中皮腫症例における因果関係の判定に肺線維レベルを使用することについてのヘルシンキ基準の批判/Triet Tran et al, Annals of Global Health, 2021.7.29

抄録

アスベストは、ヒトに対する発がん性物質として知られており、中皮腫の主な原因物質としても知られている。1997年に専門家グループが「ヘルシンキ基準」を策定し、中皮腫をアスベストに帰属させるための基準を確立した。この基準には、因果関係帰属のための2つの方法が含まれている。1)職業、家庭内、または環境における重大な曝露歴、及び/または、2)アスベストへの曝露の病理学的証拠である。2014年にヘルシンキ基準は更新されたが、これらの帰属基準は変更されなかった。しかし、1997年にヘルシンキ基準が初めて発表されて以来、一部の病理学者や細胞生物学者、その他の専門家は、肺のアスベスト負荷が「当該分析機関における中皮腫症例をアスベストへの曝露に帰属させるためのバックグラウンド範囲」を超過しない限り、曝露歴だけでは因果関係を立証できないと主張してきた。この慣行は、時間の経過によるクリアランス/転位が繊維負荷に与える影響を無視しており、これが、ヘルシンキ基準がアスベストへの曝露歴はアスベストへの因果関係の帰属を独自に立証するのに十分であると結論づけた理由の一部である。
ヘルシンキ基準を検討した結果、われわれは、バックグラウンドの肺組織の繊維レベルの定量的評価を確立できないことから、その方法論には致命的な欠陥があると結論づけた。ヘルシンキ基準の欠陥は、技術的及び実質的なものである。バックグラウンド・レベルを確立するための科学的根拠となった1995年の論文は、対照群と症例群における曝露を決定するために一貫性のない方法を用いていた。さらに、過去の対照群を現在の症例のバックグラウンド線維レベルを確立するために使用することはできない。なぜなら、アスベストへの環境曝露は時とともに減少しており、対照症例は現在の症例よりも数十年も前の症例だからである。走査型電子顕微鏡(SEM)の使用は、非互換性の問題をさらに複雑にした。適用されたSEMでは、蛇紋石アスベスト、角閃石アスベスト、タルクの違いを区別する上で、ATEMにおいて重要な識別方法である選択的エリア電子回折を行うことができないため、角閃石からタルクを区別することができない。

背景

ヘルシンキ基準を使って、数多くの顕微鏡専門家が、具体的な発生源からのアスベスト曝露が特定できない症例の剖検時に、肺からみつかった石綿小体及び繊維の数を計測し、これを「バックグラウンドレベル」と呼んでいる。彼らは、これらのレベルを、既知または疑わしい発生源から飛散した既知または疑わしいアスベストへの曝露がある労働者または傍観者における繊維計測と比較する。曝露事例はすべて、補償請求を行っているため、既知または疑わしい曝露をもつ。これらの顕微鏡専門家たちは、バックグラウンドレベルは、曝露に起因した症例の繊維計測よりも常に低いと推測している。その結果、病理学者は、肺の繊維/含鉄小体のレベルが過去の対照群におけるバックグラウンドレベルを下回っている場合には、申し立てられている曝露を中皮腫の原因として除外できると主張している。
Landriganと同僚ら、及びラマッツィーニ協会は、以前ヘルシンキ基準を批判した。ヘルシンキ基準委員会は、その報告書は「石綿繊維分析の方法について勧告を行なっていない」と回答した。さらに、ヘルシンキ・グループは、病理学的基準が、評価されていないひとつの分析機関の方法に基づいていることを認めた。しかし、ヘルシンキ・グループは、委員会の病理学的基準をその分析機関の繊維分析に基づくことによって、必然的にその分析機関の方法を支持した。その分析機関は、著者の一人(Roggli)がアスベスト製品製造会社の証人を務めた、アスベスト訴訟における発見の一部として、これらの主要な出版物のデータと方法論を作成した。法的手続の一環として、われわれの一人(MR[Mark Rigler])がその分析機関を視察し、その方法論を観察することを許可された。
これに対し、ヘルシンキ委員会は、「この基準は、実際には職歴がアスベストへの曝露を確立するための最善の方[pre-eminent]法と考えている」と主張した。しかし、訴訟においては、病理医らはこの忠告を無視し、繊維方法を因果関係帰属のための唯一の基準として使用すべきであると主張した。われわれは、新たに得られた情報を分析し、肺繊維計測を因果関係帰属のための唯一の基準として使用することの証拠及び妥当性を再評価した。さらに、ヘルシンキ基準を中皮腫の原因として繊維状タルクの帰属に対してまで拡大適用しようとする、同じグループによる最近の試みについてもレビューした。

方法

1997年及び2014年のヘルシンキ基準においてバックグラウンド曝露を確立するために用いられた方法論をレビューした。これらは、単一の分析機関による3つの出版物から採用されたものだった。われわれは、繊維計測をバックグラウンド曝露及び中皮腫の因果関係の予測因子として使用する能力に対する、患者の病歴及びルーチン並びに電子顕微鏡検査の影響を調査するために、Srebroと同僚らによる1995年の主要論文を用いた。論文では入手できない病歴及び分析機関における手慣行関する情報を入手するために、この論文で報告された中皮腫症例群と対照群の関連供述調書及び分析機関の記録をレビューした。さらに、タルクと中皮腫に関する最近の出版物における、1995年のバックグラウンド対照群のひとつの最近の適用についてもレビューした。

結果

ヘルシンキ基準の方法論の分析

1. バックグラウンド曝露の発生源

ほとんどの人口曝露は、直接または間接的に、設置及び除去中に製品から飛散したアスベストから生じる。労働者及び傍観者は、製品の製造及び鉱山においても曝露する。都市部では、吹き付けアスベスト断熱材の使用中、及びアスベストブレーキを含むアスベスト含有製品からのアスベスト飛散による、間接曝露が発生している。アスベストは3000以上の製品に使用され、また、他の商業的に利用されている鉱物に付属鉱物として含まれている。ほとんどの傍観者及び一部の製品使用者は、アスベストに曝露しいたという事実に気づいていない。多くの著者がバックグラウンド繊維レベルに言及しているが、ヘルシンキ基準でも、また公表されている文献でも、このバックグラウンド曝露の発生源を明らかにしたものはひとつもない。したがって、バックグラウンドとは、過去の曝露源に関する歴史及び患者の知識の質に依存する、除外された曝露である。特定できるアスベストへ源への曝露歴がない場合、研究者は肺組織のアスベスト繊維が大気中のアスベストへの曝露に起因すると仮定しているようである。しかし、まれな状況(例えばグランドキャニオン)を除いて、環境曝露は製品の使用によるものである。ほとんどの場合、肺のアスベストレベルは、様々な商業用アスベスト源への曝露の比較にすぎない。そのため、過去の曝露源の特定は、バックグラウンド曝露の定義のアキレスの踵となっている。

2. アスベストとと肺の繊維レベル

Srebroと同僚らは、アスベスト曝露へ因果関係を帰属させる方法としての肺の繊維計の使用について説明するとともに、バックグラウンド曝露に起因する線維レベルを職業曝露によるものから区別するために、この一連の対照群を用いた。中皮腫症例の繊維負荷がこのバックグラウンドを下回る場合、著者らは、その中皮腫症例は「自然発症」または「特発性で、患者の肺に認められるアスベスト繊維とは無関係」であると結論づけた。

3. 不適切な対照群の職業歴

当初、Srebroと同僚らは、VA病院で入手可能な病理標本から20人の患者を選択し、それらの患者を対照群として登録した。著者らは、医療記録に「アスベスト曝露歴の記録がない症例」及び「肺組織にアスベスト関連疾患の証拠がない」症例を対照群と定義した。しかし、当初は照群に割り当てられた患者の一人から、高いアモサイト繊維レベルが検出された。これを受けて、彼らは、「この患者の医療記録を徹底的に調査し、生存している親族に2度電話をかけたところ、この患者の雇用歴には、アスベスト曝露と関連する職業である暖房炉の設置が含まれていたことが判明した」と述べている。そして、この症例を分析対象から除外した。したがって、当初のスクリーニングでは重要な職業曝露を見逃し、アスベスト製品に曝露した症例を曝露していない対照群として分類してしまった。
この症例がスクリーニングの不十分さを明らかにしたにもかかわらず、Srebroと同僚らは、他のどの対照にもこの「広範な検索」を適用しなかった。これは、少なくとも13人の対照がアスベストに曝露する可能性のある職業に就いていたことから、懸念すべき点である。これらの職業には、肉体労働、空軍、トラック運転手、ガレージ経営者、紡績工場、電気技師、病院助手などが含まれる。著者らが、対照1人につき1つの職業しか特定しておらず、職業歴を完全に把握できていなかった点に留意すべきである。著者らはまた、対照群の10人については喫煙に関する情報も得られず、完全な医療記録にアクセスできなかったか、分析には不十分な職業歴であったことも示している。医学部の学生であるSrebroが職業歴データを収集及び分析した。彼女は職業医学の訓練を受けておらず、曝露歴を評価するための標準的な質問票を使用しなかった。

4. 曝露レベルを決定するための石綿小体の使用には根拠がない

Srebroと同僚らが炉の設置労働者を分析対象に含めていたならば、症例群と対照群の間で石綿小体、総繊維数、またはクリソタイルに有意な差はなかっただろう。Albinと同僚らは、「曝露の量的な違い(期間または強度)は、[肺の繊維負荷]濃度が高い労働者と低いから中程度の労働者との間で示されることはない」ため、肺の繊維負荷から過去のアスベスト曝露を推測することはできないと確認した。また、Newmanと同僚らは、「石綿小体または含鉄小体は、職業的に曝露していない人々、職業的に曝露しているがアスベスト関連肺疾患のない人々、及び石綿肺の労働者にも見られるから非特異的である」とも報告している。さらに、1980年から1995年の間に、職業及び環境規制の強化とアスベスト使用の劇的な減少により、バックグラウンド及び職業性アスベスト曝露は減少した。2020年に死亡した職業曝露原告らのバックグラウンド繊維レベルと、15~30年前に死亡した対照群とを比較するのは妥当ではない。

5. 不適切な統計的分析

さらに、Srebroと同僚らは、繊維レベルを比較する際に片側ウィルコクソン検定を不適切に使用した。対照群の19例中18例が中皮腫症例の最低計測よりも高い繊維計測であったことから、著者らは両側検定を行うべきだった。両側検定を使用した場合、異常値である対照例を除外しても、対照群と症例の繊維計測は統計的に有意な差はない。

6. 対照の曝露の可能性

Srebroと同僚らの対照群は、1980年から1995年の間に検査を受けたノースカロライナ州周辺の州の退役軍人男性であり、症例は全国の訴訟からの照会であった。これらの対照群はノースカロライナ州または周辺の州に居住していた。アスベスト紡織産業の多くはノースカロライナ州とサウスカロライナ州に拠点を置いていた。

7. どの症例についても最終曝露の報告なし

継続的な曝露がない場合、繊維の種類及び長さに応じて、肺の繊維レベルは時間の経過とともに減少する。Churgと同僚らは、繊維濃度と時間との間に「有意な負の相関」があることを報告している。Srebroと同僚らは、症例について、剖検前の最後の曝露時期を報告していない。したがって、同じ肺の繊維計測は、死亡直前に曝露した患者における最近の比較的低い曝露、または、最終曝露が死亡の数十年も前の患者におけるはるかに高い総曝露量の名残、あるいはその中間のいずれかを反映している可能性がある。
したがって、死亡時の繊維負荷は過去の曝露の指標としては不十分である。繊維計測が低いことは、死亡の数十年も前に高濃度の曝露があったことを示すことがある。なぜなら、短い繊維やとりわけクリソタイルは肺内で生物学的持続性を持たないからである。アスベストは胸膜に転移するため、繊維は肺内に貯留していなくても中皮腫を引き起こしたり、その原因となる可能性がある。逆に、病気に寄与しない最近の曝露が、高い繊維計測につながる可能性もある。Srebroと同僚らの研究で繊維分析を担当した共著者であるRoggli博士は、「繊維蓄積量の研究は、過去のクリソタイルへの曝露を正確に反映するものではない」と認めている。最終曝露からの期間に関する情報が欠如している場合、病理学的評価では繊維が体内に侵入した時期を特定できないため、これはすべての繊維種類に当てはまる。したがって、死亡時の低レベルの肺繊維負荷は、中皮腫リスクの上昇と一致する可能性がある。

8. 石綿小体計測と繊維総曝露が相関するという誤った仮定

Srebroと同僚らはまた、恣意的なバックグラウンド・カットオフを設定することで、「曝露」と「特発性」中皮腫患者を区別するために、肺の石綿小体(AB)計測に依存してもいた。患者の石綿小体計測が乾燥肺1g当たり20AB未満の場合、Srebroと同僚らは、患者の繊維肺負荷を対照群に分類した。しかし、石綿小体肺計測は繊維肺負荷の信頼性の高い指標ではない。クリソタイルはアメリカで使用されるアスベストの95%を占めるが、AB形成は角閃石でより多く発生する可能性が高い。Austと同僚らは、「クリソタイルは通常、より短く、より細い粒子状のアスベストとして吸入され、ヒト組織中の含鉄小体の中心として発見される可能性は、角閃石REMPs[吸入可能な細長い鉱物粒子]よりもはるかに低い」と説明している。したがって、AB計測は常に総繊維曝露を過小評価する。Churgと同僚らは、「これらの肺内のアスベストの大半は短いクリソタイルであり、石綿小体を形成しない」から、石綿小体計測は「総肺繊維負荷を記録するために使用することはできない」と述べている。
さらに、非被覆繊維は下葉に集中する傾向があるが、Gylsethと同僚らは、「被覆された繊維(石綿小体)の数は、一般的に上葉の方が下葉よりも多い」と報告している。石綿小体をバックグラウンド曝露のベンチマークとして使用する際のもうひとつの問題は、含鉄小体の形成に要する時間が不明であること、及び個々人の繊維への鉄沈着能力が異なることである。これは、ABと非被覆繊維との間にはほとんど相関関係がないことを示した(R2は0.0099から0.0769の範囲であった)Srebroと同僚らのデータから明らかである。1997年ヘルシンキ基準でさえ、「石綿小体濃度とクリソタイル繊維負荷との相関性は低い」と結論づけている。さらに、Srebroと同僚らは、19人の対照群の肺石綿小体は「正常範囲内」(乾燥肺1g当たり0~20AB)と誤って主張した。1人の対照(例#19)は22AB/gであった。

9. SEM分析と繊維特定における問題

Srebroと同僚らは、肺内の石綿繊維を検出及び特定するために、SEMを使用した。しかし、アメリカ環境保護庁(EPA)は、「SEMは一定の繊維の結晶構造を特定する能力に限界がある」ため、SEMはアスベスト繊維の分析には不適切であると結論づけた。SEMはまた、軽元素を検出する高解像度検出器を使用しない限り、ナトリウム(Na)を容易に検出できないため、アモサイトとクロシドライトを区別する能力にも欠けている。
さらに、SEMは細い繊維を検出する能力に限界がある。1991年に健康影響研究所(HEI)は、細いアスベスト繊維の特定には「解像度とコントラストの両方が十分であること」が必要であるため、SEMは「アスベスト繊維の判定には不適当である」と述べた。SEMはコントラストを向上させるために解像度を犠牲にしなければならないため、通常SEMでは0.2µmより細い繊維は検出できない。Roggli博士は、繊維の特定に1000倍ではなく650倍の倍率を使用した。Roggliは、650倍では0.3µmより細いアスベスト繊維を識別できず、肺内のクリソタイル繊維の98.7%は0.25µm未満である。こうしたSEMの限界のために、Dodsonと同僚らは、透過型電子顕微鏡(TEM)を「サンプル中のアスベスト繊維の種類を検出及び分析し、その寸法を適切に提供するうえでもっとも正確な機器」であると指摘している。Roggliと同僚らは、「繊維の計測は通常、走査型電子顕微鏡よりも透過型電子顕微鏡の方が3倍多い」と観察している。繊維の計測に関連したアメリカの他のすべての機関のプロトコルは、TEM分析に依存しており、TEM分析では形態学、EDSによる化学分析、選択的エリア電子回折(SAED)による結晶性分析を行うことができる。
Srebroと同僚らは、アスペクト比が3:1以上の5µm超の繊維をすべて数えると主張した。しかし、彼らは繊維の長さの測定を記録しなかった。彼らは、目視で5ミクロン超と推定された繊維を計測し、SEMで低倍率で検出可能な直径を持つ繊維も含めた。5µm超の繊維を目視で推定することは信頼性の低い方法であり、アスベストの計測を過小評価することが多い。また、「遭遇したいかなる繊維状構造の写真記録も記録及び保存しなかった」ことも判明した。短い繊維(5µm未満)は発がん性があることが示されており、また、胸膜に集中している。
さらに、Roggliは、適切なフィルターを使用しなかった。Srebroと同僚は、0.4μmの孔径のポリカーボネートフィルターを使用して肺組織の消化物を採取した。Sullivanと同僚らは、電子顕微鏡を使用した調査中に、繊維の88%が0.4μmの孔径よりも小さい直径を有しており、これは「容認できない損失」を引き起こす可能性があると報告している。したがって、Srebroと同僚らの研究で使用されたフィルターを、肺内のかなりの数の小さなアスベスト繊維が通過した可能性がある。
一方、Srebroと同僚らは、劈開断片(繊維の集団、晶癖、束状に並ぶ平行繊維、広がった末端を示す繊維束、個々の繊維の塊、及び/または湾曲を示す繊維)から、アスベスト様晶癖から生じた繊維を区別するための地質学的基準を採用していない。われわれは、繊維の形成源が発がん性を反映しないという意見に同意するが、この見解は必ずしも広く受け入れられているわけではない。

10. SEMとタルク

SEMでは通常、アンソフィライトとタルクを区別することはできない。Srebroと同僚らは、SEMでMgSiピークが確認された鉄を含まない繊維はすべてタルクであると仮定し、いずれの症例または対照例においてもアンソフィライトを報告していない。これは事実ではない。国際標準化機構(ISO)は、SEMでは鉄濃度の低いアンソフィライトと鉄濃度の高いタルクを日常的に区別することはできないと指摘している。ISOは、「繊維の形態は、SEMによるアンソフィライトと(非繊維性)タルクの識別に役立つ可能性がある。リボン状の繊維はおそらくタルクであり、一方、直線的で棒状の繊維は、おそらくアンソフィライトであるが、必ずしもそうとは限らない」と指摘している。Roggli博士は、彼がタルクと指定した繊維は直線的で棒状であると指摘している。したがって、それらはアンソフィライトと区別できない。
ISOは、タルクはTEMを用いて評価すべきであると述べている。鉱山局は、この勧告を支持した。「繊維状の角閃石が繊維状のタルクとともに存在する場合、形態学だけでは相を区別するには不十分である。このため、規制用途にはTEMが勧告されてきた」。Srebroと同僚らは、SAEDを行わなかったため、蛇紋石、角閃石、またはタルクの結晶パターンが細長い鉱物粒子に存在するかどうかを判断できず、クリソタイルをタルクと誤認した可能性もある。Srebroと同僚らは、低倍率のSEMでは小繊維を常に特定できないため、タルク繊維がクリソタイルの束ではないかどうかを判断できなかった可能性もある。さらに、クリソタイルのMg-Si比は1:1であるが、生体内では生分解により優先的にMgが失われる。しかし、SrebroとRoggliは、MgSi比が2:3の繊維をタルクとして分類した。Roggliは、形態学を用いてタルクとクリソタイルを区別したと主張している。しかし、短い繊維(10µm未満)のクリソタイルは、SEMで観察すると、まっすぐでタルクと似た外観になることが多い。したがって、Srebroと同僚は、クリソタイルとタルクを混同し、クリソタイルを過小評価し、タルクを過大評価した可能性がある。

11. 一貫性と再現性に関する問題

繊維の計測には再現性も一貫性もない。なぜなら、繊維は肺葉に均一に分布しているわけではないし、サンプルのサイズも様々であり、また、調査者らは対照群または症例群のいずれにおいてもサンプルの採取場所に関するデータを提供していないからである。過去のアスベスト曝露を決定するための普遍的なカットオフとしてバックグラウンド繊維レベルを用いることは、2つの仮定に基づいている。すなわち、分析機関間の結果が一貫していること、そしてバックグラウンド繊維レベルが地理的に均一であること、である。しかし、現実の世界では、これらの仮定のいずれも真実ではない。Srebroと同僚らの主張とは反対に、バックグラウンドとなるアスベスト肺レベルは地理的位置、曝露したた年代、及び地元の産業(工場、造船所、またはアスベスト製品製造工場)に関連しているため、標準的なバックグラウンド曝露というものは存在しない。さらに、Srebroと同僚らは、対照群の潜在的な傍観者曝露に関する情報を一切収集しておらず、この潜在的な交絡因子を評価することもなかった。対照群の配偶者、兄弟姉妹、両親の職業歴や居住歴に関する情報はない。間接的アスベスト曝露のレベルは場所によって大きく異なり、また経時的に低下している。Roggliらは、アメリカの48都市の大気サンプルにおける繊維濃度の大きなばらつきを報告している。有害物質疾病登録局(ATSDR)は、アメリカの各州におけるアスベスト施設からのバックグラウンドレベルが著しく異なっていることを記録している(1999年に年間0~1371ポンド)。ATSDRは、以下の理由から、職業性アスベスト曝露の指標として肺の繊維負荷を使用することは、「偽陰性」につながる可能性があると結論づけている。
「汚染や処理中の損失による分析上のばらつき、肺の異なる領域における繊維の保持におけるばらつき、異なる肺領域のサンプリングにおけるばらつき、繊維の種類、長さ、幅を含む曝露パラメータのばらつき、保持に影響を与える個人の生理学的パラメータのばらつき」
SEMの限界により、ヒトの肺における繊維レベルの再現性は低い。Federと同僚らは、アスベストへの曝露から22年後にヒトの肺繊維負荷が8.5倍に増加していることをみいだしている。Roggliは、同じ患者から採取した2つのサンプルの肺繊維量が1000倍も異なる可能性があると指摘している。Ouryと同僚らは、「分析機関間の比較試験では、同じサンプルを分析しても、分析機関間で著しい違いが生じることがある」と指摘している。これは、分析機関の手順の変更や、肺内の部位によって線維負荷レベルが異なることによるものである。Gylsethと同僚らは、組織負荷分析の結果を分析機関間で直接比較することは困難であり、また適切でもないことを報告している。ATSDRは、「パラフィン、グリッド、とくに組織自体による二次汚染など、分析機関の材料にアスベストが混入している可能性を考慮しなければならない」と述べている。これらの理由から、Caseと同僚らは、「この種の作業(繊維負荷分析)を行う分析機関は、したがって、良好な管理値を持つべきである」と指摘している。しかし、Srebroと同僚らは、陽性または陰性対照群を使用しなかった。
Churgと同僚らは、中枢部と末梢部の肺における繊維の数の間に統計的に有意な差があることを報告している。Anttilaと同僚らは、「下葉に腫瘍のある患者の肺組織では、上葉に腫瘍のある患者と比較して、3μm以上の繊維の数がより多い(Studentのt検定、p<0.01)」と述べている。Churgと同僚らは、「繊維の集中は肺尖部でもっとも高い傾向にあるが、もっとも長く、アスペクト比の高い繊維は下部の区域で観察された」と観察している。このようなばらつきがあるなかで、最大繊維数をバックグラウンド・レベルとして用いることは妥当ではない。対照群または症例群の繊維に2~3倍の範囲を適用すると、症例の解釈が特発性から曝露関連、またはその逆に変わることもよくある。

肺繊維レベルと評価された繊維状タルクへのヘルシンキ基準の適用

タルクへの曝露のバックグラウンド源は存在しない。Pavliskoと同僚ら及び Roggliと同僚らは、Srebroと同僚らの対照群に依拠してタルクについてのバックグラウンド肺濃度を確立したが、これらの論文のいずれも症例群または対照群のいずれについても産業用または消費者用のタルク曝露に関する情報を収集していないという事実があるにもかかわらずである。とくに、Pavliskoと同僚らは、「タルクは非アスベスト鉱物繊維であり、1g当たり10,000本以上でバックグラウンドの範囲を超えると考えられる」と述べている。しかし、アスベストとは異なり、タルクへの曝露はバックグラウンドまたは環境下で測定されたことは一度もない。タルクは壁板、塗料、食品(チューインガム)、紙、医薬品、ゴムの製造に使用されているが、これらの用途のいずれにおいても、労働者以外の者が大気中に飛散したタルクに曝露したという証拠はない。繊維状タルクに曝露するもっとも一般的なケースは、化粧用タルクパウダーの使用時である。
Srebroと同僚らの20の対照例のうち、Pavliskoと同僚らは、肺のタルクのバックグラウンド・レベルとして、もっとも高いタルク繊維レベルを示した単一の対照例(#24)を選択した。この例の使用には問題がある。例#24はアルツハイマー病で死亡した退役軍人であり、その職歴は不明で入手も不可能であった。対照例#24は、トレモライト、アクチノライト、及びアンソフィライト(TAA)の合計レベルが中皮腫症例18例中7例よりも高かった。Roggliによりタルク繊維のみと推定された例#24のNAMFレベル(10,160f/gm)は、Srebroと同僚の研究で中皮腫症例の88%で検出されたNAMFレベルよりも高い。
Roggliは、Srebroと同僚らの対照群における肺繊維レベルは、繊維種類の「バランスのとれた表現」ではないことを認めている。Srebroと同僚らは、対照群で計測された26本の繊維のうち5本についてのみ繊維タイプを分析し、残りは外挿している。Srebroと同僚らは、例#24を使用してバックグラウンドのタルク曝露を確定したが、NAMFの26本のうち5つについてのみ繊維タイプを分析した。5つの繊維が特定された後、それらの繊維種類の比率が残りの計数されたNAMFの21本に適用された。この外挿法を用いると、Srebroと同僚らの対照群におけるタルク繊維の総数は 0から10,16f/gmであった。したがって、Roggliのタルクのバックグラウンド繊維に関する統計的推論は、有意なランダムサンプリングエラーを伴う可能性が高い。なぜなら、彼は利用可能なすべてのデータを調査していないからである(5つの繊維が 26の繊維を代表している可能性は低い)。
Srebroと同僚らによるひとつの対照例(炉労働者)の事後的な却下は、外れ値が真のバックグラウンド・レベルというよりも、むしろ過去の曝露歴の入手失敗を反映している可能性が高いことを示す証拠である。対照群のタルク計測は平均981.8f/gmで、標準偏差は2,354f/gmであった。例#24のタルク繊維レベルである10,160f/gmは、対照群の平均値よりもほぼ4倍の標準偏差である。したがって、Roggliと同僚ら及びPavliskoと同僚らは、すべての対照例のタルクのバックグラウンドを確立するために外れ値を使用した。Srebroと同僚らは、地理的位置若しくはアスベストまたはタルクを取り扱う作業に従事していた可能性のある同居家族の潜在的な曝露については考慮しなかった。注目すべきは、ほとんどのユーザーはタルクを原料にしたベビーパウダーがアスベストを含有することを認識しておらず、成人は幼少期にベビーパウダーに曝露したことを認識していないことが多いということである。タルク製造業者は、1980年代初頭まで化粧用タルクがアスベストを含有していたことを認めている。繊維の負荷が原因果関係の帰属に使用される場合、とりわけ対照群の曝露が死後の医療記録に基づいており、その履歴にアスベストまたはタルクへの消費者、職業、家族、または傍観者としての曝露の可能性に関する具体的な評価が含まれていない場合、症例の繊維レベルは最低のバックグラウンド計測または平均計測と比較されるべきである。
RoggliとPavliskoは、対照群の中からもっとも高いタルク繊維の肺負荷を選択して、1g当たり1万繊維のバックグラウンドを確立した。Roggliは、タルクの肺内量について、バックグラウンドとして平均レベルではなく最高の繊維レベル計測することを正当化するために、ヘルシンキ基準に依拠した。Roggliは、「ヘルシンキは、アスベスト量がバックグラウンド人口についての値の範囲を超えることを求めている」と説明している。しかし、Roggliは必要と十分を混同して、ヘルシンキ基準を誤って解釈している。
1997年ヘルシンキ基準は、「当該分析機関におけるバックグラウンド範囲を超える肺繊維計測であれば…胸膜中皮腫症例をアスベスト曝露と関連づけるのに十分なはずである」と述べている[強調は追加]。ヘルシンキ基準は、バックグラウンド範囲を超えるアスベスト肺繊維計測がアスベスト曝露へ因果関係を帰属させるのに必要であるとは示していない。ヘルシンキは、バックグラウンド範囲を下回る肺繊維計測は中皮腫の原因としてアスベストを除外できるとは示していない。実際、因果関係を確立するために、低レベルの曝露歴でも十分であることを明確に認めている。さらに、ヘルシンキ基準は、アスベストに焦点を当てており、タルク、アスベスト様タルク、またはその他のアスベスト様構造については言及していない。
上述した技術的問題及び職業または消費者製品の使用歴を一切考慮していないという事実にもかかわらず、Roggliと同僚ら及びPavliskoと同僚らは、対照例24で検出されたタルク繊維レベルをタルクのバックグラウンド繊維負荷として使用した。患者のタルク繊維レベルが例24の1g当たり1万繊維未満であれば、Roggliは中皮腫を特発性と分類し、タルクへの曝露とは無関係とみなしただろう。これは、組織サンプルで繊維状のタルクがトレモライト/アクチノライト及びアンソフィライトとともにあったというRoggliの観察結果と一致しない。クリソタイルが存在しない場合、産業用または化粧品用のタルクへの曝露が、トレモライト/アクチノライト及びアンソフィライトのもっとも可能性の高い発生源である。Roggliと同僚らは、組織内の繊維状タルクが組織内のトレモライトと「強く相関」しており、両者はタルクへの曝露に「由来する」ことを確認した。タルクは、トレモライト及び/またはアクチノライト及び/またはアンソフィライトの混合物が含まれることが報告されている唯一の商業用製品である。アクチノライトは、タルク以外の市販製品には含まれていない。したがって、タルクへの曝露は、バックグラウンド曝露の結果である可能性は低い。ジョンソン・エンド・ジョンソンは、ジョンソンのベビーパウダーの市場シェアは70%であり、1992年までに2億人の「赤ちゃんのお尻」に使用され、両親や介護者、赤ちゃんがタルクやタルクに含まれる他の微粒子を吸入する可能性があると推計した。通常の使用において、化粧用タルクボディパウダーの曝露はかなり高くなり、滑石肺による死亡例も報告されている。タルクはドライシャンプーや、様々な身体や陰部への使用、また動物用のノミ取り粉としても使用されてきた。 したがって、われわれは、トレモライト、アクチノライト、またはアンソフィライト・アスベストと組み合わさったタルクによる肺負荷は、大気中の空気によるものではなく、化粧用タルクへの曝露によるものである可能性が高いと考えている。Roggliは証言のなかで、「われわれが繊維分析を行った事例では、個人が化粧用タルクに曝露していたかどうかは示されても-分析されてもいない。だから、化粧用タルクへの曝露について、われわれのデータベースの経験からコメントすることはできない」と述べている。

結論

中皮腫に対するアスベストの因果関係帰属のためのヘルシンキの病理学的基準は、Srebroと同僚らの研究に基づいている。この論文について、われわれは、法廷文書でより詳細に説明されているデータ及び方法論を分析した。われわれは、バックグラウンド肺繊維レベルを決定するために用いられた方法論には致命的な欠陥があり、アスベスト曝露のバックグラウンド・レベルの定量的分析は行われたような組織分析によっては確立できず、また、対照群についての職業歴は商業用製品から飛散したアスベストへの曝露を確実に排除するものではない、と結論づける。Srebroと同僚らは、当初の医療記録では、より詳細な評価によって職業的にアスベストに曝露していたと考えられた、少なくとも1人の患者が誤って分類されていたことを証明した。にもかかわらず、Srebroと同僚らは、アルツハイマー病を患っていたため職業歴について有意義な情報を提供できなかった患者を含め、他の対照例についてより詳細な評価を行うことをしなかった。われわれは、以下の理由により、肺の線維負荷は、バックグラウンド繊維計測と比較して、アスベストへの過去の重大な曝露を排除できないと考える。

  1. 最終曝露年とのマッチングの欠如と組み合わさった、肺内での欠如、ただし胸膜内では生物学的持続性があること
  2. 肺の異なる部分における繊維レベルのばらつき
  3. サンプルサイズのばらつき
  4. 分析機関間のばらつき

Srebroと同僚らが採用した方法論は、統計的な信頼性及び顕微鏡による精度の両方が欠如している。肺繊維負荷には多くの交絡因子が内在しているため、職業歴の詳細かつ正確な記録が、中皮腫の症例がアスベスト曝露に関連しているかどうかを判断するうえで、依然として最良の手段である。さらに、バックグラウンド・タルクを確立するために、Srebroと同僚らの論文の過去のバックグラウンド対照を使用することは不適切である。Pavliskoと同僚らは、タルクについて製品以外のバックグラウンド曝露が存在することを証明していない。タルク製品使用または化粧用タルク製品使用者に対する傍観者曝露を、バックグラウンド曝露とはみなすことはできない。著者らは、タルク曝露歴を考慮したことは一度もなく、対照群または中皮腫症例における板状タルクの存在を記録したこともないと認めている。
肺の繊維負荷は、患者が曝露した繊維の種類を特定するのに役立つが、バックグラウンド・レベルの定量的分析は不十分であり、リスク評価またはアスベスト因果関係の帰属において唯一のツールとして使用される場合には誤解を招く。中皮腫に罹患するリスクを高めないアスベスト量の閾値は知られていない。たとえ閾値が存在したとしても、肺の繊維レベルをリスクの閾値と相関させる方法は存在しない。

https://annalsofglobalhealth.org/articles/10.5334/aogh.3135

安全センター情報2025年5月号