国家の空席を埋めた見返りに生業を失い、生活苦に/韓国の労災・安全衛生2024年04月16日
経歴40年のベテラン産業潜水士のキム・スンジョンさん(72)は、10年前の4月16日、全羅南道の珍島沖のメンゴル水道に向かった。翌日から三ヶ月間、彼は水深20メートルを越える海中に飛び込み、船内に閉じ込められた子供たちを救い出した。この過程で潜水病と呼ばれる骨壊死を発病した。血液の供給が円滑にできず、骨が壊死する病気だ。状態がひどかった彼は、直ぐに手術を受けた。激しい痛みは改善されたが、これまでずっとやってきた潜水士の仕事は難しくなった。事業主は、骨壊死手術を行ったダイバーの雇用を渋った。現在、建設日雇いで生計を立てている彼は、当時の手術を後悔している。
「手術をしなくても良かったと思います。他の人のように・・・・、その時手術をしないで我慢していれば良かった・・・・、訳もなく手術をして、仕事もできず、後悔で一杯です。」
民間潜水士25人中8人が骨壊死と診断
キム・スンジョンさんは20歳の時、海軍特殊部隊の海難救助戦隊(SSU)に服役して潜水の仕事を始めた。1972年から5年6ヵ月間の海軍生活を終えて下士に転役した。その後、軍生活の経歴を基に産業潜水士になった。産業潜水士は、水中で、橋脚、船舶接岸施設、埠頭や防波堤のような構造物を設置・補修したり、人命を救助する仕事をする。仕事が厳しく危険なため、通常の日当が50万ウォン(今年)と高い方だ。水深と業務の難易度によって更に高い日当を受け取ったりもする。多くのダイバーが、業者に雇用されるよりもフリーランサーとして働く理由だ。一時的に企業に籍を置くこともあったが、キム・スンジョンさんもほとんどの歳月をフリーランサーとして働いた。生計に不足はなかった。
生計が傾いたのは、セウォル号の救助作業に参加して骨壊死の診断を受けた2014年7月からだ。セウォル号内に閉じ込められて取り出せない遺体を収拾するために、安全規定も無視したまま、2~3ヶ月間の詰め込み労働をした直後だ。
「もともとダイバーは、海中に20メートル以上潜ると、12時間は仕事をしてはいけません。そうすれば、体内の気泡が全部抜けるんです。しかし、その時は人がいないので、6時間ごとに一回ずつ潜りました。」
海洋警察には、水深の深いところに潜って遺体を引き揚げられる人がいなかった。国の空白をキム・スンジョンさんを始め、25人の民間潜水士が埋めた。陸で子供を待っている親のために、自分の体が傷付くことも厭わず働いた。
「今でも時々思い出します。子供たちがかわいそうで。一つの客室に普通7~8人ずついなければならないのに、ある客室に行くと25人、ある客室に行くと4~5人いたりするんですよ。子ども同士で手をぎゅっと握った子もいれば、抱きしめた子もいて・・・・。」
遺体の引き揚げが最終段階に入った7月頃、海洋警察が民間潜水士に、撤収を一方的に通知した。その後、25人の潜水士はソウル病院で健康検診を受け、8人が骨壊死の診断を受け、2人は手術を受けた。キム・スンジョンさんは直ぐに手術を受けなければならないほど状態が悪かった。今、彼はその時の選択をひどく後悔している。
勤労福祉公団、2022年6月に骨壊死で労災認定
消滅時効が過ぎ、障害手当は不承認
「骨壊死の手術後は、潜水の仕事ができないわけではないのに、会社は骨壊死の病歴があると全く使わないんです。だから、残りの人たちは手術をせずに、鎮痛剤で耐えているのです。それとも全く違う職業に変わったりして・・・・。」
キム・スンジョンさんは現在、建設日雇いとして働いている。補助業務をすれば一日当り14万~15万ウォンを受け取れる。しかし、景気が良くない上、高齢の彼を歓迎するところは多くはない。12日に会った時、紹介所からの連絡がなく、仕事をせずに10日程になったと言った。決まった所得は基礎老齢年金だけだ。
「食べて行く方法が解りません。今は基礎老齢年金で耐えています。国民年金を掛けておけば良かったのに、加入していませんでした。後悔しています。生活が少し厳しくてもそうしておくべきだったのに・・・・、子供を育てようと思って稼いだお金を全部使いました」
キム・スンジョンさんのようにフリーランサーとして働くダイバーは、国民年金の地域加入者として年金保険料を納付しなければならない。事業場の加入者は9%の保険料を事業主と折半して払うが、地域加入者は全額払わなければならない。今直ぐに効果が感じられないのに負担が大きく、国民年金地域加入者対象の45%程度(2022年4月基準)が、キム・スンジョンさんのように老後保障の死角地帯にある。地域加入者に二人に一人は年金保険料を納付していないということだ。
2022年6月に勤労福祉公団統営支社がキム・スンジョンさんの骨壊死を労災と認定して、苦しかった歳月が補償されるようだった。
労災が認められた年の12月、キム・スンジョンさんは障害手当を申請した。しかし、公団は昨年5月、障害手当請求権の消滅時効の起算日は治療が終わった2014年1月14日で、消滅時効から三年が過ぎているとして不承認を通知した。キム・スンジョンさんのかすかな希望さえ消えた。
イ・ヨンマン公認労務士は「障害手当の消滅時効の起算は、業務上の理由で負傷したり病気に罹ったことが確認された後、当該の負傷や疾病が治癒され、身体に障害があるとされた日から進行する。」「勤労福祉公団が骨壊死に対して最初の療養給与を承認した2022年6月21日から、被災者の障害手当の請求権が進行すると見るべきだ」と話した。労災が認められた日から三年、すなわち2025年6月までが消滅時効という主張だ。
信頼を失った国家
キム・スンジョンさんをはじめとするダイバーは、もう国を信じない。海洋警察の代わりにメンゴル水道に飛び込んだ彼らに帰ってきたのは、責任転嫁、生業の喪失による生活苦だけだ。
2020年5月、国家被害補償から除外された民間潜水士も、医療・心理の支援を受けられるようにした「キム・グァンホン法(4・16セウォル号惨事被害救済と支援などのための特別法改正案)」が通過したが、骨壊死は支援対象から外された。
昨年3月、海洋警察庁は、民間ダイバーが政府に治療費を請求する場合、審議手続きを経るように「セウォル号惨事救助参加民間ダイバー医療支援金支援指針」を改正施行した。これまでは、潜水士が本人の負担金なしで治療を受けることができたが、改正指針が施行されて、潜水士が治療費を納付した後で療養給与の費用を請求すれば、海洋警察中央海洋捜索救助技術委員会が、潜水士の治療行為とセウォル号救助作業との関連性を判断して、治療費を支給する方式に厳しくされた。
キム・スンジョンさんは「昨年からは病院に行っても、お金を払って治療を受けなければならない状況」で、「国は書類を添付して療養手当を申請しろというが、私はやり方も知らないし、そのまま私のお金で治療を受けている」と話した。
「今は、再び海難事故が起きても、国がするのなら民間ダイバーは逃げる。こんな待遇で誰が行くと思いますか。」
セウォル号惨事の当時、命を懸けて誰かの家族を陸に引き上げた潜水士たちは、もはや国を信じることができない。
2016年6月、潜水病とトラウマ、深刻な生活苦で命を絶ったキム・グァンホン潜水士は、2015年9月に国会・安全行政委員会の国政監査の証人として、このように話した。
「私たちが良心的に現場に行ったことが罪だったのです。どんな災難にも国民を呼ばないでください。政府が自分でやるべきです。」
セウォル号惨事の直後に出た「国はどこにありますか」という質問に対する答えを未だに聞いていない。
2024年4月16日 毎日労働ニュース カン・イェスル記者
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