労災(産災)による死亡は『正義』の問題であるー死を黙認した時代は去った 2021年6月23日 韓国の労災・安全衛生

パク・ヨンヒョン論説委員の直撃インタビュー|イ・サンユン労働健康連帯代表

労働健康連帯のイ・サンユン代表が18日午後ソウルのソウル革新パーク内の会議室でハンギョレとインタビューをしている。/キム・ミョンジン記者

利川市のクパン物流センター火災を契機に『クパン不買運動』が拡大している。相次ぐ過労死に続いて、大型火災まで生んだ劣悪な作業環境と、労働者の安全無視に対する怒りの表出だ。「殺人企業」という非難から「労働者が度々死ぬのなら、それはシステムの問題」という見方まで、市民の一言一言は的を得ている。平澤港のコンテナ事故で亡くなったイ・ソノさんの事件以後、産業災害による死亡事故を防がなければならないという声が、再び大きくなっている状況だ。

産業現場の安全、労働者の生命に対する市民意識の高揚は、「社会正義に対する基本観念」から発して、国民の態度は「今や、企業の安全・生命無視をこれ以上容認できないという、産業安全に対する新しい社会的な合意、新しい社会契約を要求する地平に達した」と、労働健康連帯のイ・サンユン代表は話す。

産業災害問題の根本的な解決法と原動力をどのように見付けるべきか、イ代表の話を聴いてみた。産災・職業病を専攻する医師のイ代表は、1999年のレジデントの時期から、市民運動を通して産災問題と闘ってきた。インタビューは18日、ソウル、恩平区のソウル革新パークにある労働健康連帯の事務室で行った。

-産業現場では一年に800人以上が事故で亡くなっています。殆どは、そのようなことがあったのかさえ知らないままに過ぎ去りますが、ある事件が国民的な公憤を呼びました。

一部の事例に限定されますが、産災死亡事故に対しての熱い関心と怒りが起きる土台には、人々が基本的に持つ正義の観念、共同体的に共有している社会正義に対する観念があると思います。『少なくとも、こんなことがあって良いのか?』『こんなのは話にもならない』という考えがあります。社会全体的にそのような共感帯は非常に広いのです。

―この頃の時代的な話題は、正義・公正ということです。

これこそ、真の正義の問題です。この社会が廻るようにするために、一部の人たちに危険を転嫁します。その方たちの犠牲を踏み台にして社会が動いています。利益は多くの人たちが享受しますが。このための犠牲は誰かに転嫁することが不正義と解釈され、こうしたことは容認できないという共感帯があるため、産災死亡が発生した時の怒りのエネルギーが強く現れることがあります。産災は不正義な韓国社会の一つの断面です。この問題を解決しなければ、正義を話すのは困難です。

―1月に国会を通過した『重大災害処罰などに関する法律』(重大災害処罰法)は不十分だという指摘が多いのですが、核心的に補完する点は何ですか?

 5人未満の事業場を適用対象から除外し、50人未満の事業場に適用を猶予したのも法が後退した点ですが、それよりもさらに重要なことがあります。この法の核心は、経営責任者の罪を立証し易くするということでした。殺人罪で処罰するためには、殺人の故意性を立証しなければならないように、産災死亡事故が起きた時も、経営責任者の故意を立証しなければ処罰できないのですが、それが現実には難しい。検察が積極的な立証努力をしなければ、法はあるだけになってしまいますが、今の検察の認識のレベルや構造を見ると、それを期待するのは難しい。そこで、立証責任の転換または緩和によって、特定の要件だけ揃えば、経営責任者に罪があるとする形の法を作ろうとしたのに、その条項がなくなったのが残念です。

―検察にも、産災事故を専門的に担当する部署や専門担当の検事を置くのが良いのではないですか?

検察内では公安部署が産災事件を担当しますが、公安部署は経済界に偏向した意識を持っています。以前から、公安部署が産災事件を担当するのは問題があると主張してきましたが、変わりませんでした。産災事件を扱うには、別途の専門性が必要です。外国では『企業犯罪』を専門的に扱う部署が産災事件を担当することもあります。産災が予防可能だったのに、必要な措置をせずに発生したということを立証するには、現場に関する理解が必要ですが、多くの検事は現場自体をよく知りません。

平澤港で働いていて事故で亡くなった20代の青年労働者・イ・ソノさんの両親が、19日平澤市の病院の葬儀場で行われた市民葬で、息子の遺影を見ながら涙を流している。/聯合ニュース

―『重大災害企業処罰法制定連帯』の執行委員長として重大災害処罰法の制定過程を見ながら、法制定が大変で、それさえも弱い形で通過した理由を何だと思いますか?

政治の地形が企業側に傾いているのは、固定の変数です。また、持続的な関心と大衆的なエネルギーを集めるべき労働組合と進歩政党が、その役割をできていません。産災で亡くなる人たちは、労組が代弁すべき組合員でないケースがはるかに多いのです。労組が多くの力量を注ぎ込むのが難しい構造が存在します。進歩政党も矮小化された状態です。韓国社会が政治の地平の限界を跳び越えて、真の改革や根本的な変化を成し遂げるには、持続的な市民の支持が必要です。

―処罰強化以外に、産災を画期的に減らすことができる方案には、他に何があるのでしょうか?

我が国の産災は後進国型です。四次産業革命時代の先端技術を利用して解決しなければならない問題でありません。技術的なレベルの解決方法はすべて出ています。それでも解決されないのは、優先順位が変わらないからです。色々な研究を見ると、産災死亡を減らすのに最も重要な変数は企業経営者の関心です。 二番目に政府の政策の優先順位が重要です。処罰の強化も、結局は処罰自体が目的というよりも、経営者に優先順位を高める必要性を確認させるためです。

―法制定も重要ですが、執行過程が徹底しなければ実効性が落ちます。現在の産業安全管理・監督体系上の問題点は何ですか?

専門性の不足です。行政高等試験の出身ではなくても、技師の資格証などを持っている専門性のある産業安全勤労監督官を特別に選抜することはありますが、少数に過ぎません。現場の人たちは勤労監督官を無視します。執行権限があるのでそれを恐れはしますが、本当は恐れていません。現場をよく知らないからいい加減だと見ています。一言で言うと現場では役に立ちません。

―韓国産業安全保健公団には専門性のある人材がいますが。

権限がありません。公団の運営財源は100%近く産災保険から出ています。事業主を監督・指導するというより、産災保険料を出した事業主に、安全に関連した技術的なサービスをする形です。問題を発見して正そうとしても、従わなければ、従わせる方法がありません。食品医薬品安全処・疾病管理庁のように、専門性のある官僚たちが権限を持って仕事をする枠組みが必要です。

―産業現場は非常に多様で、それぞれ個別的な特性があるので、現場密着型で管理・監督をするのは容易ではないようです。

専門性のある人材をたくさん集めても、事業場があまりにも多くて、100%管理する能力がありません。半導体のような先端産業は、その時その時で技術が変わるので、専門性を持っている官僚としても、聴いても理解できないケースが多いのです。政府がすべてできないことは、労働者たちと権限を分け合わなければなりません。ヨーロッパやカナダ、オーストラリアなど、外国には『安全保健代表制』といって、労働者が投票で安全担当要員を選出する制度があります。その要員は法的な監督権も持ち、『タイム・オフ』が適用されます。重大産災事故の大部分は、以前にも似たような事故が起きそうな状況があって、現場の労働者が予防装置を提案したのに無視されたあげく、起きてしまうという、典型的なパターンを持っています。キム・ヨンギュンさんの事故も、イ・ソノさんの事故もそうでした。大きな事故が起きる前には兆しがあるはずで、それは労働者が最も良く解っています。労働者の発言権・参加権を拡大して、危険要因に迅速に対処することが必要です。

―産災の原因が労働者の『安全不感症』にあるとか、産業安全規制を労働者が自ら嫌っているという話もたくさん流布しています。

そのような論理は、産業安全政策を展開しないというのと同じです。喫煙者はタバコを吸いたがるので、禁煙政策を展開しないようにしましょうと言っているようです。作業する人が失敗をすることもあります。それでも死亡に達らないようにするのが実質的な政策です。

―もう少し根本的な産災の原因として『危険の外注化』のような産業構造上の問題が指摘されます。

50人未満の事業場で産災死亡事故の大部分が発生していますが、一つ一つの事例を見ると、とんでもなく、とてもあきれるような事故です。高いところで作業するのに、手摺りや安全ネットなどの当然な安全装置の一つもなしで仕事をして墜落死する。そうするしか方法がない50人未満の事業場に行ってみると、ほとんどが限界企業です。安全問題はさておき、このような企業が倒産せずに運営されているということ自体が不思議なほどです。そのような企業が生産活動を維持できている理由は、多段階下請けで、その生産物が安く大企業に入るためです。大きな事業場内でも事故は頻繁にありますが、やはり危険作業は大企業が直接管理せずに、外注しています。このように、重労働の難しい作業は限界企業に任せ、利潤は上で吸い上げていく産業構造が一般化されているので、産災解決の見通しが暗くなったのです。外国でもみな外注をしていると言いますが、日本・ドイツの小規模事業場に行ってみると、安全措置が正しく行われていて、作業場もきれいで、大丈夫だという感じを受けます。だから労働者はそのような企業に行こうとします。政府が青年たちに中小企業に行けと言いますが、行けば怪我をして死ぬこともある。行かないのが合理的な選択です。安全に働けるだけの企業にした後で、行けと言わなければなりません。

―産災の監督と処罰が強化されれば、企業活動が困難になるという認識も、依然としてあります。

そのような論理はファクトで破ることができます。産業安全に投資を多くするほど生産性が高まる、という研究結果はたくさん出ています。安全に投資すれば、費用で埋没するのではなく、利益として還元されるということです。経済に悪影響という主張は、ファクトや論理の問題というよりもイデオロギーです。 韓国社会はあまりに、企業の弱音に反応し過ぎです。

イ・サンユン労働健康連帯代表が18日ソウル、恩平区のソウル革新パーク内の事務室で姿勢を正している。代表の右には2005年から2014年まで、10年間の最悪の殺人企業リストが書かれた掲示物がある。/キム・ミョンジン記者

―産災防止のためにはメディアの役割も重要なのではありませんか?

メディアも産災報道の優先順位を高めることが重要です。アメリカのハーバード大経営大学院から出た論文を見ると、産災に対して職業安全衛生管理局(OSHA)が報道資料を出した件数に比例して、実際の産災の現実が改善さていることが明らかになりました。報道資料を出すということは、政府が一種のサインを事業主に送ることで、メディアがこれを報道することは、社会がここに優先順位を置いているというサインになったのです。

―私たちより先に産業化を成し遂げた国々では、産災問題にどのように対処してきたのでしょうか?

西ヨーロッパでは1800年代末から1900年代の初めに多くの人が亡くなり、社会的にこれを容認できないという世論が起きて、色々な制度が作られる契機になりました。歴史学者の研究によれば、産災死亡問題に関する社会的な解決方案の摸索が、新しい国家の概念の形成に重要な契機として作用しました。国が市場・企業の行動に介入する社会国家の枠組みが用意されたということです。その後も、広範囲な社会的な論争を起こして、新しい社会的な合意として解決策を見つけ出していく過程を経ました。1970年代にイギリスで王立委員会が構成され、膨大な意見の取りまとめを経て『ロベンス報告書』を出したのが代表的です。この報告書を通して、産業安全体系に革命的な変化が生じました。私たちも産業安全を技術的な問題として接近するのではなく、政治的な議題として、社会集団間のぶつかりによって新しい社会契約を作る、政治的な過程として解決したら良いでしょう。

―私たちの社会もそのような段階に達したと見ますか?

私たちの社会のコンセンサスが移動していると思います。かつては、産災が今よりももっと深刻だったのですが、社会が容認しました。『こんな死は残念だが、経済発展のためには仕方がない』という暗黙の合意の下に社会が廻る体制でした。しかし、今はそのような社会的な合意が崩れました。私たち国民は、これ以上産災による死を容認したり無視できないという新しい社会的合意、社会契約を要求しています。これに企業と政府がついて行けずに遅滞している局面です。高まった市民意識、正義に対する感覚に相応しい『真のニューディール』をすべき時です。

―まもなく大統領選挙の局面が始まります。この問題に対する大統領候補の態度も重要なようです。

産災を極端な事例、一部の階層で発生する残念な事例として接近することは、問題解決の役に立ちません。既に国民が要求しているのはそのようなレベルではありません。喩えれば、人は具合が悪いと症状が現れますが、名医は症状を見て根本原因を見付けます。脚が腐る原因が癌のためであることもありますが、腐った部分だけを治療してしまえば、癌は消えてしまいます。産災死亡事故は、韓国社会が持っている深刻な不平等、その背後にある経済・産業構造の不条理を表わす一つの極端な症状です。その症状を解決するには、根本の問題を政治家たちが深く掘り下げる必要があります。これは正義に対する国民的な感受性が高まったことに伴う強烈な時代的な要求です。このような部分を深く考えて、政府と財界、労働界、市民が、社会契約の形で新しい枠組みを組むという考えで政策公約を出すことを望みます。

2021年6月23日 ハンギョレ新聞 パク・ヨンヒョン論説委員

https://www.hani.co.kr/arti/society/labor/1000495.html