【特集/労災保険のメリット制度】経験率はいかに労働者に悪影響を与えるか-カナダ・オンタリオ:被災労働者法律相談所(2017.5.4)
経験率[experience rating-訳注:「経験」を「実績」、「率」を「査定」に置き換えることも可能だろう]が労働災害職業病に被災した労働者に与える悪影響はたくさんある。
目次
集団責任の原則を損なう
[カナダ]オンタリオ州の労災補償制度は、集団的責任に基づいて設立されたものであり、これは、補償費用が同じ分類の業種または職種の使用者のグループ全体に分散されていることを意味している。「査定率[assessment rate]」は、その分類の平均災害率と請求期間(費用)に大きく基づいている。しかし、「経験料率」は、分類内の個々の使用者について、その労働災害請求及び/または関与した損失時間に応じて、料率を引き上げたり、引き下げたりするものである。
請求の抑制を助長する
経験率は、請求費用が少ないことが保険料が少ないことに等しいことから、使用者に請求費用の抑制を促す。このため、多くの有害な慣行につながってきた。
・災害の不報告または誤報告と「ソフト」な請求抑制策
一部の使用者はまったく災害を報告しようとしない。彼らは、労働者に病欠を求めたり、長期障害給付などの民間の給付を申請するかもしれず、または給付請求手続をする代わりにたんに労働者に支払い続ける場合もある。また、災害が自宅で起きたと言うように労働者が求められる例も見受けられる。請求を抑制するためにより巧妙な戦略を用いる使用者もいる。例えば、災害率を引き下げるために企業が「従業員報酬」プログラムを提供する場合があり、誰も災害を報告しなければ、全員がボーナスを受け取る。これは、同僚や経営者からの圧力によって労働者が手を負傷したと報告するよりも自らのポケットに隠してしまう、「血まみれポケット症候群」と呼ばれるものにつながる。トロント・スター紙のある調査[「労災隠しは企業を報奨」]1は、労働者が入院した場合であってさえも、「損失時間なし」と誤報告した請求や、負傷した労働者を屈辱的な修正労働に強制的に戻すなど、請求抑制の多数の例を見出した。この調査は、頭部外傷や骨折が「損失時間なし」の請求に分類されている例もみつけた。
1 https://www.thestar.com/news/investigations/2008/06/29/hiding_injuries_rewards_companies.html
・不服申立で労働者の請求に対抗する
請求がなされると大きな経済的影響を受けることが、多くの使用者を正当な労働者の請求に対して争うように仕向けている。このことが、労働者がその受けるべき給付を得ることをより難しくし、また、制度を敵対的なものにしている。審査会は本来、裁判制度の代わりとなるべく設置され、敵対的というよりも糾問的な制度として運営することが想定されていた。これが経験率によりむしばまれてしまった。
・通常災害とは無関係とされる理由による労働者の解雇
われわれは、労働者が労働災害の後に解雇される多くの例をみてきた。通常、解雇の公式な理由は、会社の手続に従わなかったとか、労働者が予定表に載っているのに予定されたシフトに現われなかったなど、何か他の理由だと言われている。解雇された労働者は、労働災害による賃金損失がないとされるかもしれず、それが労働者から給付を剥奪する可能性がある。労働者が給付を受けなければ、それ以上使用者の経験率に影響を及ぼすことも、使用者が適切な修正労働を提供する必要もなくなることになる。
職場安全の改善に効果がない
経験率が災害や病気を実際に予防する企業の行動を改善するという直接的な証拠は存在しない。長期的に会社に経済的利益をもたらす真の安全衛生の改善に投資するよりも、多くの使用者の資源は、こうした「請求管理」戦略によって、目先の利益や保護を求めるために流用されている。
トロント・スター紙の2008年の調査シリーズ「企業がミスで報われるとき」2や、再度2014年の「職場安全評議会は依然として危険な使用者を報奨」3の一面トップの見出しは、経験率と安全衛生の間の断絶の問題に世間の関心を集めた。
2 https://www.thestar.com/news/investigations/2008/04/05/when_companies_get_rewarded_for_mistakes.html
障害をもつ労働者の雇用を阻害する
経験率は、負傷した労働者や障害をもつ者の雇用の可能性を損ねる。使用者は、災害歴をもつ者または彼らが回復率が低いとみなすものの可能性による高い費用のリスクを取ることを望まない。
ルールを守っている使用者に対する不公平
経験率は、請求費用を減らす使用者を報奨する。これは、優れた安全記録をもち、最新かつ最高の安全技術に投資しているにもかかわらず、不幸にも労働災害が発生してしまった使用者が、複数の安全違反を犯している競争相手よりもかなり多くの額を支払っているかもしれないことを意味している。請求を報告する使用者が金銭的なペナルティに直面するであろう一方、請求を隠ぺいまたは抑制する使用者が、高額の報酬(現行制度のもとでの割り戻し、または提案されている枠組みのもとでの保険料の引き下げ)を受ける可能性がある。
不安全な作業が経験率にもたらす影響を回避するために、危険な作業に派遣会社から労働者を雇う使用者は、とりわけ悪辣である。このことが、不安定な仕事をする労働者の数を増加させる一因となっている。
原文:https://injuredworkersonline.org/issue/experience-rating/how-it-harms-workers/
【解説]
「Injuredworkersonline.org(IWO)ウエブサイトは、被災労働者のための独立的な無党派の法律扶助相談所である被災労働者法律相談所(IWC)[カナダ・オンタリオ州]により支援されている。それは、被災労働者、弁護士、労働者、地域活動家や支援者、研究者及び医療専門家の共同作業である。私たちはともに、労災補償制度、使用者及び政府による被災労働者のよりよい処遇を追求している。」
同ウエブサイトのキャンペーンやトロント・スター紙の調査報道等の結果、オンタリオ職場安全保険評議会(WSIB)は2015年と2020年に経験率の仕組みを改訂しているものの、問題点は解決していない、と引き続き廃止を求めている。
※わが国でも、本誌2001年4月号の特集記事「なくせ『労災隠し』」や毎日新聞大阪本社の「なくせ労災隠しキャンペーン」(2000年9月から2001年2月にかけて集中的に24本の記事)があり、2004年にアットクワークスから毎日新聞大阪本社労災隠し取材班『なくせ!労災隠し』が出版された。
2005年の労災保険のメリット制拡大の動きと連動して、労災保険審議会や国会においてもメリット制と「労災隠し」の問題が取り上げられた。
厚生労働省は、「労災報告の適正化に関する懇談会」を開催、ウエブサイトに「『労災かくし』は犯罪です」というページを開設(https://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/)するなどの対応をとっているものの、労災保険のメリット制が「労災隠し」を助長している問題に対してメスは入れられていない。本誌2005年4月号は、「労災隠しとメリット制を考える」という特集記事を掲載している。