オーストラリアにおけるアスベストのストック・フロー遺産/Belinda Brown, et al., Sustainability 2023, 15, 2282

抄録:

アスベストのストックとフローに関する情報は、効果的な遺産管理、建造環境に残された様々な種類の製品による潜在的なアスベスト曝露リスクの理解及びそれらの安全な除染・除去・廃棄の先を見越した資源配分計画の双方のために、もっとも重要である。本論文は、現在及び将来のオーストラリアにおける、建造環境に残されているアスベスト遺産ストックと廃棄へのフローを検討するための最善の推計を提供する国家モデルであるAustralian Stocks and Flows Model for Asbestosの概観を提供する。このモデルは、文献からの情報及び専門家からの意見を反映させて2021年に更新され、数値評価におけるよりよい推計範囲にモンテカルロ分析を反映させるとともに、アスベスト除去計画からデータの入力を可能にしている。オーストラリアの合計アスベストストックは、1980年代に約1,100万トンでピークに達した。ストックの95%以上が、シートや水道管などの、アスベストセメントで構成されている。現在オーストラリアに残されているアスベストストックは620万トンと推計され、総消費量のちょうど半分弱が廃棄物として埋立処分されたものと推計される。このモデルは、オーストラリアの有害なアスベスト遺産のどのくらいが残されており、また減少しているのか追跡するのを支援するために、最新の情報を用いながら継続して使用することができる。このモデルはまた、開発動向の予測や廃棄物インフラのニーズのシナリオや影響を検証するためにも使用することができる。オーストラリアのアスベスト廃棄物管理を担当する様々な政府部門の持続可能な計画立案を支援する有益なリソースである。

1. はじめに

オーストラリアは、1980年代まで、人口一人当たりアスベスト使用量が世界でもっとも多い国のひとつだった。2003年の全面禁止以来、有害な遺産が残されている。アスベストは、建造環境、家屋、学校、病院や公共・民間建物にいまなお存在している。毎年4,000人のオーストラリア人がアスベスト関連疾患によって死亡していると推定されている。オーストラリアの建造環境に残されているアスベスト含有物質(ACMs)の量と種類を理解することは。効果的かつ持続可能な遺産管理にとって不可欠である。

1.1. オーストラリアのアスベストの歴史的使用

Minerals UKで入手できるデータベースは、1920年から2003年の間のすべての年のアスベストの生産量、輸入量及び輸出量を記録している。これらのデータは、かなりの裁判手続を通じて検証され、堅固であることが判明している。以下のように計算される、この期間における見かけのオーストラリアのアスベスト消費量の合計は約1,900万トンになる。
見かけ消費量=生産量-輸出量+輸入量
消費量は、1975年にピークに達し、その後1980年代初めまで急速に減少して、2003年に最終的に禁止されるまで、非常に低い水準で推移した。Goulburn Valley Water[水道事業会社]によると、このアスベストの34%はセメントパイプで消費された。セメントパイプへのアスベストのもっとも早い使用は1926年だったことが知られており、1980年代まで続いたが、消費量のピークは1957年から1966年の間であった。
アスベスト安全・補償委員会[Asbestos Safety and Compensation Council]は、原料アスベストの90%がセメント製品に消費されたと報告している。セメントパイプについての上記の情報を考慮して、残りの56%は建物のアスベストセメントシートに使用されたものと理解される。寿命が異なることから、アスベストセメントシートの使用は産業用と住居用に分けることが必要であった。割合は、Allen Consulting Groupによる方法に従って、オーストラリア統計局から入手できる「建築工事の数値」に基づいて推計した。住居用60%、産業用40%と推計された。様々な情報源は、オーストラリアにおけるアスベストセメントシートの使用は1980年代に中止されたことを示している。
次の主なアスベストの用途は、床材(3%)、屋根材(2%)、摩擦材(1%)、断熱材(0.4%)であった。これらの値は、もともとアメリカの情報からとられたものだったが、最近、政府建物におけるアスベストについてのビクトリア州アスベスト根絶機関(VAEA)によるデータと比較された。断熱材と屋根材についてはこれらの数値はよく一致したが、床材についてはやや異なっていた。しかし、これは、VAEAのデータには大量のアスベスト床材を消費した住居用建物が含まれていないためである可能性がある。摩擦材の主な用途は建物よりもむしろ自動車であり、この比較では考慮されなかった。アスベストセメントシートのタイムラインに関する情報を建物におけるアスベスト一般に適用し、したがって床材と屋根材も含められた。断熱材も同様に1980年代に使用されなくなったと報告されている。摩擦製品は2003年の禁止までずっと使用された。残るオーストラリアで消費されたアスベストの4%は、多数の様々な製品に行き、例えばVAEAは、そのウエブサイト上で113のACMsを掲載している。しかし、消費量が少ないために、モデルにおいては(「その他」として)一緒にグループ分けされた。図1は、オーストラリアにおけるアスベストの総消費量の製品グループ別構成比を要約している。

1.2. オーストラリアの老朽アスベスト製品

多くのアスベスト含有製品が建造環境において40年から100年経過している。しかし、損傷、攪乱や劣化のレベルは多様であり得る。建物外部の壁材や屋根材などの外部ACMsは、主に気候による影響を受ける。建物内部の壁材や床材などの内部ACMsは、主に摩耗その他の直接接触などの攪乱や損傷による影響を受ける。大気、土壌または水質への繊維の放出、及び繊維の移送は、繊維がポルトランドセメントまたは塗料などの保護被覆であるかもしれないバルクマトリクスから分離することから、危険性を生じさせる。
老朽化したストックの劣化を評価する視点は、破砕性、または崩壊性、及びほぐれた繊維放出のレベルである。Grayらによるオーストラリア地域社会におけるアスベスト曝露の現在及び将来のリスクを検討した研究は、オーストラリアの建造環境には相当量のアスベストが残されていると結論づけている。一般公衆に対するアスベスト曝露の現在及び将来の曝露源は、アスベスト含有屋根材やフェンス、不安全なアスベスト除去慣行、DIYによる住宅の改修及びアスベストの不法投棄である。さらにASEA[アスベスト安全・根絶庁]が委託した研究は、オーストラリアでACMsがリスクをもたらす可能性のある4つの優先領域-地域社会のアスベスト(自然災害地域、アスベスト屋根材、不法投棄アスベスト、住宅、遠隔先住民コミュニティの建物)、産業用・政府建物のアスベスト(学校、病院、刑務所、工業施設、倉庫)、アスベスト汚染地(開発現場、自然生成アスベスト)、アスベストを含有する輸入品(建材や摩擦製品)-を確認している。

1.3. アスベストのストックと廃棄物へのフローを推計するモデルの必要性

アスベスト啓発管理国家戦略計画の国家優先課題3に沿って、Australian Stocks and Flows Model for Asbestos(ストックフローモデル)が開発され、安全で優先順位づけされたアスベスト除去及び効果的な廃棄物管理のための先を見越した計画立案を支援するために、最近、更新された。このストックフローモデルは、建造環境に残された遺産アスベスト(ストック)、及び廃棄物または使用廃止になる製品寿命が尽きるACMsの量(フロー)の推計を提供する。それは、現在及び将来における、建造環境に残されたアスベストストック及び廃棄へのフローを検証することのできる最善の推計結果を提供するための国家モデルとして設計された。また、管轄区域特有の情報が利用可能であれば合わせて活用できるようにするとともに、アスベスト廃棄物のインフラや作業員のキャパシティに関する計画の立案を支援することもできる。
更新版には、産業専門家及び文献による追加情報が含まれ、また、モデルの仮定と不確実性に関する透明性を高めるために、平均的な製品耐用期間または寿命についてモンテカルロ範囲推定を組み入れた。アスベスト除去計画に関連したデータの入力ができるように、ユーザーインターフェースを拡張した。この新機能は、アスベスト除去計画がすでに実施されている場合の残存ストックの推計の改善や、将来の除去計画の影響の予想または実行可能性の評価に利用することができる。
本論文は、オーストラリアの有害なアスベスト遺産について概観するとともに、われわれが将来に向けて計画するためにその遺産を理解するのに、どのようにストックフローモデルが役立つかを説明する。

2. 方法

上述したオーストラリアのアスベスト使用のプロファイルと既存アスベスト製品の老朽化による劣化を考慮したうえで、最初のストックフローモデルは2015年に開発された。最初のモデルの構築及び方法の詳細は、以下に要約した主な特徴とともに、別の論文で報告されている。最初のモデルは、1920年から2003年のオーストラリアのアスベスト消費量データを参照することによって、ストックとフローを推計した。消費量データは、以下の4つの「クリティカルパラメータ」を適用した。

  1. 7つの製品グループの各々に使用された10年区分別のアスベスト消費量の割合
  2. アスベストで構成された各製品グループの質量の平均割合
  3. 各年における各製品グループの平均寿命(LAV)
  4. 各製品グループの初期ストックの10%しか残らなくなるまでの平均年数(L10)

更新されたストックフローモデルは、1920年から2100年の間についての一次推計を提供する。

  • どれだけの量のACMsが使用中だったか、使用中であるか、または使用中であろうか?
  • 消費された合計アスベストのうち、ストックに残されているのはどれだけの割合か?
  • どの製品がループがこのアスベストを含んでいるのか?
  • どれだけの量のACMsがその使用期限の終わりに達したか、達しているか、または達するであろうか?

表1は、更新されたモデルを構築するために用いられたインプットを示している。考慮された各アスベスト製品グループごとに、%総アスベスト消費量、%アスベスト含有率、推定平均寿命、90%除去までの推定年数を含めている。最初の2つのパラメータについては、括弧内に範囲を示している。この範囲は推計における不確実性を示している。2つの寿命についてのパラメータについては、値を範囲として示しており、これはモンテカルロ分析によってサンプリングされた値の範囲である。また、値の推計に用いた参考文献も示している[省略]。

一部のモデルパラメータの不確実性が高いため、更新されたモデルでは、モンテカルロ分析を用いて推計の範囲をつくっている。モンテカルロ分析で用いられたパラメータは、各製品グループの平均寿命と各製品グループがストックに10%しか残らなくなるまでの平均年数である。このモデルでは、「真」の値は、これらの値の高い推計値と低い推計値の間にあり、正規の確率分布であると仮定している。図2は、ストックフローモデルの運用を示している。

モデルを実行すると、1セットの結果が生成されるのではなく、50セットの結果が結果が生成される(ただし、ユーザーによって最大100回まで変更可能。50回実行の各回について、各パラメータの値の範囲内からランダムに値が選択される。モデルによって生成された結果はこの50回の実行の平均であり、結果がどのような値の範囲にあるかを示す95%信頼区間とともに表示される。各年についての50回のモンテカルロ実行の平均結果は、黒線及び95%信頼区間を示す縦線で図示される(図3及び4参照)。

3. 結果

オーストラリアのACMsの総ストックは、1980年代に約1,090万トン(1,040万トンから1,120万トンの範囲)でピークに達した。ACMストックは、10年ごとに10%強の割合で減少すると予測される。廃棄フローがピークに達すると推計される2030年には、ACMストックは490万トン(430万トンから550万トンの範囲)になると予測される(図4参照)。今後、大きな介入がなければ、ACMストックは2060年までに約100万トン(70万トンから130万トンの範囲)まで減少し、その後少なくとも2100年までロングテール化するだろう。更新されたストックフローモデルは、必要なリソース(例えば労働力やインフラ)について知らせるために、(提案または実際の)大規模除去プログラムを考慮することができる。これは、アスベスト管理システムのキャパシティを積極的に考慮し、そのようなプログラムを持続可能なものにし、それによって適切なリスクマネジメントが維持されることを確保するだろう。

3.1. アスベストセメント製品

建造環境における現在のアスベストストックは620万トン(550万トンから710万トンの範囲)と推計される。もっとも大きな製品グループ別推計はアスベストセメントについてのものである。

  • 340万トン(310万トンから360万トンの範囲)のアスベストセメントパイプ
  • 150万トン(90万トンから230万トンの範囲)のアスベストセメントシート(住居用)
  • 100万トン(70万トンから130万トン)のアスベストセメントシート(産業用)

アスベストセメントパイプ及び住居用と産業用のセメントシートを合わせると、オーストラリアの建造環境に残されている遺産アスベストの約95%を占める。残されている現在のストックの割合は

  • 40%以上が住居用及び産業用建物内のアスベストセメントシートと推計され、
  • 53%以上がアスベストセメントパイプと推計される。

屋根材もセメント製が多い。現在の屋根材は8万トン(6万トンから10万トンの範囲)または1.2%と推計される。
国家モデルにおける各管轄区域に帰属するACM製品グループの割合は人口に基づいている。必ずしもそうではないことを示唆する事例的証拠はあるものの、別の何らかの方法で合理的に分配するための十分な量的データはみつからなかった。しかし、これが知られている場合には、ACMの所在を最新の地域的情報によって改善することは可能である。

3.2. オーストラリアにおけるアスベスト廃棄物

2021年オーストラリアにおける有害廃棄物報告書は、オーストラリアの2つの大きな有害廃棄物の流れは汚染土壌とアスベストであると指摘しており、オーストラリアの有害廃棄物の21%がアスベストであると推定されている。
過去10年間の全体的な傾向として、報告されるアスベスト廃棄物の量が増加しており、それは都市開発及び解体の増加と関連している。オーストラリアにおけるアスベスト廃棄物の量は、2006-07年の約315,000トンから、2020-21年には約142万トンへと増加している。したがって、アスベストは、オーストラリアにおける有害廃棄物の最大のフローのひとつを構成している。
図4は、アスベスト廃棄物のフローについてのモデルの結果を示している。ACMから廃棄物へのフローのピークは2030年頃で、約167,000トン(145,000トンから185,000トンの範囲)と推計されている。

3.3. アスベスト床材及び断熱材

床材についての現在のストックは1万トン(3,000トンから2万トンの範囲)または0.2%と推計され、断熱材については4,000トン(3,000トンから5,000トンの範囲)または0.1%と推計される。
以下の図5は、620万トンと推計されるストックに残されているオーストラリアのアスベスト遺産の、ACM製品グループ別の構成を示している。

4. 討論

アスベストについてのオーストラリアのストックフローモデルは、建造環境における遺産アスベストの状況及びアスベスト廃棄物への移行の全国的なスナップショットを提供する。現在の推計は、建造環境に約620万トンの遺産ACMsが残されており、受動的または反応的な除去作業は続いても、積極的な介入がなければ、2060年にもなお約1万トンのACMsが残され、その後もロングテールとなることを示している(図3)。これらのストックはアスベストが禁止される前のオーストラリアのアスベスト消費プロファイルを反映して、現在、主にアスベストセメントパイプ及びシートで構成されている。アスベスト廃棄のフローは、2030年に167,000トンでピークに達すると推計され(図4)、除去されたACMsは主に埋め立て処分される。
注目すべきことは、報告されたアスベスト廃棄物の量がモデル推計値を大きく上回っていることで、これは、ほとんどの州及び準州で報告される「アスベスト廃棄物」がACMに汚染されたた土壌やがれきを含んでいたからである。ストックフローモデルの廃棄へのフローの推定には、ACMに汚染された土壌やがれきは含まれておらず、記録される合計値は他の廃棄物報告合計とは異なる。今後、アスベスト廃棄物の定義がオーストラリアで統一されることによって、廃棄物データがより有意義なものとなり、モデルとの整合性が高まることが期待される。とりわけ、ACMとACMに汚染された土壌やがれきは区別する必要がある。これを実現するための努力が数年前から続けられている。
アスベストの最終目的地は、ほとんどのACMでは一般的に埋立処分になるが、セメントパイプが廃棄される場合には地中にそのまま放置されることが多い。このやり方でセメントパイプを管理することは、労働安全衛生法や環境保護法がアスベスト曝露リスクの継続的監視及び管理を考慮していることから、それらを遵守した方法のヒエラルキーの一部を構成している。遺産セメントパイプの大部分が必ずしも埋立処分されるわけではないとしても、長期的に将来予想される残された製品の廃棄へのフローを管理する課題が存在している。
この課題には、様々なやり方で対処することができるが、土地の利用可能状況や金銭的な考慮などの要素に依存している。選択肢には、例えば、埋立地から他の廃棄物を取り除く廃棄物の再資源化や回収の努力の改善などを通じて、埋立地に余裕を生み出すことが含まれる。アスベスト廃棄物を受け入れられる新しい埋立地を生み出すことももうひとつの可能性である。いずれの場合にも、埋立地に深く埋設して有害なアスベスト廃棄物を管理するために、規制要件(少なくともライセンス)が適用される。この方針から外れる場合、それらが規制要件及びその他の期待(例えば経済的・社会的)を満たすものであれば、現われつつある熱、化学、機械または生物学的技術を用いた、代替アスベスト廃棄物処理方法が別の可能性である。
ストックフローモデルを活用した、予想される廃棄物量に関する知識は、そのような決定に対して情報を提供することができる。この新しい知識は、安全で計画的な先を見越した行動を通じて、アスベストの除去を加速させることに役立つだろう。しかし、アスベスト管理システム全体に関する何らかのACM除去プログラムの意味するところについては、さらなる研究が必要である。

5. 結論

結論として、アスベストに関するオーストラリアのストックフローモデルは、優先順位づけした除去及び廃棄を含め、アスベスト廃棄物管理についての先を見越した計画立案を支援するための貴重なリソースを提供するものである。われわれが知る限り、建造環境内外のアスベストの動きを追跡するために利用可能な他のモデルはない。新しいまたは更新されたデータソース(例えば、アスベスト消費量を単純に人口に基づいて配分する仮定に基づく不確実性を減らすための、実際のアスベスト消費量に関する地域別のデータなど)によって、このモデルは、アスベストストック及びフローの量をより正確に予測することができるだろう。概して、すべての推計の範囲についての現在のばらつきは約25%である。それでもなお、改訂されたストックフローモデルは-オーストラリアのアスベスト遺産の長期的な持続可能な管理に役立つ重要な情報である-どれくらいの量のオーストラリアの有害なアスベストが残されているか、及びそれが減少している率を追跡することを援助し続けている。

https://www.mdpi.com/2071-1050/15/3/2282

安全センター情報2024年6月号