精神障害労災認定基準専門検討会第12回検討会「論点」等に関する意見書:2023年5月17日/全国労働安全衛生センター連絡会議・同メンタルヘルス・ハラスメント対策局

私たち全国労働安全衛生センター連絡会議は、労働者の立場に立って、長年にわたり労働災害や職業病に関する相談・支援にあたってきた団体や個人の全国ネットワークです。

現在開催されている「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」について、『第12回における論点』およびその別紙1~3の資料(2023年3月6日配布)など、これまでの検討会の検討状況を踏まえ、被災労働者の支援に長年取り組んできた立場から、以下のとおり意見を申し述べます。

1 専門医(地方労災医員)の実務的役割について

第12回検討会の「これまでの議論の整理」(別紙3)を踏まえると、労災認定における専門医の医学的判断が必要となる事例がより一層増えることが予想される。精神医学において、本人・関係者とまったく面談することなく、かつ主治医との直接のやりとりもない状況で、適切な医学的判断を行うことは極めて困難であり、臨床的なリスクも伴う。

したがって現実的には、①主治医に意見を重ねて求めるなどして、その意見を尊重すること、②それでも判断が難しい場合は、専門医が主治医と直接的なやり取りを行った上で判断する仕組みにするべきである。この点、労災認定実務において、整形外科等の分野で行われている受診命令も現実的ではないので、やはり専門医と主治医との直接的なやり取りを行う仕組みを導入すべきである。

2 「療養および治癒」について

第12回検討会の「これまでの議論の整理」(別紙3)では、依然として「4 療養および治癒」の項目で、「うつ病の経過は、未治療の場合、6か月~2年続く」「適応障害の症状の持続は通常6か月を超えず」「遷延性抑うつ反応については、持続は2年を超えない」など、療養期間に関する記述が残されている。また、症状固定についても、「療養開始から1年6か月~3年経過した時点で、症状固定の有無等に係る医学的判断を求め」などの記述が維持されている。

当連絡会議が本年1月30日付の貴検討会宛ての意見書で述べたとおり、これまでの検討会の議論において、長期療養者の状況について十分な知見の収集や検討などは行われていない。丁寧かつ慎重な分析・検討なしに、唐突にこのような提案がなされ議論が進むことそのものが極めて不適切である。

そもそも、労災認定で判断した傷病名のみで治療期間や給付期間の目安を決めることは、現場の医療機関の診断と異なる傷病名によって療養期間を制約しかねない危険があり、被災者にとっても医療機関にとっても治療の妨げでしかない。今回の記述は、被災者が安心して療養できる環境を妨げ、労災の不当な早期打ち切りを誘発するだけでなく、場合によっては治療の中断、さらには被災者の自死を招く危険性すらある。

なお、精神障害を発症した労働者が、地域の精神科や心療内科のクリニックを受診しようとして、「当院は労災指定医療機関ではないので、休業補償も含め労災書類への協力はできません」とか、あるいはより直截に「労災の患者を診ることはできません」などと言われ、安心して受診できる医療機関がなかなか見つからないという現実に苦しむ事例が少なくない。「療養および治癒」について検討するのであれば、少なくとも、まずそうした精神科や心療内科の医療と労災被災者の現実をまず把握するべきである。

当連絡会議としては、今後予想される最終的な報告書において、治療期間や給付期間の目安につながる記述をすべて削除すること、そして、専門検討会が本来任務とする認定基準の議論に立ち返り、安易に長期療養者に関する議論を進めないよう、重ねて求めるものである。

3 労働時間の認定について

精神障害の労災認定において、事業主が労働時間の客観的な把握を怠っていた場合など、客観的な労働時間の記録が乏しい事案では、労働時間が過小評価される傾向が極めて強い。また、一般的に業務そのものや休憩などについて、労働者の裁量が大きければその心理的負荷は減少する傾向が強いと捉えられがちである。

しかし、そのような労働時間認定では、労働時間の把握という法的義務を怠り、「現場の労働者が労働者自身の勝手な判断で残業していた」などと主張する無責任で悪質な事業主ほど、長時間労働の責任から逃れやすくなる。そして、そうした悪質な事業主の下で働いていた労働者ほど、労働時間の認定で不利となり、労災認定を受けることが困難になるという、極めて理不尽な事態を招くことになる。実際に、当連絡会議では、日々の労災相談の中で、そうした不当な事例に数多く直面してきた。

また現実には、裁量労働制が適用された労働者ほど長時間労働で仕事の負荷が高いことが、労災認定事例を分析した労働政策研究・研修機構(JILPT)の「過重負荷による労災認定事案の研究その4」(2023年3月31日)などの調査から明らかになっている。

こうした点を踏まえ、被災者本人や家族による労働時間の主張について、それを明らかに否定する事業主の客観的な証拠がない限りは、すべて労働時間として評価すべきである。

4 複数の出来事の評価について

専門検討会の第5回配布資料『論点に関する労災補償状況出来事が複数認められる場合の全体評価等の状況』において、令和2年度の支給決定件数608件のうち、「心理的負荷を『中』と判断した出来事が2つ以上あり、全体評価を『強』と判断したもの」が66件あったと示されている。

専門検討会での議論では、この件数について、一部の委員から「現実にそんなことがたくさん起こるかという点に驚いています」という発言がなされている。しかし、被災労働者を支援してきた当連絡会議の経験からすると、この66件という数字はむしろ少ないと感じる。そもそも、当連絡会議の経験では、精神障害の労災相談のほとんどが、職場で複数の出来事に直面した結果として精神障害を発症したという事案である。

『出来事が複数認められる場合の全体評価等の状況』において示された数字では、「心理的負荷を『強』と判断した出来事が1つ以上あり、心理的負荷を『強』と判断したもの」が447件ある。また、不支給決定を含めた決定件数全体は1,906件となっている。これらの数字を総合すると、おそらく、職場で複数の出来事に直面した事案については、1,000件以上で不支給になっていると推定できる。そして、そうした多数の不支給決定がある中で、複数の『中』の出来事から全体評価を『強』と判断されたものがわずか66件ということになる。

つまり、単に66件という件数のみを見るのではなく、不支給決定を受けている事案において、複数の出来事に直面した事案が数多く含まれているという、労災認定の全体像を踏まえてもらいたい。そして、複数の出来事に直面した労働者の心理的負荷を過小評価せず、適切に労災認定につなげていく視点が必要である。

専門検討会の第12回配布資料『別紙2 複数の出来事の全体評価の考え方(たたき台)』において、「それぞれの出来事が時間的に近接・重複して生じている場合には、…(略)…全体評価はそれぞれの出来事の評価よりも強くなると考えられる」と記載されている。この点については、当連絡会議としても賛成である。

そのうえで、「時間的な近接・重複」について、出来事と出来事の間が空いていることのみで安易に判断せず、実際には出来事による業務への影響が続いていたり、心理的なダメージが長く回復できておらず出来事から受けた影響が重なり合っていたりするケースがあることも考慮して、適切に調査・判断するべきである。

複数の出来事について「時間的な近接・重複」があまりないことをもって、全体評価を「弱」ないし「中」と判断するような考え方は軽率であり誤っている。「複数の出来事の全体評価の考え方」において、その点への留意を記載するべきである。

5 『業務による心理的負荷表(たたき台)(別紙1)の記載について

① 「特別な出来事」の「心理的負荷が極度のもの」の項目での例示において、「極度の苦痛を伴う」を削除すべきである。苦痛を伴わない不治の病や恐怖を感じる傷病もある。少なくとも監督署職員は医師ではないので、その傷病の専門医ならびに精神科医に心理的負荷の強度を確認すべきである。

② 「特別な出来事」の「極度の長時間労働」の項目について、もう少し例示すべきである。例えば、「3週間120時間以上」だけではなく、「2週間のうち数日間の徹夜勤務」とか、「1週間に40時間を上回る時間外労働」など。また、認定の際の参考として、この項目に関する実際の認定事例を公表するか、少なくとも認定実務にあたる監督署職員に周知すべきである。

③ 「業務に関連し、悲惨な事故や災害の体験、目撃をした」の項目について。

「中」及び「強」である事例に「特に悲惨な事故」とあり、「強」である事例に「多量の出血を伴うような」の文言がある。これらの表現・文言により、事故に遭った人の身体が相当損なわれるような事故でなければ「強」としないという判断がしばしばなされてきた。
「強」の事例では、そのような見た目の悲惨さのみならず、死亡を伴う出来事の場合はすべて「強」とし、「人の死」に遭遇したこと事態を重視して、相当な心理的負荷ととらえること。特に、事故や自殺の第一発見者となった場合の負荷は大きく、考慮すること。少なくとも主治医や専門医にその心理的負荷を確認すべきである。また、「多量の出血を伴うような」の文言を削除すること。
「中」の事例では、「特に悲惨」の「特に」は削除し、身体の一部を切断したり、入院を要したり、重傷とされるケガを負えば対象とすること。あるいは、「悲惨な」の代わりに「重傷を負う」事故とすること。
また、「事故や災害の経験」について、「救助の可能性」や「被害者との関係」で心理的負荷の評価を変えることも極めて疑問である。「救助の可能性」は、請求人の資質によって大きく変わり得るし、「被害者との関係」も肉親など関係が密接ならば重く評価し、他人など関係が薄ければ軽く評価するというのであれば乱暴である。
カスタマーハラスメントの事例を見ても、ほとんど日ごろの人間関係がないような事例で、重大な心理的負荷が生じるケースも存在する。「事故や災害の経験」の評価においては、あくまでも業務遂行中の経験として、その事故や災害の経験の深刻さに基づいて、その心理的負荷の大きさを評価するべきである。

④ 「多額の損失を発生させるなど仕事上のミスをした」や「達成困難なノルマが課された・対応した・達成できなかった」の項目について。

「多額の損失」や「ノルマ」「業績目標」などの評価については、経済専門家や業界団体、同業他社などにきちんと意見を確認した上で評価を行うべきである。

⑤ 「退職を強要された」の項目について。

「突然の解雇通告」が「強」として評価されると例示されているが、現在の労使関係では「突然」の解雇は極めて稀である。また、そうした乱暴な解雇は、直ちに法的紛争に発展し、解雇無効の判断が法的になされることも少なくないため、労働者本人が精神障害を発症する前に問題が解決する事例も多い。むしろ、じわじわと退職を強要され、労使紛争が長期化する中で追い詰められ精神障害を発症する相談者が多いのが実態である。
「突然」という表現は、退職強要の被害実態を必ずしも踏まえておらず、「強」にあたる事例を大きく狭めてしまうため削除すべきである。

⑥ 「複数名で担当していた業務を1人で担当するようになった」という項目について。

「複数名で担当していた業務を1人で」という例示は、十分な支援なく少数の労働者に負担が集中していく中で精神障害を発症した、といった労働現場の実態を正確に表わす表現ではない。
「複数名で担当していた業務を半数以下の人数で」とか、「例えば10人で担当していた業務を5人で」など、「1人」に限らないことも加えるべきである。また、実際の認定事例について、認定実務にあたる監督署職員に周知すべきである。

⑦ 「ハラスメント」と「上司・同僚とのトラブル」の項目について。

両者の相違が極めてわかりにくい。毎年発表される労災認定のデータでも、請求時に被災者はハラスメントが原因と主張しているにもかかわらず、「上司ないし同僚とのトラブル」の項目で決定されている事例があまりにも多い。
心理的負荷表における「上司ないし同僚とのトラブル」は、あくまでも「業務を巡る方針等の考え方の相違」や「対立」が前提であることをより明確にし、認定実務にあたる監督署職員にもさらに周知徹底すべきである。
また、現実には、ハラスメントでもあり上司・同僚とのトラブルでもある、といった事例も多い。心理的負荷表においては、「心理的負荷の強度」で「ハラスメント」が「強」、「上司ないし同僚とのトラブル」が「中」と規定されるなど、その違いは大きい。そのような事例では、どちらか一方に該当させて評価するのではなく、両方に該当する出来事として、きちんと評価するよう明示すべきである。

⑧ 「セクシュアルハラスメント」の項目について。

セクシュアルハラスメントの心理的負荷の評価については、基本的に「強」とすべきである。とくに、「会社の適切かつ迅速な対応」がなされた場合に「中」と判断する例示は削除すべきである。なぜなら「適切な対応」で、加害者が異動したり処分されたりするなどして、ハラスメントの行為が精神障害の発病前に止まったとしても、性被害のトラウマは一生続くことも珍しくなく、その治療も容易ではないからである。たたき台の「会社の適切かつ迅速な対応」に関する例示は、セクシュアルハラスメントの実態を踏まえておらず、極めて問題である。
また、心理的負荷の評価にあたって、性被害者の精神的治療を行なっている専門医の意見を必ず聞くようにすべきである。

以上

※「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」、2021年12月7日から2023年3月7日までに12回開催。
配布資料、議事録等は以下に掲載されている。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_31621.html
全国安全センターが2022年4月28日及び同年9月15日に提出したの意見書を含めて、「団体からの意見要望」は検討会で配布されている。

安全センター情報2023年7月号