【特集/労災保険のメリット制度】インセンティブには二面性がある-ILO(国際労働機関)「労災・職業病の予防を支援するための労働災害制度の役割の強化」(2013.1.2)(抄)

1. はじめに
2. 問題点と課題

2.1. 労災制度の種類
2.2. 社会保険と使用者責任

2.3. 使用者の拠出

…保険業界の標準的な慣行として、民間保険会社は、過去の保険金請求記録の悪い個々の使用者に対してより高い保険料を課したり、記録のよい使用者には保険料を減額することがある。例えば、災害の件数/重症度を低減している良い実践[practice]やOSH[労働安全衛生]マネジメントシステムにおける実証可能な改善に対して、拠出を減額することで報いることができる。逆に、災害の件数や重症度が増加しているなどの悪い実践に対して、拠出を増額することでペナルティを罰することもできる(これは「ボーナス/マルス」制度としてよく知られている)。労働災害制度は、補償請求の減少の結果として、拠出の減額を賄うことができる。

同じように社会保険制度もまた、過去の労働災害の実績に基づいて、使用者に報酬やペナルティを課すことができるかもしれない。

労働災害制度が、社会パートナーの管理のもとで、9つの機関-同業者労災保険組合(BG)により主として業種別に運営されているドイツでは、金銭的インセンティブやペナルティが長年にわたって実施されてきた。つまり、BGは、災害の量と重症度に基づいて、個々の企業の拠出レベルを設定する法的権限をもっているということである。リスクレベルの高い業種であっても、良い実践は報われ、悪い実践はペナルティを課せられる可能性がある。

事業を行なっている業種によって、使用者からの拠出の率を変えることが有利か否かについては、意見が分かれるかもしれない。労働災害基金に対して他の業種よりも多くの費用負担をかける業種は、それに応じて拠出金も多くするということは、単純な公平性の問題であるという専門家もいる。これまで指摘されてきたように、リスクの階級[クラス]は必ずしも永久に固定されているわけではない。おそらくは新しい働き方や新技術の結果として、労働災害・職業病の件数や重症度が大幅に減少した場合には、リスクの階級を調整したり、拠出率を修正することができる。

また、(拠出の割引や割増または税金の払い戻しなど)経験率[experience rating-訳注:「経験」を「実績」、「率」を「査定」に置き換えることも可能だろう]に連動した金銭的インセンティブは、使用者に、労働環境の実際の改善に投資するよりも、災害の報告を抑制するインセンティブを生み出す方にはるかに作用すると考える者もいる。

この問題の評価は、南部アフリカの状況においてエレイン・フルツ[Elaine Fultz]とボーディ・ピエリス[Bodhi Pieris]によって検討が進められた。彼らは、「[過去の災害や疾病の実績に基づいて拠出率を設定する]経験率の支持者たちは、安全な労働条件でない企業により高い拠出率を課すことは、彼らが危険を根絶し、安全対策に投資することを促すと考える。一方、批判者は、限界企業による法令遵守を妨げるだけで、結果的に労働者の労働災害保護の拒否につながると主張する。これまで示されてきたように、執行が限定的であることが、高い率に直面した企業が一斉に拠出することを拒否することを可能にしているこの地域では、後者の論理のほうがより重要であろう」と書いている。

フルツとピエリスは、南部アフリカの一部の国は現在、その慣行を見直しつつあると付け加えている。例えば、ナミビアは、104あったリスクの分類をたった3つ-高・中・低-に単純化しようとしている。

2.4. 労災制度の適用範囲
2.5. 労災制度の運営・管理上の諸問題
2.6. 労災制度と予防的労働安全衛生イニシアティブとの連携
3. 今後の方向性
3.1. 労災制度の改善に向けた全体的アプローチ
3.2. 使用者席に~社会保険へ?
3.3. 労働者がその権利を請求できるようにする管理システム
3.4. 補償給付の指標との連動

3.5. 労災制度と予防的労働安全衛生イニシアティブとの連携

労働災害制度が財政的に持続可能であり、良い時期はもちろん、経済的及び財政的に困難な時期-現在世界の経済の多くがそうであるように-にも事業を継続できることが、成功のための必須条件である。必然的に財源は決して無限にあるわけではない。したがって、労働災害制度の実施または改革を行う際の論理は、効果的な予防的イニシアティブからもたらされるであろう経済的利益を追求する方向を指す。

予防的戦略を策定することのできる多くの方法がある。規制的措置は明確な経路のひとつである。経験料率(過去の請求記録に応じて、相対的に高いまたは低い拠出を使用者に課すこと)は、(2.3で述べたように、この明らかなインセンティブには2つの面があるものの)もうひとつのアプローチである。労働者団体、社会パートナーによって設立された労働評議会または安全衛生委員会と連携することが、3つ目である。適切な訓練及び専門家の助言の提供が、第4の道を切り開く。
幸いなことに、現在では多くの優れた実践が積み重ねられている。本章の残りの部分は、予防的OSH活動を効果的に労働災害制度に組み入れる方法についてより詳しく探求する。

3.5.1. 規制的措置

3.5.2. インセンティブ

24か国の労働災害制度調査では、使用者による適切な予防的OSHイニシアティブを促進するために、様々なインセンティブが活用されていることがわかった。使用者にインセンティブを与えようとする制度のうちいくつかは欧州と中米、また、カナダや韓国のものもある(詳細は付録1表3に示す[表5の情報も追加して作成した別掲表を参照していただきたい])。

金銭的インセンティブ(使用者の拠出と連動-2.3で述べられた「ボーナス/マルス」制度及び経験率制度)と非金銭的インセンティブ(認証、賞品コンペ、品質マークなど)の双方を活用することができる。これらのインセンティブは、使用者によるとくに優れたOSHの実践及び改善(例えば災害件数の減少など)を認定するように設計されるものである。OSHマネジメントを改善する使用者の努力の認定において報奨を獲得することは、企業の社会的責任(CSR)に関するイメージにとってとくに重要かもしれない。一例は、ドイツの労災団体連盟(DGUV)、連邦労働社会問題省、州労働安全衛生委員会によって共催されるドイツ労働安全衛生賞である。この賞は、労働における安全と健康に対するとくに高度な関与を示す企業に贈られる。

インセンティブの活用は有益ではあるものの、例えば災害/事象データの過少報告など、不正確な情報の結果としてそれらの利益が獲得されることないことが確保されなければならない。

3.5.3. 協議及び監督
3.5.4. 専門家の助言の活用
3.5.5. 検査・認証を通じた安全な製品の確保
3.5.6. 医療関係者の活用
3.5.7. 情報を流布する効果的な方法
3.5.8. 訓練
4. 結論

https://www.ilo.org/safework/info/publications/WCMS_214022/lang–en/index.htm

安全センター情報2023年年3月号