「石綿健康被害救済制度の施行状況及び今後の方向性について」/令和5(2023)年6月 中央環境審議会石綿健康被害救済小委員会(テキスト版)

Ⅰ はじめに

石綿による鍵康被害の救済に関する法律(平成18年法律第4号)に基づく石綿健療被害救済制度(以下「救済制度」という。)については、平成28年12月に中央環境審議会環境保健部会石綿健康被害救済小委員会が取りまとめた報告書「石綿健康被害救済制度の施行状況及び今後の方向性について」(以下「平成28年取りまとめ」という。)において、「5年以内に制度全体の施行状況の評価・検討を改めて行うことが必要である。」と記載された。
また、令和4年6月の議員立法による法改正の際に、参議続環境委員会の附帯決議において「既に前回の施行状況の検討から5年が経過していることを踏まえ、本法附則の規定による見直しのほか、改正後の法律について、速やかに施行状況の検討を実施すること。」と記載された。
これらの状況を踏まえ、救済制度の施行状況について改めて評価・検討を行い、その結果に基づいて必要な見直しを検討するため、石綿鍵康被害救済小委員会(以下「本小委員会」という。)において、令和4年6月から、患者・家族の団体や専門家からのヒアリングも含め、救済制度の施行状況について審議を行った。
本報告書は、本小委員会でのこれまでの議論を踏まえ、救済制度の施行状況を評価・検討して指摘された論点及び今後の方向性について整理したものである。

Ⅱ 石綿健康被害救済制度の施行状況及び今後の方向性について

1. 救済給付

(1) 救済制度の施行状況

石綿による健康被害は、本来は原因者が被害者にその損害を賠償すべき責任を負うものであるが、発症までの潜伏期間が非常に長期であること、また極めて広範な分野で利用されていたことから、特定の場所における石綿の飛散と個別の健康被害に係る医果関係を立証することが極めて難しく、原因者を特定して民事上の損害賠償を請求することが困難である一方で、発症した場合は重篤な疾病であるとの特殊性がある。救済制度は、こうした石綿による健康被害の特殊性に鑑み、国が民事の損害賠償とは別の行政的な救済措置を講ずることとしたものであり、因果関係を問わず、社会全体で石綿による健康被害者の経済的負担の軽減を図るべく制度化されたものである。
救済制度の給付内容は、こうした制度の性格を踏まえ、損害項目を積み上げて厳密に填補する補償ではなく見舞金的なものであり、その具体的な制度設計に際しては、医薬品副作用被害救済制度を参考としつつ、その給付内容のうち、補償的色彩の強い、逸失利益を考慮した生活保障的な給付項自である障害年金(障害児養育年金)及び遺族年金(遺族一時金)は採用されておらず、日本国内において石綿を吸入することにより指定疾病にかかった旨の認定を受けた者(以下「被認定者」という。)に対し、医療費(自己負担分)、療養手当(103,870円/月)及び葬祭料(199,000円)が支給されている。また、日本国内において石綿を吸入することにより指定疾病にかかり、当該指定疾病に起因して救済制度の施行日前に死亡した者(施行前死亡者)及び日本国内において石綿を吸入することにより指定疾病にかかり、当該指定疾病に関し認定の申請をしないで当該指定疾病に起因して救済制度の施行日以後に死亡した者(未申請死亡者)の遺族に対しては、国が特別に弔意を表明し、特別遺族弔慰金(2,800,000円)及び特別葬祭料(199,000円)(以下「特別遺族弔慰金等」という。)が支給されている。なお、被認定者が指定疾病で死亡した場合でも、実際に支給された医療費及び療養手当の合計額が特別遺族弔慰金の額に満たないときは、その差額分が救済給付調整金として当該被認定者の遺族に対して支給されている。
また、救済制度の給付水準は、制度の性格を踏まえ類似の制度との均衡を考慮しながら設定されている。このうち、療養手当については、入通院に伴う諸経費という要素に加え、介護手当的な要素が含まれている。入通院に伴う諸経費的要素については、療養に伴う交通費や生活品等のための諸経費が、医薬品副作用被害救済制度や原子爆弾被爆者に対する援護制度に準拠して定められている。介護手当約な要素については、中皮腫や肺がんといった石綿による疾病が、予後の悪い重篤なものであることに鑑み、近親者等による付添や介助用具に必要な手当が、原子爆弾被爆者に対する援護制度の介護手当(中度)に準拠して定められている。なお、疾病の予後の悪さを特に考慮しかつ迅速な救済を図るために、給付は一月当たりの最高額を定めた上で実務に要した介護費用相当額の実費について行うのではなく、定額の給付が被認定者の症状の程度による差異を設けることなく被認定者に対して一律に行われている。また、被認定者は、介護保険制度による医療系サービスについても、自己負担なく利用できる。
救済給付については、これまで、平成20年、平成23年及び令和4年の法改正により、医療費及び療養手当の支給対象期聞の拡大、未申請死亡者の救済、並びに特別遺族弔慰金等の請求期限の延長が図られてきている。こうした中、累計で18,038件(令和4年3月末現在)が救済給付の対象となっている。
なお、平成28年取りまとめを踏まえ、平成29年度に独立行政法人環境再生保全機構(以下「機構」という。)が実施した「石綿健康被害救済制度被認定者の介護等の実態調査」(以下「介護実態認査」という。)の結果によれば、衛生材料、入通院及び介護保険(自己負担)にかかる主な費用は、平均すると各月約1~2万円であった。また、当該調査結果に関して平成30年度に行われた解析業務においては、「日常生活活動制限が4級や5級の者にも「利用できると知らなかったから」介護認定を受けていない者が存在していたため、介護保険制度の活用について、救済制度被認定者に対し引き続き周知を行うことが重要と思われる」と総括され、介護保険制度について引き続き周知を行う必要性が指摘された。
また、令和4年6月の法改正における参議続潔境委員会の附帯決議において、施行状況の検討を実施する際には「療養者の実情に合わせた個別の給付の在り方、療養手当及び給付額の在り方、石綿健康被害救済基金及び原因者負担の在り方等についても検討を行うこと。」と記載された。

(2) 指摘された論点及び今後の方向性

本小委員会の審議においては、附帯決議において要請された検討事項も含めて議論された。
ヒアリングの中で、また患者の立場を代表する委員から、患者の年齢、所得、家庭状況及び社会状況を考慮し療養手当の額の引上げや遺族給付の拡充を求める意見、また、責任概念を多様化させ、法的責任に限らず、制度に係る関係主体の社会的責務を「法的責任に準ずる責任」という新たな概念に位置づけることで、多様な責任に基づく制度として新たに構築し直すべきとの提言があった。加えて委員から、救済給付の在り方について引き続き考えていくべきという提言については、重要な意見として受け止めるべきであるとの意見があった。他方で、質疑の中では、「法的責任に準ずる責任」という新たな概念として多様な主体の社会的責務を位置づけたとしても、それは裁判で認められた法的な責任ではないため、行政や企業に強制できるものではないこと、さらに、労働者災害補償保険制度(以下「労災制度」という。)とは異なり個々の行為者の活動と石綿健康被害との因果関係は依然として明らかでないことが確認された。なお、患者の立場を代表する委員から、石綿による被害を受けている点では同一であるにもかかわらず、救済等に関して他制度と救済制度との間に差異があることへの疑義があるとの意見があった。
この点について、まず療養手当の額については、介護実態調査における自己負担額の結果からは、「入通院に伴う諸経費という要素」及び「介護手当的な要素」から構成される療養手当として見たときにはその額が必ずしも不十分とはいえない状況にあると考えられる。
そして、「社会全体で石綿による健康被害者の経済的負担の軽減を図る」という救済制度の趣旨に照らせば、現行の給付内容は大筋において維持できると考えられる。また、法的責任とは異なる新たな責任の概念に基づく制度を構想すべきとの提言は傾聴すべき提言ではあるが、法的責任でなければ強制できるものではなく、資金の拠出者から同意を得ることは困難であり、この提言によって、新たな給付項目を直ちに新設することは困難であると考えられる。
なお、国について、令和3年5月に、いわゆる建設アスベスト訴訟に係る最高裁判決において、国(厚生労働大臣)が労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)に基づく規制権限を適切に行使しなかったことについての賠償責任を負う(判決では、屋内建設作業者について、労働安全衛生法上の規制権限の不行使に係る違法期間を昭和50年から平成16年までと判断するとともに、一人親方も含めて国の責任を認める一方で、屋外作業従事者に係る責任は否定した。)とされ、当該判決を受けて、同年6月に「特定石綿被害建設業務労働者等に対する給付金等の支給に関する法律」(令和3年法律第74号)が成立し、令和4年1月に完全施行されている。
当該判決は、原因者となり得る事業者に対する国(厚生労働大臣)の労働安全衛生法に基づく規制権限の不行使を理由とする責任を認めたものであり、当該責任は、特定の期間において特定の業務に従事した者(すなわち、当該不行使に係る国の規制権限が行使されていれば保護されていたはずの者)に対してのみ負うものである。このため、労働安全衛生法の規制権限の行使と関係せず、因果関係を問わずに石綿健康被害者を広く救済する環境省の救済制度に対し、当該判決が直接的に影響を及ぼすものとはいえないと考えられる。
したがって、本小委員会としては、平成23年6月の中央環境審議会「今後の石綿鍵康被害救済制度の在り方について」(二次答申。以下「平成23年二次答申」という。)及び平成28年取りまとめにおいて確認された、因果関係を問わず社会全体で石綿による健康被害者の経済的負担の軽減を図るとの現行制度の基本的考え方を直ちに変える状況にあるとは認められないとの結論に至った。ただし、本小委員会での検討過程では、患者の立場を代表する委員から、上記の結論に対して反対する旨の意見があった。
その上で、因果関係を問わずに給付を行う救済制度は引き続き重要であることから、必要な調査を実施し、今後も現行制度を取り巻く事情の変化及び類似の救済制度の動向を注視しつつ、石綿健康被害救済基金(以下「基金」という。)に係る費用負担に関する意見も聴きながら、制度の安定的かつ着実な運営を図ることにより、石綿による鍵康被害の迅速な救済を更に促進すべきである。

2. 指定疾病

(1) 救済制度の施行状況

救済制度の指定疾病は、石綿を吸入することにより発生する疾病であって、民事責任を離れた迅速な救済を図るべき特殊性が見られる重篤な疾病を対象としている。こうした考え方に基づき、制度開始当初は石綿による「中皮腫」及び「肺がん」が指定疾病とされ、平成22年の政令改正により、石綿による「著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺」及び「著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚」が指定疾病に追加された。
指定疾病であることの医学的判定について、特に肺がんについては、喫煙をはじめとして様々な原因があり、石綿を吸入したことによるものであるか否かについての判定は必ずしも容易ではない。このため、救済制度における肺がんの医学的判定については、原発性肺がんであって、肺がんの発症リスクを2倍に高める量の石綿ばく露があったとみなされる場合に、石綿によるものと判定することとしている。具体的には、25本/ml×年程度のばく露があった場合とするのが国際的なコンセンサスとしても認められているところであり、ばく露歴を厳密に求めることなく、これに該当する医学的所見に基づき肺がんの判定が行われている。平成25年6月には、腕がんの発症リスクを2倍に高める量の石綿ばく露があったとみなされる場合に該当する医学的所見として、広範囲の胸膜プラーク所見及び肺組織切片中の石綿小体が追加された。その後も、胸膜プラークやびまん性胸膜肥厚と肺がんの発症リスクとの関係や、肺がん申請者の石綿ばく露作業従事歴についての知見の収集が図られている。
さらに、平成28年取りまとめにおいて「現行制度が重篤な疾病を対象とするものであることを踏まえ、症状が様々である良性石綿胸水及び石綿肺合併症を一律に対象とすることは困難であるが、今後、良性石綿胸水のうち被包化された胸水貯留が認められる症例について、石綿による「著しい呼吸機能障害を伴うびまん性胸膜肥厚」として取り扱うことができるかどうかについて、現行の指定疾病の取扱いとの均衡を踏まえつつ、その具体的な医学的判定基準も含めて検討を行い、必要な知見が整った場合には救済対象とすることが望ましい」とされたことを踏まえ、良性石綿胸水のうち被包化する胸水貯留が認められる症例について、石綿による「著しい呼吸機能障害を伴うびまん性絢膜肥厚」として取り扱うよう、平成29年6月に「医学的判定に関する留意事項」が改正され、認定対象の範囲が拡大された。
平成28年取りまとめにおいて言及された「肺がんの申請者における石綿ばく露作業従事歴に係る調査」の結果によれば、石綿ばく露作業従事者に係る客観的資料を提出できると回答した者からは、年金記録が主に提出された。年金記録からは、特定の事業所に所属していたこと及びその期間を確認することはできたが、当該事業所において石綿ばく露作業に従事したことの確認は困難であった。
また、令和4年6月の法改正における参議院環境委員会の附帯決議において、「石綿による健康被害の救済に関する法律に基づく救済制度が、個別的因果関係を問わずに重篤な疾病を対象としていることを踏まえ、労働者災害補償保険法において指定疾病とされている良性石綿胸水、また、石綿肺合併症についても、指定疾病への追加を検討すること。」「石綿にばく露することにより発症する肺がんについては、被認定者数が制度発足時の推計を大幅に下回っている現状を踏まえ、認定における医学的判定の考え方にばく露歴を活用することなどについて検討すること。」と記載された。

(2) 指摘された論点及び今後の方向性

本小委員会の審議においては、附帯決議において要請された検討事項も含めて議論された。
良性石綿胸水や石綿肺合併症を指定疾病に追加すべきとの意見があった一方で、良性石綿胸水については、平成28年取りまとめを踏まえ、器質化した胸水貯留があるものについてはびまん性胸膜肥厚として認定するように既に認定基準が改正されており、実際に器質化胸水をもって認定されている例も多く存在し、必要な対応は取られているとの意見があった。また、良性石綿胸水(器質化した胸水貯留があるものを除く。)や石綿肺の合併症である続発性気管支炎、気管支拡張症及び続発性気胸については、難治性で重篤な疾病であるとは言えず、著しい呼吸機能障害を伴う石綿肺と同等とはいえないとの意見、良性石綿胸水について引き続き病態の解明に努め、重篤な疾病に相当する症例について検討してはどうかとの意見があった。この点については、救済制度が重篤な疾病を対象とするものであることを踏まえ、症状が様々である良性石綿胸水及び石綿肺合併疲を一律に対象とすることは困難であるが、現在指定疾病とされていない疾病についても、引き続き知見の収集に努めるべきである。
また、石綿による肺がんの医学的判定について、審議において労災制度及び新たに創設された建設アスベスト給付金制度を参照し、石綿ばく露作業従事歴を認定基準に組み込むべきとの意見、石綿ばく露作業従事歴の把握について厚生労働省との連携も含めてこれを検討すべきとの意見があった。他方で、救済制度は石綿ばく露歴が不明な者を救済するために創設されたものであること、現行の認定基準は国際的な基準にも沿っており妥当であること、年金記録では事業所等における石綿の使用の有無までを判別できないことから、迅速な救済を目的とする救済制度においては、石綿ばく露作業従事歴の認定基準への採用は客観的に妥当性を欠くとの意見があった。
この点については、平成28年取りまとめにおける、
① 作業従事歴により労務起因性を判定する労災制度とは異なり、救済制度が個々の原因者の特定が困難であるという特殊性に着目し、民事上の賠償責任とは離れて社会全体で石綿健康被害の迅速な救済を図ることを目的とする制度趣旨であること
② 肺がんについては、医学的所見により相当程度の鑑別が可能である石綿肺及びびまん性胸膜肥厚の場合と異なり、肺がんであるとの医学的所見だけでは様々な原因の中から石綿によるものであることを判定することができず、作業従事歴を指標として石綿によるものであると判定しようとするとその厳密な精査が必要となるところ、救済制度の性格上、作業従事歴を纏認するために必要となる客観的資料が乏しいことから、調査体制を整備したとしても、作業従事歴を厳密かつ迅速に精査することには限界があること
③ 肺がんについては、石綿肺及びびまん性胸膜肥厚と異なり、肺がんであるとの医学的所見と組み合わせることにより石綿によるものであることを判定可能な指標としての医学的所見(肺内石綿小体の量等)が国際的なコンセンサスに基づき得られていること
④ 石綿による肺がんについては作業従事歴との関係も含め知見が十分に得られていないこと
を踏まえ作業従事歴を指標として採用すべきではないという結論を変える状況にはないと考えられる。
ただし、本小委員会の検討過程では、患者の立場を代表する委員から、上記の結論に対して反対する旨の意見があった。
なお、建設アスベスト給付金制度は、昭和47年10月1日から昭和50年9月30日までの期間に石綿吹付作業による建設業務、昭和50年10月1日から平成16年9月初日までの期間に一定の屋内作業場で行われた作業に係る建設業務に従事した労働者や一人親方・中小事業者(家族従業者を含む。)を対象とし、当該対象範囲は最高裁判決を踏まえて定められており、その限りで、定型化が図られた制度とされていることに留意する必要がある。

3. 制度運用

(1) 救済制度の施行状況

平成23年二次答申を受け、労災制度との連携強化を図るため、石綿ばく露作業従事歴があると申告した申請者等に関する厚生労働省への情報提供や、救済制度や労災制度等の対象となった中皮腫死亡者数の集計等の取組が実施されている。また、認定に係る対応の迅速化のため、医学的判定の考え方について医療機関等に周知するほか、申請者の同意を得て医学的資料を医療機関から直接取り寄せる等の取組が実施されている。さらに、制度を広く周知するため、一般向けの広報活動や医療機関向けの情報提供が実施されている。加えて、平成25年度からは、石綿による肺がんの医学的判定のための肺内石綿繊維の計測(以下「繊維計測」という。)について、可能な限り迅速に実施することができるよう、透過型電子顕微鏡等の整備、人材育成、計測精度を確保するためのマニュアルの作成等の体制整備が実施されている。
平成28年取りまとめにおいては、広報・周知について、
・ 中皮腫と診断された者への総合的な情報提供の検討
・ 一般向けの広報活動の継続実施、医療関係団体等への救済制度や医学的知見(特に、石綿による肺がん)の周知
を実施すべき、また繊維計測の体制整備・認定申請手続等の合理化を進めるべきとされた。
平成28年取りまとめを踏まえ、広報・周知について、
・ 機構のホームページにおける中皮腫患者への総合的な情報提供の発信
・ 救済制度について多種多様な媒体を通じた一般向けの広報活動の実施
・ 各種学会、研究センタ一、保健所、医療機関等を通じた医療関係者への周知の実施
・ 石綿による肺がんについて医療現場への効果的な賂知を図るため「がん登録を活用した石綿健康被害救済制度の肺がん認定基準に関するデータベース作成に係る業務」の実施
を含め様々な取組が実施されてきており、また、繊維計測の体制整備・認定申請手続等の合理化(被認定者の手続に係る負担の軽減等)が引き続き実施されている。
さらに、令和4年1月に建設アスベスト給付金制度が完全施行されたことに伴い、制度運用の効率化の観点から、建設アスベスト給付金制度の医学的評価も尊重して認定審査等が実施されている。
また、令和4年6月の法改正における参議院環境委員会の附帯決議において、「石綿による健康被害に対する隙間のない救済の実現に向け、石綿による健康被害の救済に関する法律に基づく救済措置の内容について、改めて効果的な広報を行い周知の徹底に努めること。また、本法に基づく特別遺族弔慰金等の支給の請求期限の延長及び特別遺族給付金の対象者の拡大によって対象となると見込まれる者に対しては、丁寧な情報提供を行うこと。」と記載された。

(2) 指摘された論点及び今後の方向性

本小委員会の審議においては、附帯決議において要請された事項も含めて議論された。
審議においては患者へ救済制度の情報を提供するよう医療機関に対し周知すべきとの意見、医療機関において石綿による肺がんを正しく診断するため、肺がんの臨床診断において患者の石綿ばく露の可能性に留意すること及び病理診断において石綿小体の有無を観察することについて医療機関の医師、臨床検査技師に対し周知すべきとの意見があった。また、石綿による肺がんの更なる救済を促進するため、関係機関同土が連携して積極的に施策に取り組んでいくべきとの意見があった。この点については、引き続き様々な機会を捉えて救済制度に関する更なる周知を積極的に行うとともに、肺がんの臨床診断・病理診断における留意点についても、医療関係者に対して周知を行うべきである。
また、法務局が保有する死亡診断書及び厚生労働省の人口動態統計調査で作成される死亡小票を用いて、救済制度に関する個別周知を実施すべきとの意見があった。この点については、統計法により死亡小票の利用は困難であるが、死亡診断書を用いて、中皮腫により亡くなられた方の遺族等に対する個別周知について厚生労働省において検討が進められているため、環境省及び機構においては厚生労働省と連携すべきである。さらに、労災制度に係る特別遺族給付金に関する周知、医療機関の診療情報の保存の在り方について検討すべきとの意見があった。この点については、他省庁の所掌であるが、環境省は関係省庁が本小委員会で提起された意見を考慮していくよう情報提供を通じて働きかけていくことが望まれる。
また、医師の卒前教育において石綿関連疾病の教育の充実を図るべきとの意見があった。この点については、環境省は関係省庁と協議を行うべきである。
さらに、民間部門におけるピアサポート活動(同じような立場の者が互いに支え合う活動)を周知すべき、また環境省及び機構が直接的に患者支援団体の活動について情報発信すべきとの意見があった。また、がん患者が、がん相談支媛センターを利用してピアサポート等につながることが良いとの意見、がん相談支援センターの利用率が低いため利用率の向上を図る必要があるとの意見があった。この点については、がん患者へのピアサポート活動・患者サロン等の情報提供も含めた支援は、各地域のがん診療連携拠点病院等に設置されているがん相談支援センターにおいて、個別に患者の事情を伺いながら実施されており、またがん相談支援センターの探し方・利用方法等の支援については、がん情報サービスサポートセンターにおいて実施されている。このため、機構のホームページにおいてがん相談支援センター及びがん情報サービスサポートセンターの紹介を行っている。引き続き、各患者の個別のニーズに応じて各地域で適切なサポートが行われることが重要であり、今後も厚生労働省と必要な連携に努めるとともに、がん相談支援センターについて、更なる周知の方法を検討すべきである。
加えて、認定申請手続の合理化について、申請者の負担軽減のため、引き続き手続の簡素化を進めるべきといった意見があった。この点については、今後もオンライン化の検討も含め、手続の簡素化を行い、申請者の負担軽減に努めるべきである。

4. 健康管理

(1) 救済制度の施行状況

石綿ばく露者の中・長期的な鍵康管理の在り方を検討するための知見の収集を目的として、平成18年度から平成26年度までにかけて「石綿の健康リスク調査」が実施され、平成28年3月には9年間の調査結果の評価が行われ、健康管理による不安減少等のメリットや検査に伴う放射線被ばくといったデメリット等の健康管理の在り方を検討するための一定の知見が得られた。
また、平成27年度からは、エックス線検査及びCT検査による初期評価に加えて、定期的なエックス線検査等によって石綿ばく露者の鍵康管理を行う検診モデルについて調査・検討を行うため、「石綿ばく露者の健康管理に係る試行調査」(以下「試行調査」という。)が実施された。
試行調査は、平成28年取りまとめを踏まえ、令和元年度に対象地域を9地域へ拡大し継続して実施され、同年度末に最終取りまとめがなされた。
当該最終取りまとめにおいては、
・ 石綿ばく露のうち、本人からの聴取による自覚的なばく露については、読影時や保健指導時の参照情報を提供し、また丁寧な聴取により参加者の行動変容や不安解消につながり得るが、不確実さが存在し、これだけを頼りに石綿ばく露の程度を判断することは困難である
・ 石綿ばく露に関連する医学的所見についても、限局的な(広範囲ではない)胸膜プラークの存否から石綿ばく露の程度を把握することについては限界がある
・ 胸膜プラークと石綿関連疾患の発症リスクの際係は十分に明らかになっておらず、また胸膜プラークを指標とした健康管理による石綿関連疾患の発症予防法は未確立であり、胸膜プラークの有無の把握を必須とする根拠がない
・ CT検査は、胸膜プラークなどの所見やごく小さな肺がんの発見という点ではエックス線検査に比して優位性があるものの、被ばく量がエックス線検査と比較して多く、CT検査を行う利益が不利益を上回るとは言い難い
・ 公的資金を利用した対策型検診の考え方に基づけば、限られた資源の中で集団にとっての利益を最大化することが求められ、例えば、公的な肺がん検診では有効性評価に基づきCT検査ではなくエックス線検査が採用されている
ことなどから、公共政策として検診モデルを積極的に推進する根拠は弱い一方で、個人の状況によっては、既存検診を利用したり任意でCT検査を受けたりすることで、石綿ばく露を把握することが有効な場合もあり得ると総括された。
当該最終取りまとめを踏まえ、令和2年度から既存検診の機会を活用して石綿関連疾患を発見できる体制の整備に資する「石綿読影の精度確保等調査」(以下「読影調査」という。)が実施されている。

(2) 指摘された論点及び今後の方向性

本小委員会の審議においては、建設作業等に従事する自営業者等の健康管理の在り方等も含め、全ての石綿ばく露者が何らかの検診制度を利用できるように、石綿ばく露者の恒久的な健康管理制度の構築について具体的な検討を進めるべきとの意見があった。一方で、胸膜プラークは石綿ばく露を示す画像所見の一つではあるが、それが全てではないこと、また現状そろっている医学的なエビデンスに鑑みると健康管理におけるレントゲン写真の活用が妥当であることを踏まえると、これまで行ってきた読影調査の対象地域を広げること、かつ精度を高めることを目指し、継続していくのが良いとの意見があった。この点については、現在実施されている読影調査を、対象地域を拡大しつつ実施し、石綿読影の精度確保等に関する検討会において、健康管理の在り方について引き続き必要な検討を行うべきである。

5. 調査研究(治療研究を含む。)

(1) 救済制度の施行状況

平成23年二次答申における中皮腫の診断・治療に関する調査研究を推進すべきとの指摘を受け、平成25年度から、救済制度で認定を受けた中皮腫症例に係る医学的情報のデータベースへの登録(以下「中皮腫登録」という。)が行われ、平成27年度から環境省ホームページにおいて情報が公開されている。また、厚生労働省、関連する学会や病院協会、保健所に対して周知がされている。
また、中皮腫の診断法の向上等のための各種の医学的解析調査等や厚生労働省において中皮腫の遺伝子治療薬等に関する研究の支援が実施されている。
平成28年取りまとめにおいて、中皮腫登録について、救済制度で認定を受けた中皮腫患者の医学情報の登録を継続して症例の集積を行いつつ、医療機関での中皮腫の診断精度の向上に資する情報を提供できるよう検討すべきとされ、またがん登録制度の趣旨や内容を踏まえた活用方法について関係省庁と連携して検討すべきとされたことを踏まえ、中皮腫登録について、救済制度で認定を受けた中皮腫患者の医学構報の登録を継続し、累計で4,946件の症例を集積して環境省ホームページで情報を公開するとともに、令和2年度より「がん登録を活用した石綿健康被害救済制度の肺がん認定基準に関するデータベース作成に係る業務」を実施し、石綿による肺がんの認定基準に係る画像データベースを用いた教育資材(webテキスト)を公開した。
また、令和4年6月の法改正における参議院環境委員会の附帯決議において、「国は、石綿による健康被害者に対して最新の医学的知見に基づいた医療を迅速に提供する観点から、中皮腫に効果のある治療法の研究・開発を促進するための方策について石綿健康被害救済基金の活用等の検討を早期に凋始すること。」と記載された。

(2) 指摘された論点及び今後の方向性

本小委員会の審議においては、附帯決議において要請された検討事項も含めて議論された。
ヒアリングの中で、中皮腫の治療法が未確立であった20年前に比べると、現在では複数の治療薬が開発されているものの、治療の選択肢を増やしていくためには臨床試験の数を増やしていく必要があるとの意見、また中皮腫には遺伝子が関係して発症するものもあるため網羅的な遺伝子解析が重要であるとの意見があった。また患者の立場を代表する委員から、現状の石綿関連疾患の治療研究の支援には年間約2億円しか投入されておらず、現行の支援では必要な医師主導治験が実施できないため、基金の使途を治療研究へ拡大すべきとの意見があった。一方で、拠出者を代表する委員から、基金は「個別の石綿健康被害患者を救済」することを目的に拠出・造成されてきたものであり、別の目的に使用することに反対であるとの意見があった。別の委員からは、拠出者の同意を得ずに使途を変更することは困難であるとの意見があった。また、拠出金の使途をかつての決定事項から事後になって変更することになり、他の救済制度を構築する際に、制度設計が非常に困難になるとの意見があった。さらに別の委員からは、将来的にこの点を更に検討することが望ましいが、内容面と手続面で障害があるため当面は困難であるとの意見があった。
この点については、救済制度は、石綿による健康被害を受けた者等の経済的負担の軽減を社会全体で引き受けるべく創設されたものであり、基金は、「救済給付の支給」に要する費用に充てることを目的として設立されたものである。したがって、制度の目的と異なることに基金の使途を変更し拡大することは制約があり、拠出者の同意を得ること、その上で基金の使途を変更し拡大することには困難があると考えられるとの結論に至った。ただし、本小委員会での検討過程では、患者の立場を代表する委員から、上記の結論に対して反対する旨の意見があった。
これに関連して、審議においては基金の残高についても議論があり、基金の残高には明らかに余剰があり事務局が提出した今後の支出に関する試算は過大である、したがってその使途追加の余地が大きいとの意見が出された。しかし一方で、中皮腫の患者数の増加や、診断技術・治療技術の向上により、中皮腫及び石綿肺がんの患者の予後が良くなっていることなどから、残高に余裕があるとはいえないとの意見があった。また、別の委員から、仮に基金の残高が余剰なのであれば、現行法の枠組みにおいては、産業界の一般拠出金率を下げることになるとの意見があり、さらに別の委員から、余剰が生じる場合は一般拠出金率を下げるべきとの意見があった。
この点については、基金の将来的な残高の推移については、確定的に予測することは困難であるものの、救済制度は今後も長期にわたり安定的に運用される必要があることから、引き続き基金の収支を注視しつつ、適切な一般拠出金率に基づく運用が必要であると考えられる。
しかしながら、石綿関連疾患の治療研究の重要性については、各委員に異論はなく、基金の使途と結びつけないで治療の研究開発に資する方策があれば検討される必要はあるが本小委員会の議論の範囲を外れるとの意見、また救済制度以外の方法で費用負担の在り方も含めて別途議論すべきとの意見があった。加えて、疾病の治療研究については、本小委員会で議論すべき事項ではなく、中皮腫に対する研究費の在り方も含め「疾病の予防及び治療に関する研究」を所掌する厚生労働省において検討されるべきとの意見があった。さらに、環境省は、救済制度を所掌する立場として、迅速かつ適切な診新のための研究に取り組むべきであるとの意見があった。
この点については、これまでも厚生労働省において、環境省から関係団体の要望を通じた治療研究に資する情報の提供を受けながら、中皮腫を含む希少がん及び難治性がんに係る治療等の研究を支援してきたところであり、今後についても、必要に応じた支援を進めることとされている。環境省においては、診断研究の支援の更なる推進に努めるとともに、環境省は関係省庁が本小委員会において指摘された意見を考慮するよう情報提供を通じて強く働きかけていくことが望まれる。
次に、中皮腫登録については、ヒアリングにおいて、継続性という観点からは優れているが、臨床情報や治療情報(各患者に実施した治療法の詳細、治療結果等の治療内容等)が不足していることから、他のデータベースとの連携を行うことによって、治療法の向上を図っていく上で中皮腫登録に不足している情報を補完することが可能となり、有益な情報を得られるとの意見があった。また、審議において、中皮腫を治せる病気にするため、調係省庁・学会・医療機関等と連携し、ゲノム情報の収集・活用の在り方も含めて中皮腫登録の拡充に向けた検討が実施されるべきであるとの意見があった。
この点については、中皮腫登録と他のデータベースとを連結させ、中皮腫登録に対して他のデータベースが有する医療機関の診療情報等のデータを追加することによって、従来の内容に加えて、救済制度における診断技術の向上や治療方法の意思決定等にも役立つ可能性がある。したがって、中皮腫登録の更なる充実について、必要な検討を行うべきである。
さらに、中皮腫は希少がんであり網羅的な遺伝子診断の対象となり、こうした診断が積み重なることで中皮腫の遺伝子変異等が明らかになり創薬にも役立つ可能性があるが、中皮腫が遺伝子診断の対象になることが臨床現場に浸透していないため、まずは既存の制度をしっかりと活用していくことが重要であるとの意見があった。
この点については、中皮腫に関するデータを蓄積するため、中皮腫が遺伝子診断(がんゲノムプロファイリング検査)の対象となることを医療関係者に周知すべきである。

Ⅲ おわりに

救済制度については、これまでのところ、制度の基本的考え方に基づいて、適時適切な見直しが行われ、制度の周知等の運用の強化・改善等が図られてきており、安定した制度運営が行われている。一方で、救済制度の評価・検討の中でいくつかの論点も指摘されたことから、それぞれの論点について今後の方向性を提示した(なお、第6回小委員会(最終回)において本報告書への修正を求める意見が出されたが、これについては第6回小委員会議事録に記載されている。)。
救済制度については、今後も制度を取り巻く状況の変化に注視をしつつ、必要に応じた検討がなされるべきである。
環境省においては、本報告書の内容を踏まえ、必要な対応を講じられることを求めたい。

pdf版(環境省サイト)

【石綿健康被害救済法の抜本改正に向けて −石綿健康被害救済小委員会報告書カウンターレポート−】中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会

https://www.chuuhishu-family.net/2708/

安全センター情報2023年10月号