ニチアス最高裁で敗訴確定~元従業員の石綿肺損害賠償訴訟~ニチアス側専門家の芹澤和人長崎大教授意見書を否定●岐阜

日本最大のアスベスト製品メー力ーだったニチアス羽島工場に勤務し、保温材製造等に従事したことからじん肺の一腫である石綿肺と続発性気管支炎を発症しだ男性が、2018年11月に同社に対して損害賠償を求めて提起した訴訟について、今年3月12日、最高裁第3小法廷は同社側の上告を受理しない決定をした。これにより、同社の安全配慮義務違反などを認めて1430万円の支払いを命じた1、2審判決が確定した。男性は、第2審判決が言い渡される前の2024年7月に80歳でお亡くなりになったことから、妻(79歳)が、「長い裁判でしたが、お父さんが一生懸命頑張ったことで勝訴になったと思います。お父さんも草葉の陰で喜んでいると思います。ニチアスで働いてアスベストの病気になった方々の救済がさらに進むことを願っております」と報道機関にコメントを発表した。
男性が羽島工場で勤務したのは、中学校卒業後の1959年3月から退職する1970年1月までの10年10か月間あまりだった。母子家庭で育った男性は、生活費を家に入れなければと中卒での就職を選んだ。
羽島工場での男性の仕事は、アスベストを含有する保温材の成型作業や「別荘」と呼ばれる建屋での原料混合作業だった。成型作業では、混合槽というお湯を張ったタンクに麻袋に入ったアスベストや他の原料を投入する時にアスベスト粉じんが発生し、同じ建屋内で、ドロドロになった保温材原料をスコップですくい金型に入れてプレスする作業をしていた男性のうえに降りかかった。「別荘」という建屋内でのアスベストと珪藻土、石灰等の原料混合作業では、コンクリートの床にぶちまけた原料をスコップで混ぜ合わせる時に大量の粉じんが発生し、部屋の中が真っ自になり一緒に作業している同僚の姿が見えなくなった。
乾燥機から搬出した保温材を載せたレール上の乾燥用トロッコを3、4人で押し、「発送場」という建物内の仕上げ揚まで運んだが、運搬中、レールのジョイント部分をトロッコが通過する時に発生する振動で保温材同士が擦れてアスベスト粉じんが発生し、トロッコを後ろから押す男性ら従業員に降りかかった。仕上場では、保温材を注文に合わせたサイズに切断する作業や、グラインダーで保温材のバリ取りをする作業、出荷のための箱詰め作業が行われており、たくさんの粉じんが飛散していた。男性は、仕上場でも作業をしたが、成型やプレス作業が本来の担当だった。26歳の時にニチアスを退職した男性は、兄弟が経営する喫茶店で68歳まで調理師として働いた。
2017年4月、男性はすでに石綿肺で労災認定されていた同期入社の元同僚男性に連れられ、当センターを訪れた。その日のうちに杉浦医院でじん肺健康診断を受けたが、男性の胸部レントゲン写真には、アスベスト曝露による胸膜石灰化、多発するプラーク、不整形陰影が認められたほか、肺機能も相当低下していることが認めらた。濃性痰も認められたことから、医師は同年6月、男性が石綿肺に罹患しており、続発性気管支炎も発症していると診断した。男性を当センターに連れてきた元同僚は、2010年10月にニチアスに苅して損害賠償訴訟を起こし、2015年9月に勝訴していた。男性とこの元同僚はともに「別荘」で原料混合作業を行っていた。元同僚は、本訴訟の一審の最中に石綿肺でお亡くなりになった。
男性は、2017年7月に岐阜労働局よりじん肺管理区分決定を受けた後、2018年1月に岐阜労働基準監督署より労災認定された。
労災認定後、男性は、アスベストユニオンに加入し、労災補償を求めてニチアスとの団体交渉に臨んだものの解決せず、2018年11月15日にニチアスに対する損害賠償請求訴訟を岐阜地方裁判所に提起した。
訴訟においてニチアスは、長崎大学の芦澤和人教授の意見書等を提出し、男性は、労災として認められない管理1相当のじん肺に罹患しているにすぎないと主張したことから、原告側もじん肺に詳しい医師2名の意見書を提出して反論した。芦澤教授は、2009年から2019年まで厚生労働省の中央じん肺診査医を務め、現在でも石綿確定診断委員会委員や中央環境審議会石綿健康被害判定部会委員を務めている。また、厚生労働省の労働安全衛生総合研究事業や労災疾病臨床研究事業も行ってきた。これらの功績から、芦澤教授には令和5年度厚生労働大臣功労賞が綬与されている。現在行われている第26回労働政策審議会安全衛生分科会じん肺部会では、じん肺健康診断の具体的な実施手法や判定方法を示したじん肺診査ハンドブックの改訂について様討されているが、芦澤教授は、ハンドブックの改訂案についての研究を行う研究組織の研究代表者を務めている。
本訴訟においてニチアスは、政府のじん肺に係る政策決定に深く関与している権威のある専門家に民事損害賠償詰求訴訟の意見書を依頼することができたわけで、筆者は、芦澤教授が意見書作成を了承した時、ニチアス側は「しめた、これで勝てる」と考えたのではと想像している。アスベストユニオンや筆者らは、国側の専門家であるにも関わらず、会社に対する民事損害賠償請求訴訟の意見書を書いてしまう芦澤教援の倫理性とそういう専門家に厚生労働省がお金を出して研究委託をしていることについて問題視してきた。
2024年1月31日、岐阜地方裁判所は、ニチアスが男性に対して1430万円の損害賠償を支払うよう命じる判決を言い渡した。判決後、男性は記者団に対して「中学校を卒業した後、ニチアスでなにも知らずに働いてきてこういうことになってしまいました。裁判は本当に長かったと思います。現在ではちょっとでち歩くと苦しくなりますので、休憩しながら歩いています。ニチアスの同僚たちが早く亡くなっていき僕だけ皆さんの分だけ生かしてもらっていると思っています」とのコメントを発表した。
ニチアスは岐阜地方裁判所の判決を不服として控訴したが、2024年8月8日、名古屋高裁は、控訴を棄却する判決を言い渡した。さらに、ニチアスは最高裁に上告受理申立ての手続きを行ったが、前述のとおり上告審として受理しないとの決定を受けた。
4月30日、平方かおる先生、今山武先生ら弁護団とアスベストユニオンの川本浩之さん、筆者は、厚生労働記者会で最高裁決定についての会見を行った。

文・問合せ:名古屋労災職業病センター

安全センター情報2025年10月号