消防士としての職業曝露の発がん性-Lancet Oncology, 2022.7.1

2022年6月に8か国から25人の科学者がフランス・リヨンの国際がん研究機関(IARC)で会合し、消防士としての職業曝露の発がん性についてのその評価を確定した。この評価は、IARCモノグラフ第132巻に掲載される予定である。

消防士としての職業曝露は、「ヒトにおけるがんについての十分な証拠」に基づいて、「ヒトに対して発がん性」(グループ1)と分類された。ワーキンググループは、中皮腫及び膀胱がんについて、ヒトにおける「十分」な証拠があると結論づけた。結腸がん、前立腺がん、精巣がん、黒肉腫、及び非ホジキンリンパ腫については、ヒトにおける「限定的」な証拠があった。また、消防士としての職業曝露が、以下の、曝露したヒトにおける発がん因子の主要な特性を示すという「強力」なメカニズム的証拠もあった:「遺伝毒性である」、「エピジェネティックな変化を引き起こす」、「酸化ストレスを引き起こす」、「慢性炎症を引き起こす」、及び「受容体介在作用を調節する」。動物実験モデルにおけるがんに関する証拠は、研究結果がないために、「不十分」であった。消防士としての職業曝露についてのグループ1の評価は、(ボランティアを含む)すべての消防士に、また男性と女性の双方に、適用されるものと推定されるべきである。

消防士としての職業曝露は複雑であり、火災及び火災以外の事象に起因する様々なハザーズを含んでいる。消防士は、国によって大きく異なり、また彼らのキャリアによって変化する、多様な役割、責任、及び雇用形態(例えば常勤、パートタイム、またはボランティアなど)をもつ可能性がある。消防士は、様々な種類の火災(例えば構造物火災、森林火災、車両火災など)やその他の事象象(例えば車両事故、医療事故、有害物質の漏えい、建物の倒壊など)に対応する。山林火災はますます都市部を浸食しつつある。火災、建材、個人保護具(PPE)及び消防士の役割と責任の変化が、時間の経過とともに消防士の曝露の大きな変化につながっている。

消防士は、火災による燃焼生成物(例えば多環芳香族炭化水素[PSHs]や粒子状物質など)、建材(例えばアスベストなど)、消火用発泡体に含まれる化学物質(例えばパーフルオロ・ポリフルオロ物質[PFAS]など)、難燃剤、ディーゼルエンジン排ガス、その他のハザーズ(例えば夜間勤務労働や紫外線、その他の放射線など)に曝露する可能性がある。火災流出物やその他の化学物質の接種は、吸入や皮膚吸収、場合によっては接触を通して、起こる可能性がある。消防士は、曝露を低減するのをPPEに頼っている。時給式呼吸器は、構造物や車輛が関わる消火活動でしばしば着用されるが、消防士が年に何回も山林に出動し、火災近くに数週間もとどまる山林消火活動ではあまり着用されていない。PPEの設計、装着、メンテナンスや除染の限界のために、たとえ書房氏がPPEを着用していても、化学物質の経皮吸収が生じる可能性がある。さらに、消防士が積極的に消火活動をしておらず、PPEを着用していない場合にも、曝露が生じる可能性がある。

2007年のIARCモノグラフによる前回の消火活動の分類(「ヒトに対する発がん性の可能性、グループ2Bに分類」)以来、多くの新たな研究が、消防士としての職業曝露と人におけるがんリスクとの関連を調査している。今回の評価では、合計52のコホート・症例対照研究、12の症例報告及び7つのメタアナリシスが検討された。ワーキンググループはまた、2022年6月までに発表された消防士のコホート研究を組み入れたメタアナリシスを行った。がんについて消防士を長期間追跡した30以上の重複しないコホート研究は、評価にとってもっとも有益と考えられ、アジア、ヨーロッパ、北アメリカとオセアニアで実施されたものだった。

利用可能な疫学的証拠に基づいて、ワーキンググループは、消防士としての職業曝露と中皮腫及び膀胱がんとの間に因果関係があると結論づけた。消防士における中皮腫発症率を検討した7つの研究がメタアナリシスに含まれた。これらの研究の組み合わせについて、ワーキンググループのメタアナリシスは、ほとんど一般人口と比較して、消防士における中皮腫のリスクは58%高い(95%CI 14~120%)と推計した。推計の不均一性は研究グループ全体で低かった(I2=8%)。消防活動におけるアスベスト曝露が、観察された関連性を支持するもっともらしい原因因子である。消防活動以外の曝露源による交絡やその他のバイアスが、研究結果の規模や一貫性を説明する可能性は低いと考えられた。

膀胱がん発症率についてのポジティブな相関が、いくつかの消防士のコホート研究において、主に一般人口と比較して、一貫して観察された。ワーキンググループによる10の研究のメタアナリシスでは、リスク増加の推計値は規模は小さかった(16%)が、統計的に正確で不均質性は低かった(95%CI 8~26%、I2=0)。この推計値は、膀胱がんの定義を若干拡大したがん発症率の質の高い2つの追加コホート研究、及び膀胱がん死亡率の研究結果と一致していた。さらに、ほとんどの研究で観察された消防がんにおける肺がんのリスクは低いことから、喫煙による交絡の可能性はネガティブと考えられ、一般人口と比較した膀胱がんについての関連性の過少評価につながった可能性がある。あるプールされたアメリカのコホート研究では、雇用期間について調整済みの曝露-反応解析でのポジティブな関連が、そのような調整が行われていない他の研究では健康労働者の生存バイアスが関連を弱めている可能性を示唆した。既知及び疑いのあるヒトの膀胱がん発がん因子(例えばPAHsや煤煙)への消防士の曝露が、膀胱がんについての観察された関連を支持するもっともらしい原因因子と考えられた。

メタアナリシスに含められたコホート研究による推計値と相対的に規模の大きい証拠の検討に基づいて、結腸がん、前立腺がん、精巣がん、黒肉腫、及び非ホジキンリンパ腫について、信頼できるポジティブな関連が観察された。しかし、消防士における相対的に多い医学的監視と発見によるバイアス、または身体的及びライフスタイル特性による交絡を、ポジティブな知見についての説明として合理的に除外することができなかった。前立腺がんや結腸癌などのより一般的に進行が遅いまたはスクリーンされるがんについては、サーベイランス・バイアスに関する懸念がとりわけ顕著であり、死亡率研究対発症率研究において関連が弱まるかまたはなくなることが観察されることによって支持される。これらのがん種の一部については、メタアナリシス推計値における高い不均質性、有益な研究からの一貫性のないポジティブ知見、または、これらのがん種と関連することが知られている消防活動曝露についての証拠がわずかしかないことも、因果関係の結論の信頼性を低下させた。こうした理由から、これら5つのがん種については、「限定的」証拠という決定が下された。

肺がん及び甲状腺がんを含め、その他のすべてのがん種についてのヒトがんの証拠は、「不十分」であった。肺がんの発症率と死亡率はほとんどの研究とメタアナリシスで、消防士では一般人口よりも低く、喫煙によるネガティブな交絡と健康労働者雇用バイアスの可能性が高いと推定された。サーベイランス・バイアスが、一般人口と比較して相対的に高い甲状腺がんの発症率が観察されたことのもっともらしい説明と考えられた。

メカニズム的証拠の評価は、構造物火災と山林火災の消火活動に関連した曝露、及び消防士としての雇用に基づいた。遺伝毒性影響についての一貫した証拠が、消防士において観察された:血液中のPAH-DNA不可物の頻度の増加がみられ、尿中変異原性の増加、血液中のDNA損傷、頬の細胞における小核頻度の増加が、消防活動に関連した曝露と関連していた。また、遺伝毒性は、関連する実験系でも観察された:消防活動曝露に関連した燃焼排出物の有機抽出物は、ヒト細胞株における小核の頻度及びバクテリアにおける突然変異の頻度を増加させた。がん関連遺伝子の遺伝子座における血中DNAメチル化の変化に基づいて、消防士におけるエピジェネティック影響が観察された。消防士におけるエピゲノムワイド関連研究では、累積曝露のプロキシと関連したDNAメチル化の持続的な変化、勤務年数または血中PFAS濃度のいずれかと関連したDNAメチル化変化が示された。また、消防士の血液中には、がんに関連するマイクロRNAの発現に曝露に関連した変化が観察された。消防士としての職業曝露は、曝露に関連した血中の酸化的DNA損傷と尿中の酸化的ストレスマーカーを誘発した。消防士にける、急性及び持続的な炎症が観察された。IL-6やIL-8などの気道及び全身性の炎症マーカーが、消防活動関連曝露と関連していた。さらに、炎症マーカーの変化に伴う肺機能の低下や曝露に伴う気管支の過敏性が、消防士において報告された。ワーキンググループの少数は、慢性炎症に関する証拠は示唆的であると考えたが、大多数は、この重要な特性に関する証拠には一貫性があると考えた。アリール炭化水素受容体の活性化によって示されたように、消防士としての職業的曝露が、受容体介在作用を調節するという一貫した証拠がみつかった。

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