アスベスト:取り除くべき時限爆弾トニー・ムス(ETUI(欧州労働組合研究所)), HesaMag, Spring 2023
欧州連合では2005年以降アスベストは禁止されているが、この発がん物質はいまだに欧州中の何百万もの建物に存在し、労働者及び一般住民の健康に大きな脅威をもたらしている。労働者はとりわけ、アスベストを含む建物で作業をする場合に曝露し、そのリスクは建物が次第に劣化するにつれて高まるばかりである。気候危機の観点から欧州連合は最近、建物の大規模なエネルギー効率改修計画に着手した。将来の世代で新たな被害者の波を避けたいのであれば、欧州及び各国当局は正面からアスベスト除去の問題に取り組まなければならない。
それは100年以上前から知られていた:アスベストはきわめて有害な物質である。アスベスト繊維を吸入すると、石綿肺や中皮腫、肺がん、喉頭がん、卵巣がんなどの様々ながんを引き起こす可能性がある。これらの病気にかかるリスクは吸入した繊維の数に応じて増加し、それ以下であれば健康に悪影響を及ばさないという曝露レベルは存在しない。ほとんどの場合、症状は20年から40年という長い潜伏期間を経て初めて発症し-これが専門家がアスベストは時限爆弾のようなものだと言う理由である。医学界は、アスベストに関連した死亡の最初の事例が診断・記録された20世紀初頭から、この物質の有害な影響を認識していた。こうした知見にもかかわらず、アスベストが使用され続けたのは、主にアスベスト推進ロビーが、曝露に伴うリスクを軽視し、肝心な情報が科学文献や一般紙で発表されないようにするために行ったスキャンダラスな努力のためである。疑いが持続する限り、世論からの圧力も、彼らの利益を食いつぶすような法律も制定されないことを、不正直な産業家たちはよく知っているのである。
アスベストの使用は第二次世界大戦後にピークに達し、工業及び建設でかつてなく増え続ける数の製品に、かつてなく増え続ける量で採用された。そのコストの低さと引っ張りだこの化学的・物理的特性(高い拡張強度、高温への耐性、電気絶縁性)が、きわめて多様な用途-断熱材(パイプやボイラー用)、防火壁や天井、ケーブルの電気絶縁、列車や船舶、アスベストセメントを使った配管、雨どい、煙突パイプ、換気ダクト、ガーデン家具、プランター、装飾品の製造など-におけるその使用の急成長に貢献した。第二次世界大戦以降、EUにおいて200万から400万の人々がアスベストに曝露した後に死亡したと推定されているが、その大多数はアスベスト労働者であった。
4つの被害者の波
多くの欧州におけるアスベストへの人間の曝露の疫学的な「波」を確認することができる。第1の波は、鉱山労働者とアスベスト産業労働者で構成された。第2の波は、大工、配管工、電気技師、自動車整備士、アスベスト含有物質を扱う仕事に従事したその他の人々から成っている。第3の波は、改修、改築やアスベスト除去に携わるすべての労働者だった。EUは、働いていたり住んでいる建物や、働いていたり住んでいる場所の近くの建物で、経年劣化したアスベストに曝露した人々の第4の波を経験するだろう。曝露からアスベスト関連疾患発症までの潜伏期間が非常に長いために、これらの様々な波は重なり合っている。また、ほとんどのアスベスト被害者の曝露歴は記録されていないため、各々の波に関連した死亡数を推定することは困難である。
実際には、欧州におけるアスベスト生産は1985年以降に、各国及び欧州の法令への最初の制限措置の導入のおかげで終了したので、今日われわれが見ているアスベスト関連がんはおそらく、主により最近の曝露である第3の波の結果であり、第1の波の最後と第2の波の終わりに近づいた部分が組み合わさっているものと判断することができる。また、職業曝露歴のない患者における中皮腫(ほぼアスベスト曝露によってのみ引き起こされるがん)の発症率の増加によって証明されるように、曝露の第4の波がもたらす結果も見えはじめている。
アスベストの製造・販売・使用はEUでは2005年に、またいくつかの加盟国ではそれよりもかなり早く、全面的に禁止されたが、アスベストに関連した疾病による死亡数はいまなお減少していない。アスベストに起因する肺がんと中皮腫は、EUで毎年約9万人の命を奪い続けており(表1参照)、死亡率は少なくとも10年または20年は増加し続けるだろう。念のため言っておくと、加盟国で認定されている職業がんの最大78%がアスベストと関連している。さらに、職業がんは回避可能であり、EUにおけるそのコストは年間2,700億から6,100億ユーロで、EUのGDPの1.8%から4.1%に達する。
EUグリーンディールとアスベスト:リスクか機会か?
EUでは、アスベストの全面禁止が施行される前に、2億2千万以上の建物が建設されており、現在の建物ストックの大きな部分がいまもこの発がん物質を含んでいる。気候危機の結果として、EUは温室効果ガスの排出量を削減する野心的な政策に取り組んでいる。欧州グリーンディール及び欧州のためのリノベーションウェーブ[改修の波]戦略を採用して、数百万の建物のオーバーホール、改修または取り壊しが予想されている。欧州委員会の目標は、2030年までにエネルギー効率改修の年率を倍増させることである。しかし、建設部門だけでも、すでに410万人から730万人の労働者がアスベストに曝露していることを忘れてはならない。この数字は、今後10年間、年4%ずつ増加に向かう。建設部門はEUで3番目に大きな産業部門であり、その労働者の10%は国境を越えて働く労働者であり、その大きな部分を自営業者が占めている。低賃金国からの臨時配属される労働者の割合は非常に高い。安全衛生基準違反の影響をとくに受けやすいこれらの労働者は、この致死的繊維の危険性を知らないことが多く、またほとんどの国では、情報キャンペーンや訓練、必要不可欠な安全対策が行われていない。
そのため、必要な対策が導入されない限り、建設部門を中心に、しかし消防士や廃棄物処理・リサイクルに携わる労働者など他の部門も含めた-全世代の労働者、及び、環境汚染を通じて一般市民が、アスベスト繊維に曝露するリスクの増加の対象になるだろう。アスベストへの人間の曝露の第3の波と第4の波を終わらせ、建設部門における公正で社会的に公平な移行を確保するためには、すべてのアスベストの安全な除去・廃棄のために、EUレベルで包括的な戦略と野心的な法令を確立することが緊急の課題である。
EU法令の改正
2022年9月に欧州委員会は、「アスベストのない未来に向けた取り組み」と題した通知と、労働におけるアスベストへの曝露に関連したリスクから労働者の保護に関する指令の改正案を発表した。労働におけるアスベスト指令のこの改正の目的は、2003年以来変更されていないすべての加盟国における最低要求事項である、職業曝露限界値(OEL)を引き下げることである。10万繊維/m3から1万繊維/m3に引き下げる提案であった。
この引き下げは、欧州における数百万人の曝露労働者の健康と安全のために適切な保護を提供するには、明らかに不十分である。オランダはさかのぼって2017年に、2,000繊維/m3という国内OELを採用し、欧州議会は2021年に採択した決議及びつい最近の労働におけるアスベスト指令の見直しに関する報告書のなかで、アスベストの欧州限界値を、現在の値よりも100倍低い、1,000繊維/m3に引き下げることを要求している。この一層厳しい限界値は、欧州の労働組合と保健専門家にも支持されている。[実際の改正内容については2023年12月号の下の記事参照]
しかし、限界値のみに焦点をあてるのは、アスベスト問題の大きさに対処するにはあまりにも狭すぎるアプローチである。欧州議会は正しい道を進んできた。より保護的なOELはもちろん、アスベスト曝露労働者のための最低限の訓練要求事項、アスベスト除去業者の認証、悪影響について閾値のないアスベストのような発がん物質については不適切な-アスベストへの「散発的曝露」及び「低強度曝露」という概念の削除、及び、封じ込めや囲い込みなど禁止されるべき、また、アスベストの安全な除去・廃棄を先延ばしするだけの代替技術の使用ではなく、アスベスト含有物質の除去を優先することなど、指令の文章へのその他の改善も提案している。
労働におけるアスベスト指令の条文以外にも、多くの加盟国がすでに、建物内のアスベストの存在に関する義務的スクリーニングや、アスベストを含んだ建物の公的登録の確立など、アスベスト曝露防止に役立つ措置を採用している。通知「アスベストのない未来に向けた取り組み」のなかで欧州委員会は、いまもアスベストを含む既存建物に関する利用可能な情報を改善するため、共同体レベルで同様の立法イニシアティブをとることを発表し、加盟国に対して、国内アスベスト除去戦略を準備するよう求めた。また、アスベストに起因する疾病の診断・治療を改善するための措置や、アスベスト廃棄物のより安全な管理のための措置の導入も見込んでいる。最後に、加盟国がこれらすべての措置を実行するのを支援するために、加盟国に対する大規模な資金援助も提案した。
現在、共同立法者によって検討中で、間もなく具体化するはずの労働におけるアスベスト指令の見直しを除けば、他のすべてはいまのところ発表にすぎず、実際にどのようなものが出てくるかは未知数である。いずれにせよ、現在及び将来にわたって、曝露するすべての人々(労働者、居住者、建物の利用者)と環境を保護するために、EU内のすべてのアスベストを安全に除去・廃棄するための、この包括的なEUレベルのアプローチを実施すべき時が来ている。この戦略は、アスベストに関連するすべての疾病の認定・補償、及び、問題の範囲の評価、関連費用、それらの費用を負担する者の詳細、適切な公的財政支援、詳細な実施スケジュールを含んだ、国内アスベスト除去計画の法的枠組みの確立を中心に据えるべきである。
EUは、アスベストの時限爆弾を一挙に鎮火させるチャンスを手にしている。いまこのチャンスをつかみ、グリーンディール、リノベーションウェーブ、そして欧州復興計画(次世代EU)がもたらす潜在的な相乗効果を利用しなければ、アスベストの致死的な遺産が次世代に引き継がれることになるだろう。
※https://www.etui.org/publications/time-act-asbestos
安全センター情報2024年3月号