『移住漁船員』半分の労災補償金、合理的な差別という裁判所 2023年12月04日 韓国の労災・安全衛生
ベトナム国籍のAさんは、韓国の漁船でワタリガニ・イカ・エビなどの海産物を捕る仕事をした。一度海に出ると5~6日間は帰れなかった。一日6時間の睡眠時間を除けば休息はなかった。気象の悪化で船舶が出港できないときは休めるが、事実上休日は与えられなかった。無理な操業は結局事故に繋がった。2020年5月4日の午前7時頃、Aさんは網を巻いていたときに鉄線に手を巻き込まれ、右手の親指を切断し、肩を骨折するという重傷を負った。
移住民は韓国人の災害補償の平均賃金の半分を下回る
Aさんの労災はどのように補償されたか。漁船員災害補償保険を運営する水産業協同組合中央会は、労使が定めた月186万2240ウォンを最低賃金として適用して障害補償一時金を支給した。問題は、Aさんが受け取った補償金が船員の災害補償時に適用される平均賃金(2020年基準で月458万3140ウォン)の半分にも満たない金額だということだ。水協が算定した平均賃金は、当時の船員の最低賃金の月221万5960ウォンにも遙かに足りなかった。
韓国人との賃金差別に、Aさんは裁判所に向かった。海洋水産部の「船員最低賃金告示」が、憲法上の平等の原則と勤労基準法に違反するということだ。現行の告示は、外国人船員特例を適用し、労使が従来の賃金水準を下回らない範囲内で、外国人船員の最低賃金基準を定めることができるとしている。また、災害補償時に適用される通常賃金と乗船時の平均賃金の最低額も、外国人の最低賃金と同じ金額にするよう約定している。Aさんは最低賃金の決定権限を労組と船主に再委任し、母法である船員法に違反し、これに伴う労使合意も無効だと主張した。乗船時の平均賃金、月458万3140ウォンを基準に算定した補償金を支給せよという趣旨だ。
一審のソウル行政裁判所は2021年8月、Aさんの手を挙げた。災害補償の際、移住漁船員も韓国人と同じ乗船時平均賃金を適用すべきだと判断した。「保険給付支給時の乗船平均賃金の最低額を、外国人船員の最低賃金と同じ金額とする」と定めた団体協約は、告示の委任の範囲を越えていて効力がないということだ。裁判所は「漁船員および漁船災害補償保険法は災害を迅速・公正に補償することによって漁船員を保護することを目的とする」とし、「外国人漁船員に対する災害補償時に、外国人漁船員が実際に受け取る賃金額と支給方法とに関係なく告示の乗船平均賃金を適用し、保険給付を支給することが立法趣旨に符合する」と判示した。
二審は「使用者の費用負担」、労働界は「憲法無視」
しかし、二審のソウル高裁は10月に一審を覆した。移住漁船員の賃金差別には合理的な理由があるということだ。裁判所は「(標準勤労契約書によって契約を締結した)外国人船員に対する勤労条件の内容は、内国人の船員と大きな差がある。」「食費や送還費用の支援などが問題にならない内国人船員とは異なり、外国人船員は、最低賃金を法令で一括的に定めることに困難があり、団体協約によってこれを自律的に決められるように再委任する必要性がある」と判断した。使用者が宿泊と送還費用を負担するため、賃金の算定時に費用負担を考慮する必要があるという意味だ。
交錯した下級審の判断によって、事件は最高裁に移された。移住労働界は、二審判決が国籍を理由にした差別処遇を禁止する憲法裁判所と最高裁の判決を無視するものだと糾弾した。船員移住労働者人権ネットワーク、難民人権センター、外国人移住労働運動協議会、移住労働者労働組合などは1日、最高裁の前で記者会見を行い、「外国人という理由で法を適用しないということは、自ら法を破ることと変わりがない」とし、法と原則による最高裁の判決を追求した。二審判決に関して「標準勤労契約書は、国の政策として推進された外国人材導入制度によって、船員移住労働者の人権侵害を防止するための最小限の装置」で、「莫大な送出費用、パスポートなど身分証の押収、劣悪な宿舎、賃金不払い、労災など、移住労働者に対する人権侵害を防止するものなのに、これを理由に最低賃金差別に合理的な理由があると言うことは、とんでもないことだ」と批判した。
「政府よりも後退した判決」最高裁の判断に影響が出る見通し
特に、二審の判決は人種差別だと声を高めた。移住労組のウダヤ・ライ委員長は「船主はパスポートを差し押さえ、船員労働者の安全と休息よりは自身の利益だけを優先視し、労災が多発している。」「移住労働者の権利を制限するだけでも足りず、賃金を少なく受け取っても良いという判決までするのか」と青筋を立てた。移住と人権研究所のイ・ハンスク所長は、「巨額の借金に縛られ、身分証と給与通帳を押収されたまま、最低賃金でも差別され、加えて命の値段さえ限りなく安い移住漁船員の実態は、政府が批准している国連人身売買防止議定書や、ILO強制労働協約に照らして、明白な強制労働」と指摘した。
政府の方針よりも後退した判決だという批判も殺到した。Aさんの代理人のパク・ヨンア弁護士は「海洋水産部は昨年、2026年までに移住漁船員に対する最低賃金差別をなくすと発表した。」「こういう状況で、最低賃金差別に合理的な理由があるという裁判所の判決は理解できない」と批判した。更に「船主が送還費用を負担することは、最低賃金を差別する理由にはならない。」「海外人材の導入は、中間搾取と人身売買を伴う危険が非常に大きく、これを防止するために、募集と斡旋手数料、関連費用を労働者に負担させないことがILOが定めた国際基準である」と強調した。
最高裁の判断によっては今後の類似の訴訟にも影響を及ぼすものとみられる。現在、移住漁船員が起こした訴訟は、下級審に4件が係留中だ。先立って35トン級の船舶で働いていて指を骨折したインドネシア国籍の漁船員が提起した訴訟でも、昨年1月、ソウル行政裁判所が、韓国人と同じ賃金基準で労災補償金を支給すべきだと判断した経緯がある。
2023年12月4日 毎日労働ニュース ホン・ジュンピョ記者
http://www.labortoday.co.kr/news/articleView.html?idxno=218606