特集/労働関連心理社会的リスク(PSR)の概念化~現在の最先端の知見及び研究・政策・慣行への意味合い:Stavroula Leka and Aditya Jain 2024年9月 欧州労働組合研究所(ETUI)

抄 録

労働関連心理社会的ハザーズは、世界中の現代の労働生活や将来の労働において取り組むべき重要な懸念事項のひとつとして認識されている。それは、労働が組織及び管理される方法に関する好ましくない労働条件(例えば、過剰な労働量、長時間労働、労働における自主性やサポートの欠如、労働における嫌がらせやいじめ)を指す。心理社会的ハザーズへの曝露が、労働者の健康と組織の持続可能性をリスクにさらすという十分な証拠が現在では存在している。実際、いくつかの研究により、心理社会的ハザーズから生じるリスク、労働関連心理社会的リスク(PSR)と、労働関連ストレス、心血管疾患、うつ病・不安、死亡率などのネガティブな結果との関係が立証されている。さらに、PSRは、病気による欠勤や病気就労及び障害による早期離職とも関連していることがわかっている。
労働関連PSRに関する数多くの理論及びモデル、概念的定義及び用語、検証済みの調査票、リスク評価及び管理のための枠組みが存在する。同時に、労働におけるリスク管理でもっとも困難なもののひとつと考えられているにもかかわらず、決定的なPSRのリストについてはコンセンサスが得られていない。さらに、欧州連合(EU)加盟国間で法令が異なり、労働者の保護に不均衡が生じている。
本報告書は、労働関連PSRの多面的な概念を明確にすることを目的として、既存の証拠のレビュー及び体系化に焦点を当てたETUI[欧州労働組合研究所]のプロジェクトの結果を提示するものである。第1に、労働関連PSRに関する主要な理論及びモデル、概念的定義及び用語、並びにリスク評価について検証した文献のレビューを提供し、それから、EUレベル及びいくつかの加盟国における関連した政策の概要を提示する。
第2に、文献のスコーピングレビュー及び専門家ネットワークによる検証作業の結果を示し、それにより、異なる要素をもつ労働関連PSRの概念的枠組み及び分類の開発に役立つ情報を提供する。

- ソース:マクロ的コンテクストに関連した側面など
- ファクター[要因]:雇用保障、ワークライフバランスを含む
- ハザーズ:例えば、雇用の不安定、労働と生活の葛藤
- 個人の健康・ウエルビーイング及び組織の成果に及ぼす影響及び結果

第3に、労働関連PSRの分類に関連した予防措置の選択肢についても、組織レベルに焦点を当てて説明し、これらの措置の重要性に関する証拠について議論する。最後に、労働関連PSRに関する現在の最先端の治見について結論を導き出し、研究、政策、慣行において取り組むべき優先事項について勧告を提供する。
ETUIは欧州連合の共同出資により運営されている。しかし、述べられた見解や意見は著者のものであり、必ずしも欧州連合またはETUIの見解を反映するものではない。欧州連合及びETUIは、それらに対する責任を負うことはできない。

1. はじめに [省略]

2. 労働関連心理社会的リスクの概念的定義及びモデル

用語に関しては、文献では当初、「心理社会的刺激[stimuli]」、「心理社会的ストレッサー」(Levi 1972、1984年)、「心理社会的要因」(French and Caplan 1970年)、「労働における心理社会的リスク要因」(WHO 1985年)などの用語が互換的に使用されていた。興味深いことに、1980年代以降には「心理社会的風土[climate]」という表現もあった(ILO 1986年)。「心理社会的要因」という用語は、1984年9月18日から24日にかけてジュネーブで開催されたILO/WHO合同労働衛生委員会第9回会議の報告書が1986年にILOによって「労働における心理社会的要因: 認識と管理」というタイトルで出版され(フランス語版及びスペイン語版は「労働における心理社会的要因:性質、発生率及び予防」というタイトルで出版)、そこで定義が提供されてから、労働安全衛生においてよりひろく使用されるようになった。これらの文書では、労働関連心理社会的要因は、次のように定義された。

労働における心理社会的要因とは、認知及び経験を通じて、健康、労働パフォーマンス及び職務満足感[job satisfaction]に影響を与える可能性がある、労働環境、職務内容、組織状況及び労働者の能力、ニーズ、文化、個人的な仕事以外の事情の間[between and among]における相互作用を言う(ILO 1986年:3)。

1986年報告書では、労働における心理社会的要因の概念は、労働者の認知及び経験を表すものであり、個々の労働者、労働条件・労働環境、社会的・経済的影響、職場内に影響を及ぼす職場外のその他の事情と関連した多くの事情を反映しているため、把握するのが難しいことを認めている。また、公表された研究では、心理社会的要因の概念は主にネガティブな見方をされてきたものの、健康及び生活の他の側面に好ましい影響を与える可能性があることから、労働におけるポジティブな心理社会的要因が認識されることも重要であることも認められている(ILO 1986年)。
欧州労働組合研究所は、心理社会的要因の概念化と定義、及びそれらの影響に関して、依然として明確さに欠けていることを認識しており、この分野の専門家も同様の見解を示している(例えば、Leka et al. 2017年を参照)。この分野では、心理社会的要因、心理社会的ハザーズ、心理社会的リスク、労働・組織特性、職務特性、職務要求・リソース、職務ストレイン、努力・報酬の不均衡、及び職業性ストレッサーなど、複数の用語が、しばしば互換的に、使用されていることによって、これはさらに悪化している。さらに、労働環境や労働条件が個人、組織、社会の成果にポジティブまたはネガティブな影響を与える可能性があるという点について、現在では全体的な合意が得られているにもかかわらず(Leka and Jain 2017年)、原因と結果の区別が学術文献と政策文献の両方で混乱しているという証拠がある。例えば、労働関連ストレスが心理社会的リスクへの曝露の結果である場合に、労働関連ストレスが心理社会的リスクとして言及されることが多い。
2017年にLeka、JainとLerougeは、文献及び用いられている用語の一部を解明し、心理社会的要因という用語は、とりわけ労働要求、組織的支援の可能性、報酬、及び労働における対人関係を含む、労働の組織、設計及び管理の側面を指すことを明らかにした。これらの要因は、それ自体はただちにネガティブまたはポジティブな意味合いをもつものではない。しかし、心理社会的ハザーズについて言及する場合には、労働の組織、設計及び管理の側面は、個人の健康と安全に害を及ぼす可能性があるだけでなく、病気欠勤、生産性の低下またはヒューマンエラーなどの組織にとって好ましくない結果につながる可能性があることを意味している(Leka et al. 2015年)。心理社会的リスクは、心理社会的ハザーズが危害を引き起こす可能性として定義される(BSI 2011年)。組織がポジティブまたはネガティブな心理社会的労働環境をもつかどうかは、PSRをどの程度効果的に管理できるかによって決まるだろう(Leka et al. 2017年)。
欧州労働安全衛生機関(EU-OSHA 2013年)によると、労働関連PSRは、職場における好ましくない組織・管理、及び労働における劣悪な社会的コンテクストから生じるネガティブな心理的、身体的及び社会的結果に関連し、以下を含むが、これらに限定されるものではない。

  • 過剰な要求の労働及び/または労働を完了するのに不十分な時間
  • 相反する要求及び労働者の役割についての不明確さの欠如
  • 職務の要求と労働者の能力の間のミスマッチ-労働者のスキルを十分に活用しないことは、労働者を酷使することと同じくらいストレスの原因となり得る
  • 労働者に影響を与える意思決定への関与の欠如及び職務の進め方に対する影響力の欠如
  • とくに一般市民や顧客と対応する場合、単独で労働すること、及び/または、暴言、望ましくない性的関心、または身体的暴力の脅威または実際の暴力のかたちをとる可能性のある、第三者による暴力の対象となること
  • 経営陣・同僚からの不十分な支援、及び不十分な対人関係
  • 職場における精神的またはセクシャルハラスメント及びいじめ-労働者または労働者グループに対する上司または同僚による、虐待を与える、屈辱を与える、貶める、または脅迫するような行動
  • 労働、報酬、昇進またはキャリア機会の不当な配分
  • 効果的でないコミュニケーション、不十分な組織変更及び雇用の不安定
  • 労働と家庭における責務の両立の困難

これらの問題は、数多くの科学的研究及び組織に提供される主要なガイダンスで確認されている心理社会的ハザーズである。これらの問題はまた、後述するように(セクション6参照)、EU加盟国のいくつかではPSRに関する具体的な法令にも盛り込まれている。また、PSRに焦点が当てられるようになったのは、労働関連ストレスの研究からであり、PSRが様々な結果に及ぼす影響は労働関連ストレスの経験を通じて直接的または間接的に生じる可能性があるという点にも注目すべきである(Cox 1993年)。前述のとおり、労働関連ストレスは、PSRへの曝露の結果であり、知識や能力に見合わず、対処能力を試されるような労働要求・圧力に直面した場合に生じる可能性のある反応を指す(WHO 2003年)。
さらに、労働関連ストレスや心理社会的労働環境に関する現代の理論及びモデル(セクション3参照)は、職務要求や職務のリソースなどの概念または理論的領域が用いられている。これらの概念化には多様性があるため、これらについても明確にしておくことが重要である。
文献では、量的要求(例えば時間圧力または労働量)、主に情報処理に関わる脳のプロセスに影響を与える認知的要求(例えば労働の困難さ)、主に対人取引の際に組織が望む感情に対処するために必要な努力を指す感情的努力(例えば扱いにくい顧客に対処する際の感情の抑制)、または、主に筋骨格系に関連する身体的要求(すなわち行動の運動性及び身体的側面)という、4つの主な種類の職務要求への言及がある(Eurofound 2021年a)。
一方、職務リソースとは、職務要求及びそれに伴う心理的・生理的コストを低減したり、労働目標の達成に役立ったり、個人の成長や学習、能力開発を促す、職務の物理的、心理的、社会的または組織的な側面を指す(Schaufeli and Bakker 2004年)。職務要求と同様に、職務リソースは、基本的に認知的、情緒的及び/または物理的要素からなる。認知的職務リソースの例としては、情報を提供する組織の方針、情緒的リソースとしては、サポートを提供する同僚、物理的リソースとしては人間工学に基づいた補助具などが含まれる。
職務要求及び職務リソースなどの理論上の領域は広範であり、様々な職務、労働、労働環境の特徴を包含している。これは、長年にわたって開発されてきた測定手段において、これらの理論上の領域がどのようにして運用化されてきたかをみれば明らかである(セクション7参照)。これらの手段の多くはかなり長文であり、これらの特徴をとらえる様々な尺度を含んでいる。したがって、一部の研究者は、組織は他の組織データ及び/または予備的な定性分析に基づいて、自らのコンテクストにおける労働の性質にもっとも適合する尺度を選択する必要があると主張している(Bakker and Demerouti 2017年;Demeroutiら 2001年)。しかし、専門家による支援や指導なしには、組織がそれを実行するのは難しいという証拠がある(EU-OSHA 2010、2014、2019年)。さらに、これらの手段や測定法を支える理論モデルの長所と短所については、心理社会的労働環境の研究初期にまでさかのぼる活発な議論が文献上で展開されている。
加えて、心理社会的労働環境に関する知識を政策及び実践にどのように活用するのが最善かについても、活発な議論が行われてきた。PSRへの曝露に関連した健康及び組織への影響に関するより質の高い証拠が蓄積され、現在ではすべての主要な関係者によって受け入れられているため、より適切な問いは、マクロレベルでの発展や課題を踏まえたうえで、個人及び社会の健康と幸福を促進する健康的な職場や健康的な組織の設計を促進するために、知識及び証拠をどのように活用できるか、ということであると思われる。したがって、本報告書で後ほど議論するように、本プロジェクトの目標である労働関連PSRの概念化及び分類の開発は、たんに研究目的の取り組みとしてではなく、この問いに対する答えを導くのに役立つ有益な結論を導くものとしてとらえるべきである。

3. 心理社会的労働環境に関する理論及びモデル

心理社会的労働環境に関する理論モデルのほとんどは、労働関連ストレスや燃え尽き症候群の理論として開発された。理論モデルにおける用語及び主要領域[domains]は、非物理的な職場環境の諸側面が健康、安全、ウエルビーイング及び組織の成果に与える影響を把握しようとする研究者たちの試みにより、長年にわたって進化を遂げてきた。例えば、人間-環境適合(P-E Fit)モデル(French and Caplan 1972年)では、労働環境の要求と個人のニーズ・能力とのバランスまたは適合のメカニズムが示唆された。この労働環境の諸側面間の相互作用または適合という概念は、職務要求-コントロール[管理](JDC)モデル(Karasek 1979年)、努力-報酬-不均衡(ERI)モデル(Siegrist 1996年)、職務要求-リソース(JDR)モデル(Demeroutiら 2001年)などのモデルにもみることができる。
P-E Fitモデルでは「要求」の概念は正確に特定されていなかったが、その後のモデルでは、労働量、労働ペース、対人関係、労働に対するコントロール、評価と報酬など、様々な種類の要求についてより詳細に説明されている。これらのモデルのほとんどが、労働関連ストレスのモデルとして文献で取り上げられているため、ほとんどの研究は、個人レベルでのネガティブな結果に焦点を当てている。例えば、JDCモデルは、労働における高い要求と低いコントロールへの曝露の結果として、「職務ストレイン」に言及している。しかし、JDCモデルにおける「積極的な職務」やJDRモデルにおける労働エンゲージメントといった概念など、ポジティブな結果を明示的に認識しているものもある。次に、いくつかの主要な理論モデルの概要を示す。

3.1 人間-環境適合(P-E Fit)モデル

人間-環境適合[Person-Environment Fit](P-E Fit)理論は、1970年代初頭に開発された(French and Caplan 1972年)。この理論は、一方で、個人のスキル、リソース及び能力と、他方で、労働環境の要求との間の、適合の欠如のためにストレスが生じると主張する。P-E Fit理論は、労働の状況や出来事に対する反応を形成するうえで、個人と環境の間の相互作用を明確に示しているが、環境、及び環境との間の相互作用についての個人の認識の重要性も強調している。この適合の欠如には、(1)労働環境の要求が労働者の能力を超える、(2)労働者のニーズが職場環境によって常に満たされない、(3)これら2つの状況が同時に存在する(すなわち、労働者のニーズが満たされない一方で、同時に能力が過剰に要求される状況)、という3つの形態があり得る(Edwardsら 1998年)。この理論の著者は、決定的な分類を提供しようとしているわけではないと強調しているが、彼らの出版物では、量的な労働負荷、労働量のばらつき、人々に対する責任、職務の複雑さ、集中力の要求、役割の葛藤、職務の将来の不透明さ、能力の過小利用、支払いの不平等及び意思決定への参加を含め、労働環境のいくつかの側面が確認されている(例えば、Caplan and Jones 1975年)。

3.2 クーパーとマーシャルの職業性ストレスモデル

Cooper and Marshall(1976年)の職業性ストレス[occupational stress]モデルは、労働ストレッサーの性質と詳細及びそれらの個人的・組織的結果に焦点を当てている。著者らは、それらの相互作用が対処または不適応行動及びトレス関連疾患を決定する、(1)個人の次元または特性、及び(2)労働環境におけるストレスの潜在的なソースという、労働におけるストレスの2つの中心的な特徴について言及している。また、ストレスのソースとなり得、個人の特性や労働環境とは直接関係しないが、外部の人間関係や出来事に関連する、組織外の第3の要因も確認している。このモデルは、職務、組織における役割、労働における対人関係、キャリア開発、組織の構造・風土、及び家庭-労働の両立に対して本質的なものという観点から、ストレスのソースの分類を提供している。さらに、個人の認識を通じて作用し、様々な個人の健康影響や組織の成果につながる、組織外のストレスのソースについても説明している。

3.3 職務要求-コントロール(サポート)(JDC(S))理論

職務要求-コントロール[Job Demand-Control](JDC)モデル(Karasek 1979年)及びその拡張版である職務要求-コントロール[管理]-サポート[支援][Job Demand-Control-Support](JDCS)モデルまたはIso-strainモデル(Johnson and Hall 1988年)は、30年以上にわたって職業性ストレス研究の分野を支配してきた。JDCモデルは、職務ストレインは、労働環境の2つの側面、すなわち心理的職務要求と職務コントロールの相互作用から生じるという仮説を立てる。心理的要求とは、労働量、時間圧力及び役割の葛藤を指し、職務コントロールとは、労働者が自身の労働活動をコントロールできる能力を指し、(1)決定権限(労働者が自身の職務に関する決定を行う能力)、及び(2)スキル裁量(労働者が職務に関して使用するスキルの幅)という、2つの主要な要素によって定義される。
JDC理論は、低いコントロールと組み合わさった高い要求を経験する個人は、心理的ストレイン、労働関連ストレス、及び、長期的には、心身の健康状態の悪化を経験する可能性が高いことを示唆する。このモデルは通常、「低い・高い要求」と「高い・低いコントロール」の2×2のマトリックスとして図示される。単純化すると、これにより4つの異なるタイプの職務が考えられる(Karasek and Theorell 1990年)。

  • 「ストレインの高い職務」:要求が高く、コントロールが低い(健康へのリスクがもっとも高い)
  • 「能動的な職務」:要求が高く、コントロールも高い(健康へのリスクは低め:平均レベルの職務ストレイン)
  • 「ストレインの低い職務」:要求が低く、コントロールが高い(平均レベルより低い職務ストレイン)
  • 「受動的な職務」:要求が低く、コントロールも低い(このタイプの職務は意欲を失わせるため、職務ストレインは平均レベルとなる可能性がある)

このモデルは後に、社会的サポートの要素が追加された(Johnson and Hall 1988年)。JDCSモデルは、社会的サポートが、職務ストレインが労働者の心身の健康に及ぼすネガティブな影響を緩和し得ると仮定する。このモデルはまた、心身の健康がもっともリスクにさらされるのは、低い職場サポートと組み合わさって、職務ストレイン(高い要求と低いコントロール)-「Iso-strain」と呼ばれる現象-に曝露する労働者であると示唆する。

3.4 ビタミンモデル(VM)

Warr(1987年)のビタミンモデル[Vitamin Model](VM)は、JDCなどの他のモデルにみられる線形関係の信念に挑戦する。代わりに、労働者のウエルビーイングを含め、職務の諸特性とメンタルヘルス結果との間の非線形関係を規定する。VMは、メンタルヘルスは、ビタミンがわれわれの身体的健康に対してもつと考えられている非線形効果に類似したやり方で、職務の諸特性などの環境の心理的特徴によって影響を受けると主張する。VMによると、ビタミンは人体に特定の影響を及ぼし、ビタミンが欠乏すると身体障害が生じ、その結果、身体的疾患につながる可能性がある。ビタミン摂取は、当初は健康状態と身体機能を改善するが、摂取量が一定のレベルを超えると、それ以上の改善はみられなくなる。第1に、健康状態が改善することも、個人の身体的健康が損なう有害な影響も観察されない(例えば、ビタミンCやEは人体にそのような影響を与える)、いわゆる恒常的効果が生じるかもしれない。第2に、ビタミンを過剰に摂取すると体内で有毒な濃度となり、身体機能の低下や病気を引き起こす(例えば、ビタミンAやDは大量に摂取すると有毒であることが知られている)。したがって、このモデルでは、職務の諸特性をそれらが示す「ビタミン」の種類に応じて、メンタルヘルス結果に異なる影響を与える9つのカテゴリーに分類している。Warr(1987年)は、6つの職務特性(職務の自律性、職務要求、社会的サポート、スキルの活用、スキルの多様性及びタスクフィードバック)がビタミンAやDと同様の効果をもつと主張している。残りの3つの職務特性(給与、安全性及びタスクの満足感)は、ビタミンCやEのパターンに従うと考えられている。

3.5 努力-報酬不均衡(ERI)モデル

ERI[Effort-Reward Imbalance]モデルは、1990年代半ばにSiegristによって開発された(Siegrist 1996年)。この理論では、労働における努力は、社会的相互性の原則に基づく心理的契約の一部として費やされると想定され、そこでは、労働において費やされた努力は、金銭、評価及びキャリアの機会というかたちで提供される報酬と対になっている。費やされた努力と受け取った報酬の間の不均衡(非相互的)な関係は、ストレス反応に伴う感情的な苦痛及び病気のリスクの増大につながる可能性がある。Siegristは、努力と報酬の間の不均衡に関連したストレスは、次の3つの条件のもとで発生する可能性があると示唆している。すなわち、労働者が

  • 曖昧な労働契約を結んでいる、または他の雇用機会についてほとんど選択肢がない。
  • 労働条件の改善の見込みなどから、不均衡を受け入れている。
  • 過剰なコミットメントによって、労働における要求に対処している。

ERIモデルでは、努力とは量的要求、質的要求及び身体的要求を指す。報酬は、尊敬の報酬、キャリアの報酬(給与・昇進の見込み)及び職務の安定性という、労働者の認識を表す3つの要素から構成される。一方、過剰コミットメントとは、労働に関連した思考・活動から離れることの困難さに加えて、労働に対する強いコミットメントのことを指す。Siegristは、過剰なコミットメントを個人の対処特性の観点から説明している(Siegrist 1996年)。したがって、最初の2つの領域は、職務、労働及び労働環境の特徴に関するものであり、心理社会的労働環境の側面を測定するものである。

3.6 職務要求リソース(JDR)モデル

職務要求リソース[Job Demands Resources]モデルは、燃え尽き症候群の前兆を説明しようという試みのなかで開発された(Demeroutiら 2001年)。その後、労働エンゲージメント及び職務パフォーマンスを含めるように修正された。それは、労働環境が健康にネガティブな影響だけでなく、労働者がより積極的になり、動機付けられる状況についても考慮している(Bakker and Demerouti 2017年)。このモデルでは、すべての労働特性は、職務要求及び職務リソースの2つのグループに分類できると提案する(Bakkerら 2004年)。職務要求とは、「持続的な身体的及び/または心理的努力を必要とし、それゆえ一定の生理学的及び/または心理的コストを伴う職務の諸側面」を指す(Llorensら 2006年:2)。これらは、労働関連ストレスにつながる可能性のある労働特性の諸側面である。職務リソースとは、職務のポジティブに評価される側面を指し、「職務要求及び関連する生理的及び理的コストを軽減し、タスク目標の達成及び個人の成長、学習及び開発に役立つ、職務の身体的、心理的、社会的または組織的な側面」と定義される(Hakanenら 2008年:225)。その後、労働の特性と相互に作用して、健康及びウエルビーイングに影響を与えることから、個人的リソースがモデルに追加された(Schaufeli and Taris 2014年)。職務要求・リソースは相互に作用し、動機付けのプロセスを通じて労働エンゲージメントへつながるか、または、健康障害のプロセスを通じて燃え尽きにつながる可能性がある。
Schaufeli(2017年)は、このモデルが測定する主要な職務要求・リソースに関する洞察を提供している。職務要求は、量的(過重労働、労働不足、変化のペース)、質的(感情的、身体的、精神的、家庭-仕事の葛藤)、及び組織的(ネガティブな変化、官僚主義、ハラスメント、役割の葛藤、対人関係の葛藤)であり得る。職務リソースは、労働(職務コントロール、職務適性、タスクの多様性、意思決定への参加、スキルの活用、ツールの利用可能性)、組織的(コミュニケーションの調整、リーダーシップにおける信頼、組織の公正さ、適正な給与、価値の一致)、開発的(パフォーマンス・フィードバック、学習・開発の可能性、キャリアの見通し)、及び社会的(上司のサポート、同僚のサポート、チームの雰囲気、チームの効率性、役割の明確性、期待の充足、認知)かもしれない。また、エンゲージメントの高いリーダーシップも、重要な包括的要因として個別に認識されている。

3.7 挑戦的-障害的ストレッサー枠組み(CHSF)

Cavanaughら(2000年)によって初めて提唱されたCHSF[Challenge-Hindrance Stressor Frame-work]は、ストレッサーの影響に対するわれわれの理解は、人々がそれらについてどう考え、どう感じるかを考慮する必要があると提案する。障害的ストレッサーとは、達成が不必要に妨げられているという思い込みを生み出す傾向のある労働関連要求を指し、それがひいてはストレインやネガティブな職務姿勢・行動となって現われる。したがって、障害的要求は目標達成を支援するものではなく、労働者を目の前の重要なタスクから気をそらさせる可能性のある行動である。障害的ストレッサーの例としては、役割の葛藤や役割のあいまいさがある。これに対し、挑戦的ストレッサーとは、対処することが成長や達成につながるという信念を生み出す傾向のある労働関連要求を指す。したがって、挑戦的ストレッサーはストレインを引き起こすものの、ポジティブな職務姿勢・行動として現れる傾向がある。つまり、CHSFは、すべての職務要求がウエルビーイングにネガティブな影響を及ぼすわけではなく、一部はやる気を引き出し、挑戦しがいのあるものであり、個人の成功・報酬の可能性を提供できると提唱する。挑戦的ストレッサーの例としては、時間圧力や責任がある(LePine 2022年)。さらに、障害的または挑戦的ストレッサーいずれかとしての特定の労働特性は、時間とともに、また特定の状況との関連で変化するため、評価の重要性が浮き彫りになる。

3.8 トランザクショナル・モデル

トランザクショナル[Transactional]モデル(Cox 1978年、Cox and Mackay 1985年、Cox and Griffiths 1995年、Lazarus and Folkman 1984年)は、個人と彼らの環境の間の相互作用を基盤としているが、全体的なプロセスを支える心理学的及び生理学的メカニズムに焦点を当てている。これらのモデルの中心となるのは、認知された労働者に対してなされた要求及び認知されたそれらの要求に対処する能力、スキル及びリソースについての個人の認知的評価である。つまり、認知された要求が認知された労働者の能力を上回る場合にストレスが生じる。個人がストレスフルであるとみいだす、または感じるものは、個人間及び個人内で異なる可能性があり、状況や時間の経過によっても異なる可能性がある。このように、労働環境のあらゆる側面がストレスッサーとして認知される可能性があるため、従前のモデルとは異なり、トランザクショナル・モデルでは、考慮する心理社会的ハザーズの種類・数に制限を設けていない。また、これらのモデルでは、ストレスが、個人と組織の両方に有害な結果をともなって、生理的、心理的、行動的及び社会的に現われる可能性があることを認めている。
このストレス評価プロセスの概念化は、その後、組織レベルにおける心理社会的リスク管理・アプローチの基礎として発展した。第1に、労働関連ストレス・プロセスが安全衛生の枠組みの中に位置づけられ、第2に、リスクアセスメントを促進するために心理社会的要因の分類が詳細に検討され、第3に、一連のプロセス原則が開発され、心理社会的リスク管理に適用された(Cox and Griffiths 2010年)。ハザード-リスク-ハーム[危害]分類を用いて心理社会的労働環境にリスク管理の枠組みを適用する最初の明確な試みは、イギリス安全衛生庁(HSE)のためのレビュー及び「労働における心理社会的及び組織的ハザーズ:管理及び監視」と題されたWHOのためのガイドライン(Cox and Cox 1993)において、1993年にCoxによって行われた。これらの文書には、その後の研究、政策及び慣行に関する出版物で広く使用されるようになった、心理社会的ハザーズの分類が示されている、それには、労働量、労働ペース、職務内容(またはタスク設計)、労働スケジュール、管理[コントロール]、組織における役割、環境・設備、労働における対人関係、キャリア開発、組織の文化・機能、及び家庭-労働の両立が含まれる。
このアプローチは、心理社会的リスクに対する体系的なリスク管理・アプローチを通じて、労働者の健康及び安全に対するあらゆる種類のリスクを評価及び管理するという、EU枠組み指令89/391/EECの要求事項を明確に反映することを目的とした。このアプローチによると、労働者の健康及び安全に対するリスクのレベルは、心理社会的ハザーズ(または、労働者の健康、安全及びウエルビーイングにネガティブな影響を及ぼす可能性があると労働者によって評価された心理社会的労働環境の諸側面)が危害(または健康、安全及びウエルビーイングに対するネガティブな影響)を引き起こす可能性を推定することによって決定される。この推定を可能にするためには、潜在的ハザーズと影響/結果の両方に関連するデータを収集しなければならない。
Cox and Cox(1993年)が開発した分類は、いくつかの種類の結果を確認し、企業及びマクロレベルにおける心理社会的リスク管理モデルを明確に理論化及び定義した「心理社会的リスク管理欧州枠組み(PRIMA-EF)」(Leka and Cox 2008年)に組み込まれた。

3.9 心理社会的リスク管理-欧州枠組み(PRIMA-EF)

PRIMA-EF[Psychosocial Risk Management – European Framework](Leka and Cox 2008年、Lekaら 2008年)は、企業レベルでは、心理社会的リスク管理を組織管理・業務プロセス及び職場内外の多くの重要な結果と結びつける。労働及び生産の設計、開発及び運営は、心理社会的リスク管理プロセスと相互に作用及び影響し合い、労働者の健康、安全及びウエルビーイングだけでなく、生産性、労働・製品の質、革新性といった組織の成果、さらには社会的な成果の決定要因ともなる。したがって、心理社会的リスク管理に関するベストプラクティスは、本質的には、組織管理、学習・開発、社会的責任及び良好な労働と(労働)生活の質の促進の観点におけるベストプラクティスを反映する。マクロレベルでは、リスク管理は、より広範な開発(例えば技術革新)に沿って、労働の世界に影響を与える政策(例えば公衆衛生、経済、労働、貿易)の影響に対処するためにも利用できる。これらは、公衆・労働衛生、労働市場への参加、経済パフォーマンス及び国レベルでのイノベーションの決定因子である。

3.10 心理社会的安全風土理論(PSC)

心理社会的安全風土[Psychosocial Safety Cli-mate](PSC)理論は、2010年にDollardとBakkerによって提案され、安全風土理論を基礎にして開発された。PSCは、「諸原因の原因」と特定されており、また、職場要求・リソースや、労働者の健康や生産性と関連する心理社会的リスクのレベルを予測できる先行指標とみなされている(Dollard and Bakker 2010年)。PSCは、労働者の心理的健康と安全を保護するための組織の方針、慣行及び手順によって決定される。それは、ストレス予防に対する経営陣のコミットメント、心理的健康対生産性の懸念に対する経営陣の優先順位付け、心理的健康問題に関する組織的コミュニケーション、及び労働者の心理的健康の保護に関連した組織的参加・関与を指す(Dollard and Bakker 2010年)。
Lekaら(2023年)は、PSCはOSHの主要な政策原則に沿ったものであり、OSHの枠組み法令やOSHの管理システムに明示的に盛り込まれていると論じている。これには、OSHに対する経営陣のコミットメント、事業上の意思決定におけるOSHの経営陣による優先順位付け、OSHに関する組織的コミュニケーション及び労働者協議・参加が含まれる(Tappuraら 2022年)。したがって、これらの原則に基づいたPSCのような組織的OSH文化・風土の構築は、労働条件の主導的指標として監視及び予測の目的に役立てることができる。

4. EUにおける労働におけるメンタルヘルス及び労働関連心理社会的リスクの広がり
5. 労働関連心理社会的リスクの影響及び予防のための道
6. 労働関連心理社会的リスクに関する欧州の政策コンテクスト
7. 心理社会的労働環境に関する検証済みのツール
8. プロジェクトの目的及び研究課題
9. 方法
[以上省略]

10. 調査研究結果

分析の結果、組織レベルにおける心理社会的労働環境に影響を与えるいくつかのマクロ的コンテクストの次元が浮き彫りになった。これには、政治的、社会的、経済的、技術的及び生態学的なコンテクストが含まれ、これらは政策コンテクスト、労働市場のダイナミクス、及び労働安全衛生インフラを決定する。これらのマクロ的コンテクストの諸次元については、セクション10.1[マクロ的コンテクスト]で議論する。
セクション10.2[心理社会的労働環境]ではそれから、心理社会的労働環境の分類の分析について議論する。分析の結果、理論的領域とは異なる、労働関連PSRの様々な分類が存在することが示された。もっとも広く使用されている分類は、研究・慣行の双方で採用されているCox(1993年)及びCox and Cox(1993年)による分類である。この分類と他の分類の諸側面[dimensions]の比較分析により、この[分類の]諸側面が依然として適切であり、変化する労働の性質をとらえるのに十分な広さであることが示された。これには、組織の文化・機能、職務内容、労働量及び労働ペース、労働スケジュール、管理[コントロール]、環境・設備、労働における対人関係、組織における役割、キャリア開発、並びに家庭と労働の両立が含まれる。しかし、心理社会的要因・ハザーズの具体的な例を通じて具体化する場合には、以下のために、さらなる詳細を加える必要がある。

  1. 概念の明確性を確保しながら、様々な分類の内容を整合させる。
  2. 心理社会的要因・ハザーズの双方の追加的な例を含める。
  3. 労働と雇用契約、技術革新、及び環境要因の変化する性質に関する新たな理論的構成・側面[aspects]をとらえる。

それから、セクション10.3[労働関連PSRの健康影響]及び10.4[労働関連PSRの組織的影響]で提示されたエビデンスに基づいて、より広範なマクロ的コンテクストの影響と、心理社会的労働環境が健康及び組織の成果に与える影響を描写するために、拡張された概念的枠組み(表3参照)が開発された。レビューの対象範囲が広いことを踏まえて、提示されたエビデンスは詳細な系統的レビュー及びメタ分析研究に基づいている。しかし、健康及び組織への影響に関連する懸念事項のすべてについて系統的な文献レビュー及びメタ分析を確認することはできなかった。これらは、既存のエビデンスの基盤には限界があることを認識したうえで、可能な範囲で盛り込まれている。

本報告書で提示された概念的枠組みは、ある程度、心理社会的労働環境と、社会レベル及び個人レベル・組織レベルでの影響の両方における現象との関係性を描写する、Rugulies(2019年)が提示した心理社会的労働環境と健康に関する研究の概念的枠組みを反映している。Ruguliesのモデルにおける経路は、(1)生産様式、労働の分業、社会福祉体制または法制度の種類など、(マクロレベルの)経済、社会、政治構造からはじまり、(2)雇用契約の種類または人員配置の適切性など、(中間レベルの)職場構造、(3)職務要求、労働組織、労働内容または労働における社会的関係など、中間レベルの心理社会的労働条件、に影響を与える。また、われわれの概念モデルは、Muntaner and O’Campo(1993年)がPSRモデルに健康の遠因(社会的要因)を取り入れるよう呼びかけたことに応えるものでもある。したがって、本報告書で提示する概念的枠組みは、健康の遠因をモデル(例えば、社会的コンテクスト、労働市場のダイナミクス)及び関連する労働プロセスに影響を与える世界的変化に取り入れている。

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図2[省略]及び表3は、異なる要素をもつ労働関連PSRの概念的枠組み及び分類を示している。

  • マクロ的コンテクストに関連する諸側面などの、ソース
  • 職務の安定性、ワークライフバランスを含めた、ファクター[要因]
  • 雇用不安、労働と生活のの葛藤などの、ハザーズ
  • 個人の健康・ウエルビーイング、及び組織の成果に関する、影響及び成果
  • [中略-「10.1 マクロ的コンテクスト」、「10.2 心理社会的労働環境」と続き、以下は「10.2.3 結論」の部分-なお、表4は10.2.1、表6は10.2.2所収]
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この分類法のレビューは、灰色文献及び科学文献に基づいて提示されており、いくつかの重要な結論を導くことができる。
第1に、心理社会的要因の分類と、それに関連したハザーズ及び理論的領域の分類の間には違いがある。職務要求、職務リソース、努力及び報酬などの理論的領域は、様々な測定手段において異なる方法で運用可能にされており、様々な心理社会的要因及び/または心理社会的ハザーズを測定する。理論的領域は、経済的な方法で心理社会的労働環境における主要な構成要素を描写することを目的としているが、組織の慣行を改善するためには、様々コンテクスト及び労働環境における労働及び心理社会的労働条件の性質を把握するために、より詳細な情報が必要である。
第2に、一部の分類では心理社会的要因が挙げられている一方で、他の分類では心理社会的ハザーズが挙げられている。場合によっては、この2つが混在している場合もあり、また、要因と結果が混在している場合もある。このため、使用者、労働組合、政策立案者など、グッドプラクティスを実施するために明確な基準を必要とする主要な利害関係者の間で混乱が生じる可能性がある。
第3に、ほとんどの理論モデル(及び、その結果としての科学的研究)は心理社会的ハザーズに焦点を当てており、心理社会的労働環境のあらゆる側面におけるポジティブな特性についてはあまり焦点が当てられてこなかった。これは、心理社会的労働環境の研究が労働関連ストレスの理論及び研究からはじまったこと、また、心理社会的リスク管理が労働安全衛生の枠組みの中で位置づけられてきたことを考えれば理解できる。しかし、ポジティブな心理社会的職場環境にも焦点を当てることで、健康的な労働及び健康的な組織を促進する方法について主要な利害関係者に明確なメッセージを送ることができる。また、心理社会的リスク管理がポジティブな結果に貢献できることを強調して、その主張をより強固なものにすることができる。
第4に、もっとも広く使用されている分類は、Cox(1993年)及びCox and Cox(1993年)による分類及びその後に採用された改訂版である。これは、EU-OSHA、欧州委員会、SLIC[欧州上級労働監督官委員会]、ILO、WHO などの主要機関によるガイダンスにも取り入れられている。この分類で示された心理社会的労働環境の主要な側面は、他の分類のものともよく一致しており、労働の性質に関する進展を十分に捉えることができるほど広範なものである。これには、組織の文化及び機能、職務内容、労働量及び労働ペース、労働スケジュール、管理[コントロール]、環境及び設備、労働における対人関係、組織における役割、キャリア開発、並びに家庭と仕事の両立が含まれる。
第5に、全体的には、様々な分類で提示されている心理社会的労働環境の主要な側面については合意が得られているが、それらに含まれる要因及びハザーズの具体的な例については若干の相違がある。
最後に、組織文化の指標としてPSC[心理社会的安全風土]を組み込んでいるのは、Lekaら(2017年)の分類のみである。PSCが心理社会的労働条件の先行指標であることが判明しているにもかかわらず、PSC理論の基となった安全文化など、類似した概念がいくつかの分類に含まれている(例えば、Wiegandら 2012年を参照)。PSCとは、労働におけるメンタルヘルスの促進に対する経営陣のコミットメント、経営上の意思決定における、労働におけるPSR及びメンタルヘルスの優先順位付け、労働におけるPSR及びメンタルヘルスに関する組織内のコミュニケーション、並びに心理社会的リスク管理における労働者との協議及び労働者の参加を指す。経営陣のコミットメント、コミュニケーション、参加及び協議はいずれも組織文化の側面である(Lekaら 2023年)。したがって、心理社会的リスク管理プロセスに組み入れやすくするために、心理社会的労働環境の分類にPSCを盛り込むことが不可欠である。
ここで、本報告書の冒頭で述べたように、労働関連PSRの概念化及び分類を開発するという本プロジェクトの目的は、研究目的のための訓練としてのみとらえられるべきものではなく、次の問いに答える助けとなる有益な結論を導き出すためのものであるということを思い起こすことが重要である。すなわち、マクロレベルの開発及び課題の中で、個人及び社会の健康及びウェルビーイングを促進するような健康的な労働及び健康的な組織の設計を促進するために、どのように知識を活用できるのか?研究はその答えの一部に過ぎない。実際、エビデンスは政策及び実践の発展を牽引してきた。とくに、 PSRへの曝露が健康、組織及び社会に与える影響がより顕著かつ明白になり、主要な関係者に受け入れられるようになったCOVID-19パンデミック以降、その傾向は一層強まった。
しかし、研究から得られた知識を実用的な方法で政策やツールに反映させる必要がある。そのため、分類分析で示された情報を統合する際には、車輪を再び発明するのではなく、次のことが可能かどうかを評価することが重要であった。

  • 限られた数の主要な次元にわたって、経済的な方法で様々な分類を捕捉する。
  • 労働・雇用契約の性質の変化、技術革新及び環境要因に関する新しい理論及び側面を含める。
  • 心理社会的要因・ハザーズ・結果の混同を避ける。
  • 研究・政策・慣行で広く使用されていて主要な関係者に馴染みのある分類を採用する。

したがって、本レビューで得られた知見と導き出された結論に基づき、Cox and Cox(1993年)の分類を以下のように適応させた。

  1. 概念的な明確性を確保しつつ、様々な分類の内容を整合させる。
  2. 心理社会的要因と心理社会的ハザーズの両方の例を追加する。
  3. 労働・雇用契約の性質の変化、技術革新及び環境要因に関する新しい理論的構成要素及び側面を捕捉する。

その後、次の2つのセクション[「10.3 労働関連PSRの健康影響」及び「10.4 労働関連PSRの組織的影響」]で提示されるエビデンスに基づき、先に議論されたより広範なマクロ的コンテクスト影響と、心理社会的労働環境が健康及び組織の成果に及ぼす影響を描写するために、拡張された概念的枠組み(表3参照)が開発された。

[以下-「10.3 労働関連PSRの健康影響」、「10.4 労働関連PSRの組織的影響」-省略]

11. 労働関連PSRに対する介入[省略]

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12. 結論及び勧告

本報告書では、心理社会的労働環境に関する定義、用語、理論、分類及び法律文書について検討した。EU及びいくつかの国における労働関連PSRの広がり及び政策コンテクストをレビューし、マクロレベルにおける心理社会的労働環境の主要な決定要因を特定し、健康及び組織への影響に関する証拠を要約した。この情報は、マクロレベルのソース、心理社会的要因、心理社会的ハザーズ及び影響に関する知識を把握することを目的として、最新の概念的枠組みを開発するために使用された。様々な介入アプローチについて議論し、その評価から得られた教訓を導き出し、既存のガイダンスに基づいて介入の例を開発し、それらを組織レベルの心理社会的労働環境の諸側面に当てはめた。
労働関連PSRの用語は、1960年代から文献で確認できるが、「心理社会的要因」という用語が労働安全衛生(OSH)においてより広く使用されるようになったのは、1986年にILOが発行したILO/WHO合同労働衛生委員会の報告書で定義が提供されてからである。心理社会的労働環境に関するいくつかの理論モデルが存在しており、その多くは労働関連ストレスやバーンアウト[燃え尽き症候群]のモデルとして開発された。非物理的な労働環境の側面が健康、安全、ウエルビーイング、及び組織の成果に与える影響を把握しようとする研究者の試みにより、用語及び理論的領域が長年にわたって進化してきた。ほとんどの理論モデルが労働関連ストレスのモデルとして文献で議論されているため、研究の大部分は個人レベルのネガティブな結果に焦点を当てている。しかし、一部のモデルではポジティブな結果も明示的に認識されているが、マクロレベルの決定要因及び影響をとらえているものはきわめてわずかである。
これらの理論的観点によれば、労働関連PSRに関するデータを収集するために様々な手段が設計されており、そのほとんどは自己報告式調査票である。「職務ストレイン」や「ERI[努力-報酬不均衡]」といった概念が、様々な結果に関連するリスク指標として、数多くの研究で使用されてきた。これらの理論モデルの著者たちは、職務ストレインやERIを測定するために開発された手段の基準を提供しているものの、様々な部門や国における実証研究では、これら及びその他のツール(例えば COPSOQ)の検証は、その背景にある労働の性質を反映した、異なるリスクカットオフスコアにつながる。例えば、イギリスやイタリアなど、一部の国では、全国レベルのデータの詳細な分析が全国レベルのカットオフリスクスコアを提供し、全国レベル及び特定部門における組織の慣行のベンチマークとして使用されている。
証拠は、EUにおける労働関連心理社会的リスクとしてもっとも多いのは、労働強度(厳しいデッドラインやハイスピードでの労働など)、過重負荷労働及び遂行する職務の種類に関連したもの(単調または複雑な労働など)であることを示している。さらに、多くの労働者が、不規則なスケジュールの労働や長時間労働などの特定の労働時間アレンジメントに影響を受けていると報告している。これらのリスクに曝露する度合いは、国、部門や職業によって異なり、また組織の規模、ジェンダーや年齢によっても異なる。最近の技術革新やCOVID-19パンデミックは、労働パターン及び慣行(例えば、テレワーク、ハイブリッドワーク、アルゴリズム管理、デジタル監視)や雇用関係及び契約(例えば、ギグ・プラットフォーム労働、ゼロアワー契約)の変化につながっている。それゆえ、切断[つながらないこと]不能、労働と私生活の境界の曖昧化、社会的孤立、及び自律性の低下など、いくつかの新たな及び現出しつつあるPSRはそれらと関連している。
PSRの広がり及び影響に関する証拠が増えてきたことから、多くのハードロー[拘束力のある法律]及びソフトロー[拘束力のないまたは弱い法律]のイニシアティブが開発されてきた。しかし、欧州の企業の約20%しか、労働者に心理社会的リスクについて知らせておらず、ましてや、この分野における主要なニーズとして、企業規模、部門または国に関わりなく、認識不足、リソース不足、及び技術的サポート、ガイダンス、専門知識の不足が常に指摘されているにもかかわらず、それらに取り組むための適切な行動を取っている企業はほとんどない。OSH法令は欧州の使用者によって安全衛生問題に対処するための重要な推進力とみなされているにもかかわらず、職場における心理社会的リスクの管理及びメンタルヘルスの促進にはあまり効果的ではない。心理社会的リスクに関しては、具体的な用語(例えば、労働関連ストレス、労働における心理社会的リスク及びメンタルヘルス)を盛り込むことによって、EU法令の条文をさらに明確にするよう求める声がいくつか上がっている。労働における心理社会的リスク及びメンタルヘルスに関しては、他の政策アプローチ(例えば基準やガイドライン)の方が、法令よりも明確で使いやすいことがわかっている。しかし、労働関連PSRに関する特定の法律が現在、EU加盟国の大半で利用可能となっており、また、特定の法令が導入された国々では、組織的な行動がより多く見られるという証拠がある。政策を実践に移すにはさらなる取り組みが必要であり、政策は複数の関係者の関与する状況で策定・実施されるものであり、その状況が政策枠組みと実際の政策実施の双方に直接的な影響を与えることを強調することが重要である。
したがって、この作業を通じて開発された労働関連PSRの概念的枠組みには、組織レベルにおける心理社会的労働環境の決定要因として、マクロ的コンテクストのいくつかの側面が明示的に含まれている。それらは以下のとおりである。

  • 政治的コンテクスト:統治、政治的アクター、政治的権力関係及び政治システムの安定性
  • 社会的コンテクスト:社会的態度、市民参加、社会対話、労働者代表及び労働人口統計
  • 経済的コンテクスト:グローバル化、マクロ経済の安定性及び福祉国家モデル
  • 技術的コンテクスト:デジタル化、オートメーション、ロボット化及びAI
  • 生態学的コンテクスト:気候変動・安全及び環境の安定を含めた環境条件

同様に、これらは以下に影響を及ぼす。

  • 政策コンテクスト:保健政策、社会保護政策、経済・貿易政策、教育政策、環境政策、労働市場政策(例えば、労働規制、差別禁止規制、労使関係)及び労働安全衛生政策の開発及び質
  • 労働市場の力学:完全雇用の可能性、失業の広がり、賃金及び所得の妥当性、不安定な労働及び非正規雇用、児童労働、奴隷及び債務労働、人間と機械の相互作用、技能開発及び雇用可能性、及びギグエコノミーの広がり
  • OSHインフラ:OSHの執行、労働衛生サービスの利用可能性、対象範囲及び質、及び労働監督官を含め主要な関係者の訓練及び能力開発の質

心理社会的労働環境に関する分類のレビューにより、理論モデル、測定手段及び主要なガイダンス文書に描かれているいくつかのことが確認された。心理社会的要因を列挙している分類もあれば、心理社会的ハザーズを列挙している分類もあり、また、両者が混在しているもの、または要因と結果が混在しているものもある。もっとも広く使用されている分類は、Cox(1993年)及びCox and Cox(1993年)によるもので、その後に採用された改訂版も、例えば、EU-OSHA、欧州委員会、SLIC、ILO及びWHOなど、いくつかの主要なガイダンスに組み込まれている。この分類で示された心理社会的労働環境の主要な側面は、他の分類のものともよく一致しており、労働の性質に関する進展をとらえるのに十分な広さである。これには、組織の文化・機能、職務内容、労働量・労働ペース、労働スケジュール、管理[コントロール]、環境・設備、労働における対人関係、組織内での役割、キャリア開発及び家庭と労働の両立などが含まれる。心理社会的安全風土[セーフティクライメイト]を組織文化の指標として取り入れた分類は、これだけである。最後に、既存の分類は、労働・雇用契約の性質の変化、技術革新、環境要因の側面をとらえる心理社会的要因及び心理社会的ハザーズの追加の例を含めるために更新されると有益である。したがって、これらの問題に対処するために、更新された概念的枠組みが開発された。
労働関連PSRの影響のレビューでは、健康への影響及び組織の成果の双方に焦点が当てられた。相対的に質の高い研究により、証拠の基盤を改善することは可能であるが、労働関連PSRの健康への影響に関する研究はすでにいくつか存在していると結論づけることができる。全体として、研究は個人レベルでの結果(主として心血管疾患及び精神疾患)に焦点を当てている傾向がある。入手可能な証拠は一貫して、様々なPSRが様々な健康上の結果につながる可能性があることを示しており、したがって、組織内では予防的な観点から優先順位を付ける必要がある。組織の成果に関する入手可能な証拠は多様であり、パフォーマンス、職務満足感、労働のやりがい、革新性、欠勤、疾病就業、離職、退職の意向及び障害による退職に寄与する複数のPSRの全体像を構築している。研究では、入手可能な証拠の質に関する限界が指摘されており、証拠の基盤はPSRの健康への影響に関するものほど十分に開発されていないことが認識されている。しかし、ポジティブな影響及びネガティブな影響の双方を特定することはなお可能であり、健康的な心理社会的労働環境には強力なビジネスケースがあるという結論を導くことができる。
最後に、介入に関する証拠のレビューでは、証拠の根拠は様々であり、とくに評価研究がコンテクスト及び実施のニュアンスを考慮しないモデルを単純に適用している場合には、確固たる結論を導くことはできないことが示された。現在では、より系統的なレビュー及びメタ分析が利用可能になっているが、費用推計の研究は依然として不足している。いくつかの研究は、とくに組織レベルの介入に関連して、結論を導き出す前に考慮すべき介入の評価に関する洞察及び学習ポイントを提供している。
本報告書で認められ、議論された知識のギャップがある一方で、いままでにないほど急速に発展している膨大な知識があることも明らかである。政策立案者及び社会パートナーの間では、心理社会的労働環境の重要性に対する理解及び評価が高まっている証拠がある。しかし、まだなされるべきことはたくさんある。労働の世界では急速な変化が起こっており、まだ十分に理解されていない新たな現実がある。EUの諸機関は一貫して、より多くの支援を求めている。労働監督及び労働衛生サービスという重要な業務に携わる人々も同様である。
他の同僚らと同様に、本報告書は、健康的な心理社会的労働環境の促進及び健康的な労働・組織の開発を優先させるのに十分なことが現在までにわかっていることを強調している。健康的な心理社会的労働環境とはどのようなものかについても、十分な知識が得られている。表8は、本報告書で提示された最新の概念的枠組みに基づき、Lekaら(2017年)が記述したポジティブな心理社会的労働環境の特徴を改訂したものである。興味深いことに、十分な知識が利用可能であるという結論は、1986年のILO報告書でも導き出されていた。それから約40年が経過し、いまこそ、様々な分野でより確固とした行動を起こすことが不可欠である。以下の勧告は、研究、政策及び慣行において、どの分野で行動がもっとも必要とされているかを明らかにすることを目的としている。

研究

  • PSRに関するメタレビューを実施し、その結果に基づいてより質の高い研究を設計する。
  • 労働の性質の変化、新しい技術及び慣行、それらの影響から生じるPSRに関する研究を実施する。
  • ランダム化比較試験以外の適切な評価方法を用いた介入評価研究を実施する。
  • PSRへの曝露によるネガティブな影響に加えて、ポジティブな成果を評価及び紹介する。
  • 不平等への対応を含むマクロ的コンテクストの影響に関する研究をさらに実施する。
  • 実施及び執行を含め、政策評価研究を行う。

政策

  • 各国のPSRに関する特定の法律を分析し、ここで開発された主要な次元及び分類に関する内容について評価する。
  • PSRに関する政策アプローチの長い伝統を持つ国々におけるケーススタディを分析し、それらが実際にはどのように機能しているかを評価する。
  • この分野における基準の使用状況及びその影響を分析する。
  • PSRに関するより具体的な法令(例えば、PSRに関するEU指令)の策定に関する議論に関係者を関与させる。
  • EUの政策を整合させ、マクロレベルでのPSRの予防的アプローチを促進する方法を検討する。

慣行

  • 概念的枠組みを関係者のためのツールに変換する。
  • 適切な訓練を通じて関係者の能力を開発する。
  • SLIC及びILOによる労働監督ツールを促進する。
  • PSRの予防に関する適切な専門知識を備えた学際的な労働衛生サービスを確立する。
  • 介入に関する知識を体系化し、予防を優先する体系的な包括的マルチモーダル介入を促進する。

参考文献[省略]

https://www.etui.org/publications/conceptualising-work-related-psychosocial-risks

安全センター情報2025年4月号