労災保険法の主な改正経過-労使は何を要望してきたのか/関係審議会における労使要望等の記録【特集】労災保険法改正における労使の要望

目次

はじめに

労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」)は、1947[昭和22]年9月1日より、労働基準法と並行して実施された。労働条件の最低基準を定めた労働基準法により災害補償の適用対象の拡大と補償水準の大幅な引き上げが行われるとともに、業務上の災害に対する事業主の無過失補償の理念が確立され、さらに、事業主の補償負担の緩和を図り、労働者に対する迅速かつ適正な保護を確保するために、労災保険法が制定されたとされる。
それ以来、労災保険法は、2020年度末までで77回の改正を経ている。そのうちの主な改正-労災保険事業年報(令和2年度版)の「労働者災害補償制度の沿革」で取り上げられている法改正を基本にした-について、改正の主な内容、改正に至る経過(審議会等)、そのなかで示された労使の意見及び「継続検討」とされた事項等について、概略を整理しておくことが本稿の目的である。改正法令やその内容を解説した通達、審議会の建議等は比較的入手しやすいので、現時点で入手できている、当時の労使の要望等を記録しておくことに主眼を置いている。
なお下に、主な労災保険法改正と平均労災保険率、メリット制の推移を示した図を掲載しておく。「労災保険経済の概況」「労災保険受給者等の概況」については、次の安全センター情報2023年3月号記事に掲載の表1・表2も参照していただきたい。

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■1951(昭和26)年法改正~メリット制

法施行後、労災保険事業は施行後好調なすべり出しをみせ、本制度の普及とともに適用事業場数、適用労働者数は逐年増加したが、一方で、産業災害の発生も逐年増加し、これに医療費の高騰等の要因が加わって補償費の支払が急激に増加したため保険経済の収支の均衡が失われ、1949年度の保険経済の収支は赤字となり、多額の補償費支払未済が生ずるに至った。この傾向は1950年度に入っても持続した。

そのようななかで最初の主な労災保険法改正(第6回改正、昭和26年法律第78号)は1951年3月29日に公布され、1950年12月31日に遡って適用された。

これは、法制定当初から、常時300人以上の労働者を使用する個々の事業を対象として保険料率のメリット制度について規定されていたのだが、対象を100人以上の労働者を使用する個々の事業に拡大したうえで、即時に実施したものである。一方で朝鮮戦争による一般経済情勢の好転にも助けられて、1951年度から保険経済の収支は好転するに至った。なお、これ以降のメリット制に係る改正は法改正ではないので本稿では詳しくふれないが、次の「メリット制改正の経過」にまとめておいた。

当初から労災保険制度の運営に関する重要事項を審議するための労働大臣の諮問機関として公益・労働者・使用者を代表する者で構成される「労災保険審議会」(当初は「労災保険委員会」)が設置されていたが、1951年及び1952年の法改正では、1960年法改正以降にみられるような審議会における事前審議は記録されていない。

■1952(昭和27)年法改正~スライド制

労働基準法の一部改正(第8回改正、昭和27年法律第287号、1952年7月31日公布)に伴って労災保険法も改正され、1952年9月1日から施行された。労災保険給付としての休業補償費についてもスライド制を採用し、長期療養中の労働者の保護を図るとされたものである。
しかし、安定の傾向を持続しつつあった保険経済は、1953年度下期から、経済情勢の悪化に伴う産業活動不振の影響を受け、他方、屋外産業(土木建築事業、林業、漁業)の災害の急激な増加が主因となって再び収支の均衡を失うに至った。このため、1954年度には、とくに労災保険の「事業性の確立」が基本方針とされ、各種の施策が講じられたが、1955年度には、土木建築事業にメリット制を実施するとともに、土木建築事業等について大幅な料率の引き上げを行い、収支の均衡を図り、一方、災害防止対策を中心に保健経済安定対策を推進して、ようやく収支の好転をみるに至った。
1955年度以降は、労災保険が制度創設に伴う混迷を脱し、また、「高度経済成長」も反映して、保険経済は安定傾向を持続した。
他方で、1955年7月にけい肺及び外傷性せき髄障害に関する特別保護法が制定され、また、同法による2年の給付が満了してもその大部分の者が依然として療養を必要とする状態にあったので、1958年5月にはけい肺及び外傷性せき髄障害等に関する臨時措置法が応急措置として制定された。
この臨時措置法は、「政府は、けい肺及び外傷性せき髄障害にかかった労働者の保護措置について根本的検討を加え、1959年12月31日までに、特別保護法に関する法律案を国会に提出しなければならない」と規定していた。

■1960(昭和35)年法改正~長期傷病補償

じん肺法の制定と並行して労災保険法の一部改正(第14回改正、昭和35年法律第29号)が1960年3月31日に公布され、同年4月1日から施行された。
これにより、けい肺及び外傷性せき髄障害に関する保護が労災保険に吸収されることとなり、けい肺及び外傷性せき髄障害に限らず、あらゆる重篤な疾病について療養の必要な限り長期傷病者補償が行われることになるとともに、障害等級3級以上の重度の身体障害については年金が支給されることとなった。しかし、労働省自身が、「長期傷病補償には、なお、旧打切補償費の痕跡が残り(遺族給付の逓減制)、給付の年金化も障害等級第3級までの重度障害に限られ、遺族補償費は一時金のまま残されるなど部分的なものであったし、その他の問題も含めて近い将来における本格的な制度改正も課題を予想した過渡的法改正にとどまったことはやむをえないところであった」と評価するものでもあった(労災補償行政30年史)。

●関係審議会における審議

1960年法改正に向けては、けい肺等臨時措置法が「保護措置について根本的検討を加え、1959年12月31日までに、特別保護法の改正に関する法律案を国会に提出しなければならない」と規定していたため、けい肺審議会で審議(労使各側委員から意見が出され小委員会も設置)されたが、最終的に意見が一致しないまま、公益委員案に労使の意見を添えて答申が行われた。同答申中公益委員案の補償に関する部分については労災保険審議会にも諮問されたものの、けい肺審議会の答申が公労使で意見対立したまま出されたものであることを踏まえた労働者側委員の反対で、結局審議は行わないこととし、経過と公労使から表明された意見が労働大臣に報告された。
以上の答申・報告を受けて政府が作成したじん肺法案と労災保険法の一部を改正する法律案の要綱についても、けい肺審議会では意見の一致をみるには至らず、三者の意見がそのまま労働大臣に提出された。労働者側委員は、補償内容の不十分さだけでなく、じん肺法の内容を予防及び健康管理のみに限定して、補償措置を労災保険法に吸収することに反対した。使用者側委員は、「大局的見地に立ち事情やむを得ないものと考える」という意見だった。国会では、給付内容の引き上げ等の一部修正が行われたうえで、可決・成立した。

■1965(昭和40)年法改正~年金化

労災保険法の一部改正(第23回改正、昭和40年法律第130号)が1965年6月11日に公布され、同年8月1日、11月1日、1966年2月1日の三次にわたり施行された。
これにより、遺族補償の年金化等保険給付の大幅な年金化を中心とする保険給付の改善が行われ、その他政令指定による適用拡大、中小企業の加入促進と保険事務処理の効率化のための労災保険事務組合制度の新設、中小事業主、一人親方等の特別加入制度の新設等制度全般にわたる大幅な改正が行われた。

●労災保険審議会における審議

1960年法改正の際、年金制の大幅導入、国庫負担のあり方等について将来の検討事項とされたこと等に伴い、1961年10月に労災保険審議会では、労災保険の現状と将来に関し問題の所在についてフリー・トーキングを行うため、審議会委員のうち労使各3名、公益4名のほか、労働省事務当局を交えた「労災問題懇談会」が設置された。同懇談会は1961年11月10日から1963年10月1日の第16回会合に至るまで2年近く論議が行われ、その結果が労災保険審議会に報告された。「労災問題懇談会は、その性格上フリー・トーキングを徹底して行い、問題点の整理を行うとともにその結果の取りまとめにおいても、必ずしも合意を前提とせずに、できるだけ会員各人の意見を盛り込むこととしたので、おのずからその内容にはかなりラディカルな意見がみられることとなったが、労働省としては、労災保険制度の改革問題に関する論点が行きとどいていることにかんがみ、労災問題懇談会の問題意識を尊重して法改正を考慮することに踏み切った」(労災補償行政30年史)。
あらためて労働省から「現行労災保険制度において検討を要すると考えられる主要な問題点」等を挙げた諮問を受けた労災保険審議会は、公労使各側3名からなる「小委員会」を設置。「小委員会」は、1964年1月17日から7月12・13日まで11回開催して、7月25日の労災保険審議会に小委員会全員一致の意見が報告され、審議会として審議のうえで、小委員長の報告のとおり「労働者災害補償保険制度の改善について」という意見が労働大臣に答申された。
これを踏まえて策定された労災保険法の一部を改正する法律案要綱案に対しては、労災保険審議会では、労働者側委員からは主として給付改善の徹底(とくに給付額の引き上げ)、使用者側委員からは使用者の補償責任負担の限度をめぐる要望意見が出され、中央労働基準審議会では主として公益側委員から労災保険と労働基準法との基本的関係について問題が提起されたが、結局いずれも附帯意見つきで労働省原案を了承し、それぞれその旨が労働大臣に答申された。
国会では、厚生年金保険等の年金との併給調整の場合の調整率の修正及び遺族補償年金の受給資格者の範囲の拡大を内容とする一部修正が行われたうえで、可決・成立した。

●全面適用プログラムと「検討」事項

法案要綱では、「政府は、労災保険の強制適用事業とされていないすべての事業を強制適用事業とするための効率的方策について、他の社会保険制度との関連も考慮しつつ、2年以内に成果を得ることを目途として調査研究を行ない、その結果に基づいて、すみやかに、必要な措置を講ずるものとすること」とされ、改正法附則に労災保険の全面適用のプログラム規定が設けられていた。
また、労災保険審議会答申の「5 その他」の「(2)要望事項」に(ハ)として、「通勤途上の災害については、種々問題もあるので、できるだけ早い機会に検討すること」が含まれていた。

●使用者側の意見と労災保険財政方式

1964年12月8日に労災保険審議会の使用者代表委員は「労災保険法改正に対する意見」として、次のように述べた。

「今回の改正は、ILO国際社会保障条約等を勘案し、その体質改善を図っている。従って社会保障的性格を著しく強めており、業務上災害に対する事業主の賠償責任の限度との関係において、問題を残す結果を来している。かかる点は労災補償制度の基本的性格づけとともに、今後検討を要するものと思われるが、今回の改正については、保険料の引上げ等負担増大を来さないことを前提として、改正要綱の方向を認めるも、なお下記の点[保険料率・メリット制・国庫負担-省略]につき、考慮すべきである。」(『労災保険財政の仕組みと実際』)

1965年法改正では、年金制度導入に伴い財政運営の健全化を図るべく、保険料率の算定基礎を過去5年間から、過去3年間の災害率等に改めるとともに、保険料率は、保険給付によする費用の予想額に照らし、将来にわたって財政の均衡を保つことができるものでなければならないとする法改正も行われた。しかし、年金給付とされた部分について充足賦課方式を直ちに採用することは、負担増大に対する抵抗等から、見送られた。

■1969(昭和44)年法改正~適用拡大

失業保険法及び労災保険法等の一部改正(第25回改正、昭和44年法律第83号)が1969年12月9日に公布され、1972年4月1日から施行された。
これは、1965年改正法の附則で、労災保険の全面適用について2年以内を目途に調査研究し、その結果に基づいて所要の措置を講じることとされたことを踏まえたものであり、1967年に国会に提出した法案が審議未了となってしまったため、再度提出して、成立したものである。
労働者を使用する事業をすべて労災保険の強制適用事業とすることとしたもので、任意適用事業を暫定的に残すものではあるが、全面適用に向けて大きく前進することとなったとされている。
なお同時に、労働保険の保険料の徴収等に関する法律(昭和44年法律第84号)が制定され、1972年4月1日から施行された。

■1970(昭和45)年法改正~ILO条約水準

労災保険法の一部改正(第28回改正、昭和45年法律第88号)が1970年5月22日に公布され、同年11月1日から施行された。
これは、障害補償年金、遺族補償年金の年金額の引き上げ、遺族補償一時金の額の引き上げ等の給付改善のほか、保険料率の特例の改善等を内容とするものであった。また、1970年度においては保険施設の充実が図られ、重度障害者及び遺族等の援護のため、「重度せき髄損傷者のアフターケア制度」、「労災就学援護費支給制度」、「長期療養者に対する介護料支給制度」の新設等も行われている。
1952年に採択され、1955年に発効した「社会保障の最低基準に関する条約(ILO102号条約)」に代わって、1964年に「業務災害の場合における給付に関する条約(ILO121号条約)」が採択され、1967年に発効した。この改正で、労災保険の給付水準はILO121号条約の水準に達することとなったとされている。

●労災保険審議会における審議

1970年法改正に向けて、労災保険審議会では、審議の進め方として、労使双方から問題点を提出し、それらの問題点を中心に労災保険制度改善の方向を論議していくこととし、1968年6月に労使各側委員からそれぞれ、労災保険制度の改善に関する意見が提出された。これらの意見を処理するため、同年7月に公労使各側3名ずつの委員からなる「小委員会」を設置。労使の意見を実現するために法律改正を要する事項、労災保険法施行規則の改正を要する事項、行政措置で実施できる事項に分類するとともに、さしあたり検討を保留すべき事項を含めて、同年12月にその結果を労災保険審議会に報告した。さらに1969年1月から「小委員会」は、この分類した意見を基礎として労災保険制度をどのように改善するか審議し、同年8月27日にその結論を労災保険審議会に報告。労災保険審議会は全員一致で報告を承認し、それを基礎とした「労働者災害補償保険制度の改善についての建議」を労働大臣に対して行った。
このとき(1968年)に示された労使各側の意見を探したがみつからないため、情報公開法による開示請求を行なったところ、すでに文書が存在していないとのことであった。

●総評の「労災保険法の改正案要綱」

なお、総評災害対策部は1968年8月に「労災保険法の改正案要綱」を作成しており、「1970年の法改正に際して重要な役割を果たしてきた」としている(月刊いのちNo.82)。その主な内容は、以下のとおりである。

  • 労災法の全面適用を速やかに実施すること。
  • 給付基礎日額の決定にあたっては、現行の3か月による区分算定を2半期(6か月)として、その算定基礎にはボーナス等の臨時給与、およびその他の現物給付等すべてを含むものとし、併せて、被災者の年齢損失(余命年数)を考慮すること。等
  • 休業補償を100%とすること。
  • 新たに介護給付を設け、[障害補償年金]1級~3級受給者につき、別に年金の50%を加給すること。等
  • 遺族補償は、一時金と年金の併給とし、3,000日分の一時金(ただし300万円を下まわるときは300万円)と、最低60%最高100%の年金とする。等
  • 法第19条の3を廃止し、「療養中のものは解雇しない」とする等
  • 20%の増減によるスライドを5%ごとに改める。
  • 厚生年金保険との調整は廃止し、完全併給とすること。
  • じん肺管理区分1から3までについて補償を行なうこと。
  • 労災保険は使用者の無過失責任の法理にもとづく使用者の相互保険の立場を堅持し、この改正による負担の増額は一切使用者の責任でまかない、国庫の補助等の導入はこれを排する。
  • メリット制は廃止すべきである。個々の事業主の災害防止の努力の促進を期待したメリット制の現況は逆効果を表し、保険料率の縮小が第1目標となり、事故災害の隠ぺい等の弊害が続出し、労働者の正当な労災補償を受ける権利が奪われている。
  • 労災保険と他の社会保険との一本化は絶対に行うべきではない。
  • 障害補償等級については、最近の医学の進歩にかんがみ、かつ現行等級表実施上の矛盾等を勘案し、抜本的改正を行なうこと。
  • 労災保険特別会計の運営、運用に労働者代表を参加させる。
  • 労災補償に関する審査は、三者構成で行うべきである。
  • 労災病院の運営について、労働者代表を加えて三者構成とすべきである。
  • 業務上認定について、「反証なければ業務上」とするとの立場で、明らかに業務外の起因性が立証できないかぎり、一切の労働災害職業病はこれを業務上の死傷病として補償すること。等

●審議会建議で示された「検討」事項

1969年8月27日の労災保険審議会の建議では、以下が示されていた。

  • 被災労働者及び遺家族の災害後の立上り資金の必要性を考慮し、現行の前払い一時金制度の充実、又はたとえば年金担保融資制度の創設を検討すること。
  • 労災保険の給付基礎日額の算定方法と労働基準法の平均賃金の算定方法との関係については、引き続き慎重に検討を行なうこと。
  • 通勤途上災害を業務上とすることについては、災害補償制度の建前、損害賠償制度のあり方等と関連するとともに、行政の運営上困難な問題もあるので、通勤途上にからむ諸問題についてすみやかに関係審議会に委員会を設け、これに各方面の専門家を加えて検討を行なうこと。
  • 最近における労働環境及び作業方法の変化に伴い、業務上疾病の取扱いについては、各種の問題が生じているので、業務上外の認定にあたっては、有害物質の性質、発生原因、被災者の職業歴その他の条件を考慮して専門家の意見をも聞いて補償措置に万全を期すること。なお、じん肺に関する補償のあり方について専門家会議による検討を行うこと。
  • 重度障害者及び労災遺児に対する援護施設の拡充改善等について検討すること。

●労災保険財政方式の改正

1970年12月2日の労災保険審議会の場で、年金給付について、「段階的保険料調達方式(6年均衡3年安定)」という一種の修正賦課方式をとることが報告され、「主として使用者側委員から若干の質疑があったが」、了承された。また、短期給付についても、「支払時費用賦課方式」いわゆる「現金主義」から「発生時費用賦課方式」の「発生主義」に改められた。1971年1月からの保険料率は、年金給付についてはこの財政方式によって行なわれた。労働保険料徴収法は、1972年4月1日から施行されたが、財政方式に関する法令条文は労災保険法から徴収法に移管されている。
このような改正の効果や大幅賃上げ等により、1974年度には労災保険財政史上初めての黒字を計上、積立金も保有することとなった。

■1973(昭和48)年法改正~通勤災害

労災保険法の一部改正(第30回改正、昭和48年法律第85号)が1973年9月21日に公布され、同年12月1日から施行された。
これにより、通勤災害保護制度が創設され、通勤による災害についても業務上の事由による災害の場合と同じ内容をもった給付が行われることとなった。

●労災保険審議会における審議等

通勤災害の取り扱いについて業務災害との関連で問題を最初に提起したのは労働者側で、前出1961年11月に設けられた「労災問題懇談会」で意見が述べられて以降、一貫して「通勤途上の災害を業務上とすべきである」と要望してきた。一方、使用者側は常に「通勤途上の災害は業務上の災害ではない」との主張を繰り返してきた。前出のとおり、1964年7月25日の労災保険審議会答申、1969年8月27日の労災保険審議会建議でも「継続検討」事項として取り上げられていた。
1970年に労働大臣の私的諮問機関として、労災保険審議会及び中央労働基準審議会の公労使の委員各2名並びに交通事故問題等に関する学識経験者4名の計16名からなる「通勤途上災害調査会」が設置され、調査会、公益委員を中心とした小委員会、実態調査等を重ねて1972年8月25日に最終報告が行われ、労災保険審議会及び中央労働基準審議会にも報告された。1973年法改正はこれを踏まえたものであった。当初労使の意見がまったく対立していたが、どのような給付制度を設けるかに問題を絞って議論を進めることを優先させることによって合意に至ったとされている。通勤災害は、業務災害とは別の保護制度として、労災保険の仕組みとして創設されたものである。

■1974(昭和49)年法改正~ILO勧告水準

労災保険法の一部改正(第32回改正、昭和49年法律第115号)が1974年12月28日に公布され、同年11月1日に遡って施行された。
これにより、障害補償年金、遺族補償年金の額の引き上げ等給付を改善すると同時に、保健施設として「特別支給金制度」が創設された。とくに給付水準を、1964年に採択された「業務災害の場合における給付に関する勧告(ILO121号勧告)」水準に引き上げることが目標とされたものだった。

●労災保険審議会における審議

1974年法改正に向けては、労働省が1973年1月17日に労災保険審議会に労災保険制度の検討について諮問。同審議会は公労使各側それぞれ3名の委員で構成される「労災保険基本問題懇談会」を設置し、1973年3月から20回にわたり検討を行った結果、同年12月19日に審議会に報告が行われた。労災保険審議会では翌12月20日、すみやかに報告の趣旨に沿った内容の制度改善を行うべきである旨答申を行った。
このときの「労災保険基本問題懇談会」には、1968年の労使意見や業界、労働組合等からの意見が配布されているようだが(月刊いのちNo.82)、原資料は入手できていない。前出の総評災害対策部作成の「労災保険法の改正案要綱」も何らかのかたちで反映されているだろうと思われる一方で、以下に全文を紹介する1973年11月の関西経営者協会「労働者災害補償保険制度の改正に関する要望」も含まれていたであろう。
1974年法改正の内容に引き続き、「労災保険基本問題懇談会」は、建議で「継続検討」とされた以下の事項を中心に労災保険制度全般にわたり検討が継続されることとされた。
1973年の第1次オイルショック以後低経済成長へと移行し、労災保険料率が引き上げられつつあったことを背景に、とりわけ使用者側からの要望の取り扱いが焦点になる時代のはじまりだった。とりわけ関西経営者協会の要望は、労働側からは、「法改悪」要望の集大成と受け止められた。

●基本懇報告で示された「継続検討」事項

1973年12月19日の労災保険基本問題懇談会の報告は、以下のようにしていた。

「以上が、制度改善に関する基本的考え方であるが、当懇談会が採り上げてきた諸問題であって、下記の内容に含まれていない事項のうち、労災保険の全面適用の問題については労働省で近い将来にその実現をはかる方向で現在準備が進められているので、それに期待してよいと考えられ、それ以外の障害等級の区分、給付基礎日額の算定方法、スライド制の改善、リハビリテーションのあり方、保険財政方式、メリット制のあり方その他の諸事項については、いろいろの問題があって、直ちに結論を出すことは困難であるので、今後引き続き検討を続けるべきであると考える。」

●関西経営者協会の要望

1973年11月 関西経営者協会「労働者災害補償保険制度の改正に関する要望」

労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)制度は直接的には被災労働者及びその家族の保護を目的とするが、間接的には業務災害の絶滅を期し、ひいては福祉国家の建設をめざしている。この湯合、労災保険の制度内容は常に時代の要請に応えるものとするため社会的、経済的諸事情の変化に応じ検討を加える必要がある。政府においては労災保険制度の整備を図るため労災保険審議会を通じ検討を進められつつあるとのことであるが、われわれとしても上記の理由から支持を惜しむものではない。

ただ、労災保険制度とは機能的に国民福祉の重要な一環をなす反面、本質においては社会保障制度一般と異なるものを持っている。労災保検制度の再検討に当たっては、制度内容に対する正確な理解と正当な評価を要することはもとより、同制度が内蔵する特質をよく見極めることが肝要である。われわれは以上の基本的立場から制度のあり方につき鋭意検討を重ねてきたが、このほど下記のとおり結論を得たので申し入れる。政府においては趣旨を了とされ、制度改善に当たりわれわれの主張点を積極的に取り入れられるよう要望する次第である。

1 制度の性格

労働基準法における災害補償の規定を削除するとともに、業務災害及び通勤災害lこ関する使用者の民事責任を免除することとして、労災保険制度の整備、充実を図ること。

(説明) 労災保険制度が昭和30年代以降において独自の発展を遂げたため、同制度と労働基準法による災害補償制度との関係は不明瞭、不安定となり、ひいては労災保険給付と使用者の民事責任(民法等により使用者がその使用する労働者の災害について負担する損害賠償責任)との関係についても解釈上問題が生じるに至っている。労災保険制度の性格をめぐる論議は一掃するところがないが、民法の不法行為制度に対し災害補償制度、労災保険制度が順次いわば特別法として制定され、したがって労災保険の保険者に関係なくこれらの制度はすべて実質的に同一次元にあるとみるのが相当である。この場合、上記の立法的調整は当然可能であるが、むしろ労災保険制度の性格いかんにかかわらず調整を行うことにより労働者災害補償の一元的解決を実現し、そのことを通じて労災保険の全面適用及び補償内容の改善を図ることが労使双方のため望ましいと考える。
民事責任の免除については、労災保険給付の実質に対する評価の点からこれを不可ないし時期尚早とする向きもあるが、労災保険制度は損害補償制度との比較上もすぐれた実態を備えている。すなわち、自動車等の人身事故の損害賠償制度が一般に将来の得ベかりし利益の喪失による損害及び精神的損害を想定し不確実な要素を用いて一時金賠償の額を算定するのに対し労災保険制度は人身事故の損害賠償制度が究極的に意図する生活保障機能に主眼を置き、損失が現実に生じた場合にその程度に応じ保険給付を行うことにより被災労働者及び家族の保護を図る。保倹給付の中心である年金は支給が必要とされる期間無期限に支給されることとされ、その現価は自動車事故における強制保険の保険金額はもとより完全賠償額をも上回る事例が少なからず生じる仕組みである。加えて、支給制限の大幅緩和、スライド制の適用、支払いの確保などの特徴があり、これらは労災保険給付の価値を実質的に高めている。しかも、基本的にはこうした保険給付に伴う負担が過失の有無に関係なく使用者に課せられてきたのであり、さらにこのたび通勤災害保護制度の実施による負担が新たに付け加えられることとなったのである。この使用者の負担こそまさしく無過失責任の名に値するものであろう。
われわれは、労災保険のこのような特質を理解し従来の改正方向を是認した上で、制度の調和ある発展をめざすべきである。個別使用者に対する損害賠償請求の余地を残したままこのうえさらに保険給付の増大を図ることは、無過失責任主義に基づき費用のほとんどすべてを負担している使用者に対しさらに過重な負担を強いることとなり、衡平の原則にもとることになる。

2 保険関係

数次の請負によって行われる建設の事業についても下請負人ごとに保倹関係を成立させること。

3 災害

(1) 災害の範囲-業務災害は使用者の支配下において業務との間に相当因果関係を持って発生した災害とし、この原則に基づき労災保険法に業務災害の定義規定を設けるとともに、疾病を中心に客観的かつ科学的な業務上外認定基準の整備、確立に努めること。
通勤災害は正常な通勤行為に起因する災害とし、定義規定の運用を厳正にすること。

(2) 災害の認定-保険給付の請求に先立ち(または、保険給付の請求と合わせて)、業務災害または通勤災害であるという旨の認定を所轄労働基準監督署長に請求させる制度を設けること。使用者としては、災害認定を受けようとする者が作成した請求書に意見を記入するとともに、所轄労働基準監督署長が行った認定につき少なくとも労災保険審査官に対し不服申立てができるものとすること。

(説明) 労働基準法においては、業務上外の認定は使用者が行うものとみなされ、使用者による上記不服申立ても認められている。しかるに、労災保険の災害認定にあっては、使用者はあたかも局外者であるかのごとくに扱われ、積極的な意志表示の途をふさがれている。現行労災保険制度の下においても、使用者は実質的な補償責任主体としての地位を何ら失うことなく災害の認定につき同制度上及び労務管理上の利害関係を有している。災害認定制度を上記のように整備することは、労災保険制度における使用者の地位を正当に評価し、合わせて労使間の均衡を図るゆえんである。なお、認定の不統一もこれによりある程度解消できると考える。

4 保険給付

(1) 給付決定の原則-保険給付の内容は、国際水準等を勘案しつつ、受給権者の生活実態に即するように改善を図ること。
(2) 療養補償給付-診療基準、診療報酬体系及び診療報酬審査制度を整備、統一すること。
なお、狭義の医療費以外の給付の額は実情に即し改善を図ること。
(3) 休業補償給付-給付の額を支給率の改訂により引き上げること。
(4) 障害補償給付-障害補償年金の額を引き上げるとともに、上位の障害等級を中心に定額による若干の一時金の併給および年金の短期失権者(ただし、治療後おおむね3年以内に死亡により失権した者)の遺族に対する若干の一時金の支給を新たに実施すること。
なお、障害等級表は実情に即したものとするよう整備を図ること。
(5) 遺族補償給付-遺族補償給付の額を引き上げるとともに、最先順位の年金受給者に対して若干の一時金を併給することとし、合わせて遺族補償一時金についても若干の改善を検討すること。
(6) 葬祭費-定額部分は将来とも実情に即し改善を図ること。
(7) 長期傷病補償給付-療養補償給付及び休業補償給付に準じて改善すること。
(8) 第三者行為災害-年金給付につき合理的調整方法を検討し、労災保険法に規定すること。

5 長期傷病補償給付と解雇制限

業務上の傷病により療養のため休業中の解雇制限は、長期傷病補償給付の決定に関係なく、療養開始後3年を限度とする。

(説明) 労働基準法第19条第1項但書前段の規定は療養開始後3年を経過したときに使用者が自らの意志で打切補償を行うことにより休業中の労働者に対する解雇制限を解除される趣旨である。現行労災保険制度においては、諸給付の支給要件は療養期間の長短と無関係に定められ、打切補償はこれらの中に発展的解消を遂げている。長期傷病補償給付も実質的には療養補償給付及び休業補償給付の延長されたものであり、制度内では同給付の独自性はほとんど見られない。同給付はむしろ運用上その決定要件が厳格にされることにより労働基準法上の解雇制限を強化しているのが実情である。これは明かに本末を誤るものであり、労働基準法及び労災保険法の規定は上記の原則に基づき整備されなげればならない。なお、3年間の解雇制限は世界に例を見ない長期間のものである。

6 保険施設-保険給付との区分を最整理すること。

7 費用の負担

(1) 保険財政方式-現行の修正賦課方式を建前とし、法律に規定すること。
(2) メリット制-保険料(率)の増減割合を大きくすること。
(3) 国庫の負担-業務取扱費の全額及び労働福祉事業団出資金の相当部分を負担すること。

8 その他(行政運営に関する事項)

(1) 有期事業-事業主が同一人であれば、保険料率が異なる場合でも保倹関係の一括ができることとすること。
(2) 海外派遣者に対する適用-出向による湯合を除き、制度を適用すること。
(3) 支給制限-支給制限事由を過度に制限しないこと。
(4) 自動車損害賠償責任保険との支払事務の調整-自賠責保険の支払いを先行させる取り扱いを廃止し、労災保険の支払いを先行させる取り扱いとすること。
(5) 保険施設の設置-健康診断センタ一、労災病院及び労災リハビリテーション作業所を増設すること。
(6) 収支率の算定基礎の通知-収支率の算定基礎となった保険給付の額の給付種類別内訳等を各事業主に通知すること。

■1976(昭和51)年法改正~傷病補償年金

労災保険法の一部改正(第33回改正、昭和51年法律第32号)が1976年5月27日に公布され、同年7月1日から翌1977年4月1日にかけて施行された。
これは、従来の保健施設に代わる労働福祉事業の新設、従来の長期傷病補償給付を発展的に継承した傷病補償年金の新設、年金スライド基準の改正、厚生年金等との調整規定の改善、年金受給者等の給付内容の改善、海外派遣労働者に対する特別加入制度の適用拡大等を主要な内容とするものだった。また、この法改正に併せて、1977年4月1日から特別給与を基礎とする特別支給金を新設する等、特別支給金制度の改正も行われた。

●労災保険審議会における審議等

1976年法改正に向けては、労災保険審議会で、前述した1973年12月の建議で「今後引き続き検討を続けるべきである」とされた事項を中心に労災保険制度全般にわたる検討を「労災保険基本問題懇談会」において継続した。また、1974年12月に雇用保険法が成立した際における衆参両院の社会労働委員会の附帯決議中の「中小企業等の倒産による不払い賃金の救済制度の確立について、早急に検討すること」に対する対処策に関する労働省からの問題提起も含めて審議が行われ、同懇談会は、40回にわたり検討を重ねた結果、1975年12月24日に労災保険審議会に報告が行われた。同審議会では12月25日に、同報告の趣旨に沿って制度改善をすみやかに行うべきである旨、「労働者災害補償保険制度の改善についての建議」を行った。これを受けて、労働省では1976年1月14日に、法律改正を要する事項について労災保険法の一部を改正する法律案要綱を作成して諮問、また、法律改正を要しない特別支給金制度の改善について「参考」として示した。労災保険審議会は1月14日に、この諮問を了承する旨の答申を行った。
1976年法改正については、労災保険審議会段階というよりも建議後に、労災問題に関心の高い単産・県評、安全センターや被災者団体からとくに、傷病補償年金適用の有無等を判断するために、療養開始後1年6か月経過後及びそれ以降毎年1月に提出を求める「傷病の状態等に関する届出/報告書」が治ゆ認定=労災打ち切りに悪用されるおそれや、傷病補償年金の創設が解雇制限の後退を促進するおそれが指摘されて、法改悪反対運動がまき起こった。「傷病の状態等に関する届出/報告書」の提出拒否やそれに対する労災保険給付支給差し止め問題等も生じている。

●審議会建議で示された「継続検討」事項

1975年12月25日の労災保険審議会の建議には、以下が含まれていた。

  • (定期給与以外の賃金の)休業補償給付の算定基礎への算入は、休業補償給付の受給者についての雇用関係の存続を伴うことを考慮するとき不均衡が生じるおそれがあり、今後なお検討する必要がある。
  • 長期傷病補償給付については、障害補償年金との均衡等を考慮し、引き続き検討を行うものとする。
  • 保険給付の水準については、今後なお引き続き検討をするものとする。
  • 年金給付については、賃金の年齢的な推移に配慮することが必要であるが、この点については、種々問題もあるので、なお引き続き検討するものとする。
  • 労災保険の制度改善、適用拡大等に伴い、今後における労災保険と労働基準法との関係を検討する必要があろう。
  • 保険給付に関する不服審査については、現状における問題を認識し、その改善を図るよう検討するものとする。

■1980(昭和55)年法改正~民事損害賠償との調整

労災保険法の一部改正(第35回改正、昭和55年法律第104号)が1980年12月5日に公布され、一部は1980年8月1日または11月1日に遡って施行されたほか、1980年12月5日から1981年11月1日にかけて施行された。
年金給付等のスライド制の改善、遺族補償年金の給付率の引き上げ、労災保険給付と民事損害賠償との調整規定の整備等を主要な内容とするもので、これに先立って1980年4月から労災保険財政の健全化のために大幅な保険料率の引き上げが行われた。また、1980年から「介護料」の対象者の拡大その他労働福祉事業の改善が行われ、さらに、法改正にあわせて、遺族特別年金の改善、一時金たる特別支給金の引き上げ等も行われた。
労災保険給付と民事損害賠償との調整規定については、1981年6月12日に「民事損害賠償が行われた際の労災保険給付の支給調整に関する基準」が労災保険審議会の議を経て定められ、同年11月1日から同規定が施行された。

●労災保険財政の再建

1979年の第2次オイルショック以後、経済状況は一層厳しくなった。1977年法改正の際に労災保険料率の改正を見送ったこともあり、労災保険財政は1977~79年度に単年度赤字が続き、積立金も費消してしまった。このため、1980年には、「保険財政の悪化に伴う財政の再建が重視された」(林茂樹『労災保険経済の仕組みと実際』1984年)。法改正に先立つ大幅な料率引き上げとともに、財政方式と支払備金の算定方法の改正も行なわれた。

●労災保険審議会における審議等

1980年法改正に向けては、労災保険審議会の内部に設置された「労災保険基本問題懇談会」で1979年2月8日から12月7日まで21回に及ぶ検討を重ねた結果、12月17日に労災保険審議会に報告が行われた。同審議会では12月18日に、報告の趣旨に沿って制度の改善を速やかに行うべきである旨、労働大臣に建議した。労働省は1980年1月19日に、労災保険法の一部を改正する法律案要綱を作成して労災保険審議会に諮問、同時に、建議に基づき、労災保険財政の健全化を図るための保険料率の引き上げを内容とする省令案要綱も諮問した。労災保険審議会は2月4日に、以下の意見を付して了承する旨の答申を行なった。

① 労働福祉事業として行われる特別支給金についての不正受給者からの費用徴収、受給権の保護等に関し保険給付に準じた取り扱いを行うことについては、今後引き続き検討を行う必要があること。
② 労災保険給付と民事損害賠償との調整については、審議の過程で疑義の出された経緯もあるので、調整を行う上での具体的な実施の基準は等審議会の審議を経た上で定めること。

なお、この調整のあり方については一部に異議もあったところであり、被災労働者等の立場を慎重に配慮して適正に行われたい。

1980年法改正でもっとも大きな焦点となったのは「労災保険給付と民事損害賠償との調整」であり、「労災保険基本問題懇談会」の段階から、法改悪反対運動がまきおこった。「財政再建」が重視された法改正で、使用者側の重点要望のひとつだった民事損害賠償との調整が実現したことは象徴的であった。
労使から出された意見及び「労災保険基本問題懇談会」報告で「継続検討」とされた事項を紹介する。

●使用者側の意見

1979年8月9日 労災保険審議会使用者側委員「労災保険制度に関する意見(メモ)」

1 基本的考え方

(1) 労災保険の給付は、すでに国際水準に達しており、通勤災害給付のほか、従来の保険施設が労働福祉事業に拡大され、未払賃金の立替払い事業等まで実施されている現状にある。
これは従来の高度経済成長下の保険料の伸びと保険給付の年金化さらい労働災害防止努力等とあいまって可能となったものともいえる。
しかし、低成長経済のもと、事業主の保険料負担能力には自ずから限界があり、年金支出をはじめ保険財政の将来見通しのうえに立って、制度の基本的見直しを行う必要があると考える。
労災保険制度は、昭和52年度以降単年度収支において赤字となっており、その財政安定が最も重要な課題と考えられるが、保険料率の引上げが必要としても、現下の経済情勢等からして最少限度にとどめるべきである。
したがって、使用者側委員としては、これ以上の給付水準の引上げは、一部の手直し程度にとどめるべきものと考えている。

(2) また、以上の状況等から、労災保険事業運営の効率化を進める必要があり、この際労働福祉事業については再整理し、その合理化を図るべきである。さらに、国も応分の負担を行う必要がある。

(3) 一方、労働災害防止の一層の推進が要請されるところであり、メリット制について、事業主の災害防止努力が明確に料率に反映されるよう料率の増減幅の拡大に務めるべきである。

2 その他当面検討を要すると考えられる事情は次のとおり。

(1) 民事損害賠償と労災保険給付等との調整合理化-労災保険法に基づく保険給付及び特別支給金について、民事上の損害賠償額算定の場合、これらを控除することを明確にするよう法規定を整備すること。

(2) 使用者の不服申立について-保険給付に関する不服申立について、使用者にも審査請求人適格を与えるよう制度化を図ること。

(3) 海外派遣者の取扱いについて-いわゆる出張と特別加入対象の海外派遣との区分の明確化を図り、この場合出張の範囲を広くするよう取り扱われたいこと。
なお、海外派遣者の給付基礎日額、保険料率等についても検討すること。

(4) 産業医の活用-保険給付に関する認定等に際し、産業医の活用を図るよう検討すること。

●労働者側の意見

1979年8月9日 労災保険審議会労働者側委員「労災保険制度改善に関する検討事項」

1 業務上外認定のあり方-業務外の立証ができないものは業務上として扱うこと等。

2 通勤災害の取り扱い-業務上扱いとすること等。

3 施設給付と補償給付との関係-特別支給金等を保険給付とすること等

4 給付について
(1) 療養補償給付の改善-リハビリテーション給付の拡大、ハリ・キュウ・漢方薬のワクの拡大、付き添い費用の給付など。
(2) 休業補償給付の改善-第1日目から給付し、稼働時の実収を補償すること等。
(3) 傷病補償年金の改善-年金水準の引き上げ等。
(4) 障害補償給付の改善-年金・一時金の水準引き上げ、介護手当の支給等。
(5) 遺族補償給付の改善-年金・一時金の水準引き上げ等。
(6) 葬祭料の引き上げ-当面70万円を基準に引き上げること。
(7) スライド制の改善-5%スライドとし、毎年適用すること。
(8) 給付基礎日額の算定方法の改善-一時金・その他の賃金を算定基礎に含めることおよび最低保障額の引き上げ等。
(9) 時効の緩和-時効始期は受給資格を知り得た時とすること。

5 解雇制限の改善-労基法第19条但し書きなど関連規定の見直し等。

6 行政運用等の改善-審査の機構・運営の改善、目的外への資金流用の排除など。

7 その他全面適用の促進等

●基本懇報告で示された「継続検討」事項

1979年12月17日の「労災保険基本問題懇談会」報告では、「下記のような制度改善を行う必要があるとの結論に至った」に続けて、次のようにしていた。
「なお、給付水準の全般的な改善の要否に関しては、一部主要先進国の水準との比較や他の社会保険年金との関係等を中心になお慎重な検討を行う必要がある。その他、年功賃金体系の保険給付への反映、不服申立・審査制度のあり方、労働福祉事業のあり方等の諸事項についても、種々問題があり、直ちに結論を出すことは困難であるため、当基本問題懇談会としては、労災保険財政の推移をも見守りつつ、今後引き続き検討を続けるべきであると考える」。

●労災保険財政の定期見直し

1980年度における料率・財政方式改正の結果、1981年度の決算上の収支は5年ぶりに黒字に転じ、また、3年ごとの財政の定期見直しの必要性が高まり、1986年度以降、定期見直しが定着化した。

■1986(昭和61)年法改正~年齢階層別最高限度額(年金)

労災保険法及び徴収法の一部改正(第44回改正、昭和61年法律第59号)が1986年5月23日に公布され、1987年2月1日から1988年4月1日にかけて施行された。
年金たる保険給付に係る給付基礎日額の年齢階層別の最低限度額及び最高限度額制度の新設、通勤災害に関する保険給付の内容の改善、費用徴収制度の改正、メリット制度の改正等を主要な内容とするものである。また、上記の法改正にあわせて、特別支給金制度、労災就学等援護費支給制度等について所要の整備が行われたほか、労災保険法施行規則に「事業主の意見申出制度」が新設された。

●労災保険審議会における審議等

1986年法改正に向けては、1979年12月の建議で引き続き検討すべきであることが指摘された事項を含め労災保険制度全般の基本的問題について検討することを目的として、労災保険審議会の内部に「労災保険基本問題懇談会」を設け、1982年7月7日から1985年12月19日まで28回にわたり検討を行った結果、同年12月19日に報告が行なわれた。労災保険審議会は同日、同報告の趣旨に沿って制度の改善を行なうべきである旨、労働大臣に対し「労働者災害補償保険制度の改善について」建議した。労働省は1986年2月10日に、労災保険法及び徴収法の一部を改正する法律案要綱を諮問し、労災保険審議会は2月14日に了承する旨の答申を行なった。
1986年法改正でもっとも大きな焦点となったのは「事業主の意見申出制度の創設」、次いで「年金たる保険給付に係る給付基礎日額の年齢階層別最高限度額制度の新設」であり、「労災保険基本問題懇談会」の段階から、法改悪反対運動が取り組まれた。
前者については、1973年11月の関西経営者協会の要望に「事業主の不服申立制度の創設」も含まれており、また後掲のとおり、1984年12月13日付け日本経営者連盟「労災保険法改正に対する要望」の筆頭事項にも掲げられていた。結果的には、そのような法改正の要望は受け入れられずに、労災保険法施行規則の改正によって「事業主の意見申出制度」が新設されたのだった。
労使から出された意見、日本経営者連盟の要望及び労災保険審議会建議で「継続検討」とされた事項を紹介する。

●労働者側の意見

1982年9月16日 労災保険審議会労働者側委員「労働者災害補償保険法、施行令、規則等の制度改善に関する検討事項」

(1) 業務上外認定のあり方-業務外の立証ができないものは、業務上として取扱うこと。

(2) 通勤災害の取り扱い-業務上扱いとすること。

(3) 施設給付と補償給付との関係-特別支給金等を保険給付とすること等。

(4) 諸給付について
① 療養補償給付の改善-リハビリ、職業訓練、雇用など被災者の社会復帰に対する一貫した施策の確立。ハリ、キュウ、漢方薬のワクの拡大。付き添い費用の給付。移送費の拡大
② 休業補償給付の改善-待機期間をなくして第1日目から給付。稼働時の実収を補償すること等。
③ 傷病補償年金の改善-年金水準の引上げ等。
④ 障害補償給付の改善-障害等級、格付けの見なおし。年金・一時金の水準引上げ。介護手当支給の等級枠の拡大と支給額の引上げ。
⑤ 遺族補償給付の改善-年金・一時金の引上げ等。
⑥ 葬祭料の引き上げ-社会情勢の推移に応じて(当面80万円を基準に)引上げること。
⑦ スライド制-年金、休業を問わず5%スライドとし、毎年適用すること等。
⑧ 給付基礎日額の算定方法等の改善-一時金、その他の賃金を算定基礎に含めること。最低保障額の引上げ。
⑨ 時効の緩和-時効の始期は受給資格を知り得た時とすること。

(5) 解雇制限の改善-労基法第19条但し書きなど関連規定の見なおし等

(6) 行政運用及び関連法令等の改善-不服審査機構、運営の改善
法令の目的、主旨とは異なる部分への資金流用

(7) その他-全面適用の促進等

●使用者側の意見

1982年9月16日 労災保険審議会使用者側委員「『基本問題懇談会』において検討すべき事項」

(1) 我が国経済は今年に入って容易ならぬ事態になり、輸出が2月以降対前月比でマイナスを続けているのをはじめ、鉱工業生産、出荷の伸びも著しく鈍化し、製造業の稼働率は4月に82%、6月には77%に低下するなど、今後の成行きには深刻な不安を禁じ得ない。こうした情勢の下で事業主の保険料負担は現行料率のままでも極めて重いものとなっている。
かかる現状に鑑み、労災保険制度の基本問題を審議するに当たっては、まず現在及び将来の保険財政について十分な検討を加え、その健全化を図ることが先決問題である。
なお、我が国の労災保険給付は国際的に遜色ない水準に達しており、前期の事情に照らしても、給付水準の引上げの議論は軽々になすべきではないと考える。

(2) 上記の前提に立った上で検討すべき事項を挙げれば次のとおりである。
① 労働福祉事業の抜本的見直し-この際、労働福祉事業を抜本的に見直し、不急の事業は整理する等、その合理化を図ること。
② 使用者の不服申立制度の創設-保険給付に関する不服について、使用者にも申立ての道を開くよう制度化を図ること。
③ 年金給付と他の公的年金との併給調整-労災保険の年金給付と厚生年金の老齢年金が併給される場合、減額調整がなされるよう規定を整備すること。
④ 海外派遣者の取扱いの改善-いわゆる出張と特別加入対象の海外派遣との区分を明確化し、出張の範囲を広くするよう取り扱うこと。
⑤ 産業医の活用-保険給付に関する認定等に際し、産業医の活用を図るよう検討すること。
⑥ その他-民事損害賠償と労災保険給付等との調整及び料率の増減額の拡大については、昭和55[1980]年12月の法改正において、一応の措置が講じられたところであるので、今回は、特にとりあげないが将来更に改善を図るべく検討すること。

●日本経営者連盟の要望

1984年12月13日 日本経営者連盟「労災保険法改正に対する要望」

現在、貴省におかれては、労災保険法改正にむけて、労災保険審議会の基本問題懇談会において労災保険制度全般の基本的問題を検討されておられますが当連盟としては、下記の点につき労災保険法の改正をされるよう要望いたしますので、格別の配慮を賜りますようお願い申しあげます。

現在の労災保険料率は全業種平均賃金総額の約1000分の12とされているが、今後、年金給付の受給者が増大するに伴い、現行給付水準をそのまま据え置いたとしても、保険料率は賃金総額の1000分の14ないし15まで引き上げざるをえないと見込まれている。

一方、わが国の労災保険給付は総合的にみて国際的にも遜色のない水準に達しており、被災労働者やその遺族はまことに気の毒な事情にはあるものの、実質的には就労時より手厚い保護をも受け得る状態になっているのであって、厳しい経済情勢下、使用者の負担能力にも自ずから限界のあることを考え合わせれば、新たな負担増をもたらすような法改正には基本的に賛成しがたい。

法改正にあたっては、このことを前提とした上で、次のような現行制度上矛盾のある点の適正化、合理化を図るべきである。

1 使用者の不服申立制度の創設

現行の労災保険法においては、直接の利害関係がないということで労働基準監督署長の「保険給付に関する決定」に対し、使用者からの不服申立ては認められていない。しかしながら、①労働者の傷病が業務上と認定され、労災保険給付の支給決定がなされると、これを有力な理由として使用者に対し民事訴訟が提起され、裁判所においても右支給決定が業務起因性の判断上大きなキメ手とされていること、②とくに職業性疾病の業務上外認定について医証等が不十分なまま労働基準監督署長の業務上の決定がなされる傾向にあること、③同様に職業性疾病の治癒認定が厳格になされず、不必要な者にまで療養・休業の補償がなされえているケースがあること等を考えるならば、使用者にも労働基準艶督署長の支給決定に対し、不服申立てができるような制度を設けるべきである。

2 労災保険給付と民事損害賠償との関係

労災保険給付と民事損害賠償との支給調整については、昭和55年12月の労災保険法の改正において一応の措置が講じられたところであるが、右改正による調整は完全調整ではなく、一定の調整期間経過後は再び同一損害についての二重てん補、二重負担という不合理が依然として生ずることになっている。ついては、労災保険給付と民事損害賠償との完全調整を可及的速やかに実施すべく再度の制度改正に着手すべきである。
なお、欧米諸国にみられる如く労災保験給付がなされたときは、労働災害に対する民事損害賠償を原則として否定する制度をとることを検討すべきである。

3 労災年金と厚生年金の老齢年金との併給調整

同一支給事由により労災年金と他の公的年金とが併給される場合には、労災年金の額を一定割合で減額し調整がなされているが、労災年金と厚生年金の老齢年金との併給の場合には減額調整がなされず両年金がそのまま全額支給されており、その結果、退職時の賃金収入を上回る支給を受ける被災労働者の例もみられるに至っている。
ついては、労災年金と厚生年金の老齢年金とが併給される場合にも、同一支給事由による労災年金と他の公的年金の併給の場合と同様に減額調整がなされるよう規定を整備すべきである。

4 診査医制度の拡充

職業性疾病について正確な医学的判断を行うため、じん肺診査医制度のような診査医制度を創設すべきである。

5 労働福祉事業の根本的見直し

本年4月に発表された行政管理庁の「労働者災害補償制度の運営に関する行政監察結果に基づく勧告」の指摘にもあるように、この際、労働福祉事業を抜本的に見直し、不急の事業は整理する等その合理化を図るべきである。

●基本懇報告で示された「継続検討」事項

1985年12月19日の「労災保険基本問題懇談会」報告は、次のようにしていた。

「(4) なお、制度の根幹に係る労災保険法と労働基準法との関係のあり方、業務上外の認定のあり方、障害補償一時金、特別支給金等諸給付の給付体系及びその内容のあり方、特別加入制度のあり方等の問題、あるいは他の制度との基本的な調整に係る労災年金と社会保険年金の全体としての支給体系のあり方、労災保険給付と民事損害賠償との調整のあり方、労働福祉事業のあり方等の問題については、今回結論に至らなかったが、これらについても引き続き速やかに検討を行ったうえで所要の措置を講ずるよう努めるべきものと考える。」

●新設された事業主の意見申出制度

労災保険法施行規則第23条の2

事業主は、当該事業主の事業に係る業務災害、複数業務要因災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について、所轄労働基準監督署長に意見を申し出ることができる。

解説通達(昭和62年3月30日付け基発第174号)

第三 事業主の意見申出制度の新設

1 制度の趣旨

事業主は労働安全衛生法等の規定に基づき労働者の健康管理に責任を有する立場にあり、労災事故の一方の当時者でもあることから労働者災害補償保険審議会の建議(昭和60年12月19日)において、「保険給付請求事案に関する支給決定に当たり、労災事故の一方の当事者である事業主にも行政庁に対し意見の申出ができるようにする」べきであることが指摘された。
この建議を受けて、事業主は当該事業主の事業に係る業務災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について所轄労働基準監督署長(以下「所轄署長」という。)に対し文書で意見を申し出ることができるものとした(新労災則第23条の2関係)。
この事業主の意見申出制度は、保険給付請求事案に関する処分が行われた後の不服申立制度ではなく、当該処分を行う際に保険給付請求事案に関する参考となるような客観的事実等を内容とする意見の申出があった場合に、これを参考資料として活用することとしたものである。

2 制度の内容

(1) 意見書の提出による意見の申出

事業主は、当該事業主の事業に使用される労働者の業務上の事由又は通勤による負傷、疾病、障害又は死亡に関する保険給付の請求について、所轄署長に意見を申し出ることができるものとした(新労災則第23条の2第1項)。
この意見の申出は書面をもつて行い、当該書面(以下「意見書」という。)には事業主の意見のほか①当該事業の労働保険番号、②事業主の氏名又は名称及び住所又は所在地、③業務災害又は通勤災害を被つた労働者の氏名及び生年月日、④当該労働者の負傷若しくは発病又は死亡の年月日、を記載するものとされた(新労災則第23条の2第2項)。意見書の様式については定められておらず、上記の事項の記載があれば足り、その書式は任意である。
事業主の意見の申出は、当該事業主の事業の労働者に係る業務災害又は通勤災害に関する保険給付の請求について行うことができる。また、申出の時期については請求書の提出から何日以内といつた期限は付さないが、制度の趣旨から、当該保険給付に関する支給又は不支給の決定(以下単に「決定」という。)がなされる前に行われることが必要である。

(2) 意見書の取扱い

事業主から意見書が提出された場合は、(1)の①から④までに掲げる事項が記載されていることを確認した上でこれを受理し、業務上外の認定等を的確に行うために参考となり得る客観的事実等が記載されている場合は、これを保険給付に関する決定に当たっての参考資料とする。事業主から意見の申出があった場合においても、保険給付に関する決定は所轄署長が主体的に行うものであることには何ら変わりはない。
事業主から意見書が提出された場合に、保険給付の請求者に対しその内容等を通知する必要はなく、また、保険給付の請求者が意見書の内容の開示を求めた場合でも、その内容を開示する必要はない。しかしながら、意見書については、その内容の真偽、適否を調査、確認する必要があることから、特に必要があると認めるときは、その内容に関し被災労働者その他関係者から事情を聴取する等必要な調査を行うものとする。
なお、事業主の意見申出制度の運用に当たつては、保険給付に関する決定がいたずらに遅延することのないよう配意されたい。
また、事業主から意見の申出のあった保険給付の請求について決定を行った後、意見書を提出した事業主から照会があった場合には、当該決定の結果について説明を行うものとする。

■1990(平成2)年法改正~年齢階層別最高限度額(休業)

労災保険法等の一部改正(第46回改正、平成2年法律第40号)が1990年6月22日に公布され、1990年8月1日から1991年4月1日にかけて施行された。
主な内容は、年金・一時金のスライド制の改善、休業補償給付等のスライド制の改善及び最低・最高限度額の導入、農業の適用拡大などである。

●労災保険審議会における審議等

1990年法改正に向けては、1985年12月の建議で制度の根幹に係る労災保険法と労働基準法との関係のあり方等の問題について引き続き検討すべきであることが指摘されていたことから、労働省は1986年10月に労働基準法研究会(災害補償関係)に、労災補償制度に関する法律的諸問題を専門的に検討するよう依頼したところ、1988年8月に中間的な研究内容の報告が提出された。同月、労災保険審議会は委員全員からなる「労災保険基本問題懇談会」を設け、同年8月1日から1989年12月25日まで22回にわたり、この中間的な研究報告を参考資料としつつ、制度全般にわたって検討を行った結果、同年12月25日に報告が行なわれた。労災保険審議会は同日、同報告の趣旨に沿って制度の改善を行なうべきである旨、労働大臣に対し「労働者災害補償保険制度の改善について」建議した。労働省は1990年3月7日に、労災保険法等の一部を改正する法律案要綱を諮問し、労災保険審議会は3月14日に了承する旨の答申を行なった。
以上の記述は、平成2年版「改定新版 改正労災保険制度の解説」の文章ほぼそのままなのだが、実際の経過ははるかに波乱に富んでいた。
「労働基準法研究会(災害補償関係)」の中間的な研究内容の報告は、①「年齢スライド」の導入、②介護補償給付の新設と引き換えに1・2級の障害補償年金の介護割増加算分等の廃止、③休業補償は療養開始後1年6か月までとし、以後は傷病の程度に応じた障害補償及び治っていない場合は療養補償を行う、④都道府県単位に労災専門医委員会を設置、⑤民事損害賠償との完全調整、⑥災害補償は労働基準法(第8章)によらず労災保険法によるべきである等、かなり使用者側寄りの、抜本的な法改正を提案したものであった。
これに対して、単産・県評、安全センターや被災者団体から反対運動が起こった。被災者団体等が研究会メンバーに実情を聞くよう迫り、ヒアリングが行なわれるとともに、研究会は1989年8月28日に、自らの報告について慎重な検討が必要と認め、短時日のうちに最終報告を提出することは困難とした「見解」を提出するに至った。結果的に、年齢階層別最低・最高限度額と1995年法改正による(介護割増加算分等の廃止と引き換えではない)以外、いずれの事項も実施されるには至っていない。このときの取り組みは、全国安全センター結成の背景となったものでもあった。なお、このとき労災補償制度問題研究会が組織され、『労災があぶない-わたしたちの提言』(1990年 東研出版)も出版されている。
労使から出された意見及び労災保険審議会建議で「継続検討」とされた事項を紹介する。

●労働者側の意見

1989年6月16日 労災保険審議会労働者側委員「労災補償制度改正にあたって検討すべき事項」

1 業務上外認定制度について-近年の労働・生産態様の著しい変化、新たな労務管理の導入、新機器・物質および新技術の急激な導入下で労働者が被災した場合に、被災者がその被災原因を医学的、自然科学的に解明、立証することは不可能に近い。
このため、業務上外認定については、ILO121号勧告の考え方に沿って使用者、あるいは保険給付側が業務外と立証できない場合は業務上とすることをめざし、現行「2要件主義」を改めること。

2 スライド制について-現行年金給付の場合は6%スライド、休業補償給付の場合は20%となっているが、労働者の毎年の賃金変動を敏感に補償給付額に反映させるため、スライド制については賃金自動スライドに改めること。

3 通勤途上災害について
イ ILO121号条約に示されている考え方にもとづいて、通勤途上災害を業務上の災害とみなして補償する制度とすること。
ロ 通勤途上災害の適用範囲を見直し、特に単身赴任者のいわゆる金・土帰月来型の通勤災害、および単身赴任時の行程における被災等については早急に救済をはかること。

4 ハリ、灸、光線治療、漢方薬などを含む東洋医学の取り扱いについて-近年、東洋医学・医療の拡大、導入はめざましいものがあるにもかかわらず、労災補償面では健康保険等との均衡を考慮する余り、ハリ・灸治療制限に見られるように、機械的に制限する状況下にあるが、こうしたことは時代に逆行するものであり、現行制限については撤廃すること。

5 給付基礎日額の最低保障額について-給付基礎日額の最低保障額は、生活保障の強化および企業規模による保障格差の是正の観点から、大幅に引き上げること。

6 ボーナスを算定基礎とする給付について-ボーナス等特別給与を算定基礎とする給付については、最低保障額を新設し、特別給与の支給のない被災者にも適用すること。

7 認定体制・基準の見直しについて
イ 治癒、障害等級、死亡原因などの認定体制については、当該労働者および遺族の意見が反映するシステムの確立、情報の公開、適切な医学的判断などの視点から、「局医制度」のあり方をも含め再検討すること。
ロ 現行諸認定基準は今日の労働・生活環境等からして実情に沿っているとはいいがたいので早急に見直すこと。
また、このため労・公・使の意見が反映し得る機構と構成による専門家会議を速やかに設置すること。

8 不服審査時の決定、裁決について-保険給付にかかわる不服審査、再審査を求めた場合に3年~4年を要するのが通常といわれる状況は、被災労働者の早期救済、公平、迅速を目的とすることを規定した労災保険法の主旨を逸脱しており、こうした現状は早急に改善すべきである。

9 労災被災者のリハビリ等について-先天性・後天性、労働災害などを問わず国際的には障害者の全面社会参加が一般化し、具体化している今日、我が国はこの面の施策が著しく立ち遅れている。1983年にILOがリハビリ条約を採択した経過からして、被災者に対するリハビリおよび円滑な住生活の確保、職業訓練、職場復帰、雇用保障に向けた対策の確立を急ぐべきであり、リハビリおよび住宅整備援助等を給付対象とすること。
加えて、雇用保険、職業訓練の各事業との有機的関係を確立し、施設・人員などの確保を図ること。

10 重度障害者の死亡、および介護者対策について
イ 重度の障害、傷病による保険受給者が有していた業務上の被災自由を直接の原因としないで死亡した場合に何等の保険給付もない現状については、多くの疑問がある。
そのため、重度の障害・傷病補償年金受給者に一定の余病(その障害・傷病に併発することが予測され、あるいはその頻度が高いなど)による死亡時には、業務上の死亡によるものとみなして保険給付の対象とすること。
ロ 重度の障害年金受給者が一定期間経過し、業務上の事由によらずに死亡した場合において、その介護にあたってきた家族に対し、遺族補償年金に見合う給付を福祉事業として実施すること。

11 特別加入制度の適用拡大について-労度組合の各級機関で一人専従の場合など、現行制度では適用対象とならない例があるので、特別加入の範囲を見直し、適切な適用拡大を行うこと。

12 その他
イ 労災補償制度、およびその具体的取り扱いの面で公務員と民間労働者では、不均衡・格差が存在しているので、公正化の視点から、合理的基準にもとづき、格差是正を図ること。
ロ 労働基準法(災害補償関係)を見直し、法定最低基準を引き上げること。

●使用者側の意見

1989年6月16日 労災保険審議会使用者側委員「今後の労災補償法制のあり方についての検討に対する要望」

労災保険基本問題懇談会における今後の労災補償法制のあり方についての検討にあたっては、労働基準法研究会の中間報告で提起された事項のほか、下記の事項について検討され、その実現が図られるよう要望いたします。

1 労災保険給付と民事損害賠償との調整-業務災害に対する保険料の負担者としての使用者が受ける利益は、その給付によってその業務災害に係わる責任をまぬがれることができることにあるので労災保険給付と民事損害賠償との調整にあたっては、逸失利益について完全な調整を行うことはもとより、企業による法定外(上積み)補償を含めて、慰謝料についても調整を行うこと。

2 労災年金と厚生年金との調整-労災補償について稼得能力の損失が客観的に認められない状況についてまでなされることは、労災補償制度の主旨からみて不合理であるので、労災年金と厚生年金との調整にあたっては、老齢年金についても調整を行うこと。

3 使用者による不服申し立て制度の創設-保険料を負担する使用者として、労災保険給付が適正になされるよう労働基準監督署長の支給決定について重大な損害を有することはもとより、支給の有無が人事配置、安全衛生管理、法定外(上積み)補償等労務管理の実施に重大な影響を及ぼすことが必至であるので、使用者についても労働基準監督署長の支給決定に対して不服申し立てができる制度を設けること。

4 労働福祉事業の抜本的な見直し-労働福祉事業については、適正な労働条件の確保を名目に、労災補償制度の趣旨をはるかにこえて実施されているので、労災補償制度の趣旨に沿って運営されるよう抜本的な見直しを行うこと。

5 余裕金の効率的な運用-本年4月から実施された労災保険料率の改正に伴い、今後労災保険業務上相当の余裕金が生ずることになるので、資金運用部への預証以外の方法によりその効率的な運用を図ること。

●基本懇報告で示された「継続検討」事項

1989年12月25日の「労災保険基本問題懇談会」報告は、以下のようにしていた。

「2(1) なお、重度障害者等に対する介護に係る補償のあり方、各種給付における被災時年齢等による不均衡の問題、支給停止の運用基準の見直しを含む民事損害賠償との調整のあり方、費用徴収基準の見直しの諸点については、時間の制約もあり、今回結論を得るに至らなかったが、これらについては引き続き検討を進め、早期に結論を得るよう努めるべきものと考える。
(2) また、各種認定基準のあり方や医学的判断を必要とする事項についての認定体制のあり方、社会保険との調整のあり方、特別支給金のあり方、労働福祉事業や余裕金の運用のあり方等の問題についても、引き続き検討を深め、その結果に基づき所要の措置を講じていく必要があると考える。」

●認定問題小委員会

上記(2)に関連しては、労災保険審議会に公労使各側委員3名で構成される「認定問題小委員会」が設置されて、1991年3月12日から1992年2月17日までに7回開催され、「労働者災害補償保険制度の適切な運用について」報告され、1993年1月20日付けで「労災保険審議会認定問題小委員会報告を踏まえた労災保険制度の適切な運用について」(基発第38号)が示されている。法令改正にはつながっていない。

●労災保険財政方式の改正

労働省は、1983年5月に労働基準局長の私的諮問機関として「労災保険支払備金等研究会」が設置され、1985年9月に報告書「労災保険における支払備金等保有金のあり方について」がまとめられた。続いて1986年2月に同じく労働基準局長の私的諮問機関として「労災保険財政研究会」が発足し、1987年10月に中間報告、1988年12月に最終報告がとりまとめられた。1988年8月1日の第1回「労災保険基本問題懇談会」に中間報告が報告・検討され、同年11月30日の第7回「労災保険基本問題懇談会」で主として新財政方式によるマクロの長期財政見通しや財政再検討の結果について検討され、新財政方式を採用して労災保険料率の定期見直しを行なうことが了承された。同年12月13日の労災保険審議会に新財政方式やそれに基づく労災保険料率の再検討結果の内容が諮問され、了承された。また、1989年1月25日の労災保険審議会に了承された新財政方式に基づく労災保険率の定期見直し結果が省令案要綱として諮問され、諮問案どおり即日答申が行なわれた。
新方式は、①新規裁定年金受給者に係る費用について充足賦課方式を採用(創出される将来の年金給付に充てる費用は「積立金」として保有)、②既裁定年金受給者に係る費用について産業間相互扶助機能を強化(30年均等賦課方式)、③労働福祉事業に要する費用負担について労働者数に比例した負担にするものであった(岡山茂・浜民夫『新・労災保険財政の仕組みと理論』1989年)。
3年ごとの保険料率の定期見直しのルールが整理されたと言える。以降も、労災保険財政の決算上の黒字と積立金の増額が2008年度まで持続することになる。平均労災保険率は、1989年度は引き上げとなったものの、以降、引き下げが続いている。

■1995(平成7)年法改正~介護補償給付

労災保険法等の一部正(第49回改正、平成7年法律第35号)が1995年3月23日に公布され、1995年8月1日から1997年4月1日にかけて施行された。
主な内容は、介護補償給付の創設、遺族補償年金の給付内容の改善、労働福祉事業の規定の整備拡充、海外派遣者特別加入制度の改善、メリット制の特例の創設などである。

●労災保険審議会における審議等

1995年法改正に向けては、労災保険審議会は委員全員からなる「労災保険基本問題懇談会」を設け、1993年4月28日から1994年12月16日まで18回にわたり、1989年12月の建議で引き続き検討課題になっていた問題を含め、制度全般の基本問題について検討を行った結果、1994年12月16日に報告が行なわれた。労災保険審議会は同日、同報告の趣旨に沿って制度の改善を行なうべきである旨、労働大臣に対し「労働者災害補償保険制度の改善について」建議した。労働省は1995年1月23日に、労災保険法等の一部を改正する法律案要綱を諮問し、労災保険審議会は1月27日に了承する旨の答申を行なった。

●労働者側の意見

労災保険基本問題懇談会に提出された労災保険審議会労働者側委員の重点要望(要旨)

〇介護補償給付の確立
〇業務上外認定の改善
〇障害等級認定の充実(障害の内容に身体面だけでなく精神面も盛り込む。振動障害なと職業性疾病における障害等級の定義を設ける)
〇「健康・災害予防給付(仮称)」の導入 (産業医の勧告に基づく休業に対する所得補償)
〇年齢間格差の是正
〇給付基礎日額の最低保障額引き上げ
〇ボーナス支給のない労働者への特別支給措置
〇余病による死亡に対する救済措置(一定の余病による死亡を業務上の死亡とみなし保険給付の対象とする)
〇職場・社会復帰施策、日常生活支援対策の充実
〇他の社会保険給付との調整見直し(労災保険給付全額支給、他の社会保険給付調整方式に)
〇石炭業・鉱業等の保険料改定(産業規模が著しく縮小した業種についての引き下げ)
〇労働者性、特別加入対象者のあり方

●使用者側の意見

労災保険基本問題懇談会に提出された労災保険審議会使用者側委員の要望(要旨)

Ⅰ 別の場を設けて検討すべき事項
〇労災保険と民事損害賠償との調整(逸失利益のみならず法定外補償、慰謝料についても完全調整)
〇診療報酬基準(法令による基準統一と労災特掲料金の制限)

Ⅱ 当面検討改善すべき事項
〇労災年金と社会保険年金との調整(調整の水準及び老齢年金との調整)
〇給付内容等の見直し(遺族補償の子・孫の18歳未満要件の見直し)
〇メリット制のあり方(適用事業範囲とメリット枠の拡大)
〇特別加入制度のあり方(海外派遣者特別加入制度の改善、特別加入者の給付基礎日額の上限額の引上げ)
〇労働福祉事業のあり方(労災補償制度の趣旨をはるかにこえた事業運営の抜本的見直し)
〇事務手続の簡素化

●基本懇報告に示された「継続検討」事項

1994年12月16日の「労災保険基本問題懇談会」報告は、以下のようにしていた。

「2  …なお、労災保険給付と民事損害賠償との現行の調整方式においては、労働災害による損害に対する二重填補がなされる可能性があること等の問題があるので、専門的な検討が行われる必要がある。
3 以上が当面の制度改善に関する基本的な考え方であるが、本懇談会での1年有余の議論の中で、とりわけ若年時被災者を中心とした障害(補償)一時金や給付基礎日額の年齢別最高限度額のあり方あるいは労災保険制度と厚生年金保険制度との調整方式に関する検討を進める中で、被災時年齢や給付時年齢等に応じた給付水準のあり方について整合性をもって議論することの重要性が一層強まってきたとみられる。これらの問題は、高齢期の生活費の基本的な部分を担うべき社会保障制度の将来像や労働者の高齢時における就業行動の動向等に深く関わる問題であり、引き続き検討すべきものと考えるが、問題の複雑さ、広がりの大きさ等にかんがみ、まずもって行政当局において基礎的データや考え方の整理を行い、できる限り速やかに本懇談会に提示することを期待するものである。
4 また、本懇談会では主として制度面の検討を行ってきたが、かねてから労災保険審議会でも議論のあった脳・心臓疾患等をめぐる労災認定のあり方を始め制度の運用面については、改善すべき事項について速やかにその実現を図るべきである。」

■2000(平成12)年法改正~二次健康診断等給付

労災保険法等の一部改正(第57回改正、平成12年法律第124号)が2000年11月22日に公布され、2001年4月1日から施行された。
主な内容は、労働安全衛生法による直近の定期健康診断等において、脳血管疾患または心臓疾患に関連する一定の項目について異常所見があると診断された労働者に対して、二次健康診断と特定保健指導の給付を行うものである。

●労災保険審議会における審議等

2000年法改正に向けては、労災保険審議会では「労災保険制度検討小委員会」において、1999年8月4日から2000年1月18日まで12回にわたり、労災保険制度における労働者の健康確保支援のあり方及び今後の労働福祉事業のあり方を中心に検討を行った結果、2000年1月18日に報告が行なわれた。労災保険審議会は同日、同報告を踏まえて労働大臣に対し「労働者災害補償保険制度の改善について」建議した。
なお、法律専門家により構成される「労災保険制度のあり方に関する研究会」が1998年秋に設置され、1999年10月に報告書をまとめている(公表されなかったため、安全センター情報で全文紹介)。

労災保険制度のあり方に関する研究会報告書(概要)
■特集/労災補償制度改革への提言 労災保険制度のあり方に関する研究会報告書①
労災保険制度のあり方に関する研究会報告書②
労災保険制度のあり方に関する研究会報告書③

これは、①保険給付による予防施策を導入する場合の検討課題、②年金における年齢による稼得能力への対応の選択肢、③労災保険と民事祖納賠償との調整方法の選択肢等を扱ったもので、②③については「更なる/引き続き検討が適当/必要」とした。

●労働者側の意見

1999年9月30日 労災保険審議会における検討項目についての労働者側委員の意見

□連合総合労働局長 松浦清春

1 労災保険制度において、健康確保対策を強め、予防給付の導入をはじめ、制度の適切な改善を検討すること。
2 労災未加入事業所の一掃をはかり、「労災かくし」対策の強化を行なうこと。
3 雇用・就業機会の多様化等に対応し、労働者の定義を適切に拡大し、実質的に労働者と同様の業務に従事しているものは保険の対象とすること(シルバー人材センターの会員の一部など)。
4 じん肺症について、合併症の認定基準や考え方を改善し、「管理3」のものが肺ガンを発症した場合も給付対象とするなどの見直しを行うこと。
5 このほか、障害等級の認定基準の見直し、ハリ・灸等の東洋医学の適用の扱いの改善などを行うこと。

□全国建設労働組合総連合書記長 佐藤正明

建設業における「手間請け従事者」に関する労災保険の適用の判断
・「手間請け従事者」の「労働者性」の判断を行う際には、平成8年3月25日に発表された「労働基準法研究会労働契約等法制部会労働者性検討専門部会報告」に示された判断基準に基づいた判断を行なうこと。また、これについて、各労働基準局・監督署に対しても適確かつ十分な指導を行なうこと。

建設業従事者に対する「適用業種区分」
1 建設業従事者に対する労災保険の適用については、現在行なわれているような「適用業種区分」の細分化をやめ、建設業で従事する者についてはその全てが「建設」の区分で労災保険の補償が受けられるようにすること。
2 上記1の実現に向けて、建設業で従事する各職種についてその就労実態を調査・把握し、それらが「あくまでも建設の請け負いに基づく作業」であることを認め、建設現場での労働災害はもちろん、作業場での加工時などの労働災害についても「建設」の区分での保険関係で補償を行なうこと。

●使用者側の意見

1999年9月30日 労災保険審議会における検討項目についての使用者側委員の意見

使用者側委員としては、関係団体等に対するアンケート調査等を踏まえ、労災保険審議会労災保険制度検討小委員会や本審等の場において、下記の項目について検討してほしいと考えている。

Ⅰ 優先的に検討すべき項目

〇労働福祉事業の事業範囲の見直しと効率化
〇労災病院の機能、統廃合、民営化等の検討
〇労災年金と社会保険給付との調整のあり方の検討
〇労災保険給付(特別支給金、将来給付を含む)と民事損害賠償との完全調整
〇積立金の財政方式の見直し
〇メリット増減率の引上げ(建設業を含む)等

Ⅱ 優先的検討項目に引続き検討すべき項目

(1) 適用のあり方
〇労災保険未手続事業場の解消
〇労災保険率適用事業細目表の括り方の見直し
〇労働保険継続事業一括適用の拡大
〇建設業における一括適用の廃止を含めた見直し
〇中小事業主、一人親方等の特別加入制度の弾力化
〇企業の分社化、吸収合併等への対応

(2) 法定給付のあり方
〇被災者の過失責任又は業務外の事情を反映した給付制度への抜本見直し
〇賃金スライドのあり方の見直し
〇第三者行為災害の場合で、実質的な休業補償が100%を上回るケースの調整
〇メリット制の増減率計算における、複数の事業主の下で就労した者(じん肺、振動病等)の取扱いの見直し
〇帰国外国人の障害年金等の給付の見直し

(3) 通勤災害のあり方
〇建設業の工事現場への往復の業務上災害の取扱いの見直し

(4) 業務上外認定のあり方
〇認定基準の厳正かつ迅速な運用等(認定基準の運用が監督署によって差が大きい現状の改善、「駆込み寺」的な医師・病院の診断結果の取扱いの改善、業務上外の認定業務への監督官の参画の検討、症状固定の診断をしないケースへの対応)
〇ホームオフィス業務の認定のあり方の検討
〇同一障害で男女の障害等級が異なるケースの改善

(5) 特別加入制度のあり方
〇海外派遣者等の特別加入者の給付基礎日額等の見直し
〇事務組合委託義務付けの廃止

(6) 費用徴収基準のあり方
〇保険未成立及び保険料未納事業所の調査、指導の強化
〇不正受給者、故意又は重過失の事業主等からの費用徴収等の強化

Ⅲ 事務手続きの簡素化等

〇事務手続きの簡素化
・ 届出様式及び手続きの省略化・節素化
・ 事務処理の迅速化
・ 各種届出書類の電子化の実施
・ 概算及び確定保険料の申告納付期限の見直し
・ 単独有期事業の申告書の全国共通化
・ 労働保険番号の記載なしの有期事業保険料申告書の提供
・ 同一事故による複数人数の給付申請の際の提出書類の簡素化

〇情報開示
・ 労災保険制度全般の運営状況
・ 特別支給金制度の運用状況
・ 労働福祉事業の結果の情報公開と評価システムの検討
・ 積立金の運用状況
・ メリット適用事業所に対する3年間の収支率算定の内訳
・ 労務比率の算出根拠
・ 障害認定の事業主への通知
・ インターネットによる各種データの開示

〇その他
・ 医療機関の過剰治療の監視体制強化
・ じん肺管理区分決定のあり方

●小委員会報告に示された「継続検討」事項

2000年1月18日の「労災保険制度検討小委員会」報告は、以下のようにしていた。

「3 本小委員会においては、過去の審議会における建議において指摘を行った事項と併せて、労使各側から労災保険制度に関連する要望事項の提出を求め、そのうち優先的に検討すべきものとして、以下の事項について対応の在り方の検討を行った。これらの事項については、以下のとおり、さらに検討を深め、あるいは、運用上の対応を図るべきであると考えられる。
なお、使用者側からは、優先的に検討すべき事項以外の事項についても要望が提出されているところであるが、これらについては、別途の機会において改めて労使各側から要望事項の提出を求めた上で検討を行うことが適当である。
(1)給付基礎日額の年齢階層別最低・最高限度額については、平成12年度の設定時には限度額の設定方法を改善する方向で検討を行う。
(2)労災保険給付と民事損害賠償との間の調整の在り方については、法律の専門家による検討結果を踏まえ、引き続き検討を進める。また、社会保険給付との間の調整の在り方については、老齢厚生年金など他の公的年金の制度改革の動向も勘案しつつ、引き続き検討を行う。
(3)未手続事業や「労災かくし」対策、あるいは適用業種区分や労働者性の判断については、労災保険制度を運営する上での基本事項であり、必要に応じて地方機関に対する指導、周知を図り、引き続き適正な実施に努める。
(4)じん肺症患者に発生した肺がんの補償の在り方や障害等級の認定基準については、新たな医学的知見等を踏まえつつ検討を行う。また、はり・灸等の東洋医学の適用の取扱いについては、健康保険制度における取扱いの今後の動向を見守りつつ、必要に応じ対応を図る。
(5)建設の事業におけるメリット増減率については、建設の事業における平均料率の上昇の可能性にも配慮しつつ、他産業並に拡大することについて検討を行う。
(6)労災事故が生じた責任は労災事故が発生した時点の事業主集団が負うべきとの観点から、現行の積立方式(充足賦課方式)は引き続き維持する。また、平成元年度からの30年間の計画で積立を行っている過去債務分については、当初予定を相当程度上回る額が積み立てられていることから積立の計画期間を延長すべきとの意見がある一方、保険料負担のさらなる転嫁を避けるため当初の計画を維持すべきとの意見があるため、引き続き検討を深める必要がある。
(7) 複数の企業と雇用関係を有する、いわゆる「二重就職者」等が増大しているといわれているが、現行の通勤災害保護制度においては、就業の場所と就業の場所との間の移動中の災害については補償の対象となされていない。まずは、行政当局において、その就業実態や災害状況等についての実態を把握することが望まれる。」

●2001年労災報告の適正化に関する懇談会

なお、2000年法改正の国会審議で建設業のメリット率拡大措置との関連で、衆議院労働委員会は「…いわゆる労災かくしの増加につながることのないように…制度運用に万全を尽くすこと」と附帯決議を付けた。おりから全国安全センターのキャンペーンやマスコミや国会でも取り上げられるなかで、厚生労働省は2001年12月14日に「労災報告の適正化に関する懇談会」が開催されたが、2002年3月29日の第3回で終了し、「当面、同行為(労災かくし)の違法性に関する周知活動に重点を置く」こととされたようだ(「安全スタッフ」関連記事)。「少なくともゼネコンに限っては労災かくしなんてしていない。防止マニュアルまで作って対策を行っている」とする使用者側に対し、労働者側は「災害の多寡が金銭面に跳ね返るメリット制が労災かくしの温床になっており、使用者主導の労災かくしがないとは言わせない」と訴え、労使の主張は平行線をたどったと伝えられている。

●労働政策審議会への統合

中央省庁再編に伴い2001年1月6日に、中央労働基準審議会や労災保険審議会、中央職業安定審議会などの13の審議会を統合して労働政策審議会が設置され、労働条件分科会労災保険部会が置かれた。厚生労働省ウエブサイトの審議会情報には、2004年5月18日の第7回労災保険部会以降の配布資料・議事録しか提供されていない。全国安全センターはこの機会に、まだ文書が保存されていた第1回(2001年2月1日)~6回(2004年3月8日)労災保険部会の配布資料・議事録を情報公開によって開示させ、https://joshrc.net/archives/13854で紹介している。これにより、2013年2月19日の第4回労災保険部会に、2012年8月と記載された同懇談会報告書が、労働側委員からの要望でようやく報告されていることもわかった。

●労災保険の民営化問題

また、2003年11月20日の第5回労災保険部会に初めて、「総合規制改革会議で提起されている労災保険の民営化の問題」が報告された。結果的に同部会は、「労災保険の民間開放の促進について」、「公労使全員一致により」、「労災保険の民営化についての具体的な制度設計が示されていない中で、民営化によって生ずる問題点が明らかでなく労働者保護に与える影響も大きいと思われることから、民営化という結論を性急に出すことについては、反対である」というを「意見」を表明した。

●労災保険料率の設定に関する基本方針

なお、総合規制改革会議の第三次答申(2003年12月)において、「事業主の労働災害防止へのインセンティブをより高めるとの観点も踏まえ、業種別の保険料率の設定について、業種ごとに異なる災害リスクも踏まえ、専門的な見地から検討し、早急に結論を得る」とされたことから、「労災保険料率の設定に関する検討会」が2004年5月から開催され、2005年1月14日に報告書(主な論点=労災保険率・業種区分・メリット制)が公表された。これは、同年1月17日の第12回労災保険部会に報告され、「労災保険率の設定に関する基本方針(案)」等について審議されて、3月25日に同基本方針が制定された。「労災保険率の設定については、これまでの制度運営を通じて定着してきた一定の考え方に基づいて行われているが」、なお、「労災保険率改定に関する基礎資料の公開、決定手順のより一層の透明化が求められるとともに、業種別のリスクを正確に反映した労災保険率の設定とはなっていないという問題提起」に応えたものとされる。
基本方針は、①業種別の設定、②改定の頻度(原則として3年ごと)、③算定(短期給付分は純賦課方式、長期給付分は充足賦課方式、業務災害の一定部分と非業務災害分等は全業種一律賦課方式)、④激変緩和措置等、⑤労災保険率改定の手続等(基礎資料公開と審議会の検討を経た決定)からなり、2006年度以降の労災保険率の定期(3年ごと)見直しに適用されることになった。
報告書は、「事業主団体の一部から労働災害防災努力をより一層保険料に反映させるため、メリット増減幅を拡大すべきとの要望がなされている」ことからという理由で、メリット制についても取り扱い、これが2005年法改正におけるメリット制の拡大につながり、また結果的に「労災報告の適正化に関する懇談会」にもつながった。また、業種区分やメリット制について、いくつかの検討課題を指摘しており、これ以降、検討会を開催して検討したうえで、労災保険部会で審議し、見直しが行なわれるというパターンがつくられることになる。

●2006年労災報告の適正化に関する懇談会

また、前出2005年2月の労災保険部会報告、及び、国会審議で衆参両院の厚生労働委員会で「建設業等の有期事業におけるメリット制の改正に当たっては、いわゆる労災かくしの増加につながることのないよう建設業関係者から意見を聴く場を設けるなど、災害発生率の確実な把握と安全の措置を図るとともに、建設業の元請けの安全管理体制の強化・徹底等の措置を図り、労災かくしを行った事業場に対しては司法処分を含め厳正に対処すること」との附帯決議がされたことを受けて、2006年4~6月に「労災報告の適正化に関する懇談会」が開催された。懇談会報告書は2006年8月にとりまとめられて、同年10月19日の第22回労災保険部会に報告されている。

■2005(平成17)年法改正~通勤災害保護拡大

労災保険法を含めた労働安全衛生法等の一部改正(第62回改正、平成17年法律第108号)が2005年11月2日に公布され、2006年4月1日に施行された。
主な内容は、通勤災害保護制度における保護の対象拡大(複数就業者の事業場間の移動、単身赴任者の赴任先住居・帰省先住居間の移動)などである。

●労災保険部会における審議等

2005年法改正に向けては、「労災保険制度の在り方に関する研究会」が2002年2月から開催され、とくに通勤災害保護制度のあり方を中心に検討を重ね、2004年7月5日に中間とりまとめが公表(厚生労働省ウエブサイトに掲載)された。これは、同年10月13日の第8回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会に報告され、第9~11回労災保険部会で「通勤災害保護制度の見直し等について」審議されて12月21日に報告が行なわれ、同日、審議会から厚生労働大臣に「労働者災害補償保険制度の改善について」建議されている。労災保険部会では、事務局から「論点」が示されて議論が行なわれているが、労使代表委員から文書で意見・要望等が提出されてはいない。このようなやり方は、以降、労災保険審議会時代とは異なる労災保険部会における審議の特徴となっている。
2005年2月3日の第14回労災保険部会に労働安全衛生法等の一部を改正する法律案要綱が諮問され、同部会は同日、「有期事業に係るメリット制の拡大[調整幅の拡大]に伴い、建設業における労災かくしの増加を懸念する意見があったことを踏まえ、厚生労働省においては、関係者の協議の場を設けるなど労災かくし対策の一層の推進が図られるよう、適切に対処すること」ととしたうえで、妥当と報告。同日、労働政策審議会から厚生労働大臣に、安全衛生分科会の妥当とする報告と合わせて、「これらの報告内容を踏まえ、所要の法律案の作成に当たられたいこと」と答申された。

■2007(平成19)年法改正~社会復帰等促進事業

労災保険法を含めた雇用保険法等の一部改正(第65回改正、平成19年法律第30号)が2007年4月23日に公布され、2007年4月23日に施行された。
労働福祉事業を労災保険事業として行うことが適切と考えられるものに限定することとされ、労働福祉事業のうち労働条件確保事業を廃止するとともに、労働福祉事業という名称を社会復帰促進等事業に変更することとされた。

●労災保険部会における審議等

行政改革の重要方針(2005年12月24日閣議決定)の「特別会計改革の具体的方針」等において、労働保険特別会計による労働福祉事業について「廃止も含め徹底的な見直し」を行うこととされた。これらを受けて厚生労働省は、2006年3月31日に「労働福祉事業見直し検討会」を開催、その後ワーキングチームを設置して4回検討を行ったうえで、同年8月7日に第2回検討会を開催して、「労働福祉事業の見直しについて」報告を取りまとめた。これは、同年10月19日の第22回労災保険部会に報告され、12月14日の第23回労災保険部会でも審議されたうえで報告が行なわれ、同日、審議会から厚生労働大臣に「労働福祉事業の見直しについて」建議された。2007年1月17日の第24回労災保険部会に雇用保険法等の一部を改正する法律案要綱が諮問され、同部会は同日妥当と認めると報告。同日、労働政策審議会から厚生労働大臣にその旨答申された。

●労災保険財政検討会の中間・最終報告

2010年6月の厚生労働省省内事業仕分けにおいて、労災保険業務については、「積立金の額が適正なのか国民に分かりやすく説明すべき」、「積立金についてさらに多角的に検証すべき」とされ、また、2012年度には3年に一度の労災保険率の改定を控えていることから、2010年10月12日以降「労災保険財政検討会」が開催され、2011年3月4日に「中間報告-積立金・メリット制」が公表されるとともに、第43回労災保険部会に報告された。中間報告は、労災年金の現行の財政方式(積立方式)は妥当tおしたうえで、今後も十分な説明をするよう努力すべき。また、メリット制を適用する事業場の範囲は1986年改正以来据え置いているが、適用割合の変化などを踏まえ、適用要件を検討する必要がある。適用範囲を拡大する場合には、増減幅の工夫も必要、等とした。
労災保険財政は、2009~13年度の5年間は単年度決算上の収支が赤字になったものの、積立金の充足率は2009年度及び2011年度以降、100%を超える状況が続いている。
「労災保険財政検討会」は引き続き、前出の2005年1月14日の「労災保険料率の設定に関する検討会」報告書で「検討することが望まれる」とされたていたことから「業種区分」について検討し、2011年6月28日の第45回労災保険部会に「最終報告書-業種区分」を報告した。
以上を踏まえた徴収法施行規則改正案が2011年12月6日の第46回労災保険部会に諮問され、12月15日の第47回労災保険部会で妥当と認める旨答申されて、2012年4月1日に施行された。この改正では、労災保険率の改定とともに、有期事業に関するメリット制の適用要件の確定保険料の額の要件が大幅に引き下げられた。

●労災保険の事業の種類/業種区分検討会

その後も、2013年に「労災保険の事業の種類に係る検討会」が開催され、同年3月27日の第51回労災保険部会に報告された。①事業の種類(業種)の区分を見直すための基本方針、②製造業に係る業種の区分の整理、③「事業の種類の細目」の再編等を検討したものである。

2018~2019年には「労災保険の業種区分に関する検討会」が開催され、2019年4月5日に公表され、5月16日の第75回労災保険部会に報告された。

●労災保険財政懇談会

2016年11月の行政改革推進会議「特別会計に関する検討の結果のとりまとめ」で「責任準備金の算定にあたっては、経済情勢等の動向を踏まえ、賃金上昇率、予定運用利回りの設定方法などについて不断に検討を行う必要がある」と指摘されたことを受けて、2017年10月に「労災保険財政懇談会」が開催された。これは、同年12月18日・12月21日の第68回・第69回労災保険部会で報告されているが、結論は、労災保険率改定における表示方法を改めるが、責任準備金の算定方法や労災保険の財政方式等については変更しないという趣旨であった。第69回部会には「労災保険財政懇談会の概要(論点と主な意見)」が示され、「労災保険財政について、一度限りの懇談会では課題の解決や問題点の洗い出しは困難。懇談会を定期的に開催することで、様々な課題や制度の改善に向けた提案を議論できると考えられる」、「責任準備金の算定方法と財政方式のあり方との関係を整理し、今後、財政方式のあり方も含めて、引き続き懇談会を開催することが必要」等とされていた。

■2020(令和2)年法改正~複数就業

労災保険法を含めた雇用保険法等の一部改正(第76回改正、令和2年法律第14号)が2020年3月31日に公布され、2020年9月1日に施行された。
複数事業労働者の労災保険給付について、①複数の就業先における業務上の負荷を総合的に評価して労災認定を行う、②全ての就業先の賃金額を合算して保険給付額を算定することとなった。

●労災保険部会における審議等

「働き方改革実行計画」(2017年3月28日働き方改革実現会議決定)で、複数の事業所で働く方の保護等の観点や副業・兼業を普及促進させる観点から…労災保険給付の在り方について、検討を進める」とされた。その後、「未来投資戦略2018」(2018年6月15日閣議決定)で、「副業・兼業の促進に向けて…労災補償の在り方等について…労働政策審議会等において検討を進め、速やかに結論を得ること」とされた。さらに、「成長戦略実行計画・成長戦略フォローアップ・令和元年度革新的辞表活動に関する実行計画」(2019年6月21日閣議決定)で、「副業・兼業の場合の労災補償の在り方について、現在、労働政策審議会での検討が進められているが、引き続き論点整理等を進め、速やかに結論を得る」とされた。
労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会では、2018年6月22日の第70回以降「複数就業者への労災保険給付の在り方について」審議され、2019年6月12日の第76回労災保険部会では、月23日に報告が行なわれて、同日、審議会から厚生労働大臣に「複数就業者に係る労災保険給付等について」建議されている。

●労災保険財政懇談会

2021年12月の行政改革推進会議「特別会計に関する検討の結果のとりまとめ」において再び、「責任準備金の算出根拠となる賃金上昇率や運用利回りについては、設定値と実績値とが乖離していることからも、妥当性について検証を行うとともに、その適正水準について引き続き検討する必要がある」と指摘されたことを受けて、2023年1月に「労災保険財政懇談会」が開催されている(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29476.html)。

■過去と現在~法改正審議の変化

以上、きわめて粗い叙述だが、労災保険法の主な改正経過をみてきた。
わが国の労災保険制度は、発足当初から、保険収支の赤字に苦しめられた。それを救ったのは、経済情勢等を別にすると、メリット制と抱き合わせにして実現した労災保険率の引き上げであっただろう。
しかし、保険財政の赤字に長い間苦しめられながらも、給付の年金化やILO条約・勧告水準の実現を中心にした労災保険制度の改善が、積み重ねられてきた。
ところが、とりわけ1980年代に、使用者側の要望を受け入れるかたちで行なわれる法改正が、労働者側にとっての重大な改悪としてたびたび争点になるに至った。これも、労働省にとっては、労災保険率の引き上げをともなった財政方式の改正と抱き合わせで、使用者側要望の一部を受け入れるという面が強かったことが主要な原因だったと思われる。メリット制も、1980年代に拡大している。
労災保険審議会が、基本問題懇談会を設置してまずは労使の要望をぶつけあい、公益側委員が中に入って調整するかたちで、一定の合意の目途が得られてから、本来の審議会に切り替えて、建議→法改正へ、という運営のされ方をしていたことも影響を与えていたと思われる。
逆に、1990年代以降は、それまでに労災保険財政方式とそれに基づく労災保険率の定期見直しの仕組みが基本的に確立するとともに、1992年度以降は労災保険率が一貫して引き下げられていることから、露骨に労災保険率引き上げと抱き合わせで使用者側の法改正要望を受け入れる必要がなくなったということが言えるかもしれない。
1988年8月の労働基準法研究会(災害補償関係)中間報告は、かなり使用者側寄りの抜本的な法改正の実現とともに、労災保険審議会の運営を、事前の専門家検討会報告に基づいた審議・決定というスタイルに変えようという目的ももっていたかもしれない。この路線はただちには実現することができなかったが、2001年に労災保険審議会は労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会に移行した。
労災保険審議会から労災保険部会に移行してからは、会議自体や関係資料の公開等が大きく進んだ一方で、労使の主体的な法改正要望がかえって見えにくくなっているようにも思われる。
厚生労働省が選択した課題について、専門家研究会で検討された報告書が、労災保険部会で審議されて法改正へという運営が一般的になっている。
また、規制改革、行政改革、働き方改革等に係る政府の方針から影響を受ける場面も増えているが、そのなかでメリット制が拡大されている事実もみすごすことができない。例えば、規制改革からはじまった2004年の労災保険料率の設定に関する検討会が、「事業主団体の一部から要望がある」からという理由を付けてメリット制の拡大も取り上げるに至るなど、「水面下での使用者側の働きかけ」がうかがわれるものの、労災保険部会の資料ではわからないことも問題である。
この間のメリット制の拡大は、労働災害防止に資する効果が検証されていないことはもとより、抱き合わせで労災保険率の引き上げを事業主に受け入れてもらうことを意図したものでもない。
使用者側から提起されていまも実現していない主な問題は、①事業主の不服申立制度の創設、②労災保険給付と民事損害賠償との完全調整、③労災年金と社会保険年金との調整、などである。保険料認定を通じた事業主の不服申立を認める厚生労働省の動きを知ったときには、かつての亡霊が蘇ったのかとさえ思ったものであるが、この際、そのような動きの元凶ともいえるメリット制そのものを廃止すべきである。

安全センター情報2023年4月号