進化・発展中のGBD推計~GBD2017以降比較的安定~世界疾病負荷(GBD2013~2021)推計データ
目次
GBDの30年と今後の方向性
2024年8月号で発表されたばかりの世界疾病負荷推計-GBD2021を紹介したが、2022年10月にNature Medicine誌に「30年間の世界疾病負荷研究」と題した論文が発表されているので、簡単に紹介しておきたい。
https://www.nature.com/articles/s41591-022-01990-1
「世界疾病負荷(GBD)研究は、すべての主要な疾患、リスク要因及び中間臨床転帰の規模を高度に標準化された方法で定量化し、経時的、集団間及び健康問題間の比較を可能にする、系統的な科学的努力である。最初のGBDは1991年に開始されて、1993年に最初の結果が発表され、1990年について、5歳年齢階層別の、106の状態及び10のリスク要因についての8つの地域における疾病負荷が記録された。GBDではいまや、1990年から現在までの各年について、371の疾患・傷害、及びそれらの疾患・傷害に関連した3,499の臨床転帰(後遺症)について、204の国・地域と20か国以上の国内行政単位についての推計値を提供している。GBDの各ラウンドで作成される全時系列データは毎年更新されるが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックにより、次回のGBD評価の発表は遅れている[訳注:結局2024年になった]。2010年のシリーズ化以来、GBDに関する1,842件の論文が学術文献に掲載されている。
単一の疾病またはリスク若しくはそれらのグループに関連した転帰を測定するために、多くの国々で多くの努力がなされているが、GBDは過去30年にわたって一貫して適用されてきたいくつかの基本原則により、際立っている。1991年に、『1993年世界開発報告書:健康への投資』の背景作業として最初のGBDが着手されて以来、GBDは、①最善の推計、②包括的な計算、③比較可能な測定、④致死的及び非致死的な健康転帰の要約測定、並びに⑤結果の外観妥当性の思慮深く繰り返される評価という諸原則に忠実に取り組んできた。この論文でわれわれは、30年間のGBDの経験から得られる教訓を考察する。(1)中核的諸原則のレビューからはじめ、次に、(2)健康を追跡するためのデータの宇宙[Dataverse]、(3)GBDを支える統計手法の進行中の進化[データの評価・加工、GBDの結果の範囲、目的に合った統計手法]、(4)GBDの幅広い協力体制の歴史、[(5)限界]、そして、(6)この努力のいくつかの鍵となる今後の方向性を検討する。」
丸及び括弧の数字は訳者が挿入したものだが、以下、各項目ごとに記述されている。内容は原文をあたっていただくことにして、「今後の方向性」の部分を一部紹介しておこう。
「GBDの共同作業全体にわたって、GBDは多様な方向へと進んでいる。これらのイノベーションに共通するテーマは、GBDの結果を政策決定により関連性のあるものとし、また、すべてのユーザーにとってより透明性が高く信頼性の高いものにすることである。
われわれは経験から、GBD分析は、地元の強いオーナーシップと専門知識がある場合に、政策形成及び前向きな変化に活用される可能性が高いことを学んできた。今後数十年におけるGBDの主要な方向性のひとつは、インドやブラジルで発展してきたような、活発なGBD分析を実施する協力者グループや機関をさらに多く創出することだろう。この努力には、3つの要素が揃うことが必要である。すなわち、高性能のコンピューティングクラスターへのアクセスがなくても、またはクラウドベースのツールで実行できるGBD分析ツール、健康、とりわけGBDに適用されるデータサイエンスにおける能力構築、そしてGBD協力者グループに対する地元の組織的支援である。GBDの分散化に向けたこの取り組みは、(われわれがそこからはじめた)中核的なGBDの諸原則、とりわけ包括性、比較可能性及び最善の推計を維持する方法で実施する必要がある。また、このビジョンを達成するためには、入力データと結果の民主化を継続するためのあらゆる努力も必要となるだろう。」
つづけて、「将来予測シナリオ」についてふれられているが、現状ではGBDでは、職業リスクに起因する疾病負荷の将来予測シナリオを提供していないので省略する。
次は、「国内行政単位レベル」の推計が広げられていること、アメリカのカウンティレベルで人種・民族別の研究が進行中であることもふれられる。
「リスクと結果の関係に関する証拠の透明性と解釈をさらに高めるため、われわれは、『証明責任リスク関数』と呼ばれる新しいアプローチを開発した。その考え方は、研究間の異質性を考慮に入れながら、関係性がないものにもっとも近く、入手可能な証拠と一致するリスクと結果のリスク関数を特徴づけるというものある。証明責任リスク関数は、リスクと結果の関係を星1つから星5つのスケールで評価する星評価を生成するために使用される。星の数によって、ユーザーは、リスクと結果の関係が、今後の研究結果の発表によって影響を受ける可能性が高いか、低いかを認識することができる。新たな研究によってリスクと結果の関係についての理解が変化することは避けられないが、今後、そうした変化が起こりやすい分野を特定することは可能である。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、パンデミックの規模に関するタイムリーな情報を日々提供することの価値と、短期から中期の予測の政策関連性を浮き彫りにした。従来、GBDは健康データを年単位で分析してきた。しかし、IHME[訳注:GBDの調整センターでGBD比較データベースを運営するワシントン大学健康指標評価研究所]がパンデミックの追跡と将来予測のモデリングに取り組む一環として、われわれは日次及び週次データを分析し、超過死亡率、過去の感染、モデル予測に関する研究へとつなげた。依然として未解決の重要な問題は、GBDの支援のもとで、どの程度まで、年次よりも頻繁な時間枠で急速に変化するデータを追跡し、結果を推定すべきかという点である。多くの原因は、利用可能な日次または週次データから推定できる特徴的な季節的パターンに従う。例えば、温帯気候では冬期に心血管疾患が増加する。季節的なパターンが予測できれば、疾病や傷害のリアルタイムデータ-流行性のマラリア、デング熱、戦争など-典型的な季節的パターンよりもはるかに変動しやすいものを補足した負荷の週単位のパターンを推定することが可能になる。リアルタイムのGBD分析に移行することは、重要なニーズを満たすことになるが、これはインフラと分析の両面で大きな影響を伴う。」
最後に、以下のとおり、「結論」をまとめている。
「GBDが過去30年にわたって発展してきたのは、基本的にはグローバルヘルスにおける重要なニーズを満たしてきたからである。われわれは、人々の健康が手に余るほどの影響に対応することから、タイムリーで関連性があり、かつ有効な健康情報のニーズが将来も消えることはないだろうと確信している。政策決定者が健康システムと公衆衛生に関してますます複雑な選択を迫られるにつれ、タイムリーな情報への需要と、その情報を政策に関連した、What-Ifシナリオに変換する需要は、おそらく増加するであろう。われわれは、GBDがさらに30年間継続し、われわれの人間としての歩みを記録する一部となることを願っている。」
GBD2021で変わったこと
2021年8月号に、シリーズ化されて以降のGBD2010からGBD2019までの、リスク要因による疾病負荷に関する各GBD論文の、以前の推計からの変更(付加価値)に関する説明を紹介しているので、参照していただきたい。GBD2021についての同様の説明は、以下のとおりである。
■GBD2021-「204か国及び811地方における88のリスク要因についての世界負荷及び証拠の強さ 1990~2021年:2021年世界疾病負荷研究のための系統的分析」(2024年5月18日)
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(24)00933-4/fulltext
「GBD2021は、リスク要因の曝露レベル、相対リスク(RRs)、及びリスク起因負荷に関するGBDの以前の推計を、いくつかの有意義な方法で改善している。RRの推計は、リスク関数全体にわたる統合により異なる比較グループにおける曝露の範囲の違いを考慮した証明責任メタ回帰法を用いてリスク-結果の諸組み合わせについて系統的に更新され、また、ログ線形性を課すのではなく、データからリスク-結果関係の(潜在的に非線形な)形状を捕捉するためにアンサンブルスプライン法を用いた。211のリスク-結果の組み合わせについては、入力データにおける説明のつかない研究間の不均一性を考慮した証明責任リスク関数(BPRF)によって証拠の関連性をさらに定量化し、リスク-結果の関連性についての保守的な解釈を得た。リスク要因間のBPRF量の解釈と比較を容易にするため、リスク-結果のサマリースコアをコンピュータ計算し、諸リスクと諸結果間の関係を要約した星評価システム(1つ星から5つ星)にマッピングした。BPRF法によって分析された211のリスク-結果の組み合わせのうち、80(37.9%)は星3つから5つの評価を受け、利用可能な証拠の保守的な解釈に基づいて、リスクと結果の間の確立された(中程度から非常に強い)関係を示した一方で、131(62.1%)は星1つから2つの評価を受け、強固な関係についての既存の証拠は弱いことを示唆した。さらに、媒介リスク(例えば、収縮期血圧[SBP]を介した低い果物摂取と心臓病の関連など)を介して間接的に結果に影響を与えるリスク要因が関与するリスク-結果の関係に対処するために用いられる媒介手法を更新及び体系化し、合計158の媒介リスク-結果の組み合わせにつながった。二酸化窒素大気汚染が新たなリスク要因として追加され、ひとつの関連するリスク-結果の組み合わせ、二酸化窒素大気汚染-喘息の追加につながった。研究にすでに含まれていたリスク要因について、新たな証拠、より詳細な結果の特定、または媒介要因の改良に基づいて、117のリスク-結果の組み合わせが追加された。逆に、25のリスク-結果の組み合わせは、もはや包含基準を満たさなくなったため、GBD2021から除外された。付録1(2.1.3項)に詳述されているように、新たなまたは更新された系統的レビューが実施された。19のリスク要因については、理論上の最小リスク曝露レベル(TMREL)が改訂された。」
職業リスク要因だけに限定されたものはない。
職業リスク-結果のペアの変遷
職業リスク要因にしぼって、リスク要因-結果(傷病)のペアの変遷を確認しておく。
以下の組み合わせには、GBD2013以降、変更はない。
職業性傷害-傷害
職業性喘息原因物質-喘息
職業性騒音-年齢関連その他の難聴
職業性人間工学要因-腰痛
GBD2013・2015では、じん肺(珪肺、石綿肺、炭鉱夫じん肺、その他のじん肺)の死亡・DALY数等は推計されていたものの、リスク要因とは組み合わせられていなかった。GBD2016以降、リスク要因として職業性粒子状物質・ガス・ヒュームが含められ、炭鉱夫じん肺、その他のじん肺、慢性閉塞性肺疾患との組み合わせが推計されるようになった。
また、リスク要因としては職業性発がん物質に分類されているものの、シリカ-珪肺、アスベスト-石綿肺の組み合わせも推計されるようになった。
職業性発がん物質及び職業性粒子状物質・ガス・ヒュームについては、以下のとおりである。
特徴的な変化は、GBD2013~2016では副流煙-肺がんが含まれており、また、GBD2016では肺がん以外に、副流煙-乳がん、慢性閉塞性肺疾患、下気道感染症、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病が含まれていたことである。
■リスク要因別
① ヒ素(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
② アスベスト(5疾病)-気管支・気管・肺のがん、中皮腫、卵巣がん、喉頭がん、石綿肺(GBD2013・15なし)
③ ベンゼン(1疾病)-白血病
④ ベリリウム(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑤ カドミウム(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑥ クロム(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑦ ディーゼルエンジン排ガス(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑧ ホルムアルデヒド(2疾病)-鼻咽頭がん、白血病
⑨ ニッケル(1疾病)-気管支・気管・肺のがん
⑩ 多環式芳香族炭化水素(PAH)(1疾病)-肺がん
⑪ シリカ(1疾病)-気管支・気管・肺のがん、珪肺(GBD2013・15なし)
⑫ 硫酸(1疾病)-喉頭がん
⑬ トリクロロエチレン(1疾病)-腎臓がん
⑭ 副流煙(GBD2013・2015は1疾病、GBD2016は7疾病、GBD2017以降なし)
⑮ 職業性粒子状物質・ガス・ヒューム(3疾病)- 炭鉱夫肺、その他のじん肺、慢性閉塞性肺疾患(GBD2013・15なし)
■結果(疾病)別
① 気管支・気管・肺のがん-ヒ素、アスベスト、ベリリウム、カドミウム、クロム、ディーゼルエンジン排ガス、ニッケル、多環式芳香族炭化水素(PAH)、シリカ(8物質)、副流煙(GBD2017以降なし)
② 喉頭がん(2物質)-アスベスト、硫酸
③ 鼻咽頭がん(1物質)-ホルムアルデヒド
④ 卵巣がん(1物質)-アスベスト
⑤ 腎臓がん(1物質)-トリクロロエチレン
⑥ 中皮腫(1物質)-アスベスト
⑦ 白血病(2物質)-ホルムアルデヒド、ベンゼン
⑧ 珪肺(1物質)-シリカ(GBD2013・2015なし)
⑨ 石綿肺(1物質)-アスベスト(GBD2013・2015なし)
⑩ 炭鉱夫肺(1要因)-職業性粒子状物質・ガス・ヒューム(GBD2013・2015なし)
⑪ その他のじん肺(1要因)-職業性粒子状物質・ガス・ヒューム(GBD2013・2015なし)
⑫ 慢性閉塞性肺疾患(1要因)-職業性粒子状物質・ガス・ヒューム、副流煙(GBD2013・2015なし)
⑬ 乳がん(1物質)-副流煙(GBD2016のみ)
⑭ 下気道感染症(1物質)-副流煙(GBD2016のみ)
⑮ 虚血性心疾患(1物質)-副流煙(GBD2016のみ)
⑯ 脳血管疾患(1物質)-副流煙(GBD2016のみ)
⑰ 糖尿病(1物質)-副流煙(GBD2016のみ)
職業リスクの割合はほぼ同水準
以下に示す表は、IHMEが運営するGBD比較データベースにより各国別データが入手可能になったGBD2013以降の、各GBDラウンドによる直近年-GBD2013年による2013年、GBD2015年による2015年、GBD2016年による2016年、GBD2017年による2017年、GBD2019年による2019年、及びGBD2021年による2021年-の死亡数の推計データを比較して示したものである。以下、「GBD2021」というときは、GBD2021年による2021年の推計データのことを言う。比較に当たっては、GBD各ラウンド間の推計の変化のほかに、推計対象年の違いによる変化も反映されていることに注意が必要である。
■全原因による総死亡数
全原因(疾病・傷害)による負荷は、総死亡数でみると、世界ではGBD2013の5,486万人からGBD2021の6,787万人までほぼ一貫して増加し、2021/2013では23.7%の増加であるが(表1)、日本ではGBD2013の134万人からGBD2021の144万人へ、7.4%の増加にとどまっている(表2)。
世界では、全リスク要因による死亡が全原因による総死亡数に占める割合は、GBD2016~2019では59.9~61.9%、GBD2021では50.2%に減少している。リスク要因別でみると、環境/職業リスクの安全でない水・衛生・手洗い、行動リスクのほとんどの項目、代謝リスクの高肥満度指数(BMI)では減少している。職業リスクによる死亡数はGBD2013での72万人からGBD2021での144万人へ、2倍の増加であるが、とくにGBD2013が他のGBDと比べて低い(次いでGBD2015も低い)推計になっていることが大きい(全原因による総死亡数ではGBD2013(及び2015)だけが低いということはない)。全原因による総死亡数に対する割合はGBD2013がもっとも低く1.3%、GBD2016は2.8%でもっとも高く、GBD2017~2021では2.1~2.2%となっている。
日本では、全リスク要因による死亡が全原因による総死亡数に占める割合は、GBD2016では79.0%と著しく高く、GBD2017~2021では41.0~47.0%となっている。行動リスクのたばこなど、世界では増加しているのに日本では減少しているものもある。職業リスクによる総死亡数はGBD2013での14,562人からGBD2021での30,533人にやはり2倍の増加であるが、世界と同じくGBD2013と2015が他のGBDと比べて低いことが大きい。全原因による総死亡数に対する割合もGBD2013と2015では1%台と低く、GBD2017~2021では2.0~2.1%である。GBD2017~2021では世界とほぼ同じ水準になっている。
以上でみると、概してGBD2017以降、推計が比較的安定してきているようにみえる。
■全原因による総DALYs数
一方、これを全原因による総DALYs(障害調整生命年)数でみると、世界ではGBD2013の24.5億からGBD2021の28.8億へと17.7%の増加にとどまるのに対して(表3)、日本ではGBD2013の1,998万からGBD2021の3,906万へと2倍近い増加になっている(表4)。日本では、DALYs数による疾病負荷の増加が著しいと言えそうだ。
全リスク要因によるDALYs数が全原因による総DALYsに占める割合(GBD2016~2021)は、世界では41.4~48.3%、日本では33.3~28.0%で、ともにGBD2017でもっとも高い数字になっている。
職業リスクによる総DALYsは、世界ではGBD2013の5,535万からGBD2021の77,216万へ、39.5%増加している(GBD2013と2015だけが著しく低いということはない)のに対して、日本ではGBD2013と2015では60万未満と著しく低く、以降、GBD2017での138.8万からGBD2021の111.6万へ、微減している。
職業リスクによるDALYs数が全原因による総DALYsに占める割合は、世界では2.3~3.2%、日本では1.8~4.1%であるが、GBD2021では世界2.7%、日本2.9%で、こちらも世界とほぼ同じ水準である。
日本では発がん物質が最多
■職業リスク要因別の死亡数
職業リスク要因別の負荷は、死亡数でみると、世界では、GBD2013~2016では職業性発がん物質によるものが最多であったものが、GBD2017以降は職業性粒子状物質・ガス・ヒュームによるものが最多となり、GBD2021では職業性傷害が職業性発がん物質を抜いている。2021/2013の増加率では、職業性傷害がもっとも大きく3倍超、次いで職業性粒子状物質・ガス・ヒュームで3倍弱。職業性発がん物質は12.6%の増加で、職業性発がん物質の占める割合はGBD2016での48.7%が最高で、GBD2021での23.7%が最低である。職業性喘息原因物質は2021/2013で59%に減少している(表5)。
世界では、GBD2013と2015だけが他のGBDと比べて著しく低くなっているのは、職業性粒子状物質・ガス・ヒュームと職業性傷害についてである。職業性発がん物質についてはGBD2016だけが著しく多くなっている。
日本では、一貫して職業性発がん物質による死亡数が最多で、職業性発がん物質の占める割合はGBD2021では82.2%となっている。2021/2013の増加は職業性粒子状物質・ガス・ヒュームがもっとも大きく4倍超、次いで職業性発がん物質で2倍超。職業性喘息原因物質だけでなく、職業性傷害でも減少している(表6)。
日本では、GBD2013と2015だけが他のGBDと比べて著しく低くなっているのは、職業性粒子状物質・ガス・ヒュームと職業性傷害についてだけでなく、とくに職業性発がん物質についてである。
■職業リスク要因別のDALYs数
一方、これを全原因による総DALYsでみると、死亡数では0であった職業性人間工学要因と職業性騒音も一定の位置を占めてくる。
世界では、GBD2013及び2015では職業性人間工学要因が最多だったが、GBD2016以降は職業性傷害が最多で、職業性人間工学要因と職業性粒子状物質・ガス・ヒュームがそれに続くかたちになっている。2021/2013の変化も死亡数の場合とは異なっている。職業性発がん物質の占める割合はGBD2016での27.2%が最高で、GBD2021では9.7%で最低となっている(22頁)。
世界では、GBD2013と2015だけが他のGBDと比べて著しく低くなっているのは職業性傷害についてだけで、職業性人間工学要因についてはかえって多くなっている。また、職業性発がん物質についてはGBD2016だけが著しく多くなっている。
日本ではGBD2013、2015、2017では職業性人間工学要因が最多だが、それ以外では職業性発がん物質が最多。両者ともに最多でないときは2位か3位で、両者以外ではGBD2015を除いて職業性傷害が2位か3位を占めている。職業性発がん物質の占める割合はGBD2016での35.8%が最高で、GBD2021では34.4%となっている(23頁)。
日本では、GBD2013と2015だけが他のGBDと比べて著しく低くなっているのは、職業性発がん物質、職業性粒子状物質・ガス・ヒュームと職業性傷害についてである。
無視できない職業リスクの割合
以下では紙幅の関係で、主に死亡数データのみを紹介し、DALYs数データは省略させていただく。
まず、職業性リスク原因別に、ペアとなる結果ごとのデータをみてみよう(世界は24頁 表7、日本は25頁 表8)。
■発がん物質-悪性新生物
悪性新生物による死亡数は世界・日本とも、GBD2013からGBD2021へと増加している。悪性新生物による死亡数の全原因による総死亡数に占める割合は、世界ではGBD2013での17.1%からGBD2021での14.6%に減少しているが、日本では31.6~32.6%であまり変わっていない。
そのうち、職業リスク(職業性発がん物質)による死亡数も、世界・日本とも、GBD2013からGBD2021へと増加している。悪性新生物による死亡数に対する職業リスクによる死亡数の占める割合は、世界ではGBD2017~2021いずれも3.3%で変わらないが、日本ではGBD2013での4.4%からGBD2021での5.3%へと増加している。
■発がん物質-珪肺・石綿肺
珪肺及び石綿肺による死亡数は、世界ではGBD2013の数字がかけ離れて大きいほかは大きな変化はないが、日本ではやはりGBD2013の数字が大きいものの、GBDごとに変動があり、GBD2021では珪肺267人(最低)、石綿肺436人となっている。
珪肺及び石綿肺による死亡数は、職業リスク(職業性発がん物質(シリカ及びアスベスト))によるものが100%となっている。
■粒子状物質等-炭鉱夫肺・その他じん肺
炭鉱夫肺による死亡数も、世界ではGBD2013の数字がかけ離れて大きいほかは大きな変化はないが、日本ではGBDごとに変動があり、GBD2021では24人となっている。
その他のじん肺による死亡数も、世界ではGBD2013の数字がかけ離れて大きく、以降、減少傾向にある。日本ではGBD2015の数字がかけ離れて大きく、GBD2021では152人となっている。
炭鉱夫肺及びその他のじん肺による死亡は、職業リスク(職業性粒子状物質・ガス・ヒューム)によるものが100%となっている。
■発がん物質・粒子状物質等-じん肺
じん肺の下位分類は、珪肺、石綿肺、炭鉱夫肺、その他のじん肺の4つがすべてであり、いずれも職業リスクによるものが死亡数の100%となっている。とりわけGBD2013及びGBD2015にも一部ぶれがみられるが、GBD2016~2021は相対的に安定してきているようにも思われる。ただし、WHO/ILO共同推計による検討が別途行われているので、今後推計の見直しが行われる可能性も否定できない。
■粒子状物質等-COPD
慢性閉塞性肺疾患(COPT)による死亡数は、世界ではGBD2013からGBD2021へ26.9%増加しているのに対して、日本では56.8%まで減少している。全原因による総死亡数に占める割合は、世界では5.3~5.8%の範囲内、日本ではGBD2013での4.3%を除き、2.3~2.7%の範囲におさまっている。
職業リスク(職業性粒子状物質・ガス・ヒューム)による死亡数は、世界ではGBD2013からGBD2021へ3倍近く、日本では4倍近く増加している。総死亡数に対する割合にはやや変動がみられるが、GBD2021で世界では15.7%、日本では10.3%となっており、見過ごすことのできない問題である。
なお、GBD2016のみだが、職業リスク(副流煙)による死亡数を推計していることが注目される。
■喘息原因物質-喘息
喘息による死亡数は、世界・日本とも、GBDごとに変動があるものの、やや減少してきているようにもみえる。全原因による総死亡数に占める割合は、GBD2021で世界では0.6%、日本では0.1%となっている。
職業リスク(職業性喘息原因物質)による死亡数も、世界・日本とも、GBD2013からGBD2021へと減少傾向にあり、その占める割合は、世界ではGBD2013での10.5%からGBD2021での7.0%へ減少し、日本では1.6~2.4%の範囲内(GBD2021では2.0%)となっている。
■傷害-傷害
傷害による死亡数は、世界・日本とも、GBD2013からGBD2021へ減少傾向にあり、全原因による総死亡数に占める割合も、世界ではGBD2013での8.7%からGBD2021での6.4%へ、日本ではGBD2013での6.2%からGBD2021での4.8%へ、減少している。
一方、職業リスク(職業性喘息原因物質)による死亡数は、世界ではGBD2013からGBD2021へ3倍強増加し、その占める割合もGBD2013での3.3%からGBD2021での11.1%に増加しているのに対して、日本では死亡数にはばらつきがあり、割合は0.3~4.2%の範囲内(GBD2021では2.6%)となっている。
以下の2つは、死亡数では0なので、DALYs数でみる(世界は表9、日本は表10)。
■騒音-難聴
年齢関連その他の難聴によるDALYs数は、世界・日本とも、新しいGBDになるほどやや増加しているようにみえるが、全原因によるDALYs数に占める割合は、世界では1.4~1.6%、日本では7.5~8.2%の範囲内である。
職業リスク(職業性騒音)によるDALYs数も、世界・日本とも、新しいGBDになるほどやや増加しているようにみえるが、その占める割合は、世界ではGBD2016での19.6%からGBD2021での17.7%へ、日本ではGBD2016での8.2%からGBD2021での7.5%へ、減少している。年齢関連の難聴を除いたその他難聴の数字がわかれば、この割合はさらに増加することになり、無視できない問題であろう。
■人間工学要因-腰痛
腰痛によるDALYs数は、世界ではGBDごとにばらつきがみられるようだが、全原因によるDALYs数に占める割合は、世界では2.4~3.0%の範囲内。日本では新しいGBDになるほど増加しているようにみえ、全原因によるDALYs数に占める割合は、4.3~7.1%の範囲内(GBD2021では5.7%)となっている。
職業リスク(職業性人間工学要因)によるDALYs数は、世界・日本ともGBDごとにばらつきがみられるが、その占める割合は、世界では22.2~30.9%の範囲内、日本では13.2~18.2%の範囲内(GBD2021では13.2%)となっており、見過ごすことのできない問題である。
肺がんで職業リスクの割合高い
■職業性発がん物質
職業性発がん物質による死亡数を、職業リスク要因(職業性発がん因子)別及び原因別にみたのが表11(世界)及び表12(日本)の表である。
アスベストへの職業曝露による死亡数の占める割合はGBDごとにばらつきがみられるが、GBD2021で世界では65.2%、日本では87.7%となっている。
次に、がんの種類(原因)別に、職業リスク要因による死亡数をみたのが、表13・表15(世界)及び表14・表16(日本)である。
■肺がん
肺がんとペアになっている職業性発がん因子は、各GBDに共通するものは、ヒ素、アスベスト、ベリリウム、カドミウム、クロム、ディーゼルエンジン排ガス、ニッケル、多環式芳香族炭化水素(PAH)、シリカの9つであり、GBD2013~2016では副流煙への職業曝露による死亡数も推計されていた。
とりわけ、世界についてのGBD2016はディーゼルエンジン排ガス及び副流煙による死亡数の推計が他と比較してきわめて多く、肺がんによる死亡数に対して職業リスクの占める割合が26.0%となった。日本についてのGBD2016にはそのような顕著な特徴はみられない。
GBD2021での肺がんによる死亡数に対してすべての職業リスク要因(9または10の発がん因子)の占める割合は、世界では14.2%で歴代GBDでは最低、日本では24.3%で歴代GBDで2番目に高くなっている。職業リスク要因の占める割合は、じん肺と中皮腫を除くと、肺がんについてがもっとも高い。
世界・日本ともに、アスベストによる肺がん死亡数がもっとも多く、GBD2021でのアスベストによる肺がん死亡数の肺がんによる総死亡数に対する割合は、世界では9.4%、日本では21.8%となっている。
肺がんについては、全リスク要因及び職業リスク要因以外のリスク要因-たばこ、食事リスク、その他の環境リスク、大気汚染による死亡数も示した。
■喉頭がん
喉頭がんとペアになっている職業性発がん因子はアスベストと硫酸であるが、GBD2013と2015ではアスベストによる死亡数が世界・日本とも他のGBDと比べて著しく低く推計されている。世界では硫酸による死亡数の方がアスベストによる死亡数よりもわずかに多いが、日本ではGBD2016以降アスベストによる死亡数の方が圧倒的に多い。
GBD2021で職業リスク要因(アスベスト及び硫酸)の占める割合は、GBD2021で世界では5.9%、日本では12.2%となっている。
アスベストによる喉頭がん死亡数は、世界ではGBD2013での3.4%からGBD2021での2.9%へやや減少しているのに対して、日本ではGBD2013での9.0%からGBD20221での10.8%へ、増加している。
■鼻咽頭がん
鼻咽頭がんとペアになっている職業性発がん因子はホルムアルデヒドだけであり、それによる死亡数の総死亡数に対する割合は、世界では0.6~1.5%の範囲内、日本では0.1%前後となっている。
■卵巣がん
卵巣がんとペアになっている職業性発がん因子はアスベストだけであり、それによる卵巣がん死亡数は、世界・日本ともGBD2013と2015の推計値が著しく低いが、GBD2016~2021では総死亡数に対する割合で3.0~3.6%の範囲内、日本では3.5~4.2%の範囲内となっている。
■腎臓がん
腎臓がんとペアになっている職業性発がん因子はトリクロロエチレンだけであり、それによる死亡数の総死亡数に占める割合は、世界では0.05%、日本では0.01%(ともにGBD2021)となっている。
■中皮腫
中皮腫とペアになっている職業性発がん因子はアスベストだけであるが、中皮腫による死亡数は、日本では新しいGBDになるほど増加(人口動態統計による数字と同様)していることと比較して、世界についての推計が低めではないかとも思われる。アスベストによる死亡数が占める割合は、世界・日本とも、GBD2013と2015では他のGBDと比べて低く推計されているが、GBD2016~2021では、世界では91.4~91.8%の範囲内、日本では96.2~96.8%の範囲内で推計されている。
■白血病
白血病とペアになっている職業性発がん因子はホルムアルデヒドとベンゼンであるが、世界・日本ともGBD2013と2015では他のGBDと比べて著しく高く推計されている部分がみられるが、GBD2016~2021では、職業リスク要因(ホルムアルデヒドとベンゼン)の占める割合が、世界では0.7~0.8%、日本では0.4%となっている。
■乳がん
GBD2016のみが、職業リスク要因(副流煙)による乳がん死亡数を推計し、その占める割合が世界では0.9%、日本では1.2%となっている。
日本が高い肺がん/中皮腫比
続いて、職業リスク要因(発がん因子)別に、原因(がん及び他の疾病)による死亡数をみたのが、表17(世界)及び表18(日本)である。
■ヒ素
ヒ素への職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、GBD2013(日本についてはGBD2015も)による死亡数が他のGBDと比べて著しく低く、それ以降は新しいGBDになるほど死亡推計は増加している。
■アスベスト
アスベストへの職業曝露とペアになっている原因は肺がん、中皮腫、卵巣がん、喉頭がん、石綿肺の5つであるが、世界・日本とも、中皮腫以外のがんについてはGBD2013と2015では他のGBDと比べて低く推計され、石綿肺についてはGBD2013のみ著しく高く推計されていることが目立っている。
肺がん/中皮腫の比率が、世界では6.57~7.41の範囲内であるのに対して、日本では新しいGBDになるほど増加し、GBD2021では12.17となっている。
■ベンゼン
ベンゼンへの職業曝露とペアになっている原因は白血病だけであるが、世界についてはGBD2016~2021の推計が安定している。
■ベリリウム
ベリリウムへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、世界についてはGBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。日本については3人以下である。
■カドミウム
カドミウムへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。
■クロム
クロムへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、カドミウムの場合と同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。
■ディーゼルエンジン排ガス
ディーゼルエンジン排ガスへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、カドミウムと同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。
■ホルムアルデヒド
ホルムアルデヒドへの職業曝露とペアになっている原因は鼻咽頭がんと白血病であるが、カドミウムの場合と同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて高く推計され、GBD2016~2021では世界については新しいGBDになるほど微増しているようにみえ、日本については変わりがない。
■ニッケル
ニッケルへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、カドミウムの場合と同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。
■多環式芳香族炭化水素(POH)
多環式芳香族炭化水素(POH)への職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、カドミウムの場合と同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。
■シリカ
シリカへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんと珪肺である。肺がんについては、世界では、カドミウムの場合と同様、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。日本ではGBD2013と2015では著しく少なく推計され、GBD2016~2021では新しいGBDになるほど微増しているようにみえる。珪肺については、日本では新しいGBDになるほど低く推計されているようにみえ、世界でもGBD2021では推計が低くなっている。
■硫酸
硫酸への職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、カドミウムの場合と同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、また、GBD2021では推計が低くなっているようにみえる。
■トリクロロエチレン
トリクロロエチレンへの職業曝露とペアになっている原因は肺がんだけであるが、カドミウムの場合と同様、世界・日本とも、GBD2015だけ他のGBDと比べて著しく高く推計され、GBD2016~2021では世界については新しいGBDになるほど微増しているようにみえ、日本については1人で変わりがない。
■副流煙
過去、副流煙への職業曝露とペアになったことがある原因は肺がん、乳がん、慢性閉塞性肺疾患、下気道感染症、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病であり、表19(世界)及び表20(日本)に示す。
GBD2017以降は推計対象となっていない。
GBD推計の活用のためには、以上のような各GBDによる推計の推移も理解しておく必要がある。
安全センター情報2024年11月号