リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドライン/2023(令和5)年10月17日 厚生労働省労働基準局安全衛生部労働衛生課

第1 趣旨・目的

本ガイドラインは、労働安全衛生規則等の一部を改正する省令(令和4年厚生労働省令第91号)による改正後の労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号。以下「安衛則」という。)第577条の2第3項及び第4項に規定する医師又は歯科医師による健康診断(以下「リスクアセスメント対象物健康診断」という。)に関して、事業者、労働者、産業医、健康診断実施機関及び健康診断の実施に関わる医師又は歯科医師(以下「医師等」という。)が、リスクアセスメント対象物健康診断の趣旨・目的を正しく理解し、その適切な実施が図られるよう、基本的な考え方及び留意すべき事項を示したものである。

第2 基本的な考え方

リスクアセスメント対象物健康診断のうち、安衛則第577条の2第3項に基づく健康診断(以下「第3項健診」という。)は、有機溶剤中毒予防規則(昭和47年労働省令第36号)第29条に基づく特殊健康診断等のように、特定の業務に常時従事する労働者に対して一律に健康診断の実施を求めるものではなく、事業者による自律的な化学物質管理の一環として、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第57条の3第1項に規定する化学物質の危険性又は有害性等の調査(以下「リスクアセスメント」といい、化学物質等による危険性又は有害性等の調査等に関する指針(令和5年4月27日付け危険性又は有害性等の調査等に関する指針公示第4号)に従って実施するものをいう。)の結果に基づき、当該化学物質のばく露による健康障害発生リスク(健康障害を発生させるおそれをいう。以下同じ。)が高いと判断された労働者に対し、医師等が必要と認める項目について、健康障害発生リスクの程度及び有害性の種類に応じた頻度で実施するものである。

化学物質による健康障害を防止するためには、工学的対策、管理的対策、保護具の使用等により、ばく露そのものをなくす又は低減する措置(以下「ばく露防止対策」という。)を講じなければならず、これらのばく露防止対策が適切に実施され、労働者の健康障害発生リスクが許容される範囲を超えないと事業者が判断すれば、基本的にはリスクアセスメント対象物健康診断を実施する必要はない。なお、これらのばく露防止対策を十分に行わず、リスクアセスメント対象物健康診断で労働者のばく露防止対策を補うという考え方は適切ではない。

第3 留意すべき事項

1 リスクアセスメント対象物健康診断の種類と目的

(1) 安衛則第577条の2第3項に基づく健康診断

第3項健診は、リスクアセスメント対象物に係るリスクアセスメントにおいて健康障害発生リスクを評価した結果、その健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合に、関係労働者の意見を聴き、必要があると認められた者について、当該リスクアセスメント対象物による健康影響を確認するために実施するものである。

なお、リスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う事業場においては、安衛則第577条の2第1項の規定により、労働者がリスクアセスメント対象物にばく露される程度を最小限度にしなければならないとされており、労働者の健康障害発生リスクが許容される範囲を超えるような状態で、労働者を作業に従事させるようなことは避けるべきであることに留意すること。

(2) 安衛則第577条の2第4項に基づく健康診断

安衛則第577条の2第4項に基づく健康診断(以下「第4項健診」という。)は、安衛則第577条の2第2項に規定する厚生労働大臣が定める濃度の基準(以下「濃度基準値」といい、労働安全衛生規則第五百七十七条の二第二項の規定に基づき厚生労働大臣が定める物及び厚生労働大臣が定める濃度の基準(令和5年厚生労働省告示第177号。以下「濃度基準告示」という。)に規定する八時間濃度基準値又は短時間濃度基準値をいう。)があるリスクアセスメント対象物について、濃度基準値を超えてばく露したおそれがある労働者に対し、当該リスクアセスメント対象物による健康影響(八時間濃度基準値を超えてばく露したおそれがある場合で急性の健康影響が発生している可能性が低いと考えられる場合は主として急性以外の健康影響(遅発性健康障害を含む。)、短時間濃度基準値を超えてばく露したおそれがある場合は主として急性の健康影響)を速やかに確認するために実施するものである。

なお、安衛則第577条の2第2項の規定により、当該リスクアセスメント対象物について、濃度基準値を超えてばく露することはあってはならないことから、第4項健診は、ばく露の程度を抑制するための局所排気装置が正常に稼働していない又は使用されているはずの呼吸用保護具が使用されていないなど何らかの異常事態が判明した場合及び漏洩事故等により濃度基準値がある物質に大量ばく露した場合など、労働者が濃度基準値を超えて当該リスクアセスメント対象物にばく露したおそれが生じた場合に実施する趣旨であること。

2 リスクアセスメント対象物健康診断の実施の要否の判断方法

リスクアセスメント対象物健康診断の実施の要否は、労働者の化学物質のばく露による健康障害発生リスクを評価して判断する必要がある。

(1) 第3項健診の実施の要否の判断の考え方

第3項健診の実施の要否の判断は、リスクアセスメントにおいて、以下の状況を勘案して、労働者の健康障害発生リスクを評価し、当該労働者の健康障害発生リスクが許容できる範囲を超えるか否か検討することが適当である。

  • 当該化学物質の有害性及びその程度
  • ばく露の程度(呼吸用保護具を使用していない場合は労働者が呼吸する空気中の化学物質の濃度(以下「呼吸域の濃度」という。)、呼吸用保護具を使用している場合は、呼吸用保護具の内側の濃度(呼吸域の濃度を呼吸用保護具の指定防護係数で除したもの)で表される。以下同じ。)や取扱量
  • 労働者のばく露履歴(作業期間、作業頻度、作業(ばく露)時間)
  • 作業の負荷の程度
  • 工学的措置(局所排気装置等)の実施状況(正常に稼働しているか等)
  • 呼吸用保護具の使用状況(要求防護係数による選択状況、定期的なフィットテストの実施状況)
  • 取扱方法(皮膚等障害化学物質等(皮膚若しくは眼に障害を与えるおそれ又は皮膚から吸収され、若しくは皮膚に侵入して、健康障害を生ずるおそれがあることが明らかな化学物質をいう。)を取り扱う場合、不浸透性の保護具の使用状況、直接接触するおそれの有無や頻度)

第3項健診の実施の要否を判断するタイミングについて、過去にリスクアセスメントを実施して以降、作業の方法や取扱量等に変化がないこと等から、リスクアセスメントを実施していない場合は、過去に実施したリスクアセスメントの結果に基づき、実施の要否を判断する必要があるので、安衛則第577条の2第11項に基づく記録の作成(同項の規定では、リスクアセスメントの結果に基づき講じたリスク低減措置や労働者のリスクアセスメント対象物へのばく露の状況等について、1年を超えない期間ごとに1回、定期に記録を作成することが義務づけられている。)の時期に、労働者のリスクアセスメント対象物へのばく露の状況、工学的措置や保護具使用が適正になされているかを確認し、第3項健診の実施の要否を判断することが望ましい。また、過去に一度もリスクアセスメントを実施したことがない場合は、安衛則第577条の2第3項及び第4項の施行後1年以内にリスクアセスメントを実施し、第3項健診の実施の要否を判断することが望ましい。なお、第3項健診の実施の要否を判断したときは、その判断根拠について記録を作成し、保存しておくことが望ましい。

さらに、第3項健診の実施の要否を判断した後も、安衛則第577条の2第11項に基づく記録の作成の時期などを捉え、事業者は、前回のリスクアセスメントを実施した時点の作業条件等から変化がないことを定期的に確認し、作業条件等に変化がある場合は、リスクアセスメントを再実施し、第3項健診の実施の要否を判断し直すこと。

(注1)以下のいずれかに該当する場合は、健康障害発生リスクが高いことが想定されるため、健康診断(①及び②については、経気道ばく露を想定しているため、歯科医師による健康診断を含むが、③及び④については、皮膚へのばく露を想定しているため、歯科医師による健康診断は含まない。)を実施することが望ましい。

① 濃度基準値がある物質について、労働者のばく露の程度が第4項健診の対象とならないものであっても、八時間濃度基準値を超える短時間ばく露が1日に5回以上ある場合等、濃度基準告示第3号に規定する努力義務を満たしていない場合

② 濃度基準値がない物質について、以下に掲げる場合を含めて、工学的措置や呼吸用保護具でのばく露の制御が不十分と判断される場合

ア リスク低減措置(リスクアセスメントを実施し、その結果に基づき講じられる労働者の危険又は健康障害を防止するための必要な措置をいう。以下同じ。)としてばく露の程度を抑制するための工学的措置が必要とされている場合に、当該措置が適切に稼働していない(局所排気装置が正常に稼働していない等)場合
イ リスク低減措置として呼吸用保護具の使用が必要とされる場合に、呼吸用保護具を使用していない場合
ウ リスク低減措置として呼吸用保護具を使用している場合に、呼吸用保護具の使用方法が不適切で要求防護係数を満たしていないと考えられる場合

③ 不浸透性の保護手袋等の保護具を適切に使用せず、皮膚吸収性有害物質(皮膚から吸収され、又は皮膚に侵入して、健康障害を生ずるおそれがあることが明らかな化学物質をいう(皮膚吸収性有害物質の一覧については、皮膚等障害化学物質等に該当する化学物質について(令和5年7月4日付け基発0704第1号)を参照のこと。)。以下同じ。)に直接触れる作業を行っている場合

④ 不浸透性の保護手袋等の保護具を適切に使用せず、皮膚刺激性有害物質(皮膚又は眼に障害を与えるおそれのある化学物質をいう(皮膚刺激性有害物質を含めた一覧については、厚生労働省のホームページに掲載の「皮膚等障害化学物質(労働安全衛生規則第594条の2(令和6年4月1日施行))及び特別規則に基づく不浸透性の保護具等の使用義務物質リスト」を参照のこと。)。以下同じ。)に直接触れる作業を行っている場合

⑤ 濃度基準値がない物質について、漏洩事故等により、大量ばく露した場合(注)この場合、まずは医師等の診察を受けることが望ましい。

⑥ リスク低減措置が適切に講じられているにも関わらず、当該化学物質による可能性がある体調不良者が出るなど何らかの健康障害が顕在化した場合

(注2)濃度基準値がないリスクアセスメント対象物には、発がんが確率的影響であることから、長期的な健康影響が発生しない安全な閾値である濃度基準値を定めることが困難なため濃度基準値を設定していない発がん性物質も含まれており、このような遅発性の健康障害のおそれがある物質については、過去の当該物質のばく露履歴(ばく露の程度、ばく露期間、保護具の着用状況等)を考慮し、リスクアセスメント対象物健康診断の実施の要否について検討する必要がある。

(注3)濃度基準値がないリスクアセスメント対象物には、職業性ばく露限界値等(日本産業衛生学会の許容濃度、米国政府労働衛生専門家会議(ACGIH)のばく露限界値(TLV-TWA)等をいう。以下同じ。)は設定されているが濃度基準値が検討中であり、そのため濃度基準値が設定されていない物質も含まれている。当該物質については、濃度基準値が設定されるまでの間は、職業性ばく露限界値等を参考にリスクアセスメントを実施することが推奨されている(労働安全衛生規則等の一部を改正する省令等の施行について(令和4年5月31日付け基発0531第9号)第4の7)ため、リスクアセスメント対象物健康診断の実施の要否の判断においては、当該職業性ばく露限界値等を超えてばく露したおそれがあるか否かを判断基準とすることが望ましい。

(注4)リスクアセスメント対象物健康診断のうち、歯科領域に係るものについては、歯科領域への影響について確立されたリスク評価手法が現時点ではないこと、歯科領域のリスクアセスメント対象物健康診断の対象である5物質(クロルスルホン酸、三臭化ほう素、5,5-ジフェニル-2,4-イミダゾリジンジオン、臭化水素及び発煙硫酸)については、歯科領域への影響がそれ以外の臓器等への健康影響よりも低い濃度で発生するエビデンスが明確ではないことから、歯科領域以外の健康障害発生リスクの評価に基づいて行われるリスクアセスメント対象物健康診断の実施の要否の判断に準じて、歯科領域に関する検査の実施の要否を判断することが適切である。

(注5)健康診断の実施の要否の判断に際して、産業医を選任している事業場においては、必要に応じて、産業医の意見を聴取すること。産業医を選任していない小規模事業場においては、本社等で産業医を選任している場合は当該産業医、それ以外の場合は、健康診断実施機関、産業保健総合支援センター又は地域産業保健センターに必要に応じて相談することも考えられる。その際、これらの者が事業場のリスクアセスメント対象物に関する状況を具体的に把握した上で助言できるよう、事業場において使用している化学物質の種類、作業内容、作業環境等の情報を提供すること。

(注6)同一の作業場所で複数の事業者が化学物質を取り扱う作業を行っている場合であって、作業環境管理等を実質的に他の事業者が行っている場合等においては、作業環境管理等に関する情報を事業者間で共有し、連携してリスクアセスメントを実施するなど、健康診断の実施の要否を判断するための必要な情報収集において、十分な連携を図ること。

(2) 第4項健診の実施の要否の判断の考え方

第4項健診については、以下のいずれかに該当する場合は、労働者が濃度基準値を超えてばく露したおそれがあることから、速やかに実施する必要がある。

・ リスクアセスメントにおける実測(数理モデルで推計した呼吸域の濃度が濃度基準値の2分の1程度を超える等により事業者が行う確認測定(化学物質による健康障害防止のための濃度の基準の適用等に関する技術上の指針(令和5年4月27日付け技術上の指針公示第24号))の濃度を含む。)、数理モデルによる呼吸域の濃度の推計又は定期的な濃度測定による呼吸域の濃度が、濃度基準値を超えていることから、労働者のばく露の程度を濃度基準値以下に抑制するために局所排気装置等の工学的措置の実施又は呼吸用保護具の使用等の対策を講じる必要があるにも関わらず、以下に該当する状況が生じた場合
① 工学的措置が適切に実施されていない(局所排気装置が正常に稼働していない等)ことが判明した場合
② 労働者が必要な呼吸用保護具を使用していないことが判明した場合
③ 労働者による呼吸用保護具の使用方法が不適切で要求防護係数が満たされていないと考えられる場合
④ その他、工学的措置や呼吸用保護具でのばく露の制御が不十分な状況が生じていることが判明した場合

・ 漏洩事故等により、濃度基準値がある物質に大量ばく露した場合
(注) この場合、まずは医師等の診察を受けることが望ましい。

3 リスクアセスメント対象物健康診断を実施する場合の対象者の選定方法等

(1) 対象者の選定方法

リスクアセスメント対象物健康診断を実施する場合の対象者の選定は、個人ごとに健康障害発生リスクの評価を行い、個人ごとに健康診断の実施の要否を判断することが原則であるが、同様の作業を行っている労働者についてはまとめて評価・判断することも可能である。また、漏洩事故等によるばく露の場合は、ばく露した労働者のみを対象者としてよいこと。

なお、安衛則第577条の2第3項に規定される「リスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う業務に常時従事する労働者」には、当該業務に従事する時間や頻度が少なくても、反復される作業に従事している者を含むこと。

(2) 労働者に対する事前説明

リスクアセスメント対象物健康診断は、検査項目が法令で定められていないことから、当該健康診断を実施する際には、当該健康診断の対象となる労働者に対し、設定した検査項目について、その理由を説明することが望ましい。なお、労働者に対する説明は、労働者に対する口頭やメールによる通知のほか、事業場のイントラネットでの掲載、パンフレットの配布、事業場の担当窓口の備付け、掲示板への掲示等があり、労働者本人に認識される合理的かつ適切な方法で行う必要があること。

また、リスクアセスメント対象物健康診断は、健康障害の早期発見のためにも、実施が必要な労働者は受診することが重要であるから、事業者は関係労働者に対し、あらかじめその旨説明しておくことが望ましい。ただし、事業者は、当該健康診断の対象となる労働者が受診しないことを理由に、当該労働者に対して不利益な取扱いを行ってはならない。

4 リスクアセスメント対象物健康診断の実施頻度及び実施時期

(1) 第3項健診の実施頻度

第3項健診の実施頻度は、健康障害発生リスクの程度に応じて、産業医を選任している事業場においては産業医、選任していない事業場においては医師等の意見に基づき事業者が判断すること。具体的な実施頻度は、例えば以下のように設定することが考えられる。

① 皮膚腐食性/刺激性、眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性、呼吸器感作性、皮膚感作性、特定標的臓器毒性(単回ばく露)による急性の健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合:6月以内に1回(ばく露低減対策を講じても、健康障害発生リスクが許容される範囲を超える状態が継続している場合は、継続して6月以内ごとに1回実施する必要がある。)

② がん原性物質(労働安全衛生規則第五百七十七条の二第三項の規定に基づきがん原性がある物として厚生労働大臣が定めるもの(令和4年厚生労働省告示第371号)により、がん原性があるものとして厚生労働大臣が定めるものをいう。以下同じ。)又は国が行うGHS分類の結果、発がん性の区分が区分1に該当する化学物質にばく露し、健康障害発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合:業務におけるばく露があり、健康障害発生リスクが高い労働者を対象とすることから、がん種によらず1年以内ごとに1回(ばく露低減対策により健康障害発生リスクが許容される範囲を超えない状態に改善した場合も、産業医を選任している事業場においては産業医、選任していない事業場においては医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に実施することを検討すること。)

③ 上記①、②以外の健康障害(歯科領域の健康障害を含む。)発生リスクが許容される範囲を超えると判断された場合:3年以内ごとに1回(ばく露低減対策により健康障害発生リスクが許容される範囲を超えない状態に改善した場合も、産業医を選任している事業場においては産業医、選任していない事業場においては医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に実施することを検討すること。)

(2) 第4項健診の実施時期

なお、第4項健診は、濃度基準値を超えてばく露したおそれが生じた時点で、事業者及び健康診断実施機関等の調整により合理的に実施可能な範囲で、速やかに実施する必要があること。また、濃度基準値以下となるよう有効なリスク低減措置を講じた後においても、急性以外の健康障害(遅発性健康障害を含む。)が懸念される場合は、産業医を選任している事業場においては産業医、選任していない事業場においては医師等の意見も踏まえ、必要な期間継続的に健康診断を実施することを検討すること。

5 リスクアセスメント対象物健康診断の検査項目

(1) 検査項目の設定に当たって参照すべき有害性情報

リスクアセスメント対象物健康診断を実施する医師等は、事業者からの依頼を受けて検査項目を設定するに当たっては、まず濃度基準値がある物質の場合には濃度基準値の根拠となった一次文献における有害性情報(当該有害性情報は、厚生労働省ホームページに順次追加される「化学物質管理に係る専門家検討会報告書」から入手可能)を参照すること。それに加えて、濃度基準値がない物質も含めてSDSに記載されたGHS分類に基づく有害性区分及び有害性情報を参照すること。

その際、GHS分類に基づく有害性区分のうち、以下のア~エに掲げるものについては、以下のとおりの取扱いとすること。

ア 急性毒性

GHS分類における急性毒性は定期的な検査になじまないため、急性の健康障害に関する検査項目の設定は、特定標的臓器毒性(単回ばく露)、皮膚腐食性/刺激性、眼に対する重篤な損傷性/眼刺激性、呼吸器感作性、皮膚感作性等のうち急性の健康影響を参照すること。

イ 生殖細胞変異原性及び誤えん有害性

検査項目の設定が困難であることから、検査の対象から除外すること。

ウ 発がん性

検査項目の設定のためのエビデンスが十分でないがん種については、対象から除外すること。

エ 生殖毒性

職業ばく露による健康影響を確認するためのスクリーニング検査の実施方法が確立していないことから、生殖毒性に係る検査は一般的には推奨されない。なお、生殖毒性に係る検査を実施する場合は、労働者に対する身体的・心理的負担を考慮して検査方法を選択するとともに、業務とは直接関係のない個人のプライバシーに留意する必要があることから、労使で十分に話し合うことが重要であること。

歯科領域のリスクアセスメント対象物健康診断は、GHS分類において歯科領域の有害性情報があるもののうち、職業性ばく露による歯科領域への影響が想定され、既存の健康診断の対象となっていないクロルスルホン酸、三臭化ほう素、5,5-ジフェニル-2,4-イミダゾリジンジオン、臭化水素及び発煙硫酸の5物質を対象とすること。歯科領域での検査項目の設定においては、まずは現時点でのGHS分類において記載のある歯牙及び歯肉を含む支持組織への影響を考慮することとする。

(2) 検査項目の設定方法

リスクアセスメント対象物健康診断を実施する医師等は、検査項目を設定するに当たっては、以下の点に留意すること。

① 特殊健康診断の一次健康診断及び二次健康診断の考え方を参考としつつ、スクリーニング検査として実施する検査と、確定診断等を目的とした検査との目的の違いを認識し、リスクアセスメント対象物健康診断としてはスクリーニングとして必要と考えられる検査項目を実施すること。

② 労働者にとって過度な侵襲となる検査項目や事業者にとって過度な経済的負担となる検査項目は、その検査の実施の有用性等に鑑み慎重に検討、判断すべきであること。

以上を踏まえ、具体的な検査項目の設定に当たっては、以下の考え方を参考とすること。

(ア)第3項健診の検査項目

業務歴の調査、作業条件の簡易な調査等によるばく露の評価及び自他覚症状の有無の検査等を実施する。必要と判断された場合には、標的とする健康影響に関するスクリーニングに係る検査項目を設定する。

(イ)第4項健診の検査項目

「八時間濃度基準値」を超えてばく露した場合で、ただちに健康影響が発生している可能性が低いと考えられる場合は、業務歴の調査、作業条件の簡易な調査等によるばく露の評価及び自他覚症状の有無の検査等を実施する。ばく露の程度を評価することを目的に生物学的ばく露モニタリング等が有効であると判断される場合は、その実施も推奨される。また、長期にわたるばく露があるなど、健康影響の発生が懸念される場合には、急性以外の標的影響(遅発性健康障害を含む。)のスクリーニングに係る検査項目を設定する。
「短時間濃度基準値(天井値を含む。)」を超えてばく露した場合は、主として急性の影響に関する検査項目を設定する。ばく露の程度を評価することを目的に生物学的ばく露モニタリング等が有効であると判断される場合は、その実施も推奨される。

(ウ)歯科領域の検査項目

スクリーニングとしての歯科領域に係る検査項目は、歯科医師による問診及び歯牙・口腔内の視診とする。

6 配置前及び配置転換後の健康診断

リスクアセスメント対象物健康診断には、配置前の健康診断は含まれていないが、配置前の健康状態を把握しておくことが有意義であることから、一般健康診断で実施している自他覚症状の有無の検査等により健康状態を把握する方法が考えられる。

また、化学物質による遅発性の健康障害が懸念される場合には、配置転換後であっても、例えば一定期間経過後等、必要に応じて、医師等の判断に基づき定期的に健康診断を実施することが望ましい。配置転換後に健康診断を実施したときは、リスクアセスメント対象物健康診断に準じて、健康診断結果の個人票を作成し、同様の期間保存しておくことが望ましい。

7 リスクアセスメント対象物健康診断の対象とならない労働者に対する対応

リスクアセスメント対象物健康診断の対象とならない労働者としては、以下が挙げられる。

① リスクアセスメント対象物以外の化学物質を製造し、又は取り扱う業務に従事する労働者

② リスクアセスメント対象物に係るリスクアセスメントの結果、健康障害発生リスクが許容される範囲を超えないと判断された労働者

これらの労働者については、安衛則第44条第1項に基づく定期健康診断で実施されている業務歴の調査や自他覚症状の有無の検査において、化学物質を取り扱う業務による所見等の有無について留意することが望ましい。また、労働者について業務による健康影響が疑われた場合は、当該労働者については早期の医師等の診察の受診を促し、②の労働者と同様の作業を行っている労働者については、リスクアセスメントの再実施及びその結果に基づくリスクアセスメント対象物健康診断の実施を検討すること。

なお、これらの対応が適切に行われるよう、事業者は定期健康診断を実施する医師等に対し、関係労働者に関する化学物質の取扱い状況の情報を提供することが望ましい。また、健康診断を実施する医師等が、同様の作業を行っている労働者ごとに自他覚症状を集団的に評価し、健康影響の集積発生や検査結果の変動等を把握することも、異常の早期発見の手段の一つと考えられる。

8 リスクアセスメント対象物健康診断の費用負担

リスクアセスメント対象物健康診断は、リスクアセスメント対象物を製造し、又は取り扱う業務による健康障害発生リスクがある労働者に対して実施するものであることから、その費用は事業者が負担しなければならないこと。また、派遣労働者については、派遣先事業者にリスクアセスメント対象物健康診断の実施義務があることから、その費用は派遣先事業者が負担しなければならないこと。

なお、リスクアセスメント対象物健康診断の受診に要する時間の賃金については、労働時間として事業者が支払う必要があること。

9 既存の特殊健康診断との関係について

特殊健康診断の実施が義務づけられている物質及び安衛則第48条に基づく歯科健康診断の実施が義務づけられている物質については、リスクアセスメント対象物健康診断を重複して実施する必要はないこと。

リスクアセスメント対象物健康診断に関するガイドラインの策定について(厚生労働省発表 2023(令和5)年10月17日)