文書廃棄は国家賠償法上違法、損害賠償も認めた判決が確定/石綿関連文書誤廃棄訴訟神戸地裁判決(2024年7月11日)
目次
2005年文書永久保存を指示
クボタ・ショックを受けて開催されたアスベスト問題に関する関係閣僚による会合は、「アスベスト問題に関する政府の過去の対応の検証」等を行ったうえで、2005年12月27日第5回会合で「アスベスト問題に係る総合対策」をとりまとめた。同日、厚生労働省は大臣官房地方課長名で都道府県労働局長に宛てて、以下の内容の地発第1227007号「アスベストに関連する文書の保存について」を発出した。
「今般、アスベスト問題については、政府の過去の対応を検証したところであるが、その中でも30年から40年という潜伏期間を経て発症するという中皮腫の特質にかんがみれば、10年、20年後には再び検証の組上に載せられるべきとされている。
このため、アスベスト関連事業場に関する監督復命書、安全衛生指導復命書、労災給付実地調査復命書等アスベストに関連する文書については、現行の文書管理規程に定める文書の保存期間にかかわらず、当分の間、廃棄することなく保存することとされたい。」
同時に、都道府県労働局総務部長に宛てた大臣官房地方課長補佐(企画・管理・情報担当)事務連絡「アスベストに関連する文書の保存に当たって留意すべき事項について」によって、①保存の対象となる文書、②文書保存の具体的方法が示された(前出通達と合わせて「2005年通達等」)。
①については「各種届出、会議資料、統計資料等を合むものであること」、②については、(1)現に保有している文書の中にアスベストに関連する文書が含まれている場合には、当該文書を含む行政文書ファイルの保存期間終了に伴い、廃棄処分を行う際に、当該行政文書ファイルの中から、同文書を抜き出し、別途アスベストに関連する行政文書ファイルを作成し、保存すること、(2)今後については、部署ごとにアスベストに関連する文書として行政文書ファイルを作成し、保存すること、(3)行政文書ファイル管理簿上の保存期間欄には、体裁上、最長の保存期間である30年と記載すること、ただし、30年経過後も当該文書を破棄することなく当分の間保存することは言うまでもないこと、等とされた。
2015年誤廃棄発覚と調査
ところが2015年になって、7月31日に京都労働局、9月1日に東京労働局、9月29日に大阪労働局から相次いで、「石綿関連文書の誤廃棄」があった事実が公表された。
同年9月1日に厚生労働省は「複数の労働局において、保存期間が満了した他の行政文書と併せて、大量の石綿関連文書が誤破棄されていた事案が発覚した」ことを踏まえ、あらためて地発0901第1号/基総発0901第1号「石綿関連文書の誤廃棄の防止について」を発出するとともに、労働基準局関係4課長補佐等連名の事務連絡で「石綿関連文書の保存状況の確認」するよう指示した(「2015年調査」)。さらに、同年12月18日に厚生労働省は、「都道府県労働局における石綿関連文書の保存の取扱いの誤りについて」公表するとともに、再度「石綿関連文書の保存について」通達した(地発1218第4号/基総発1218第1号、前出通達等と合わせて「2015年通達等」)。厚生労働省は、2005年の「本省の指示が、保存すべき石綿関連文書の範囲を明確に限定して列挙していなかったことなどから、今般、常用として保存すべき石綿関連文書の範囲や保存方法を具体的に示し、文書管理の徹底を指示した」等とした。
誤廃棄が確認された文書は全国で64,005件(15種類)で、うち、「文書としても労働基準行政情報システム上の情報としてもデータが残っていないもの」(労災保険給付等調査復命書250件など6種類)2,889件、「文書は破棄されているが、主要な部分が労働基準行政情報システムに保存されているもの」(監督復命書など3種類 )18,948件、「今後は常用としての保存を要せず、通常の保存期間に絞って保存するもの」(6種類)42,168件、と報告された。
2015年通達では、(1)「現在、保有している全ての行政文書ファイル」を対象に、「既に編綴されている行政文書ファイルのうち、石綿関連文書が他の文書とともに編綴されているものについては、当該行政文書ファイルから石綿関連文書を抜き出し、別途、石綿関連文書に係る独立した行政文書ファイルとして改めて編綴し直すこと」、「平成27年度末までに作業を完了すること」。(2)「今後作成する石綿関連文書については、行政文書ファイルとして編綴する際には、他の文書と混在することなく独立した行政文書ファイルとして編綴し保存すること」。(3)「上記(1)及び(2)において作成する石綿関連文書に係る行政文書ファイルには、当該行政文書ファイルが、石綿関連文書である旨及び保存期間については『常用』である旨を標示すること」と指示され、「石綿関連文書の例」も示された。「常用」とは、「無期限とする取り扱い」である。常用とするのは12種類の文書と示された。
厚生労働省は、「労災保険給付等調査復命書の誤廃棄に関しては請求人にお詫びの知らせを届けた」と言う一方で、「石綿関連の今後の労災保険法に基づく保険給付に係る認定業務及び石綿救済法に基づく特別遺族給付金に係る認定業務に当たって、請求された方々の労災認定に支障が生じることはない」とも主張した。
当時全国安全センター等は、この厚生労働省の見解を批判するとともに、誤廃棄された文書を可能な限り「復元」するよう強く求めた。
常用保存文書の具体化
2016年2月5日に厚生労働省労働基準局は関係4課長補佐等連名の事務連絡「石綿関連文書の保存について」を発出し、「常用」保存とすべき具体的な石綿関連文書13種類(従前の12種類のうちのひとつを2種類に分割)についての「具体的な文書の種類」を示した(「2016年事務連絡」)。例えば、「労災保険給付等調査復命書」については、「石綿関連疾患に係る請求事案の業務上外の判断に係る復命書(医証等の添付資料を含む。)※石綿関連疾患に係る療養補償給付を受けていた者が死亡した場合の遺族補償給付に係る業務上外の判断に係る復命書も含まれる」としている。
「具体的な文書の種類」は以下のとおりであるが、この事務連絡は2022年3月24日に一部改正され、以下の⑥と⑦の2種類が追加されて、現在15種類になっている。
- 監督復命書
- 健康管理手帳交付台帳
- 健康管理手帳交付申請書
- 健康管理手帳書替・再交付申請書
- じん肺管理区分決定書類
- 石綿分析用試料等製造・輸入・使用届
- 石綿等製造、輸入、使用許可申請書
- 廃止事業場石綿関係記録等報告書
- 安全衛生指導復命書(実地調査復命書を含む)
- 衛生管理特別指導事業場関係書類
- 建設工事計画届
- 建築物解体等作業届
- 石綿含有製品に係る報告関係書類
- 労災保険給付等調査復命書
- 労災保険審査請求関係書類
開示請求への対応
2017年3月14日には、厚生労働省労働基準局補償課長補佐(業務担当)事務連絡「誤廃棄した石綿関連文書に係る開示請求への対応について」が示され(「2017年事務連絡」)、「開示請求が行われた文書を誤廃棄している場合」について、「復命書本体の写し等他の関連文書が保存されている場合」は、「開示請求人に、原本は廃棄したため存在しないことを説明し、写しが存在する範囲で開示すること。なお、開示決定通知書にも一部文書が廃棄したため、存在しないことを明記すること」。「一切の文書が残っていない場合」は、「廃棄したため文書不存在で不開示決定をすること」、「ただし、その場合であっても、開示請求人が証明を求める事項を聴取し、開示請求人の求める範囲内の事項で、支給データ等から証明が可能な範囲で内容を整理して、労災保険給付等の決定を行った労働基準監督署長名で文書により回答すること」と指示した。
なお、この事務連絡には、〇〇労働局労働基準部労災補償課長名による請求人宛ての、「調査復命書等の書類一式を誤って廃棄してしまったことについてお詫びの文書を送付させていただいたところです。現在、当局においては誤って廃棄した文書の復元を試みているところであり、〇〇様がお手元に当該請求に関連する文書等を保管されておりましたら、提供をお願いしたい」と要請する「資料提供のお願いについて」と題した文書のひな型も付けられている。
2018年誤廃棄再発覚と調査
ところが再び2018年に、5月11日に埼玉労働局(5件)、6月18日に神奈川労働局(1件)から相次いで、「個人情報開示請求等を契機として、石綿関連文書が誤廃棄されていた事案が発覚した」ことが公表された。
同年5月14日に厚生労働省労働基準局補償課長補佐(業務担当)事務連絡「石綿関連文書に関する保存状況の調査について」が発出され、「複数の労働局において、個人情報開示請求等を契機として、石綿関連文書が誤廃棄されていた事案が発覚した」として、全ての労働局を対象として、石綿関連文書の適切な保存が徹底されているか否か、また、新たな誤廃棄がなされていないか、調査が指示された(「2018年調査」)。
その結果、福島(91件)、千葉(15件)、新潟(25件)、石川(1件)、三重(2件)、京都(4件)、兵庫(50件)、和歌山(1件)、広島(3件)、福岡(5件)、長崎(17件)の11労働局で214件の誤廃棄が発覚した(埼玉・神奈川を含めると計220件)。内訳は、監督復命書62件、安全衛生指導復命書61件、建設工事計画届71件、建築物解体等作業届19件、労災保険給付等調査復命書7件であった。
これらは、同年8月10日に一斉に関係労働局から公表されたものの、厚生労働省としての発表はなかった。また、調査指示では、以下の区分別の具体的な文書数等の報告を求めていたが、各労働局の公表内容には含められていなかった。
① 2015年度の調査時点では保存されているとされていた文書のうち、現時点で保存されていることが確認できない文書
② 2015年度から2017年度の間(2015年度の調査の後)に取得・作成した石綿関連文書(常用保存が必要なものに限る)で、現時点で保存されていることが確認できない文書
③ 2015年度の調査対象ではあったが、当時に誤廃棄として確認されておらず、今回の調査で誤廃棄が確認された文書(前回の調査漏れ文書)
具体的事例-Aさんの場合
兵庫県のAさんは、主に自らが代表取締役を務める会社が受けた建築業務に自ら従事し、建材に含まれていた石綿粉じんに曝露した。2003年に悪性胸膜中皮腫に罹患し、わずか半年後に54歳で亡くなられた。Aさんは労災保険に特別加入しており、息子さんが2008年に加古川労働基準監督署に労災(遺族補償一時金等)申請して、同年11月に認定、支給された。
Aさんの息子さんは、2021年5月17日の建設アスベスト訴訟最高裁判決等の報道を受け、同年9月に大阪アスベスト弁護団に相談。労災記録について兵庫労働局に対して保有個人情報開示請求をしたところ、誤廃棄が判明した。
誤廃棄をめぐる経過は、後に裁判を通じて判明したことを含め、以下のとおりであった。
加古川労働基準監督署は、Aさんに係る労災保険給付に関する実地調査復命書及びその添付資料(本件実地調査復命書等)を2018年度復命書綴に編綴。文書保存基準上「補償関係調査復命書綴」に分類し、その保存期間を2014年3月31日とした(標準文書保存期間は5年)。
2015年2月12日に同監督署は、本件復命書綴の廃棄を決定し、同年3月3日に専門業者に委託して廃棄した。なお、本件実地調査復命書等の一部は写しが現存している。
前述の2015年調査では、すでに原本を廃棄していたのに、調査結果復命書の写しが残存していれば誤廃棄に該当しないものと判断し、誤廃棄はない旨の報告を兵庫労働局に対して行った。
2018年調査に先立つ同年3月に、Aさんと同じく2018年度に加古川労働基準監督署で労災認定された被災者3名のうちの1名、Bさんの遺族から被災者Bさんに係る保有個人情報の開示請求がなされたことにより、監督署は当該被災者に係る実地調査復命書等を誤廃棄していることを認識した。しかし、開示請求に対しては、請求人に誤廃棄を伝えることなしに、残存している写しが開示決定された。
2018年調査では加古川労働基準監督署から兵庫労働局に対し、Aさん、Bさんを含む3件の石綿関連文書を誤廃棄しており、調査復命書しか残存していないことが報告された。にもかかわらず、兵庫労働局は厚生労働省に対して、新たに判明した石綿関連の労災保険給付等実地調査復命書等の誤廃棄事案は0件であると報告した。
2019年2月、Bさん事案の担当弁護士より開示された文書が少ないのではないかとの提起があり、大阪アスベスト弁護団が調査した結果、3件の誤廃棄があらためて確認され、同年2月19日に兵庫労働局から厚生労働省に対し加古川労働基準監督署の3件分の「誤廃棄事案発生にかかる報告」がされ、同年3月18日付けで加古川監督署は、3件について誤廃棄について通知する謝罪文を発送した。
しかし、Aさんの息子さんは送付されていたことが記憶になく、2021年9月の開示請求となったものだった。同年10月5日に兵庫労働局は個人情報の部分開示決定を行ったが、決定通知書(本件通知書)に誤廃棄に関する記載はなかった。
開示された文書は、決議書、請求書、死亡診断書、調査結果復命書、業務場外の認定のための調査票の写しで、廃棄されたと思われる文書は、調査結果復命書の添付資料のうち、医証関係、ばく露に関する会社の職歴証明等、同業者聴取、原告の聴取書等であった。
文書誤廃棄訴訟の争点
Aさんの息子さんは、加古川労働基準監督署に労災記録を「誤って廃棄された」のは違法だとして、2022年9月15日に、国に損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こした。
2024年7月11日に示された判決の内容に即してまとめると、以下の不作為行為①~③が国家賠償法1条1項の適用上違法であるか否かが争点となった(判決は「アスベスト」を使っているが、2015~18年の厚生労働省文書に合わせて、以下、「石綿」で統一した)。
① 加古川労働基準監督署が通達や事務連絡に反して実地調査復命書等の保存期間を常用ないし30年に変更しなかった不作為
② 厚生労働省が石綿関連文書の誤廃棄について調査した際に、上記廃棄の事実を上級行政機関に連絡しなかった等の不作為(2015年調査時の加古川労働基準監督署と2018年調査時の兵庫労働局、後者については監督署に対して廃棄について原告に連絡するよう指示しなかった不作為を含む)
③ 兵庫労働局が保有個人情報開示請求の部分開示決定の際に上記廃棄の事実を決定の通知書の記載しなかった等の不作為(原告が証明を求める事項を聴取し、証明が可能な範囲で内容を整理し、労働基準監督署名で文書により回答するという措置を講じなかった不作為を含む)
不作為① 保存期間の延長
以下に、判決の裁判所の判断の主な内容を紹介する。
公文書管理法令は、行政文書の類型ごとに規定された保存期間が満了した行政文書について、行政文書を管理する行政機関の長が、職務の遂行上必要があると認めて保存期間を延長するか否かについて一定の裁量権を与えていると解される。
2005年通達等は、石綿関連事業場に関する労災給付実地調査復命書等の保存期間の延長に関し、加古川署長が有する裁量権について一定の基準(裁量基準)を定めたものと解される。
行政庁がその裁量に任された事項について裁量行使の準則を定めることがあっても、このような準則は、本来、行政庁の行為の妥当性を確保するためのものであるから、行為が上記準則に違背して行われたとしても、原則として当不当の問題を生ずるにとどまり、当然に違法となるものではない。
しかし、2005年通達等は、中皮腫が30年から40年という潜伏期間を経て発症することから、10年あるいは20年後に石綿問題を再度検討対象とする必要があることを踏まえ、厚生労働省が都道府県労働局長に対し、石綿関連事業場に関する労災給付実地調査復命書等を当分の間、廃棄することなく保存することを求めたものである。加えて、厚生労働省が2015年9月1日付けで都道府県労働局長に対して発出した文書においては、厚生労働省は2005年通達により石綿関連文書を破棄せず保存するよう「指示」しており、複数の労働局において石綿関連文書が廃棄されていた事象は「誤廃棄」である旨が記載され、さらに、石綿関連文書を他の文書と分離し、石綿関連文書である旨及び保存期間が「常用」である旨を記載するなど、石綿関連文書が廃棄されないための具体的な作業手順が指示されている。これらを踏まえると、2005年通達等が求める石綿関連文書を破棄することなく保存するという取扱いは、全国一律で行うことが想定されていたといえる。また、石綿関連事業場に関する労災給付実地調査復命書等は、労働災害の発生原因を究明し、同種災害の再発防止策の策定に資することに加え、石綿関連疾患にり患した者及びその相続人が、訴訟手続等において石綿にばく露した事実の有無や事業場の状況等を立証する重要な手段となるものである。そうすると、2005年通達等は、相応の合理性を有するということができる。
他方、加古川署長が本件実地調査復命書等について2005年通達等に沿った取扱いをしなかった理由は、単に、2005年通達等の存在を看過し、本件文書保存基準の改定を怠ったというものにすぎず、2005年通達等によることができない合理的理由があったとは認められない。
そうすると、加古川署長が2005年通達等に沿わない取扱いをすることは許容されず、本件廃棄の際に本件実地調査復命書等の保存期間を30年に延長しなかったことには裁量権の範囲の逸脱又は濫用があり、加古川署長は本件実地調査復命書等の保存期間を30年に延長しなければならなかったというべきである。
法律上保護された権利
一方、災害調査復命書は、特定の労働災害が発生した場合に、労働基準監督官、産業安全専門官等の調査担当者が、労働安全衛生法の規定に基づいて、事業場に立ち入り、関係者に質問し、帳簿、書類その他の物件を検査し、又は作業環境測定を行うなどし、また、関係者の任意の協力を得たりして、労働災害の発生原因を究明し、同種災害の再発防止策等を策定するために、調査結果等を踏まえた所見を取りまとめ、労働基準監督署長に対し、その再発防止に係る措置等の判断に供するために提出されるものである。
石綿による疾病に係る業務上外の労働災害認定において、調査の結果作成される災害調査復命書には、業務上外の判断の根拠資料として、①就労関係資料(就労歴・石綿ばく露歴申立書、被災者の本人聴取書、事業主・同僚・同業者等の聴取書等)、②医学的資料(診療録、検査記録等)が添付される。
石綿製品の製造作業等に従事したことにより石綿関連疾患にり患した者及びその相続人らが、国や使用者等を被告とする損害賠償請求事件を提起する場合、石綿にばく露した事実の有無や事業場の状況等を立証するため、災害調査復命書とその添付資料を証拠提出することが一般的である。
法務省訟務局民事訟務課の作成した内部資料にも、石綿関連の国を被告とする損害賠償請求訴訟について、災害調査復命書とその添付資料が、石綿工場における就労歴の立証に関し、類型的に高度の信用性を有することを示唆する記載がある。
判決は、行政文書の管理及び開示請求制度に関する沿革と現状を整理したうえで、保有個人情報開示請求制度は、情報公開法に基づく情報公開制度と同様に、個人情報の記録された行政文書が、法令上の保存期間内において適正に管理され、適式な本人開示請求の対象となることを予定しているものと考えられる、とする。
さらに、本件実地調査復命書等は、石綿による疾病に係るものであるから、労働災害の発生原因の究明に加え、亡Aの死亡に係る損害賠償請求訴訟等における立証方法として活用される性質の行政文書である。石綿による疾病に係る労働災害認定を業務として行っており、2005年通達等の通知も受けていた加古川署長は、本件実地調査復命書等のこのような性質を理解し、仮に本件実地調査復命書等が2005年通達等に従わずに廃棄されれば、亡Aの遺族による訴訟活動等が困難となることを容易に予期することができたといえる。また、2005年通達等は、中皮腫の潜伏期聞が30年から40年にわたり、石綿問題が10年あるいは20年後に再度検討対象となり得ることを踏まえて、石綿関連事業場における労災給付実地調査復命書等の保存を指示するものであるところ、2005年通達等が述べる「検討」には、行政機関内部の検討だけでなく、本人又はその相続人による石綿に起因する労働災害の損害賠償請求に係る検討も含まれると考えられる。
そうすると、原告は本件開示請求時点において行政機関個人情報保護法12条に基づく本件実地調査復命書等の開示請求権自体を有していたとはいえないものの(実際には本件実地調査復命書等が現存していなかったため) 、加古川署長は本件実地調査復命書等の保存期間を30年に延長しなければならなかったこと、保有個人情報開示請求制度の趣旨・沿革並びに本件実地調査復命書等及び2005年通達の特質を踏まえると、原告の本件利益、すなわち原告が本件開示請求の時点で本件実地調査復命書等の開示を受ける利益は、法律上保護された利益に当たると評価するのが相当である。
国家賠償法上の違法性
2005年通達等は、加古川署長の有する上記裁量に関する裁量基準であると考えられるところ、その趣旨は、石綿問題が10年あるいは20年後に再度検討の対象となることを見据えて石綿関連の文書を当分保存するというものであり、これは、国の諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務を全うするという公文書管理法の目的とも合致する合理的なものである。また、上記文書は本人又はその相続人による石綿に起因する労働災害の損害賠償請求の有用な資料となる性質のものであり、そうであるからこそ、厚生労働省は2005年通達に従った取扱いを全国一律に実施するよう求めたと評価することができる。
これに対し、加古川署長が2005年通達等に従って本件実地調査復命書等の保存期間を延長しなかった原因は、加古川署長が2005年通達等の存在を看過し、本件文書保存基準の改定を怠ったというものにすぎず、この点に合理的理由があるということはできない。
以上のような加古川署長の権限の趣旨、平成17年通達等の内容、本件廃棄の原因を踏まえると、加古川署長が本件実地調査復命書等の保存期間を30年に延長しなかった不作為は、許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くものと評価するのが相当である。
したがって、本件不作為①は、原告の法律上保護された利益を侵害し、加古川署長の職務上の法的義務に違背するものとして、国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるというべきである。
本件不作為①が原告の本件利益を侵害するものであること、原告が亡Aの相続人であり、本件実地調査復命書等が訴訟手続等において利用する必要性が高いものであること、本件不作為①は2005年通達等を看過するという加古川署長の過失によるものであること等の、本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件不作為①によって原告が被った精神的苦痛を慰籍するための金銭は、1万円を下らないというべきである。また、本件不作為①と相当因果関係のある弁護士費用は1000円が相当である(原告は精神的損害200万円、弁護士費用20万円と主張)。遅延損害金の起算日は、本件廃棄の日である2015年3月3日と認められる。
不作為② 上級への未報告等
2015年調査及び2018年調査の法的性質は職務命令であると認められる。そうすると、これらは行政組織内部における命令にすぎず、当該命令を受けた公務員に対し、原告に対する職務上の法的義務を負わせるものではない。なお、原告は、本件廃棄について原告に対して連絡しなかった、あるいは加古川署に対してその指示をしなかった不作為が違法である旨主張するが、2015年調査及び2018年調査において誤廃棄が判明した際に本人又は相続人に連絡することが定められていたと認めるに足りる証拠はないから、上記不作為が原告の法律上の権利利益を侵害したとみる余地はない。
したがって、本件不作為②は国家賠償法1条1項の適用上違法であるとは認められない。
(原告は、労災記録の誤廃棄は、開示を受けて自ら利用することができる情報を得る機会を喪失するという重大かつ深刻な問題であるから、廃棄した行政機関は、誤廃棄の事実を速やかに当該被災者や遺族に知らせ、廃棄された情報の保全や復元の機会を与える法的義務を負う、と主張した。)
不作為③ 開示決定書未記載
原告は、誤廃棄がなされた労災記録である本件実地調査復命書等について開示請求を受げた兵庫労働局長は、①本件通知書に本件実地調査復命書等を廃棄したため存在しないことを明示した上で、②原告が証明を求める事項を聴取し、証明が可能な範囲で内容を整理し、労働基準監督署名で文書により回答するという措置を講じる義務がある旨主張する。
本件通知書は、原告による本件開示請求に対する一部拒否処分である部分開示決定の通知書である。2017年事務連絡は開示請求に対する対応として行うことが記載されていることからすれば、開示請求に含まれていない対象文書についてまで指示された対応が求められているとはいえない。
本件開示請求は、「加古川署に保管されている、亡Aが石綿による悪性中皮腫として死亡したことについて原告がした、遺族補償給付請求に関する調査結果復命書、添付資料一切、その他労災一件記録すベて」の保有個人情報の開示を求めるものであり、原告本人が請求しているものの、弁護士が兵庫労働局に対してこの開示請求に関する連絡は同人のみ又は原告本人と同人に対して行うよう求めていることも踏まえれば、加古川署が保管していない資料に記載されている保有個人情報を対象としていたとはいえない。
したがって、2017年事務連絡で指示された対応がされていないことが不法行為に当たる旨の原告の主張は採用することができない。
また、2017年事務連絡は、通達であって、上級行政機関が関係下級行政機関及び職員に対してその職務権限の行使を指揮し、職務に関して命令するために発する、行政組織内部における命令にすぎないから、2017年事務連絡から直接に兵庫労働局長の国民に対する個別的な法的義務を導くことはできない。また、全証拠によっても、兵庫労働局長が原告に対して原告が主張する①及び②の義務を負っていると認めることはできない。
したがって、本件不作為③が国家賠償法1条1項の適用上違法であるとは認められない。
勝訴判決が確定
2024年7月11日の神戸地裁判決の主文は、以下のとおりであった。
- 被告は、原告に対し、1万1000円及びこれに対する2015年3月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
- 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
- 訴訟費用は、これを300分し、その299を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
公文書の廃棄日ついて国家賠償法上の違法性を認めるとともに、損害賠償をも認めた画期的な判決となった。
そして、国が控訴せず、7月25日に確定した。
弁護団のコメント
判決確定を受けて原告側代理人の大阪アスベスト弁護団は、以下のコメントを発表している。
「石綿労災記録の廃棄について、国の法的責任を認める司法判断が確定した事実はきわめて重い。
国は、この度の司法判断の確定を踏まえ、石綿労災記録を廃棄してしまった全ての被害者、遺族に対してあらためて謝罪し、可能な限りの記録の復元と一律の賠償をすべきである。また、神戸地裁判決が認定した石綿労災記録の重要性を踏まえ、再度の総点検と徹底した再発防止に取り組むべきである。
現在、デジタル化に伴い国は公文書の電子化を進めており、労災記録についても例外ではない。しかし、判決が認定した石綿労災記録の重要性に鑑みれば、国が責任をもって記録の全てを確実に保存するものとし、電子化後も原本を廃棄せず残すべきである。加えて、電子化の過程及びその後の保存において、原本及びデータの誤破棄が起こらないよう徹底した対策を求める。」大阪アスベスト弁護団ホームページhttps://asbestos-osaka.jp/
あらためて監視が必要
重大であるにもかかわらず、実行に移されることのまれなこのような訴訟に果敢に取り組んだ原告・弁護団に心から敬意を表したい。
2018年調査で新たに把握された石綿関連文書誤廃棄事案については、関係労働局から公表されたのみで、厚生労働省からの発表はなかった。その後、Aさん、Bさんらの事案があらためて把握されても、どこからも公表はなされていない。
他方、2024年6月7日に「新潟労働局における石綿関連文書の紛失について」(健康管理手帳(石綿)交付申請書)、同年7月30日には「独立行政法人労働者健康安全機構本部における文書の紛失について」(石綿確定診断委員会で使用する労働基準監督署が作成した書類)等、新たに公表されている事件もある。
厚生労働省は、毎年2月に発出している大臣官房審議官(労災、建設・自動車運送分野担当)通達「労災補償業務の運営に当たって留意すべき事項について」に毎年、「石綿関連文書の保存」について」、2015年通達(2022年一部改正)に「示された留意事項に基づき、行政文書ファイルとして編綴する際には、石綿関連文書の範囲について確実に確認を行い、石綿関連文書ではない文書と混交することなく、独立した行政文書ファイルとして編綴し保存すること等、引き続き、その適正な文書管理を徹底すること」と書いてはいるが、まったく不十分と言わざるを得ない。
厚生労働省はメディアからの取材に対して、都道府県労働局に対して石綿関連文書の適切管理についてあらためて指示するとコメントしているようだが、その内容及び実施、また、公文書の電子化との関連で今年度厚生労働省の委託事業として実施されている「石綿関連文書の電子化マニュアル作成事業」の行方等も注視していかなければならないと考えている。
安全センター情報2024年11月号