アスベスト廃棄物管理慣行・処理技術に関する研究/2024.6.20 欧州委員会
抄録
アスベストへの曝露による健康リスクから労働者と市民を守ることは、EUでは長年にわたる優先事項である。同時に、建設・解体廃棄物については、アスベストを含有する可能性がある解体廃棄物も含め、再利用及びリサイクルを目的とした野心的な準備が設定されるかもしれない。本研究の目的は、アスベスト廃棄物管理慣行・技術を調査することである。この目的のため、本研究では2018年以降に発表された112件の学術論文及び灰色文献報告書をレビューし、2回のオンライン調査及び18回の半構造化インタビューを通じて専門家の意見を聴取した。予備的研究結果は、2023年6月に開催されたワークショップで議論された。アスベスト廃棄物に関する包括的な統計はすべての加盟国に存在するわけではなく、アスベスト廃棄物管理に関する指針文書を発行している国は全体の約半数にとどまっている。アスベスト廃棄物は主として改修・解体作業によって発生し、埋め立てが主要な処分方法となっている。しかし、今後数年のうちに、埋め立て容量がいくつかの加盟国にとって問題となる可能性がある。いくつかの回収技術が開発の最終段階にあるか、または産業利用の準備ができているが、規制や経済的な障壁に直面している。
要旨
2021年10月に欧州議会は、アスベスト曝露に関連した健康リスクから労働者・市民を守るために、「すべてのアスベストの除去に向けた欧州戦略」を呼びかけた。建設作業-改修・解体行動を含め-及び廃棄物の管理は、建設分野においてアスベスト含有製品が広く使用されてきた歴史的経緯から、アスベストへの曝露のもっとも高いリスクを引き起こす。アスベストは有害物質であり、EUではその廃棄物の処理方法として埋め立てがもっとも一般的である。EUは、廃棄物枠組み指令で設定された廃棄物のヒエラルキーに従って、建設・解体廃棄物の埋め立てを減らし、再利用・リサイクルを促進しようとしている。今後、エネルギー転換との関連で実施される改修・解体により、アスベストを含有する解体廃棄物の量が増加することが予想されている。したがって、埋め立てを減らし、有害でない鉱物部分へのリサイクルを促進するための選択肢を考慮しつつ、この有害廃棄物の流れに対しても廃棄物のヒエラルキーが適切に適用されるのを確保することが重要である。本研究の目的は、確立されたアスベスト廃棄物管理慣行が廃棄物のヒエラルキーに沿っているかどうか、また、既存のまたは現出しつつある処理技術が埋め立て削減及び有害廃棄物部分(処理後に無害化されたもの)のリサイクル促進を可能にするかどうかを評価することだった。この研究はは、以下のことを必要とした。
- EU及び加盟国レベルにおける、主な発生源、及び発生、収集、輸出入、処理、埋め立てされた量を含む、アスベスト廃棄物に関する統計の収集
- 2050年までの、アスベスト廃棄物の発生及び処理に関する傾向及び予測の提供
- EUにおけるアスベスト廃棄物管理の調査及びベストプラクティスの把握
- 商業化に対する障壁、将来の見通し、これらの技術を主流化するための機会についての記述を含む、既存の及び現出しつつあるアスベスト廃棄物処理技術のマッピング
2018年以降に発表された112件のの学術論文及び灰色文献報告-EUが資金提供したプロジェクトの成果物を含む-のレビューを通じて情報を抽出した。2回のオンライン調査と17回の半構造化インタビューを通じて専門家の意見を聴取した。予備的な研究結果は、2023年6月に開催されたワークショップで議論された。ワークショップと専門家との協議は、様々関係者の見解を入手し、文献に記載されている情報を補完・相互確認し、より進んだアスベスト廃棄物処理技術に関する情報を収集することを目的とした。インタビュー結果の解釈にはテーマ分析が適用された。研究結果に基づき、13の結論及び5つの勧告が定式化された。
結論1. アスベスト廃棄物の発生、処分及び処理に関する包括的かつ信頼できるデータは、すべての加盟国については存在していない。アスベスト廃棄物に関するEUレベルでの統計は収集されておらず、アスベスト廃棄物は他の鉱物廃棄物とともに2年ごとにユーロスタットに報告されている。そのため、ある程度の推定は可能であるものの、EU内でアスベスト含有廃棄物がどの程度の量で発生しているのかを把握することは不可能である。加盟国はアスベスト廃棄物に関するデータの収集・報告に異なる方法を採用しているため、データの比較は困難である。
勧告1. 加盟国におけるデータの整合性、一貫性及び信頼性を確保するために、アスベスト廃棄物データ収集・管理に関するEUレベルの指針または方法論の必要性がある。加盟国に、他の鉱物廃棄物とは別にアスベスト廃棄物データをユーロスタットに報告するよう要求することは、データの質と信頼性を改善するだろう。
結論2. EU規模の禁止まで、EUはアスベストを広く使用しており、そのほとんどが建築物に使用される建築資材に組み込まれていた。現在、それらの建物が使用中の建物ストックのかなりの部分を占めている。その結果、アスベスト廃棄物のほとんどは、それらの建物の解体・改修工事によって発生している。アスベスト含有廃棄物のほぼ97%は「アスベスト含有建材」として報告されており、次いで「アスベスト含有断熱材」であり、それらが過去10年以上にわたって加盟国で発生したアスベスト含有廃棄物の99%を占めている。
結論3. 研究チームの推定に基づくと、EUでは建物のアスベスト除去はごく一部にとどまっている。公共及び住宅用建物には大量のアスベストが残っており、いずれは廃棄物となる。「欧州の改修の波」戦略は、2030年までに建物の改修率を少なくとも2倍にし、2050年まで延長することをめざしており、重点は徹底的な改修に置かれている。したがって、建物のエネルギー効率を高めるための改修工事は、アスベストがもっとも多くみられる、建物の壁、屋根、床、旧式の技術システム、電気設備に対して一般的になされることから、加盟国で発生するアスベスト廃棄物の量は増えると予想される。
結論4. 建物内のアスベストのスクリーニングを要求する引き金となるものについては、加盟国間で大きな違いがある。引き金となるものには、例えば、アスベストへの曝露が生じる可能性のある解体、建設または改修、何らかの建設または改修、建物の所有権の変更、賃貸契約または一定期日までにすべての建物がアスベストについてスクリーニングされなければならないという包括的要求事項などが含まれる。その結果、一部の加盟国では、(建物の所有者を含む)関係者が、建物内のアスベストの存在についてよりよく理解している。これは、適切な管理計画を策定するための第一歩となる。
結論5. ほとんどの加盟国は、解体(及び改修)の場合を除き、建物からアスベストを除去するための具体的な目標または戦略を有していないようである。一部の国は、アスベスト除去のための財政支援を提供している、または過去に提供していたが、そのような制度は対象範囲(例えば学校からのアスベスト除去への資金提供)や期間が限定的である傾向がある。したがって、一部の国には、解体・改修の場合を除き、建物からアスベスト含有物質を除去するための限定的なインセンティブがある。
結論6. 現在、アスベスト廃棄物の主な処分方法は埋め立てである。アスベスト廃棄物は一般的に、有害廃棄物処分場及び/または一部の非有害廃棄物処分場(関連する加盟国での利用可能性による)で受け入れられている。非有害廃棄物処分場における具体的な埋め立て慣行は加盟国ごとに異なる可能性があり、埋め立てられたアスベスト廃棄物の梱包、投棄が可能な部門または区画、これらの区画の覆いなどに関する要件が含まれる場合がある。
結論7. EU加盟国の約半数が、アスベスト廃棄物の管理に関する指針文書をもっている。このような文書が利用可能であることは、関係者がアスベスト含有廃棄物の除去・処分を行う際に、法的義務を認識し、正しくよい慣行・手順に従う可能性を高める。
勧告2. 技術が存在する場所及び時期におけるリサイクルの選択肢を含め、アスベスト廃棄物管理に関するEUレベルの指針の必要性がある。EUの建設・解体廃棄物管理プロトコル・ガイドラインに、ベストプラクティスの記述を追加することが可能である。より大きなEUレベルでの調整とベストプラクティスの促進により、アスベスト廃棄物の把握・管理において、アプローチが未開発または相対的に開発されていない加盟国が、より先進的なアプローチを採用している加盟国から利益を得ることが確実になる。
結論8. 埋立地のキャパシティが、多くの加盟国にとって問題となる可能性がある。研究チームの推計は、一部の加盟国における有害廃棄物及び非有害廃棄物の埋立地の残存キャパシティは、将来的に建物からすべてのアスベストが除去される場合、まだ発生していないアスベスト廃棄物を処理するのに十分ではない。この推計は、埋立地のキャパシティの増加は見込んでいないが、どの国が、費用がかかり汚染の元となるEU内の長距離輸送を回避しながら、残されたアスベスト廃棄物の処理を可能にするために、埋立地のキャパシティを大幅に拡大する必要がある可能性があるかは示している。
結論9. EUにおけるアスベスト廃棄物の回収能力は、現在ほぼゼロに等しい。熱プラズマガラス法を利用した産業用アスベスト廃棄物回収施設は1か所のみであり、年間8,000トンのアスベスト廃棄物の処理が許可されている。回収のコストは、EUにおける平均的な廃棄コストの10~20倍高く、この技術は非常にエネルギー集約的である。実際、エネルギー価格に対処するために、この施設は夏の間6か月間だけ稼働している。したがって、その稼働はエネルギー価格に左右され、環境への負荷も大きい。
結論10. アスベスト廃棄物の処理に関する研究は、主として熱処理に焦点を当てており、化学処理技術がそれに続いている。科学論文のレビューでは、熱処理がもっとも研究されている処理技術であることが示され、化学処理に関する研究はわずかであった。しかし、化学処理技術の特許件数は、熱処理プロセスの特許数に迫るものであった。このことは、これら2つの技術が科学界からもっとも注目されていることを示している。
結論11. EUでは、近い将来に産業規模で実施される可能性のあるいくつかのアスベスト廃棄物処理技術が登場している。文献調査と関係者との協議により、今後数年の間に一部の加盟国において産業規模での実施が予想される多数の処理技術が確認された。しかし、これらの技術の提供者は、施設建設に必要な多額の投資(CAPEX)による財務リスク、処理コストの高さ(OPEX)、規制環境など、実施を妨げる多くの障害を指摘している。
結論12. アスベスト廃棄物回収・処分事業は、環境、社会、経済に異なる影響を及ぼすため、慎重にバランスを取る必要がある。埋め立ては、人体と環境に対するリスクを十分に管理・抑制できる確立された方法であると考えられている。しかし、アスベストの負の遺産は残り、将来の世代に埋め立て地への対処を委ねることになり、永久に完全な安全性を保証することはできない。既存の及び現出しつつあるアスベスト廃棄物回収技術は、主として非常に高いエネルギー消費に関連した、異なる環境への悪影響をもたらす。これらの環境への悪影響は、副産物の生産(及びしたがって循環性の向上)から得られる利益、削減対策を通じた汚染物質及び温室効果ガスを緩和する機会、そして重要な点として、検出限界までアスベスト繊維を破壊することと、バランスが取られる必要がある。
結論13. アスベスト廃棄物のリサイクルソリューションの開発・実施を促進するために、EU及び加盟国レベルで多くの措置が実施される可能性がある。これには、とりわけ財政的インセンティブ、最終製品の認証、事業の標準化、ベストプラクティスの普及などが含まれる。アスベスト廃棄物のリサイクルを認める国内法の採択または改正、及び持続可能で技術的に実現可能な処理ソリューションと考えられるものに対するEU規模の基準の確立も、重要な役割を果たすことができる。
勧告3. アスベスト廃棄物の回収を通じて得られた副産物の「廃棄物終了」基準に関するEUレベルの枠組みを開発することは、最終製品の信頼性を高め、そのような製品が単一市場で自由に流通できるようにすることを可能性がある。これには、定期的な検査、モニタリング、記録の保存・報告を通じて、そのプロセスの信頼性と安全性を確保する回収事業の基準によって捕捉することも可能である。
勧告4. 欧州委員会は、付加価値税(VAT)の軽減適用を認めることができるように、VATの共通システムに関する指令2006/112/ECの付属書Ⅲにリサイクル製品またはリサイクル素材製品を含めることを検討することが可能である。これは、アスベスト廃棄物の処理を通じて回収された物質を含む副産物に対する需要を潜在的に増加する可能性がある。
勧告5. 欧州委員会は、技術が廃棄物枠組み指令及びその他の環境法令に定められた一般的環境保護原則を満たしているかどうかを加盟国が評価するのを支援するために、アスベスト廃棄物処理技術の評価基準を策定することを検討することが可能である。
安全センター情報2024年11月号