労災認定自体でも保険料認定を通じてでも、労災認定に対する事業主不服申立制度には反対-根本的な対応はメリット制の廃止(2022年12月20日【特集1】事業主不服申立制度
第1回検討会と緊急反対声明
■第1回検討会開催と新聞報道
2022年10月26日に厚生労働省は、第1回「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」を、「報道関係者のみ(原則1社につき1名のみ)傍聴受け付け」という変則的なかたちで開催した。
翌27日付け朝日新聞朝刊は、「労災 事業主『不服』可能に/認定は取り消さず/民事裁判にも影響」との見出しで、「労働災害が起きた事業場で労災保険料が引き上げられる制度をめぐり、事業主が『労災認定は違法だ』として国に不服を申し立てられるようになることが固まった。…厚生労働省が26日の有識者検討会でこうした案を示し、大筋で認められた。早ければ年内にも通達を出して運用を改める」と報じた。
■全国安全センターの緊急反対声明
あまりにも重要な問題が拙速に決められかねない事態に驚いた全国安全センターでは、急ぎ検討会配布資料ほか関係情報を検討し、関係者との意見交換等も進める一方で、これを止めるための意思表示を急ぎ行う必要性を痛感して、10月31日に「労災保険制度における事業主不服申し立て制度の導入に反対する緊急声明」を公表した。
① 今回の提案は、事業主に労災認定を否定する新たな根拠を与え、被災労働者の安心安全な療養と生活、そして権利を、根本から破壊するものである。
② 全国の労働基準監督署での労災調査についても、深刻な悪影響を与える。
③ このような制度の重大な変更について、手続きがあまりに拙速であり、検討過程に重大な瑕疵がある。
したがって今回の改悪に強く反対するとともに、ただちにこの提案を撤回する求めたものである。
■労災管理課との面談と意見交換会の設定
緊急声明を受け取った厚生労働省の労働基準局労災管理課から「この件について説明し、ご意見をうかがいたい」との連絡があり、11月18日に課長補佐と企画法令係が来所され、東京労働安全衛生センター・天野、神奈川労災職業病センター・川本、全国安全センター・古谷と面談が行われた。
厚生労働省側の説明は後述の意見交換会での話と重なるのでそちらを参照していただきたいが、安全センター側からは、主に、①労災認定は取り消さないのだからよいだろうではすまない、被災労働者・遺家族、裁判、労使関係や労災調査等に対する悪影響が理解も検討もされていないことを批判し、②労災認定に対する事業主の不服申し立てを認める判決を回避できる保証はまったくなく、かえって一部の悪質な弁護士・事業主による訴訟を誘発すると指摘して、③検討会も通達の発出もやめるよう要望するとともに、④より根本的な対応としてメリット制を廃止すべきであることを伝えた。
並行して、被災労働者・遺家族やそれを支えている労働組合等の生の声を届けるために、阿部知子衆議院議員に要請して、11月30日に衆議院第2議員会館において、厚生労働省(労災管理課)との意見交換会を設定していただいた。
■シグナル無視された東京高裁判決
その前日の11月29日に、検討会資料等で「一般社団法人Y財団事件」として言及されている、「あんしん財団」が国に対して同財団労働者の労災認定(労災保険給付支給決定)の取り消しを求めた行政訴訟の東京高裁判決が示された。
2022年4月15日に示された同事件の東京地裁判決は、事業主は労災認定の取り消しを求める法律上の利益(原告適格)がないと断じた一方で、保険料の認定処分に対する取消訴訟において、労働保険料の算出において考慮される労災認定の違法性(業務起因性を欠くこと等)を取消事由として主張することが許される余地があるとも示唆した。
この東京地裁判決が厚生労働省が検討会を開催するに至った契機のひとつとなっており、厚生労働省は、事業主が労災認定自体に不服申し立てができるとするような裁判所の判断が示されることを回避することが今回の検討の趣旨である旨、説明していた。
しかし、11月29日に示された東京高裁判決は、事業主が労災認定の取り消し訴訟の原告適格を有すると判示し、原判決を取り消して事件を東京地裁に差し戻すとしたものだった。ただし、事業主一般に原告適格が認められるわけではなく、メリット制適用事業主で、労災保険給付支給処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被る事業主に限定される。
保険料認定処分に対する不服申し立てにおいて労災認定の違法性を主張することができるよう解釈を改める検討を進めているというシグナルを送ったにもかかわらず、このような判決を回避することができなかったということである。
いずれにしろ、保険料認定処分に対する不服申し立てにおいて労災認定の違法性を主張する改悪に加えて、労災認定自体に対する事業主の不服申し立てを認める改悪のいずれも阻止しなければならない、という事態になっている。
■全労働省労働組合の見解表明
全労働省労働組合が11月18日に、「メリット制適用事業主の不服申立の取り扱いに関する検討について」と題した見解を表明した。
この見解は、事業主の姿勢や労使の関係性などにどのような変化を生じさせるのか、十分な分析を行なうことが必要(例えば、解雇制限(労基法19条関係)への影響、労災認定にあたって事業主の非協力の姿勢が広がったり、労働者が労災請求自体を躊躇するおそれ)など、「検討会の『考え方』の問題点」を指摘して、「このような点を考えると、前記変更の可否については、拙速に結論を得るのではなく、労使代表あるいは労災補償実務をよく知る専門家の参画のもと慎重な判断が求められていると考えます」とした。また、この際、「メリット制の存廃を含めたトータルな議論を開始すべきです」とも提起した。
厚生労働省との意見交換会
11月30日の「労災保険制度事業主不服申し立て制度問題 厚生労働省(労災管理課)との意見交換会」には、緊急の呼びかけにもかかわらず、安全センター関係者以外に、被災労働者・遺家族や労働組合、阿部知子衆議院議員、メディア関係者が参加していただいた。厚生労働省からは前述の面談と同じく課長補佐と企画法令係が出席した。
■厚生労働省による説明
厚生労働省による冒頭の説明は以下のとおり。
「労災保険給付がなされた場合に、メリット制適用事業主は、労災保険料の負担が増大する可能性がある。現在は、メリット制適用事業主は、労災保険給付支給決定に関する争いの当事者となる資格がない、とわれわれとしては考えている。また、労働保険料決定の適否を争う際に、労災保険給付の要件該当性に関する主張もできない、というのが現在の国に立場である。
仮に事業主が労災保険給付の争いの当事者となる資格があるということになれば、被災労働者等と利害が相反する事業主により訴訟が提起され、被災労働者等の法的地位が不安定になること、それから、被災労働者等の争訟参加という事実上の負担が生じることが考えられる。
また、仮に労働保険料決定の適否を争う際に、労災保険給付の要件該当性に関する主張が認められた場合には、被災労働者等に保険給付がすでにされた後に当該給付の根拠を失わせる可能性が生じ、被災労働者等の法的な地位の安定性の観点から問題がある。これは、従来からそう考えてきたところである。
『労働保険料徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会』では、労災保険給付支給決定については事業主が争いの当事者にならないようにしつつ、労働保険料については事業主が争うことを認めるということを両立できないか、法律上の論点について検討させていただいているものである。
今後の進め方については、前回の議論ではおおむね方向性のようなものについては有識者の間で一定の確認がとれたところなので、次回、さらに議論を深めていくことを考えている。具体的な日程については調整中である。
昨日(11月29日)、東京高裁で検討会の論点と深く関わる判決が下されている。労災保険給付支給決定についての裁判であり、特定事業主の原告適格が認められるか否かが争われた事件である。一審については、国の考え方としても、被災労働者と利害が相反する事業主から争訟が提起されると、被災労働者の法的な地位が不安定になるので認められないという主張をしてきたところだが、東京高裁の昨日の判決は、特定事業主に労災保険給付支給決定の原告適格を肯定するものだった。
こちらの事件についてはまだ確定していないところもあるので、今後の訴訟の対応方針などについてわれわれからコメントすることはできないが、こういった判決があるということも踏まえて議論をしていかなければいけないと思っている。」
参加者が訴えた主な発言内容は後に紹介することにして、いくつかの論点をめぐるやりとりでの厚生労働省の回答内容を、先に追加しておく。
■裁判との関係/東京高裁判決への対応
「事業主は労働保険料が上がるということになるので、上がる原因となったことを争えないということになると、裁判所の考え方としても、どこかで保険料を支払う立場の事業主が争える機会を手続き的な保証をしなければならないという考え方があるのではないかと推測する。そういうことであれば、労災保険給付については被災労働者の生活保障の柱となるものなので、これについての(争いの)当事者となるということについては、絶対にあってはいけないことなのではないかと、いまでも考えている。
労働保険料の方について争うということを検討会で議論いただいているが、念のため誤解のないようにということだが、もし争ってそれが認められたとしても、労災保険給付そのものについて取り消すということは考えていない。そういった議論も検討会でされている。労働保険料と労災保険給付は分けて考えるということ。」
「(裁判所からは)では事業主はどういった方向で争うことができるのかと尋ねられている。われわれはそれに対して、いまは争えませんと申し上げたのだが、それに対して裁判所が今回(東京高裁判決)のような判決を下した。
労災保険給付の当事者として事業主がなるということは、厚生労働省としても、労働者の福祉を守る立場ですから、それはあってはならないと思っている。それは一切変わりません。
ただ(事業主は)お金を払う立場なので何らかの手続き的保証が図れないか。一方で、労災保険給付を受ける被災労働者の法的地位の安定性も両立させることができないかと考えて、こうした検討をしているということになる。」
参加者からは、厚生労働省の考える対応によって、望まない判決を回避できるという認識が理解できないし、保証もない。現にシグナルを出していたにも関わらずの東京高裁判決だった等の発言あり。
また、前日の東京高裁判決に対して国が上告するよう求めたことに対しては、「事件への対応についてはまだ確定していないのでコメントできないが、(上告せよという)要望については重く受け止めさせていただく」と回答した。
「労災保険給付について事業主が争いの当事者になるということについて、われわれがそれを認めるという考えはない。それは、これまでもそうでしたし、裁判の中でもそう申し上げましたし、いま検討会で議論しているなかでも、そこは変わらない。」
そのためには、東京高裁判決に対する断固たる対応とともに、より根本的な対応が必要である。
■メリット制廃止の検討
根本的な対応としてメリット制を廃止すべきという議論に対しては、以下のような回答しかしないと決めていたように、同じ回答を繰り返した。
「メリット制自体は労災保険制度のほぼ最初の頃からある制度で、その頃はメリット制導入によってかなり大幅に労災の事故が減ったということは、われわれの記録にはそういう記述が見受けられる。メリット制があることによる労働災害防止のインセンティブというものはあるのだと思っている。
この場で私の一存で(メリット制自体について)検討しますとは申し上げられないが、この点についても重く受け止めさせていただいて、労働基準局内できちんと報告させていただきたいと思っている。」
■労災認定取り消しの可能性
解釈が変更された場合に、直接的に生じる可能性のある諸問題も取り上げられた。
例えば、第1回検討会の議事要旨には、「仮に、被災労働者が重要な証拠を偽造したような場合には職権取消がなされる場合があり得る」という議論がなされたことが書かれている。
「検討会で一部の有識者から議事要旨に載っているようなコメントがあったことは、事実関係としてそのとおりだが、厚生労働省としての考えは、検討を進めて仮に労働保険料の争いの中で労災保険給付の要件該当性を争えるようになって、仮に事業主の主張が認められたとしても、そのことを理由に(労災認定を)取り消すことは考えていない。」
■不服申し立ての対象範囲等
「不服申し立ての対象範囲等については、制度化した場合にはかなり重要なポイントだと思うが、いまわれわれがしている議論の中ではそこまでには至っていない。一番大きなところだったのは、労働保険料で労災保険給付の当否を争うことについての違法性の承継ですとかかなり行政法理論上のテーマを扱っているものですから、そもそもそれが可能であるかというところも含めて議論している。そこが固まったうえで制度設計する際には、そういうところも非常に重要なポイントになると思っているので、課題としては認識していますが、まだ議論できていない。」
■労基法第19条の解雇制限への影響
「労働基準法第19条の休業中の被災労働者の解雇制限への影響は、担当としてはわれわれ(労災管理課)が所管部署ではないのでコメントできない。」
■法律上の論点以外は検討なし
受給権が守られれば被災労働者を守れるということにはならない、それ以外にも可能性のある様々な悪影響については、後に紹介する主な参加者からの発言が実態を明らかにしている。しかし、現在の検討会ではまったく取り上げられていない。
「検討会は法律上の論点について検討いただく場になっていて、労災保険給付にまつわるいろいろな課題を議論する場ではない。それ以外のどのような検討がなされるかについては、現時点では具体的に何か考えていることはない。」
■労基署の労災調査に対する影響
「労基署が萎縮するというのは、判断が後に覆されるかもしれないと思うからということでしょうか。」
「労災保険給付を取り消すということになるのであれば、過去にさかのぼってお支払いしていた保険給付について法的な原因がなかったということになってしまいますから、例えば回収といったことを考えなければならなくなってしまい、そうしたら現場の労基署からしたら大変なことだとうことで、萎縮ということも考えられるとは思いますが、そういうことはなしに萎縮というものが起こるのかということは、どうなのかなというところはあります。」
労災認定の内容そのものが不服申し立てでひっくり返ったとしても、労災保険給付支給決定の方にさわらなければ、労基署は委縮しないという認識なのかと問われると、「労災認定の内容そのものが不服申し立てでひっくり返ったとしても、そこまで確定的な認識というのは、組織を代表して申し上げられるものをもっていないので、回答はできない。」
■被災労働者の職場復帰等に対する影響
職場復帰を困難にするのではないかと問われても、「そちらについても、そもそもそういった統計と申しますか、調査とか数字があるのかというところも含めて持ち合わせていません。ですので、労災認定された方がどれくらい職場復帰できているかということも、調べればわかることなのかどうかもわからないということです。(影響が出るかどうかも)回答できる材料を持ち合わせていません。」
「この検討会で結論を得るのは法律上の論点について結論ですので、法律上の検討はこのまま進めさせていただきたいとは思っています。
そのうえで法律上の問題以外の課題については、どういったかたちで検討ができるのかどうかというところも含めて、いまコメントできることはないのですが、この場でいただいたご指摘については、受け止めさせていただきます。上司にも報告します」という回答だった。
■次回検討会及びその後の予定
次回の検討会の日程については、前述のとおり「調整中」ということだったが、「次回検討会の年内開催の可能性はある」とも回答した。
「法律上の論点については次回の検討会で具体的な案を事務局から出すという方向にはなっています。ただ通達と言われましたが、検討会の報告を受けてどう施行していくかというところはいままだまったく未定ですので、そこまで考える段階にはまだいっていないというところです。」
「通達をどう出すかとか、通達を出す時期とか、そういったところについてはまったく未定です。」
■参加者は検討会と通達発出中止を要望
参加者は、重ねて検討会も通達の発出もやめるよう要望した。
12月3日付け朝日新聞は、「労働者側が撤回要求 労災、事業主の不服申し立て制度」と、この意見交換会について報じている。
被災者・遺族・支援者の訴え
■東京管理職ユニオン・鈴木剛執行委員長
組合員となった当事者-被害者から相談を受けて交渉をしている立場から、どういうことが起きているかお伝えさせていただきたい。
あんしん財団はかつてKSD財団、政界疑獄事件のあったところですが、その後経営に民間の経営者が入って、いまたいへん紛争が生じています。600人くらいいた職員・従業員がいまや2百数十人というところまで、リストラ的な動きも含めて人員が減らされています。その過程で、いままで一般事務というかたちで転勤のない事務職に就かれていた女性の方々に対して、突如一度もやったことのない営業職で転勤せよということで、遠隔地配転をされた。他にもいくつかの事件が起こったことをきっかけに紛争になっています。いまも10を超える裁判や労働委員会の事件が続いていて、労働組合のネットワークのなかで抗議行動や様々な行動をしています。そのなかで何人かの女性の職員が労災申請をして、昨日の東京高裁判決の事件の関係者を含めて、2人が労災認定されています。
被害者の方が、例えば労働組合に入るとか、弁護士に相談するとか、労災の申請をするとか、権利を行使するには勇気がいります。権利行使をできないで泣き寝入りしている人がほとんどな状態です。ところが労災の申請のところで何が起きているかというと、財団の方は労災の認定そのものが誤りであると。誤った労災認定によって、メリット制等によって、財団に多大なる財政負担をかけさせたということで、深刻なメンタル疾患で苦しんでいる女性の当事者に対して、損害賠償請求をしかけています。その2人は本当に家から出るのも困難な状態なんです。今日この場に来ることはとてもできない。そのようなご本人の自宅に連絡して、労災認定は虚偽のものだと口汚くののしる。例えば全国の営業店の朝礼で、この人は誤った訴えをしているなど誹謗中傷しています。
法令をまったく遵守しない、働いている人たちを使いつぶすような企業が大変多くなっている。お金をかけて裁判をしたり、会社の内外で誹謗中傷するなどして、正当な権利行使をすることに対して躊躇させるような動きが増えています。われわれの立場からすれば、権利行使を躊躇させるような制度であってはならない。被害を受けた人が、正当にきちっと救済されることが当然でなければならない。検討されているような対応がなされれば、ただ労災のことだけではなく、付随する様々な不当労度行為とか、損害賠償請求だとかが発生するんだということを理解していただきたい。
■島崎量弁護士
あんしん財団事件の補助参加人の弁護士です。最初にお願いしたいのは、かならず上告していただきたい。こんな判決が確定したらとんでもないことになるということは十分おわかりいただけていると思います。本当にとんでもないことになりますよ。
いま当該の組合員長の鈴木さんが、自分がやれているスラップ訴訟の数がわからないくらいうたれている。集団的な労使関係のなかでの、労災事件であり、また不当配転・解雇事件や損害賠償裁判であるわけです。検討されている制度も、集団的労使関係のなかでの嫌がらせ、不当労働行為の手段のひとつとして使われるだろうということは目に見えています。
労災と認定されてから使用者に民事損害賠償を請求する場合が多い。そのときにも恥も外聞もなく労災認定の結論を争うわけです。使用者側はとりあえず争っておく、行政訴訟をやっておく。民事の賠償金を下げるためにも、交渉材料のひとつとして訴訟を乱発されるだろうと思います。
そうしたときには現場の厚生労働省の職員の皆さんも相当疲弊すると思います。全国各地で訴訟を起こされて対応しなければいけない負担も甚大でしょう。ますます認定も遅くなる、訴訟を起こされることが念頭にあれば当然時間もかかる、必要以上に慎重に、委縮した状態に立たされるかもしれないなど、いろいろな危惧があります。いろいろ考えておられるとは思いますが、とにかく被災者がなるべく負担のないかたちをつくっていただきたい。
私は、本来ならばメリット制自体を含めた議論がなされるべきだと思っています。とはいえ判決も出てしまっているなかで急きょ動かなければならない必要性は理解しないわけではありませんが、被災者をここまで巻き込んでまでメリット制を維持する意味があるでしょうか。訴訟を乱発されて、いままで長年培われてきたものを根底から覆してしまいます。被災労働者が申請自体を断念する原因になるようであるのなら、慎重に検討するべきだし、別途検討の場をつくっていただきたい。
■あんしん財団の職員で被災者の同僚のAさん
あんしん財団の被災者たちとは友人で、メールなどで連絡を取り合っています。会社から労災が認定された後も、状況がどうなのかとか、具合はどうなのかとか毎月送られてきて、ポストを見るたびに動悸がひどくて倒れそうになるとか聞いています。
会社で起こった災害だから労災ですよね。彼女たちはそれを認められたわけです。まったく慣れない営業にまわされて、なんで(契約を)取れないんだとか、取れなかったら給料を下げるからとか、横浜から金沢に行けとか、北海道から埼玉に行けとか言われて、精神的に追い詰められていった末での、彼女たちの労災なんです。
私たちは、働きたくても働けなくさせられているんです、会社に。不安で不安でしょうがない。不安を重ねていくから、治るものも治らない。被害者の一人は私と年齢も変わらないのにもう髪の毛も真っ白で、白髪を染める気にもならない。外にも出れないからご飯も食べられない。そういう人たちが実際にいるんです。
労災になりたくてなったわけじゃないんです。普通に元気に働きたかったんです。なのにそうやって会社の方がやめさせたいとか、パワハラがあったりとか、そういうふうに追い込まれたんです。病気になどなりたくないです。なのに会社に肩入れするような判決を出されたら、私たちはどうやって生きていけばいいのか、何を頼ればいいんですか。
不服申し立てのことを話し合っていると聞いた時点で、この国で生きていること、働いていることが、本当によくわからない。国も頼れない。じゃあ死ねってことですか。そういう話です。お金が出るからいいだろうって話じゃないです。
こんな話し合い自体をやめてほしいし、このような話が報道されるだけで、労災認定されている人も、申請をしようとする人も、不安でしょうがない。過労死で亡くなってしまった方はどうなるのか。会社が不服を申し立てて、過労死だったこともなくなってしまうのか。とても考えられないことです。
■役員付き運転手だった父親を過労死で亡くしたBさん
私は7年前に父を亡くしています。過労死でした。当時役員付き運転手をしていて、いつも帰りは深夜で早朝に出かけるような状態で、残っていたタイムカードをみると、月に150時間を超える残業をしていて、拘束時間も月平均330時間を超えていました。
母は夫を亡くしてあまりにもショックで労災申請ができるような状態ではありませんでしたし、父がお世話になっていた会社だということで初めは労災申請に消極的でした。代わりに私が労災申請の手続きを進めました。申請後何度か労基署から電話をもらったのですが、父の労働状況について詳しく話を聞かれることはありませんでした。申請から半年くらい立ってから、不支給という驚きの決定がありました。残業時間を含めて労災認定基準をすべて満たしていて認定を疑っていなかったので、どういうことか担当者に理由を尋ねに行ったところ、残業時間が足りませんでしたと。最後には、審査請求をしても無駄ですと言い放って出て行かれました。開示請求をしてみたら、あまりにずさんな労基署の調査が次々と明らかになりました。会社の言い分を一方的に採用して、残業時間ではなく休憩時間だとして、残業時間は50時間程度になるような調整がなされていました。
私たち遺族は労災認定を確信していたので、その場で審査請求の手続きをしました。審査請求の過程では、労基署と会社は結託して労災の不支給に向けて動いていたことがわかって、とてもショックを受けました。同時に労基署と会社に対して不信感も芽生えて、母も労災に積極的になっていきました。神奈川労災職業病センターのご協力もあり、審査請求で不支給処分取り消しとなり、労災認定されました。
労災認定後は民事損害賠償裁判を行なっていますが、会社の言い分は、父が死亡した理由は労災でもないし、仕事との因果関係はまったくない。仕事中に映画を観たり、社内で寝ていた。残業代を稼ぎたくてわざわざ自分で遅くまで働いていただけだ。病気なのに隠していた。そういう主張をしてきました。結果として、裁判所は会社の言い分をすべて否定して、真実が明らかになりました。裁判は意見の相違が前提ですから、一定の覚悟はしていましたが、父が働いていたことや人柄すべてを否定するような一方的な主張にとても嫌な思いをし、すごく腹立たしかったです。
もし今後、会社側から労災認定そのものを争えるようになれば、同じような主張をするのだろうと想像すると、とても恐ろしいことだと思います。たった一件の労災事案ですが、私たち遺族はとてもつらい月日を過ごしてきました。労基署の職員の方々にとっては毎日の業務の一環でしかないのかもしれませんが、働いている側は言うなれば弱者です。労災事故を起こしたいと思って働いている人はいませんし、会社や国を相手に争うことは本来したくないと思って日々働いています。ですが労災事故が起こってしまったときに、今回のような通達が認められれば、労災認定に関して会社から提訴されるのではないかと、労災申請そのものを躊躇してしまう方が出てきてしまうのではないでしょうか。本来の行政機関は労働者と事業主に対して公平であるべきです。事業主の意見ばかりに耳を傾けるのではなく、少しでも労働者の立場に立った考え方ができる方がいらっしゃれば、このような悪意のある改正はできないはずです。どうか厚生労働省の皆さまには、この改正を再度検討し、撤回し、私たちを守ってくださるようお願いしたいと思います。
■よこはまシティユニオン・平田淳子書記長
新入社員で入った三菱電機で長時間労働によりメンタルヘルス疾患を患い、現在は地方の実家で療養中のCさんですが、今日ここに来れませんがぜひ一言とうことで書いてくれましたので、代読させていただきます。
私は長時間労働とパワハラにより精神疾患となり、2016年11月に藤沢労働基準監督署が三菱電機の新入社員が長時間労働によって適応障害を発症したとして労働災害を認定した事件の当事者です。
この度、私は労災保険制度における事業主不服申し立て制度(以下、申し立て制度)の導入に対して強い憤りとともに反対いたします。その理由として、この申し立て制度は労働者に不利となるものだからです。
自身の経験として、会社との交渉を進める上で労災認定は非常に重要な意味をもちます。長時間労働とパワハラによる精神疾患により休職するのですが、会社から休戦期間満了により解雇されることとなりました。当然われわれは団体交渉において会社の責任を問い、解雇をしないように求めました。客観的データにより事業所の入退館記録と勤怠記録の明らかな矛盾から長時間労働の事実を指摘しました。しかし、会社側はサービス残業を「自己啓発」時間だと主張し、さらに、パワハラは「指導の範囲内」であるとして、私の病気は「私傷病」だとされて解雇されました。
しかし、解雇後しばらくして労災が認定され、その後も団交や代理人交渉などを合めて会社と話し合うことで、様々な成果を得ました。解雇撤回、会社による長時間労働の認定、社内での長時間労働やパワハラの根絶に向けた働き方改革の促進、そしてついにわれわれは初め敵対していた会社と友好関係を結ぶにまでに至り、私の職場復帰を勝ち取ろうとしています。
ですが、ここまで来るには、約7年にもわたる粘り強い交渉が必要でした。そしてなにより、労基署により「労災が認定された」という事実が下地としてなければ成しえませんでした。会社は労災認定の際に、新たに労基署から新事実を突きつけられたわけではありません。もともと会社が記録していた入退館記録と勤怠記録から労災が認定されました。つまり、労基署が認めたので会社も長持間労働であると初めて認めるようになったのです。以上によりやっと本格的な交渉が会社とできるようになりました。
ところが、もしこの申し立て制度により労災認定の事実を否定できるとなれば、その訴訟が決着するまで、この根底を労使で共有できなくなります。その結果、話し合いは進まず、いつまでも時間を浪費するでしょう。これではさらに労働者側は圧倒的な不利となります。実際、会社側は労災認定前の団交初期において「特段の事情がない限り」は労基署の決定に従うが、「労基署の判断が明らかに不合理な場合」は従わないと回答しています。さらに、労災が認定された場合は、使用者側は労基署へ不服申し立てができるものだと考えていました(団体交渉での発言)。もちろん当時そんなことはできず、会社側の勘違いだったのですが、もしも不服申し立てがあのとき可能だったならば…と恐怖します。当然会社側は不服申し立てにより労災を複す、あるいは結論を少なくとも先延ばしにすることは、やろうと思えば可能だったからです。
私は現在37歳です。世間では働き盛りと期待される年齢ですが、病気を患った2014年からの約9年間、仕事のキャリアを積むことができず時が止まったままです。その間「いつになったら病気が寛解するのだろうか?」「いつになったら働けるようになるのだろうか?」「その前に『症状固定』による支給打ち切りとなるのではないか?」とずっと怯えながら過ごしてきました。これ以上はもうキツいと精神的に限界が近づいております。使用者あるいは会社という組織にとって、争い続けるのは10年だろうと20年だろうと、大したことはないのかもしれません。しかし、労働者あるいは個人にとっては永遠のように長く感じます。
もし、不服申し立て制度が導入されていれば、私が労働者として勝ち取った諸々の権利や会社における変革はなかったかもしれません。あるいはもっと時間が長引いていたかもしれません。そうなれば、志半ばで諦めていたか、あるいはハードルの高さに絶望して最初から何もしなかったかもしれません。その結果、被災者自身の不幸は続き、労働環境の改善はなく、より多くの労働者が憂き目に遭っていたのではないでしょうか。
労働者の権利や自由は労働者達が団結し、自ら声を上げて勝ち得るものです。国はその機会を絶対に奪わないように強くお願い申し上げます。この国で働く多くの労働者のために、今回の制度は決して導入しないで下さい。
■コミュニティユニオン全国ネットワーク・岡本哲文事務局長
今回の動きが与える影響で、労働行政に対して、また被災者に対して本当に大きな影響を与えることはもう当たり前なのですけれど、同時に、一件が労災が発生したならば、労働組合は予防に関して交渉します。さらに、被災者が職場復帰するための職場環境の改善・整備のための要求だけではなく、二度と労災が発生させないための交渉を会社とするわけです。
私たちのネットワークで、東京墨田区の瓶を作っている会社の労働組合がありますが、製品を載せたひとつのパレットの重さが重ければ1トンを超えるような重量のものを多段積みでやっていて、労働組合は一貫して危険なので最大3段までにしてほしいという要求を出していたにもかかわらず、会社は7段まで積んだりしていた。それが崩れて3人の労働者が死にかける、重傷を負う労災事故が起きてしまいました。最終的に会社と組合の間で予防対策について交渉が妥結するまでに3年かかっているんです。会社は当初は事故の責任はないと主張していた。社長が菓子折りをもってお見舞いに来て、「早く戻ってね」というだけで済まそうとしていた。団体交渉をやってもきちんと対応しない、それが一方の現実なわけです。
だから、与える影響で言ったら、被災労働者本人とそのご家族だけでなく、そこで働いている労働者全体の安全の確保、厚生労働省も重視している労災の予防に対しても影響を与えるということを認識していただきたい。
■中野克彦さん
私は本田技研工業でエンジンの組み立ての仕事をしていて両手の親指の付け根部分の関節症になり、労災認定されて、後遺障害14級ということで認定されました。在職中、お医者さんの診断書を出しても無視されて、無断欠勤扱いで解雇され、半年後くらいに労災認定していただいて、解雇は不当だと争っていても、会社は、労災認定された傷病自体を否定して全面的に争っているということで、今回の動きの先取りみたいな状態になっています。
労働基準監督官には助けられたという、感謝しています。監督官は、工場の生産ラインに調査に入って、どうやって作業をしているかとか、帳簿等も調べる権限があるじゃないですか。だから、その結果行なわれた労災認定も信頼性が高いと思うんです。不服申し立てができることになった場合に、どのように争われることになるのかまだわかってないのですが、もし裁判みたいなかたちで争われることになると、会社は従業員を使って嘘の証拠をどんどん出してきて。それを裁判官が判断できるのか、難しいだろうなと思います。書類で審査する裁判所の判断と、監督官が現場に行って、実際に状況を見た判断とでは、監督官の判断のほうが正しいと思います。また、使用者が不服申し立ての際、虚偽の証拠を出してきた場合、その証拠が嘘であることを見抜けるのは被災した労働者本人しかいないことも多い。不服申し立ての言い分をどのように解決していくのか。また、その争いに労働者は参加できるのか、できないのか。被災した労働者の預かり知らないところで労災認定が実質的に覆されることになります。実際、私の場合も、労災認定されていますが、使用者は裁判などで、業務起因性だけでなく、疾病そのものを否定し、これはつまり労災認定の全面否定であり、そうした理由から、労働組合で団体交渉を申し込んでも拒否されています。厚生労働省は、新制度の検討の中で、使用者の不服申立により業務起因性が否定されることになっても、労働者から給付金の回収はしないとの方針ですが、労災解雇や使用者による補償の訴訟、団体交渉の前提がすべて振り出しに戻ってしまいます。労災認定されてもそれが覆るというのであれば、紛争は長期化、複雑化し、労災制度は死んだも同然のものとなってしまいます。ここはむしろ、監督官の調査権限を大幅に強化する制度改革が必要です。
■全国一般東京南部・中島由美子委員長
労災を受けてただちに認定されればいいのですが、それまでに長い時間かかる場合があります。認定に至るまでの本当に大きな努力を被災者がしなければならないという現実があります。事業主がそれは労災でないと否定する、申請に協力しない、そこからすでに労使関係の悪化ははじまっているんですね。幸いに認定されて、療養していざ職場復帰という段になると、これがまた大変なハードルなんです。なかなか職場復帰がスムーズにいきません。現職復帰するという目標を立て被災者が頑張っていても、会社に戻ったところでものすごいハラスメントに遭うんです。そこから先職場で働いていく自信がなくなってしまったりとか、すでにキャリアを絶たれていますから、次の職場に移っていくということについても思うようにいかない。そこで踏みとどまって頑張っていこうとするのだけれど、私たち労働組合がどんなに支援しても、会社と交渉をして、会社と協定を結んだとしても、被災労働者が辞めていかなければならない現実をたくさん見てきました。
私自身もかつて職業病で労災認定されました。労災認定されるまでに5年かかったんです。認定された後も、まだ療養中であるにもかかわらず、労災を打ち切られてしまいました。打ち切りになったら会社は強いんです。もう、辞めろという攻勢です。私は裁判を起こしました。労災認定されてそこで終わりじゃないんです、被災労働者は。
そのような実情のなかで、会社の方から裁判を起こして、あの労災認定は間違いだったんだというようなことになったら、どうなっちゃうんですか。大昔の話ですが、私自身の経験を思い出して、会社がそんなことができたらいまの私はいないだろうと思います。本当につらい思いをして会社に行き、会社と交渉をして、現職復帰するまでのリハビリの計画も立て、仕事をしていた矢先に労災打ち切りになったとたん会社は手のひら返し…。こんな制度はつくらないでください。被災労働者の労働権すら阻害すると思います。よろしくお願いします。
検討会報告書と労災保険部会
■国は東京高裁判決に対して上告
12月6日に加藤厚生労働大臣は定例記者会見で、11月29日の東京高裁判決に対する見解を問われて、以下のように回答している。
「労災保険制度は、被災労働者の迅速・公正な保護のために創設されたものであります。今回の東京高裁判決では、労災保険給付について事業主が争うことができるとすると制度の趣旨を損なってしまうといった国の主張が認められなかったものであります。今後の対応については、判決の内容を十分に精査した上で、関係省庁とも協議し適切な対応を行っていきたいと考えております。」
その後、国は最高裁判所に上告した。
■第2回検討会と団体からの意見要望
11月30日段階で「日程調整中」と言われた第2回「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会」は、翌12月1日に開催案内があり、12月7日に、やはり「報道関係者のみ(原則1社につき1名のみ)傍聴受け付け」というかたちで開催された。
この場には、「団体からの意見要望」として、全国安全センターの緊急声明とともに、12月5日付けの過労死弁護団全国連絡協議会メリット制検討チーム名の意見書と、前出東京高裁判決に対して国が上告することを求めた過労死弁護団全国連絡会議と全国過労死を考える家族の会の要請が配布された。意見書は、「上記高裁判決が出された情勢の下で、また、現行の行政法等の考え方等を考慮するならば、現時点では、被災労働者や遺族に不利益が生ずることがないようにすること、過労死やハラスメントの防止に悪影響が生じないようにすることを前提条件にして、何らかの形での事業主側の保険料増額に関する不服申し立てを是認することもやむを得ないと思料する」とした。
12月7日には働くもののいのちと健康を守る全国センターが、「メリット制適用事業主の不服申立の取り扱いに関する検討に対する見解」を発表し、「労災保険給付は、利益相反することから事業主が当事者となることは絶対に認められない。加えて、保険料認定決定における適否を審査請求等で争えたとしても、給付決定に対する要件該当性を否定することはあり得ない。こうした現状をふまえるならば、メリット制そのものを廃止し、保険料の個別決定による行政手続きの煩雑さを解消するなど、現場実務を削減すべきである。決して新たな業務を増加させるべきではない。小手先の見直しではなく、労災保険料のメリット制そのものを見直し、直ちに廃止するよう求める」とした。
■検討会報告書の公表と反響
12月13日に厚生労働省は、「労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服の取扱いに関する検討会報告書」を公表した。「保険料認定処分の不服申立等において、労災支給処分の支給要件非該当性に関する主張を認める」等の「措置を講じることが適当であると考える」としたものである。
同日、日本労働組合総連合会は事務局長名で「『労働保険徴収法第12条第3項の適用事業主の不服取り扱いに関する検討会報告書』についての談話」を公表。「特定事業主による不服申し立て等が認められると、その後の賠償請求訴訟だけでなく、給付審査などへの影響も懸念されるが、一方で、不服申し立てが認められたとしても労働者への給付に対する影響は排除し、被災労働者やその家族の生活の安定を引き続き維持する方向性も示したものと受け止める」とした。
12月15日には全国労働組合総連合が「労災保険制度における事業主不服申し立てに反対する意見」を提出した。「保険料認定処分に対し、事業主に労災支給処分の支給要件非該当性に関する主張を伴う不服申し立てを認める新方針は、撤回することを求める」とした。
■労災保険部会への報告
さらに厚生労働省は、12月16日午前中に開催した第106回労災保険部会に同報告書を「報告」し、「準備が整い次第、関係通達を発出することを考えている」と説明した。
公益代表委員の中野妙子・名古屋大学大学院法学研究科教授は、検討会の委員でもあった立場から、報告書は、労災認定の争いを認めない国の立場を維持するため、被災労働者の法的地位の安定と保険料を負担する事業主の手続保障の間のバランスをとったものである等と説明して、その内容を擁護した。
労働者側代表委員の冨髙裕子・連合総合政策推進局総合政策推進局長は、労災保険制度全体に与える影響を考慮しつつ検討すべきという意見だった。厚生労働省が労災認定を争うことを認めない従来の立場を維持することは支持。東京高裁判決はきわめて遺憾であり、行方を注視している。問題の発端であるメリット制について、経済構造等も変化しており、労災低減効果があるのか検討する必要があるとも述べた。
使用者代表委員の坂下多身・日本経済団体連合会労働法制本部上席主幹は、全額事業主負担で、メリット制で引き上げの可能性もあること。最近は精神障害や脳心臓疾患など業務に起因するものか微妙なものもあり、何らかのかたちで争うことができるようにすることは望ましいという意見だった。係争中の裁判について様々な受け止めや声があることは承知している。迅速な補償、安定させることが重要で、後に見直されるようになると制度の趣旨を損なう、等とも述べた。
厚生労働省は、メリット制の見直しには慎重な検討が必要として、どのような検証ができるのかという視点から考えたいと答えた。係争中の裁判には関係機関とも協議してしっかり取り組むとも述べた。
さらに労働者側代表委員の田久悟・全国建設労働組合総連合労働対策部長が、拙速でなく、慎重な検討を引き続きすることが必要。十分な分析を行い、問題点を検討すべきであると意見を述べた。また、メリット制の存廃自体も含めた検討をしていくべきだと考えていると付け加えた。
以上が労災保険部会におけるやりとりのすべてであり、賛成も了承もない「報告」だった。
同日午後にNHKは、「労災保険 企業の不服申立て認める新たな仕組み導入へ」として、「反対意見はなかったことから準備が整い次第、導入されることになりました」と報じた。頭撮りだけして厚生労働省のコメントを一方的に垂れ流すのではなく、きちんとした取材に基づく報道を望みたいものだ。
■緊急アピール行動と記者会見
これに対し全国安全センターは労働組合、被災労働者家族の協力を得て、部会が開かれたNS虎ノ門ビル前での「労災保険制度事業主不服申し立て制度を止めよう!労災保険部会・緊急アピール行動」に取り組み(20名が参加)、午後には、厚生労働省で記者会見を行なった。
記者会見には、東京労働安全衛生センター・天野、神奈川労災職業病センター・川本、関西労働者安全センター・田島、全国安全センター・古谷と厚生労働省との意見交換会にも参加した東京管理職ユニオンのあんしん財団のAさんと全国一般東京南部の中島委員長が出席。詩型コロナウイルス感染症にり患し労災認定されたよこはまシティユニオン組合員のTさんもオンラインで参加してくれた。
労災保険部会では賛成も了承もなく、通達を発出するかどうかは厚生労働省自体の判断であり、その責任は大きいことを強調した。12月20日現在、NHK以外のメディアはまだ労災保険部会報告以降の動きを報じていない。
労災認定自体でも、保険料認定を通じてでも、労災認定に対する事業主不服申立制度には反対である。通達を発出する方針(仮に通達を発出してしまった場合にはその通達)を撤回するだけでなく、より根本的な対応として労災保険のメリット制自体の廃止を求める。
安全センター情報2023年1・2月号