飲料水中のアスベスト:人間の健康に何を意味するか?,BBC, 2024.1.24

Katharine Quarmby、特集担当記者

老朽化したアスベストセメント配管の劣化に伴い、配管の破損や破裂が問題となっている(Credit: Getty Images)

アスベストセメントで作られた何十万マイルものパイプが、世界中の人々に飲料水を供給しているが、その寿命が尽き、劣化が始まっている。科学者たちはいま、このことが人体に危険をもたらすかどうかを議論している。

「丘の頂上で水道管が破裂し、ガスネットワークに浸水した」と、イングランドのピークディストリクトの端にあるシェフィールド郊外、スタニントンのビレッジストアのオーナー、アラン・ウォーカーは回想する。「朝までには、人々はガスコンロのスイッチを入れ、水が出てきた。最悪の冬のひとつだった。私たちは、13日後に再接続された最後の家のひとつだった」。

彼は2022年12月の出来事を思い出す。この水道管の破裂は、スタニントンの3,000軒以上、およそ1万人に影響を与えた。1年以上経ったいまとなっては、寒くて不快な冬の嫌な思い出にすぎないはずだ。しかし、この水道管の破裂は、もうひとつの懸念事項を浮き彫りにした。

「当時、私たちは寒くて疲れていて、とてもイライラしていた」と、この地域の地方議員であるペニー・ライカーは語る。「全員の関心は暖房、食料、そして災害弱者にあった。懸念があるのではないかと考えはじめたのは、後になってからだ」。

破裂したパイプは、AC管と呼ばれるアスベストとセメントを混ぜたものだった。セメントにアスベストを混ぜることで、伸ばしたり引っ張ったりしたときの引っ張り強度を向上させ、腐食を防ぐ。この種のパイプは1900年代初頭から世界中に設置されてきた。多くの水道局は設置を中止しているが、既存のアスベストセメント管の寿命は50~70年とされており、多くの地域で現在もこれらのパイプを通して水が供給されている。

1988年までに、イギリスでは23,000マイル(37,000km)のアスベストセメント管が設置され、1,200万人に水を供給していた。国内のどこにあるかにもよるが、アスベストセメント管は現在でもイギリス内の水道管の最大27%を占めている(BBCがイギリス内の全水道会社から入手した数字)。また、環境保護庁によれば、アメリカ全体で63万マイル(101万km)以上のアスベストセメント管が埋設されている。カナダの多くの地域では、いまだにアスベストセメント管を通して水道水が供給されており、オーストラリアには、アスベストセメント管で作られた水道本管が25,000マイル(40,000km)ある。

このような老朽化したパイプが期待される寿命の終わりに近づくにつれ、劣化が進み、破損が増えるという懸念が高まっている。しかし、それ以前の段階でも、何十年も水を流していると、セメントからカルシウムが溶け出してパイプの壁が軟化し、腐食につながることがある。スロベニアで50年前のパイプを調査したある研究によると、これによってアスベストの繊維が水中に放出されるという。

このような水質汚染のリスクは、科学者や公衆衛生活動団体の懸念事項である。アスベストが発見された地域では、アスベストが自然発生源から水供給源に入り込む可能性があるが、こうした劣化したパイプはもうひとつの曝露源として浮上しており、これが人体に及ぼす影響についての疑問につながっている。

証拠はまちまちである。

シェフィールド、ハラム選出のオリビア・ブレイク議員によると、スタニントンの住民は地域の水道管に懸念を抱いているという(credit:Katharine Quarmby)

「私が懸念しているのは、飲料水に含まれていることだ」と、フィラデルフィアのドレクセル大学のアーサー・フランク教授(公衆衛生学・医学)は言う。彼はアスベストに関する国際的な専門家の一人であり、アスベスト関連疾患のメカニズムとして考えられる摂取について警鐘を鳴らしている。「リスクは大きくないかもしれない。しかし、アスベストへの曝露に安全なレベルはないというのが一般的な認識である」。

アスベストは既知のヒトに対する発がん性物質であり、それはがんを挽き越す可能性があることを意味している。アスベスト繊維が空気中に浮遊して吸い込まれると、肺や気道の他の部分に留まることが知られており、そこで瘢痕化、炎症、石綿肺-永久的な肺の損傷につながる炎症状態、肺などの臓器を覆う内膜の不治のがんである中皮腫を含むがんにつながる細胞損傷を引き起こす可能性がある。しかし、何十年もの間、ほとんどの繊維は腸を通過し、糞便中に排出されると考えられてきたため、アスベストを飲み込むことによるリスクは小さいと考えられてきた。

現在、世界保健機関(WHO)は、飲料水に含まれるアスベストの摂取を人体への深刻なリスクとは考えていない。飲料水によるアスベスト曝露と胃がんや腸がんの発生率との間に相関関係があることを示す疫学研究もあるが、そのような関連性を見いだせないものもある。また、動物実験でも、アスベストが消化管のがんにつながるという決定的な証拠は得られていない。

それでもなお、飲料水中のアスベストに対する予防的アプローチを採用している国もある。アメリカ環境保護庁(EPA)は1974年以来、1リットルあたり700万繊維という最大安全限界値を設けているが、これは10ミクロンよりも長いアスベスト繊維にのみ適用される。長い繊維はアスベストに関連した呼吸器疾患の大部分を引き起こすことが示されており、短い繊維によるリスクは低いと考えられているが、疾病管理予防センターは、5ミクロンという小さな繊維が傷害を引き起こす可能性があるという証拠があると警告している。

1980年代のある研究によれば、アメリカのアスベストセメント管に含まれる繊維の平均的な長さはわずか4ミクロンである。ニュージーランドの最近の研究では、クライストチャーチの水道水には、10ミクロン以上のものより短い繊維の濃度がはるかに高いことがわかった。そして、摂取された場合の短いアスベスト繊維の運命はまだ不明である。

フランクのように、人体への影響についてより詳細な研究が必要だと主張する科学者もいる。「証拠はどんどん明らかになってきている」とフランクは言う。イタリアの研究者たちが昨年発表したある科学的レビューでは、大量のアスベスト繊維が大腸に蓄積するようだと強調されている。他の研究では、産業用アスベストの高濃度曝露と大腸がん発症との関連性が示されているが、多くの場合、別の有毒化学物質への曝露や喫煙、飲酒など、他の原因が働いている可能性がある。

アスベストは、乱流の中で十分な高濃度に達すると、水から空気中に移行する可能性があるという暫定的な懸念もある。

「現時点では、飲料水中のアスベスト繊維の『安全』な閾値を特定することは不可能である」-アゴスティーノ・ディ・チアウラ。

摂取によるアスベスト曝露に関連する発がん性リスクの可能性について、現在進行形で新たな議論が行われている場所のひとつがイタリアである。潜在的な危険性を調査した2019年のイタリアの研究論文は、「摂取によるアスベスト曝露に関連する発がん性リスクの可能性に関する継続中の議論」を考慮し、予防的アプローチを採用すべきであると示唆した。

ボローニャ大学腫瘍内科のジョバンニ・ブランディ准教授は、摂取されたアスベスト繊維が肝臓や胆管の疾患の原因となっている可能性を研究している。彼は最近、公共政策ジャーナル「オープンアクセス・ガバメント」に、「アスベスト曝露の隠れた源」としての飲料水に関する懸念について寄稿した。
もう一人のイタリア人科学者、アゴスティーノ・ディ・チアウラは、南東イタリアにあるバーリのポリクリニコ大学病院の医師で生物医学研究者であり、キャンペーン団体である国際環境医師会の科学委員会会長である。しかし、彼は、「リスク閾値の特定を目的とした決定的で説得力のある研究は不足している」と言う。

「したがって現時点では、飲料水中のアスベスト繊維の『安全』な閾値を特定することは不可能だ」とディ・チアウラは言う。水に含まれるアスベスト繊維は吸入される可能性もあることを考慮してほしい」。

WHOは4年ごとに飲料水の詳細な水質ガイドラインを作成しており、次回の更新は2026年に予定されている。現在WHOは曝露限界を設定しておらず、ほとんどの国がこのガイドラインを遵守している。

しかし、2022年に発表されたWHOガイドラインの最新版では、古いアスベストセメント水道管から水道水に混入した繊維の数、大きさ、形状を特定するための「調査モニタリング」を呼びかけている。同ガイドラインは、「飲料水中のアスベスト繊維濃度を可能な限り最小化することが適切である」と指摘している。

WHOの一部である国際がん研究機関(IARC)が2012年に行った評価では、アスベスト繊維の濃度は場所によっては1リットルあたり1千万~3億本にもなるとされている。

「平均的な人は1日に約2リットルの水を飲む」と、同報告書は言っている。「飲料水中のアスベストへの曝露リスクは、体重1kgあたり1日に平均成人の7倍もの水を飲む小さな子供にとって、とくに高い可能性がある」。

しかし、WHOは、IARCの作業部会は、アスベストが大腸がんの原因となりうるという十分な証拠があるかどうかについては、「意見が真っ二つに分かれた」と指摘している。IARCの広報担当者はBBCに対し、飲料水中のアスベスト問題を再評価する計画はいまのところないと述べた。

ほとんどのアスベストセメント製上下水道管は、何十年も前に製造され設置されたが、それはアスベストによる健康被害が知られるはるか前だった、(Credit: Getty Images)

イギリスでは、WHOの飲料水ガイドラインは、水道会社による飲料水の検査を監視する飲料水検査局(DWI)によって事実上再現されている。DWIがこの問題を最後に調査したのは20年以上前のことで、その報告書は次のように述べている: 「(イギリスの)ほとんどの水は、アスベストセメント管を通っているかどうかにかかわらず、アスベスト繊維を含んでいる。にもかかわらず、DWIは水道会社に水中のアスベストの監視を義務づけておらず、自らも監視していない。DWIは声明の中でBBCにこう語っている。「配水網にはセメントで裏打ちされたアスベストの本管が残っているが、アスベストが摂取された場合に危険であることを示す研究証拠はない。吸入した場合のみである」。

欧州の他の地域では、より慎重なアプローチが試みられている。2021年10月に欧州議会はアスベストに関する決議を採択し、加盟国に対し、飲料水中のアスベストの定期的なモニタリングの実施と、「人体へのリスクがある場合」の予防措置の実施を求めた。しかし、これは欧州理事会及び欧州委員会との最終交渉には盛り込まれず、2023年にEU全域で法制化されたアスベスト作業指令には盛り込まれなかった。

地域によっては、万が一の被害に備えてより強力な対策をとっているところもある。オーストラリアのビクトリア州は、家庭や企業に水を供給する同国のアスベストセメント管の70%を保有しているが、現在パイプの交換を進めている。古いパイプは土中に残され、最終的には分解するだろう。これがもっとも安全な方法と考えられている。

アスベストセメント管の補修や撤去は「ハイリスク建設作業」に分類される。オーストラリア・アスベスト安全・根絶庁(ASEA)は、水道業界のデータを用い、2018年の戦略見直しの中で、国内の多くのアスベストセメント製上下水道管が使用可能な寿命を迎えていると推定した。これは、今後50年間で約95億オーストラリアドル(約49億ポンド/約62億ドル)の費用がかかる可能性がある、パイプの交換や再調整、メンテナンス作業が必要であることを意味する。

ASEAは2021年に、アスベストセメント製上下水道管の管理方法に関するガイドラインを発表した。どのような道具や設備も、密閉されているか、繊維が空気中に飛散しないように捕捉する方法で使用されている場合にのみ使用することができる。大気モニタリングが必要な場合もあり、作業後はただちに作業場所、道具、作業員を汚染除去しなければならない。

カナダでは、水道管と破裂事故の増加に対する市民の懸念に対処するためのキャンペーンが急ピッチで進められている。元ジャーナリストからアスベストキャンペーナーに転身したジュリアン・ブランチは、アスベストセメント製の水道管が370マイル(600km)ある-同市の主要な水道管の3分の2に相当する-レジャイナ市に住んでいる。

「多くの人々が、アスベストを摂取した場合に予防原則を適用するよう求めている」と、ブランチは言う。「これほど予防原則が必要なケースはないでしょう。しかし、WHOはアスベストを含む可能性のある水を飲んでも問題ないと言っている」。

WHOの広報担当者はBBCに飲料水中のアスベストに関する最新のガイダンスを紹介し、「摂取後の悪影響に関するデータはそれほど明確ではないが、利用可能な疫学及び動物実験から得られた証拠の全体的な重みは、飲料水中のアスベストの摂取によるがんリスクの増加を示唆していない」と付け加えた。
「しかし、データの不確実性と限界を考慮すると、飲料水中のアスベスト繊維濃度を可能な限り低く抑えることが適切である」と広報担当者は続けた。
CTVニュースが2023年に飲料水中のアスベストに関するドキュメンタリーを放送した後、この話題はここ数か月カナダで全国的な見出しを飾った。カナダ保健省は、水を通して摂取されるアスベストが人体に有害であるという「一貫した説得力のある証拠はない」としている。しかし、カナダ緑の党は、市民やNGOなどからの請願書を提出し、連邦政府に対し、崩壊しつつあるACパイプの緊急対策を求めている。党首のエリザベス・メイは、このテーマは「過小評価され、規制されていない」と同僚議員たちに語った。

イギリスとアイルランドで現在使用されているアスベストセメント水道管を交換するには、50~80億ポンド(60~100億ドル)の費用がかかる可能性がある。

南アフリカでは、ヘレン・スズマン財団という非営利団体が、国中で急速に劣化しているアスベスト水道セメント管に対する不穏な動きを主導している。このテーマに関するブリーフィング・ペーパーでは、アスベストの摂取が物質への曝露の「第4の波」につながる可能性があると警告している。

アスベストの専門家を集めるために欧州アスベストフォーラムを設立したアスベスト賠償責任の法律専門家であるイボンヌ・ウォーターマンも、こうした危惧を共有している。「長年にわたり、アスベスト関連疾患に関する科学的な理解が進むにつれて、認識されている疾患と疑われている疾患のリストが徐々に増えていくのを目の当たりにしてきた」と、彼女は言う。「古典的」なアスベスト疾患は、気道と肺に焦点を当てている。「新しい」アスベスト疾患は消化器系に作用するようだ。大きな疑問は、なぜなのかということである」。

スタニントンに戻った地元住民は、議会、York-shire Water社、規制当局から、破裂水の影響に関する最終報告を待っている。Yorkshire Water社は、水中の繊維の検査は予定していないことを確認した。地元シェフィールドのオリビア・ブレイク議員はBBCに、有権者から水が飲んでも安全かどうかの問い合わせを受けていると語っている。「決定的な情報を得るのは難しい」と、彼女は言う。

この地域を管轄するYorkshire Water社は、顧客の安全が第一だとBBCに語った。「私たちは日常的にアスベスト・セメントでできたパイプを修理しており、すべての人の安全を確保するために厳格なプロセスを設けている」と広報担当者は述べ、「破裂したパイプを修理する際には、すべてのプロセスとリスクアセスメントに従った」と、スタニントンの住民を安心させたいと付け加えた。

「最初の修理の際、パイプの修理に使用したクランプとそれを管理するための対策により、大気中へのアスベスト飛散のリスクはなかった」。
最初の修理から約1か月後、専門チームが問題のパイプ部分を除去するために派遣された。Yorkshire Water社は、WHOのガイドラインに沿って、水中のアスベスト検査は定期的に行っていないと付け加えた。

スタニントンでは、地元住民が新たな破裂を恐れている。水道業界のデータによると、人口増加で圧力がかかっているシステム、老朽化したパイプ、軟水など、スタニントンの状況はすべてそのリスクを高める要因になりうるという。

水道会社が支援するUK Water Industry Re-search(UKWIR)の2020年報告書によると、スタニントンは将来的に水道管破損の危険性がある唯一の地域ではない。イギリスとアイルランドにある31,000マイル(50,000km)のアスベストセメント水道管の約60%は、50年以上前に設置されたもので、その多くが老朽化している。この数字は、イギリス内のすべての水道会社への要請によって確認されたもので、100年以上経過していると思われるパイプもあることが明らかになった。イギリスのほとんどの水道会社は、アスベストセメント管が1950年代、60年代、70年代に設置されたと報告している。

UKWIRのNational Failure Databaseは、配管がいつ、どのように破損するかを調査するもので、1960年以降に設置された配管の劣化率がもっとも高いことを明らかにしている。報告書は、このような配管の破裂率は、各年代で平均28%増加していると警告している。しかし、イギリスとアイルランドで現在使用されているアスベストセメント水道管を交換するには、50億〜80億ポンド(60億〜100億ドル)の費用がかかる可能性がある。

UKWIRによると、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアでも同様のパターンの水道管破損が見られるという。

スタニントン住民の心配と不安はいまだ収まらない。アスベストと飲料水に関する議論が世界中で過熱する中、住民たちはただ安心するのを待つしかない。

https://www.bbc.com/future/article/20240124-asbestos-in-drinking-water-an-overlooked-health-risk

安全センター情報2024年6月号