切かつ着実に実施されるようにするため、事業者が実施したリスクアセスメントの結果が労働者に周知されるようにするべきである。
ウ 国は、中小規模事業場においてリスクアセスメントが適切に実施されるよう、簡易なツールの開発・改善や相談・指導体制の整備など、十分な支援措置を講じるべきである。
エ 労働者が化学物質を取り扱うときに必要となる危険性・有害性や取扱上の注意事項が確実かつ分かりやすい形で伝わるよう、譲渡者又は提供者に対してラベルを表示することが義務づけられている化学物質の範囲を、日本産業衛生学会等が許容濃度等を勧告するなど人に対する一定の危険性・有害性が明らかになっている化学物質(例えば、労働安全衛生法第57条の2に基づき安全データシート(SDS)の交付が譲渡者又は提供者に義務づけられている化学物質)まで拡大することが適当である。その際、国際的な取扱いとの整合に留意することが適当である。
オ ラベルの表示を義務づける化学物質の範囲を拡大した場合、多種類の化学物質を混ぜ合わせている混合物については、ラベルに表示すべき成分の種類が大幅に増加し、その結果、容器等に貼るラベルの絵表示を含む表示全般について縮尺が小さくなってしまい、労働者に危険性・有害性等の情報が伝わりにくくなることが懸念される。このため、ラベルへの成分の表示については、安全データシート(SDS)にも全ての成分が記載されていることを踏まえて合理化することが適当である。
カ ラベルの表示を義務づける範囲を拡大するに際しては、ラベルの意味や読み方が労働者に正確に理解されるよう事業者において労働者に対する周知・教育を行うべきであるが、併せて国が周知・広報を行うべきである。
検討会報告書とこの内容のいずれを読んでも、具体的な法令改正がどのような内容になるかまだ十分にはわからないと言わざるを得ない。
とくに、リスク防止・低減措置の原則と優先順位を示す「講ずべき措置の考え方」は、安全衛生規則の改正として導入されるものと考えられるので、法改正の内容だけでなく、政省令改正の内容も重要である。
胆管がん事件を契機として、具体的に労働安全衛生法令の改正が行われることを歓迎しつつ、全国安全センター要望書で述べた趣旨が最大限生かされるよう、今後の法令改正の内容に注目していきたい。
胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会報告書(全文)
胆管がん問題を踏まえた化学物質管理のあり方に関する専門家検討会報告書2013年10月安全センター情報2014年1・2月