原発被ばく白血病損害賠償裁判-あらかぶ裁判提訴8周年で集会/東京●電離放射線がんの労災認定問う
裁判提訴から8年がたつ2024年11月30日午後、東京・文京シビックセンター区民会議室で、「あらかぶ裁判提訴8年報告集会」が開催された。
あらかぶさん(当時36歳)は、2011年11月~2013年12月、東電福島第二原発、九電での定期点検業務、東電福島第一原発での事故収束業務に従事した結果、2014年1月、急性骨髄性白血病を発症した。
2015年10月に白血病は労災認定され、また、生死をさまよう過酷な治療によるストレスで発症したうつ病も労災が認められ、現在も療養を続けている。あらかぶさんは、白血病を発症したのは原発におけるずさんな放射線管理による被ぱくが原因として、2016年11月、東電、九電を被告として東京地裁に損害賠償請求訴訟を提訴した。
その後私たちは、あらかぶさんの裁判を支援するために、「福島原発被ばく労災損害賠償裁判をさせる会」(通称:あらかぶさんを支える会)※1を結成し弁護団と協議しながら、裁判での主張・立証活動への助力、裁判の傍聴や報告会の開催、公正裁判を求める署名活動、あらかぶ裁判への支援をひろげる集会などを開催してきた。
2024年3月13日、第23回日頭弁論が関かれて以降、原告・被告双方の代理人による進行協議が続けられている。
報告集会では、まず、「裁判の経過と現状報告」※2について事務局のなすびさんが説明。次に、あらかぶ裁判弁護団の木下哲郎弁護士から、原告の主張のポイントとなる低線量被ばくと発がんリスクに関して、津田敏秀氏(岡山大学)の疫学的意見、崎山比早子氏(元放射線医学総合研究所)の生物学的意見、黒川眞一氏(元高エネルギー加速器研究機構)の物理学的意見について、スライドを使って解説していただいた。
そして、北九州からかけつけたあらかぶさんが登場。「自分は少しでも東北のためになればと勇気をもって福島原発に行ったのに、その気持ちを東電は踏みにじった。被ばくが原因ではなく喫煙や飲酒のせいにし、低線量では白血病は起きないという。働いている人を東雷、国は面倒を見てくれるのか?こうして東京にきて支援者の皆さんに会い、励まされることで今はやる気がわいてきた。被ぱくを受けている人たちの労災認定基準のハードルを下げるためにも頑張って闘っていきたい」と訴えた。
続いて、悪性リンパ腫とS伏結腸がんで労災申請していた元原発労働者のTさん(いわき市)と東京労働安全衛生センターの飯田勝泰さんが労災認定の取り組みについて報告した。2024年9月末、富岡労基署はTさんの労災を認めず、不支給処分とした。その理由は、Tさんの被ばく線量が6.4mSvであり、100mSv以下の発がんリスクは認められないというものである。まさに、あらかぶ裁判の論点と同様に、厚生労働省の「100mSv安全論」による労災認定の考え方との闘いでもある。現在、Tさんは審査請求で闘いを進めている(別掲記事参照)。
最後に、神奈川労災職業病センターの川本浩之さんが、「電離放射線によるがんの労災認定基準の見直し」について問題提起を行った。
今後、裁判ではあらかぶさんが受けた損害について主張することになっている。それが終われば、ほぼ原告・被告双方の主張、立証が出そろうかたちとなり、裁判は次の事実調べの段階に移行するものと思われる。
次回の第24回目の口頭弁論の期日は未定ですが、引き続き、あらかぶ裁判にご注目、ご支援ください。
文・問い合わせ:東京労働安全衛生センター
※1 あらかぶさんを支える会
https://sites.google.com/site/arakabushien/
※2 配布資料の「あらかぶ裁判経過・現状報告」(なすび)を一部要約して紹介します。
重要な論点
あらかぶさんの体験した収束・廃炉作業では、杜撰な安全対策や違法な放射線計測、さらに危険手当の中抜きなど、いくつもの労働問題が指摘できる。また、裁判の中でも元請の報告を鵜呑みにする(=元請の責任にする)東電の不作為と無責任さが浮き彫りになっている。
しかし、この裁判は原子力損害賠償法に慕づく損害賠償なので、電力事業者の過失の有無は焦点にならず、基本的にはあらかぶさんの仕事での被ばくと白血病の因果関係が争点となる。その中で、因果関係がないとする電力事業者(及び国・業界)の誤った線量評価や理解、放射線防護上の制度問題を明らかにする裁判となっている。それゆえ、一人の労働者の損害賠償請求や労働問題の枠組みでは収まらない問題提起となっており、この裁判の判決は大きな社会的影響・波及効果を持つと考えられる。
(1) 外部被ばく線量の過小評価と空間線量からの推定線量
あらかぶさんの記録上の被ばく線量は19.78mSv。しかし、実際の被ばく線量は記録量よりも多い。作業中、胸に付けたAPD(個人線量計)では、福島第一原発現場のように放射性物質が四方八方にある作業環境では、1.4~1.7を乗じる補正を行い、個人線当量を求めなければならない。あからぶさんの労働現場における空間線量率とそこで働いた時間の合計から、実際の被ばく線量を推定すると、少なくとも33mSv以上となる。
(2) 「100mSv以下の低線量被ばくと発がんは科学的に因果関係が認められていない(100mSv安全論)」の問題
100mSv安全論を正しいと示す科学論文はない。100mSv安全論は虚偽。100mSv以下でも健康影響がある論文は数多くあり、多くの公表データを用いて100mSv以下の被ばくによるがん上昇に関するテーマのメタ分析研究で、低線量電離放射線による過剰ながんリスクが直接裏付けられている。
(3) 低線量被ばくによるがん・白血病の発症におけるLNTモデルの妥当性
放射線の生物学的影響放射線により切断されたDNA二本鎖のうち、誤修復部分が変異しがん総胞となる。わずかな放射線でもそれに応じた傷害作用があり、蓄積されていく。疫学調査からは、低線量率の線量あたりのがん死リスクは、高線量率より高いかあるいは同等。放射線被ばくによるがんリスクがLNTモデルに従うことの物理的根拠:DNAの二本鎖切断を引き起こすのは1本の二次電子線によって引き起こされる場合がほとんどであり、これには闘値がなく、被ばくの影響は被ばく線量に比例する。
(4) 疫学、放射線生物学から100mSv以下の低線量でのLNTモデルを妥当とする最新論文が近年多数出されている。
INWORKS疫学研究(lNWORKS2023論文)は、フランス、英国、米国の核従事者30万993名及び合計1070万人年の追跡調査であり、10万3553人の死亡、うち2万8089人は固形がんによる死亡。低線量域でも累積線量と固形がん死リスクの関係に闇値はなく、LNTモデルが妥当。むしろ低い累積線量範閥(0~100mSv)に限定すると、線量当たりのリスクはかえって高くなる(推定値は約2倍)。
ローリエ他2023論文は、この10年間に放射線生物学と疫学の両方で得られた知識による低線量でのがんリスクをまとめた。放射線生物学では、突然変異事象からならう発がんの初期段階は、10mGyという低い線量から線形反応を示す。疫学では、100mGy以下の線量レベルで放射線防護の自的のためLNTモデル以上に適切な線量リスク関係はない。急性骨髄性白血病と急性リンパ芽球について、線量とリスクの有意な関係が示され、小児白血病の過剰リスクが50mGyまで低線量範囲に及ぶことは、現在ではほとんど疑う余地がない。
※LNTモデルとは:放射線の影響を示す時に、放射線の累積線量と健康影響(例えばがん死亡)の関係が、闇値のない直線となると仮定した仮説のこと。健康影響の中では、がんのように確率的影響と考えられているものについて、この仮説が用いられることが多い。
(公益財団法人放射線影響協会)
安全センター情報2025年3月号