アスベストによって引き起こされた肺がん:報告する病理医が知っておくべきこと/Klebe et al., Lung Cancer, June 21, 2024●アスベストと関連肺がんアップデート

ハイライト

  • 形態学では、肺がんがアスベストによって引き起こされたかどうかを確実に特定することはできない。
  • 原因の特定には曝露歴及び石綿肺やプラークなどの代替マーカーが利用される。
  • 石綿小体は、現在の基準では、石綿肺の組織学的診断の重要な要素と考えられている。
  • しかし、すべての種類の石綿が石綿小体を残すわけではない。
  • アスベストに起因する肺線維症と特発性の区別は困難である可能性がある。

抄録

アスベストは、肺がんを引き起こす可能性のある発がん性物質である。肺がんの診断がアスベストへの曝露に関連しているのではないかという疑いは、治療には影響しない。しかし、個々の肺がんをアスベスト曝露に帰属させることは、重要な法医学的意味合いがあり、公衆衛生対策・政策に影響を与える可能性がある。他の発がん物質(例えばたばこの煙、シリカ、その他多数)への同時曝露は、因果関係を解明する際に複雑性を加える。ヘルシンキ基準は、過去のアスベスト曝露と肺がんを関連づけることを助けるために策定された。代替マーカーを利用することもでき、石綿症や胸膜プラークの兆候が含まれる。石綿肺の存在を示すためにもっとも広く利用られている基準は、光学顕微鏡による1cm2の組織切片当たり2つ以上の石綿小体と併用した間質性線維症である。光学顕微鏡または電子顕微鏡による石綿小体の特定は、石綿肺の診断に重要な要素を提供する。しかし、線維症は微妙な場合があり、石綿小体の分布は肺全体で均一ではなく、アスベスト繊維の種類によっては生物学的残留性が低く、また、すべての種類のアスベストが石綿小体を形成するわけではない。追加の基準は、曝露歴に関する知識を必要とし、それは病理医には不明であることが多いが、形態学のみに頼ることは、間質性肺疾患を特発性として誤分類することにつながる可能性がある。喫煙に関連する肺がんの兆候が明らかになっているが、アスベストに関連する肺がんの兆候はまだ特定されていない。本レビューでは、外科病理医の実践上の要点について論じる。

1 はじめに

単一または複数の悪性腫瘍の原因の認定は、公衆衛生に重大な影響を及ぼす可能性がある。また、因果関係は、金銭的補償の根拠となる場合もある。中皮腫発症の主な原因がアスベストであることが特定されたことにより、多くの先進国ではこの発がん性鉱物の使用が禁止された。それ以下であればアスベストが中皮腫を引き起こさない閾値はないため、病理医が中皮腫を明確に診断すれば、患者は容易に補償を申請することができる。アスベストによって引き起こされる肺がんの状況はより複雑である。アスベスト起因肺がん(ARLC)の形態は、喫煙など他の多くの原因による肺がんと同一であるためである。肺がんが「アスベスト関連」であるという結論を裏づけるために代替基準が用いられており、「石綿肺の証拠なし」といった記述は誤解を招き、肺疾患の不注意による誤分類につながる可能性がある。
アスベストとは、自然に生成される2つの鉱物グループ、角閃石系(アクチノライト、アモサイト、アンソフィライト、クロシドライト、トレモライト)と蛇紋石系(クリソタイル)を指す用語である。クリソタイルまたは白石綿がもっとも広く使用されているアスベストであり、現在でも商業的に採掘が継続されている。国際がん研究機関(IARC)は、すべての形態のアスベストが肺がんを引き起こす能力があると認めているが、肺がんのもっとも主要な原因は依然として喫煙であり、アスベストやその他の吸入性発がん物質の役割に関する判断を複雑にしている。
多くの国がアスベストを禁止し、その使用は西ヨーロッパ、オーストラリア、日本、韓国を含む多くの地域で著しく減少しているが、2016年に職業上の死亡原因の86%が依然として肺がんであり、アスベストは 職業性発がん物質による死亡者数349,000人(95%信頼区間269,000~427,000)のうち63%に責任があった。ARLCはいまもなお重大かつ進行中の社会的及び経済的負荷である。
ARLC患者の予後や治療反応に違いがあるという実証はないため、個々の症例に対する意味合いは主に法医学的であり、補償の適格性を判断する基準は、これらの要因が考慮されることのなかった通常の病理報告書に遡及的に適用される可能性がある。ARLCの過小認定が蔓延していることは、公衆衛生にも広範な影響を及ぼしている。専門知識は、通常、法医学的な業務を伴う、熱心な関心を持つ病理医に集中することが多い。例えば、石綿肺の診断基準を定義する論文は、即座に法医学的な影響を及ぼす可能性があるが、その影響は特別な関心を持つ人々のみに明らかになる。このような困難を理解し、単独で実施されるルーチン病理評価の限界を理解することは、肺の標本を報告する病理医にとって重要である。ここでは、いくつかの実践的なポイントを提示する。

2 歴史

ドイツの文献には、1930年代半ばに石綿肺患者の肺がんに関する剖検報告が記載されている。肺がんと石綿肺の関連性は、1938年にさらに明確に認識されるようになり、Wedlerは1939年に「アスベストが肺がんを引き起こす可能性は疑いようがない」と述べている。その結果、1943年に、関連する石綿肺の程度に関わらず、肺がんはドイツで補償対象疾患に指定された。第二次世界大戦中のこの判定は、世界の他の地域の医学界ではあまり注目されなかったかもしれない。クリソタイルに起因するマウスの肺腫瘍の動物モデルがあるにもかかわらず、イギリスやアメリカの科学者のなかには、その関連性を認めることに消極的な者もおり、その傾向は補償制度にも反映されていた。

3 ヘルシンキ基準

ヘルシンキ基準及びその様々な修正版は、1年当たり1立方センチメートルあたり1繊維(繊維-年)の累積曝露のにつき0.5~4%の増加を推計している。この範囲の上限値を用いて、25繊維-年の累積曝露で肺がんリスクが2倍になると計算され、RR2であれば有意であると任意にみなされている。はるかに低いRRが公衆衛生対策に変換されている。例えば、配偶者の受動喫煙に曝露した喫煙したことのない女性の肺がん発症に関するプールされたRRは、北米(RR 1.15(95%CI 1.03~1.28))、アジア(RR 1.31(95%CI 1.16~1.48))、ヨーロッパ(RR 1.31(95%CI 1.24~1.52))の研究を含んだ大規模メタアナリシスで評価されたように、1.27(95%CI 1.17~1.37)である。
単一の原因因子とまれな疾病結果(アスベストによる中皮腫など)を扱う場合、「リスク」は単一の事象(中皮腫)に集約される。前述のとおり、他の(アスベスト以外の)発がん物質の交絡効果は、肺がんのリスク評価を深刻に複雑化させる 現行の証拠は、アスベストへの累積曝露と肺がんの関係は、閾値なしの線形量反応モデルによって支配されていることを示しており(例としてHodgsonとDarntonの論文参照)、低曝露では量反応曲線の勾配が急であり、高曝露では勾配が平坦になり、石綿肺は必要条件ではないという証拠も一部ある。累積曝露モデルの証拠は、いくつかのレビューで詳細に述べられている。したがって、特定の状況における「有意性」を定義するものについて、批判的なレビューが必要である。
また、ヘルシンキ基準は、ARLCの診断に使用できる組織学的指標も提示しているが、長年更新されておらず、もっとも論争の多い問題点は病理報告に関係している。とりわけ、石綿肺の組織病理学的診断に頼ることは、石綿肺の診断基準が限定的であることも相まって、問題がある。アスベスト関連がんの認識不足と過小評価が報告されている。

4 石綿小体と石綿肺

石綿肺は長い間、肺がんとの強い関連性が指摘され、石綿肺は肺がんの必須条件ではないものの、その存在は依然として帰属について非常に重要な要素であるが、アスベスト曝露歴が陽性であることがもっとも重要であることに変わりはない。定義上、石綿肺は、アスベスト繊維の吸入の結果として生じる、通常は下葉のびまん性肺間質線維症を意味する。しかし、アスベスト関連がん及び線維症の双方両方における量反応効果は十分に認識されているものの、線維症と発がんの間に順次的または必然的な生物学的関連があるという証明はなされていない。興味深いことに、これはシリカなどの他の職業性発がん物質については議論の余地がない。石綿肺の組織学的基準は時代とともに変化しており、広く合意されているわけではないが、それにもかかわらず、ヘルシンキ基準は、Roggliらによる2010年の基準に基づいている。それらは時代遅れであり、ほとんどの関連曝露がクリソタイルであった現代には適していないように思われる。それらの基準によると、石綿肺の組織学的診断には、技術的に適切な肺サンプルにおけるびまん性間質性線維症の特定に加え、1cm2の断面面積あたり2つ以上の石綿小体の存在、または同じ分析機関で記録された石綿肺の範囲に該当する非被覆アスベスト繊維(電子顕微鏡による)の計測が求められる。今日、肺がんの診断の多くは、中心部または気管支内生検に基づいて行われるが、その生検では、石綿肺の有無について信頼性の高い判断を下すのに十分な非腫瘍性の肺組織が存在しない。さらに、繊維の数は肺全体でばらつきがあり、下葉ではより高い数値が認められる。複数の部位が必要となる場合もあり、Molleらは、56例中12例では、職業性のアスベスト曝露を示す乾燥重量1g(gdw)当たり1,000本以上の石綿小体がみられた後に、追加の切片を繰り返し検査した後に初めて石綿肺が明らかになったと報告している。これらの56例では、中央値の線維濃度は3,281本/gdwであった。著者らはまた、組織学的に石綿小体が認められないものの、この中央値よりも高い濃度と間質性線維症が認められた症例をさらに5例発見した。ほとんどの日常病理検査室では、繊維の計数手段として電子顕微鏡を使用できない。計数方法は不完全であり、また、クリソタイルの場合には生物学的残留性が低いため、おそらく役に立たないだろう。Hammarらは当時、石綿肺の定義に関する多くの問題を指摘した(とりわけ、病理医は1つの切片を調べるべきか、20か、50か、など、cm2当たり平均値を算出するために何切片を調べるべきかを明確にしていなかった)が、定義が更新されていないため、病理医は依然としてこれらの基準に頼っている。石綿小体の不在は、石綿肺の診断を除外するものではない。クリソタイル・アスベスト繊維は肺組織から急速に除去されるため、クリソタイルのみのアスベスト曝露の場合には繊維分析は適切ではなく、またクリソタイル繊維は石綿小体を形成しにくいため、石綿小体の約98%は角閃石アスベストを核としている。ヘルシンキ基準は、石綿小体数や繊維の負荷の増加を伴わないクリソタイルによる石綿肺の可能性を認めているが、この診断方法についての指針は示されていない。最後に、間質性線維症のない患者の組織切片でも、かなりの数の石綿小体がときおり見られることがある。また、1つまたは数個の石綿小体の存在は、組織学的には石綿肺の診断にはならないが、患者の曝露を立証するのに役立つ可能性があるため、報告すべきである。曝露情報は、報告を行う病理医が入手できることはまれであるが、入手可能な場合はそのような情報は常に共有すべきである。
石綿肺の臨床的診断基準には、適合する曝露歴、臨床的及びX線写真の特徴が含まれている。放射線科医は、特発性肺線維症と石綿肺を区別することが非常に難しいことを認識しており、しばしば誤って確定検査として病理組織検査を優先する。
ヘルシンキ基準は、組織負荷よりも曝露歴が重要であることを示しており(石綿肺の組織学的診断は可能性のある基準のひとつにすぎない)、これは、この事実を知らない病理医にとっては重要となる。多くのいわゆる特発性肺線維症と診断された症例が、実際には石綿肺である可能性があり、曝露情報と組織学的所見が関連づけられていなかったため、また病理医が組織病理学的診断基準の妥当性を疑わなかったため、石綿肺と診断されなかった可能性がある。
ARLCの可能性をさらに評価するために、典型的には法医学的な理由から、解剖が求められることがある。そのような場合、アスベストの負荷は場所によって最大10倍の差があるため、最適な繊維分析には異なる解剖学的部位から採取した2cm3の肺組織サンプル3つ(できれば末梢)が推奨されている。しかし、われわれは各肺葉から最低2つのパラフィンブロックを採取することを好み、繊維分析用に各肺葉から固定した(包埋していない)組織1cm3ブロックを採取している。なぜなら、パラフィン包埋は収率に悪影響を及ぼす可能性があるからである。このアプローチには、現代のクリソタイル曝露患者に対して誤解を招く結果をもたらす可能性があるという限界があることを伝えるべきである。
「石綿小体は確認されなかった」といった通常の病理組織学的検査報告書における記述は、個人の肺がんの原因を特定し、最終的に補償を受ける権利を決定する際に、不適切に重要視される可能性がある。この記述は、曝露歴との相関を示唆するコメントによって補足されるのが最善であろう。
他に、ARLCを診断できる病理組織学的特徴はあるだろうか?これは、アスベスト曝露患者が喫煙者でもある場合に、よくなされる質問である。

5 組織学的亜型

アスベスト曝露は、腺がんがARLCのもっとも頻度の高い亜型であることを示す研究結果が多数あるにもかかわらず、あらゆる組織型の肺がんのリスクを高める。アスベストセメント粉じんに曝露した労働者(n=29)と適合させた対照群(n=87)の症例シリーズで肺がんの組織型を調査したところ、腺がんの割合は曝露群で31%、 対照群では15%であり(mid-p=0005)、高曝露の労働者では、腺がんの割合がさらに高かった(45%、5/11;mid-p=0003)。デンマークにおける新規がん症例に基づく組織学的分類による肺がんリスクに関する地域住民を対象とした研究でも、腺がんとアスベスト曝露との関連が裏づけられ、腺がんのRRは3.31、扁平上皮がんのRRは1.67であった。潜在的交絡因子としての喫煙を考慮するために、元ウイットヌーム・アスベスト労働者に喫煙歴に関するアンケートが実施された。1979年から1990年の間に、このコホートの男性の間で71例の肺がんが発生した。27%が扁平上皮がん、31%が腺がん、18%が小細胞がん、11%が大細胞がん、そして13%が未分類または未確定だった。喫煙を調整した後、著者らは、扁平上皮がんはクロシドライトへの曝露の増加と一致していると結論づけた。同時に、クロシドライトへの曝露の増加は、腺がんの増加とも関連していた。喫煙状態を交絡因子として正確に分類し定量化することは困難であることが指摘されている。
結論として、喫煙状態に関わらず、特定の組織型は、ARLCの確立にも除外にもつながらない。

6 解剖学的部位

腫瘍の部位と原因を関連づける試みも行われている。一般人口では、肺がんは上葉に発生することが多く、多くの腺がんは上葉に発生しているようである。石綿肺の労働者では、下葉に肺がんが多発している。肺がんの葉分布に関するデータは、肺がんがアスベスト曝露に起因する可能性があるかどうかを推定するのにも用いられている。肺がんのアスベストへの帰属が、主に喫煙などの他の原因に起因する肺がんと等しくなる相対リスクの臨界値が算出され、その相対的臨界リスクが、石綿肺の労働者コホートから報告された標準化死亡比と比較された。その比は6.3から9.1の範囲であり、著者らは、アスベスト関連肺がんが特定の解剖学的(葉)領域と一致する可能性はきわめて低いと結論づけた。これらの調査結果に一致して、ヘルシンキ基準は、腫瘍の位置は因果関係を決定するものではないと示している。解剖学的部位は因果関係を決定するものではない

7 プラーク

プラークは通常壁側胸膜に認められるため、肺がん外科的切除標本における臓側胸膜プラークの存在はまれであり、報告すべきである。胸膜プラークとアスベストの累積曝露量及び初回曝露からの期間との関連性が実証されている。一部の著者らは、下葉間質性疾患の状況下では、胸膜プラークの存在が石綿肺の診断を裏づけると示唆している。プラークは、アスベストへの重大な曝露の指標としてもっとも適切に評価できる可能性がある。しかし、プラークが認められないからといって、アスベストが原因で肺がんが引き起こされた可能性が排除されるわけではない。

8 球形無気肺

球形無気肺は主にX線診断によるものであるが、切除標本で診断されることもある。これはあらゆる種類の胸膜炎症反応によって生じ、アスベストがもっとも一般的な原因である。切除標本で発見された場合は言及すべきである。

9 アスベスト関連肺がんの分子マーカー

肺がんの原因因子が複数あることが明らかになっているため、アスベストのような典型的な発がん性物質に特有の分子マーカーを見つけるのは困難、あるいは不可能であるかもしれない。Banksらが1999年に早くも指摘しているように、分子マーカーは個人の肺がんをアスベストへの曝露と関連づける理想的なツールとなる可能性がある。それ以来、「変異シグネチャー」という概念が発展し、DNA複製の不忠実性、外因性または内因性発がん物質への曝露、DNA修復経路の欠陥、及び酵素によるDNA編集によって生じる特定の変異の組み合わせから構成されるようになった。変異シグネチャーの特定は、範囲にわたるがんの種類で繰り返し発生する変異事象を特定した大規模な分析によって支援されてきた。変異シグネチャーの包括的なリストはCOSMICウェブサイト(cancer.sanger.ac.uk/signatures/)で入手でき、2022年6月より更新版(バージョン3.3)が利用可能となっている。時が経つにつれ、「腫瘍シグネチャー」という概念が変異シグネチャーの概念と融合してきた。これは、一部のがん種では、変異のパターンが特定の変異原を反映している可能性があり、変異原への曝露が患者の過去のある段階で起こったに違いないと推論できるほどであるためである。例えば、喫煙に関連する突然変異のシグネチャーが特定されており、これはたばこに含まれる変異原物質が原因であることがわかっている。この「喫煙シグネチャー」は、腺がんや扁平上皮がんを含む一般的な肺がんの組織亜型のほとんどで確認されている。同様に、「アスベスト曝露シグネチャー」を特定できれば非常に有益だろう。この分野における1990年代後半の初期の研究では、アスベスト関連肺がんにおけるコドン12のKRAS変異の存在に焦点が当てられていたが、特異的ではない可能性がある。肺がん症例の選択と、ARLCと非ARLCを区別するために使用された方法論が、最終的にこの研究の妥当性を決定することになる。ある研究では、アスベストに曝露したことがない喫煙したことのない者(生涯喫煙本数100本未満)の肺がんでは、曝露歴のある患者よりもEGFR変異の頻度が低いことがわかった。
アスベスト曝露が浸潤性中皮腫を引き起こす分子経路を特定することで、アスベスト曝露による変異の痕跡が明らかになる可能性がある。この目的のために、最近発表された複数の研究により、BAP1、CDKN2A、NF2、MTAP、TP53、SETD2における反復的な変異が特定され、これらの遺伝子における変異は少なくとも10%の頻度で発生していることが明らかになっており、中皮腫の遺伝的背景が現在、より詳細に解明されつつある。この分野では、さらに多くの研究が必要であるが、近い将来、正確な分子マーカーまたは変異シグネチャーが発見される可能性もある。

10 考察及び実践上のポイント

形態学的評価のみでは、ARLCの診断には限定的またはまったく有用性がない。アスベスト曝露の代替として石綿肺が用いられるが、限界があり、慎重に使用する必要がある。明確にしておきたいのは、石綿小体が認められないからといって石綿肺が除外されるわけではないことである。線維症が認められないからといって、アスベストへの重大な曝露が除外されるわけではない。線維症が認められず、石綿小体が認められる場合は、肺がんを引き起こすのは線維症ではないため、重要な所見である。特発性肺線維症の診断は、関連する曝露が除外された場合にのみ下される。
日常的な病理報告は、医療訴訟を追求する個人に影響を及ぼす可能性があり、また、アスベスト関連肺がんや間質性肺疾患が依然として十分に認識されていないことから、医療政策にも影響を及ぼす可能性がある。 肺線維症を定義するためのより明確な定義が早急に必要である-特発性肺線維症を構成するものは何か、また、今日使用されているアスベストの大半が石綿小体を形成しにくいことを踏まえた場合、石綿肺の従来の組織学的基準にどのような意義を付与すべきか、といったことである。病理医は線維症の有無、石綿小体、プラーク、円形無気肺についてコメントすべきであるが、それらの評価には限界があり、原因効果の特定や否定に不適切に使用される可能性があることを指摘しなければならない。現在までに、ARLCを明確に特定できる分子シグネチャーは存在しないが、この分野の研究には期待が持てる。

https://www.lungcancerjournal.info/article/S0169-5002(24)00383-0/fulltext

安全センター情報2024年12月号