なぜオランダは欧州でもっとも低いアスベスト職業曝露限界値をもっているのか?ペン・ホイツ(ジャーナリスト), HesaMag, Spring 2023
1994年の禁止以来、オランダは、発がん性物質として知られるアスベストについて、欧州における基準になっている低い職業暴露限界値(OEL)を設定した。2017年、同国はOELをさらに引き下げ、1立方メートル当たり2,000本とした。現行の欧州基準である1立方メートル当たり10万繊維、さらには欧州委員会の最新の提案である1万本への引き下げと比べても、オランダは際立っている。労働組合、使用者と国家機関が一体となって、いかにしてこの大幅な引き下げを達成したのか、そしてそれは実際に機能しているのか?
オランダ労働組合連盟(FNV)政策顧問のヴィム・ヴァン・ヴェーレン[Wim van Veelen]は、アスベスト繊維への職業曝露に関して、オランダが欧州でもっとも低いOELをもっている理由を説明するのに苦労しない。「イギリスと並んで、オランダは欧州で最大のアスベストの山の上に座っている、と彼は説明する。いまだに毎年800人以上が、アスベストへの曝露の結果として、中皮腫で亡くなっている。1994年にアスベストが禁止される前、われわれはいたるところでアスベストを使用していた。
優れていて安いだけでなく、断熱・耐火材として耐久性もあった。屋根、扉、階段、壁、天井、設備、ブレーキライニングや輸送にも使われた。アスベストが使われていなかったのは何だろう?また、われわれはアスベストが職場におけるもっとも危険な殺人者であることを知っているため、労働者が曝露する可能性のある繊維の数を大幅に低減し、かつ可能な限り安全に作業できるよう、できることはすべて行ってきた。いかなる場合でも、職場における発がん物質への曝露に関して、オランダは一般的に厳しい」。
1994年にオランダでアスベストの使用・販売禁止が施行された後、オランダ労働条件法令には、1立法メートル当たり1万繊維(繊維/m3)という限界値が盛り込まれた。この法令には、職業リスクに対抗し、可能な限り安全で健康的な労働環境をつくりだすために、すべての使用者及び労働者が従わなければならない規則が盛り込まれている。国内のOELが1万本繊維/m3であっても、オランダは欧州のトップランナーだった。ほとんどの国は、(10倍高い)欧州基準である10万繊維/m3に固執したし、いまもしている。[2023年12月号に改正省令]
曝露限界値をめぐる論争
4年ごとに、国会議員に助言する独立した科学審議会であるオランダの保健評議会は、どの有害物質をより厳密に調査する必要があるか、また、現行のOELsが曝露と健康影響の観点からまだ十分に保護的であるかどうかを検討している。2010年にアスベストに再びスポットライトが当てられた。同評議会は、アスベストの健康リスクが予想以上に深刻であり、1万本繊維/m3という限界値がもはや適切ではないことを見出した。その結果、保健審議会は、閾値を、クリソタイルアスベストについて1万本繊維/m3から2,000繊維/m3に、アンフィボル[角閃石系]アスベストについて420繊維/m3に引き下げるよう勧告した。
しかし、紙の上で曝露レベルを下げたからと言って、自動的により安全な労働条件をつくりだしたり、リスクを低減するわけではない。曝露の引き下げは、職場で達成可能である必要があり、OELは技術的に測定可能である必要がある。オランダ応用科学研究機構TNOの事業開発マネージャーであるジョディ・シンケル[Jody Schinkel]は、このことを熟知している。彼はTNOでアスベストの件を担当している。社会問題・雇用省から、提案された閾値の引き下げが達成可能なものかどうか調査するよう依頼されたTNOは、アスベスト除去業者から収集した800件の個人曝露測定を評価した。「われわれは、アスベスト除去中の曝露レベルを調べた。どのような安全対策と個人用呼吸保護具が使用できるか、また、OELが測定可能かどうかを検討した。調査中、クリソタイル(2種類の繊維について勧告された閾値-2,000繊維)とアンフィボル(420繊維)が達成可能かどうか探求した。われわれは、これが初めての種類の例であると気づいた。しかし、アンフィボルの場合、既存の方法を使ったのでは、大気中の繊維濃度を420繊維/m3に引き下げることは技術的に不可能だった。しかも、そのような低濃度は、利用可能な分析技術ではほとんど測定可能でない。TNOの調査結果は、同国の国会議員のための重要な助言機関であるオランダの社会経済評議会が設置した『職場における物質の職業曝露限界値委員会』において、使用者と労働者によって議論された。2014年に社会パートナーは、クリソタイルアスベストのOELを2,000繊維/m3に引き下げることに合意したが、アンフィボルアスベストの限界値については使用者代表と労働者代表が合意できなかったために、FNVの意向に反して、数年間1万繊維のままだった。」
3年後、労使はついにアンフィボルアスベストのOELの引き下げについて合意し、賛成する勧告が大臣に提出されて、法律に規定された。オランダ最大の労働組合FNVの代表として長年この委員会に参加してきたヴィム・ヴァン・ヴェーレン[Wim van Veelen]は、「引き下げた限界値の導入については少しもめた」と言う。「使用者はもちろん、閉鎖や他国への移転を余儀なくされるかもしれないと激しく文句を言った。そして、われわれは労働者として、安全で健康的な職場の重要性を強調した。結局のところ、われわれは、あまりにも多くの労働者の命を奪ってきた、このもっとも発がん性の高い物質について話しているのである。オランダでは、使用者はこのことを十分認識しているが、必ずしもそれに従って行動しているわけではない」。
2017年、すべての種類のアスベストについて2,000繊維/m3という法定値が導入された。この曝露レベルでは、曝露労働者における中皮腫または肺がんを発症する残余リスクは十分に低く、許容できると考えられた。
欧州基準
欧州では、アスベストについての国内OELが国によって異なっている。多くの国が、10万繊維/m3という欧州基準を適用しているが、欧州委員会は、フランスやドイツなどの国内の基準に合わせて、1万繊維/m3に引き下げることを望んでいる。欧州の労働組合は、1,000繊維/m3を目標としている。曝露労働者がアスベスト関連がんを発症する残余リスクは、1,000繊維/m3のOELのほうが1万繊維/m3のOELよりも10倍低い。
TNOの結論のひとつは、調和化された欧州のアプローチが公平な競争の場に貢献するということである。測定・分析方法の統一もこの一環である。TNOの意見は純粋に科学的なものであり、政策や保健上の助言とは無関係であることを強調するシンケル[Schinkel]は、「繊維を測定・計測するのに欧州で全員が同じアプローチを採用できればいいことだろう」と言う。「現在は国によって様々な方法が適用され、様々な結果を生み出している。アスベストの除去は、どこでも同じ条件下で、同じ安全な方法で実施されるべきである。オランダは、2,000繊維/m3を採用して、前向きな一歩を踏み出しており、それは実際に達成可能なものである」。
「もっとも進んだ技術のおかげで、本当に危険な物質への低曝露が規範になっている国の実例に、欧州が従わないなど本当にどうかしている。これは労働者の健康利益につながることだ。欧州全体の曝露限界値が低ければ低いほど、職場はより安全になる」と、FNVのヴィム・ヴァン・ヴェーレン[Wim van Veelen]は言い、国によって異なっている現状は、アスベストに曝露するリスクがどの国でも同じであるという事実に反していると怒る。「ブルガリアやルーマニアの労働者は、オランダの労働者よりも大きなリスクを負わなければならないのか?欧州は、すべての労働者が同じ保護を期待できるはずではないのか?」。
ヴァン・ヴェーレン[van Veelen]は、測定方法の違いが悪用されているために、欧州の議論は正直に行われていないと感じている。「他の諸国は、より細い繊維の種類を測定しているために、結果が異なる。これを根拠に、欧州委員会は、提案している1万本繊維/m3はオランダの2,000繊維/m3と少し似ていると主張している。これは公正な比較ではない。欧州の加盟国が異なる測定方法と計測ルールを用いることは許されるべきではない。何を測定するのか、そのためにどのような危機を使用するのかを厳密に決定する必要がある。それが基本だ。オランダがこれほど大量のアスベストをより厳しい基準で除去することができるのであれば、他の国も必ずできるはずだ。われわれは、これについてよいアプローチをもっている。使用者と労働者は、この曝露限界値について合意している。だからこそ、われわれは、必要なアスベスト除去プロジェクトの間、労働者の保護に投資しているのである」。
厳しい執行
限界値を引き下げるのは、労働者の曝露が減ることを期待してのことであると、TNOのジョディ・シンケル[Jody Schinkel]は語る。「しかし、基準を満たすために使用者はなお新たな措置を遵守しなければならず、それが監視される必要がある。責任は使用者と労働者にある。危険性を認識していることが重要である。たんに規則を執行するだけでは十分ではない」。FNVのヴィム・ヴァン・ヴェーレン[Wim van Veelen]は、オランダにおける過去のアスベスト除去業者の世界を、多くのカウボーイのいる濁った世界だったと語る。彼によれば、除去に関する厳しい規則が、現在より多くの除去業者が規則に従うことを確保するようになり、その結果、作業中の労働者の保護が強化されたという。
アスベストを除去とする企業は認証を受けなければならず、認証機関は年数回訪問して、要求事項を満たしているかどうかチェックする。さらに、社会問題・雇用省の一部である、オランダ労働局が、オランダ労働条件法の遵守を監督している。アスベストが適切に除去されていないと疑う監督官は、アスベストを専門とする監督官に連絡する。さらに、環境庁(州と自治体の協力)の約100人の監督官が、公衆及び環境に対するリスクという観点から、アスベスト除去プロジェクトを監督している。「環境庁や認証機関によるこの広範な監督は、チェックが集中的であることを意味している。われわれは互いに補完し合っている」と、オランダ労働局のアスベスト・プログラム・マネージャーであるルイーズ・ホンテレス[Louise Hontelez]は話す。チェックされたアスベスト除去企業のおよそ3分の1が不適合と判明している。しかし、罰則は厳しく、罰金を科すことから操業停止や廃業を命じることまである。
※https://www.etui.org/publications/time-act-asbestos
安全センター情報2024年3月号