審査請求で障害14級から12級に-コロナ禍理由の審査簡略化が要因-ブラジル人労働者の開放骨折労災/愛知

●製品選別台の下敷きに

ブラジル出身のOさん(53歳)は、2019年2月11日、所属していた製造請負会社から派遣された工揚での作業中、倒れてきた500~600kgほどの重さの自動車部品を載せたシューター(製回選別台)の下敷きに左下腿(左足のひざから足首までの部分)がなり、左脛骨腓骨開放骨折の大けがを負った。

倒れてきたシューターは、Oさんがクレーンを操作して回転バレルという処理治具から積んだ、トラックの座席部分に使用されるスプリングを満載していた。事故前、Oさんは、シューターに積んだスプリングを選別し、箱に詰める作業を行おうとしていた。

シューターが転倒した原因は、前日に工揚の係長がシューターの後脚の車輪2つを交換したことにより、後脚が前脚2本より長くなり、バランスが悪く倒れやすい状態になっていたからだった。スプリングを載せたシューターが突然倒れてきたとき、Oさんは両手でシューターを支えようとしたが、シューターの重みで転倒し、左下腿が下敷きになった。

事故直後のことについてOさんは、「救急車が来るまで40分くらいかかった。痛みがすごく、体全体の色が真っ黒になっていった。最初に薬を飲むまで7時間ずっと我慢していた」と証言している。

●3回の手術と大変な療養生活

事故後、Oさんは市立半田病院に救急搬送され、創外固定や創部の皮膚欠損に対する軟膏処置等の医療を受けた。また、事故から2週間後の2月25日には骨接合術が行われた。手術はそれぞれ4時間ほどかかった。大変だったのは10月8日に行われた8時間におよんだ3回目の手術だった。骨折部に入れていた金属を除去したりする手術だったが、4時間経過した頃から麻酔が効かなくなり、大変な痛みに耐えなければならなかった。医師に痛みを訴えたが、我慢してと言われた。事故直後の入院生活は38日間、3回目の手術後の入院期間は23日間におよんだ。

創外固定術は、手術で骨析をつなげられない粉砕骨折や、骨折部が感染しやすく直接に手術できない開放骨折、固定がしにくい関節部の骨折等に用いられる術式で、全身または局所麻酔施行のうえ、骨片にワイヤーやピンを体外から刺入して固定し、それらの支えとなる金属の支柱である創外固定器を装着させて長期にわたり骨を癒合させる治療方法である。外に創外固定器が露出するが、術後すぐにリハビリが開始できるうえ、感染創の治療に適しているなどの利点がある。

骨接合術は、観血的整復固定術ともいわれ、金属製のプレート、スクリユー、ピン、髄内釘やネジなどを用いて骨折部を直接固定させる。骨折部位が骨融合したあとは、これらの固定材は摘出されることが多い。

リハビリは自宅近くの日比野整形外科で、歩行訓練や足のマッサージ、電気を使ったリハビリなどが行われたが、一番辛かったのは歩行訓練で、腰や足の痛みに耐えなければならなかった。

Oさんはリハビリを続け、治療の継続を希望していたが、手術をしてくれだ半田病院の医師が退職し、新しく赴任した医師に代わったとたん、これ以上のことはもうできないと言われ症状固定とされることになり、2020年11月17日に終診となった。被災から1年9か月が経過していた。

●障害等級決定と審査請求

半田病院の医師診断書を添付し、半田労働基準監督署に障害補償給付の請求を行ったところ、2021年1月7日付けで障害等級第14級の9「局部に神経症状を残すもの」の決定を受けた。Oさんには、左足首が曲げられず、しゃがむことができなかったり、少し歩いだだけで左足が腫れて強い痛みがでるなどの障害が残っていた。Oさんは、第14級の障害等級決定を不服として、2月15日付けで愛知労働局の労災保険審査官に審査請求を行った。

審査請求に際し、Oさんが加入している労働組合、ユニオンみえの専従者、遠藤カルロスさんは「左足蓄が曲がらないことをしっかり審査官にアピールして」というアドバイスをした。Oさんは、労災保険審査官との面談が行われたときに、左足首の関節がしっかり曲がらないことを訴えた。Oさんのアピールは功を奏し、審査請求では鑑定医による対診が行われた。

愛知労災保険審査官は、10月27日付けで半田労基署がOさん対して決定した第14級の9の障害等級を取り消し、第12級の7「1下肢の3大関節中の1関節の機能に障害を残すものに認められる」との決定を下した。

原処分取り消しの理由は、審査請求時の愛知労働局の鑑定医が、あらためてOさんの足首の関節運動範囲(可動域)の測定を行い、左足首の関節が背屈(足首を甲側に曲げること)できない状態であることを確認したことと、Oさんの左足の脛骨と腓骨が遠位1/4(足首の少し上)で骨性癒合しており、左足首の関節の背屈を妨げている状態になっていることをX線写真で確認したからだった。

2021年3月にユニオンみえで筆者がOさんとお会いしたときは、500メートルほど多いただけで、指から骨が折れたところまでビリビリと感じ痺れるのと同時に、熱くなるのを感じることや、指から骨が折れたところまで赤く腫れ、刃物で刺されるような痛みを感じること。それでも、痛みの症状が出現しはじめてすぐに歩くのを止めたときは2時間ほどで症状がなくなりもとに戻るけれど、買い物に行きたくさん歩いた後は、さらに強くなった刃物で刺されるような痛みを骨が折れたところに長時間感じること、夜に痛みが出現すると一晩中痛く、眠ることができないことなど、後遺障害に苦労していることを話してくれた。

●コロナ禍で手続き簡略化

Oさんのケースで問題であったのは、半田労基署が決定するときに、労働局協力医によるX線写真の確認や、足首関節の司動域の測定を行わなかったことだった。これらの手順がなかったために、左足首関節の機能障害の見落としが発生した。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックがはじまる前、整形外科領域の障害等級の決定を行うときは、決定前に監督署で労働局協力医による対診による判定が行われていた。それが、現在では感染防止のため省略されている。筆者が電話で、現在の障害等級認定の手続きについて半田労基署労災課に聞い合わせたところ、「コロナ感染防止のため、現在では障害等級決定の手続きを簡略化しており、主治医の診断書に基づいて障害等級の決定を行っている」という答えが返ってきた。Oさんのケースについて、X線写真を労働局協力医に「見せていない。現在はそこまで行っていない。齟齬がない限り主治医の診断書に基づいて障害等級を決定している」とのことであった。

審査請求決定書から、別表のようなことがわかった。Oさんの手術をした半田病院のA医師は、Oさんの左足首関節の背屈について0度で曲がらないと認識しており、2020年9月14日付け診断書に記入していたし、リハビリに通っていた日比野整形外科の医師も0度と2020年9月3日付け診断書に記入していた。前述したとおり、審査請求時の労働局鑑定医も0度の測定をし、2021年9月22日付け鑑定書で報告している。なぜか、最初にOさんの手術を担当した半田病院のA医師が退職した後の後任のB医師が半田労基署に提出した、障害等級認定のための2020年11月24日付け診断書のみ、左足首関節の背屈について20度と記入され、異常なしとされていた。

半田労基署が誤った決定を行った原因は、この半田病院のB主治医診断書に基づいて決定が行なわれたからだった。悪いことに、Oさんが障害認定を受けた時期はコロナ禍で、障害認定の手続きが簡略化され、労働局協力医によるX線写真の確認や対診による可動域の測定が行われていなかった。

今回のケースからわかったのは、コロナ禍を理由とした簡略化された障害等級認定手続きでは見落としや誤認定が発生するということである。
Oさんは、「最初にもっとちゃんと調べてほしかった」とコメン卜している。

名古屋労災職業病研究会 機関誌「もくれん」より転載

安全センター情報2022年3月号