ILO:労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康影響:グローバルレビュー(2021.5.7) 知見の概要:アスベスト
▶アスベストとは、クリソタイルやクロシドライト、アモサイト、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライトなどの自然界に存在する鉱物の一群を指す。もっともよく知られているのはクリソタイルであるが、すべての種類のアスベストが職業性発がん物質である。
▶アスベストへの職業曝露は 例えば、アスベストやアスベスト含有物を取り扱う際などに、アスベストに汚染された空気から繊維を吸い込むことによって起こる。
▶アスベストへの職業曝露は、世界で毎年推計223,000人の死亡を引き起こし、世界で約1億2500万人が職場でアスベストに曝露していると推計されている。
▶アスベストの主要生産者は世界各国にアスベストを輸入し続けており、とりわけ低中所得諸国(LMICs)で使用量が増加している一方で、他の諸国では規制により使用が減少している。
▶アスベストは、建設業など、肉体労働をともなう職業で主に使用されていることから、アスベストへの職業曝露は、アスベスト紡織業を除き、主に男性で生じている。女性は、二次曝露や消費者製品による曝露のリスクが高い。
主要な曝露業種:鉱業、建設業、農業・プランテーション・その他農村部門、自動車産業、保護衣
主要な健康影響:がん(中皮腫、肺・喉頭・卵巣がん)、石綿肺と胸膜疾患
職業曝露の世界負荷:1億2,500万人超
労働関連健康影響:233,000人超の死亡
曝露
職業曝露は、アスベスト(またはアスベストに汚染された他の鉱物)の採掘・精製、アスベスト含有製品の製造または使用、建設業、自動車産業や、(アスベスト含有廃棄物の輸送・処理を含め)アスベスト除去業で、吸入を通じて、またそれよりは少ないが経口摂取、を通じて生じる。現在、50加か国以上がアスベストを禁止している。LMICsはこの有害物質の使用を大幅に増加させつつある。現在の世界合計生産量はなお110万トンあると推計されている。世界生産量のピークは1975年の509万トンと推計され、約25か国がアスベストを生産し、85か国がアスベスト製品を製造していた。
現在、世界で約1億2500万の人々がアスベストに曝露している。アメリカの労働安全衛生庁(OSHA)は2008年に、アメリカで建設業と一般産業で130万の労働者が、仕事で大量のアスベスト曝露に直面していると推計した。欧州では、CAREX研究によって、アスベストに曝露する労働者数の推計が開発されてきた。1990~1993年に収集された既知及び疑われる発がん物質への職業曝露に基づいて、CAREXデータベースは、EU15加盟国の41の業種で合計120万の労働者がアスベストに曝露していると推計した。CARREXカナダは、職場で152,000人のカナダ人がアスベストに曝露していると推計している。
健康影響
がん
アスベストは、国際がん研究機関(IARC)によってヒトに対する発がん性(グループ1)と分類されており、すなわち、すべての種類のアスベストのヒトに対する発がん性については十分な証拠が存在している。アスベストは、中皮腫や肺・喉頭・卵巣のがんを引き起こす。また、アスベスト曝露と咽頭・胃・結腸直腸のがんの間の関連性も観察されている。結腸直腸がんのリスクの増大も確認されている。フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンにおける、5,000件を超す胆管がんについての最近の症例対照研究は、アスベストへの職業曝露と胆管がんのリスクとの間のポジティブな関係を示している。
アスベストへの職業曝露は、多くの疾病-中皮腫、肺がん、喉頭・卵巣がんと石綿肺-による、世界で毎年推計233,000人の死亡を引き起こしている。この推計は、より限られた数の疾病(肺がん、中皮腫と石綿肺)に基づいた、毎年105,000人の死亡というWHOによる以前の推計よりはるかに多い。しかし、アスベストとポジティブに関係していた他の種類のがん(咽頭・胃・結腸直腸がん)を考慮していないことから、最新の推計でさえなお過少推計になっている可能性がある。さらに、アスベストは中皮腫よりも肺がんを引き起こす可能性の方が高いことから、アスベスト関連肺がんの総負荷の推計はなお過少評価になっているかもしれない。WHOは、クリソタイル曝露による肺がん罹患対中皮腫について、6:1の比率と推計している。
石綿肺と胸膜疾患
石綿肺は、アスベスト繊維の吸入によって引き起こされるじん肺の一種であり、主として職業曝露の結果として生じる。WHOは、石綿肺による年間死亡数を7,000人から24,000人と推計した。WHO/ILOは現在一連の系統的レビューを実施しており、石綿肺に関する世界疾病負荷(GBD)の新しい推計を知らせるだろう。アスベスト曝露はまた、肺や胸腔を包む胸膜と呼ばれる膜に変化を引き起こす、非がん性肺疾患である胸膜疾患の原因にもなる。
地域的傾向
2018年に、主要なアスベスト生産国は、ロシア(650,000トン)、カザフスタン(220,000トン)、中国(100,000トン)、ブラジル(100,000トン)だった。アスベスト生産量の半分は中国とインドで使用されていると推定されており、ブラジル、インドネシア、ロシアがそれに続いている。
主要な生産国はアスベストを生産し続け、、世界各国、とりわけLMICsに輸出し続けている。アジア、アフリカ、そしてラテンアメリカの一部の国で、アスベストの大量使用が続いている。中国とインドが主要な消費国である。インドは、アスベストの生産はないか、わずかであるが、アスベスとセメントやパイプの製造が飛躍的に伸びて、主要な輸入国になっている。数少ない疫学研究は、アスベスト消費の歴史のある自治体における中皮腫の集団発症の明らかな証拠や、アルゼンチンとブラジルにおけるその発症率の増加が予測されることを示している。
事例研究:コロンビア・シバテのアスベストセメント工場の多次元的影響
コロンビアではアスベスト産業は、1942年にシバテに所在するアスベストセメンと工場ではじまった。近年、アスベスト関連疾患と診断される人が異常に多いことについて、住民らが苦情を申し立てている。2015年に、診断されるアスベスト関連疾患の数が予想よりも多いかどうか検証するとともに、この町における潜在的なアスベスト曝露源を確認するために、シバテの状況を分析する調査が開始された。地理情報システムを利用して、シバテの都市部にある埋立地が確認され、そこには学校や様々なスポーツ施設が建設されていた。埋立地で採取された4つの土壌サンプルを分析した結果、地下に飛散性及び非飛散性アスベストの層があることが確認された。驚くことではないが、シバテにおける中皮腫の年齢調整済み推計発症率は、世界の他の都市、地域、国で報告されたものよりも高かった。
ジェンダーの役割
アスベスト曝露には、強いジェンダー的側面がある。アスベスト曝露のリスクが高い職業は一般的に、建設、採掘や解体など肉体労働をともない、男性が多く従事している。顕著な例外は、女性労働者の比率が高く、例えば保護衣など、アスベストがよく使われている、紡織業である。中国東南部のある調査は、予備の時間には家庭で手紡ぎを行う場合もある、紡織工場で働く労働者の中皮腫症例を調査した。中皮腫と確定診断された28人の労働者の全員が女性だった。
職業的ジェンダー差のために、女性は、アスベストに汚染されたタルクなどの家庭用品による曝露や、アスベストを扱う仕事をする家族が残留物を家庭に持ち帰ることによるものなど、アスベストへの二次曝露のリスクが高い。
選択された優先行動:アスベスト
国の政策措置の例
1986年ILOアスベスト条約(第162号)の批准。これには、予防、管理、アスベストへの職業曝露によるハザーズからの労働者の保護のためにとられるべき措置が含まれている。主要な条項は
▶アスベストまたはアスベスト含有製品をより有害性が少ないと評価された物質に置き換える。
▶アスベストまたはアスベスト含有製品を一定の作業プロセスで(完全または部分的に)禁止する。
▶アスベスト粉じんの大気中への飛散を防止または管理する措置を実施するとともに、曝露限界または基準が遵守されるよう確保する。
▶曝露を合理的に実行可能な限り低いレベルに低減させる。
政策決定者のための追加的行動
▶アスベストへの曝露から労働者を保護するために、国の労働安全衛生計画に諸措置を含める。
▶アスベストの今後の使用を根絶する。
▶アスベスト関連疾患根絶のための国家計画を策定する。
▶アスベスト除去中に実施されるアスベストへの曝露を予防するための措置に関する法令上の規制や手引きを確立する。
▶過去及び/または現在アスベストに曝露する労働者の登録を確立し、曝露労働者の医学的監視を組織し、アスベスト関連疾患の早期診断、治療及びリハビリサービスを改善する。
▶職業ハザーズを最小化させる将来設計による安全を通じて予防を促進する。
職業曝露限界(OELs)
▶様々な種類のアスベストに対するOELsを更新・実施・執行するとともに、それらのOELsの国際的調和を確保する。
▶確立されたOELsとしては、欧州連合のアスベストの気中濃度についての単一の最大限界値が、8時間加重平均(TWA)として、0.1繊維/cm3である(現在、欧州化学機関(ECHA)によって見直し検討中である)。
現実的な職場介入の例
▶クリソタイルアスベストを相対的に安全な物質で置き換えるとともに、既存のすべての種類のアスベストへの潜在的曝露を予防する。
▶契約者や供給者の間でクリソタイルアスベストの使用の根絶を促進する。
▶様々な種類のアスベストによる汚染に対して労働環境を監視する。
▶アスベストを扱う作業について、曝露限界及び技術的基準の遵守を確保する。
▶曝露源でアスベスト曝露を管理するための工学的措置を確立する。アスベストへの潜在的曝露をともなう活動に従事する労働者に特別訓練を提供する。
▶無料で適切な個人保護機器(PPE)を提供する。
▶アスベストに曝露した労働者の登録及び医学的監視を確保する。
▶既存のすべての種類のアスベストの確認及び適切な管理を促進する。