精神障害労災認定基準専門検討会:労働時間の特定ならびに調査のあり方に関する意見書/2022年10月11日/全国労働安全衛生センター連絡会議・同メンタルヘルス・ハラスメント対策局

9月20日に開催された第7回検討会において、三柴委員が「労働基準法上の労働時間と労災保険給付調査における労働時間に相違があるので、そのあたりを整理して、精神障害の労災認定基準では、労働政策上の労働時間と位置付けてはどうか」という趣旨の発言がありました。これに対して厚生労働省の担当者は、即座に「労災保険における労働時間も労働基準法上の労働時間も同じである」との見解を示されました。三柴委員は「判例では異なることもあるのですが…」と述べましたが、それ以上の議論にはなりませんでした。

法的解釈が問題なのではなくて、現実問題として、労災保険給付調査において、労働時間をどのように事実認定するかは、きわめて重要な課題であることは言うまでもありません。厚生労働省の立場からは、労災保険法や労働基準法第8章災害補償と、労働基準法第3章賃金ないしは同法第4章労働時間等が別のものであるとは、言い難いのでしょう。しかしながら、司法警察権をも有する労働基準監督官が、申告者の労働時間を特定して未払い賃金の支払を監督、指導するような場合と、そうした権限を有しない労災給付調査官が、請求人の事業場に調査への協力を依頼し、労働時間の客観的記録が十分ではない請求人の労働時間を推認せざるを得ない場合の事実認定が異なることもあるのが現実です。

もちろん労災保険給付調査の過程で判明した時間外労働時間について、労働基準監督官が賃金未払いの可能性があるとして、法違反に係る監督、指導することは可能です。しかしながら現在でも、申告事案ならびに計画した監督をこなすだけで、労働基準監督官の業務は限界を超えており、給付決定前にそうした監督指導がなされる事例は多くありません。実際は労災支給決定後にそうした監督指導を行い、賃金未払い等の是正勧告と支払いや、給付基礎日額の変更に伴う追加支給が行われています。一定の未払い残業時間が特定できた場合でも、労災認定基準に満たないと言うことで不支給になった場合は、正式に法違反の申告しない限り(遺族の場合は不可能です)未払い賃金支払い等の是正勧告がなされることは、ほとんどありません。労災給付調査の過程で使用者と請求人の時間外労働に関する主張が大きく異なる場合、給付調査官が労働時間の特定にこだわり続けるとすれば、労災保険給付の決定に、今よりもさらに時間を要することは間違いありません。

したがって、「実態はダブルスタンダードになっている。すぐに全社的に監督指導しろとか、残業代未払いも含めて給付基礎日額を決定せよと、みなさんは簡単に言うが無理だ。」と本音を語る監督署職員もいます。むしろそれは良心的な方であり、多くの労災給付調査官は、労働基準監督官ですら特定できないと思われるような労働時間は一切認めようとしないと言うのが現状です。例えば、17時が終業時間の労働者が、その後の作業内容がはっきりしない場合に、19時に上司にメールを送ったような労働者でも、実際にその仕事をしたこともない給付調査官がそのメール作成に10分程度要しただろうと推定して、たった10分だけ残業したことにされてしまっています。労働時間把握が困難なホワイトカラー、出張や出先での作業の多い労働者、テレワークのような場合は、実態と大きくかけ離れた事実認定になりがちです。

つまり現状では、労災給付調査の現場において、あくまでも労働基準法違反を取り締まる、すなわち「間違いなく確認された労働時間を前提に未払い賃金等の是正勧告する」監督官の姿勢に類似した、かなり抑制的な労働時間の認定がなされたがために、誤った不支給決定が行われています。それゆえに審査請求等で原処分が取り消されたり、行政訴訟初期段階で自庁取り消しされた事例すらありました。これは、労災被災者の「迅速かつ公正な保護」や「福祉の増進に寄与することを目的とする」労災保険法(第1条)に明らかに反する事態です。

以上のような現場の実態と裁判等での事例も踏まえれば、三柴委員の問題提起を封殺するべきではありません。今回の専門検討会において、労働基準監督官の判断基準に安易に引きずられることなく、労災給付調査官が労働時間認定の判断を行うように、精神障害の労災認定基準における労働時間の事実認定の在り方について議論を深めるべきです。そして、今後出されるであろう報告書、労災認定基準ならびにそれを解説する留意通達に適切に反映させることを強く求めます。

安全センター情報2022年12月号