埋もれていた石綿被害者-東京●びまん性胸膜肥厚の労災認定。救済給付から労災補償に短期間で切り換え実現。

Mさんのケースについて当センターに相談があったのは、2020年8月のことだった。Mさんが通院していた都内のT病院の医療ソーシャルワーカーのSさんからの相談だった。

びまん性胸膜肥厚で通院している患者さんで、労災の可能性のある方がいる。本人が労災申請を希望しているのでサポートしてもらえないか」という内容だった。

びまん性胸膜肥厚は、石綿による代表的な疾病のひとつである。

石綿ばく露により肺を覆う膜(胸膜)が炎症を起こし、胸膜が癒着して肥厚する症状であり、この肥厚が広範囲で起こると呼吸困難を引き起こす難病である。

電話から2週間後、Sさんと一緒に、Mさんのご自宅を訪問した。Mさんは70代で以前は自営で造園業を営んでいたそうだ。しかし、最近になって急激に呼吸機能が悪化し、訪問した時には、常時、酸素吸入のカニューレを装着している状態だった。

Mさんは、症状が次第に悪化してきた2019年にT病院と相談し、石綿健康被害救済法の救済給付を申請し、認められていた。これは労災保険の対象にならない石綿被害者の救済を目的とした国の制度である。しかし、その内容は労災と比べると非常に不十分なもの。Mさんも、医療費のサポートのほかは低額の療養手当しか受けられず、療養生活は苦しい状況だった。

Mさんは自営の造園業を始める前に、様々な職に就いていた。しかし、本人の記憶では、「仕事で石綿にばく露したかどうか、よくわからない」ということだったため、まずは救済給付を申請したとのことであった。

Mさんの仕事を詳しく聞き取ると、石綿にばく露した疑いのある仕事が次々と浮かび上がってきた。まずMさんは、中学卒業後に東京都江東区にあった「汽車製造株式会社東京工場」に入社し、1年半ほど勤務していた。

この事業場は、電車の客車などを製造しており、工場内では客車の断熱材として吹付石綿が使用されていた。そのため、この事業所からは石綿疾患の労災認定が多数出ている。Mさんは同社で主に電機系の研修を受けていたそうだが、ときには車両製造現場に入り、電機関係の作業を手伝うこともあったと言う。

次にMさんは、都内のレンズ製造工場に1年ほど勤務し、ガラスの整形作業に従事していた。作業場にはガラスを溶かす炉があった。一般にガラス製品の製造工場では高熱作業が欠かせないため、かつては保温材や断熱材として石綿が広く使われており、多くの石綿被害が出ている。Mさんも、このレンズ製造工場の現場で、石綿にばく露した可能性がある。

その後、Mさんは建設業に転職した。はっきりとした記録が残っていない会社がほとんどだったが、造園業(自営)に転職する直前に勤務していた建設会社の記録が出てきた。Mさんはこの建設会社で、民家の解体工事や基礎工事などに従事していた。「解体工事の時には、ほこりがもうもうと舞い上がっていたよ。当時は石綿のことなんて何も知らなかったなあ」とMさんは語っていた。

びまん性胸膜肥厚の労災認定には、①石綿にばく露する作業に労働者として3年以上従事、②著しい呼吸機能の障害、③一定以上の胸膜肥厚の広がり、の3つの条件を満たす必要がある。Mさんは、症状が悪化し、②と③の基準にはすでに該当していた。あとは①の条件だけである。

Mさんが勤務していたこの建設会社に連絡を取ると、Mさんが勤務していた時代の社長が在籍していた。労災(休業補償)の請求書への証明を依頼したところ、やり取りに少し時間がかかったが、Mさんは1989年から1995年まで当社に勤務していた」と証明してくれた。また、解体工事などの仕事をしていたことは事実だが、石綿にばく露していたかどうかはわからないとの回答だった。

とはいえ、この時期の解体工事であれば、石綿にばく露していないはずはないので、会社側が石綿ばく露についてわからなくとも、労災認定の妨げにはならない。在籍期間も約6年あるので、それ以前の汽車製造で働いていた期間なども含め、①の「3年以上」の基準はクリアできる。

最終的に、Mさんのびまん性胸膜肥厚は、労災申請から5か月後に労災として認定された。いまMさんは経済的な不安もなく、療養生活を送っている。ただ、呼吸機能は次第に悪化しているため、酸素吸入が欠かせない毎日である。

本来、労災保険で補償されるべき人が、労災申請にたどり着けないまま埋もれている。今回のMさんのような方はまだまだたくさんいると思われる。ばく露から数十年経って発症する石綿の健康被害は現在継続中である。埋もれている被害者の掘り起こしが、いま、急がれている

文/問合せ先:東京労働安全衛生センター

安全センター情報2021年10月号

アスベスト(石綿)による疾病の労災認定/労災補償の申請・給付について~各疾病や審査請求事例紹介つき~