アスベスト、喫煙と肺がん:アップデート/Klebe et al, Int. J. Environ. Res. Public Health, 2019.12.30
目次
抄録
本レビューは、アスベストと肺がんに関する科学的文献を更新し、累積曝露及びアスベスト曝露とたばこの煙との相乗効果を強調し、アスベスト関連肺がん症例のための補償に対する証拠に基づく公平なアプローチを提案する。このアップデートは、1995年以降に第2著者[James Leigh(シドニー大学アスベスト疾患研究所)]及び第3著者[Douglas W. Henderson(SA Pathology及びフリンダース大学)]が執筆した、アスベストと肺がんに関するいくつかの先行レビューに基づいている。われわれは、査読済みの疫学研究をピアレビューした。さらに、厳選したin vivo及びin vitroの動物実験と、ヒトにおける分子及び細胞研究を含めた。われわれは、生物学的レベルにおけるアスベスト繊維とたばこの煙の相互依存的共作用に起因する肺がんの因果関係のメカニズムは、両因子が常に共同して作用する多段階の確率的プロセスであると結論した。本レビューを通じて得られた新たな知見は、生物学的レベルにおける肺がん発生におけるアスベスト曝露とたばこの煙の相乗作用についての証拠を提供するものである。評価された統計データは、石綿肺を要件とすることなく、肺がんリスクに対するアスベストと喫煙の相互作用効果についての乗法モデルにもっともよく適合している。いかなるアスベスト曝露も、たとえヘビースモーカーであっても、因果関係に寄与する。これらの情報に基づき、喫煙者及び非喫煙者における肺がんのアスベストに対する帰属のための基準を提案する。
1. はじめに
アスベスト曝露は1930年代から肺がんの原因と関連付けられており、それ以来、この関連性に関する疫学的、臨床的、生物学的、及び法医学的な側面について多くの研究結果が発表されている。アスベスト関連肺がんは量的には中皮腫よりも重要であるが、ほとんどの肺がんの原因において喫煙が支配的な影響をもつため、過小評価されている。
この分野におけるもっとも重要な未解決の研究課題は次の4つである。(i)肺がんを引き起こすうえでよく知られている相乗作用を生み出すために、生物学的レベルにおいてたばこの喫煙とアスベスト繊維はどのように結びつくのか?(ii)たばこに曝露している場合または曝露していない場合において、肺がんの因果関係に対して法的に有意な寄与をなすために必要なアスベスト曝露量はどの程度か?(iii)肺がんをアスベストに帰属させるために、石綿肺の存在が必要か?(iv)肺がんはどのように補償されるべきか、また、コモンロー上の訴訟手続及び法定補償制度において、たばこの喫煙はどのように考慮されるべきか?
本レビューは、アスベスト関連肺がんの因果関係及び補償に関する最近の文献を検討し、前述の法医学的諸問題への回答として、アスベスト関連肺がんの補償に対する合理的で科学的に裏づけられた公平なアプローチを提案する。当初のヘルシンキ基準及びその改訂版は喫煙を考慮しておらず、曝露基準は喫煙の有無に関係なく適用することを意図されていたが、ここでわれわれは、生涯非喫煙者及び禁煙後30年以上経過した元喫煙者に対する特別な考慮を加えている。
予備的考察
HendersonとLeighによりレビューされているように、石綿肺を有する労働者における肺がんに関する逸話的な剖検報告は、1930年代半ばに報告されており、また1938年には、ドイツの3論文とオーストリアの1レビューが、石綿肺と肺がんの関連を示す証拠を報告している。NordmannとSorgeは、この発生をアスベスト労働者の職業がんと呼び、石綿肺患者の約12%が肺がんを発症する可能性があると考えた。NordmannとSorgeは、クリソタイル・アスベストの吸引によりマウスに肺腫瘍を誘発させた。この実験で使用された装置は、Proctorの著書『がんに対するナチスの戦争[邦訳『健康帝国ナチス』]』に図解されており、1943年にドイツ政府は、いかなる程度の石綿肺に関連した肺がんも補償対象疾患に指定した。この結び付きはDollによって再発見され、彼は、アスベストに曝露する可能性のある場所で少なくとも20年間働いた113人の男性が追跡調査され、その死亡率が男性人口全体の死亡率経験に基づいて予想される死亡率と比較されていることをみいだした。
15.4人と期待されたのに対して、このグループ内では39人の死亡が発生した。超過分は、肺がん(予測0.8人に対して11人)と石綿肺を伴う呼吸器及び心血管疾患によるものであった。肺がん症例はすべて組織学的に確認され、すべてが石綿肺の存在と関連していた。20年以上雇用された男性の平均リスクは、一般人口の10倍であった。粉じんの多い環境下での雇用期間が短くなるにつれ、リスクは徐々に減少した。
論文の中でDollは、剖検では、石綿肺患者235例中31例(13.2%)に肺がんが認められたが、珪肺症6884例中ではわずか91例(1.3%)であった、1949年のMerewetherの観察結果、及び、石綿肺121例の剖検例のうち17例(14.1%)に肺がんが認められたのに対し、珪肺症では796例中55例(6.9%)であった、Gloyneによる類似の観察にも重点を置いた。
アスベストと肺がんに関する文献は、Hender-son、Leigh及び共著者らによって広範囲にわたって検証されている。それらの文献から、アスベストと肺がんに関する多くの問題について、概ね次のような合意が得られている。
- すべての商業用のアスベスト繊維の種類は、肺がんの原因となる可能性がある。例えば、角閃石系アンソフィライトであり、また、非商業用の角閃石系トレモライトを含む。この点において、商業用の角閃石系クロシドライト及びアモサイトは、繊維単位で比較すると、肺がん誘発の可能性はほぼ同等であり、また、クリソタイルも、とりわけクリソタイル紡織産業において、肺がんの原因となる可能性がある(カナダ産クリソタイルをほぼ独占的に使用していたチャールストンの紡織工場労働者における肺がんリスクは、ケベックのクリソタイル採掘・精製労働者と比較すると、30倍から50倍の差があるが、その理由は説明されていない)。
- 組織学的基準が確立されている一方で、悪性中皮腫、原発性肺がん、及び胸膜転移の鑑別診断は問題を引き起こす可能性があり、とくに肉腫様腫瘍の場合にその傾向が強い。判別分析を用いて中皮腫と肺がんのDNAコピー数変化の頻度を比較したところ、両者は遺伝的に異なる腫瘍であることが示唆された。悪性中皮腫の場合、アスベストが圧倒的に唯一の特定可能な原因因子であり、エリオナイトまたはフルオロエデナイト繊維の吸入、電離放射線(アスベスト曝露に関連して起こる場合もある)、及びBAP1遺伝子に影響を及ぼす遺伝子変異などの先天的な感受性因子に関連する症例はまれである。たばこは中皮腫の原因とは関連していない。
- 一方、肺がんは多因子性のがんであり、世界的に見ると、たばこ(とくに紙巻きたばこの煙)がもっとも有力な原因因子である。その他の原因としては、(ラドンガスダーターを含め)電離放射線、六価クロム、ニッケル、カドミウム、ヒ素、ベリリウムなどの一定の金属、シリカ、ディーゼル微粒子、及び加熱調理などが知られている。
- アスベスト曝露が疑われる肺がんと疑われない肺がんとを明確に区別するような、臨床的、放射線学的または病理学的な特徴はない。すなわち、アスベスト曝露者の肺がんの解剖学的分布(上葉対下葉、中心対末梢など)に違いはなく 肺がんの主要な組織型はすべて、アスベストに曝露した者にも曝露していない者にも発生しており、免疫表現型に有意な差はなく、分子遺伝学的プロファイルにも明確な差異や診断上の差異は認められない(後述の議論を参照)。
- アスベストと肺がん全般との関係は、明確な閾値は存在せずに、ほぼ直線形の量反応関係によって支配されているが、アスベストと胸膜悪性中皮腫の間の類似した量反応曲線と比較すると、量反応線の勾配はそれほど急峻ではない。Gustavssonによるストックホルム地区における詳細な症例対象研究によると、低累積曝露量における肺がんの量反応勾配は、高曝露量における勾配よりも急であることを示すいくつかの証拠があるようである([17, 30]及び本レビューの後の議論も参照)。2000年の17のコホート研究のレビューにおいてHodgsonとDarntonは、一方、クリソタイルの閾値- 「ゼロまたは少なくとも非常に低いリスク」-は「強く議論の余地がある」が、角閃石系アスベストによる肺がん誘発に閾値が適用されるのであれば「それは非常に低い値であるに違いない」とコメントした(ただし、チャールストン紡織コホートにおけるアスベスト関連肺がんの量反応効果は「異常に高い」とコメント)。対照的に、アスベスト紡織労働者についての量反応効果は、他のクリソタイル曝露よについてよりも高いという結果をみいだしている研究もある。
しかし、相反する結論が導き出されているいくつかの長年の問題は、たばこの煙とアスベストの相互作用の正確な性質、及び、アスベストに曝露した喫煙者における肺がんのアスベストに対する帰属について石綿肺を必要とするかどうかである。
- たばこ(とく紙巻きたばこ)の煙とアスベストが肺がんの因果関係において機能的に相互作用することは認められているが、この相互作用の種類と強さについては、議論の的となることもある。その影響は相乗的、すなわち複合的な影響は個々の影響の合計よりも大きいというのが、われわれの意見である。定義上及び生物学的な観点から、この相乗効果は、個々の発がん物質に割り戻すことはできない。この問題については、本レビューの後のセクションでさらに詳しく検討する。
- アスベストに曝露した喫煙者における肺がんのアスベストに対する帰属について、石綿肺は必要な前提条件ではないというのが、確率論上のわれわれの意見である。
本レビューの以下の項では、この問題に関するいくつかの出版物を取り上げる。
2. 材料と方法
著者らは、本課題に関する著者2名による以前のレビュー[※]以降に発表された主要な疫学的、病理学的、及び基礎生物学的論文を検討した。公式なメタアナリシスは行わなかった。
[※Henderson et al., After Helsinki: A multidisciplinary review of the relationship between asbestos exposure and lung cancer, with emphasis on studies published during 1997–2004. Pathology 2004, 36, 517–550. [2007年5月号参照]]
3. 討論
3.1. 石綿肺を伴うまたは伴わない、肺がんと累積アスベスト曝露、疫学的データソース
2005年のレビューは、主要な疫学論文9件に限定して調査が行われ、そのうち7件が、アスベスト曝露による肺がんの発生には石綿肺は必要な前提条件ではないという主張を支持することをみいだした。レビューしたすべての研究に弱点もみいだし、この問題を疑いの余地のないものとするには繊維の種類を考慮することがきわめて重要であり、疫学だけではこの法医学的問題を解決することはできないと結論づけた。このレビューは上記のすべての研究に限定され、その他多くの研究は、前述したレビューでより詳細に分析されている。
保温労働者の肺がん死亡率に関係する研究がMarkowitzと同僚らにより報告されている。この調査は、1981年から1983年の間に胸部X線検査、肺機能検査、職業及び喫煙に関するデータが収集された2377人の北米の男性保温工と、1982年に職業及び喫煙に関するデータが収集された54243人の非アスベスト曝露ブルーカラー男性労働者に焦点を当てた。339人(19%)の保温工の死亡が肺がんによるものであった。著者らは、非喫煙者における石綿肺(率(リスク)比[RR]=7.40;95%CI=4.0~3.7)及びアスベスト曝露なしに喫煙によるもの(RR=10.3;95%CI=8.8~2.2)と比較して、非喫煙者におけるアスベスト曝露のみによる肺がん死亡率の増加をみいだした(このグループの1.3%は1981年から2008年の期間に石綿肺で死亡したものの、調査開始時に胸部X線検査で石綿肺の兆候が認められなかった人々において、RR=3.6;95%信頼区間[CI]=1.7~7.6)。本調査では、喫煙とアスベストの複合効果だけが相加的で(RR=14.4;95%CI=10.7~19.4)、石綿肺については喫煙との複合効果は相乗的であった(RR=36.8;95%CI=30.1~45.0)。保温工の肺がん死亡率は禁煙後10年で半減し、禁煙後30年で非喫煙者の死亡率に近づいた。驚くべきことではないが、Markowitzらの研究は批判を浴び、Markowitzらはそれに反論した。Markowitzらの論文に関する論説のなかでBalmesは、(i)「アスベスト曝露だけでも肺がんを引き起こす可能性がある」、(ii)アスベストと喫煙が合わさると少なくとも相加的に肺がんリスクが増加する、(iii)石綿肺の存在は喫煙者と非喫煙者双方のリスクをさらに高める、(iv)禁煙によりアスベスト曝露に関連した肺がんリスクは大幅に減少する[原文の社説の斜体部分]ことを、われわれは「知っている」とコメントした。
1971年から2005年の間における1878人の死亡に基づいたイギリスのアスベスト労働者の肺がん死亡率に関する包括的な研究は、たばことアスベスト曝露の相乗的相互作用、32人の喫煙したことのない男性肺がん死亡(SMR 95%CI 93~192)(すなわち、P=0.06 片側)に基づいた、喫煙したことのないアスベスト労働者における量依存的な肺がんリスクの増加、及び禁煙による肺がんリスクの大幅な減少を確認した。
1985年から2010年にヨーロッパとカナダで実施された14の症例対照研究(症例17,705、対照21,813、曝露男性6958、曝露女性482)の非常に大規模なプール解析では、男性では乗法モデルからの逸脱は認められず、女性では相加効果以上の効果が認められた。全男性の平均係数は繊維-年当たり0.061であり、ブルーカラー労働者の男性では繊維年当たり0.033だった。女性ではリスクの有意な増加は認められなかった(p>0.05)が、曝露ははるかに低かった。
われわれはまた、手術で治療された113人の肺がん患者とフィンランド人297人の剖検対照に基づく-肺のアスベスト繊維負荷と肺がんリスクの間の関連性についての-Karjalainenと同僚らによって報告された1994年の症例対照研究も重視している。1μmを超える繊維(主に角閃石系繊維)を対象にSEMによって肺組織繊維分析が実施された。肺がんについてのオッズ比(ORLCA)は、繊維濃度が100万未満の対照群と比較して、繊維濃度が乾燥肺1g当たり100万~500万繊維の範囲では1.7に、乾燥肺1g当たり500万繊維以上では5.3に上昇した。著者らは、2例の石綿肺と7例の軽度の「石綿肺と矛盾のない組織学的線維症」を除外しても、乾燥肺1g当たり500万本以上の石綿線維濃度とORLCAの上昇との関連性は依然として認められ(年齢調整ORLCAは2.8;95%信頼区間=0.9~8.7;p値=0.07)、100万~500万の範囲の繊維数では、ORLCAは1.5(95%CI=0.8~2.9;p=0.19)であったと述べている。この研究は、p値の観点で「有意性」が達成されていなかったために批判され、これにより有意性は線維症の症例のみにあることが証明された。しかし、この批判は次の2つの要因によって弱められる。(i)p≦0.05という限界値は恣意的な統計上の慣例であり、現実にはこの種の明確な境界が欠けていることが多い。(ii)この研究で重要なのは、中程度の繊維数(1.0~5.0)から低繊維数へと移行することで、低いORLCAから高いORLCAへと傾向が変化することであり、臨床的石綿肺症例はもっとも重度の曝露グループに属し、軽度の組織学的線維症例は中程度の曝露グループに属していた-ORLCAはそれぞれ2.85及び1.8となり、元の論文における年齢調整ORLCA(2.8及び1.5)とできるだけ一致するように、傾向検定により、X2(1 d.f.)=7.2(p<0.01)が得られた。さらに、線維症を伴う症例をすべて除外したうえで、腺がんのみを対象にORLCAを再計算することも可能である。すべての症例が高線維症群に属すると仮定すると、100万未満と比較して100万超については、ORLCAは依然として有意に上昇している(2.65;95%%CI=1.11~6.26;p<0.001)。Karjalainenと同僚らによる研究は、ヘルシンキ基準で当初指定された非被覆角閃石系アスベスト繊維計測の一部の基礎を形成している。
疫学研究の以前のレビューまたはメタアナリシスは、アスベスト関連胸膜プラークのない者は、実質性石綿肺が認められない限り、肺がんのリスクが高まることはないと結論づけている。レビュアーは、この結論は石綿肺がアスベスト関連肺がんの必要な前提条件であるという命題を間接的に支持する証拠であると推論した。NurminenとTossavainenは、そのような命題には論理的な欠陥があると示した。
この文脈において、科学的証拠の重みは、肺がんのリスク(及び発生)は、石綿肺についての要件なしに、累積アスベスト曝露そのものに関連していることを示しているというのが、われわれの評価である。HughesとWeillの研究発表後も、この問題に関する反対意見が長年存在し続けていたものの、われわれはこの結論に達した。その研究は、肺がんをアスベストに帰属させるために、石綿肺の要件を支持していた。しかし、石綿肺が存在すれば、肺がんのリスクはさらに高まるのである(この問題に関する追加の参考文献及び「反対」意見に対する回答については、HendersonとLeigh[1, 17, 30]を参照されたい)。この状況でわれわれは、石綿肺は主として相当量から大量の累積アスベスト曝露の指標であると考える。
3.2. 肺がんの帰属のための石綿肺の要件に関するピアオピニオン
石綿肺についていの要件をつけない累積曝露モデルは、2009年に発表されたアスベスト関連疾患に関する国際的な「Delphi」研究の結果により、さらに強化された。データベースPUBMEDを、1991年から2002年の間にアスベスト関連疾患に関する論文の筆頭著者として3回以上発表した世界中の人物を対象に検索したところ、95人がみつかった。コンピュータによるアンケート調査の回答者(95人中34人)が一連の質問に回答したが、そのなかには、「肺線維症は肺がんの発症をアスベストに帰属させる前提条件である」という質問も含まれていた。これについては、そうではないという強い意見の一致があった(「強く反対(0)」から「強く賛成(10)」の10段階評価で、中央値は1であった)。2つ目の質問は、「アスベストに曝露し、胸膜プラークまたはびまん性胸膜肥厚(線維症なし)を有する労働者は、肺がんのリスクが高まる」というもので、これは当てはまるという強い合意があり、同じ尺度で中央値は9であった。3つ目の質問は、「アスベストへの著しい曝露歴のある労働者(ただし石綿肺を有していない)は、気管支原性がんのリスクが高い」というもので、これも強い合意が得られた(同尺度の中央値9)。4つ目の質問は、「十分な期間、量及び潜伏期間のアスベスト曝露歴は、他の説明がない場合、間質性線維症の原因である可能性が高い」というもので、同尺度の中央値9で合意に達した。
3.3. アスベスト関連肺がんの病因及びその分子変化
繊維に起因する肺がんの細胞及び分子レベルの発症機序については、過去20~30年にわたって広範囲に研究されており、知識は完全ではないものの、多くのことが判明している。現在のコンセンサス見解は、アスベストは腫瘍発生の初期段階と増殖段階の両方に参加しているとというものである。ヒ素、金属、繊維、及び粉じんによるヒトの発がんに関するモノグラフは、証拠をレビューしており、コンセンサス報告書にも同様のことが記載されている。
繊維による発がんは多段階のプロセスであると考えられており、繊維が (i)遺伝子またはエピジェネティックな変化に起因する主要遺伝子の発現または機能の変化、(ii)細胞増殖の変化、(iii)アポトーシスの制御の変化、または(iv)慢性かつ持続的な炎症を引き起こす能力によって生じる可能性がある。
現在の科学文献に基づくわれわれの意見は、腫瘍発生のあらゆる段階でアスベスト繊維が関与する可能性があることを踏まえると、個人におけるアスベストへのすべての累積曝露が、腫瘍の因果関係に何らかの寄与をするものであり、結果的に、たばこの煙の同時発生効果と切り離して考えることはできない。証拠は、アスベスト繊維は、肺上皮細胞による多環芳香族炭化水素(たばこの煙のなかでもっとも特徴付けられている発がん物質のひとつ)の取り込みと代謝を増加させることを示唆している。さらに、たばこの煙はアスベスト繊維と肺上皮細胞の結合を増加させる。肺上皮細胞は遺伝的に損傷を受け、一部の損傷細胞は悪性化し、悪性細胞は異なる時期に増殖する。DNA修復プロセスが起こり(または損傷している可能性があり)、がん遺伝子と抑制遺伝子が活性化及び不活性化される。
変異した細胞はアポトーシス、壊死、及び免疫学的手段によって除去される。繊維は異なる速度で除去されるが、曝露が続けば、繊維は肺に沈着し続ける。たばこの煙の成分は、気道上部のアスベスト繊維などの微粒子の除去を妨害することが示されている。細胞レベルにおけるこれらのすべてのプロセスは確率的なものであり、繊維と細胞の相互作用の確率は、繊維の数と、任意の時点及び空間における細胞の数に依存する。したがって、単純化して言えば、繊維の数が増えれば増えるほど、フリーラジカルも増え、遺伝的に損傷を受け増殖する細胞の確率も高くなる。これは図1[省略]に示されている。アスベストによる肺がん発生の詳しいレビューについては、国際がん研究機関(IARC)のモノグラフ100Cを参照されたい。最近、石綿肺、肺がん、及び中皮腫の病因には、形質転換増殖因子(TGF)β経路を介したアスベストによる上皮間葉転換(EMT)という共通点があるという、新たな仮説が提唱されている。このメカニズムに関する新たな直接的な証拠として、クリソタイルにin vitroで曝露した気管支上皮細胞に関する研究結果が最近発表された。
われわれの知る限り、上皮成長因子や未分化リンパ腫キナーゼの突然変異発現などの、肺がんの分子プロファイルは、アスベストが原因である可能性が疑われる肺がんと、そうでない肺がんを明確に区別するものではない。最近のいくつかの研究では、突然変異の種類とアスベストの因果関係との関連性が認められているが、われわれの意見は、遺伝子研究から、一般集団における同等の肺がんと比較して、アスベストが原因のがんを明確に特定することはまだ不可能である。Nelsonらは、アスベストに曝露した肺腺がんにおいて、曝露していない肺のがんよりもk-ras突然変異がより頻繁に認められることを発見した。Kettunenらは、アスベスト曝露による肺がん(全細胞型)において、曝露していないがんと比較して、染色体2p16の損失が統計的に有意に高い頻度で認められることをみいだした。2014年のヘルシンキ基準のアップデートでは、肺がんに関する1997年の基準に変更を加えることは推奨されていない。報告書は、分子分析の潜在的有用性を評価する唯一の手段は、現在の原因帰属基準との比較であり、できれば国際的な多施設前向き研究において行うべきであると述べている。また、遺伝子バイオマーカーを個々の症例の原因帰属の裏付けとして適用するには、さらなる研究が必要であるとも指摘している。
3.4. 肺がん因果関係疫学データについてのアスベスト繊維とたばこ喫煙との相乗効果
現在の一般的な見解は、アスベスト曝露とたばこの喫煙は相乗的に作用して肺がんの原因となるというもので、1968年以来認められている乗法的モデルで説明されているが、相加的(submulti-plicative)以上の効果も指摘されている。さらに、とりわけケベックのクリソタイル・コホートに対しては、相加モデルが適用されてきた。また、Markowitzと同僚らは、北米の保温工の死亡率分析において、アスベスト単独については相加効果、石綿肺については相乗効果を各々記録している(モデルの定義については付録Aを参照)。
Hammondらによるアメリカの保温労働者を対象とした1979年の大規模コホート死亡調査(肺がんによる死亡者数276人)では、アスベストに曝露したことのない非喫煙者と比較して、喫煙は肺がんのリスクを約10倍に増加させ、アスベストはリスクを約5倍に増加させ、2つの要因を合わせるとリスクは(15倍ではなく)約50倍に増加させた。これはほぼ純粋な乗法効果である。肺がんの要因すべてを53という数値に集約してアスベストに曝露した喫煙者の実際の平均リスクを定量化すると、その構成要素は、ベースリスクが1、喫煙リスクが10(10.85-1)、アスベストリスクは4(5.17-1)、そして喫煙とアスベストの相互作用によるリスクは38(53–1–10–4)である。相互作用が非常に重要であることは明らかである。
しかし、病態生理学的観点及び定義上の問題として、相互作用効果を喫煙とアスベストの個々の効果に分割することはできない。NurminenとKarjalainenは、フィンランドにおける職業要因(喫煙とアスベストによる肺がんを含む)に関連した死亡の相乗的割合も強調している。オーストラリア王立内科医師会のオーストラレーシア職業医学部は、アスベストによる肺がんの量関連リスクは、喫煙量の少ない人の方が高い可能性があることを認識しながらも、この関係は一般的に乗法的であるというコンセンサス見解を繰り返し述べている。
この相乗効果の生物学的機序と統計的相互作用の形態に関する権威あるレビューは、国際がん研究機関によって作成されてきた。様々な研究をレビューした結果、著者らは一般的に乗法モデルがもっとも適合度が高いと結論付けた。Liddellは、ケベック州の採掘・精製労働者を対象としたコホート研究は、乗法的なものではなく、むしろ喫煙とアスベストの相加的な影響を示していると主張している。ただし、彼は、「相加仮説は一般的に適用できるものではない」と認めている。彼は、喫煙とアスベストが肺がんを引き起こす相互作用の性質に関するLeeのレビューに言及しているが、分析した30/31のデータセットにおいて、その影響は相加効果よりも大きく、全体として乗法モデルからの逸脱は見られなかったというLeeの調査結果については扱っていない。Leeは、ケベック・コホートデータを2つの異なる方法で分析し、そのデータが乗法モデルからの真の逸脱を示していないことをみいだした。彼は、乗法モデルが全体としてもっとも適合性が高いと結論づけた。大規模な症例対照研究(症例1004及び適合させた対照1004)では、乗法モデルからの逸脱を裏づける統計的証拠は認められなかった。VainioとBoffettaは、相互作用は乗法モデルに近似しており、たばこの煙とアスベストは発がんの多段階過程にそれぞれ独立した影響を及ぼしている可能性があると結論づけた。より最近の研究をいくつか含めた最近のメタアナリシスでは、生物学的レベルでの相互作用を示唆する相乗作用が示された。これは、ヨーロッパ及びカナダで1985年から2010年にかけて実施された14の症例対照研究をプールしたOlssonらによる最近の大型研究でも裏づけられている。これらの研究には、喫煙習慣及び生涯の職業に関する詳細な情報を含む17,000例以上の肺がん症例と21,813例の対照が含まれていた。男性では、アスベストへの曝露量の増加に伴い、喫煙のカテゴリーに関わらず、肺がん(すべての主要組織型)リスクが増加していることが確認された。一方、女性では、組織型に関わらず、現在喫煙している者において肺がんリスクが増加していることが確認された(ORは約2倍)。このデータは、男性ではアスベストへの曝露と喫煙を合わせた影響が相乗的であることを再び裏づけ、女性ではその影響が相加的であることを示している。
3.4.1./2./3. 肺がんの因果関係についてのアスベスト繊維とたばこの煙の間の相乗効果:生物学的データ/動物実験/ヒトにおける研究 [省略]
3.4.4. 肺がんの因果関係についてのアスベスト繊維とたばこの煙の間の相乗効果:要約
肺がんを引き起こすうえでのアスベスト曝露とたばこの煙の間の相互作用の正確なメカニズムは完全には解明されていないものの、この分野では過去20~30年にわたって多くの研究が行われてきた。両者が作用した際の個々の事例における因果関係を分析することは不可能である。両者はある程度作用しているはずであり、純粋な物理化学的観点から見ると、この状況では、肺がんは2つの要因が同時に作用した結果である可能性が高い。
いずれか一方の因子のみへの曝露が、他方が存在しない場合でも、肺がんを引き起こす可能性はあるが、両方の因子が存在する場合には、相互依存の生物学的証拠を踏まえると、発がんの過程において両方の因子が作用している可能性が高い。そうでないと仮定することは、生物学的行動を支配する物理的及び化学的法則の存在を否定することになる。医学はすべて、細胞、分子、及び動物実験から得られた知識を人間に適用することに依存しており、人体に化学や物理を直接適用する侵襲的な人体実験を必要としない。上記の結果として、いかなるアスベスト曝露も、たとえヘビースモーカーであっても、因果関係を正当化するものと考えられる。
アスベストとたばこによって引き起こされる肺発がんの生物学的メカニズムに関する現在の理解は、図1[省略]に示されている。
3.5. 原因帰属と肺がんリスクに対する累積アスベスト曝露推計の関連性
組織学的石綿肺はより低い曝露でも起こりうるものの、25繊維/mL-年(繊維-年)の累積曝露が、臨床的石綿肺の最初の徴候と関連する可能性がある。Hendersonらにより論じられているように、石綿肺の発症に必要な量は25~100繊維年であると主張する者もいる。石綿肺の誘発に必要なアスベストの推計累積曝露量は、年とともに減少しており、文献[102]は、4.5繊維-年における2/1000の石綿肺の生涯リスクに言及し、Dementらにより報告された研究における5繊維-年未満での「少数」の石綿肺死亡に注目を向けている。BurdorfとSwustは、石綿肺を評価するための段階的決定木アプローチにおいて、産業別に定義された何らかの曝露確率について、1年超の期間の5.0繊維/mL以上のレベルでの直接曝露の証拠が、石綿肺の「確認」に十分であることを示唆した(すなわち、5.0繊維-年超)。低「量」曝露に関連した石綿肺を評価する場合、(i)大気中の平均繊維濃度から集団全体について計算される低い平均/中央「量」は、関連集団を構成する一部の個人の曝露の大きな変動を反映していないかもしれない、(ii)その他の曝露の被認識、の2つの要素を考慮することが重要である。
25繊維-年の累積アスベスト曝露は、非曝露者と比較して肺がんリスクが約2倍にすること、すなわち、De Vuystによれば、混合繊維型曝露の場合についての率(リスク)比(RR)の1から2への相加的増加、と関連すると認められているレベルでもある。これが、ドイツ当局及びヘルシンキ専門家グループによる選択の根拠となった。他の研究は、25繊維-年についての率比の付加的増加を、含められた全繊維種のメタアナリシスで0.25、イギリスのクリソタイル紡織作業で0.5、アメリカのクリソタイル紡織作業で0.06としている。
RR=2の率比は、一部により、0.5(50%)の「因果関係の確率」に相当する、曝露者における帰属割合(AFE)と一般的に同等とみなされてきた。したがって、RR=(曝露者における罹患率)÷(非曝露者における罹患率)=IE/I0=2とすると、AFEは(IE-I0)/IE=(RR-1)/RR=(2-1)/2=0.5で与えられる。比率(IE-I0)/IEは、曝露群における曝露が原因で発病した症例の割合を示す(曝露がなくても発病する症例もある)。AFE=0.5であれば、曝露が原因で発病した症例のうち曝露症例の割合は0.5 (50%)である。
個人における確率に置き換えると、曝露症例を想定した場合、曝露が疾病を引き起こした確率は0.5(50%)であると主張することができる。これは便宜上、民事上の証明基準と同じであり得る。しかし、このアプローチには根強い批判がある。それは、曝露者における帰属割合はしばしば因果関係を過小評価する可能性があるということである。これは、因果関係の確率が個人に適用され、生物学的、疫学的、その他の証拠に依存するのに対し、AFEは疫学的尺度であり、集団に適用されるからである。サンプリングエラー、バックグラウンドリスクのばらつき、個人の感受性、生物学的メカニズムはすべて、因果関係の確率に影響を及ぼす可能性がある。さらに、曝露のみに起因する事例と、曝露によって因果関係が促進された事例とには区別があり、これらの概念を数学的、準学術的、及び法的な用語で説明したものについては[72, 109, 110, 111, 112]を参照されたい。
例えば、Greenlandは、疫学と補償決定に関する文献によくみられる2つの誤解を指摘した。第1に、「因果関係の可能性は相対リスクのみから計算することはできない」ということである。第2に、「因果関係の可能性が50%を超える曝露量(曝露の因果関係がないよりも可能性が高い点)は、「倍加量」(疾病の発生率が2倍になる量)をはるかに下回る可能性がある」ということである。Greenlandは、「とりわけ、一般的な認識とは異なり、50%という割合(または2という率比)は、50%の因果関係の可能性には相当しない」。
一部の職業性肺がんの場合には、9%の帰属割合に相当する、RR=1.1(2ではなく)が、民事裁判所により、「の原因」ではなく、因果関係に対する重大な責任の指標として受け入れられている。
IARCは、例えば、シリカやディーゼル排気ガスなど、ヒトのコホート研究から得られた典型的な発がん率比が1.3~1.6である場合、発がん物質をカテゴリー1(ヒト発がん物質)に分類している。因果関係に関するよく知られたBradford Hillガイドラインの注意点は、RothmanとGreenlに記載されており、そこでは、因果関係が認められる低率比の例(例えば、喫煙と心血管疾患、受動喫煙と肺がん)を挙げながら、関連性の大きさ(例えば、率比の大きさ)と因果推論の信頼性との関係について論じられている。RR=2は、例えば、RR=1.1と比較してとくに魔法のようなものではない。RR=2という値は2倍を表すのに対して、RR=1.1は率比で10%の増加を表す。
RR=1.1が臨床的に有意かどうかは、曝露群の規模とバックグラウンド(非被曝群における)罹患率に依存する。例えば、バックグラウンド罹患率が年間10万人当たり1人である場合に、ある因子に10万人が3の率比を生み出す曝露レベルで曝露した場合、この集団では曝露によって年間3-1=2人の超過症例が発生する。バックグラウンド罹患率が年70/100,000である場合に、ある因子に10万人が1.1の率比を生み出す曝露レベルで曝露した場合(肺がんに関して)、この集団では年間77人-70人=7人の超過症例が発生する。疫学研究から得られた1.1という率比が統計的に有意であること(すなわち、サンプリングエラーや偶然によるものではないこと)、コントロールされていない交絡因子の結果ではないことを確認することが重要である。これは、優れた疫学研究デザインによって保証される。現在では一般的に、交絡因子が未知であることを根拠として、低度の率比の増加に異議を唱えようとする者は、この交絡効果を証明する責任を負うべきであると考えられている。しかし、一般的には、相対的に高い率比の方が未知の交絡因子によって歪められる可能性が低いことに変わりはない。
率比の増加の臨床的または公衆衛生的意義は、曝露した集団の割合にも依存する。ある集団の多くが低いRRで曝露している場合、RRが高くても曝露者数が少ない場合に比べて、全人口における曝露に起因する症例数が多くなる可能性がある。
25繊維-年曝露による肺がんRRは、アモサイト工場労働者については2.5、ウエスターンオーストラリア州のウイットヌームのクロシドライト採掘/精製労働者については1.8と推計されている。また、RödelspergerとWoitowitzは、南アフリカのアモサイト及びクロシドライト鉱夫のデータを分析した結果、累積曝露が25繊維-年未満で率比が2であることを示した。
2000年以降、アスベスト関連肺がんについてのリスク-曝露量関係に関する3つの重要な研究が新たに発表された。これらの研究は混合曝露に関するもので、よく設計された症例対象研究である。スウェーデンで実施された非常に大規模でよく設計された症例対象研究(症例1042人、対照2364人)は、肺がんリスクの増加についての係数は、25繊維-年についてのRR=4.5として、1繊維-年当たり0.14であった。より低い「量」でのリスクを調査したさらなる研究では、4繊維-年の「量」での肺がんリスクは1.9であった。19の研究に適用された自然スプラインモデルは、4繊維-年及び40繊維-年の曝露についてのRRをそれぞれ1.013 1と1.027の間及び1.13と1.3の間と推計したが、40繊維-年未満の量におけるクリソタイル及び角閃石系間のRRの3~4倍の差に大きく影響された。喫煙の影響は、相加的と相乗的の中間であった。2002年6月、Pohlabelnらは、大規模な集団ベースのマッチされた症例対象研究(症例839人、対象839人)において、男性164人の症例とその164人の対象からなる検証サブサンプルにおいて、25繊維-年のアスベスト曝露の喫煙調整オッズ比(OR)1.71(95%CI=1.18~2.46)、10繊維-年超のカテゴリーの喫煙調整リスク(OR)1.94(95%CI=1.10~3.43)をみいだした。著者らは、これらの結果は25繊維-年の曝露で肺がんリスクが2倍になることと矛盾しないと主張した。
Olssonのプール症例対象研究では、16.4繊維-年(全男性)及び30.3繊維-年(ブルーカラー労働者)でリスクが倍増する。
症例対象研究は、よく設計されていれば、コホート研究と同じ情報を与えるので、発表済みと未発表を問わず、すべての関連研究とともにメタアナリシスに含めるべきである。
HodgsonとDarntonによる17の選択された公表済みコホート研究のメタアナリシスは、妥当な全体的最良推計として、角閃石系アスベストの肺がん率比は1繊維年当たり0.05(25繊維-年におけるRR=2.25)、商業用クリソタイルの肺がん率比は1繊維年当たり0.001(25繊維-年におけるRR=1.025)とした。クリソタイル率比についてのもっとも高い推計は0.005(25繊維-年におけるRR= 1.125)であった。混合曝露の場合は中間の値になる。しかし、HodgsonとDarntonは、もっとも高いリスク/曝露量係数を示したクリソタイル・コホート研究(サウスカロライナの紡織労働者)を分析から除外し、症例対象研究も除外した。これらの研究を含めると、クリソタイル繊維と混合曝露の係数が全体的に高くなったろう。BermanとCrumpによる、同様のコホートの選択(ただし、いくつかの重要な除外を含む)を用いた、様々な種類の繊維の相対的肺がん効力に関するより最近の解析でも、同様の結果が得られている。アメリカ環境保護庁(EPA)は現在、リスク評価にBermanとCrumpのモデルを使用しないことを決定している。クリソタイルと角閃石系の相対的な肺がん発がん性について、データの質を考慮した最近の再評価では、この点でクリソタイルと角閃石系の間にはほとんど差がないという結論が出されている。クリソタイルのみに曝露した労働者を対象とした中国の大規模コホート研究内の最近のネスティッド症例対照研究では、高曝露群でOR=3.7が得られ、喫煙との相加作用以上の結果が得られた。
アスベスト関連肺がんについての閾値はない。いくつかの研究では、腺がんリスクは、他の肺がん細胞種よりも、定量化されたアスベスト曝露による量反応勾配が急である傾向があることを示しているようである。最近の非常に大規模な一般人口コホート研究(男性58,279人を17.3年間追跡)では、とりわけ低レベルの職業アスベスト曝露におけるがんリスクについて、肺腺がんは調査された最高レベルの曝露においてのみ有意なリスクであることが示されたようである(この知見は、腺がんはアスベストとより急峻な量反応関係を有するという先の記述とは対照的である)。しかしながら、著者らは考察(p.17)のなかで、これは研究デザインと喫煙が腺がんと弱い関連しかないという事実によるものかもしれないと説明している。喫煙で層別化すると、腺がんのアスベストとの関連はプールされた全細胞型よりもたしかに高い。また、この研究でもっとも高い累積曝露区分は6.7繊維-年(中央値)にすぎないことにも注意すべきである。
異質性の大きい公表データのメタアナリシスの欠陥と不確実性が指摘されている。
ヘルシンキ及びAWARD基準に関連したアスベストと肺がんに関するより最近の文献のさらなる議論が提供されている。これらのレビューでは、ヘルシンキ基準の疫学的根拠が擁護され、1997年以降の新しいデータに照らして強化されている。それらは、石綿肺は帰属の前提条件ではなく、正確な組成が不明な混合繊維型曝露については、喫煙歴に関係なく、25繊維-年レベル(または同等の曝露歴若しくは肺繊維量)が肺がんをアスベスト曝露に帰属させるための妥当なレベルであるという立場を擁護している。特定のコホート、生涯非喫煙者について、または実際の曝露の種類が確実にわかっている場合には、より高いまたは低い基準が適用される可能性があることを認めている。生涯非喫煙者または診断前に30年以上禁煙している喫煙者については、アスベストによる肺がんに対する因果関係を割り当てるのに十分として、5繊維-年の累積曝露が推奨されている。生涯非喫煙者のアスベストによる肺がんリスクは、喫煙者の約3倍である。Guidottiは、非喫煙者における肺がんはまれであるため、アスベストへの曝露があれば、肺がんとアスベストの関連を想定できると考えている。これは、他の職業的肺発がん物質への曝露による共作に加えて考えられる。石綿肺-アスベスト曝露ではなく-が「肺がんの主要なリスク要因」として引き合いに出されるようになったのは2014年のことであり、Cagleは、「より優れたマーカーが登場しない限り、また登場するまでは、アスベスト関連肺がんの唯一の一貫して信頼できるマーカーは石綿肺であり、とくにたばこ喫煙者でもあるアスベスト労働者においてはそうである」とコメントした。われわれは、早期/軽度の石綿肺の臨床的-放射線学的診断が一貫性または信頼性をもって行えない場合があり、以下の意見の相違から、呼吸器内科医と放射線科医の間で論争の的になることがあると考える。
- 高解像度CTスキャンでさえも、真性の間質性線維症が存在するかどうか、あるいはいかなる変化も関連する胸膜線維症に関連しているかどうかに関する論争
- とりわけ胸膜プラークが証明できない場合、間質性線維症が石綿肺なのか、特発性肺線維症(通常の間質性肺炎[UIP])なのか、アスベストとは無関係の非特異的間質性肺炎[NSIP]なのかに関する論争
- 組織学的検査においても、石綿肺に適した分布の真性間質性線維症、すなわちUIPパターンやNSIPの線維化変異体、あるいはどちらにも分類しにくいびまん性間質性線維症が存在するかどうか、あるいはその診断に十分石綿小体が存在するかどうかに関する、病理医間の不一致
われわれは、行きわたっている証拠は、石綿肺を必要としない肺がんリスクについての累積曝露モデルに適合していると考える(ただし、石綿肺は依然としてアスベスト曝露のひとつの基準ではある)。加えて、PubMedとEmbaseにおけるアスベストと肺がんに関する5864件の引用の最近の系統的な文献分析は、ヘルシンキ基準の諸原則をおおむね裏づけている。
3.6. アスベスト曝露の数値評価の問題点
様々な職場における大気中アスベスト繊維濃度の体系的な測定が、ドイツやスウェーデンなど諸国、及び他の場所の特定の産業において実施されてきており、これにより繊維/mL-年で表される累積曝露量の推定が可能となっている。しかし、様々な国の多くの職場-とりわけアスベスト含有材料の最終用途(例えば、建物建設、造船所、オーストラリアの発電所)では、そのような測定は実施されていない。後者のような状況では、曝露の推計は、他の職場や国のデータを用いて評価されることが多い。敵対的な訴訟手続において、われわれはしばしば、同じ症例について、労働衛生学者たちによる(ときには100倍以上も)大きく異なる曝露の推計に遭遇し、なかには発症した疾患と相容れないものもある(例えば、スコットランドとオーストラリアで10年間船舶建造に従事した経歴をもつ、石綿肺を合併した胸膜中皮腫患者のある症例で、彼の推計累積曝露が約1.0繊維-年であった)。このような状況では、われわれは、それらの用語が不正確であることを認めつつも、「軽度」、「中等度」または「重度」といった表現を使うことを好む。少なくとも、それらは、数的推計値の推定値というもっともらしい擬似的な精度を前提にしてはいない。
明確なアスベスト曝露のない患者の肺における石綿小体のバックグラウンドレベルは、フィンランドでは他の国よりも高いようである。Karjalainenらは、アスベスト曝露の指標として、ヘルシンキ地区の肺がん患者から採取した石綿小体(AB)と石綿繊維(AF)の肺内濃度間の関係を分析した。回帰式log(AF)=-0.429+0.600 log(AB)は、肺組織切片中の所予の石綿小体に対応する石綿繊維濃度(106繊維・g-1)を予測することをみいだした。医療訴訟においては、石綿繊維及び石綿小体の計数に方法論的なばらつきがあることを認識されなければならず、可能な限り最良の曝露推計を生み出すために利用可能なすべての曝露データが用いられるべきである。
混合繊維曝露の非被覆石綿繊維濃度の肺組織濃度に関して、ヘルシンキ基準は、乾燥肺1g当たり200万本以上の角閃石系繊維(長さ5μm超)、または500万本以上の長さ1μm超の角閃石系繊維の計数を設定している。しかし、方法論が異なるため、分析機関によって繊維濃度が異なることがある。したがって、われわれは現在、この基準を修正し、同じ分析機関で評価されたものとして、石綿肺症例について、5パーセンタイル濃度超の角閃石系維数を指定する。
3.7. 肺がんのアスベスト曝露への帰属のための基準の提案
以下のように若干の修正及び喫煙カテゴリーについて簡略化を加えたかたちで示すことのできる、HendersonとLeigh[※]により提示されたかたちの当初のヘルシンキ基準によるアスベストに関する帰属のための一連の基準
[※Henderson et al., Asbestos and carcinoma of the lung. In Asbestos: Risk Assessment, Epidemiology and Health Effects, 2nd ed.; Dodson, R.F., Hammar, S.P., Eds.; CRC Press/Taylor&Francis: Boca Raton, FL, USA, 2011; pp. 269–306.[2012年5月号参照]]
最低10年の潜伏期間を有するアスベスト曝露
かつ
現在の喫煙者については:
臨床的・放射線学的または組織学的に異議のない、または多数である石綿肺の診断
または
同様の作業を同様の期間に同様の回数行う同じ労働者集団の他の労働者における石綿肺の発生
または
アスベスト混合繊維、アスベストへの最終用途曝露(例えば、建物建設業や保温作業)については、25繊維-年以上のアスベストへの累積曝露の異議のない/多数である推計
角閃石系のみ(アモサイトまたはクロシドライト)曝露については20または25繊維-年、アスベスト紡織労働者については25繊維-年の異議のない累積曝露推計
クリソタイルのみ曝露、とりわけカナダのクリソタイル採掘・粉砕労働者、及び摩擦製品への曝露については200繊維-年、並びにその他のクリソタイルのみ曝露については100繊維-年
これは、角閃石系:クリソタイルの相対的効力が1:4であるという推計に基づいている。
または
アスベスト紡織労働者、造船所、発電所、鉄道作業所での作業を含むアスベスト保温労働者、及び、とりわけ閉鎖的かつ換気の悪い職場で実施された場合には、そのような作業に近接したその他の者については、1975年以前に少なくとも5年間、または1975年以降に5~10年間のアスベスト曝露、若しくは、アスベスト保温材の一貫したまたは頻繁な吹き付け作業を伴う作業については1年間
HendersonとLeigh[前記※]は、カナダのクリソタイル採掘・破砕労働者及び摩擦製品労働者をこの評価から除外した。
または
喫煙したことのない者または肺がん診断前に30年以上禁煙していた者については、5繊維-年に相当する累積曝露量、若しくは、前項で示した作業については各期間の3分の1に相当する曝露
または
混合繊維及び最終用途曝露については、同じ分析機関での、石綿肺症例における5パーセンタイル以上の石綿小体または(同じ長さの繊維について)非被覆角閃石系繊維の濃度
クリソタイル繊維は角閃石系繊維よりも速やかに肺から排出されるため、クリソタイルのみ曝露については繊維分析は用いるべきではなく、代わりに職業歴で代替すべきである。
これらの基準を簡略化したフローチャートにまとめたものが図2[省略]である。
提案された基準は、主として喫煙が考慮されない法定保障のために設計されている。共同不法行為者として、または寄与過失の例として、たばこの喫煙が考慮され得る訴訟状況では、異なるアプローチが必要となるかもしらず、また、配分方法が適用されるかもしれない。簡略化したフローチャートを図2[省略]に示す。アスベストと喫煙は、個々のケースにおいては、生物学的レベルで不可分の作用因子であるため、たとえ25繊維/mL-年未満の曝露であっても、アスベストによる因果関係には常に何らかの共同寄与があり、これは、喫煙歴や遺伝的感受性の可能性を考慮しつつ、比例的に補償されるべきである。このことは、ヘルシンキ基準の2014年アップデート版に対する最近の批評でも認識されている。喫煙を考慮に入れるための様々なモデルが利用可能である。
しかし、このような配分スキームはすべて、たとえ生物測定学的理論と経験的データの両方に基づいていたとしても、作為的な数理モデルであり、複雑な生物学的現実を完全に反映するものではないことを強調すべきである。個々の肺がん症例において遺伝的感受性を考慮する可能性は、アスベスト曝露に関するゲノム規模での遺伝子-環境相互作用解析の適用により、より現実的になるかもしれない。
4. 結論
このもっぱら教訓的なレビューを通じて得られた新たな知識は、生物学的レベルでの肺がん発症におけるアスベストとたばこの煙の相乗作用の証拠、及びアスベスト関連肺がんに対する補償の意味合いに対する科学的根拠に基づく公平なアプローチの提案というかたちをとっている。評価された統計データは、石綿肺の存在を必要としない、肺がんリスクの乗法モデルに適合している。
付録A 加法モデル及び乗法モデルの定義
加法モデル(1) 疫学で使用されるモデルで、その構造形式は、疾病率(R)が、切片項(α)、曝露効果(βE)、共変量効果(δC)の線形関数であることを意味する。同様に表現すると、曝露の単位増加による効果の率差(RD)は、共変量レベル全体で一定であり、曝露係数βに等しい。例えば、2つの二値曝露E1及びE2(1=曝露あり、0=曝露なし)の率差に対する共同効果は、それらの単独効果の合計である。
RD=[α+β1(E1=1)+β2(E2=1)+δC]-
[α+β1(E1=0)+β2(E2=0)+δC]=
β1+β2=RD1+RD2 (A1)
したがって「加法モデル」と呼ばれる。
乗法モデル(2) 疫学で使用されるモデルで、その構造形式は、疾病率(R)が、切片項(α)、曝露効果(βE)及び共変量効果(δC)の指数関数であることを意味する。同様に表現すると、曝露の単位増加による影響の率比(RR)は、共変量レベル全体で一定であり、曝露係数βの逆数に等しい:RR=exp(β)。例えば、2つの二値曝露E1及びE2(1=曝露あり、0=曝露なし)の率比に対する共同効果は、それらの単独効果の積である。
RR=exp[α+β1(E1=1)+β2(E2=1)+δC]/exp[α+β1(E1=0)+β2(E2=0)+δC]=exp(β1+β2)=exp(β1) ×exp(β2)=RR1×RR2 (A2)
したがって「乗法モデル」と呼ばれる。
[参考文献省略]
※https://www.mdpi.com/1660-4601/17/1/258
安全センター情報2025年1・2月号