人の安全のための防疫消毒、脳を壊す「毒」になるー多発性神経系萎縮症で労災申請 2022年8月30日 韓国の労災・安全衛生

映像/イ・インア、キム・ドンジュ「人と安全映像製作所」プロデューサー

18年間、防疫労働者として働いたイ・ハクムンさんは、脳が萎縮する多発性神経系萎縮症を患っています。

イ・ハクムンさんに初めて会ったのは昨年12月でした。彼は酔っ払いのようにろれつが回らず、ふらつく歩行に苦しんでいました。7ヵ月振りに再会したイ・ハクムンさんは、言葉もまともに続かず、一人では歩くこともできないほど状態が悪化していました。

今この時間にも、イ・ハクムンさんの脳は時々刻々と機能を失いつつあります。彼は自分が防疫消毒業務をしていた15階のマンションから飛び降りたいほど辛い、と言いました。何がイ・ハクムンさんの脳を、いや人生を壊したのでしょうか。

イ・ハクムンさんは、強力な殺虫・殺菌効果を望む顧客の要求と会社の指示によって、一日10時間以上も防疫・消毒の仕事をしました。博物館の収蔵庫から煙が漏れないように、テープでドアと窓まで完全に密閉して、煙幕消毒をしました。時にはアパートで、数千匹のゴキブリがいる浄化槽で、何の保護装備もなく、高毒性の殺虫剤を撒いたりしました。

イ・ハクムンさんが「かすっただけでも火傷をし、近くに行くと臭いがしました」言う薬品のせいで健康を失ったと確信しています。

害虫から人間を守ろうと広範囲に散布されたDDTは、害虫だけでなく、人間を取り巻く生態系まで破壊しました。人間の安全と衛生のための防疫・防虫作業は、イ・ハクムンさんにとっては脳を萎縮させる『毒』になりました。

<毎日労働ニュース>と労務法人「人と労災」はイ・ハクムンさんの話を聴いて、毒性物質管理の死角地帯にある防疫従事者の安全問題を取材しました。

http://www.labortoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=210889

防疫の仕事18年、私の脳は縮んだ

映像/イ・インア、キム・ドンジュ「人と安全映像製作所」プロデューサー

「い・・・いま・・・まで生きる・・・こんなになっても一度も仕事を休んだことがありません。」

イ・ハクムン(53)さんが音節一つ一つに苦労しながら発声し、やっと一つの文章を作って言葉を終えた。彼が一番言いたかったこと。

「私は仕事・・・仕事がしたいです。あ・・・ところが、今も耳鳴りがして、私が言った言葉が(頭の中で)、ウー・・・響きます。」

イ・ハクムンさんは、脳が萎縮する多系統萎縮症を患っている。体の中心を司る小脳が本来の機能を果たせないため、歩くことはもちろん、じっと立っていることさえ難しい。筋肉と臓器も言うことを聞かない。食道と胃腸、括約筋まで調節できず、一人では日常生活ができない。

生まれた時からそうだったのではない。1996年、健康な体で結婚し、家庭を築き、通貨危機で皆が苦しんでいた1997年、防疫会社に就職した。以後18年間「一度も仕事を休んだことがなかった」彼は、しょっちゅう酒に酔ったように倒れ、言葉が下手になって、体に異常があるということが解った。何が、なぜ、彼の脳を縮めたのだろうか。

<毎日労働ニュース>が先月14日、労務法人「人と労災」と一緒に「防疫労働者」イ・ハクムンさんの話を聞いた。イ・ハクムンさんは「人と労災」の助けで労災療養を申請した状態だ。

18年間防除業者勤務し、「消毒薬にどんな成分があるのか全く知らない」

「三つの会社を経て、今のK防災の前身のJ用役というところに入社しました。実は、どんな仕事をする会社なのかもよく知りませんでした。社長と面談をした時、運転ができないのなら、社員たちを乗せてもらって通えばいいと言われました。」

J用役は10人未満の事業場で、建物の掃除と水タンクの掃除、消毒、防疫事業を行う。イ・ハクムンさんはそこで、アパートや博物館、公共機関などを回りながら、害虫を捕えて消毒薬を撒く仕事をした。

「今は再開発されて消えたソウルのハンシン15次マンションで働いていた時でした。鬱蒼とした木に害虫薬を撒く時に、ホースが裂けてしまったんです。全身に薬品を被りました。それでも仕事は終えなければならないので、洗顔だけして、薬を振り掛けたんです」。

イ・ハクムンさんは2016年4月まで18年間勤めたが、自分が使った薬品がどんな成分なのか、薬品をどのように扱えば安全なのかを聞いたり、教育を受けたことがないと言った。

「最初はこんなやり方でと言われたが、ほとんど自分で空気を読まなければならなかったのです。薬品についての説明を聞いたことはありません。農薬のようなものを入れます。牛乳のように色が濃く、あるものは蓋を開けただけで臭いがして、鼻をつまんでいました」。

彼が覚えているのは薬品の色と匂いだけだ。イ・ハクムンさんは普段は午前7時に出勤し、消毒・防疫に使う薬品を薄めた後、顧客が希望する場所に出かけて、日が暮れるまで消毒と防疫(殺虫・殺菌・駆除剤使用)の業務をした。大企業や大きな公共機関は1日に1ヵ所程度だったが、マンションや小規模事業所は1日に10ヵ所を回ったりした。

「古いアパートに行くと、木が5階の高さくらい大きいのです。そんな時は薬を下から上に散布しますが、全身が薬品のシャワーを浴びます。マスクや帽子を被っても一緒です。」

薬をたくさん撒いた日は、空が黄色くなって、頭がぐるぐる回った。足がふらついたり目眩いがする時もあった。運転しながら目眩がして、事故が起こしそうだった。

「頭がもうろうとした時も、少し休めば直るんです。私はずっと仕事をしなければならないので、なんとか我慢しました。」

彼が使用した化学物質の成分を、今では正確に知ることができない。ただ、彼が日記帳とカレンダーに几帳面に書いておいた作業日誌を通じてのみ推定できる。

イ・ハクムンさんの労災療養申請を代理しているシン・ジュヨン公認労務士は、ばく露した有害化学物質として、臭化メチル、メタミドホス、クロロピリホスを挙げた。メタミドホスとクロロピリホスは発達神経毒性と遺伝毒性などの人体有害性のため、昨年、農村振興庁が職権で農薬登録を取り消した高毒性の有害物質だ。

加湿器殺菌剤惨事が起きた後、殺菌・殺虫剤といった殺生物質の成分表示を強化し、安全基準を高くした。しかし、イ・ハクムンさんが勤務した1997~2016年には、殺菌・殺虫剤の成分に対する管理は、今のように厳格ではなかった。

殺虫剤を散布するよりも悪いのは、密閉された空間で煙幕消毒をすることだ。

「マンションの地下室や博物館の収蔵庫、工場倉庫などで、煙幕消毒機に薄めた薬品と軽油を入れて回ります。」

軽油に殺虫剤の粒子を溶かして、蚊のような害虫に着くように散布する煙幕消毒は、短時間で最大の効果を得ることができ、しばしば使われる。

「博物館の収蔵庫で作業をする時は、お客様が嫌がるので、煙が洩れないようにテープでドアと窓を塞いで、密閉した空間で薬を撒きました。靴が溶けました。その薬品は本当に強くて、名前を覚えていたのですが、今は忘れました。使用が禁止されている薬品も使いました。60kgの重ね袋が溶けてしまうほど酷かったのに・・・。」

密閉空間の煙幕消毒は稼ぎが良くて、事業主が好んだ。半日で400万~500万ウォンの収入が入った。イ・ハクムンさんは煙幕消毒をする時は、神経をもっと緊張させた。

「軽油を使うと火事が起きる可能性があるんですよ。火事でも起こしたら、全部賠償しなければいけないので、本当に気を使いました。」

数千匹のゴキブリを殺すけど、保護具は軍手とマスクが「全部」

浄化槽と水タンクの掃除はものすごかった。

「浄化槽は想像もできないでしょう。30~40年経ったところは、ゴキブリが数千匹います。水タンクを掃除する時は、素手か軍手を嵌めて、薬品を塗っては拭き取りました。」

「産業安全保健基準に関する規則」(安全保健規則)は殺虫剤や殺菌剤を使用する際は、保護手袋や保安鏡、長靴、有機ガス用防毒マスク、防塵マスク、または送気マスクを着用しなければならないと規定している。だが、イ・ハクムンさんはこれらのすべての仕事をしながら、保護具を支給されたことがない。せいぜい綿マスクか軍手程度を着用して働いた。

殺生物質は呼吸器の他に皮膚からも吸収される。そのため、保護服を着て防除作業をした後、入浴して、新しい服に着替えるのが基本だ。イ・ハクムンさんは、「全身に薬品を被った日も、退勤してから体を洗った」と話した。

彼が休まずに働いたおかげで、他の人たちは安全だった。害虫を殺す毒殺成分は、イ・ハクムンさんの体も徐々に壊した。皆を安全にした防疫・防虫作業は、イ・ハクムンさんには『毒』になった。

2016年になって、イ・ハクムンさんは車から降りる時に重心が取れずに転倒し、全身を傷つけたり、じっと立っていられずに倒れることが多くなった。酒に酔った人のように言葉が下手になり、ぼんやりした感じがして病院を訪れて、自分の脳が縮んでいるという事実を知った。その年のある日には、横断歩道を渡れないイ・ハクムンさんを、警察が出動して家まで連れて帰ったこともあった。自分も知らないうちに尿が洩れ、皮膚には発疹が出て暮らす。

「とても仕事ができない体になり、18年目に会社を辞めました。今になって考えると、私が使っていた薬品で中毒になっていたようです。仕事中に倒れることが多かったんです。とても早く、急いでいると思ったんだけど、その時から、足に力が入らなかったのではないかと思います。

到底仕事ができない体になった時に退社

防疫会社を辞めたイ・ハクムンさんは、一銭でも稼ぐために警備員として働いた。しかし、既に壊れてしまった体は、警備所まで歩くことさえできない程になっていた。

「なんで歩かないんだよ、警備員がなんで座っているんだって言われるんですよ。辞めるしかなかったです。」

彼はもう他の人に支えられなければ歩くことさえできない。彼が頼っている杖は、急に傾くと警告音が鳴る。彼がある日突然倒れて、起きられない時に備えたものだ。

「仕事は辞めましたが、依然として、気持ちは楽ではありません。会社の常務理事に訊きたいです。なぜ私にこんなことをさせたのか。文句が言いたいのではなく、本当に知りたいのです。なぜ私が病んだのか、なぜ私の体がこのようになったのか。」

彼は3月、勤労福祉公団瑞草支社に労災申請をした。公団はイ・ハクムンさんの事件を疫学調査機関に依頼したと明らかにした。イ・ハクムンさんの脳は、時々刻々と機能を失っているが、今年中に労災の可否が決定されるかは、現在は判っていない。

チョン・キフン記者 2022年8月30日

毎日労働ニュース キム・ミヤン記者

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