三菱電機パワハラ・長時間労働問題におけるユニオンの活躍/よこはまシティユニオン:2022年10月15日第34回コミュニティ・ユニオン全国交流集会in札幌 特別報告

【概要】:近年、パワハラや長時間労働による精神疾患や過労死が大きな社会問題として取り上げられ世間の関心を集めるようになった。それに伴い労災補償請求の件数も年々増え続け、増々ユニオンの力が必要とされている。今回、三菱電機で起きた労災事件のひとつを例に、よこはまシティユニオンがどのように労働者を助け会社と交渉を続けているかを実体験として述べる。その結果、労災認定だけでなく労働環境改善や円満な職場復帰など、労働組合だからこそできる裁判で勝ち取れる以上の成果を得たので報告する。

1. はじめに

2022年8月23日、三菱電機株式会社新入社員いじめ自死事件の和解が成立した[1]。これは、2019年4月に新卒入社した男性社員が配属先指導員からのパワハラを受けたことにより2019年8月23日に自死した事件である。
このような痛ましい事件だが、残念なことに氷山の一角にすぎない。図1に厚生労働省が毎年報告している近年の精神障害の請求件数と請求に対して認定された割合を示す[2][3]。近年の精神疾患による労災補償状況において請求件数は年々増加傾向にあり10年で1.84倍に増えている。しかし、件数の増加に対して労災認定率はここ5年では32%前後で停滞しており、未だに多くの労働者や遺族が苦しむ状況である。


そのため、我々労働組合による労働者への支援と労働環境改善においてより一層の活躍が世の中に必要とされている。今回、その一例として、我々よこはまシティユニオン(ユニよこ)の活動を紹介したい。
これは2016年11月に藤沢労働基準監督署が三菱電機の新入社員が長時間労働によって適応障害を発症したとして労働災害を認定した事件[4]である。現在もユニよこは三菱電機に対し交渉を続けており、その進捗について述べる。
これまでのコミュニティ・ユニオン全国交流集会においては、2016年10月[5]と2017年10月[6]に労災認定後に解雇撤回や労務管理の見直しを勝ち取ったことまでを報告してきた。今回は、職場復帰に向けてさらなる成果を得たので報告する。

2. 疾病とユニよこへの加入

入社後すぐに長時間労働とパワハラにより精神疾患になるが、その後三菱電機労働組合を脱退し、ユニよこへ加入した経緯について説明する。

2.1. 長時間労働とパワハラによる疾病

私は2013年4月に三菱電機へ入社後、同7月に情報技術総合研究所光・マイクロ波回路技術部レーザグループ(情報総研マ光部レーザG)に仮配属され研究・開発職員として働き始めた。ところが、仮配属先は長時間労働とパワハラが蔓延し、既に何人もの従業員が精神疾患による休職する悪質な労働環境であった。
私も同12月頃から残業が増え始め、翌年(2014年)2月には残業時間が160時間を超えるようになった。加えて、人格否定や労働時間の過少申告を含めた過重労働の強要といった上司によるパワハラが始まる。
同4月に社内の産業医面談でうつ気味と診断され、心療内科へ通院するようになった。しかし、精神疾患による通院を把握しているにも関わらず、月約80時間の残業は続き、さらに上司からのパワハラがエスカレートするようになった。
同6月に通院先からドクターストップがかかり休職に入る。その後、地元九州の実家で休養することとなった。

2.2. 弁護士とユニよこへの相談

休職直後は病気になった自分自身を責めていた。しかし、療養中に家族、友人、大学の恩師、医師、法務局や労働局の相談窓口等に経緯を相談しているうちに会社側に問題があることに気付き始めた。特に、恩師からは長時間労働やパワハラについて時期・出来事・人物の詳細を記憶が鮮明なうちにまとめておいた方が良いことをアドバイスされた。
そして訴訟を視野に入れ主治医から地元九州の弁護士を紹介してもらう。その結果、弁護士から見ても違法な長時間労働やパワハラであることを指摘された。また、会社との交渉や労災申請に備えて、働いていた事業所の存在する神奈川の弁護士を紹介してもらうことになった。
2015年9月に神奈川総合法律事務所の嶋﨑量弁護士に相談を開始し、労災の可能性が高いことを教えられた。さらに労災申請に向けて、同10月に神奈川労災職業病センターおよびユニよこの紹介を嶋﨑弁護士より受けた。

2.3. 労働組合の変更

労災申請準備中の2016年2月、急遽会社人事課より
「休職当初に休職可能期間は2017年の6月までと説明したが、社内規則を読み間違えていた。実際は2016年6月までが休職期間である。それまでに復職できない場合は解雇する。」
と説明された。突然の通告に加えて復職できる健康状態ではないため非常に強いショックを受けた。
そこで、嶋﨑弁護士とユニよこに相談したところ、まずは当時ユニオンショップ協定により加入していた三菱電機労働組合を頼ることにした。
三菱電機労組には、雇用保護のために
「休職期間を延長してもらいたい。また、近日中に労災申請をするので認定されれば解雇は無効である。」
と会社に掛け合うことを求めた。
ところが、三菱電機労組は
「規則は規則である。人事は間違って伝えたが、全社員が閲覧できるところに掲示されている。(社内ネットワークでの掲示なのでもちろん休職中は閲覧できない。)なので休職期間の延長は難しい。がんばって元気になって職場に復帰して下さい。」
と言い会社との交渉を拒否した。
以前より職場の先輩方から三菱電機労組に対する不満を聞いており、実際に長時間労働やパワハラで傷病者を出し続けても労働環境が一向に改善されないことで不信感を抱いていた。そして自分自身でも助けを求めてみたが、労働者を微塵も守る気がない態度には呆れた。
そこで、2016年3月に三菱電機労働組合を脱退して新たに一人でも加入でき闘うことができるユニよこへ正式に加入した。
以前より嶋﨑弁護士にユニよこの紹介を受けていたが、いきなり乗り換えるのでなく、このように一度三菱電機労組を頼ることできちんと筋を通している。
脱退を三菱電機労組に伝えると
「三菱電機労組の脱退はユニオンショップ協定により身分を失う可能性がある。」
との連絡を受けた。労働者の無知につけこみ解雇をちらつかせる卑劣な嫌がらせである。ここでも強いストレスを感じたが、ユニよこや弁護士方より解雇は無効である[7]との助言を受け落ち着くことができた。現在もユニよこの一員として活動を続けている。

3. 労災認定

ユニよこ加入後即、解雇撤回と労働環境の改善を求めて団体交渉を始めた。また、ユニよこや弁護士の協力の下で労災申請した結果、認定を受けることができた。その経緯及び詳細について説明する。

3.1. 団交の開始と解雇

2016年5月からユニよこを通じて団交を始めた。
三菱電機においては、入退場をICカードによって管理しているが、勤怠記録では自己申告制によって把握するものであった。これを悪用し、残業時間の申請を月40時間未満、多くても36協定で定められた60時間未満に過少申告するよう上司から部下に強要して実労働時間を誤魔化していた。
そこで、入退室記録と勤怠記録を提出させ、月の残業時間に何十時間もの相違があることを指摘した。さらに、その他のパワハラについての調査や会社規則の提出を求め、
「過重労働とパワハラを認めること。また、会社が提示する期間までの復帰は無理なので労災申請の結果がでるまでは休職期間を延長すること。仮に一般疾病だとしても会社規則において在籍期間特例があるのでこれを使用すること。」
と要求した。
ところが、三菱電機は
「会社に長時間居たことは認めるが、『業務』ではなく『自己啓発』のために会社に残っていたので問題はない。長時間労働もパワハラも存在しない。当社は業務上の疾病とは認識しておらず、規則に則り手続きを進める。在籍期間特例も使用しない。」
と回答し、労災申請結果を待たずして一方的な判断で解雇した。

3.2. 労災申請

ユニよこや嶋﨑弁護士の協力の下、団交と並行して藤沢労働基準監督署へ労災を申請した。申立書の作成の際には多大なサポートを受け、労基署とのやりとりにも間に入ってもらった。ほとんど勝手がわからない状態だったので大変ありがたいものだった。
申請には、労災だと考える理由及びその他調査において参考となる特記事項を示した。以下にその具体的内容を記す。
(1) 業務指導の範囲を逸脱し、人格否定や退職をちらつかせたパワハラを上司から執拗に受けた。
これらの件についてパワハラ内容、時期、関係人物などについて詳細を説明した。
(2) パワハラにより、連日深夜時間帯にまで及ぶ時間外労働を強要された。
これらの件について強要を受けた時期や人物、強要の証拠となる社内メール、前述の入退館記録や勤怠記録の電子データ、深夜残業届け用紙、休日の入退館記録用紙、仕事の証拠となるワード・エクセルファイルやノート、深夜に作成されたメール、通勤に使用していた交通ICカード、日付や使用時間が記録される実験機器、USB使用簿など長時間労働の証拠となりそうなものについて考えつく限りの詳細を説明した。
(3) 入社から一年間で何度か環境が大きく変化したことを説明した。
まず、入社半年で業務量が著しく増加し休憩や休日を取るのが厳しくなった。また、入社一年で理解のあった教育担当がいなくなることで上司からのパワハラが直接的になった。また、新たな業務の主担当になることで心理的負担が増えた。
(4) 自分自身だけでなく職場全体で長時間労働とパワハラが蔓延していることを訴えた。
自分だけでなく同じ職場の人間の労働時間についても調査を求め、他の人が受けたパワハラについても自分の目撃情報を伝えた。
さらに、同じ職場の人間に労働時間の過少申告を強要し職場で長時間労働やパワハラが蔓延していることを具体的に告発する意見書の作成と労基署への提出をしてもらった。

3.3. 労災認定による解雇撤回

2016年11月に労働基準監督署より、「休日労働や2週間以上の連続勤務によって1月当たり100時間を超える長時間労働を行ったことが原因で適応障害を発症した。」と労災認定された[8]。また、残業時間を過少申告させたことで三菱電機は書類送検された[9]が、証拠不十分として不起訴となった[10]。
労災認定後に調査復命書の写しを取り寄せた。労働時間の記録や入退館記録が残っており、それを労基署が押収できたことが労災認定の決め手となったと考えられる。
そして、同じ職場の人間から意見書を労基署へ送ってくれたことが大きな成果となった。
労基署は職場の人間から聞き取り調査を行うが、それだけに留まらず、真実を伝えるために意見書を作成してまで積極的に協力してくれることは容易ではない。
なぜなら、労災告発の協力者であることが会社側に発覚することを非常に恐れるからだ。長時間労働やパワハラが蔓延する職場では醜悪な会社至上主義や仕事至上主義が幅を利かせ、被害を受けている社員自身が善悪の区別がつかないマインドコントロール状態になる。
また、協力者本人が正常な判断を保っていたとしても、会社での人間関係は継続する上、協力者であることが周囲に判明すると陰湿な嫌がらせを受ける可能性がある。実際、私自身は会社からは団交で不誠実な対応を受け、三菱電機労組からは解雇をちらつかされた。さらに匿名でこれまでの行動を非難する脅迫状じみた卑劣な年賀状が実家に送られるなどもされた。(詳細を4.4(3)において後述する。)
しかし、それでも勇気を持って告発してくれた協力者に感謝したい。なにより自分自身の行動に賛同してくれることが嬉しく、正しい行いをしていると自信を持つことができた。
解雇により交渉は一時決裂となっていたが、労災が認定さたことで団交を再開した。そして、見事解雇撤回を勝ち取ることができた。

4. 職場復帰に向けて

解雇撤回後も団交を続けることで労働環境の改善を進めた。加えて、他の労災認定や働き方改革、品質における相次ぐ不祥事の発覚などの情勢変化が追い風となった。現在は職場復帰に向かい、退職・金銭『解決』以上の成果を得つつあるので説明する。

4.1. 労働環境改善

過少申告による長時間労働を根絶するために、自己申告制による勤怠管理を全社において禁止するよう団交において求めた。
初めは『自己啓発』のために会社に残るのは問題ないという不誠実な態度で全く取り合わなかったが、粘り強く交渉を続けることで、事業場所の一部である情報総研の労務管理を以下のように改善してきた。
(1) 2016年5月以降に自己申告時間と実労働時間における差異のチェックを上長に周知徹底した。
(2) 2017年2月から個人ごとの実労働時間申請において、警告を受ける差異時間数が短縮された。一日の入退室記録と始終業時間の差が30分、始終業時間と実労働時間の差が1時間を超えると申請フォームからアラーム表示されるようになった。
(3) 同年4月からは、事前許可が必要な在場を22時から20時以降に短縮させ、休日労働も事前許可制となった。
(4) 以前は仕事の持ち帰りは労働時間として認められていなかったが、パソコン等を持ち帰った際は残業として申請するようになった。
残念ながら、全社における改善ではなく、自己申告制はやめていないので、依然として長時間労働の危険が残る労務管理ではある。しかし、それでも情報総研においては効果が出たようであった。会社の産業医により紹介された神奈川県の元主治医(現在は九州で療養しているので主治医を変更している。)からは、
「今回の件で、他の情報総研の患者さん達は会社での負担が減ったと言っている。貴方の行動のお陰だ。」
と感謝された。自分と同様に他に何人もの社員が会社から紹介を受けそこの病院へ通っていたと考えられる。とても励みとなった。

4.2. 交渉での課題

パワハラの件に関しては、労災認定において残念ながら暴言の有無を確認することができなかった。また、上司による残業時間を過少申告するよう強制した件についても書類送検はされるが証拠不十分のため不起訴となった[10]。
そのため依然団交において三菱電機はパワハラを認めず、それどころか過少申告の強要については、
「書類送検の結果は知っていますか?」
と挑発をしてくる始末であった。
かなり精神的に傷ついたが、それ以上にパワハラに対する三菱電機の反省のなさに心底呆れた。
また、他の事業場において同じようなことが起きることを防ぐため労災の事実や解雇撤回を全社展開するように求めた。
当初は2~3行の簡単な文書で情報総研内だけに公示しただけであった。しかしユニよこは全社に注意喚起すべきと考え、全社員への周知を粘り強く交渉した。
その結果、2017年初頭に三菱電機は『労働災害発生報告書』として各事業場及び安全衛生委員会へ周知した。しかし、そこから先の社員個人や下請けも含めた全ての労働者へ伝わるのは各事業所任せとなっており、全社周知徹底には不十分であった。

4.3. 相次ぐ不祥事

このように団交である一定の改善はされたが、三菱電機による不誠実な態度は続き、根本的な反省が十分にされなかった。
そのため、その後も労災や自死が相次ぎ、さらに品質においても不祥事発覚が相次いだ。共に悪質な企業文化が招いた当然の結果である。
ここ数十年における三菱電機における子会社も含めた労災や自死の状況を以下に記す。
(1) 2003年12月、三菱電機から出向先の東芝三菱電機電算システムにおいて33歳の社員が長時間労働により自死する。三田労基署より労災認定を受ける[11]。
(2) 2006年6月、三菱スペース・ソフトウェア(港区)から無休嘱託契約により出張先の三菱重工(相模原市)において40代(現在)の社員が長時間労働により精神疾患を患う。ユニよこに加入し同社と交渉、2020年3月に労働保険審査会により逆転労災認定を受ける[12]。
(3) 2010年3月、名古屋製作所(名古屋市)において40代(現在)の社員が不正行為を告発して上司からのパワハラを受け精神疾患になる。2021年において、電機・情報ユニオンに加入し団交中である[13]。
(4) 2012年8月、名古屋製作所(名古屋市)において28歳の社員が100時間以上の残業と上司からのパワハラにより自死する。名古屋北労基署より労災認定を受ける[14][15]。
(5) 2013年6月、三田製作所(兵庫県三田市)において40代(認定時)の社員が裁量労働制による長時間労働により脳梗塞を発症する。伊丹労基署より労災認定を受ける[14][15]。
(6) 2014年4月、情報総研(鎌倉市)において31歳(認定時)の新入社員が長時間労働により精神疾患を発症する。藤沢労基署(藤沢市)より労災認定を受ける。本件[4][14][15]。
(7) 2016年2月、コミュニケーション・ネットワーク製作所(尼崎市)において40代の社員が裁量労働制による長時間労働により自死する。尼崎労基署より労災認定を受ける[14][15]。
(8) 2016年4月、本社(千代田区)において40代(認定時)の社員が裁量労働制による長時間労働によりクモ膜下出血を発症する。中央労基署より労災認定を受ける[14][15]。
(9) 2016年11月、通信機製作所(尼崎市)において25歳の新入社員がパワハラにより自死する。遺族が損害賠償請求を行う[15][16][17]。
(10)2017年12月、メルコセミコンダクタエンジニアリング(福岡市)から出向先のメルコパワーデバイス豊岡工場(豊岡市)において40代(認定時)の社員が裁量労働制による長時間労働で自死する。但馬労基署より労災認定を受ける[15]。
(11)2019年8月、生産技術センター(尼崎市)において20代の新入社員がパワハラおよび自殺教唆により自死する。尼崎労基署より労災認定を受ける。その後2022年8月に和解が成立する[1][15]。
ここで、(2)はユニよこがいつもお世話になっている弁護士がユニよこを紹介したものである。そして、弁護士とユニよこが協力して労災認定を得た件である。
被害者はうつ病発症後復職と休職を繰り返し、2016年4月に休職期間満了に伴い自動退職となる。その後、自身で労災を申請するが、いったん復職していることから『寛解』したとされて不認定となった。そこで、弁護士に相談し不服申立てを行ったところ、うつ病を発症したのは、長時間労働が原因だとして、労働保険審査会が労基署の判断を覆し労災と認定した[12]。
これらの件は氷山の一角に過ぎず、三菱電機においては、2020年度だけでパワハラ被害相談が330件あり、うち8件のパワハラが社内で認定され加害者側の社員が懲戒処分となっている[18]。
さらに、労務問題だけに限らず、三菱電機においては全国の事業所、工場、グループ会社で品質不正問題も広がっている。2018年から2021年にかけて9つの検査不正が発覚している[19]。
労務問題と品質不正が共に相次いでいるのは決して偶然ではない。責任を認めず自浄作用が働かない、度を越した異常な上下関係に会社のルールを絶対とするムラ社会、目的のためには不正も厭わない、不正を見ても見なかったことにするといった悪しき組織風土や文化が引き起こした必然である。

4.4. 働き方改革と職場復帰

しかしながら、このように多数の不祥事が発覚した理由は、三菱電機においても全国の労働者が勇気を出し次々に声を上げるように変化したからである。この奔流を受けて三菱電機では働き方改革に踏み切ることとなった。
2018年3月に三菱電機は相次いだ労災認定が直接のきっかけではないとしながらも長時間労働の原因の一つである裁量労働制を撤廃している[14]。裁量労働制は約一万人の社員を対象に適用されていた。
また、労務問題の再発防止に向けた取り組みを順次展開し、2020年1月にそのまとめをニュースリリースとして報告した[20]。
ここでは、パワハラ防止のための職場風土改革や長時間労働の抑制を目指しており、特に適切な労働時間管理のために、
「入退場時刻やパソコンのログオン・ログオフ時刻など客観データから労働時間を自動算出するなど、実態との乖離がない適切な労働時間管理に努めてまいりました。」
とある。ただし、労働時間を以前のように自己申告だけで決めるのではなく、客観的な記録とも照合する中で確定するもので、自己申告制の完全撤廃ではないとみられる。
2022年4月には組織風土改革の指針として『骨太の方針』を策定し、『上にものが言える風土』『失敗を許容する風土』『共に課題を解決する風土』の醸成を目指している[21]。
長い年月をかけたユニよこの粘り強い交渉に加えて、これらの情勢変化が追い風となったこともあり、三菱電機は一転して誠実な態度を取るようになった。現在ではユニよこと友好的な関係を築きつつある。最初の団交からは予想もできなかった。
その結果、体調の回復も相まって職場復帰を目指せるようになった。裁判による退職と金銭『解決』よりもさらに良い成果は労働組合だからこそ勝ち取ることができた。以下にその成果例を記す。

(1) 労災認定後すぐに他職場でのリハビリ就労を可能にした。
まず、フルタイムで働くには元に戻れる常態ではなかったことに加えて、長時間労働やパワハラを認めない会社の不誠実な態度が続いた。さらに職場における復帰者への配慮が整備されておらず、同じような精神疾患で復帰と休職を繰り返す職場の労働者を見ていいた。
そこで、休職中に別の職場でフルタイムではないアルバイト等によるリハビリ就労を認めさせた。実際にはアルバイトではなく出身大学で研究員という形でリハビリをした。このお陰で休職中に社会との関わりを失うことなく、自分のペースで体調を回復させることができた。

(2) 団交で対応する人物が変更された。
初期の団交では先述した休職期間を間違えて伝えてきた人事が対応してきた。団交以前のやり取りにおいても全く誠実に応じず、団交においては禅問答のような屁理屈を連発してきた。さらに、ユニよこを無視して直接本人へ解雇の予告と退職願を送りつける不当労働行為をしても謝罪せず、実際に解雇する際も、団交で退職願を書くようにこちらに要求する侮辱的な態度を取ってきた。労災認定後ですら
「当社は災害の原因について不詳である。」
と労基署に対して意見書を送りつける有様であった。
そのため、会社側は団交に代理人弁護士を出すことでやっと交渉が進むようになった。ただし、代理人弁護士からも挑発を交えた不誠実な態度は続いたので精神的には辛い状況が続いた。
その後、大学でのリハビリを続けた結果、体調が上向きとなり復職に向けて交渉を始められるようになった。そこで、話がある程度復職に向けてまとまってきた段階で相手の代理人弁護士を外すこともあって、交渉方法を団交から労働者と人事の直接の話し合いに切り替えた。
最初の交渉から5年も経過していたこともあって人事にも異動があり誠実な対応をしてくれる人物に切り替わっていた。現在では180度対応が変わりここから話がまとまりだして今回この場で報告できる運びとなった。

(3) 全社員への周知徹底を受け入れるようになった。
復職に向けて話をまとめている段階で、嫌がらせの年賀状が2021年1月に届いていたことが分かった。図2にその年賀状を示す。
当時は体調面を考慮し両親がその存在を隠していた。しかし、会社と復職へ前向きになった自分を見て伝えなければならないと思い、同3月に告白してくれた。


差出人は『三菱電機㈱情報技術総合研究所』と名乗り、手紙には、
「中途半端な実力の貴方のおかげで、当社も努力をしない社員が増えました。今年もよろしくお願いします。」
と書かれてあった。前述した三菱電機の働き方改革が進む中でそれに対する反抗と、私への逆恨みを表した内容だ。
また、実家に送ってきたことから本人だけでなくその家族にまで精神的な攻撃をする卑劣な嫌がらせである。
そこで、会社に犯人の特定と、二度と同じことを繰り返さないように全社に対して周知をするように団交で求めた。残念ながら犯人の特定はできず、周知徹底の交渉のみを進めることになった。
代理人弁護士からは、
「周知すれば、嫌がらせの年賀状の内容に賛同、呼応するものが現れる。」
「社内ではなくマスコミなどの部外者による犯行かもしれない。」
と不誠実な態度を取られた。
しかし、交渉を続けた結果、一社員に対する許されない人格攻撃であること。また、会社全体を挙げて取り組んでいる変革に対する反動勢力による犯行という認識を三菱電機と共有することができた。
その結果、
「会社としても非常に問題のある嫌がらせ行為であると考えています。」
との回答を得ると共に、この事件の全社における周知徹底を認めさせた。その際、
「相手の人格を否定する発言はいかなる理由があっても決して行ってはならない。」
「この事例は、体調不良で療養している従業員に対して、明確な根拠のない一方的な言動により、不当に精神的苦痛を与えるハラスメント行為であり、厳に慎むべき行為である。」
と全社員に対して会社の強い意志表示が行われた。
さらには全社員研修で紹介させるというかなり画期的な成果を勝ち取った。
以前労災を周知する際に相当渋られた時に比べるとすぐに話が進み、対応の違いを感じた。

(4) 復帰に向けて職場の変更を認めさせた。
以前は、長時間労働やパワハラ、ストレスとなる仕事内容や仕事量、こじれた人間関係が十分考えられるにも関わらず、同じ職場への復帰のみしか『社内規則』では認められていなかった。しかし、働き方改革を経て柔軟な復帰を認めるようになり、今回復帰の際には職種と部署を変更する。

(5) 今年4月から、復帰に向けてのリハビリとしてテキストを使用した自主勉強を始めた。
さらにテレワークによるミーティングを人事および新しい職場の上司と隔週で行い、リハビリの進捗や体調などを報告している。
前述した団交開始初期の敵対的な人事の対応から、ミーティング開始時は疑心暗鬼となり相当なストレスを感じていた。しかし、人事と新しい職場の上司による相手を思いやった言動や誠実な対応が半年間続いたことで心を開けるようになり復帰への自信が育まれた。

(6) 人事と両親が面談を行うこととなった。
以前は病気をしても三菱電機は病人の看病をその家族に一言の連絡もなく丸投げして、休職期限が過ぎればそのまま解雇の連絡を告げて労働者を使い捨てにしていた。
しかし、自身のケースだけでなく、全ての休職者に対してその家族と直接面談し、復職に向けての会社からのサポート内容や家族から休職者にしてもらいたいことなどを伝えるようになった。これにより休職者だけでなく家族の不安を解消することを目的としている。

(7) ユニよこと人事との友好関係が育まれてきた。
以前は重要書類をいきなり本人へ送りつける不当労働行為などユニよこをないがしろにする態度を取り、電話連絡においても口論が多発していた。しかし、粘り強い交渉と以上のような流れもあって、現在は積極的にユニよこに対して連絡を取るようになり、対応においても敬意を払ってくれるようになった。
復帰における初期のプランでは、三菱電機労働組合との二重加盟も考えにあった。しかし、現在はユニよこを一つの労働組合として三菱電機に認めさせ、ユニよこ単独の組合員として会社復帰が可能となった。
職場復帰後はユニよこの組合員が三菱電機の職場に招待され記念撮影をする予定である。

5. まとめと今後の予定

三菱電機に入社後一年で長時間労働とパワハラで精神を病み解雇される憂き目にあった。
しかし、ユニよこに加入し行動することで、労災と解雇撤回を勝ち取った。その後も会社との交渉を粘り強く続けたことで、日本全国において三菱電機の労働者やご遺族が不正に対し声を上げるようになり、会社自ら変わってきた。その結果、現在私は職場復帰という金銭解決以上の成果を得ようとしている。
このように自分自身だけでなく、職場や会社にも大きな影響を及ぼしつつある。しかし、労務問題や品質不正問題は長年の企業文化によるものであり、一朝一夕で改善されるようなものではない。実際に、会社の働き方改革を好ましくないと考える旧態派が存在し、その中には匿名による人格攻撃など手段を選ばない卑劣漢までいるのも事実である。
今までの労働者の権利や健全な職場環境は上から与えられたのではなく、労働者が団結し自ら声を上げることで勝ち取ってきた。これから復帰後もユニよこで交渉を継続し、自らの労働条件や職場改善を目指す。
今回の結果を全国のユニオンの皆様に報告することで少しでも労働者の助けになれば幸いである。しかし、病んで伏せている期間の耐え難い苦痛は忘れられない。健康を損なえば完治することは難しい。そして命を失えば二度と戻ってくることはない。ご遺族や、今も声を上げることが苦しい労働者のためにも、私の経験は労災が起きた後だけでなく、労災そのものを未然に防ぐ参考となって欲しい。

参考文献

[1] “三菱電機の新入社員自殺、パワハラ認め和解成立 遺族「喪失感は一生なくなることはない」”、弁護士ドットコムニュース、2022年8月26日、https://www.bengo4.com/c_5/n_14910/
[2] “平成27年度「過労死等の労災補償状況」を公表、別添資料2”、厚生労働省HP、2016年6月24日、https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000128216.html
[3] “令和3年度「過労死等の労災補償状況」を公表します、別添資料2精神障害に関する事案の労災補償状況”、厚生労働省HP、2022年6月24日、https://www.mhlw.go.jp/content/11402000/000955417.pdf
[4] “三菱電機31歳男性の労災認定 違法残業で適応障害に”、早川健人、毎日新聞、2016年11月25日、http://mainichi.jp/articles/20161126/k00/00m/
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[5] “パワハラ・過重労働による精神疾患及び団体交渉の実例”、よこはまシティユニオン、ユニオン全国交流集会in広島、第2分科会、2016年10月2日
[6] “三菱電機におけるパワハラ・長時間労働問題とユニオンによる改善”、よこはまシティユニオン、第29回コミュニティ・ユニオン全国交流集会inふくおか、第5分科会、2017年10月7日
[7] “解雇無効確認等請求事件-三井倉庫港運事件-”、最高裁判所第一小法廷、公益社団法人全国労働基準関係団体連合会HP、1989年12月14日、https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/
shoshi/04804.html

[8] “三菱電機31歳男性の労災認定 違法残業で適応障害に”、早川健人、毎日新聞、2016年11月25日、http://mainichi.jp/articles/20161126/k00/00m/
040/034000c

[9] “三菱電機・違法残業で書類送検 元社員が語った「残業隠し」の実態”、渡辺一樹、BuzzFeedNEWS、2017年1月11日、https://www.buzzfeed.com/jp/kazukiwatanabe/mitsubishi-denki-shoruisouken?
utm_term=.sye6N9NqJ#.ng0

[10] “三菱電機、不起訴に 違法残業の嫌疑不十分と横浜地検”、共同、日本経済新聞、2017年1月28日、https://www.nikkei.com/article/DGXLASDG
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[11] “失踪後の過労自殺認定 不明一年半遺族、証言・記録で証明”、日本経済新聞朝刊、2007年10月11日
[12] “三菱電機子会社の男性、逆転で労災認定 判断を分けた「うつ病寛解」の解釈”、出口絢、弁護士ドットコムニュース、2020年4月16日、https://www.bengo4.com/c_5/n_11077/
[13] “不正告発でパワハラ三菱電機電機ユニオン、是正求める”、しんぶん赤旗、2021年5月28日
[14] “三菱電機裁量制の3人労災 14~17年過労自殺も”、千葉卓朗、贄川俊、内藤尚志、朝日新聞、2018年9月27日
[15] “三菱電機変わらぬパワハラ体質 自殺者を追い詰めた共通点”、井艸恵美、田中理瑛、週刊東洋経済三菱150年目の名門財閥、pp.88-89、2020年3月21日
[16] “「私は三菱につぶされました」三菱電機の新入社員自殺…両親が損害賠償求めて提訴”、弁護士ドットコムニュース、2017年9月27日、https://www.bengo4.com/c_5/n_6732/
[17] “「三菱につぶされた」悲痛な叫びを遺して三菱電機でも新人「過労自殺」”、選択、2017年5月号、pp.64-66、2017年5月1日
[18] “「ここまでポンコツだと思わなかった」三菱電機でパワハラ相談、年間330件セクハラでも懲戒処分”、弁護士ドットコムニュース、2021年11月16日、https://www.bengo4.com/c_5/n_13788/
[19] “三菱電機、新たな検査不正が相次ぎ発覚 調査難航で見えぬ全容”、村上晃一、朝日新聞、2021年9月24日、https://www.asahi.com/articles/ASP9R73
Y7P9PULFA039.html

[20] “労務問題の再発防止に向けた取り組みについて”、三菱電機ニュースリリース、2020年1月10日、https://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2020/
0110.html

[21] “三菱電機グループ風土改革「骨太の方針」を策定全社変革プロジェクト「チーム創生」による組織風土改革の提言”、三菱電機ニュースリリース、2022年4月8日、https://www.mitsubishielectric.co.jp/news/
2022/0408.html

安全センター情報2023年1・2月号