労働安全衛生法令策定のためサポートキット(2022.1.13 国際労働機関(ILO)から/02-3. 労働安全衛生法が適用される者は誰か?
この小節では、その適用範囲を定めるために、労働安全衛生[OSH]法の義務保持者と権利保持者を定義するために従うことのできるいくつかのアプローチについて議論する。
OSH法の適用範囲を決定する主要な要素は、義務保持者と権利保持者の定義である。主な義務保持者は、使用者またはビジネスを管理しているその他の者であるかもしれない。その他の主要な義務保持者には、労働者はもちろん、設計者、製造者、職場で使用される物質、機械及び設備の輸入者または供給者が含まれるかもしれない。OSH義務及び権利については、サポートキットのⅣで議論されている。
OSH管理を支える原則は、安全で健康的な労働条件を確保することである。安全で健康的な労働条件を確保することは、様々なアプローチや技術の混合を必要とするかもしれない複雑な努力である。政策立案者にとって、この問題を議論する場合、以下の質問を検討することが役立つかもしれない。
【検討課題】
-企業/人物にサービスを提供する人材派遣会社や下請け会社の労働者に対する当該企業/者の責任は何か?
-所有者/運営者は、自営労働者、派遣労働者や下請け労働者に対して、一般的な義務を負っているか?
-職場の所有者/運営者の責任は、当該職場で働く労働者の直接の使用者の義務とは異なるか?
-異なるとすれば、同じ職場で活動するすべての労働者が同じ危険性に直面するかもしれないのに、なぜそうなのか?
-許可された訪問者、招待者、顧客または敷地内にいる可能性のあるその他の人々に対する所有者/運営者の責任は何か?
-(誰が直接の雇用者であるかとは無関係に)職場で活動する場合に、労働者にはどのようなOSH責任があるか?彼らは、職場の所有者/運営者によって定められた安全規則を遵守する義務があるか?
-OSH法は、(主事業と下請け事業との間の商業関係など)労働関係以外の関係に対して適用されるべきか?
義務保持者は、個人(自然人)及び取締役、上級管理者並びにCEOなどの自然人によって管理される企業(法人)であるかもしれない。したがって、法人はその労働者、代理人及び管理者によってしか行動することができないから、(自然人に加えて)法人に対して、OSHの法的基準違反の責任を帰属させられる仕組みが存在していることを確保することが望ましい。例えば、法律は、義務保持者に言及する場合に、法人格をもつ組織に具体的に言及することができる。
【国の事例④】[省略]
伝統的に、義務保持者は、雇用関係を中心に定義されてきた。一方は使用者で、もう一方は当該使用者と雇用契約を結んだ者である。この仕組みは通常、労働法または労働法典によって採用され、OSH法はその定義に依存するかもしれない。
しかし、OSH法の適用範囲は、それが使用者と労働者だけでなく、職業上使用される機械、設備または物質の設計、製造、輸入、提供または移送をする者の責任も規制していることから、通常、労働法または労働法典の適用範囲よりも広い。
また、OSH法の適用範囲は、加盟国は、すべてのカテゴリーの労働者及び経済単位の適切な適用範囲及び保護を確保するために、国内法令またはその他の措置を採用、レビュー及び執行しなければならないと定めた、2005年のインフォーマル経済からフォーマルな経済への移行に関する勧告(第204号)を念頭において定義されるべきである。これは、OSH法が雇用関係を中心に構築される場合に、(雇用関係に入らない者を含め)すべてのカテゴリーの労働者のそのような適切な適用範囲及び保護をいかにして確保するかという疑問を生じさせる。第204号勧告は、とりわけ以下のような、インフォーマル経済の-企業、企業家及び世帯を含め-すべての労働者及び経済単位に適用される。
(a)以下を含めた経済単位を所有及び運営するインフォーマル経済の者
(i)自己会計労働者
(ii)使用者、及び
(iii)協同組合及び社会的・連帯経済単位のメンバー
(b)フォーマルまたはインフォーマル経済の経済単位で働いているかにかかわらず、貢献している家族労働者
(c)下請け及びサプライチェーン内の者を含めるがそれに限定されない、フォーマル企業内またはフォーマル企業のための、若しくはインフォーマル経済の経済単位内またはインフォーマル経済の経済単位のための、インフォーマルな仕事をもつ労働者、または家庭に雇われる有給家内労働者、及び
(d)未承認または未規制の雇用関係の労働者。
さらに、独立した労働者、請負業者及び下請け業者の使用を意味する労働力の断片化や-プロジェクト・タスクに基づく臨時雇い労働者、ギグエコノミーまたはプラットフォーム労働者、オンコール労働者、及び派遣労働者を含め-非標準的な形態の雇用の増加が、雇用関係にない場合、これらの労働者がOSH保護を享受できない状況を生じさせているかもしれない。
政策立案者が、OSH法の適用範囲を決定するのに雇用関係を用いることを決めた場合には、その雇用関係がどのようなものであるか定義することが重要になるだろう。この点に関して、2006年の雇用関係勧告(第198号)は、加盟国は、国内法令のなか、またはその他の手段によって、雇用関係の存在の具体的指標を定義する可能性を検討すべきであると勧告している。これは、加盟国が、使用者がある個人を、彼または彼女の労働者としての真の法的地位を隠すやり方で、労働者以外の者として扱う場合に生じる、いわゆる「偽装雇用関係」に対抗することができるようにする。例えば、事実上そのような労働者が雇用関係にある労働者とまったく同じ労働条件であるのに、自営業者としてサービス契約のもとで雇うことは、これらの労働者が受けるべき保護を奪うことである。さらなるガイダンスは、ILO「雇用関係:ILO第198号勧告の注釈付きガイド」(2007年)を参照されたい。
【役に立つツール・リソース】
ILOの研究「世界の非正規雇用:課題の理解と展望の形成」は、非正規な雇用形態の増加とそれが引き起こす課題を分析している。これらの雇用形態に関連するOSHリスクとして、傷害関連リスクと事故、メンタルヘルスとハラスメントのリスク、劣悪な労働条件とハザーズへの曝露、及び疲労の問題の4つのカテゴリーを確認している。
上にみたように、OSH法の適用範囲を定義するのに雇用関係を採用することは、多くの人々をOSHハザーズへの曝露から保護されないままにしてしまうかもしれず、一部の国は、以下に示すように、幅広い適用範囲を確保するために、別の立法テクニックを考え出している。
【政策オプション】
伝統的な雇用関係法を超えてOSH法の適用範囲を拡大するために各国が使用する立法テクニック
-「使用者」の代わりに、またはそれに加えて、新たな概念を採用する。
-当該使用者と雇用関係にない者を対象とするように使用者の義務を拡大する。
-伝統的な雇用関係を超えて「使用者」の定義を拡大する。
-共同責任を確立する。
-雇用関係にいる者に加えて、雇用関係にない者も含めるように「被用者」または「労働者」の定義を拡大する。
目次
3.1 「使用者」の代わりのまたはそれに加えた新たな概念の採用
一部の国は、OSH義務を成立させる前提条件として、雇用関係から脱却した義務保持者についての新たな概念を創設している。そのような国の例には、オーストラリア、ニュージーランド、ケニア、シンガポールが含まれる。
オーストラリアとニュージーランドでは、主な義務保持者は、「ビジネスまたは事業を行う者(PCBU)」として言及される。PCBUは、当該ビジネスまたは事業が利益または収益のために行われるかどうかに関わりなく、単独またはパートナーシップでビジネスを行う個人または組織(企業、パートナーシップ、学校、フランチャイズ、ビルダーまたは団体)と定義され、労働者との関係で義務を生じさせている。後者は、労働者が当該ビジネスまたは事業で働いている間、その労働を行うなかでの行動が当該PCBUにより影響を受ける、または指揮される労働者はもちろん、当該PCBUにより従事させられる、または従事させられることになる請負業者、下請け業者、派遣労働者及び屋外労働者を含め、非常に幅広い意味で定義され得る。
ケニアとシンガポールでは、「使用者」という概念に加えて、「占有者」という概念が創設されている。ケニアでは、占有者の概念は使用者の概念よりも広く、使用者を含む。シンガポールでは、「占有者」の用語は「使用者」の用語とは異なり、工場の登録を行う者や施設に責任をもつまたは管理する者を含む。
しかし、占有者も、使用者が別の者であることを証明しない限り、労働者の安全衛生に責任を負う使用者であるとみなされる。法律は、職場、機械及び道具が安全であることを確保する義務を含め、使用者ではない占有者に対して、多くの義務を想定している。占有者が使用者でもある場合には、法律が使用者に課している他のすべての義務にも責任を負うだろう。
【国の事例⑤】[省略]
3.2 当該使用者と雇用関係にない者を対象とする使用者の義務の拡大
ある国が、雇用関係に基づいて「使用者」という用語を定義した場合、雇用関係にはないが、その職場若しくは作業の道具または方法が使用者の管理または影響の下にある、他の労働者も対象とするために、使用者の義務または責任を拡大するかもしれない。
例えば、イギリスでは、1974年労働安全衛生法第3節が、「それによって影響を受けるかもしれない雇用[関係]にはない者が、それによって健康または安全に対するリスクに曝露させられないこと」を確保する義務を使用者及び自営業者に課している。これは、使用者のOSH義務を、(請負業者、派遣労働者及びボランティアなど)直接の雇用関係をもたないかもしれない労働者に対して拡大したものである。しかし、それはまた、他の幅広い人々(顧客、施設の占有者及びサービスの利用者)に対して負うべき義務を創設して、OSHの範囲を公衆安全の分野に拡大している。また、施設を利用する人々との関連で、当該施設を管理する他の者についての義務も創設している。
【国の事例⑥】[省略]
3.3 伝統的な雇用関係を越えた「使用者」の定義の拡大
このアプローチは、いくつかの国で様々なかたちで採用されている。国の事例⑦に示すように、シンガポールとスペインでは、法律が、派遣労働者を、法律が彼らの使用者であるとみなす、彼らがサービスを提供する者/企業の労働者であるように扱っている一方で、南アフリカ、カナダ・オンタリオでは、法律が「みなし」の慣行に従って、仮に雇用関係にない場合であっても、法律の目的のために、カテゴリーごとに使用者または労働者として扱われ得る。
【国の事例⑦】[省略]
3.4 共同責任の確立
各国は、法律によって、共同責任法理を確立することを選択するかもしれない。共同責任法理とは、相互に関連する様々な義務保持者がおり、それらの各々が、それらの義務の合計及びそれらが引き起こした損害の合計について完全に責任を負う状況をいう。共同責任原理の目的は、主たる義務保持者と相互関係のある他の主体が存在し、そのような相互関係が他の主体に違反の発生を防ぐことができるようにしている場合、原告がその権利の遵守を求め、遵守する意志のない、または遵守することのできない義務保持者から負債または補償の支払いを獲得することができるようにすることである。
共同責任法理は新しい概念ではなく、民法、商法及び財政法など、他の法律分野で適用されている。労働法においては、未払い賃金、社会保険料及び労働災害補償の回収のために、この法理の適用を想定した法的規定を国内法令に見出すことはまれではない。例えば、アルゼンチンの雇用契約法第20.744号第27条は、「企業に供給することを目的として第三者により雇用された労働者は、そのサービスを利用する当該企業の直接の労働者とみなされる。この場合(…)契約している第三者、及び、当該労働者がサービスを提供するまたは提供した企業は、当該雇用関係から生じるすべての義務及び関連する社会保障義務について共同で責任を負う」と規定している。
共同責任モデルは典型的には、主要使用者または事業に、それらのために仕事を行うが、公式には請負業者及びリクルート機関に雇用されている個々人(それゆえ当該主要使用者または事業とは雇用関係のない個々人)に対して、とりわけそれら労働者が主要使用者の施設で仕事をする場合に、共同して責任を負わせるために使用される。ここで、「主要使用者」とは、当該ビジネスを所有/当該仕事を作り出し、かかる仕事を遂行する労働者を提供する別の企業/機関と関与する者または事業を言う。労働者が、主要使用者または事業により直接雇用される者と同じOSH保護を享受できるようにするために、後者は、それら間接労働者のために安全で健康的な労働条件を提供する義務を負わされるかもしれない。したがって例えば、下請け業者の労働者が建設現場で労働災害に遭った場合、共同責任法理は、この労働者が、直接の使用者(下請け企業)、当該下請け業者と契約した主要使用者または事業、若しくは建設現場の所有者(不動産開発業者)を訴えることができるようにする。
【国の事例⑧】[省略]
3.5 雇用関係にいる者に加え雇用関係にない者も含める「被用者」または「労働者」の定義の拡大
上記(b)でみたように、使用者の注意義務は、直接の被用者または労働者を越えて、当該事業の活動によってその安全と健康が脅かされるかもしれない誰かを対象とするように拡大されるかもしれない。イギリスやシンガポールなど一部の国では、OSH法は、自営労働者、請負業者や下請け業者とそれらの労働者、派遣労働者、ボランティア、見習、研修生、インターンなど、当該使用者と直接雇用関係にないかもしれないが、当該使用者のために何らかの仕事をするかもしれない、他の個々人に対する使用者の義務に明確に言及している。
同じ目的を達成するために一部の国が用いている別の立法テクニックは、当該職場、作業の慣行または道具に責任を負う者(一人または複数)の管理下にある、雇用関係にある者に加えて、その他の者も含めるようにするために、労働者という用語を幅広く定義することである。これは、「労働者」の定義の範囲内に特定のカテゴリーの労働者を含めることによって、できる。図6[省略-被用者、自営業者、インターン・実習生・見習、派遣労働者、ボランティア、請負業者・下請け業者とそれらの労働者を挙げている]は、オーストラリア、ニュージーランド及びオンタリオ(カナダ)を含め、一部の国及び管轄区域において、「労働者」の定義に含められた様々な労働者を調べたものである。
【国の事例⑨】[省略]
【検討課題】
-上述の選択肢があなたの国でもつかもしれない長所と欠点についてブレインストーミングする?
-あなたの国の社会経済状況において、どの選択肢がもっとも適切だと考えるか?その理由は?
安全センター情報2022年6月号
ILO「労働安全衛生法令策定のためのサポートキット」目次
はじめに
- 包括的で予防に基づいたOSHマネジメントと法令の必要性/2. 国のOSHシステム/3. 労働安全衛生法令法令策定のためのサポートキット/4. 本サポートキットの使用方法/5. 用語集
01 OSH法令の進化:初期OSH法から現代的OSH枠組みへ
- はじめに/2. OSH法令の進化の概要/3. OSHに関する国際労働基準:OSH法令進化の里程標/4. OSH法令に対する現代の課題/5. 現代的なOSH枠組み
02 包括的OSH法の範囲と対象
- はじめに/2. 包括的OSH法の普遍性/3. OSH法が適用される者は誰か?/4. OSH法の義務はいつ、どこで適用されるか?/5. 「労働安全衛生」という用語の範囲は何か?
03 国のOSHシステムに関連した諸機関の義務とOSHガバナンス文書
- はじめに/2. OSH能力を有する諸機関を設立する際の主要な考慮事項/3. 国のOSHシステム内におけるのOSH諸機関の設立とOSH法によるその義務の定義/4. OSH能力を有する諸機関間の調整と協力/5. 主要なOSH管理文書:国の方針、計画及びプロファイル
04 OSH義務と権利
- はじめに/2. 使用者の一般的一次的なOSH義務/3. 使用者の具体的包括的なOSH義務/4. 使用者の特定のリスクまたは業種に基づいた義務/5. 職場で使用される物質、機械及び設備を設計、製造、輸入または供給する者のOSH義務/6. 労働者のOSH義務/7. 労働者のOSH権利
05 OSHに関する労働者代表
- はじめに/2. 労働者代表の機能、権利及び権限/3. 労働者代表の保護/4. 事業所におけるOSHに関する労働者代表/5. 事業所におけるOSH委員会/6. OSHに関する労働者の協議と参加のための一般的な仕組み
06 特定の脆弱な状態にある労働者を保護する規定
- はじめに/2. 労働における妊娠中及び授乳中の女性の保護/3. 障害を有する労働者の保護/4. 禁止される危険な労働のリストの提供を含めた若年労働者の保護/5. 壮年/高齢労働者の保護/6. 移住労働者の保護/7. 家事労働者の保護
07 労働衛生サービス
- はじめに/2. OSHサービスの概念と範囲/3. OSHサービスに関する国の政策/4. OSHサービスの組織化/5. OSHサービスの機能/6. OSHサービスから得られるデータの秘密厳守の使用/7. 運用の条件
08 OSH専門家
- はじめに/2. 役割、機能、職務/3. 教育と訓練/4. 専門的OSH訓練を提供する団体の認証/5. 証明/6. 継続的な専門能力開発/7. 法律で定められる倫理的要求事項/8. OSH専門家の責任/義務
09 データ収集システム:記録、通知及び統計
- はじめに/2. 記録と通知の法的側面/3. 記録と通知の基準:定義/4. 職業病リスト/5. 国のOSH統計の公表
10 OSH法令の執行
- はじめに/2. 労働監督官の任命/3. 労働監督官の機能/4. 労働監督官の権限/5. 機能及び権限の行使における労働監督官の保護/6. 労働監督官に適用される義務及び禁止事項
11 OSH関連違反と罰則
- はじめに/2. 違反:OSH法の規定の不遵守/3. OSH違反に対する罰則/4. 手続上の規則
12 法令起草技術
- 法令起草技術の原則/2. OSH法の構造/3. 補助的規定
Support Kit for Developing OSH Legislation ダウンロードページ
https://www.ilo.org/publications/support-kit-developing-occupational-safety-and-health-legislation
安全センター情報2022年6月号