新型コロナ感染症を労災に!!

川本浩之(神奈川労災職業病センター事務局長)

新型コロナ感染症についてはさまざまな視点から様々な情報や主張があるが、当センターとしての重要課題の一つは「新型コロナ感染症を労災にすること」である。労働者に限らず、子供たちも含めた個人の努力は相当程度行われている中で、やはり職場における予防対策をはじめとした、使用者が果たすべき役割や責任を明確にするからである。
ちなみに現在の労災請求と認定件数は稿末の表の通りである。高齢者が多い、家族間の感染が多いなどと言われているとはいえ、感染者総数が1万6000人を超え、いくつかの病院や施設、救急隊員らの感染が報じられているにもかかわらず、あまりにも少ない。

アスベストやたばこの健康被害を教訓にしよう

例えばアスベスト疾患。1980年代に学校アスベストで社会問題化した当時、すでに製造工場での被害が激増していたにもかかわらず、その事実が大きく報じられることなく、アスベストを使用していた職場での被害は労災請求に至ることがほとんどなかった。8割が職業ばく露と言われていた中皮腫でさえ、「珍しい病気」として学会発表されることがあっても、労災認定されたり、それが報じられることはなかった。

ちなみに私が1990年代に初めてアスベスト相談で取り組んだ、アスベスト製品メーカー日本バルカー工業の退職者の中皮腫についても、ご遺族と主治医の先生に会った際に学会発表のスライドなどがきちんと整理されていたことを覚えている。当時、「日本のアスベスト労災のデータは全くあてにならない」ことが国際的な「常識」とまで言われていたのだ。最も使用量が多かったアスベストの一種である「クリソタイル」(=白石綿)をタイルの種類だと勘違いしていたのが、当時の厚労省交渉で出てきた担当者の認識だったことも忘れられない。

たばこについても同様である。今年の4月に改正健康増進法が施行されて、ようやく職場を含む屋内が原則禁煙となった。個人のし好品と決めつけられて、職場の安全衛生の課題としての認識は非常に低い。

とくに他人のたばこの煙を吸わされる受動喫煙については、さまざまな研究がなされてきた。職場での受動喫煙によって引き起こされる肺がんと心筋梗塞こうそくで、年間に男性1814人、女性1811人、合計3625人もの人命が失われているという推計もある。厚生労働省が発表する労働災害の死亡者数は、この間ずっと1000人を切っており、2019年は845人であるが、なんとそれの4倍近い。2017年の中皮腫(8割が職業ばく露)死亡者が1500人強であることを考えても、それの3倍にのぼる。ところが労災認定された人はゼロ、請求もないわけではないようだが極めて少ない

新型コロナ感染症の労災請求そのものが少ない

たしかにどこで感染したのかがわからないケースが多いと言われている。しかし、病院や施設で何人も感染しているのであれば、労災である可能性が極めて高い。もちろん医療費は公費であり、軽症で済んでいる方が多いので年次有給休暇等を選択することもあるかもしれない。精神疾患など認定が容易ではない職業性疾患と同様に、とりあえず労災請求することは何のデメリットもない。嫌がるとすれば使用者側だけである。

ちなみに公務員の公務災害申請はゼロである(5月18日時点)。すでに横浜市では2月に、クルーズ船の患者さんを搬送した救急隊員の感染が明らかになっていた。その後も横浜市消防局が、4月に2人、5月に1人の職員の感染を発表している。とくに5月の消防署職員は、5月2~3日の勤務で新型コロナ感染症患者の搬送を行っており、5月7日に発熱している。同時に発表された市職員全体の感染者数が8人であることを考えても、公務災害の可能性は極めて高い。にもかかわらず、申請はされていない。幸い重症化しておらず、賃金も100%補償されるからかもしれない。

死傷病報告書の未提出は法違反

仮に感染者が全く経済的なデメリットがないとしても、労災隠しは犯罪である。労働安全衛生法100条で、使用者は、4日以上休業が必要な労働災害について、遅滞なく労働基準監督署に死傷病報告書を提出しなければならない。あまり知られていないが地方自治体の現業職場等も同様である。

小田原市立病院では新型コロナ感染症への対策として、感染が判明するまでの疑似患者の受け入れを行っていた。4月28日に看護師1名の感染が明らかになったが、5月1日には看護師3名、看護補助員1名の感染も明らかになった。その後も検査の結果、5月9日段階で職員13人が陽性、その後も4人の看護師の陽性が確認されている(5月20日)。

小田原労働基準監督署に確認したところ、守秘義務があるので死傷病報告書が提出されているかどうかについては明言を避けて、労災であれば当然提出してもらわなければならないし、提出を促すという一般論にとどまった。労災請求については、全国の監督署に対して、本省が補償課職業病認定対策室に報告を求めているが、死傷病報告書についてはそういう指示は出ていないのかという質問に対して、今のところそういうものはないと答えた。

労災補償と予防対策は使用者と国の責任

緊急事態宣言が解除されたが、再び第二波、第三波が来る可能性が高い。その時にあわてないために、医療崩壊や救急崩壊、生活関連サービスの崩壊を防ぐためにも、まさに今のうちに、労災職業病としての正確な把握が極めて重要である。

また、医療従事者以外の労災はもっと知られていないし泣き寝入りは多いことが考えられる。労災請求されている中で、医療・介護関連以外の労働者が4分の1を占めていること、決定数も同様であることをどれだけの人たちが認識しているだろうか。集約している厚生労働省は、プライバシーへの配慮をしながら逐一記者発表すべきである。アスベスト労災と同じように、私/家族もそうかもしれないと言う自覚こそが、請求にもつながるはずである。

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