じん肺診査ハンドブック改訂に関するパブリックコメント

はじめに

私たちは職業性呼吸器疾患の診療・研究に従事する医師です。約50年ぶりの「じん肺診査ハンドブック」改訂が、じん肺にかかわるこの間の医学的知見や裁判等の成果を踏まえ、粉じん作業者の予防と救済に役立つものになることを期待します。
じん肺診査ハンドブック改訂にあたって、以下の2点が重要であると考えます。

第1は、ハンドブックがじん肺の健康管理のための「基準」となるものであることです。このハンドブックに基づき管理区分決定や労災認定といった「行政処分」がおこなわれます。すなわち「参考書」とは異なる性格を持っています。したがって医学的および法学的根拠が十分でない記述は行わないことが重要です。
第2は、今後の粉じん作業者の健康保護や粉じん関連疾患の補償に役立つものとすることです。産業構造の変化もあり、鉱山や炭鉱、窯業などのじん肺有所見者や関連疾患は減少しています。今日そして今後も、最も多くの患者が発生するのは、建設業の石綿関連疾患です。厚生労働省が2025年6月20日に発表した「令和6年度、石綿による疾病に関する労災保険給付などの請求・決定状況まとめ」において労災支給は1139件となっています。そのうち約2/3(66.4%)を占めているのは建設業です。建設業には重層下請け構造により一人親方や小規模下請け業者として粉じん作業を行っている作業者が多数います。今後対策が必要とされるとりわけ建設業における粉じん作業者に役立つ改訂が行われる必要があります。
2025年10月30日「じん肺診査ハンドブック改訂(案)に係る」パブリックコメントが募集されましたので、以下の通り意見を述べます。
注)文中p●と記載は、2025年9月16日労政審じん肺部会に「資料2-3」として提出されたじん肺診査ハンドブック改訂案のベージ数を示しています。

(1) 胸部CT検査に関して

胸部疾患の臨床に胸部CT検査が用いられており有用である。しかし胸部CTは撮影技術が確定し一定の安定性を持った撮影法とは異なり現在も進歩発展している検査法であり、どの様な撮影装置を用いて撮影するか、またスライス厚を何回目にするかによって画像が大きく異なってきます。したがって、じん肺の診断や管理区分決定においては限界を考慮した取り扱いが行われるべきです。

1) CT所見があくまで参考とした記述に賛同します

「じん肺管理区分決定に際し、CT所見はあくまでも参考までで、単純エックス線写真の所見をもって決定される(p57)」「じん肺健康診断に用いる画像はじん肺法第3条にてエックス線写真とされており、胸部エックス線写真をじん肺標準写真と対比して、じん肺のPR分類を決定することになる(p69)」「じん肺審査においては、エックス線写真を用いずにCT所見に基づいてPR分類を決定することはない(p69)」との原則が明記されたことは重要であり賛同します。

2) 石綿肺の診断において胸部HRCTで確認することが「肝要」であるとの記載の変更を求めます

「石綿肺の診断において、胸膜プラークの存在があってもsubpleural curvilinear lineやdotsをHRCTで確認することが肝要である(p18)」と記述されていますが、「非常に重要である」という意味の「肝要」との表現はHRCTにおいてsubpleural curvilinear lineやdotsが確認されなければ石綿肺と診断できないかのような誤解を与える恐れが高いと考えます。
とりわけ労災認定行政において誤った運用がされることを危倶します。subpleural curvilinear lineやdotsが確認できない石綿肺も存在することはこれまでの研究でも明らかです。
AKIRA(2003)の報告でも石綿肺のHRCTにおけるsubpleural curvilinear lineやdots(dotlike or branching opacity)の出現率は69%、81%となっています。
「HRCTが参考となる」等の記述に変更することを求めます。

3) 「極めて」の削除は妥当

2025年3月10日のじん肺部会に提出された改訂案で、合併症の評価において「胸部CT検査が極めて有用」とされていたが、9月16日提出の改訂案では26回じん肺部会の討議を経て「極めて」が削除された(p57-58)。妥当なものと考えます。

4) 「(5)じん肺の合併症・続発症の評価におけるCT検査の有用性(p57-58)」から続発性気管支炎の削除を求めます

じん肺の合併症・続発症の評価におけるCT検査の有用性として「以下にそれぞれの合併症・続発症についての留意点を述べる(p57)」。として肺結核以下の合併症に関して記述されています。
しかし、「3. 続発性気管支拡張症、続発性気管支炎」の項で記述されているのは続発性気管支拡張症に関してのものだけです。続発性気管支炎に特徴的な胸部CT画像所見は合意に至っていません。しかし改訂案ではあたかも続発性気管支炎の診断においても胸部CTが有用であるかの誤解を招く記述になっています。続発性気管支炎の削除を求めます。

(2) 続発性気管支炎の診断における、たんの好中球エラスターゼ検査」の削除を求めます

続発性気管支炎の精密検査として「また、膿性たんの客観的な指標として、たんの好中球エラスターゼ値があり、濃性痰が持続する場合には検査して確認することが望まれる。(p136)」と記載されています。
しかしたんの好中球エラスターゼ検査は一般の呼吸器臨床で用いられている検査法ではありません。このことは第29回じん肺部会で「じん肺健康診断とじん姉管理区分決定の適切な実施に関する研究」の代表者である長崎大学・芦澤和人参集者が「あくまでも労災疾病の研究として行っておりますので、実臨床での検査ではない」と述べていることからも明らかです。慢性気管支炎や続発性気管支炎における好中球エラスターゼ測定に関する学術論文も「じん肺健康診断とじん肺管理区分決定の適切な実施に関する研究(芦澤和人・代表)」の研究班メンバーによるものを除くとほとんどありません。
さらに判定の基準値が定まっていないことも重要です。上記研究班の令和5年度の報告ではcut off値を1,625ng/mLとし、令和6年度報告では1,195ng/rnlとしているように研究途中の検査です。たとえば、後者のcut off値では、感度が75.5、特異度が58.5(谷ら、日職災医誌、2025)と低く、混乱の発生は必至と考えます。
呼吸器感染症に対する好中球エラスターゼ測定は保検収載されてもいません。
よって、じん肺診査ハンドブック改訂(案)からの削除を求めます。
「9. 合併症に関する検査」P144から「④ 喀痰中好中球エラスターゼを測定した場合は、その測定値を記入する。」が削除されたのは妥当です。

(3) じん肺エックス線写真の読影に関して

1) 標準写真に関して

「型の区分に当たっては、標準エックス線写真によることとする。標準エックス線写真は第1型、第2型及び第3型の中央のものを示しているほか、じん肺の所見がないと判断するエックス線写真の上限のもの、第1型の下限のものを示している(p49)」とされています。
しかし2025年9月30日開催の第29回じん肺部会に提案された標準写真集には不整形陰影として26番と28番に2型の中央値でない「2/1」型のものが含まれています。上記記述と矛盾が生じています。標準写真26,28番の削除を求めます。

2) その他の像の追加

じん肺エックス線写真像の分類として「ハ. その他の像(p53)」がある。アスベスト関連疾患が急増している現状からすると「中皮腫(me)、蜂巣姉(ho)、胸水貯留(ef)、円形無気肺(ra)」を追加することを求めます。

(4) 胸部臨床検査に関して

1) 喫煙に関して

「喫煙はじん肺の罹患や進展と関連すると言われている(p73)」との記述はあたかも喫煙によってじん肺が発症するかの誤解を生じさせる危険があります。あくまでじん肺の罹患は、粉じん吸入が原因です。「罹患や」部分の削除を求めます。

2) 既往歴に胸水を追加

アスベストによる健康被害は今後も増加することが予想されています。中皮腫の初期症状として胸水出現が認められることもあります。また良性石綿胸水やびまん性胸膜肥厚を見落とさないためにも既往歴に胸水を加える必要があります。

3) ばち状指に関して

「一般的にじん肺ではばち状指は出現しにくいと言われている(p74)」とされていますが、低酸素血症のじん肺患者にしばしば、ばち状指が出現しています。削除を求めます。

(5) 肺機能検査に関して

1) 留意事項の記述に賛同します

「合併症にかかっている場合は肺機能検査を免除されていることに留意すること(p79)」「相対的禁忌項目に該当しないことを確認する。被験者の全身状態(体調、耳の聞こえ方、自の見え方など)を観察し(p82)」
「②妥当性の確認、③再現性の確認と結果の解釈(p83、84)」
「ロ. 感染対策(p87-89)」
が明示されたことに賛同します。

2) パルスオキシメーターの活用6分間歩行試験

「経皮的に動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定する。非侵襲約であり、経時的に測定することが容易であるため、動脈血ガス分析の補助的役割をする(p90)」と新たな検査法としてパルスオキシメーターが追加されたことは評価できます。
じん肺患者の日常生活を障害するものは、労作時の低酸素による強い息切れです。6分間歩行試験(6MWT)は、運動耐容能を評価するフィールド歩行テストのひとつです。
呼吸器機能障害による身体障害者手帳申請診断書でも「活動能力の低下を説明する他の原因が認められない場合に、何らかの検査(例えば、6分間歩行試験時の酸素飽和度最低値の測定)で活動能力の低下を説明できれば、その結果を採用して等級認定をすることができる。(下線、筆者)」とされています。
6分間歩行試験時の酸素飽和度最低値を、著しい肺機能障害の参考所見とすることを要求します。

(6) 粉じんぱく露の低減措置の積極的記載を求めます

「ロ. 粉じんぱく露の低減措置(p168)」として「個人ばく露を減らすため有効な防じんマスクの選択を行うとともに、適正なマスクの使用を指導する。マスクのフィットテストの施行も有意義である(p169)」と記述されています。
2023年4月から金属アーク溶接作業等でマスクのフィットテストが義務化され、2024年4月から「保護具着用管理責任者の選任義務」が課せられています。「有意義」といった消極的表現を改める必要があります。
さらに「マスク効率のよい電動ファン付き防じんマスクの使用も考慮する。(p169)」と記述されています。既に特定の粉じん作業においては電動ファン付き呼吸用保護具が義務付けられています。それ以外の作業でも活用が望ましいとされており「考慮する」の記述を変更し積極的表現への変更を求めます。

(7) 一人親方や自営業者に対して手帳交付をはじめとした健康管理の充実を求めます

「じん肺の発生防止又はじん肺の進展防止のためには、粉じん作業に従事する労働者の粉じんぱく露を防止することが重要である(p154)」として健康管理の対象者を「労働者」に限定しています。
建設アスベスト訴訟最高裁判決に基づき、一人親方・自営業者も対象に含めるべきであり、じん肺、石綿健康管理手帳交付等をはじめとした総合的健康管理体制の確立を記述すべきです。

2025年11月27日

佐藤修二(札幌ワーカーズクリニック)/柴田英治(四日市看護医療大学)/田村昭彦(九州社会医学研究所)/中野亮司(勤医協札幌病院)/名取雄司(ひらの亀戸ひまわり診療所)/春田明郎(横須賀中央診療所)/久永直見(名古屋大学非常勤講師)/平野敏夫(ひらの亀戸ひまわり診療所)/藤井正賓(芝診療所)/舟越光彦(九州社会医学研究所)/細川誉至雄(勤医協札幌病院)/水嶋潔(みずしま内科クリニック)/毛利一平(ひらの亀戸ひまわり診療所)/(あいうえお順)

安全センター情報2026年1・2月号