高齢者の職業病を業務外/東京●ガス管施設作業で右拇指CM関節症
昨年来、マスメディアから高齢労働者の労働災害について問い合わせ、取材依頼が続いている。
私たちに寄せられる相談のなかで、じん肺やアスベスト関連疾患など、長期間の潜伏期をへて発症する晩発性の職業病を除き、60歳を超えて就労している高齢者といわれる世代からの相談は多くはない。
しかし、厚生労働省の労災統計によっても、近年、高齢労働者の労災が増加し、その対策が重要な課題となっている。
厚生労働省は、高齢労働者の労働災害について次のように報告している(労働基準局安全衛生部安全課)。※1
(1) 雇用者全体に占める60歳以上の高齢者の割合は18.7%(2023年)で、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者の割合は29.3%。2023年の「働く人1,000人当たりの労災発生率を見ると、最も低い30~34歳の男性1.93人、同女性0.98人対して、60~64歳は男女とも3.5人以上、65歳以上では同4人を超えており、労災による休業見込み期間も、年齢が上がるに従い長くなる傾向を示している。
(2) 男性では脚立などからの「墜落・転落」の労災発生率は20代の約3.5倍。女性では「転倒による骨折等」が約15.1倍。転倒や墜溶・転落防止対策は特に重要な課題。
(3) 厚生労働省は、2023年度からの「第14次労働災害防止計画」のなかで、「高齢労働者の労働災害防止対策の推進」を重点対策事項として定め、具体策として「エイジフレンドリーガイドライン(高齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン)」を踏まえた対策を事業所に求めている。
厚生労働省の労災統計は基本的に事業主が提出する労働者死傷病報告(休業4日以上の死傷災害)に基づくものであり、実際には高齢労働者の労災はもっと多いと思われる。しかも、業務上災害や業務上疾病に関する年齢別の労災補償状況については明らかにされていない。さらに、性別による労働災害や労災補償に関する統計資料も目にすることはない。厚生労働省は、中高齢の女性の転倒による骨折の増加が「骨粗そう症」のリスクと関連すると指摘しているが、あまりにも短絡的すぎる分析ではないかと思われる。※2
高齢労働者の多くは老鈴年金や蓄えに不安があり、就労を続けている。圧倒的に非正規雇用のため待遇改善や権利主張がしづらい立場だ。ケガや病気になっても会社や誰かの協力、支援がないと労災請求することも難しい状況にあると思われる。
最近の相談事例で、高齢労働者のTさんの労災の取り組みを報告する。
昨年11月、都内に住む高齢の男性から電話があった。Tさんは78歳。20代から都内でガス管の敷設工事の作業員として働いてきた。長年、現場での土木作業で身体を酷使してきたが、3年頃前から右手指の関節の痛みがひどく、昨年3月に勤めていた会社を退職した。自宅近くの整形外科クリニックに通院していたが症状が改善しないため、11月に手術を受けていた。
昨年の11月末、Tさんにお会いして、お話をうかがった。20歳から都内でガスの導管、供給管の敷設、取替え等の工事を請負う会社に勤め、道路の掘削、ガス管の壊設、撤去作業に従事した。工事現場ではピーガン(エンジン式コンクリートブレーカー)を操作し、路面の舗装を掘り返し、ガス管(昔は鋳鉄管))を埋め、ツルハシやスコップでコンクリートガラ、残土、砕石を運んだ。手ハンマーで鋳鉄管のジョイントを継ぐ作業をした。両手指に振動や負荷のかかる作業を50年以上にわたり続けてきたことで、利き手の右手指の関節を痛めたのではないか、というのがTさんの訴えだった。
都市ガスのガス管の敷設工事現場は、街中でもよく見かける。現在はガス管もプラスチックに軽量化され、重機等も使用する。昔のような重筋労働は軽減されているとはいえ、それでも屋外で時間の制約があるなかで工事を完了させ、道路を埋め戻さなければならない。危険がともない、身体的にもハードな作業であることに変わりはない。
Tさんの「右栂指CM関節症、STT関節症」を手術した医師も、長年の業務の負荷で痛めた病気であると認めていた。
今年2月、Tさんは新宿労働基準監督署に休業補償給付請求書を提出。3月、上肢障害に関する報告書を作成し、次のように申し立てた。
「私は長年、ガスの導管、供給管の敷設、取替え等の工事を請負う会社に勤務し、道路の掘削、ガス管の埋設、撤去する作業に従事しました。右手首は30代の頃からときどき痛みを感じていましたが、治療するほどではありませんでした。日給月給のため、仕事を休めば、収入が滅ります。そのため日曜日の定休日以外は可能な限り仕事に出ていました。<中略>私の右栂指CM関節症、STT関節症は、加齢によるものではなく、長年にわたり、ガス管工事での作業で利き手の右手指、右手首を酷使し、過重な負荷をかけ続けたことにより発症したことは明らかです。」
Tさんが右栂指CM栂指関節症の発症は治療を始めた3年前にさかのぼる。すでに70台半ばになっており、現場の作業班のなかでも負担の少ない仕事にまわっていた。
今年8月、新宿労基署はTさんの労災を業務外とし不支給処分にした。上肢F障害の認定要件を機械的に当てはめ、発症前の上肢作業の負荷に変化はなく、同僚同種の労働者に比べても業務量は多くなく、傷病は加齢が原因と判断したものと思われる。
上肢障害に限らず、職業性疾病の労災認定基準では年齢、性別は考慮されない。とくに筋骨格系障害に関しては、「加齢が原因」として労災認定されない問題がある。Tさんも長年にわたるガス管敷設工事の土木作業で、上肢はもとより腰、下肢などに負荷がかかり、痛めていた。つらいときには病院に通って治療したこともあったが、何とか我慢して退職まで仕事を続けてきたのである。とくに右手首の関節の痛みがひどく、手術を受けることになったため、労災請求を決意したが、残念ながら認められなかった。
Tさんとはしっかり審査請求に取り組んでいこうと話している。
※1 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou_kouhou/kouhou_shuppan/magazine/202407_001.html
※2 「…特に1999年の深夜業の解禁でますます女性は家計の担い手となる。にもかかわらず、女性の労災・職業病はほとんど注目されてこなかった。女性の生理、更年期障害といった男性には理解されにくい体調の変化も、管理職が男性であるため、声をあげることができず無理をしながらの就労になる。こうした若年期の生理への不適切な対応は、人生後半期には負の遺産として骨量を減らすことになり、骨折しやすい体となっていく。」(月刊誌「経済」2024年4月号 石井まこと論文)。働く女性の健康や権利に関連づけた考察は重要な視点と思われる。
※ Tさんの労災の闘いはNHKクローズアップ現代で取り上げられた(2024年4月10日放送)。
※ 「増えるシニア労災 急がれる安全対策」(2024年7月7日産経新聞)
文・問合せ:NPO法人東京労働安全衛生センター
安全センター情報2024年12月号