アスベスト断熱材への居住曝露に関連したがんリスク:最新のエビデンス/The Lancet Regional Health, Vol.63, October 2025

すべての形態のアスベストはヒト発がん性物質として分類されている。男性の胸膜中皮腫症例の80%以上はアスベスト曝露が原因である。職業環境におけるアスベストの脅威は十分に確立されているものの、とくにルースフィル[ばら詰め]タイプのアスベスト断熱材が付けられた住宅の居住者に対するリスクについてはあまり知られていない。
1968年から1979年に、ある民間企業がオーストラリア首都特別地域(ACT)の1000戸以上の住宅の屋根にルースフィル・アスベスト断熱材を設置した。大半の住宅ではアモサイトが使用されたが、後に2軒でクロシドライトが確認された。当初の目視可能なアスベストを除去する努力にもかかわらず、20年以上経った後も多くの住宅の居住空間から繊維が検出された。家財道具にアスベスト繊維が付着していることが確認された事例もある。2014年8月までに、ACT政府は影響を受けた全住宅の解体を決定した。
2015年にわれわれの研究チームは、ACTのルースフィル・アスベスト断熱材が使用された住宅の居住者における、中皮腫及びその他6種類のがんのリスクを検証するコホート研究を実施した。
われわれの初期研究の主な知見は、これらの住宅に住んだことのある男性は、ACTの他の男性住民と比較して中皮腫を発症する可能性が高いというものだった。また、これらの住宅に住んだことのある女性では大腸がんの発生率が高いことも判明したが、男性では同様の知見は不確かであった。この時以降、ルースフィル・アスベスト断熱材が使用された住宅の居住者におけるがんリスクに関する他の科学的な報告は確認されていない。本論文では、追跡調査期間を6年間延長して、統計的検出力を高めた、初期研究の更新結果を報告する。また、改善したデータ連結手法を用いるとともに、アスベスト曝露が原因となり得る追加のがんアウトカムも対象に含めた。
研究対象集団には、1983年から2019年の間のいずれかの時期にACTに住所を有した、オーストラリア・メディケア消費者ディレクトリ(MCD)(旧メディケア登録ファイル)の全個人が含まれ、これにより先行研究を6年間延長した。オーストラリア人口の全数近くを網羅するMCDデータは、以下の3つのデータベースと連結された。1)初期研究では未特定だった6件の追加住宅を含む、ACT内の既知の1095件の影響を受けた居住物件(ARP)の住所を記載した歴史的登録簿、2)オーストラリアがんデータベース(1982~2019年)、及び3)国民死亡指標[National Death Index ](1982~2019年)。MCDとARPのリストの間のデータ連結は、地理コード化された住所によって容易になった。
中皮腫(ICD-10 C45)、咽頭がん(C09–C14)、胃がん(C16)、大腸がん(C18–C20)、喉頭がん(C32)、肺がん(C33–C34)、卵巣がん(C56)の罹患率を算出した。さらに、本研究では、肝臓がん(C22)及び食道がん(C15)も対象に含めた。対照アウトカムとして、黒色腫(C43)、前立腺がん(C61)、腎臓がん(C64)、膀胱がん(C67)の4つを検討した。各がんアウトカムについて、曝露とアウトカムの間に10年の遅延を許容し、男女別に正確なポアソン95%信頼区間(CI)を用いて標準化罹患比(SIR)を算出した。SIRは間接標準化により算出され、ACT地域に居住歴のない全住民の年齢別・暦年別罹患率をばく露群に適用した(研究方法とデータセットの詳細は初期研究を参照)。初期研究と同様の感度分析を実施した。
本研究では、1983年から2019年の間にARPに居住したことのある個人合計16,757名(1.4%)と、ARPに居住したことがない個人1,207,626名(99%)を対象とした(サンプル選択については付録図S1、人口統計学的特性については付録表S1を参照)。これらの個人は、合計で26万曝露人年、29万非曝露人年にわたって追跡調査された。
ARPに居住したことのある男性において、12症例の中皮腫があった。初回曝露記録から診断までの期間の中央値は26年(四分位範囲[Q1, Q3]:16~30年)であった(全対象がんの平均値及び中央値については付録表S2参照)。12例中6例はMCD開始時点ですでにARP住所を登録していたので、この値は最小推定値である。

図1:曝露集団における観察症例数(O)と期待症例数(E)及び標準化罹患比(SIR)

フォレストプロットはSIRの点推定値(塗りつぶし四角形)と95%信頼区間(水平線)を示す。SIRは対数スケールでプロットされている。曝露群で観察症例数が6例未満のSIRは、統計的開示リスクを最小化するため報告されていない。なお、このような事例では、合理的に予測される大きさの効果量を検出する統計的検出力は低かったことに留意されたい。

男性における中皮腫(SIR=2.72, 95%CI 1.41–4.76)、男女双方における大腸がん(男性:SIR=1.24, 95%CI 0.99–1.54;女性:SIR=1.46, 95%CI 1.15–1.83)、及び女性における肺がん(SIR= 1.39, 95%CI 1.00–1.88)で率の上昇を認めた(図1、粗発生率は付録表S3参照)。その他の検討対象となった候補がんについては、統計的に有意な予想以上の率の上昇は認められなかったが、軽度の関連性を検出するには統計的検出力は低かった。感度分析でも結論は変わらなかった(付録図S2–S6)。
1983年から2019年の間にARPに居住したことのある男性における胸膜中皮腫の率は、ACTのその他の男性人口におけるものの2.7倍であった。一方、曝露した男女における大腸がんの率、及び曝露した女性における肺がんの率は、非曝露人口の1.2倍から1.5倍の範囲であった。これらの推計値は、本研究の追跡期間が長期化していることに伴い、初期研究と同様であるが、より精密になった。
アスベストへの職業曝露と中皮腫の間の強い因果関係を踏まえれば、本研究における中皮腫についてのSIR値の高さは、非職業環境におけるアスベスト曝露による懸念増大を裏づけるものである。非職業的曝露源-一般的に近隣曝露、家庭内[domestic]/傍職業[para-occupational]曝露及び居住[household]曝露-は、曝露経路や影響が異なるものの、これら3つの曝露源すべてから中皮腫リスクが上昇する証拠が明らかになりつつある。居住曝露は、とくに家庭内/傍職業曝露の定義から独立した曝露タイプとして、もっとも研究が進んでいない。本研究は、居住曝露と中皮腫リスクの関係を示す明確な事例を提供している。
追跡期間の延長が、中皮腫についてのより正確な推計、及び影響を受けた地域社会へのより明確なリスクのコミュニケーションを可能にした。中皮腫の率が低く潜伏期間が長いことから十分な統計的検出力を得るには大規模かつ長期にわたるコホートが必要だが、一次データ収集ではなく連結された行政データを用いたことで、研究の更新を容易にした。
ルースフィル・アスベスト断熱材と大腸がんとの関連性については、効果サイズが比較的小さく交絡因子による説明の可能性があり、また説得力のある先行証拠が不足しているため、依然として不確実である。吸入されたアスベストは消化管へ飲み込まれる可能性もあるが、最近の包括的レビューでは、職業性アスベスト曝露と大腸がんを含む消化器癌との関連性は依然として弱いと結論づけられている。非職業曝露に関連した大腸がんの研究は乏しい。
交絡因子については、研究推計にバイアスをもたらす可能性のあるその他のリスク要因(例えば、アスベストまたはその他の肺刺激物質への職業的曝露、喫煙、社会経済的地位)に関するデータはもっていなかった。ただし、これらのリスク要因が、ARP居住者と非ARP居住者で異なる分布を示すという仮定ももっていなかった。影響を受けた居住物件は、1979年以降に開発された郊外を除き、ACT全域に分布していた。とはいえ、地域レベルの社会経済的地位による調整は検討したが、公表されている地域ベースの指標は、ACTにおける個人レベルでの不利な状況を測るには不十分である。さらに、対照群の結果に関する一部の点推計値は1を超えており、ARP居住者におけるがんのベースラインリスクがより高い可能性を示唆している。
ARPに居住したことのある女性で観察された肺がんの過剰率について、アスベストへの職業曝露が肺がんの発症リスク及び死亡リスクを増加させるという強力な証拠が存在する。非職業的アスベスト曝露も肺がんのリスクを増加させる可能性を示す証拠が増えつつあるが、とくに居住曝露についてはその影響は小さい。アスベスト関連肺がんに関する他の研究と同様に、交絡因子かつ効果修飾因子である喫煙の潜在的な役割を扱うことは困難である。本研究では、喫煙習慣やその他の潜在的危険因子に関するデータがないため、肺がんのSIRにバイアスが生じている可能性を確信をもって否定できなかった。
本研究では、初期研究では対象としなかった食道がんと肝臓がんの2つを追加で検討した。男性における食道がんの率は予想以上に高いとは認められなかった。データ管理機関の統計開示要件により、女性における食道がん、及び男女双方における肝臓がんについては、症例数が不十分であったため結果を報告できなかった。ただし、これらの症例では、わずかな関連性を検出するのに十分な統計的検出力は得られなかった。
影響を受けた住宅の解体は、われわれの初期調査に先立つ2015年に開始された。歴史的な繊維濃度の推計は不可能であった。これは、住宅の築年数、建築品質、以前の清掃プログラム(1989–93年)における清掃の有効性、地盤安定性を含むその他の要因によって、住宅間で大きく変動すると考えられたためである。
アスベストは、オーストラリア及びアジア太平洋地域全体の住宅、公共施設、商業ビルにおいて、依然として過去の遺産として残存している。オーストラリア、日本、韓国、台湾ではアスベスト使用禁止措置が導入されているものの、アジアの他の多くの国々ではアスベスト含有建物の建設・解体活動が継続しており、非職業的曝露の一因となっている。断熱材としての飛散性アスベストの使用はアジアでは比較的少ないものの、韓国では屋内曝露につながる事例が報告されており、非職業的曝露のあらゆる発生源とその特性に応じた長期的な監視の重要性が強調されている。
更新されたコホート研究は、全年齢層における多様ながんとアスベストの居住曝露との関連性に関する科学的知見を補完するものである。職場外でのアスベスト曝露は一般的に低レベルではあるが、慢性的な曝露となり得るうえ、主に男性労働者ではなく子どもや女性も含まれる可能性がある。本研究は、ルースフィル・アスベスト断熱材が使用された住宅での居住が、とくに中皮腫を含むがんを引き起こすのに十分である可能性を裏付けている。

https://www.thelancet.com/journals/lanwpc/article/PIIS2666-6065(25)00238-X/fulltext

安全センター情報2026年1・2月号