オーストラリア・2019~2023年アスベスト国家戦略計画:最終進捗報告(概要)/Asbestos and Silica Safety and Eradication Agency, Australia, 2025.4.22

アスベスト・シリカ・安全・根絶機関(ASSEA)は、国家戦略計画の策定、管轄区域における実施状況の監視・報告の調整、及び計画内で合意された様々な措置の実施を担当している。アスベストに関して、これらの戦略計画は、アスベストの啓発、特定、効果的な管理、優先順位付けされた除去及び処分の領域において、すべてのレベルの政府が協力して取り組むための段階的な枠組みを確立している。アスベスト国家戦略計画はまた、オーストラリアが世界的なアスベスト禁止運動をリードする国際的な役割も認識している。
本報告書では、2019~2023年アスベスト啓発・管理国家戦略計画(第2段階アスベスト国家戦略計画)[2020年3月号参照]の実施に関する最終的な進捗状況が報告されている。
本報告書は、州・準州政府及びオーストラリア政府(合わせて「管轄区域」という)から提供されたデータと情報、及びASSEAが実施した調査結果をもとに、2022年7月1日から2024年6月30日までの期間を対象として作成されている。
全体として、第2段階アスベスト国家戦略計画の5年間において、アスベスト管理において著しい改善がみられた。アスベスト国家戦略計画の間の移行期間中、共同でわれわれは揺るぎなくあり続け、2024年8月にオーストラリアのすべての政府によって「2024~2030年アスベスト国家戦略計画(第3段階アスベスト国家戦略計画)」[2024年8月号参照]が承認された。
この承認は、第3段階における優先事項の実施に関する全国的コミットメントを強化する。
継続的な協力関係がさらに強化され、オーストラリアにおけるアスベスト関連疾患の根絶という共通の目標のもとで、改善は間違いなく継続するだろう。
目次
進捗の要約
第2段階国家戦略計画における国家目標に対する進捗は、9つの目標のうち5つが満足に適切に進捗または実質的に達成されており、残る4つの目標については継続的な取り組みが必要であることが示されている。
進捗は、以下のキー([さらなる取り組みが必要]/[満足に進展または実質的に達成])を参考に、定性的に表している。
[過去と現在の進捗を比較するイメージが示されているが省略]さらなる取り組みが必要な場合、これはわれわれが直面する相互に関連した複雑な状況の反映である。これらの場合、第3段階アスベスト国家戦略計画において、持続的な取り組みが優先事項として位置付けられている。
【目標1】 ACM[アスベスト含有物質]の健康リスク及び情報入手先に関する認識の向上
[満足に進捗または実質的に達成]
アスベストの安全意識向上活動は、オーストラリアの地域社会においてより一貫性があり、定着した取り組みとなっている。各管轄区域がASSEAが作成した資材を採用したことにより、全国的なキャンペーンへの参加が拡大し、リスクの理解や情報入手先の認識が向上したことが、キャンペーン後の評価結果から明らかになっている。報告期間中に目標に掲げられた対象集団における改善の程度は、まだ具体的に測定されていないものの、意識が全体として満足に進捗してきたことを示す十分な証拠がある。今後の活動は、すべての優先事項において持続的な行動変容を促進することに焦点を当てる。
【目標2】 すべての政府が、公的に所有及び管理する建物、土壌及びインフラにおけるACMに関連したリスクの確認及び評価を終えている。
[さらなる取り組みが必要]
すべての政府は、所有または管理する不動産に含まれるアスベスト含有物質(ACM)に関連したリスクを確認及び評価してきた。しかし、この目標の測定は、政府が集中管理化及び電子化されたアスベスト登録、及び一貫したリスク等級付けをもっている程度に焦点を当てている。報告期間中にこれらの措置を満たしたのは9政府中3政府であり、一部の管轄区域については、さらなる取り組みが必要である。
【目標3】 すべての管轄区域が、公共建築物・インフラからACMのリスクに応じて優先順位付けされた安全な除去、及び当該物質の安全な除去のためのスケジュールとプロセスをもっている。
[さらなる取り組みが必要]
すべての政府は、リスクに応じてACMを撤去するプロセスをもってているが、ほとんどの部分について、これが政府全体でスケジュール化または優先順位付けされていない。ひとつの政府は、優先順位付けされた安全な撤去のための集中的スケジュールを策定しており、別のある政府は、分散型モデルのもとで政府機関が優先順位付けされた安全な撤去を実施できるよう資金を拠出する基金を設置している。著しい進展がみられたものの、すべての管轄区域でこの目標は達成されておらず、さらなる取り組みが必要である。
【目標4】 すべての規制機関が、アスベスト遵守計画を策定及び実施している。
[満足に進捗または実質的に達成]
遵守及び執行活動に関連した目標(目標4及び6)は実質的に達成されており、今後の取り組みは、遵守を支援及び向上させる方法に焦点が当てられるだろう。
【目標5】 法律によってアスベスト登録を維持することが義務付けられているすべての商業建物が、最新の登録及び管理計画を保有し、積極的に実施されている。
[さらなる取り組みが必要]
商業建物におけるアスベスト登録及び管理計画について実施されている管轄区域ごとの遵守計画は、これらが常に法律で義務づけられたとおりに実施されているわけではないことを示しており、さらなる取り組みが必要である。今後の取り組みは、遵守の支援及び、適切な場合にはインセンティブを通じたものを含め、リスクに基づき優先順位付けされたACM除去計画の策定に焦点を当てるだろう。
【目標6】 すべての規制機関が、違法な廃棄物処分予備輸入を含め、アスベスト関連法令の重大な既知の違反行為について調査、起訴及び処分を行っている。
[満足に進捗または実質的に達成]
遵守及び執行活動に関連した目標(目標4及び6)は実質的に達成されており、今後の取り組みは、執行措置の行動成果を向上させるための一貫性に焦点が当てられるだろう。
【目標7】 より容易かつ安価なアスベスト廃棄物の処分
[満足に進捗または実質的に達成]
アスベスト廃棄物の処分は、ほとんどの管轄区域でより安価になり、適切な場合には、政府の廃棄物課税が免除されている。また、一部の発生源からアスベスト廃棄物を受け入れる追加の廃棄物転送施設の設置を認めることで、より容易な処分が促進された。この目標は満足に進捗しており、今後の取り組みは、アスベスト廃棄物の移動全体における全国的一貫性に焦点を当てるだろう。
【目標8】 東南アジア及び太平洋地域におけるアスベストの製造及び使用の禁止措置に影響を与え、進展させた。
[さらなる取り組みが必要]
東南アジア及び太平洋地域という対象地域、並びに他の場所において、アスベスト禁止措置に影響を与える点でさらに進展があった。さらなる取り組みが必要であり、今後の焦点は、複数の国際協定への影響力を通じて、国際的な能力強化プログラムを支援し、誤情報・偽情報キャンペーンに対抗して、アスベスト産業への挑戦を継続することだろう。
【目標9】 アスベスト含有物質が住宅環境中に存在している可能性を評価する、証拠に基づいた全国的状況を把握する。
[達成し上回った]
この目標は、2021~2022年の報告期間に達成された。その後の年において実施されたさらなる取り組みは、追加データ及び改善された手法を用いてヒートマップを更新することによって、趣旨を拡大し、当初設定されたこの目標についての措置を上回った。今後の取り組みは、住宅におけるACMの確認の促進及びその安全な除去の支援に役立つための、ヒートマップの促進及び改善に焦点を当てるだろう。
目 次
進捗の要約[本稿の以上の部分]
1. はじめに
1.1 報告書の構成
1.2 アスベスト・シリカ・安全・根絶機関の調整の役割
1.3 管轄区域による実施
2. アスベスト関連疾患[※「目次」のあとに紹介]
2.1 オーストラリアのアスベスト関連疾患負荷を監視するためのデータ
2.2 アスベスト安全研究:低レベル・アスベスト曝露がもたらす現在のリスクの理解
2.3 アスベスト関連疾患に関する医学研究への資金提供
3. アスベストの啓蒙
3.1 アスベスト啓蒙キャンペーン
3.2 アスベスト認識及び行動に関する研究
3.3 ガイダンス資料
3.4 戦略的なステークホルダーのパートナーシップ
3.5 アスベスト啓蒙及び安全訓練
4. アスベストの確認、管理及び安全な除去
4.1 公共機関が所有及び管理する建物におけるアスベスト
4.2 商業職場におけるアスベスト
4.3 住宅環境におけるアスベスト
4.4 既存のアプローチを支援するための追加リソース
5. アスベスト廃棄物
5.1 アスベスト廃棄物データ
5.2 違法なアスベスト廃棄物処分
5.3 アスベスト廃棄物処分の簡素化及び安価化
6. 遵守及び執行
6.1 アスベスト遵守計画
6.2 アスベスト執行活動
6.3 アスベスト法・政策の変更
7. 国際協力及びリーダーシップ
7.1 現在のアスベスト採掘、製造及び使用
7.2 東南アジア及び太平洋地域におけるアスベスト禁止措置への影響付与
7.3 国際条約の改革
8. 第3段階アスベスト国家戦略計画
9. 付録
付録A アスベスト廃棄物の量
付録B 起訴事例
※https://www.asbestossafety.gov.au/sites/default/files/documents/2025-04/ANSP%20Final%20Progress%20Report%202022%20to%202024.pdf
2. アスベスト関連疾患
第2段階アスベスト国家戦略計画の全体的な目的は、オーストラリアにおけるアスベスト繊維への曝露を防止し、アスベスト関連疾患を根絶することである。
アスベスト関連疾患には、石綿肺、胸膜プラーク、中皮腫、及び肺、喉頭、卵巣のがんが含まれる。前回の進捗報告書では、当該期間中に公表された唯一の新たなデータである中皮腫症例に関するデータに言及した。それは、オーストラリア中皮腫登録(AMR)に記録されたデータに基づいた、オーストラリア保健福祉研究所(AIHW)の報告書「オーストラリアの中皮腫 2021年」から導き出されたものであった。中皮腫の毎年診断される中皮腫症例が過去40年間に着実に増加していることが指摘された。また、時間経過に伴う傾向から、中皮腫で死亡する女性の割合が増加しており、アスベストへの職業的及び非職業曝露の両方が寄与要因となっていることが示された。
職業及び非職業両方のソースによる、オーストラリアにおけるアスベスト遺産への曝露は、過去に職業曝露を通じて生じたものと比べて相対的に低いレベルで生じているものと一般的に受け入れられているものの、こうした低いレベルの曝露によって引き起こされる健康リスクを評価するためには、より多くの情報が必要である。
2022~23年度及び2023~24年度(FY)にASSE
Aは、過去の疾患根絶を目的とした取り組みの影響の評価を支援するとともに、現在及び将来の取り組みが証拠に基づいたものとなることを確保するために、オーストラリアにおけるアスベスト関連疾患発生率に関する最新のデータの監視を継続した。
ASSEAはまた、証拠のギャップを特定するとともに、さらに研究が必要な分野を優先順位付けし、アスベスト遺産による低レベル曝露によって引き起こされる現在のリスクをよりよく理解するために、専門家と協力し、証拠の予備的なレビューを実施した。
この期間中に実施された協働及び予備的なレビューの結果は、2024年末に開始されるさらなる研究の方向性を決定するうえで参考となった。この取り組みから得られる新たな証拠は、このリスクへの適切な対応に参考となり、また、さらなる曝露を防止するのに役立つ。
2.1 オーストラリアのアスベスト関連疾患 負荷を監視するためのデータ
オーストラリア中皮腫登録
AMR[オーストラリア中皮腫登録]は、AIHW[オーストラリア保健福祉研究所]によって毎年分析及び報告されるデータをもった、オーストラリアにおける中皮腫の発生率、死亡率及び生存に関するもっとも最新のデータソースである。
AIHWは2023年11月に「オーストラリアの中皮腫 2022年」を公表し、これには2023年6月1日までにAMRに通知された中皮腫症例についての発生率データを組み込んでいる。AMRのデータは、AMRの設立以前の1982年から2010年までの、全国死亡データベース及びオーストラリアがんデータベースからのデータによって補完されており、長期的な傾向の分析を可能にしている。
ハイライト
AIHWの報告書は、オーストラリアで毎年700人から800人が中皮腫と診断され続けていること、また、すべての年齢層において男性が女性よりも中皮腫と診断される可能性が高いことを確認しており、これは、男性が女性よりも過去のアスベストへの職業曝露がより多いことによるものと考えられる。
中皮腫は、他のがんと比べて生存率が非常に低い、進行性のがんであるが、診断後の平均生存期間は徐々に改善傾向にある。とりわけ、中皮腫罹患者の年齢調整後の1年相対生存率は、1990~1994年の29.7%(95%信頼区間[95%CI]26.8~32.6)から、48.5%(95%CI 46.9~50.1)に増加している。
トレンド
すべての中皮腫症例が診断された年中にAMRに報告されるわけではなく、そのため各年の症例数は報告が続く年ごとに増加し続ける。例えば、前回の進捗報告書では、2021年に診断された722件の中皮腫症例が2022年11月1日までにAMRに通知されたと記載したが、更新された「オーストラリアの中皮腫 2022年-データ表」は現在、この2021年の数値が2023年6月1日現在で785件に増加したことを示している。
2023年6月1日時点の最新のデータには以下の内容が含まれる。
- 2022年中に診断された中皮腫症例637件がAMRに通知されている-診断時の中央値年齢は77歳
- 2021年中に生じた中皮腫罹患者の死亡708件がAMRに通知されている-人口10万人当たり2.1人の死亡という率
「オーストラリアの中皮腫 2022年」で報告された長期的な疾患傾向は、男性と女性における年齢調整済み中皮腫診断率に一部変動を示し続けている。
過去40年間、男性と女性の両方について毎年診断される症例数が着実に増加してきたものの、2003年頃以降、男性の年齢標準化率は大幅に減少しており、女性の年齢標準化率はわずかに減少したにとどまっている。結果的に、この期間中に女性による中皮腫症例の割合は増加している(図1及び図2参照)。両図中の率は、2001年のオーストラリア標準人口に基づいて年齢調整されている。

曝露経路
AMRの主要な焦点のひとつは、進行中、または増加の可能性のある、より幅広い建築環境における遺産アスベストへの非職業曝露に起因する可能性のある中皮腫の発生率の変化を監視することである。AMRは、対象となる同意を得た患者から、郵便アンケートと電話インタビューを通じてアスベスト曝露情報を収集している。
AMRが実施した詳細な曝露評価から得られた証拠は、アスベストへの職業曝露と非職業曝露の両方が、報告された中皮腫症例の発生に対する潜在的な寄与要因としてあり続けていることを示している。さらに、男性では職業曝露が圧倒的に主要な関連曝露であるのに対し、女性では非職業曝露が主要な寄与要因として指摘されている。
職業曝露は、3つの職業分類-職人、水上運輸業、陸上運輸-内で評価され、そのうち職人の分類でもっとも高い曝露の割合が報告された。
「職人」分類の参加した人々において、2010年から2022年の間にアスベストへの「可能性のあるまたはおそらく」曝露が生じていたと評価された割合は以下のとおりである。
- 電気工事従事者の94%
- 建設工事従事者の90%
- 金属製造・加工従事者の90%
- 配管工/ガス工事従事者の86%
- 金属加工・旋盤工/工具製作者従事者の79%
2010年から2022年の間に「可能性のあるまたはおそらく」非職業曝露があったと評価された参加者において、曝露が生じていたと評価されたもっとも共通の状況は以下のとおりである。
- アスベスト製品を使用した大規模な住宅改修工事(有償労働を除く)(51%の人)
- 改修中の住宅に住んでいた(39%の人)
- 自動車のブレーキ/クラッチのメンテナンスを行った(有償労働を除く)(30%の人)
- アスベストに曝露する職業に従事し、粉じんを帯びて帰宅する誰かと同じ家に住んでいた(20%の人)
- 1947年から1987年の間に建設されたファイバーボード製の住宅に住んでいた(12%の人)
何らかのかたちの過去の曝露が検出された1,141人のうち、女性の93%が非職業曝露のみを報告したのに対して、男性では22%だった。男性では、職業曝露が圧倒的に主要な関連曝露であり続けている。男性の大多数は、職業曝露のみまたは職業曝露と非職業曝露を合わせもつパターンを示したのに対して、女性で同じ曝露パターンが認められたのはごく少数だった(表2参照)。

データの解釈
男性における中皮腫診断の年齢標準化率の減少(図1及び図2参照)は、職業アスベスト曝露によるリスクを管理することを目的とした過去の規制活動のポジティブな影響を反映しているかもしれない。これは、男性における過去5年間の中皮腫診断率の減少が、AMRの曝露評価(表2参照)で特定された主に過去の職業アスベスト曝露と一致しているためである。このような規制活動の健康効果は、疾患の発症までの長い潜伏期間のため、いまになってようやく明らかになりつつある。
中皮腫と診断される女性の割合が増加していること(図1及び図2参照)と、女性の大多数が職業曝露よりも過去の非職業曝露を報告していることを示したAMRの曝露評価データ(表2参照)を組み合わせると、非職業アスベスト曝露の潜在的な進行中のリスクを評価するための研究が必要であることが示唆される。これは、オーストラリアの女性が中皮腫と診断される率をさらに減少させるとともに、非職業環境での曝露によるアスベスト関連疾患の発症からすべてのオーストラリア人を防止することを目的とした、こうした種類の曝露に対する適切な管理を確保するだろう。
世界疾病負荷研究
曝露データの欠如を含め、データの不足が、われわれのアスベスト関連疾患の正確な診断能力に依然として影響を及ぼしているものの、世界疾病負荷研究を通じて報告されたデータを分析することによって、オーストラリアにおけるアスベスト関連疾患の総負荷の推計に言及することができる。その推計は、2024年5月にランセット誌に発表された2021年世界疾病負荷研究(GBD2021研究)でもっとも最近報告されている。
2019年世界疾病負荷研究(GBD2019研究)から得られたデータによると、2018年から2019年にかけてオーストラリアにおけるアスベスト関連疾患による死亡者数が約100人増加したとの推計が示されていたが、その時点ではそれ以降の推計は発表されていなかった。最新の研究では、オーストラリアにおけるアスベスト関連疾患による死亡数の推計は、2019年の約4,449人から2021年の約4,469人へと、より小さな増加が報告されている。
GBD2021研究のデータを用いて、1990年から2021年までの間、複数のリスク要因に関連した疾病の寄与負荷が推計された。2000年から2021年までの間に、障害調整生命年(DALYs)、すなわち病気、障害、または早期死亡により失われた年数、の変化で測定された世界的な健康課題において、顕著な変化が観察された。行動リスク(20.7%[95%CI 13.9~27.7]の減少)及び環境・職業リスク(22.0%[15.5~28.8] の減少)に起因する疾病負荷の顕著な世界的な減少が見られた一方、これと並行して、代謝リスクに起因するDALYsは49.4%(95%CI 42.3~56.9)の増加が見られ、これは世界規模での高齢化と生活様式の変化を反映している。これは、原因として(オーストラリアにおける歴史的なアスベスト曝露のような)職業リスクによるアスベスト関連疾患死亡の増加が比較的小さかった理由を説明しているかもしれない。
前述したとおり、2021年にアスベスト関連疾患により死亡したオーストラリア人は4,469人(95%不確実性区間[95%UI]3,550~5,310)だった(表3参照)。それらの死亡は、過去の職業性アスベスト曝露に起因するものであった。GBD研究では、非職業性アスベスト曝露は別途報告されていないが、アスベスト関連疾患による死亡の推計の一部は、非職業性曝露に関連している可能性がある。
オーストラリアのアスベスト関連疾患による死亡率は、人口10万人当たり約17人(95%UI 14~21)だった(男性では10万人当たり28人[95%UI 22~34]、女性では10万人当たり6人[95%UI 4~9])。これは、GBD2021研究に包含されたすべての国と地域のなかで、アスベスト関連疾患による死亡率で11番目に高い水準だった。
オーストラリアの死亡率は、アスベスト関連肺がんについても世界でもっとも高く(2019年に男性では10万人当たり死亡21[95%UI 16~27] 、女性では10万人当たり死亡4[95%UI 3~6])、中皮腫については世界第3位(人口10万人当たり死亡約3[95%UI 3~4])である。
GBD2021研究によると、アスベスト曝露に明確に起因するアスベスト関連疾患による死亡の推計割合は、卵巣がんで12%(95%UI 6~19)から、石綿肺で100%までにわたっている(表4参照)。
オーストラリアにおけるアスベスト関連疾患による死亡数は、1990年から2021年(GBD2021研究で対象となっている期間)にかけて、男性と女性の両方で増加した。オーストラリアでアスベスト関連疾患で死亡する者の大多数は男性であるが、データによると、女性のアスベスト関連疾患による死亡の割合は過去30年間に増加している(表5参照)。
がんの原因としてのアスベストに関する証拠のレビュー
ASSEAは、中皮腫、肺がん、卵巣がん及び喉頭がんに加えて他のがんの原因としてアスベストを確立するのに十分な証拠があるかどうかを含め、がんの原因としてのアスベストに関する、世界保健機関(WHO)国際がん研究機関(IARC)による証拠を継続的にレビューしてきた。
IARCは、そのモノグラフプログラムを通じて、幅広い因子の発がん性に関する科学的レビューと証拠の評価を行い、当該因子への曝露とヒトのがんとの間の因果関係を確立するための利用可能な証拠の強さを評価している。
アスベストの発がん性に関する最新の評価は、IARCのモノグラフ第100C巻「アスベスト(クリソタイル、アモサイト、クロシドライト、トレモライト、アクチノライト及びアンソフィライト)」によるもので、2012年に最終更新された。このモノグラフでは、すべての種類のアスベストががんを引き起こし、また、肺がん、中皮腫、卵巣がん及び喉頭がんを引き起こすことを確認する十分な証拠があることを確認した。
IARCは、このモノグラフにおいて、アスベスト曝露と咽頭がん、胃がん、及び結腸直腸がんとの関連性を観察したものの、証拠は限定的であり、それらのがんとの因果関係を確立するには不十分であると評価された。
IARCの諮問グループは、定期的に開催され、発がん性をめぐる最新の証拠をレビューし、既存のモノグラフの更新または新たなモノグラフの作成のための優先順位リストを確立している。2024年3月の直近の会議において、諮問グループは、アスベストの再評価が適切であり、2025年から2029年の間の最優先事項であると勧告した。この根拠は、前回の諮問グループレビュー以降、肺の外側の臓器や組織、とりわけ消化管における、アスベストとがんとの因果関係に関する証拠の強さが増加したことにある。また、消化管内での曝露の妥当性に関する証拠の強さも改善されている。
2.2 アスベスト安全研究:低レベル・アスベスト曝露がもたらす現在のリスクの理解
前回の進捗報告書で確認されているように、現在の証拠は、それを予防するための目標を絞った取り組みがなければ、オーストラリア人が職業上及び職業外のアスベスト遺産への曝露により、アスベスト関連疾患を発症し続ける可能性があることを示している。過去の職業曝露と比較して比較的低いレベルで発生する可能性がある、アスベスト遺産への曝露に関連した健康リスクを定量化及び管理する方法に関しては、依然として不確実性が残っている。
第2段階アスベスト国家戦略計画の期間中に、ASSEAは専門家との協力を継続し、証拠の予備的なレビューを実施して、低レベルアスベスト曝露に関連した健康リスクに関するより深い理解を確立してきた。これらの取り組みを通じて、ASSEAは、利用可能な証拠の多くが過去の職業曝露を参考に開発されたものであり、とりわけ累積的な低レベル曝露によるリスクの特性化と効果的な管理の実施のため、オーストラリアのデータをさらに収集する必要があることを確認してきた。さらに、あらゆる環境における曝露データの不足は、オーストラリアにおけるアスベスト関連疾患の正確な診断と報告を妨げており、効果的な公的政策の策定に重大な影響を及ぼしている。
疾患の帰属、アスベスト曝露限界、及び低レベル曝露の測定に関するいくつかの主要なテーマが浮上しており、以下で議論される。疾患の帰属に関するテーマについては、それがこの研究テーマの重要性をめぐる追加の文脈を提供することから、詳細な検討が開始されている。アスベスト曝露限界及び低レベル曝露の測定のテーマは、それらはASSEAが第3段階のアスベスト国家戦略計画において重点的に取り組む研究の対象となるため、要約のみが示される。
疾患の帰属

アスベスト関連疾患の適切な帰属と正確な診断に大きな影響を与えることから、アスベスト曝露レベルの評価が、低レベルアスベスト曝露のテーマに関連した重要な要因として浮上してきた。
オーストラリア及び国際的な文脈を対象とした、ASSEAの初期の証拠レビューでは、アスベスト曝露による健康影響の検出及び記録が、科学的、臨床的、公衆衛生、及び医事法的な観点から、アスベストと疾患の発症との関連性の正確な診断と帰属のために重要であることが明らかになった。これは、一部のアスベスト関連疾患が他の因子によっても引き起こされる可能性があるため、アスベスト曝露を唯一の要因として特定することが困難である点で、とりわけ重要である。
アスベスト関連疾患の認定、帰属、管理及び根絶を支援することを目的として、一連の専門家によるコンセンサス声明が時間をかけて策定されてきた。これらのコンセンサス声明の策定において、専門家は、アスベストへの短時間の低レベル曝露であっても中皮腫を引き起こす可能性があること、及び低レベルでの累積アスベスト曝露が肺がんを引き起こすのに十分である可能性があることを認めている。
国際的及びオーストラリアのコンセンサス声明では、曝露レベルの判定が疾患の帰属の判断における重要な要因であることが勧告されている。オーストラリアのコンセンサス声明ではまた、例えば職業曝露と非職業曝露、曝露レベルや曝露期間など曝露条件等、異なる疾患の背景に関する追加情報が必要であることが勧告されている。
アスベストが疾患の発症に起因するかどうかを適切に帰属させるためには、アスベストが原因として知られているまたは疑われている疾患を特定する証拠も影響を及ぼす。
アスベスト繊維への曝露は、石綿肺、胸膜プラークなどのアスベスト関連胸膜異常、中皮腫、肺がん、喉頭がん、卵巣がんを引き起こすことが知られている。表6に示すように、アスベスト以外にも、肺がん、卵巣がん、喉頭がんを引き起こすことが知られている他の因子が存在する。(中皮腫のもっとも一般的なタイプであえる)悪性胸膜中皮腫は、アスベスト曝露に直接起因し、アスベスト曝露はこの疾患の主要な原因として広く認められている。中皮腫と、イオン化放射線や鉱物エリオナイトなどの他の因子との間の因果関係を示す十分な証拠も蓄積されている。
前述のとおり、IARCが過去に行った証拠の評価では、アスベスト曝露と咽頭がん、胃がん、大腸がんの関連性のみが確認されているものの、IARCの諮問グループは最近、アスベスト曝露と肺以外の臓器及び組織、とりわけ消化管におけるがんとの因果関係を示す証拠が強化されたと発表した。したがって、現在確立されているものを超えるがんにおける因果関係の存在を支持するのに十分かどうか、証拠の再評価が今後5年以内に優先的に実施されることになった。その評価の結果によっては、表6に示された情報源である、ヒトにおける十分な証拠または限定的な証拠のあるがん部位別の分類リストも更新が必要となる可能性がある。
公的政策を改善するため、アスベスト曝露の健康影響のより大きな検出及び記録のための、疾患の帰属を改善する追加の研究が必要である。
アスベスト曝露限界
低レベルアスベスト曝露の定義は、現代のアスベスト曝露リスクに関するわれわれの理解を構築するうえでもきわめて重要である。図3は、現代のアスベスト曝露環境における潜在的な曝露源を示しており、それらはすべて低レベル曝露を引き起こす可能性があるが、必ずしも網羅的なものではない。
図3 低レベル曝露の潜在的な曝露源[省略]
解体/改修/違法アスベスト廃棄/災害・緊急事態/汚染地域
アスベスト関連疾患の発症リスクがない最低曝露閾値は存在しない。オーストラリア及び海外では、アスベスト曝露を管理し、職場における健康リスクを根絶または最小化するために、歴史的に様々な法律に基づき職業曝露基準が定められてきた。曝露基準は、ハザードの特定及び評価、所与の状況における量-反応評価、及び曝露評価から得られる情報を統合した人間健康リスク評価の結果を反映している。その後、様々な曝露についてリスクの定量的推計を行うため、リスクの特性化が行われる。生物学的変動その他の状況要因は、職業曝露基準未満でも有害な健康影響に寄与する可能性がある。
職業曝露基準を参照して、曝露限界は、所与の条件下で超えてはならないものとして合意された曝露の法的上限を確立する。それらは、健康的な環境と不健康な環境の境界線を確認するものではなく、また、一般人口にとって許容可能な曝露レベルを表すものともみなされていない。累積的な低レベルアスベスト曝露の影響に対するASSEAの今後の研究において、これは、労働安全衛生法及び環境保護法に基づき採用された現在のオーストラリアの曝露限界と同等またはそれ以下のレベルでの、職業上及び非職業上いずれの環境においても発生する可能性がある、アスベストへの曝露として広く定義されるだろう。
低レベル曝露の測定
最後に、証拠についてのASSEAの予備的審査では、既存のアスベスト曝露測定方法が、空気中アスベスト繊維の低濃度レベルに関する正確で信頼性の高いデータを単独で提供できない可能性があることが確認されており、これは、複数の方法の適用を通じて克服する必要があるかもしれない。
ASSEAは、検出限界を含め、オーストラリアにおける低レベルアスベスト曝露の測定に関する各種技術に関する標的を絞った研究を実施し、これらの方法の適用性を全国的な現場調査を通じて検証することを提案する。
現在の大気中汚染物質のモニタリングの標準的方法及び現在の職業曝露基準は、遺産アスベストにより様々な環境で発生する可能性のある低レベル曝露の調査における基準点を提供するだろう。
2.3 アスベスト関連疾患に関する医学研究への資金提供
ASSEAの業務範囲には、アスベスト関連疾患の医学的研究は含まれていない。しかし、以下の分析は、第3段階のアスベスト国家戦略計画においてすべての政府によって求められるであろう、今後の追跡のためのベースラインとして提供される。
オーストラリアにおけるがん研究資金
がん研究資金には、アスベスト関連疾患に関する研究資金が含まれる。オーストラリアのがん研究資金は、オーストラリア政府の主導的ながん対策機関であるCancer Australia(CA)により、3年ごとに監査が行われている。監査は、継続的な医療研究を含む研究資金配分の優先順位を決定するための根拠を提供することを目的としている。
第3回CA全国がん研究資金監査報告書「オーストラリアにおけるがん研究:2012年から2020年までのオーストラリアにおけるがん研究プロジェクト及びプログラムの資金配分に関する概要」(CA監査報告書)が、2023年1月に公表された。CA監査は、2012年から2020年までの期間におけるがん研究プロジェクト及びプログラムへの資金提供の全国的な傾向を概説し、2003年から2020年までの6つの3年間期間にわたる傾向分析も可能である。このデータはアスベスト国家戦略計画の過去の報告年度に関するものであるが、最近(現在の報告期間中に)公表されたため、今後のベンチマークのための意味のあるベースラインを提供する。
[以下省略-残念ながら中皮腫は肺がんの範疇に含まれるなど、アスベスト関連疾患に特化した情報は提供されていない。]
安全センター情報2025年7月号