職業性胆管がん事件(その2)(オフセット校正印刷会社SANYO-CYP):調査・労災申請・学会報告
片岡明彦(関西労働者安全センター事務局次長)
ご遺族と共に労基署へ
S社と会社弁護士の傲慢、不誠実な対応を、事実上の事業主証明拒否と判断し、3月30日午後、Gさんのご両親、岡田俊子さん、熊谷准教授、協力者のMさん、筆者で大阪中央労基署に行き、8番②さんの分と合わせて、労災請求用紙と添付資料一式を提出した。
また、熊谷准教授から本件にかかる意見書とその添付資料1~26という大量の文書が提出された。
ちなみに労基署はちょうど人事異動の時期にあたっていて、年度末で労災課長はすぐ交代したが、このとき受け付けにあたり熊谷准教授から詳細な説明を受けた労災課担当者が、現在も本件の現場担当者として調査にあたっている。
Gさんの時効停止の受け付けをしてもらってから1年が経過するなかで、労災請求者が増えることを労基署には伝えてあったものの、前例がない事件であることもあってか、もうひとつピンこないようで、4月に入っても、労基署やその上の大阪労基局、厚生労働省サイドから伝わってくるものが感じられなかった。これに危機感を抱いた熊谷准教授は、本件に関する詳細なレクチャーをあらためて行いたいと労基署に申し入れた。
労基署側はこの申し入れを受け、5月7日午後に熊谷准教授のレクが、大阪中央労基署会議室で行われた。
このとき労基署・大阪労働局側は、局健康課主任労働衛生専門官・石井真人、局労災補償課地方労災監察官・倉橋一正、署第4方面監督官・景政大輔、署労災第一課長・巽行男、署労災保険給付調査官・小屋敷行信の各氏と他2名が出席した。
熊谷准教授はこのとき、それまでの調査内容を詳細に論じて、説明資料を提出した。
恐るべき胆管がん多発
胆管がんとは、胆汁を肝臓から十二指腸に送る胆管に発生するがんのことだ。
胆汁は肝臓でつくられ、左右の肝臓の中の直径1~3ミリの肝内胆管を経由して、左右の肝管に入り、左右の肝管が合流して総肝管にとなり、さらに胆嚢管が合流した総胆管を通って十二指腸に出て行く。左右肝管以降を肝外胆管と呼ぶ(上図)。
国際疾病分類ICD10によると、肝内胆管がんは「C22 肝および肝内胆管の悪性新生物」、肝外胆管がんは「C24 その他および部位不明の胆道の悪性新生物」に含まれる。2005年の男性死亡のうち、肝内胆管がんは2.6人/10万人/年、肝外胆管がんは7.9人/10万人/年、合計すると胆管がんは10.5人/10万人/年となる。
産衛学会報告段階での熊谷准教授による元従業員からの聴き取りなどに基づく疫学的検討では、1991年から2003年まで1年間以上勤務した男性33人のうち、2011年までに男性5人(死亡4人)に肝内・肝外胆管がんが発生しており、日本人男性の「肝臓・胆管・胆嚢の悪性新生物」の平均死亡率から算出される死亡数の期待値の何倍かを示すSMRを計算すると、595(95%信頼区間162-1,530)というとてつもない数値が示された。
さらに「肝臓・胆管・胆嚢の悪性新生物」の平均死亡率ではなく、「肝内・肝外胆管の悪性新生物」に絞って計算すると、SMRはこの数倍になるのではないかという。
胆管がん死亡としては4名ではなく、7名ということになると、さらにSMRは大きい数値になることが予想される。
S社の校正印刷部門以外の事務・営業部門には胆管がんの発症は確認されていない。校正印刷部門だけに発症しており、偶然ではとうてい説明できない胆管がんのSMRの値と合わせて考えれば、S社の校正印刷業務と胆管がんとの因果関係は明白だといえる。
新社屋での作業と関連か
S社は1991年から現在の社屋に工場を移した。旧社屋は1階の木造とみられるが、新社屋に移ってからの作業内容との違いはなかったという。
新社屋から、校正印刷室は地下1階に配置された。
胆管がん発症者14名のうち、少なくとも7名は旧社屋から働いているが、その中に、旧社屋だけに勤務していた人はいない。すべての人が、発症までに新社屋において、少なくとも5年間の勤務歴がある。
S社では、2002年からインクを紫外線で固定するUV印刷を開始しているが、2002年以降だけの勤務歴の人に、胆管がんは発生していない。2002年から東京支社が稼働し、まったく同じ校正作業を開始しているが、東京支社だけに勤務歴のある人に、胆管がんは発生していない。
こうしたことから、胆管がん発症は、まずは、大阪の新社屋地下作業室での色校正作業と密接な関連があるのではないかとみられている。
オフセット校正印刷
ところで、オフセット印刷、校正印刷作業とはどういうものか。
オフセット印刷は原理としては、インキロールから版、版からブランケットローラー(ゴム製)、ブランケットローラーから紙にインキを転写する印刷方式で商業印刷の主流を占める。
インキは、赤、青、黒、黄の4色で、同じ機械で4色を同時に刷り上げるのを四色機、1色だけ刷るのを単色機といい、色見本を作成する校正印刷では校正印刷用の単色機を使用する。
S社では、1990年代は、7台の単色校正印刷機を使用していた。
有機溶剤の大量使用
校正印刷作業は溶剤使用の面からいうと、ブランケットローラーの洗浄回数が極端に多いという特徴がある。
1種類の印刷物の印刷枚数は、通常のオフセット印刷では数千から数万枚を印刷するが、色見本を作成するための校正印刷では、数枚から20枚程度しか刷らない。
1種類の校正刷りについて、色を変えるたびにインキローラー、ブランケットローラーの洗浄を行うので1種類について5回洗浄を行うことになる。
元労働者の話では、S社の1990年代は、校正印刷機6台が常時稼働していたという。
2交代の勤務体制がとられていた。試算すると、校正印刷室全体で、16時間で300回から1,500回の洗浄が行われていたとみられる。
使用化学物質としては、インキ、灯油、ロールクリーナー、ブランケット洗浄剤があった。
中でも揮発性が非常に高く、使用により全量が環境中に揮発していたとみられるのが、ブランケット洗浄剤だ。
したがって、使用化学物質によるばく露という点では、ブランケット洗浄剤に注目することになった。
S社の作業密度と量は同業他社に比べて、非常多く、夜間操業をしている会社として有名で、忙しいときは交代勤務時間を超えて、24時間勤務をしたり、職場に泊まり込んだりといったことがめずらしくなかった。
すべての使用化学物質について、高濃度・長時間のばく露状況があったとみられる。
ブランケット洗浄剤
元労働者の聴き取りから、ブランケット洗浄剤として、1980年代後半から1990年代後半にかけて使用されたものが、「ブラクリーン」という品名のものであることがわかった。
「ブラクリーン」は、日研化学研究所(名古屋市中区栄2-16-1)が製造しており、日研化学は、使用成分について下表のとおり、熊谷准教授に回答している。
1997年ないし1998年頃から使用する洗浄剤を変更するため、業者と相談しながら試行錯誤が行われた時期があり、1999年ないし2000年頃からは「ブランケットクリーナー」という品名の洗浄剤を2006年まで使用していたとみられる。
「ブランケットクリーナー」と称する商品は、三成化工株式会社(大阪市城東区関目4-11-38)の製品で、同社発行のMSDSによると、98%の1,2DCPを主成分としている。
したがって、ブランケット洗浄剤の主成分として問題となり得るのは、ジクロロメタン(DCP)、1,2ジクロロプロパン(1,2DCP)、1,1,1トリクロロエタン(1,1,1TEC)ということになる。
皆無だったばく露低減対策
地下1階の校正印刷室には7台の校正印刷機が置かれ、昼夜を分かたず作業が続けられていた。大量の有機溶剤を使用しながら、印刷の品質を最優先するために温度と湿度を一定に保つ空調システムが導入され、外気との換気がきわめて不十分であったことが、厚生労働省の調査でも明らかにされた。局所排気装置はなく、防毒マスクも配布されていなかった。
ブランケット洗浄剤を小分けにしたペットボトルが各校正印刷機のそばに、栓を開けたまま、数本が常に置かれていた。ペットボトルへの洗浄剤の補充は、アルバイトの役目だった。
DCMと1,1,1TECは、有機溶剤中毒防止規則が指定する第二種有機溶剤だ。
また、DCMは日本バイオアッセイ研究センターによるがん原性試験の結果(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/bio/gan/ankgd11.htm)、人への発がん性が懸念される化学物質として「2002年1月21日付け健康障害を防止するための指針公示第12号」(http://www.jaish.gr.jp/anzen/hor/hombun/hor1-8/hor1-8-21-1-0.htm)で「労働安全衛生法第28条第3項の規定に基づくジクロロメタンによる健康障害を防止するための指針」(http://www.jaish.gr.jp/horei/hor1-8/hor1-8-21-1-2.html)が示され、2011年には改正告示である「2011年10月28日付健康障害を防止するための指針公示第21号」(http://www.jaish.gr.jp/horei/hor1-52/hor1-52-64-1-2.html)によって、改正指針が示された。
1,2DCPは、日本バイオアッセイ研究センターによるがん原性試験の結果(http://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/kag/bio/gan/ankgd36.htm)、上記「2011年10月28日付け健康障害を防止するための指針公示第21号」により、新たな指針対象物質になった(http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/111108-1.html)。
S社はばく露低減対策をまったくとっていなかったが、「1997年から2006年まで1,2DCPを主成分とする『ブランケットクリーナー』を使用していたが、1,2DCPは有機則の対象ではなかったので有機則に定める措置等をとる必要ななかった。DCMと1,1,1TECは1998年8月以降は使用しておらず、1998年7月以前については調査中」とする見解を、7月31日に行った顧問弁護士による記者会見で明らかにしている。
(その3)につづく
安全センター情報2012年10月号