中皮腫被災の補償を求め団体交渉を実施/兵庫●不誠実なクボタ等の対応:アスベストユニオン

HKさんとご家族からの相談で、石綿と因果関係のある職歴は、クボタの神崎工場内で働いていたことしか考えられないことから、2021年6月11日、クボタに対して団体交渉を申し入れた。6月22日、クボタの代理人弁護士から書面が届き、「①交渉に応じる用意はある、②中川工業所に照会したが、HKさんが従業員であったことの確認ができなかっった、③HKさんが中川工業所に在籍していた裏付けを提示してほしい」との回答であった。そのため、代理人弁護士に「ユニオンでも雇用関係を証明するものを当たっているが難しい状祝にある。兄がクボタの社員だったので、そのルートでもあたってもらえないか」と電話をした。
9月1日、あらためて団体交渉を申し入れ、第1回交渉が、エルおおさかで開かれた。会社弁護士からHKさんの容態について問い合わせがあり、厳しい状況にあることを報告。クボタ側は、中川工業所で就労が確認され、労災認定されれば、下請けであっても補償する旨の話がされた。ユニオン側から、この間、調査したHKさんの職歴等について説明し、まずは認定に協力を要請し、当面、労災認定に全力をあげることとした。その間、クボタの求める資料については真撃に対応したが、12月に入ってクボタ側からは、労災認定の結論を踏まえて、団体交渉を持つか判断するとの書面が届いた。
年末から年明けにかけて、関西労働者安全センターと協力しながら、労災認定に向けた調査活動を続けた。最後まで、HKさんがクボタ(中川工業所)で働いていたという決定的な証拠(クボタ側の主張によると写真や同僚証言)を見つけることはできなかったが、お兄さん(労災死亡)のご家族のご協力を得ながら、お兄さんの日記からHKさんが住んでいたと思われる下宿を特定。また、当時甑島(鹿児島)からクボタへ一緒に働きに来た方の名前を調べ上げた。そして、なんといってもHKさんの記憶に戻づく証言が、クボタで働いたことを裏付け、2022年5月、労災認定された。
こうした結果を踏まえ、監督署がどのように認定したかが交渉での焦点となるため、開示請求を行った。監督署は本省協議を行っており、本省からの回答は「昭和36年6月から昭和36年8月までの間、石綿鋼管の製造下請けを行う事業場に所属し、石綿等の運搬作業に従事しており、当該作業において石綿曝露があったものと推認される」として、労災認定された。
8月1日、あらためてクボタ・中川工業所に対して団体交渉を求め、9月28日、2回目の交渉が関かれた。第1回交渉とは違い、代理人弁護士は「仮に在籍していたとしても3か月。当時の東京と尼崎の移動手段などを考え合わせると就労期間は1~3週間ぐらいの可能性もある」「しかも、屋外作業であり、仮に粉じんが舞っていたとしても安全配慮義務違反に当たるのか?」と述べ、中川工業所も、被害者に対する補償については、「根拠があれば対応するが、屋外作業である点、納得できない」と回答。見舞金の支払いについては否定的な主張を展開した。
ユニオンは、クボタに対して見舞金を支払った被災者について「正規・下請、屋内・屋外、期間」の情報開示を求めた。そして、ユニオンは、HKさんと同様に下請、短期で労災認定され、見舞金の支給を受けた具体例を示し、HKさんも同様の扱いとするよう求めるとともに、次回の交渉でクボタや中川工業所が抱いている疑問について、直接HKさんに問うよう東京での団体交渉の設定を求めた。
2023年2月7目、14時から東京都目黒区自由が丘でHKさんも出席して交渉が行われた。ユニオン側からは、HKさんの奥さんと娘さん、文委員長、中村副委員長、川本書記長はじめ総勢8人の執行委員が出席した。まず、HKさんから、当時の就労実態について説明を行った。その後、会社側からいくつかの質問や確認が行われたが、それは前回から会社側が主張しはじめた「短期間、屋外作業」について裏付けるための質問であった。それに対して、ユニオン側から反論を行った。とりわけ、HKさんの就労実態について、過去にクボタが提示したクボタ神崎工場の航空写真や作業工程の図面を提示して、HKさんの作業について丁寧に紐解いた。そして、HKさんの業務は、①石綿管を製造する過程で、こぼれ落ちた原料を再利用するための業務であったこと、②原料を集めるプールは屋外にあったが、集める作業自体は壁に囲まれた場所であることが推測されること、③お兄さんが独身寮に入った時期は、雇用契約書に記載された7月ではなく、日記に記載されていた5月であったこと、④クボタは、昭和35年~昭和50年代まで尼崎労働基準監督署から粉じん対策について何度も行政指導を受けていたこと、⑤クボタでは、高濃度の、しかも大量の青石綿が使われてきたため、他に例を見ないほど胸膜よりも腹膜中皮腫患者が多いという事実、⑥HKさんの就労期間は短期間であったが胸膜プラークが存在することなどを突きつけながら、クボタ側の主張を論破していった。
また、クボタショックの際、クボタの社長が被害者に謝罪し、「塀の中も外も等しく補償をします」と記者会見したことを指摘し、労災認定された事実を否定するような態度は、これまでのクボタの方針を変えるものなのかと追及。代理人弁護士は、これまでもこの方針に変わりはないと言うのがやっとであった。

交渉では、完全に圧倒したが、クボタが補償を行わなければ、争議を継続せざるを得ないが、予後の厳しい中皮腫の患者さんにとっては話し合いでの早期解決が望まれる。
クボタは、ユニオンからの団体交渉申し入れに対して、一見誠実に対応しているかのように装い、必要最小限の資料しか提示しない。中川工業所においても「過去の資料はないのでわからない」と言いながら、「調査しなければ判断できない」と矛盾した回答をするなど、まったく不誠実である。
もし、クボタらが補償を拒否した場合、不当労働行為の救済申立や抗議行動を行う予定だ。いずれにしても期解決にむけて、できる限りの闘いを行っていく。

アスベストユニオン・執行委員 塚原久雄

安全センター情報2024年5月号