被災者への謝罪も団交事項/神奈川県労委●日本冷熱の不誠実団交

2005年のクボタショックを契機に、アスベストによる健康被害者が日本国内各地で顕在化し、これまで泣き寝入りしていた被害者・遺族が企業に対して補償を求める動きも広がった。そうしたなか、2006年12月、アスベスト製品を製造・販売・使用するあらゆる産業で働く労働者、アスベストを原因として亡くなった労働者の遺族で、アスベストユニオンが結成された。

アスベストユニオンは、(株)日本冷熱(長崎市本船町、以下「会社」という)に対して、2020年6月3日付けで元従業員(熊本県天草工場勤務)のアスベスト被害問題に関する団体交渉を申し入れた。ところが、団体交渉が行われるまでに5か月間を要したうえに、団体交渉では会社から委任を受けた代理人が不誠実な交渉態度に終始した。

そのため労働組合の所在地である神奈川県労働委員会に対して、2020年12月15日に不当労働行為の救済申し立てを行った。その結果、神奈川県労委は2022年5月11日に、団体交渉における会社の不誠実な交渉態度は、労働組合法第7条第2項(使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと)に該当する不当労働行為であると認定する命令を組合に交付した。

労働組合が求めた団体交渉事項は次の5点だった。①石綿肺がんを発症したことに対する謝罪。②作業におけるアスベスト粉じんの発生状況と会社の対策の説明。③退職者に対するアスベスト健康対策についての説明。④会社における健康被害の発生状況及び石綿健康管理手緩の取得状況の説明。⑤アスベスト被害に対する会社の補償制度の説明、である。

2020年11月12日に行われた団体交渉において、組合は前述した5点の要求に対する回答を求めた。しかし、会社側代理人は「裁判による解決しかない」「訴訟が想定されるので回答する意思はない」旨の返答を繰り返した。会社側は、団体交渉の席には着いたものの、その内容は不誠実な交渉態度であり実質的には団体交渉拒否にあたるとして、不当労働行為の救済申し立てを行なったのだった。

今回の事件の争点は3つだった。1つ目は、組合員は会社を退職後に組合加入し、団体交渉を申し入れたのだが、組合員が「使用者が雇用する労働者」に当たるか否かという点。2点目は、労働組合が申し入れた団体交渉事項が、義務的団体交渉事項に当たるか否かという点。3点目は、会社が団体交渉において、訴訟が想定されていること等を理由に要求を拒否したことが、不当労働行為に当たるか否かという点だった。

1つ自の争点について労働委員会は、「解雇された労働者が解雇そのものを争っている場合などのほか、労働関係が存在していた期間の精算されていない労働関係上の問題をめぐって争われているような事情が存在する場合には、これらの労働者は『使用者が雇用する労働者』に該当する」と判断した。そして、定年退職して15年後に団体交渉の申し入れが行なわれたのだが、「姉がんが業務上の疾病と認定され…団体交渉の申し入れという経過から、社会通念上、合理的期間内になされた」と判断した。

2つ目の争点については、団体交渉事項の①②⑤について、「組合員の労働条件に当たる」として「義務的団体交渉事項に当たる」と判断した。義務的団体交渉事項とは、「組合員である労働者の労働条件その他の待遇や当団体的労使関係の運営に関する事項であって、使用者に処分可能なものをいう」との見解を示したうえで、「雇用関係に関連して発生したアスベストによる健康被害について、責任追及の一環として謝罪を求めているから、当該団体交渉事項は組合員の災害補償に関わるものとして同人の労働条件に当たる」とした。

3つ自の争点については、まず「団体交渉において、使用者は組合の要求や主張を聞くだけでなく、それら要求や主張に対しその具体性や追求の程度に応じ回答や主張をなし、必要によっては回答や主張について論拠を示したり、必要な資料を提示したりする義務がある。また、組合との間の当該団体交渉事項に関する見解の相違の有無にかかわらず、義務的団体交渉事項について団体交渉における誠実な対応を通じて合意形成の可能性を模索する姿勢が求められている」との見解を示した。そのうえで、団体交渉事項の②について、「資料や情報の提供の可否について検討結果を説明したり、検討の上で資料や情報の提供をする機会を設けたりすることが可能であった」「訴訟が想定されること等を理由に組合の要求を拒否した行為は、合意形成の可能性を真摯に模索しようとする姿勢がうかがえず…団交での日本冷熱の取った対応は不誠実と認められる」と判断した。その他の団体交渉事項については「不誠実であるとまでは言えない」としていて、その点は組合として納得できない。

5月19日に長崎県庁において記者会見を行った。組合員の山崎さんは、「今回の労働委員会命令の内容を、会社は真撃に受け止め、私の健康被害に対して誠実に向き合ってほしいと思います。私と同じような仕事をした人は沢山います。体を壊しても労災の申請もしていない人もいると思います。そうした人たちの健康問題についても、会社はしっかり対応してほしいと思います」と話された。

会見後に会社は、「納得がいかない。今後の対応は顧問弁護士と相談する」としていたが、5月23日付けで中央労働委員会へ再審査の申し立てを行った。

日本冷熱では、各事業場を合わせると23名が石綿関連疾患で労災認定を受けている。日本冷熱は、争いを続けるのではなく、アスベスト被害者に、そしてアスベスト被害の実相から目をそらさず、しっかり向き合うべきである。

安全センター情報2022年9月号

文/問合せ ひょうご労働安全衛生センター