動画解説:教職員の公務災害について
NPO法人神奈川労災職業病センター
事務局長 川本浩之
1 地方公務員の災害補償制度の問題点について、具体的な事例をあげながら説明していきたいと思います。いずれも神奈川県の教職員の事例です。
2 まず山田さん(仮名)ですが、高校の図書館司書職員です。ふだんはもちろん図書館の業務をしているわけですが、高校入試の準備は先生方と一緒に働くことになります。そこは進学校なので、前日まで授業などがある上に、受験者数も多くて大変なんです。彼女は保護者の待機室、そういうのがあるんですね。同僚と一緒にストーブを運んでいる時に転倒しました。立ち上がるのもやっとで、なんとかタクシーで、以前かかったことのある整形外科医にかかったところ、「第3腰椎椎体骨折」と診断されたのです。
こんなのは当然公務災害なって当たり前。ところがなんと公務外でその理由は、大したことのない衝撃で骨が折れたのは、本人の「骨粗しょう症」が原因だと。実は数年前に腰痛で受診したときに「骨粗しょう症の疑い」で、痛み止めの薬が出ています。でも通院したのは1回だけで、毎年の健康診断で、40代以降の女性は骨粗しょう症検査ができるのですが、ずっと「異常なし」でした。
3 地方公務員災害補償基金は、地方公共団体が主体となって業務運営を行う地方共同法人です。東京にある本部職員の半分は総務省の出向者です。そして、各地の支部は自治体の人事・総務部局の職員が実務を担っています。労働基準監督署と異なり、たまたま担当になった職員がマニュアルに沿って決定することになります。医学的な判断はできませんから、専門医に意見をきくことになります。それは民間の労災調査を行う労働基準監督署も同じなのですが、労基署とは異なり、専門医の氏名などは秘密です。国のような行政ならば開示請求すればよいのですが、実際基金に情報公開請求しましたが、あくまでも「民間」なので個人情報保護を理由に非開示なのです。民間労働者は労災であるかどうかを決める、国の専門医の氏名などを知ることができるのに、地方公務員は労災かどうかを決める「民間」の専門医がどこの誰なのかわからないという、おかしな話です。
幸い主治医の先生がとても親切で、図まで書いて、転倒によって大きな力が加わったこと、若い人でもよくあるケース、骨粗しょう症ではないという趣旨の意見書を書いてくれました。公務外になったところで労働組合に相談に来られたのですが、支部審査会で公務上となりました。
4 次は体育の先生の佐々木さん(仮名)です。30代女性のバスケットボール部の顧問ですが、男子の練習でディフェンス役をしている時に膝を痛めました。前十字靭帯断裂、半月板損傷という大けがで、すぐに応急処置もしました。日産スタジアムにある専門医にかかって、手術をすることにしました。ところがこれもまさかの公務外。実は佐々木さんは数年前にハードルを陸上部の先生に教えてもらっている最中に膝を痛めたことがあります。それは1回だけしか通院していません。大したことなかったのですが、その既往症を理由に、今回の事故は公務外だというのです。
主治医の先生はサッカー日本代表の元チームドクターの方で、大変珍しいことなのですが、自ら審査請求の代理人になってくれました。サッカーやバスケット選手で膝を痛める人は多いし、繰り返す人も多いのです。スポーツで膝を一回でも痛めた人は、それ以降は一切公務災害にならないというのはあり得ない話です。先生にお話を聞きに言った時も、医学的にはどう考えても事故が原因ですから、これは一体どういうことなんでしょうか?と逆に質問されました。
5 佐々木さんのハードル事故については公務上だとされました。ところが支部審査会では、なんとハードル前に発症していたという事実認定でした。佐々木さんは高校時代はバスケットをしていましたが、当時は幸い膝を痛めたことはありませんでした。その後は実技からは離れていたのに、その間に痛めたのだと決めつけるのです。わけがわかりません。既往症をでっちあげてでも公務外だと。本部審査会も公務外としたので、裁判となりました。
基金側代理人は基金支部の専門医に意見書をお願いしたけれども断られたので、別の意思を探すなどと言って、裁判は長引きました。出産を経て、佐々木さんはいったん行政職になったり、育児休業を取得しました。ようやく横浜地裁が公務上という判断をして、東京高裁でも維持されて確定しました。今は別の高校に復帰しています。
6 体育祭で大けがをした木村さん(仮名)の事例を紹介しましょう。50代の男性でテニス部の顧問もしています。教員チームのランナーとして走ることになったのですが、カーブで曲がり切れずに転倒して、救急搬送されました。精密検査で異常はなく、幸い頭部や腕などの外傷で済んだのですが、1ヶ月近く経っても、痛みが引かない状態が続きました。詳しく検査をしてもらったところ、「肩腱板断裂」と診断されて、大きな病院で手術をすることになりました。
公務災害申請したところ、手術を受ける直前までの治療費などは公務上となったのですが、手術やその後のリハビリで使う装具代金は公務外となりました。「肩腱板断裂」は、加齢が原因のものと外傷性のものに分かれます。手術をした医師は、1回の外傷だけではここまでひどくはならない所見だったとしながらも、基金の質問に対して、事故によって症状が自然経過よりも増悪したと、はっきりと意見を述べています。
7 支部審査会でも本部審査会でも、元々既往症があった、外傷や事故直後の痛みは公務上でも、既往症を治すための手術だったから公務外の一点張りです。主治医に本人が聞いてみたところ、受診もなくレントゲン写真などもないのですから、元々どの程度悪かったかは誰にもわからないとのことです。基金は転倒事故の衝撃も大したものではないと決めつけていますが、土のグランドで全力疾走していて転倒しているのですから相当な衝撃であったことは間違いありません。前日までテニス部の顧問として、右腕でラケットを振っていましたが何の異常もなかったので、事故が原因としか考えられません。
本部審査会も公務外としたので訴訟を提起しました。第1回口頭弁論の期日も入って準備を進めていたところ、突然基金支部が公務外決定を取り消すので取下げてほしいとの連絡が入りました。授業も部活も多忙極まりない中で、何度も打ち合わせをしたりしたのは一体何だったのかと。山田さんも佐々木さんも木村さんも、実はセンターだけではなくて、組合本部担当者の方と一緒に、顧問弁護士も含めて対策を進めてきました。組合=組合員がみんなで支えているからこそ、審査請求や訴訟までできたのです。信頼関係がなければ途中であきらめていたかもしれません。
8 30代女性の加藤さん(仮名)は、ある地方で小学校の教諭を務めていました。特別支援教育をもっと勉強しようという気持ちもあって、わざわざ神奈川の特別支援学校の教員になられたのです。4月に初めて高等部に配属されたのですが、5月に生徒から左腕を咬まれたり、平手打ちされたりするなどの「暴行」を受けました。彼がそうした行動をとることは誰も全く想定しておらず、ある同僚も「もしもわかっていたら新任の彼女に担当してもらうことなど絶対にあり得ません」と断言しています。
腕のけがは治ったのですが、なぜか麻痺してしまい、動かすことができません。時折激痛もあります。通院加療の結果「解離性運動障碍」という精神疾患であることがわかりました。ところが基金支部の専門医は、主治医の診断書を無視して、麻痺の原因も不明、病名も不明だとして、公務外にしました。支部審査会も本部審査会も、治療してもなかなか治らないから麻痺の原因は不明というのです。なかなか治らないことが、「解離性運動障碍」の診断基準の一つになっています。つまり、主治医の意見を全く無視した暴論です。
9 精神疾患の調査は非常に難しいのは事実です。労働基準監督署なら、発症の経過を本人はもちろんのこと、関係者から聴取するのは常識です。それらが食い違うことも少なくありません。ところが基金は本人にも同僚にも全く聴取を行っていません。主治医の意見と専門医の意見が異なれば、改めて主治医に意見を尋ねることも珍しくありません。ところが事実経過すら、裁判が始まってからようやく教育委員会や退職した同僚に聴取を打診してきたのです。その方は加藤さん側の証人として証言してもらいました。実は彼こそが、退職強要されて落ち込んでいた加藤さんを気遣って、労働組合の委員長に相談した張本人でした。
加藤さんは安心して治療に専念できませんでした。実際夏には無理をして復帰しています。新任教諭の身分は不安定で、病気であろうが休職期間が長いと正式採用されないのです。そればかりか、免職になると教員免許を失うそうです。副校長や教育委員会は「辞めた方があなたのためだ」「税金の無駄遣いになる」などと退職強要していたのです。
基金側は裁判で黒木という医師の意見書を出してきました。さすがに彼は加藤さんが解離性運動障碍であることは認めました。ところがカルテをつまみ食いしており上記のような情報がないがために、具合が悪いのは「疾病利得」だとしたのです。こちらは事実に基づく反論を行ないました。それに対する再反論はありませんでした。勝訴を確信しました。
10 ところがなんと横浜地裁は11月に、公務外とする判決を言い渡したのです。理由は、暴行が大したものではなかったということに尽きます。「暴行は長くとも二、三分程度」で、認定基準で言うところの「生死にかかわる、極度の苦痛を伴う又は永久労働不能となる後遺障害を残すような業務上のけが」ではないのだと。この事実認定や評価も滅茶苦茶なのですが、そもそも2012年に作られた公務災害の認定基準で判断したことが間違いです。
今年の9月に労災の認定基準が約10年ぶりに改正されて、カスタマーハラスメントも大きなストレスの一つと明記されました。心理的負荷が「強」になる、つまり労災認定されるものとして、「顧客等から治療を要する程度の暴行等を受けた」と例示されています。さらには心理的負荷としては「中」程度の迷惑行為だとしても「会社が迷惑行為を把握していても適切な対応がなく、改善されなかった」ことも例示されているのです。それとは別に「執拗に退職を求められた」ことも「強」として例示されています。なお公務災害の認定基準では、この「退職強要」は例示すらされていません。公務員は身分が保障されているという建前からでしょうか。ちなみにこの認定基準改正のもとになる報告書が7月に出たのですが、その専門検討会の座長が黒木医師なのです。基金は、黒木医師への反論を受けても、わざと再度相談しなかったのではないかと考えます。