ロシア連邦のクリソタイル鉱山・加工労働者におけるがん死亡率:主要な結果(Asbest Chrysotile Cohort Study)/IARC News, 2024.1.22

国際がん研究機関(IARC)、モスクワのイズメロフ労働衛生研究所(IRIOH)(ロシア連邦)、工業労働者の予防と健康保護のためのエカテリンブルグ医学研究センター(ロシア連邦)及びユトレヒト大学リスク評価科学研究所(オランダ)の科学者からなる国際研究グループが、ロシア連邦スヴェルドロフスク州アスベスト町にある世界最大のクリソタイル(アスベスト)鉱山及びその加工工場に勤務していた労働者を対象とした歴史的コホート研究から得られた、がん死亡率に関する主要な結果を報告した。これらの結果は、本日、米国国立がん研究所発行のJournal of the National Cancer Instituteに掲載された。
この研究は、1975年以降に鉱山またはその工場で少なくとも1年以上働いたすべての労働者の企業雇用記録に基づいており、これらの企業はすべて体系的な固定粉じん測定サーベイランスを実施していた。コホートには30,445人の労働者(32%が女性)が含まれ、その54%は鉱山または加工工場で30年以上働いていた。コホートメンバーは、2015年まで生命状態と死因について追跡調査された。
中皮腫による死亡率は、累積曝露量が多いほど強く増加し、この原因による死亡は全体で13例であった。これらの死亡は、曝露がもっとも低いカテゴリーに属する労働者では発生しなかった。男性では、累積曝露量が増えるにつれて肺がんによる死亡率が増加し、累積曝露量の最高パーセンタイルでは肺がんで死亡するリスクが40%高かった。女性では、肺がんによる死亡者数がはるかに少なかったため、関連性はそれほど強くなかった。累積曝露量と大腸がん及び胃がんによる死亡率との間には一貫性のない関連が見られた。喉頭がんと卵巣がんでは死亡率の増加は認められなかった。
この研究は、世界最大の現役アスベスト鉱山で採掘されたクリソタイルを含む粉じんへの曝露が、量依存的にがんの発症リスクを増加させることを確認した。これは中皮腫と肺がんで確認された。肺がんについては、他の肺発がん物質、とくに喫煙や、おそらく他の職業曝露との相互作用を示唆している。そのことが、男性では女性よりも低曝露レベルでのリスク上昇が明確であったことの理由かもしれない。
この研究の特徴は、60年以上にわたって実施された約100,000回の粉じん測定という豊富な情報と、各労働者がいつ、どこで鉱山や工場で働いていたかという就業記録から得られる労働者の詳細な職業履歴を結びつけることによって、労働者一人ひとりの過去の粉じん曝露を再現したことである。また、並行して行われた粉じんと繊維の測定に基づき、クリソタイル繊維への累積曝露量を推定することができた。死亡診断書の原本を入手することで、最新の医学的疾病分類を用いた国際的ガイドラインに従って死因を統一的に分類することができた。労働者と個人的に接触することなく、アーカイブに基づくアプローチという疫学調査計画には限界が内在している。

https://www.iarc.who.int/news-events/cancer-mortality-in-chrysotile-miners-and-millers-russian-federation-main-results-asbest-chrysotile-cohort-study/

【論文抄録】ロシア連邦のクリソタイル鉱山労働者及び加工労働者におけるがん死亡率:主要な結果(Asbest Chrysotile Cohort Study)Joachim Schuz, et. al.,Journal of the National Cancer Institute, 2024.1.22

背景:ロシア連邦アスベスト市にある世界最大のクリソタイル鉱山及び加工工場の労働者の死亡率を調査した。

調査方法:この歴史的コホート研究は、1975年から2010年の間に少なくとも1年間雇用され、2015年末まで追跡調査されたすべての労働者を対象とした。1950年代から体系的に収集された粉じん測定に関連する労働者の完全な職業歴に基づいて、粉じんへの累積曝露量を推定した。クリソタイル繊維への曝露は、粉じんから繊維への換算係数を用いて推定した。相対リスク(RR)及び95%信頼区間(CI)は、ポアソン回帰モデルの死亡率比として推定した。

結果:合計30,445人(女性32%)の労働者が721,312人年のリスクを蓄積し、11 110人(36%)が死亡した。労働者のうち54%は最初の曝露から30年以上経過していた。男性では、累積粉じん量と肺がん死亡率との間に曝露反応関係が認められた。女性の肺がんについては、粉じん曝露との明確な関連は認められなかったが、繊維曝露の最高カテゴリーで緩やかな増加が認められた。13人の死亡に基づくと、中皮腫死亡率は増加した(RR=7.64、95%CI=1.18~49.5、少なくとも80繊維/cm3年及びRR=4.56、95%CI=0.94~22.1、少なくとも150mg/m3年[粉じん])。大腸がん及び胃がんについては、一貫性のない関連がみられた。喉頭がん及び卵巣がんでは関連はみられなかった。

結論:世界最大の現役アスベスト鉱山を対象としたこの大規模疫学調査において、繊維曝露量が多いほど中皮腫のリスクが上昇し、男性では粉じん曝露量の増加とともに肺がん死亡率が上昇することが確認された。女性では、肺がん死亡率の増加はそれほど明確ではなかった。死亡率の追跡調査を継続することが正当化される。

https://academic.oup.com/jnci/advance-article/doi/10.1093/jnci/djad262/7577290

Q&A

1. この研究を実施した理由は何か?

これは、現在世界のクリソタイルの20%以上を生産している、世界最大の現役クリソタイル鉱山の労働力に関する初の包括的調査である。大規模な産業利用がなくても、クリソタイルは環境中に存在し、さらに何十年もそこに留まるだろう。したがって、この研究結果は、地域規模でも地球規模でも、公衆衛生にとって有益である。研究が開始される前に、十分な科学的新知見が期待できるかどうかが評価された。その理由は、①世界最大のクリソタイル生産国という特殊な環境における初めての大規模研究であったこと、②クリソタイル採掘・加工労働者のコホート研究に初めて多数の女性労働者が含まれ、その発がんリスクを調査したこと、また、③中皮腫や肺がんなど、確立されたアスベスト関連のがん部位を含め、クリソタイル関連のがんリスクをより正確に定量化するためには、より多くのデータが必要であった。

2. 研究助成機関はどのように関与したのか?

本研究の資金提供者である国際がん研究機関(IARC)とロシア連邦保健社会開発省(IARC参加国)との間の覚書では、クリソタイル採掘・加工における長期曝露労働者のコホート研究に関して、大規模疫学研究の実施に関するIARCの専門知識を活用した支援が保健社会開発省から要請された。パイロット研究が実施され、IARCは、このような研究を実施するために利用可能なデータ源は優れた疫学的実践のために十分であるが、それらのデータ源へのアクセスとその質を監視する必要があると結論づけた。この研究は、IARC科学評議会と、IARC参加国すべてで構成されるIARC運営評議会に提出され、厳格な品質管理のもとで承認された(質問4参照)。2013年2月の世界保健機関(WHO)とIARCの共同声明で、両機関はこの研究が「クリソタイルとの関連がすでに知られているがんや、クリソタイルとの関連が疑われる新たながんのリスクをより定量化するための重要な科学的情報を提供する」と表明した。

3. 研究はいつ実施されたのか?

2009年に覚書が締結された時点で、上記のパイロット研究が実施された。2011年11月にIARCの科学者がアスベスト町を視察した後、がん予防に役立つと判断されたため、本研究を開始することになった。1940年代までさかのぼる企業のアーカイブからデータを抽出し、2012年から生データの研究データベースに入力し、2015年末の追跡調査終了に向け、それぞれの当局から生命状態、移住、死因に関するデータを収集した。労働者個人の累積曝露量の計算など、リスク解析のためのデータ準備とデータの質の徹底的なチェックは2019年に完了し、その後2021年まで統計解析が行われた。

4. 研究の質はどのようにモニターされたのか?

国際的な科学諮問委員会(Scientific Adviso-ry Board)により、研究の進捗と実績が監視された。同委員会は、現地視察を含む年次会議を開催し、IARC倫理委員会に定期的な報告を行った。被ばく評価指標の開発や死因データのコード化と妥当性チェックなど、研究実施の中間段階は、最高レベルの透明性を確保するため、査読付き文献でただちに公表された(https://asbest-study.iarc.who.int/publications/)。内部的な質保証手段としては、雇用記録と粉じん測定データのサンプルの二重入力、他の独立した情報源とのクロスチェック(例えば、給与支払記録によるある年のコホート規模、あるいは入手可能な期間の死亡診断書情報の2つの情報源の使用)、可能な限り複数の情報源の使用(例えば、バイタルステータス)などがあった。粉じん測定及び粉じんと繊維の並行測定に関する生データは、モスクワ(ロシア連邦)のイズメロフ労働衛生研究所(IRIOH)からIARCに提供され、そこで個人曝露評価が作成・実施された。死亡診断書はIRIOHからIARCに提供され、すべての死因が国際的なガイドラインに従って統一された方法でコード化された。IARCでリスク解析を実施するためのデータが準備できた段階で、曝露と転帰のデータがリンクされた。

5. この研究の強みは何か?

この研究の主な長所は、各労働者の生涯累積職業曝露量を再構築したことである。疫学的研究は、限られた期間中に調査された限られた労働者サンプルの測定値のみから導き出される、いわゆる曝露プロキシに頼ることが多い。また、より間接的には、特定の業務について測定された典型的な曝露を、曝露指標が適用される施設以外の場所で実施された測定値から割り当てることもある。この研究では、すべての労働者の全職歴が入手可能であり、職場に最も近い場所で実施された粉じん測定と関連づけることができた。粉じん測定で職歴年数をカバーできたこと(工場では88%、鉱山では76%)は、前例のないことであった。もうひとつの大きな強みは、死因を統一的に分類するために、死亡診断書の原文を入手できたことである。さらに、中皮腫のような緩慢に発症する疾患も調査するために、最初の曝露からの経過時間が長い労働者を多数調査できたこと、鉱山労働者と加工労働者のコホートで初めて大規模な女性労働者を調査できたことも大きな強みである。

6. 研究の弱点は何か?

過去のデータを用いた観察研究には本質的な限界がある。そのほとんどは、データが研究以外の目的で収集されたものであるため、あれば理想的な情報がすべて入手できるわけではない。主な限界は、がんの他のリスク要因に関する個別情報が不足していることで、もしそれらが粉じん曝露と関連していれば、粉じん曝露とがんの関係の分析に影響を及ぼす可能性があるからである。例えば、喫煙は10種類以上のがんと関連しており、肺がんの主な原因となっている。アスベスト鉱山とその工場で働く現役労働者と退職労働者を対象にアスベストで実施された調査では、男性の喫煙習慣は粉じん曝露のカテゴリーによって差はなく、したがって粉じん曝露と肺がん死亡率の関係への影響は小さいと考えられている。粉じん曝露がもっとも多かった遠い過去には、喫煙していた女性はわずかであった。粉じん曝露と肺がん死亡率との間に女性よりも男性でより強い関連性が認められたことは、観察された喫煙習慣の違いとともに、喫煙と粉じんへの複合曝露が、とくに累積曝露レベルが低い場合には、2つの発がん物質に単独で曝露することによる複合リスクよりも大きなリスクをもたらすことを示唆しているかもしれないが、個々の喫煙データがないため、この相乗効果の可能性を正式に分析することはできなかった。アルコール関連死の数は累積粉じん曝露量の増加とともに減少したが、これはおそらく、会社の厳格なアルコール対策によって、アルコール問題を指摘された労働者が、より曝露レベルの低い専門性の低い仕事に配置転換されたためであろう。このことが喉頭がんとの関連を弱めたのかもしれない。もうひとつの限界は、空気中の粉じん粒子については系統的な測定が行われたが、クリソタイル繊維を直接測定したデータは最近の数年間しか得られなかったことである。このため、繊維への累積曝露は主に、入手可能な並行測定値から導き出された粉じん-繊維換算係数に基づいてモデル化されており、粉じん曝露と比較して曝露誤差が生じやすい可能性がある。しかし、測定された累積粉じん曝露量とモデル化された累積繊維曝露量には高い相関があるため、この懸念がリスク分析に実用的な影響を及ぼす可能性は低い。

7. 研究の妥当性は?

2009年の「ヒトに対する発がんハザーズの特定に関するIARCモノグラフ」(https://asbest-study.iarc.who.int/about/about-asbestos/)で結論づけられているように、あらゆる形態のアスベストはヒトにがんを引き起こすことが知られている。したがって、がんを含むアスベスト関連疾患の予防は、依然として世界的な最優先課題である。注目すべきは、あらゆる形態のアスベストの使用禁止を実施している国でも、曝露は減少しているものの、根絶には至っていないことである。なぜなら、アスベストは非常に一般的に使用されていたため、例えば古い建物の多くではいまだに発見されており、アスベスト除去産業に従事する労働者や、アスベストが除去されていない建物で働く建設労働者は、いまだにアスベストに曝露しているからである。このように、クリソタイルの採掘や使用が続けられなくても、この鉱物繊維は環境中に残留しているため、クリソタイルへの曝露は世界中で続くと予想される。この事実は、リスクをよりよく理解し定量化するための今回のような研究が、疾病予防のために有益であり、さらなる研究に値することを裏づけている。

https://www.iarc.who.int/faq/cancer-mortality-in-chrysotile-miners-and-millers-russian-federation-main-results-asbest-chrysotile-cohort-study/


Asbest Chrysotile Cohort Study[アスベスト・クリソタイル・コホートスタディ]

ロシア連邦のアスベスト町でクリソタイルアスベストの採掘労働者と加工労働者におけるがん死亡率の歴史的コホート研究が行われている。クリソタイルは現在採掘されている唯一のアスベストである。
この研究の主な目的は、クリソタイル・アスベストが原因であることがすでに確立されているがんとの間の曝露反応関係をさらに特徴づけること、及び他のがんのリスクに関する利用可能な証拠を追加することである。
コホートはすでに登録されており、その規模は35,000人以上である。この研究では、作業歴と追跡データを組み合わせて、曝露レベルが異なる労働者群や初回曝露からの期間が異なる労働者群のがん死亡率を推定し、比較する。
この研究の長所は、クリソタイルアスベスト単独への曝露によるがんリスクに焦点を当てていること、多数の女性を含む大規模コホートであること、追跡調査期間が長いこと、空気中の粉じん濃度に関する詳細なデータが得られることである。
本研究は、2009~2014年及び2015~2020年の連邦目標プログラム「ロシア連邦の化学・生物学的安全国家システム」の枠組みにおいて、ロシア連邦保健省から資金提供を受けている。
コホートにおけるがん死亡率の主な研究結果は、2024年1月22日に発表された。

https://asbest-study.iarc.who.int/

安全センター情報2024年4月号