複数事業労働者給付を創設、複数業務要因災害基準も整備へ-労災保険法改正 2020年7月

労災保険法改正と国会附帯決議

複数事業(副業・兼業)労働者に対する労働保険の対応について、労働政策審議会は、2019年12月23日に労働条件分科会報告「複数就業者に係る労災保険給付等について」建議し、同年12月20日に職業安定分科会雇用保険部会報告書も取りまとめた(2020年1・2月号参照)。
厚生労働省はこれらに基づいて雇用保険法等の一部を改正する法律案を第201回国会に提出し、2020年3月19日に衆議院可決、参議院でも3月31日に可決、成立した。

同法案は、雇用保険法、労災保険法、労働施策総合推進法、労働保険保険料徴収法、高年齢者雇用安定法、特別会計法を一部改正するものであるが、労災保険法の改正内容は以下のとおりである(要綱)。
1 目的の改正
事業主が同一人でない二以上の事業に使用される労働者(以下「複数事業労働者」という。)の二以上の事業の業務を要因とする事由による負傷、疾病、障害又は死亡に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、労働者の安全及び衛生の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを労働者災害補償保険の目的として追加するものとする。(第1条関係)
2 複数事業労働者に対する新たな保険給付の創設
業務災害に関する保険給付及び通勤災害に関する保険給付と並び、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする負傷、疾病、障害又は死亡に関する保険給付を創設するものとする。(第7条第1項第2号関係)
3 給付基礎日額の算定方法の特例
複数事業労働者の業務上の事由、複数事業労働者の二以上の事業の業務を要因とする事由又は複数事業労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡により保険給付を行う場合は、当該複数事業労働者を使用する事業ごとに算定した給付基礎日額に相当する額を合算した額を基礎として、厚生労働省令で定めるところによって政府が算定する額を給付基礎日額とするものとする。(第8条第3項関係)

衆参両院で附帯決議が採択されており、労災保険法改正に関連する項目は以下のとおりであった。
衆議院附帯決議
13 労災保険の複数事業者に係る改正事項を確実に実施するとともに、特別加入制度について、働き方が多様化し、雇用類似の働き方も拡大していることから、労働者に準じて保護することがふさわしいとみなされる者の加入促進を図るため、制度の周知・広報を積極的に行うこと。また、社会経済情勢の変化を踏まえ、その対象範囲や運用方法等について、適切かつ現代に合ったものとなるよう必要な見直しを行うこと。
参議院附帯決議
21 労災保険の複数事業者に係る改正事項を確実に実施するとともに、特別加入制度について、働き方が多様化し、雇用類似の働き方も拡大していることから、労働者に準じて保護することがふさわしいとみなされる者の加入促進を図るため、制度の周知・広報を積極的に行うこと。また、社会経済情勢の変化を踏まえ、その対象範囲や運用方法等について、適切かつ現代に合ったものとなるよう必要な見直しを行うこと。その際、今回の創業支援等措置により就業する者のうち、常態として労働者を使用しないで作業を行う者を特別加入制度の対象とすることについて検討すること。

改正法施行は2020年9月1日

6月1日に開催された第87回労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会で、改正労災保険法施行に向けた政省令の改正が審議された。
施行期日を定める政令案で、施行期日は2020年9月1日とされた。

関係政令の改正は、以下のとおり(要綱)。
① 労災保険法施行令の一部改正
複数事業労働者休業給付、複数事業労働者障害年金、複数事業労働者遺族年金及び複数事業労働者傷病年金について、同一の事由により支給される厚生年金保険法等に基づく年金たる給付との併給調整を行うため、所要の改正を行うものとする。
② 労働保険保険料徴収法施行令の一部改正
労災保険率の算定に当たって、労災保険率の算定の基礎となる保険給付に要する費用の予想額の算定の基礎となる事項に複数業務要因災害に関する保険給付の種類ごとの受給者数及び平均受給期間を加えるとともに、複数業務要因災害に係る災害率を考慮するものとする。
改正政令は、7月上旬に公布され、9月1日施行の予定である。

厚生労働省関係省令の改正については、以下のとおり(要綱)。
① 労災保険法施行規則の一部改正
1 複数事業労働者に類する者は、負傷、疾病、障害又は死亡の原因又は要因となる事由が生じた時点において事業主が同一人でないこ以上の事業に同時に使用されていた労働者とすることとする。
2 複数事業労働者における給付基礎日額の算定は、各事業場の給付基礎日額相当額を合算して得た給付基礎日額に給付基礎日額の例外である自動変更対象額並びに年齢階層別の最低限度額及び最高限度額の規定を適用するものとする。
3 複数事業労働者が保険給付の請求を行う際の請求書の必須記載事項に複数事業労働者である旨を追加することとする。
4 複数業務要因災害に係る保険給付の支給事由である疾病として、脳・心臓疾患、精神障害その他二以上の事業の業務を要因とすることが明らかな疾病とすることとする。
② 労働保険保険料徴収法施行規則の一部改正
複数事業労働者の業務災害に係る保険給付及び特別支給金並びに複数業務要因災害に係る保険給付及び特別支給金のうち業務災害が発生していない事業に係る賃金に基づく額が、労災保険のメリット制に影響しないよう、所要の規定の整備を行うこととする。
③ 労災保険特別支給金支給規則の一部改正
特別支給金について、労災保険において複数業務要因災害に係る保険給付及び第1の2が新設されたことに伴い、所要の規定の整備を行うこととする。
改正省令は、7月中旬に公布され、9月1日施行の予定である。

労災認定基準専門検討会

法改正のもととなった2019年12月23日労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会建議は、「複数就業者の認定の基礎となる負荷」の「認定方法」について、以下のようにした。
「複数就業先の業務上の負荷を総合して評価して労災認定する場合についても、労働者への過重負荷について定めた現行の認定基準の枠組みにより対応することが適当である。ただし、脳・心臓疾患、精神障害等の認定基準については、医学等の専門家の意見を聴いて、運用を開始することにも留意することが適当である。」
6月1日の労災保険部会では、関係する労災認定基準専門検討会において「医学等の専門家の意見を聴取する予定」と報告された。

6月4日に、第6回精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会が開催された。
ここでは、「主要論点(複数業務要因災害における精神障害の認定について)」として、以下が示されて議論が行われた。
(前提)
「複数業務要因災害に関する保険給付」からは、「業務災害に関する保険給付」が除かれているところであり、実際の労災請求事案の審査に当たっては、まず、業務災害に該当するか否かを判断した上で、これに該当しない場合に、複数業務要因災害として労災保険給付の対象となるか否かを判断していくこととなる。
1 認定基準の適用について
複数業務要因災害についても、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(平成23年12月26日付け基発1226第1号別添。以下「認定基準」という。)に基づき、心理的負荷を評価した上で、労災保険給付の対象となるか否かを判断することでよいか。
(認定要件)
> 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
> 当該精神障害の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
> 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと
・ 精神医学における精神障害の原因の判断に関する知見を踏まえ、複数業務要因災害においても、「業務」を「複数業務」と読み替えた上で、認定要件は上記のとおりと考えることでよいか。
・ 当該知見を踏まえ、心理的負荷の強度としては、単一事業場で心理的負荷を受けた場合と、(事業主が同一人でない)異なる事業場で心理的負荷を受けた場合で異なることはなく、複数業務による心理的負荷についても、認定基準に基づき、その強度を評価することでよいか。
2 複数業務による心理的負荷の評価(認定基準の運用)について
複数業務要因災害について、認定基準に基づき、これに該当するか否かを判断するに当たり、次のような点について、専門家の意見を踏まえて運用することが必要ではないか。
なお、単独の事業場においては業務による強い心理的負荷は認められなかったことを前提とする。
(1) 労働時間、労働日数に基づき心理的負荷を評価する場合の評価方法について、以下のように、異なる事業場における労働時間を通算して評価することでよいか。
(総合評価における「恒常的長時間労働」の取扱い)
・ 異なる事業場における労働時間を通算し、週40時間を超える労働時間数を時間外労働として評価した上で、総合評価における共通事項にいう「恒常的長時間労働が認められる場合」か否かを判断する。
(労働時間が主たる内容となる特別な出来事、具体的出来事の取扱い)
・ 異なる事業場における労働時間を通算し、週40時間を超える労働時間数を時間外労働として評価した上で、特別な出来事の「極度の長時間労働」又は具体的出来事の「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」、「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」への当てはめを検討する。
(労働日数が主たる内容となる具体的出来事の取扱い)
・ 異なる事業場における労働日を通算し、具体的出来事「2週間以上にわたって連続勤務を行った」への当てはめを検討する。
(2) 異なる事業場における業務による出来事を以下のように評価することでよいか。
・ 異なる事業場における業務による出来事に類似性がない場合(異なる「具体的出来事」に当てはめ評価する場合)、それぞれの事業場における業務による出来事を、それぞれ心理的負荷評価表の具体的出来事に当てはめ、その心理的負荷の強度を評価した上で、それらの出来事の数、各出来事の内容、各出来事の時間的な近接の程度を基に、その全体的な心理的負荷を評価する。
〔 A事業場の具体的出来事a(心理的負荷「中」又は「弱」)と
B事業場の具体的出来事b(心理的負荷「中」又は「弱」)の全体評価 〕
・ 異なる事業場における業務による出来事に類似性がある場合(同一の「具体的出来事」に当てはめ評価する場合)、一つの具体的出来事として、心理的負荷評価表に示された具体例に合致する場合はその強度で評価し、合致しない場合は「心理的負荷の総合評価の視点」及び「総合評価における共通事項」に基づき総合評価する。
〔 全体を、具体的出来事aとして総合評価(心理的負荷「強」、「中」又は「弱」) 〕

6月10日には第1脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会開催された(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_11780.html)。
ここでは、「主要論点(複数業務要因災害における脳・心臓疾患の認定について)」として、以下が示されて議論が行われた。
(前提)-前出と同内容
1 認定基準の適用について
複数業務要因災害においても、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」(平成13年12月12日付け基発第1063号別添。以下「認定基準」という。)に基づき、労災保険給付の対象となるか否かを判断することでよいか。
(認定要件)
次の(1)、(2)又は(3)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は、労働基準法施行規則別表第1の2第8号に該当する疾病として取り扱う。
(1) 発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という。)に遭遇したこと。
(2) 発症に近接した時期において、特に過重な業務(以下「短期間の過重業務」という。)に就労したこと。
(3) 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(以下「長期間の過重業務」という。)に就労したこと。
・ 過重負荷と脳・心臓疾患の発症との関係に関する医学的知見を踏まえ、複数業務要因災害においても、「業務」を「複数業務」と読み替えた上で、認定要件は上記のとおりと考えてよいか。
2 複数業務による過重負荷の評価(認定基準の運用)について
複数業務要因災害について、認定基準に基づき、これに該当するか否かを判断するに当たり、次のような点について、専門家の意見を踏まえて運用することが必要ではないか。
なお、単独の事業場においては業務による明らかな過重負荷は認められなかったことを前提とする。
(1) 「短期間の過重業務」及び「長期間の過重業務」について、労働時間を評価するに当たっては、異なる事業場における労働時間を通算して評価することでよいか。
・ 「短期間の過重業務」について、異なる事業場における労働時間を通算し、業務の過重性を評価することでよいか。
・ 「長期間の過重業務」について、異なる事業場における労働時間を通算し、週40時間を超える労働時間数を時間外労働時間数として、業務の過重性を評価することでよいか。
(2) 「短期間の過重業務」及び「長期間の過重業務」について、労働時間以外の負荷要因を評価するに当たり、異なる事業場における負荷を合わせて評価することでよいか。
(労働時間以外の負荷要因)
不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交替制勤務・深夜勤務、作業環境(温度環境、騒音、時差)、精神的緊張を伴う業務
(3) 「異常な出来事」については、これが認められる場合には、単独の事業場における業務災害に該当すると考えられることから、一般的には、異なる事業場における負荷を合わせて評価する問題は生じないと考えてよいか。
(異常な出来事)
ア 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
イ 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
ウ 急激で著しい作業環境の変化

今後、9月1日の改正法施行に向けて、労災認定上の取り扱いについて具体的に示される見込みである。なお、両専門検討会とも、複数業務要因の問題にとどまらず、引き続き労災認定基準の見直しを検討していくことになっている。

労災特別加入制度・労働時間管理

2019年12月23日労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会建議は、「その他運用に関する留意点」のひとつとして「特別加入制度の在り方」を取り上げ、以下のようにした。
「現在、働き方が多様化し、複数就業者数が増加するとともに、労働者以外の働き方で副業している者も一定数存在する。
また、特別加入制度創設時の昭和40年当時にはなかった新たな仕事(例えばIT関係など)が創設されるとともに、様々な科学技術の成果が、我々の生活の中に急速に浸透している。
このような社会経済情勢の変化も踏まえ、特別加入の対象範囲や運用方法等について、適切かつ現代に合った制度運用となるよう見直しを行う必要がある。」
前出の雇用保険法等改正案に係る衆議院及び参議院の附帯決議もこの問題を取り上げていた。
6月1日の労災保険部会では、「今後の議論の進め方」として、以下が示された。
【対象範囲の見直し】
・ 特別加入制度は、労働者に準じて労災保険により保護するにふさわしい者について、特に労災保険の加入を認める制度。
・ 社会経済情勢の変化を踏まえ、対象範囲の拡大について幅広く検討するべきではないか。
・ 対象範囲とすることについて需要があるものとして把握した業務を中心に、関係者にヒアリングする等により、その業務実態、災害発生の状況等を把握し、対象範囲の明確化や保険料率の設定等を行ってはどうか。
・ 見直しに当たっては、民業圧迫とならないよう、また、危害防止措置が徹底されるよう留意すべきではないか。
【制度の運用に係る見直し】
・ 上記の対象範囲の見直しを阻害するような運用方法を改め、より加入しやすい制度となるようにしてはどうか。
・ まずは、加入促進の観点から、特別加入団体の要件(地域要件など)を見直してはどうか。
厚生労働省は6月29日、「『労災保険制度における特別加入制度の対象範囲の拡大』を検討するにあたり、国民の皆さまからの提案・意見を募集します」と発表した。8月14日までが第1回の募集期間で、9月以降に第2回以降も予定しているという。労働政策審議会労働条件分科会労災保険部会における関連資料等も参考として示されている。

また、労働政策審議会労働条件分科会では、「副業・兼業の場合の労働時間管理の在り方について」の検討が続いている。