【特集 アジア・ネットワーク】労働における心理社会的リスクに取り組む-NGOのアドボカシー活動-ICOH-WOPS & APA-PFAW 2023

国際産業保健学会-職場の組織と心理社会的要因科学委員会(ICOH-WOPS)とアジア太平洋仕事の心理社会的要因に関する学会(APA-PFAW)の合同学会が9月19~22日に日本(一橋大学一橋講堂)で開催され、22日午前中に「労働における心理社会的リスクに取り組む-NGOのアドボカシー活動」というシンポジウムが行われた。Joint Congress of ICOH-WOPS & APA-PFAW:https://hp3.jp/icoh-wops_apa-pfaw2023/

国立台湾大学公共衛生学院健康政策管理研究所長のチェン・ヤウェン(鄭雅文)教授が司会を務め、4本の報告が行われた(会議言語は英語)。

  1. 韓国労働安全衛生研究所(KILSH)ユ・チョンヒ氏「韓国における心理社会的リスクとしての過重労働とKILSHのアドボカシー活動」KILSH:https://sites.google.com/view/kilsh/home
  2. 台湾職業安全健康連線(OSHリンク)ホアン・チンチュン氏「労働における心理社会的リスクに取り組む-NGOのアドボカシー活動」Taiwan OSH Link:https://www.oshlink.org.tw/
  3. 全国安全センター・古谷杉郎氏「日本と世界における労働安全衛生NPOと心理社会的リスク」
  4. NPO法人POSSE・岩橋誠氏「職場でのハラスメントと優生思想による自殺の増加」

韓国のKILSH、台湾のOSHリンク、日本のPOSSEは共同で「過労死ウオッチ in 東アジア」(東亜過労監察)を運営し(https://sites.google.com/view/kwea/)、ANROEV2023の過労死セッションで発表も行っている(5本の発表で使用されたプレゼンテーションファイルも提供されている)。これを機会にインドネシアのSedane Labour Resource Centre(LIPS)も加わったということで、「東アジア」を「アジア」に変更したとのことである。

なお、本誌でも何度か紹介しているとおり、日本・韓国・台湾では、脳・心臓疾患と精神障害の労災認定件数等が毎年公表されている。

ここでは、古谷報告の内容を簡単に紹介する。

まず、世界の労働安全衛生NPOとして、アメリカのCOSHネットワーク、イギリスのハザーズ・キャンペーン、欧州ワークハザーズ・ネットワークや労災・公害被害者の権利のためのアジア・ネットワーク(ANROEV)等と、心理社会的リスクが世界的に共通の課題になっている(とくに欧州、また、ANROEVでは2019年と2023年の会議で過労死セッションがもたれている)状況を簡単に紹介。

日本における全国安全センターの取り組みは、①職業病認定における心理社会的リスクと、②心理社会的リスクの予防、を中心としてきた。

前者について、脳・心臓疾患の労災認定では、当初は、発症直前に災害・異常な出来事がなければ認められなかった状況から、「過重負荷」という概念が導入され、ずっと長時間労働が強調されてはいるものの、長時間労働の基準や評価期間が徐々に拡大されるとともに、長時間労働以外の心理社会的リスクも一定評価されるようになっている(2022年度には認定事例の33.5%を占めている)としたうえで、なお、長時間労働基準の改善と時間労働以外の心理社会的リスクもさらに強調されるべきだとした。

精神障害の労災認定では、ハラスメントによって認定される事例がもっとも多くなっていることを指摘、2011年に独立した分類になったセクシュアルハラスメントによるものは、2022年度に9.3%。2020年に追加されたパワーハラスメントは、20.7%。加えて、「対人関係」の分類のなかに、「同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」が含まれており、さらに2023年9月には、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」が新たに追加された。ただし、「具体的出来事」(ストレスフルイベント)のリストはまだ改善の余地があるし、ストレスフルイベント以外で心理社会的リスクを評価する方法も検討されるべきだとした。

心理社会的リスクの予防についても、この間のいくつかの経験を紹介しながら報告した。

2006~7年の「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入を阻止したキャンペーンは、労働における心理社会的リスクを悪化させる政策に反対する取り組みの具体的事例だった。全国過労死を考える家族の会は、この取り組みが2014年の過労死等防止対策推進法制定に結実した取り組みにつながったとしている。過労死等防止対策推進法の制定は非常に重要な進展だが、他方で、裁量労働制の拡大など、労働時間規制を緩和する試みが継続していることも事実である。

日本では、全国過労死を考える家族の会や過労死弁護団全国連絡会議のほか、全国安全センターのような労働安全衛生NPOや一部の労働組合も、被害者・家族の支援を行ってきたことも紹介。メディアの関心は、初めての認定事例や裁判などに向きがちだが、治療や職場復帰も被害者にとって重要であることも指摘した。

2015年には労働安全衛生法改正されて「ストレスチェック制度」が導入された。しかし、高ストレス者の面接指導が義務とされる一方で、集団ごとの分析は自主的な努力義務にとどまっている。

1998~2020年にセクハラ・マタハラ・ケアハラ・パワハラに対するハラスメント防止措置が法律で義務づけられた。しかし、一次予防と呼べるのは使用者の方針の明確化と周知・啓発だけで、他の措置は、ハラスメントが生じてしまってからの事後措置に関するもので、労働基準・労働安全衛生行政はいまだにハラスメント防止が自らの課題であると位置づけていない。

概して日本では、「心理社会的リスク」という言葉が一般的になっていないことに加えて、それが労働安全衛生法のもとで対処されるべき労働安全衛生リスクであると明確に定義されていない。さらに、リスクアセスメントは導入されたものの、「リスク管理のヒエラルキー」が徹底されておらず、一次予防がしばしば無視されてしまう。

結論として、一次予防を促進するために心理社会的リスクに取り組むための日本の法的和組みと実際的支援は不十分であり、われわれは、心理社会的リスクのリスクアセスメントと、その結果及び国際的に確立されたリスク管理のヒエラルキーに従った対策、そして心理社会的リスクの被害者とその家族の支援・エンパワーメントを促進している。

具体的な内容としては、労働安全衛生法令の抜本的改正やILO暴力・ハラスメント条約の批准等を要求していること。

また、例えば、コミュニティ・ユニオン全国ネットワークの毎年の全国交流集会で安全センターのスタッフがメンタルヘルス分科会の設定したり、自治労が2023年に発行した「カスタマーハラスメント予防・対応マニュアル」作成のための検討会のメンバーを努めるなど、労働組合の取り組みにも協力しているところである。

なお、古谷事務局長はこのセッション終了後すぐに羽田空港に移動して、ソウルでの源進研究所/緑色病院20周年行事に参加した。

安全センター情報2023年12月号