作業を人間に合わせる原則確認-梨状筋症候群を労災認定した画期的名古屋地裁判決/愛知

名古屋労災職業病研究会 会員/弁護士 田巻紘子

1 画期的な名古屋地裁判決

2021年11月24日、名古屋地裁民事第1部にて、蒲憲範(かぱさだのり)さんの右梨状筋症候群発症は労災である、と認める画期的な判決が言い渡された。

地裁判決は国から控訴されず、確定した。今後、多くの方に使っていただける意義ある判決なので、ご紹介させていだだく。

2 発症から提訴まで

蒲さんは、2004年2月にクレーン会社にクレーンオペレーターとして入社した。勤務先では、クレーンオペレーターごとに専用機種が割り当てられ、原則として、割り当てられた機種のクレーンに乗務することとされていた。蒲さんは2009年3月頃、K社製クレーン(「本件クレーン」と言う)を割り当てられた。本件クレーンは、ブームの折りたたみ段数が多く、そのぶん小回りのきくクレーンで、狭い道路を通らないといけない工事現揚や、狭い現揚で重宝されるクレーンだった。

ところが、本件クレーンには、他のクレーンとの決定的な違いがあった。通常の自走式クレーンは、クレーンのブームを伸ばすのに必要な油圧装置が運転席キャビンの下にある。これに対し、本件クレーンの油圧装置は運転席キャビンの後ろに設置されているのである。運転席キャビンの後方に油圧装置が置かれているため、運転席キャビンの前後長が短くなる。そのため、運転席を後方ヘずらすことが難しくなっていた。

運転席を後方ヘ十分にずらせないため、必然的に運転席とアクセルペダルの距離は短くなる。身長178cmの蒲さんが運転席に座ると、どうしてもペダルを踏む右ひざの角度が小さくなり(90度に近くなる)、右太ももが座席から浮き上がってしまうのである。

蒲さんは、本件クレーンが割り当てられた約1年6か月後から、右足の筋の緊張、頻繁なこむら返り、しびれなどが生じはじめた。そして、本件クレーン割り当てから約3年後の2012年4月中旬、突然の腰の激痛に襲われ、働くことができない状態となった。

蒲さんは、労災(療養補償給付)を申請したものの、豊橋労働基準監督署長は不支給処分を行い、審査請求、再審査請求でも不支給処分が取り消されることはなかった。どうしたら労災と認められるだろうかと、名古屋労災職業病研究会ヘ相談され、紹介をいただいて法律相談に来られた。提訴期限まで約1か月のときだった。

蒲さんからお話を聞き、労災の可能性が高いと思われるけれども、何をどう立証していけばよいのか、途方に暮れた。そこで、名古屋労災職業病研究会の紹介を得て、産業医であり人間工学*1の本邦における第一人者である宇土博医師*2を蒲さんに受診してもらい、業務起因性についての所見をお聞きした。宇土医師の所見は、不自然な作業姿勢による発症の可能性が高いというものだった。「よし、やろう」。

そこから7年。結審直前時期には裁判所から「当部でも有数の長期審理案件」と言われた裁判闘争のはじまりだった。

3 なぜ診断がつかなかったのか?

提訴時、蒲さんの症状は診断が確定していなかった。

訴状では、症状を「両下肢の疼痛及び腰臀部疼痛」として提訴し、審理途中で右梨状筋(りじょうきん)症候群及び筋筋膜性腰痛と特定した。いずれも骨の異常なくして痛みを生じるものである。裁判において、国は右梨状筋症候群との診断を争ったが、判決では、右梨状筋症候群を発症したと認定された。

蒲さんが長らく梨状筋症候群との診断断を受けることができなかったことには明確な理由がある。

その理由として、宇土医師は日本の整形外科診療において手術適用のある疾病の診断・治療が優先される現状を挙げる。蒲さんは、実は2012年4月の発症当初、腰椎椎間板ヘルニアと診断されていた。腰椎椎間板ヘルニアは、手術適用のある疾病の典型である。蒲さんも、発症直後にはヘルニア手術を予定されていた(手術直前になって、手術すべきヘルニアはないとされ、幸いにも手術は回避されたが、そのまま診断がすっとなされなかったのである)。

これに対し、梨状筋を手術対象とする整形外科医は多くなく、そのため梨状筋症候群であるのに診断されず、原因不明とされている症例が少なくないそうだ。蒲さんは慢性的な作業負荷によって梨状筋症候群を発症したが、交通事故によって外傷性の梨状筋症候群を発症することもある。その中には、診断がなされずに原因不明の症状とされてしまっている例も少なくないそうだ。

4 運転手の身長に応じて作業負荷が生じる

業務起因性の立証は蒲さんの執念によって成し遂げられた。

もっとも重要な立証は、宇土医師の全面的な指示・協力を得て行った比較対照実験である。蒲さんと同程度の身長で、腰痛をもたない被験者4名に、本件クレーンと通常のクレーンの双方に実車してもらい、ペダルを踏み込み、下肢症状等の変化を経時的に観察する実験を実施した。なんとしてもクレーンが原因だと明らかにしたい執念からの行動であった。

当職も比較対照実験に参加したが、現物を見れば、本件クレーンの運転痛キャビンの狭さ、アクセルペダル踏み込み時の右足の姿勢の不自然さは明らかだった。

「百聞は一見に如かず」とはまさに至言。また、その狭さ、姿勢の不自然さは身長の高さ(手足の長さ)に左右されることもわかった。身長160cmの私が本件クレーンに座っても、不自然な姿勢にはならないのである。

実験結果を踏まえ、2016年5月、宇土医師に、右梨状筋症候群発症は本件クレーン運転時の姿勢を原因としており、業務起因性があるとの報告書を作成してもらい、書証として提出した。この報告書は判決末尾に全文が添付されている。

報告書を提出したことで、裁判所は蒲さんの訴えと正面から向き合うようになった。だが、国は、右梨状筋症候群発症を争う姿勢も、業務起因性を争う姿勢も、変えなかった。比較対照実験まで行ったのだから早々に決着がつくのではないか、との期待も虚しく、国側からの反論、それへの再反論が続き、審理終結まで実験から約5年余を要した。

国側は、蒲さんの勤務先であったクレーン会社の協力を得て、本件クレーンの写真や動画を多数、書証として提出してきたが、最後まで比較対照機種へ実車した動画等の書証提出は行わ(行え)なかった。

また、審理終盤での国の反論は、「運転席座面の高さを上げれば運転席からアクセルペダルまでの距離が長くなるので、ペダル操作時の不自然な姿勢は回避できた」というものだった。しかし、運転席座面は高さを固定できる構造ではなかったうえ(一見上がるが、運転者が座ると沈み込む)、座面高さを上げるとクレーン操作に不可欠なレバー操作(左右それぞれ複数本のレバーを各片手で同時操作する)が行えなくなる作業上の矛盾を無視した、机上の空論だった。

審理においては、原告本人尋問に加え、裁判所を数度にわたり説得して宇土医師を鑑定証人として採用していただき、存分に証言をしていただいた。

5 地裁判決の骨子

地裁判決は、原告が右梨状筋症候群を発症したことを認め、蒲さんと同程度の身長の者がレバーの操作性を確保しながらペダルを踏むためには運転席座面は低く設定しなければならず、その場合には腰部に負担をかけ梨状筋周辺の坐骨神経を圧迫する姿勢となったことを認定した。
そして、腰痛に関する認定基準(昭和51年10月16日基発第750号)にのっとり、腰痛を起こす負傷又は疾病は多種多様であるので、症状の内容及び経過、作業状態、当該労働者の身体的条件等の客観的条件等を勘案して業務上外を認定すべきであること、腰部に負担のかかる業務に数年以上従事した後に発症することがあることを踏まえ、発症につき「極めて不自然ないし非整理的な姿勢で毎回数時間程度行う業務」または「長時間にわたって腰部の伸展を行うことのできない同一作業姿勢を持続して行う業務」に該当し、「腰部に過度の負担を与える不自然な作業姿勢により行う業務」(労働基準法施行規則別表第1の2第3号の2)であるとして、業務起因性を肯定した。

6 本件判決の意義

第1の意義は、診断も明確でなく、原因不明として済まされようとしていた蒲さんの症状について、診断を確定し(右裂状筋症候群)、発症機序を解明して、業務起因性を裁判所が認めたことである。その際、腰痛に関する認定基準を裁判所が適切に運用した点は、今後、腰痛・下肢障害に関する事案において大いに参考にされるべきと考える。他方で、原処分庁である労基署(国)においては、労基署段階で可能だったはずの原因究明のための調査を怠ったばかりか、訴訟に至ってからも原因解明の努力を怠ったと言わさるを得ない。本来、比較対照実験は被災者である労働者の負担によらず、国が行うべきものである。

第2の意義は、腰部に負担のかかる業務であると裁判所が認定するにあたり、蒲さんの身長を前提にレバーの操作性が確保できる状況をもって評価したことである。労働現揚で働く労働者は、身長、体格も多種多様。作業環境を整えることができ、かつ整える義務を負うのはもっぱら使用者である。労働者が勝手に作業環境を変えることは許されない。また、労働現揚である以上、操作性(作業の行いやすさ)は必須となる。所与の作業環境に労働者の身体を無理して合わせるのではなく、作業環境をこそ、多様な条件下にある労働者の身体に合わせるべきという大原則を確認した判決である。高身長の労働者が不適切な作業環境のために身体に支障を来す例は、オフィスでも現に生じている。本件地裁判決は、日本の作業環境設定の発想を、効率(画一性)優先から労働者(多様な人間)優先に変える大きな意義を有している。

*1 「Work smart, not hard」(スマートに働く)ための学問。作業方法、作業環境、労働者の生物学的特性や社会的特性、さらには企業活動の論理による作業負担を把握評価し、その軽減をめざす。参考文献ヒして『ワークデザイン』(公益財団法人労働科学研究所)。
*2 友和クリニック院長。産業保健、人間工学、福祉工学。前掲著の共同監訳者。

名古屋労災職業病研究会 会員/弁護士 田巻紘子

※本判決は厚生労働省(愛知労働局、豊橋労基署)は控訴せず、確定した。

名古屋労災職業病研究会 機関誌「もくれん」より転載

安全センター情報2022年4月号