【論文抄録紹介】長時間労働への曝露の虚血性心疾患及び脳卒中に対する影響:WHO/ILO傷病の労働関連負荷共同推計による系統的レビューとメタアナリシス(2020年9月発行の2論文)

【論文抄録紹介①】長時間労働への曝露の虚血性心疾患に対する影響:WHO/ILO傷病の労働関連負荷共同推計による系統的レビューとメタアナリシス

背景:

世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)は、専門家の幅広いネットワークからの貢献を得て、傷病の労働関連負荷の共同推計(WHO/ILO共同推計)を開発しつつある。機構的データは、長時間労働への曝露が虚血性心疾患(IHD)を引き起こす可能性があることを示唆している。本論文でわれわれは、WHO/ILO共同推計の開発のために、長時間労働への曝露に起因するIHDによる死亡数と障害調整生命年数を推計するためのパラメーターの系統的レビューとメタアナリシスを示す。

目的:

われわれは、IHD(3つの結果:有病率、発症率及び死亡率)に対する、標準的労働時間(週35-40時間)と比較した、長時間労働への曝露(3つの範疇:週41-48、49-54及び55時間以上)の影響の系統的レビューとメタアナリシス推計をすることを目的とした。

データソース:

われわれは、可能な場合に、系統的レビューの枠組みを組織化するものとしてナビゲーションガイドを適用する、プロトコルを開発及び公開した。われわれは、MEDLINE、Scopus、Web of Science、CISDOC、PsycINFO及びWHO ICTRPを含め、公開済み及び未公開の潜在的な関連記録について電子学術データベースを検索した。われわれはまた、灰色文献データベース、インターネット検索エンジンと組織ウエブサイト及びこれまでの系統的レビューの手作業で検索されたリスクを検索するとともに、さらに専門家とも相談した。

研究の適格性と基準:

われわれは、WHO及び/またはILO加盟国すべてのフォーマル及びインフォーマル経済における労働年齢(15歳以上)の労働者を含めたが、子ども(年齢15歳未満)及び無給の家事労働者は除外した。われわれは、ランダム化比較試験、コホート研究、症例対照研究、及び、IHD(有病率、発症率及び死亡率)に対する、標準的労働時間(週35-40時間)と比較した、長時間労働への曝露(週41-48、49-54及び55時間以上)の影響の推計を含んだその他の非ランダム化介入研究を含めた。

研究の評価と統合の方法:

少なくとも2人のレビュー著者が独立に、最初の段階で適格基準に対して題名と抄録を、また第2段階で潜在的に適格な記録の全文をスクリーニングし、その後的確な研究からデータを抽出した。欠けているデータは主著者に求めた。われわれはランダム効果メタアナリシスを用いて相対リスクを組み合わせた。2人以上のレビュー著者が、ナビゲーションガイド、GRADEツール及び本プロジェクトで採用したアプローチを用いて、バイアスのリスク、証拠の質及び証拠の強さを評価した。

結果:

3つのWHO地域(アメリカ、ヨーロッパ及び西太平洋)の13か国の合計768,751人の参加者からなる合計37の研究(26の前向きコホート研究と11の症例対照研究)が包含基準を満たした。曝露はすべての研究において自己報告を用いて計測され、結果は行政的保険記録(30の研究)及び自己報告による医師の診断(7つの研究)によって評価されていた。結果は、19の研究(8つのコホート研究と11の症例対照研究)では非致死的IHD事象、2つの研究(ともにコホート研究)では致死的IHD事象、及び16の研究(すべてコホート研究)では非致死的または致死的(混合)事象として定義されていた。われわれは、コホート研究はバイアスのリスクが相対的に低いと判断したことから、コホート研究による証拠を優先し、症例対照研究による証拠は支持的証拠として扱った。適格な研究による両方の結果(すなわちIHD発症率と死亡率)の本体について、(少なくともコホート研究については)バイアスのリスクの重大な懸念はもたなかった。

IHD有病率に対する長時間労働の影響に関して適格な研究はみつからなかった。週35-40時間労働と比較して、週41-48時間労働(相対リスク(RR)0.98、95%信頼区間(CI)0.91-1.07、20研究、参加者312,209人、I2 0%、証拠の質低)及び週49-54労働(RR 1.05、95%CI 0.94-1.17、18研究、参加者308,405人、I2 0%、証拠の質低)のIHDになること(または発症率)に対する影響に関しては不確かであった。週35-40時間労働と比較して、週55時間以上労働は、1年と20年の間フォローアップした場合、IHDになることのリスクにある程度、臨床的に意味のある増加をもたらすかもしれない(RR 1.13、95%CI 1.02-1.26、22研究、参加者339,680人、I2 5%、証拠の質中)。

週35-40時間労働と比較して、週41-48時間労働(RR 0.99、95%CI 0.88-1.12、13研究、参加者288,278人、I2 8%、証拠の質低)及び週49-54時間労働(RR 1.01、95%CI 0.82-1.25、11研究、参加者284,474人、I2 13%、証拠の質低)のIHDによる死亡に対する影響に関してはきわめて不確かだった。週35-40時間労働と比較して、週55時間以上労働は、8年と30年の間フォローアップした場合、IHDにより死亡することのリスクにある程度、臨床的に意味のある増加をもたらしたかもしれない(RR 1.17、95%CI 1.05-1.31、16研究、参加者726,803人、I2 0%、証拠の質中)。

サブグループ分析では、WHO地域及び性別による相違の証拠はみつからなかったが、SESの低い者においてRRが相対的に高かった。感度分析では、結果の定義(非致死的のみまたは致死的対「混合」)、結果の測定方法(保健記録対自己報告)及びバイアスのリスク(何らかのドメインにおける「高」/「おそらく高」のレート付け対すべてのドメインにおける「低」/「おそらく低」)による相違は見出さなかった。

結論:

われわれは、人の証拠についての既存の証拠を、IHDの有病率、発症率及び死亡率に対する週41-48及び49-54時間の曝露範疇について、並びに、IHDの有病率に対する週55時間以上労働の曝露範疇について、「有害性について不十分な証拠」と判定した。週55時間以上労働への曝露に関する証拠は、IHDの発症率及び死亡率に対して「有害性について十分な証拠」と判定された。週55時間以上労働への曝露に起因するIHDの負荷について推計をつくることは証拠に基づいていると思われ、本系統的レビューで示したプール化影響推計はWHO/ILO共同推計の入力データとして使うことができる。

Jian Li, et al., “The effect of exposure to long working hours on ischaemic heart disease: A systematic review and meta-analysis from the WHO/ILO Joint Estimates of the Work-related Burden of Disease and Injury”, Environment International 142 (2020)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0160412020323047

【論文抄録紹介②】長時間労働への曝露の脳卒中に対する影響:WHO/ILO傷病の労働関連負荷共同推計による系統的レビューとメタアナリシス

背景:

世界保健機関(WHO)と国際労働機関(ILO)は、専門家の幅広いネットワークからの貢献を得て、傷病の労働関連負荷の共同推計(WHO/ILO共同推計)を開発しつつある。機構的データは、長時間労働への曝露が脳卒中を引き起こす可能性があることを示唆している。本論文でわれわれは、WHO/ILO共同推計の開発のために、長時間労働への曝露に起因する脳卒中による死亡数と障害調整生命年数を推計するためのパラメーターの系統的レビューとメタアナリシスを示す。

目的:

われわれは、脳卒中(3つの結果:有病率、発症率及び死亡率)に対する、標準的労働時間(週35-40時間)と比較した、長時間労働への曝露(3つの範疇:週41-48、49-54及び55時間以上)の影響の系統的レビューとメタアナリシス推計をすることを目的とした。

データソース:

可能な場合に、系統的レビューの枠組みを組織化するものとしてナビゲーションガイドを適用する、プロトコルが開発及び公開された。われわれは、MEDLINE、Scopus、Web of Science、CISDOC、PsycINFO及びWHO ICTRPを含め、公開済み及び未公開の潜在的な関連記録について電子学術データベースを検索した。われわれはまた、灰色文献データベース、インターネット検索エンジンと組織ウエブサイト及びこれまでの系統的レビューの手作業で検索されたリスクを検索するとともに、さらに専門家とも相談した。

研究の適格性と基準:

われわれは、WHO及び/またはILO加盟国すべてのフォーマル及びインフォーマル経済における労働年齢(15歳以上)の労働者を含めたが、子ども(年齢15歳未満)及び無給の家事労働者は除外した。われわれは、ランダム化比較試験、コホート研究、症例対照研究、及び、脳卒中(有病率、発症率及び死亡率)に対する、標準的労働時間(週35-40時間)と比較した、長時間労働への曝露(週41-48、49-54及び55時間以上)の影響の推計を含んだその他の非ランダム化介入研究を含めた。

研究の評価と統合の方法:

少なくとも2人のレビュー著者が独立に、最初の段階で適格基準に対して題名と抄録を、また第2段階で潜在的に適格な記録の全文をスクリーニングし、その後的確な研究からデータを抽出した。欠けているデータは主著者に求めた。われわれはランダム効果メタアナリシスを用いて相対リスクを組み合わせた。2人以上のレビュー著者が、ナビゲーションガイド、GRADEツール及び本プロジェクトで採用したアプローチを用いて、バイアスのリスク、証拠の質及び証拠の強さを評価した。

結果:

3つのWHO地域(アメリカ、ヨーロッパ及び西太平洋)の8か国の合計839,680人の参加者からなる合計22の研究(20の前向きコホート研究と2つの症例対照研究)が包含基準を満たした。曝露はすべての研究において自己報告を用いて計測され、結果は行政的保険記録(13の研究)、自己報告による医師の診断(7つの研究)、一人の医師による直接診断(1つの研究)または医学的インタビュー(1つの研究)によって評価されていた。結果は、9つの研究(7つのコホート研究と2つの症例対照研究)では非致死的脳卒中事象、2つの研究(ともにコホート研究)では致死的IHD事象、、1つのコホート研究では致死的脳卒中、及び12の研究(すべてコホート研究)では非致死的または致死的(混合)事象として定義されていた。コホート研究はバイアスのリスクが相対的に低いと判断され、それゆえわれわれはコホート研究による証拠を優先したが、症例対照研究による証拠は支持的証拠として扱った。適格な研究による両方の結果(すなわち脳卒中発症率と死亡率)の本体について、(少なくともコホート研究については)バイアスのリスクの重大な懸念はもたなかった。

脳卒中の発症率と死亡率に対する長時間労働の影響に関しては適格な研究がみつかったが、脳卒中の有病率に関してはみつからなかった。週35-40時間労働と比較して、週41-48時間労働による脳卒中発症率に対する影響に関しては不確かであった(相対リスク(RR)1.04、95%信頼区間(CI)0.94-1.14、18研究、参加者277,202人、I2 0%、証拠の質低))。週35-40時間労働と比較して、週49-54時間労働した場合には、脳卒中になるリスクの増加があったかもしれない(RR 1.13、95%CI 1.00-1.28、17研究、参加者275,181人、I2 0%、p 0.04、証拠の質中)。週35-40時間労働と比較して、週55時間以上労働は、1年と20年の間フォローアップした場合、脳卒中になるリスクにある程度、臨床的に意味のある増加をもたらしたかもしれない(RR 1.35、95%CI 1.13-1.61、7研究、参加者162,644人、I2 3%、p 0.04、証拠の質中)。

週35-40時間労働と比較して、週41-48時間労働(RR 1.01、95%CI 0.91-1.12、12研究、参加者265,937人、I2 0%、証拠の質低)、週49-54時間労働(RR 1.13、95%CI 0.99-1.29、11研究、参加者256,129人、I2 0%、証拠の質低)、及び週55時間以上労働(RR 1.08、95%CI 0.89-1.31、10研究、参加者664,647人、I2 20%、、証拠の質低)により脳卒中で死亡すること(死亡率)に対する影響に関して、われわれはきわめて不確かだった。

サブグループ分析では、WHO地域、年齢、性、社会経済状況及び脳卒中のタイプ別による相違の証拠はみつからなかった。感度分析では、脳卒中の発症率(サブグループの相違についてのp:0.05)、バイアスのリスク(何らかのドメインにおける「高」/「おそらく高」のレート付け対すべてのドメインにおける「低」/「おそらく低」)及びコンパレーター(確実な定義対おおよその定義)についての、週55時間以上労働対週35-40時間労働の比較を除いて、結果の定義(非致死的のみまたは致死的対「混合」)による相違は見出さなかった。

結論:

われわれは、人の証拠についての既存の証拠を、脳卒中の有病率と死亡率に対するすべての曝露範疇、及び、脳卒中の発症率に対する週41-48時間労働への曝露について、「有害性について不十分な証拠」と判定した。週48-54時間及び週55時間以上労働への曝露に関する証拠は、脳卒中の発症率に対して、各々「有害性について限定的な証拠」及び「有害性について十分な証拠」と判定された。週48-54時間及び週55時間以上労働への曝露に起因する脳卒中の負荷について推計をつくることは証拠に基づいていると思われ、本系統的レビューで示したプール化影響推計はWHO/ILO共同推計の入力データとして使うことができる。

Alexis Descatha, et al., “The effect of exposure to long working hours on stroke: A systematic review and meta-analysis from the WHO/ILO Joint Estimates of the Work-related Burden of Disease and Injury”, Environment International 142 (2020)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0160412019332118