特集/福島第一原発における被ばく労働の現状と課題-放射線被ばく、労災、過労死 。外国人労働者導入は見送り
被ばく労働問題省庁交渉、労災認定・裁判支援等 2019/07
飯田勝泰(東京労働安全衛生センター事務局長)
目次
はじめに
2019年3月、東日本大震災から8年が経過した。東京電力福島第一原発事故は未だ収束してない。この厳然たる事実から私たちは目を背けることはできない。政府・東電は、廃炉までのロードマップを想定し、1~3号機の溶けた核燃料を順次取り除く方針を打ち出しているが、それを可能にする技術は開発されていない。今後の事故収束・廃炉工程で作業員がいのちと健康を危険にさらすことはないか、しっかりと監視の目を向けていかなければならない。
1 廃炉・汚染水対策の現状
政府・東電は福島第一原発(イチエフ)の廃炉・汚染水対策の行程を中長期のロードマップとして示している。事故発生から30年~40年かけて廃炉措置を完了するという目標をたて、中長期ロードマップの進捗状況を、毎月開催される廃炉・汚染水対策チーム会合で報告している。1)
2019年4月25日に開催された同会合の報告によれば、原子炉のメルトダウンを免れた4号機では、2014年に使用済み燃料の取り出しが完了したが、1号機、2号機では、建屋内のがれきの撤去、除染が開始されたばかりである。2023年度をメドに使用済み燃料の取り出しを開始するとしている。3号機では、2019年4月15日から燃料取り出しをはじめ、7体の燃料(559本のうち)が完了した。また、1号機、2号機では、原子炉格納容器内の状況を把握し、燃料デブリを取り出すための工法を検討している段階である。2019年度中に燃料デブリの取り出し方法を確定することになっているが、いまのところ格納容器内部に入れたカメラ等で内部の状況の一部を確認できたにすぎない。
汚染水対策は暗礁に乗り上げている。すでに100万トンの汚染水が構内のタンクに保管されている。950基のタンクが設置されているが、2020年にはタンクの容量が限界に達するという。原子力規制庁は、トリチウムを含む汚染水の海洋放出が現実的という見解だが、地元の漁業組合をはじめとして、海洋放出には反対している。安易な汚染水の海洋拡散は許されない。
2 福島第一の被ばく労働の実状
福島第一原発における事故収束・廃炉作業に登録されている東電社員及び協力企業の作業員は、2018年12月~2019年2月の1か月あたり約9,500人。実際に業務に従事したのは、1か月あたりの平均で約7,200人である。2016年度以降の1か月当たりの平均作業員数は、約3,900人~6,200人規模で推移している。2)
東電は、作業員の月平均の被ばく線量が毎年度減少していることを強調している。2015年度の月平均の被ばく線量は約0.59mSv、2016年度約0.39mSv、2017年度0.36mSvであり、年間の被ばく線量の目安(20mSv/年≒月1.7mSv/月)からすると、「大半の作業員の被ばく線量は、線量限度に対して大きく余裕があると状況である」としている。
一方、過去3年度の累積線量を表にした。
年間平均の被ばく線量は2016年度2.90mSv、2017年度2.69mSv、2018年度2.43mSvとなっている。事故発生前の年間平均被ばく線量約1.0mSvまでには減少していないことが分かる。さらに、年間被ばく線量の目安20mSvを超える作業員は、2016年度1,377人、2017年度74人だった。イチエフ構内では、がれきの撤去や除染によって空間線量はかなり下がったものの、原子炉建屋内部はもちろん、周囲の線量は依然として高い。2018年12月の被ばく労働問題省庁交渉でも問題になったが、原子炉建屋内部や周囲での作業で、被ばく線量が高まる傾向にある。
3 第18回被ばく労働問題省庁交渉
2018年12月18日、全国安全センターは、18回目となる被ばく労働問題に関する省庁交渉を行った。交渉には、厚生労働省、経済産業省に加え、初めて東京電力からも担当者が出席した。
福島第一原発事故発生以来、放射線被ばくによる白血病を発症した作業員3人、甲状腺がん2人、肺がん1人労災認定されている。また、2017年10月にイチエフ構内で倒れ急性心疾患で死亡した車両整備士が過労死として認定された(後述)。事業所とイチエフ間の移動が業務として認定され、長時間労働や不払い賃金の問題が明らかになった。
一方、東電は2017年来、イチエフ構内では軽装備でも作業可能なエリアが拡大し、労働環境が大幅に改善されたとして、協力企業への発注労務単価を見直し、下請労働者の賃金を切り下げる方針を打ち出した。賃金の減少に対する作業員の不満が高まっていた。
2018年12月18日の交渉では、作業員の社会保険、労働保険の加入状況、長期健康管理制度の実施状況、労働災害の発生と労災補償状況を確認するとともに、イチエフでの就労に伴う移動の実態、緊急時の救急対応と医療施設の体制、被ばく防護対策の実態、労災認定問題等を取り上げて交渉を行った。
○福島第一原発の作業員の社会保険、雇用保険加入について【厚生労働省】
- 福島第一原発の協力会社、下請会社の労働者の社会保険、雇用保険加入状況について、実態を把握するよう要請してきたところである。現在どのようにその実態を把握しているのか明らかにすること。
- 下請事業者の中には、社会保険、労働保険の加入を回避するため、作業員との間で請負契約を結び、特別加入の労災保険をかけさせている場合がある。福島第一原発内で、一人親方または事業主として労災保険の特別加入者がどれだけいるのか調査し、その実態を明らかにすること。
- 社会保険、雇用保険の未加入事業者に対して、監督指導を徹底すること。
- とくに被保険者確認請求の手続により失業保険給付を受給できる権利を労働者に周知徹底するため、リーフレット等の作成することを確認した。その後の取り組みについて明らかにすること。
【回答】
協力会社の社会保険、雇用保険の加入率は100%(年金局、雇用保険課)
厚生労働省年金局と雇用保険課は、東電の協力会社の労働者の社会保険、雇用保険の加入率は100%であると回答した。しかし、数次を超える請負構造の末端の労働者まで加入しているとは考えられない。東電は、毎年労働環境改善のアンケートを実施しており、厚生労働省は独自調査が困難ならば、東電に指示しアンケートに社会保険、雇用保険の加入状況を確認する質問項目を追加させることもできるはずだ。実態把握に努めるべきである。
○福島第一原発の作業員の労働条件について【厚生労働省】【経済産業省】
東電が「労働環境の改善に向けたアンケート結果(第8回)と今後の改善の方向性について」(2017年12月)を発表している。その内容について東電に詳細を確認し、以下の事項について明らかにすること。
- 東電は「2017年4月から雇用会社と雇用契約の有無について、書面により確認し、雇用契約を確認することができた方々のみ、福島第一での就労を可能とするような運用をしている」と報告しているが、具体的にはどのような形態、方法によりなされているのか、東電から詳細を確認し、明らかにすること。
- 「不適切な作業指示」では「作業内容や休憩時間等を指示する会社と賃金を払っている会社が違う」と回答した者が、作業員2,754人中174件、6.8%あった。そのうち35件は適正な指揮命令系統が確認されたが、139件は元請企業への周知徹底を依頼するにとどまっている。東電の情報をもとに監督機関が調査、監督指導を行い、偽装請負や違法派遣の防止に徹底して取り組むこと。
- 東電は、「緊急安全対策による労働環境改善方策の一環として、設計上の労務費の割増をしたうえで工事代金を算出し、…作業員の皆様の賃金改善が図れるよう取引先様と一定となって取り組んでおります」と報告している。しかし、2018年1月、マスメディアの報道によれば、「福島第一原発で働く作業員の賃金が4月から下がる。東京電力が「危険手当」の意味合いで加算していた割り増し分を、「労働環境が改善された」という理由で大幅に減額する」という(2018年1月22日、東京新聞)。東電は、「設計上の労務費単価に加算する割増について、Gゾーン(B/C区域相当)は新たに設定、管理対象区域外及びA区域相当のエリアは改めて設定する」と発表している(2019年1月28日)。東電の設計労務費の減額は、作業員の賃金切り下げに直結するものであり、労働条件の悪化につながる。このような東電の労務単価切り下げを国はどのように受けとめ、対応するのか明らかにすること。【経済産業省】
- 福島第一原発の下請労働者の賃金の実態調査を実施し、賃金の水準と推移を把握すること。【経済産業省】
- 被ばく線量が20mSv超になった労働者が、被ばく線量の上限に達したとして雇用主から作業員が解雇されている。その実態について国は把握しているのか明らかにすること。被ばく線量限度超えを理由にした解雇は許されないこと、当該労働者の雇用継続が確保されるよう、東電、協力事業者を指導すること。【経済産業省】
【回答】
1. 元請企業の雇用契約書により協力企業と労働者との雇用関係を確認。そのうえで作業員名簿に記載して東電に提出。東電はこの名簿を確認して、作業員全員に雇用契約の完了を確認(需給調整課)。
3. 4. 個別企業の手当の引き下げは把握していない。福島第一原発の下請労働者の賃金実態調査は検討していない(賃金課)。
3. 4. 個別・具体的な賃金水準に立ち入るものではない。適正化はすべからくイチエフの作業場所を下げるわけではなく、改善された場所、軽装化を図った場所、装備を着けなくてよいところを適正化した。いまのところ作業員確保に困っているとは聞いていない(経済産業省)。
2018年1月、マスメディアは「福島第一原発で働く作業員の賃金が4月から下がる。東京電力が『危険手当』の意味合いで加算していた割り増し分を、『労働環境が改善された』という理由で大幅に減額する」と報じた(東京新聞、18年1月22日)。
その一方で、厚生労働省賃金課は、個別企業の手当引き下げを把握しておらず、イチエフの下請労働者の賃金の実態調査も検討していないと回答。経済産業省も、個別・具体的な賃金水準に立ち入らない。労働環境が改善された場所、作業員の軽装化を図った場所、装備を着けなくてよいところを適正化した。いまのところ作業員確保に困っているとは聞いていない、と回答した。設計労務費の削減は下請労働者の賃金切り下げに直結する切実な問題であり、今後の事故収束・廃炉作業にも重大な影響を及ぼす。東電と協力企業との契約には関与できなことを口実に、国が労働条件の悪化を見過ごすことは許されない。
○労働災害発生状況及び労災補償状況【厚生労働省】
2017年度の福島第一原発事故収束作業における業務上災害・通勤災害、業務上疾病に関して明らかにすること。
- 2017年度の業務上災害の発生件数、災害の内容
- 2017年度の業務上災害及び業務上疾病、通勤災害の労災補償状況について、請求件数、決定件数、支給件数及びその内訳
- 東電が公表している災害状況報告と厚生労働省の業務上災害の発生状況、労災補償状況を照らし合わせて、災害防止対策、労災隠しの摘発と根絶、労災請求勧奨を徹底すること。
【回答】
1. 2017年東電福島第一原発構内における休業4日以上の死傷災害は3件。
3. 東電が毎年度まとめている作業災害一覧の報告は17件。厚生労働省が把握する労災請求件数は26件。負傷の請求15件、支給決定13件、業務上疾病の請求11件、支給決定1件。通勤災害は請求、支給とも0件。東電の作業災害17件より多い再回答する(補償課)。
東電は毎年4月、イチエフ構内で発生した「作業災害」について報告している。2017年度は17件、2018年度は21件である。厚生労働省安全課は、労働者死傷病報告に基づく労働災害を回答。後日、衆議院議員阿部知子事務所を通じて提供された2011年~2018年の休業4日以上の死傷災害発生状況は41件(死亡災害4件含む)である(上の表)。厚生労働省補償課は、2017年度に作業員が負傷、疾病で労災請求した件数は26件と回答。東電が公表している作業災害17件に比べ多かった。東電が把握していない労災請求事案があったものと考えらえる。
〇事業所と福島第一原発間の移動時間について
【厚生労働省】
2018年10月16日、いわき労働基準監督署は、福島第一原発の車両整備工場で働いていた自動車整備士が構内で倒れ致死性不整脈で死亡した事案を、長時間労働による過労死として労災認定した。当該労働者は、午前4時30分に事業所に出社し、社用車で福島第一原発に移動し、構内での車両整備業務に従事した後、再び事業所に戻り勤務していた。構内での業務だけでなく、事業所との往復移動時間も労働時間として認められた。福島第一原発では登録車両以外の進入は認められていない。作業員の大半はいったん事業所等に出勤し、登録車両で福島第一原発に移動している。こうした事業所等から福島第一原発での就労に伴う移動は、通勤ではなく業務である。
- 事業所等から福島第一原発での就労に伴う移動について実態を調査すること。
- 事業所等から福島第一原発での就労に伴う移動が業務であることを周知徹底するとともに、使用者に対して移動時間に対する賃金支払い義務があることを監督指導すること。
【回答】
平成29年1月20日付け「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を周知し、事業場に対する指導、是正を行っていると回答(監督課)。猪狩さんの過労死労災認定の事例では、イチエフと事業場との移動は労働時間と認められた。遠方の集合地点からイチエフに移動するという特殊事情がある。そのような実態を調査して指導すべきとの要請に対し、監督課は、本省、福島労働局に伝えると回答。
猪狩忠昭さんは、会社とイチエフの移動が業務にあたるとして、毎月100時間以上の時間外労働が認められ、過労死として労災認定された。事業所とイチエフの移動について、大半の労働者は「通勤」とされて、賃金も支払われていないのが実態である。厚生労働省に対し、イチエフでの就労に伴う移動について実態を調査すること、使用者に対し移動時間に対する賃金支払い義務があることを監督指導するよう求めた。しかし、監督課の回答は、「労働時間の適正な把握のための使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日)を周知するという一般的なもの。移動時間が業務である場合、作業員の長時間労働の是正や不払い賃金の支払い等、監督指導すべきである。
〇医療体制状況について
【厚生労働省】
- 福島第一原発構内で負傷者や体調不調者が発生した場合、東電、元請、下請事業者間の通報、医療施設(ERを含む)への連絡、負傷者、不調者の搬送と受診、医療処置、外部への救急搬送等(ドクターヘリを含む)、構内での医療体制がどのようになっているのか具体的に明らかにすること。
- ERが開設されて以降、ERに搬送された件数及びその内訳。
- これまでドクターヘリの利用回数、ERから外部医療機関に搬送された件数とその内訳
【回答】
ERの体制、運用の現状を説明。これまでの傷病発症件数は約900件。内訳は、かぜ、腹痛、熱中症、創傷、心筋梗塞、脳卒中等。ドクターヘリの利用回数は13件。ERから外部医療機関に搬送された件数は90件。内訳は、熱中症、創傷、骨折、心筋梗塞、脳卒中等(東電)。
イチエフ構内で負傷者や体調不調者が発生した場合の東電の対応を確認した。東電がイチエフ構内のERの体制、運用状況を説明。心筋梗塞や脳卒中等で外部医療機関に搬送されている事例があるが、そのうち労災認定されたのは、2011年5月14日に心筋梗塞で亡くなった大角信勝さんと2018年10月16日に致死性不整脈で亡くなった猪狩忠昭さんの2例に過ぎないと思われる。
〇放射線被ばく防護対策について
【東電 1.~6.】【厚生労働省 7.】
- 東電が公表している毎月の外部被ばく線量の集計にて、最大被ばく線量を受けた作業者の作業内容を明らかにすること。
- 「東京電力福島第一原子力発電所における安全衛生管理対策のためのガイドライン」(平成27年8月26日基発0826第1号)に基づき、全労働者の被ばく線量の総計が1人・シーベルトを超えるおそれのある放射線業務については、①「被ばく低減仕様書」の作成、②元方事業者による「放射線管理計画書」、「放射線作業届」(1日につき1mSvを超える恐れのある作業)を作成させ、富岡労働基準監督署に提出させ指導することになっている。前回交渉(2017年7月20日)では、厚生労働省放射線対策室は、2017年6月末までの放射線管理計画届は6件(建屋内)、放射線作業届4,085件(PCV内部の調査)と回答している。それ以降、現在までの同計画届、同作業届の件数、内容について明らかにすること。
- 同ガイドライン通達後、計画届、作業届以外の作業で最大被ばく線量を受けた作業者がいるか明らかにすること。また、いまだに最大被ばく線量が月10mSv前後になっているが、最大被ばく線量を低減するためにどのような指導を行っているのか明らかにすること。
- 計画被ばく線量1mSv/日を超える高線量被ばく作業は認めるべきではないこと。
- 前回の交渉で、どの年においても50mSv/年、5年で100mSvを超えないよう被ばく線量管理を徹底させるよう要請したが、明確な回答が得られなかった。再度回答すること。
- 前項と同じく、東電に対し線量管理期間を問わず事故発生時から各月までの累積線量分布を公表させるよう求めたが、明確な回答が得られなかった。再度回答すること。
- 現在の東電福島第一原発の現状は緊急被ばく状況ではないにもかかわらず、特定高線量作業が容認されている。2015年10月以降、緊急被ばく限度が適用される特定高線量作業の届出はない。電離則7条の適用による特定高線量作業を廃止すること。【厚生労働省】
【回答】
- 最大被ばくを受けた方の作業内容は公開していない(労働衛生課)
- 2018年11月末現在で、放射線管理計画届は累計9件、放射線作業届は累計4,498件(労働衛生課)。
- 計画届、作業届に記載された以外の作業で最大被ばく線量を受けた作業者がいるのか否かは把握していない(労働衛生課)。
- 電離則第4条、5年につき100mSvを超えず、かつ1年につき50mSvを超えないように、遵守徹底が重要(労働衛生課)。
- 電離則第4条、5年間とは事業者が事業場ごとに定める日を始期とする5年間、1年とは5年間の始期の日を始期とする1年間とする旨が規定されている(労働衛生課、東電)。
- 今後、緊急被ばく限度が適用されるような作業が発生しないとは言い切れない状況にあるため、特定高線量作業を廃止することは考えていない(労働衛生課)。
東電は毎月、外部被ばくの最大被ばく線量を公表している。2019年4月24日公表のデータによれば、2018年1月の最大被ばく線量は7.81mSv、2月は12.60mSv、3月11.81mSv。変動はあるものの、かなり高い被ばく線量になっている。どのような作業でそれほどの線量を浴びたのか、厚生労働省労働衛生課は、作業内容を公開していないと回答した。他方、東電は今年4月15日、特定原子力施設監視・評価検討会(第70回)に報告した「3号機燃料取り出しに向けた進捗状況」のなかで、2018年8月に3号機の燃料取扱設備に生じた不具合の対応と復旧訓練で、2018年月~2019年3月までの個人最大被ばく線量が14.73mSvだったと報告している。国は、どのよう作業で被ばく線量が高まり、どう対策を指導したのか明らかにすべきである。2018年11月末現在、厚生労働省の提出された放射線管理計画届は累計9件、放射線作業届は累計4,498件。両届に記載された作業以外で最大被ばく線量を受けた作業者がいるかどうかを労働衛生課は把握しなかった。放射線防護対策を監督指導する行政として、怠慢と言われても仕方がない。
〇福島第一原発事故の緊急作業従事者の長期健康管理制度について
【厚生労働省】
- 東電福島第一原発の緊急作業従事者の長期健康管理制度について、現在までの実施状況を書面で明らかにすること。
① 現在までの登録証の発行数
② 特定緊急作業従事者被ばく線量等記録手帳の発行数
③ がん検査の実施状況とがんの発症件数とその内訳
④ 健康相談、保健指導の実施状況 - がん検査によりがんの発症が確定診断された場合には、当該受診者に必ず労災請求を勧奨すること。
- 福島第一原発の事故収束作業は長期間つづき、今後も他の原子力施設に比して高線量被ばく作業に従事する労働者が増える。また、白血病、甲状腺がん、肺がんの労災認定も出ている。2011年12月16日以後に福島第一原発で事故収束作業に従事しているすべての作業者に登録証を発行し、被ばく線量にかかわらずがん検査が受けられるようにすること。
- 特定緊急作業従事者に対する健康相談や保健指導に必要な費用負担を補助すること。
- 必ず放射線障害に関する労災補償制度について説明すること。
- 放射線業務従事した労働者に対し、労働安全衛生法に基づく健康管理制度を適用すること。
- 2014年度から放射線影響協会に委託して実施している福島第一原発緊急作業従事者の疫学調査について、これまでの調査の実施状況について明らかにすること。受診者が2割(4千人強)と言われるなかで、どのような改善策、取り組みをしているのか明らかにすること。
【回答】
- 登録証19,786人。被ばく線量等記録手帳は877人に発行。白内障の検査の実施状況は72.3%、がん検診等の実施率は96.6%。がんの発症件数とその内訳は把握していない。これに対し、がん検査をやって生涯にわたり健康管理を国が支援することになっている。がん検査の結果、確定診断につながるかもしれない。受診者ががんを発症した場合は、国が労災請求を勧奨すべきと重ねて要請したが、検査結果として「要精検」、「異常なし」は報告されるが、がんの発症まで報告を求めていないと回答(労働衛生課)。4)
- 緊急作業従事者約2万人に、直接、毎年放射線被ばくに関する労災保険のリーフレットを送付している(補償課)。
- 緊急作業者のみ対象。それ以外の作業員は健康診断の実施、線量記録の保存を事業者に義務付けている(労働衛生課)。これに対し、2011年12月16日以降入場した作業員の中にも緊急作従事者よりも、被ばく線量が多い人がおり、非合理との批判が出た。
- 及び5. 特定緊急作業従事者に対しては、東電福島第一原発緊急作業従事者健康相談等事業として国の費用で実施(労働衛生課)。
労働安全衛生法に基づく健康管理制度は一定の要件があるため、適用困難(労働衛生課)。
6. 約2万人の4割、7千人超の方々に参加してもらっている(労働衛生課)。
福島第一原発事故のあと、厚生労働省が急ごしらえで作った緊急作業従事者の長期健康管理制度では、約2万人の緊急作業従事者をデータベースに登録し、生涯にわたって健康管理を行うことになっている。厚生労働省労働衛生課の回答は、現在までに、登録証は19,786人、被ばく線量等記録手帳は877人に発行。白内障の検査の実施状況は72.3%、がん検診等の実施率は96.6%。しかし、がんの発症の有無、がんの種類については把握していない。がん検診を受けても「要精検」、「異常なし」の結果だけが報告されるという。受診者ががんを発症した場合に、国が労災請求を勧奨すべきと重ねて要請した。
労働安全衛生法に基づく健康管理制度を適用し、放射線業務従事者に対して健康管理手帳を発行すべきことを繰り返し要請しているが、相変わらず「適用困難」との回答だった。
〇福島第一原発でのがんの労災認定等について
【厚生労働省】
- 2017年12月、福島第一原発の緊急作業、事故収束作業に従事した東電の社員が白血病を発症し労災認定された。また、2018年8月末、肺がんで死亡した元原発作業員の労災が認定されたと報道されている。死亡した当該作業員の累積被ばく線量は195mSv、事故後の緊急作業に従事し、被ばく線量は約74mSvだったという。
これまでの2例の白血病の認定について、厚生労働省は「電離放射線障害の業務上外に関する検討会の検討結果及び労災認定」を発表し、わずかながらも放射線被ばくによる労災認定に関する情報を発表している。しかし、それ以後の甲状腺がん、白血病、肺がんの認定事案については、そのような情報が同検討会のホームページにも公表されていない。その理由を明らかにするとともに、同事案に関する「検討会」の検討結果及び労災認定ついて明らかにすること。 - 2017年度から現在までの間における電離放射線障害による労災請求事案の件数及び疾病名、被ばく業務内容等について明らかにすること。
- 厚生労働省は「労災認定されたことをもって、科学的に被ばくと健康影響との因果関係が証明されたものではない」と説明し、本来、労災補償と白血病の認定基準の考え方を正確に伝える取り組みをしていない。あらためて放射線被ばくによる白血病の労災認定基準の考え方及び放射線被ばくによる健康障害の労災認定事例に関して、積極的に周知する取り組みを行うこと。
【回答】
- ①2015年10月 白血病、②2016年8月 白血病、③2016年12月 甲状腺がん、④2017年12月 白血病、⑤2018年8月 肺がん、⑥2018年12月 甲状腺がんを認定(補償課)。
- 事故から12月12日までの請求件数は16件、そのうち支給決定が6件、不支給決定が5件、調査中5件、これ以外に請求取り下げが2件(補償課)
- 原則として個別の労災請求事案については個人情報の観点から公表していないが、緊急作業従事者に対して労災認定の要件を満たせば労災補償が受けられるということを周知し、労災請求が適切に行われるようにするため、緊急作業従事者が発症した疾病の支給決定事案については、本人等の同意を得たうえで事案の概要を公表、労災認定の考え方について公表している(補償課)。これに対し、緊急作業者の白血病だけでなく、甲状腺がんや肺がんに関する労災認定事例の概要も、厚生労働省がマスメディアにプレスリリースした範囲の情報を、ホームページに掲載するよう再検討を要請した。
これまで厚生労働省は、2例の白血病の労災認定について、「電離放射線障害の業務上外に関する検討会の検討結果及び労災認定」を発表し、放射線被ばくによる労災認定に関する情報を公開している。しかし、それ以後の甲状腺がん、白血病、肺がんの認定事案については、報道機関へのプレスリリースのみで、厚生労働省のウェブサイトで情報を発信していない。
厚生労働省労働基準局補償課は、原則として個別の労災請求事案は公表していないが、緊急作業従事者に対しては、認定要件を満たせば労災補償が受けられることを周知するため、本人の同意を得て事案の概要を公表したと回答している。緊急作業従事者に限らず、イチエフ作業員にとって放射線によるがんの認定事例に関する情報に無関心ではいられない。可能な限り厚生労働省は情報を公表し、周知すべきである。
〇過酷事故における炉心溶融と水蒸気爆発の危険性について
【厚生労働省】
福島第一原発で起きた過酷事故における炉心溶融の対策として、原子炉下部に水張りをして溶融炉心を冷却する方式は、水蒸気爆発を起こす危険性がある。
労働安全衛生規則249条では「事業者は、水蒸気爆発を防止するため、溶融した高熱の鉱物(以下「溶融高熱物」という)を取り扱うピット(高熱の鉱さいを水で処理するものを除く)については、次の措置を講じなければならない」として、「①地下水が内部に侵入することを防止できる構造とすること。ただし、内部に滞留した地下水を排出できる設備を設けたときは、この限りでない。②作業用水又は雨水が内部に侵入すことを防止できる隔壁その他の設備を周囲に設けること」と規定している。
一方、東電は、「労働安全衛生規則第249条の適用対象となるピットについては、『高熱の鉱さいを水で処理するものを除く』と規定され、解釈通達に『高熱の鉱さいに注水して冷却処理するもの』が例示されていることから※、原子炉格納容器下部注水設備のように、水の注入による冷却処理を前提とした設備に適用されているものではない」との認識を示している(2018年9月26日)。
しかし、これは、溶融高熱物と水との接触に伴って発生する水蒸気爆発を防止するための措置を義務付けた安衛則249条に反する解釈ではないか。厚生労働省の考えを説明すること。
4 「高熱の鉱滓を水で処理するもの」とは、高熱の鉱滓に注入して冷却処理するもの及び高熱の鉱滓を水中に流しこんで粉砕処理(水砕処理という。)するもののことをいう。
※安衛則第249条解釈例規
【回答】
何か起こったときにそれを受けとめる条文がないのは非常にまずい。原発というきわめて特殊な環境で行われている作業であったり、労働者の安全という観点から、注水設備で水蒸気爆発が起こるとはたして水蒸気が労働者のいるところまでいくのか、なかなか安衛則の適用というのは難しい。どちらかというと一般的な規則というより、もっと大きな法令の中で規制するのが馴染むのかと個人的な意見として思うところで、現状では難しい(安全課)
4 あらかぶ裁判支援と被ばく労働ネットの取り組み
(1)あらかぶ裁判で大法廷を埋め尽くす傍聴
2011年10月~2013年12月、東電福島第一原発事故発生後、福島第一原発、第二原発での事故収束作業や九電玄海原発での定期点検作業に従事した鍛冶工のあらかぶさん(通称)は、2014年1月、急性骨髄性白血病を発症し、2015年10月に労災認定を受けた。
2016年11月、あらかぶさんは、東京電力、九州電力が放射線防護対策等、安全配慮義務を怠ったとして、両社を被告として、原子力損害賠償法に基づく損害賠償請求訴訟を東京地裁に提訴した。全国安全センターとしても、あらかぶさんの裁判を支援する「福島原発被ばく労災損害賠償裁判を支える会」(以下、支える会)の結成を呼びかけ、筆者が共同代表の一員に加わり、裁判闘争の支援運動に取り組んでいる。
被告東電、九電は安全管理に問題はなかったとして、あらかぶさんが従事したイチエフ等での業務と白血病発症との因果関係を否定し、全面的に争っている。
2019年5月で提訴から2年6か月が経過した。これまで11回の口頭弁論が開かれ、毎回、東京地裁の大法廷には傍聴席を埋め尽くす支援者が結集し、裁判終了後には議員会館等の会場で報告会を開催している。
(2)裁判の争点と今後の展開
2019年3月22日、支える会が開催した「東電・九電はあらかぶさんに賠償を支払え!東電の労災責任を問う3・22集会」では、海渡雄一弁護士があらかぶ裁判の争点と今後の展開について講演した。要旨を紹介する。
提訴以来、11回の口頭弁論期日を通じて原告、被告が主張・反論を展開している。裁判所は前提となる事実を確認し、「前提となる専門的知見」、「相当因果関係の考え方と労災認定基準の位置付け」、「重要な間接事実」、「結論」について争点を整理しつつある。原告側の主張は次のとおりである。
- 放射線被ばくと疾病との相当因果関係を判定するときの証明レベルについて、おおむね70~80%程度を超える確率が真実ならば「高度の蓋然性」が認められるべきであり、労災認定を受けていることで因果関係を推認できる。
- 原告の被ばく線量について、原発事故後の混乱時期のなかで放射線量測定方法に限界があり、アルファ・ベータ核種の内部被ばくが計測されておらず、ガンマ核種の内部被ばくが切り捨てられている。記録されている放射線量は著しく過小評価されている。
- 低線量被ばくによって白血病を含むがんの発症リスクは増加する。原告の受けた放射線量は計測された線量を超えた外部被ばく、内部被ばくを受けた可能性が高く、「ごく低線量被ばく」とは到底いえない。
- 白血病の労災認定基準では早くから5ミリシーベル基準が定められおり、原賠法改正時に労災認定された場合の損害賠償でも、放射線に起因するものとして合理性が認められている。
- 白血病は他のがんと異なり、海外の労働者被ばくデータを分析した最新の知見では、白血病のリスクの方が高いことが示されている。
- 原告の16番染色体異常は、原告の白血病が放射線被ばく労働に起因することを強く推認させている。
今後の裁判では、専門家・医師による意見書を提出する予定となっている。また、あらかぶさんの元同僚から、現場の実態がいかにずさんなものであったのかを裏付ける書面を提出することにしている。被告が原告の主張に反論するため、7月9日(火)第12回、9月24日(火)第13回の期日が入った。それ以後に証拠調べを行うことになるが、結審するまではまだかなりの時間を要する。
(3)被ばく労働ネットの取り組みと原発関連労働者ユニオン
2012年11月に結成された被ばく労働を考えるネットワークは、原発や除染労働者の危険手当問題、安全と健康、労災問題に取り組んできた。2018年6月、これまでの取り組みをまとめて、「原発被ばく労災―拡がる健康被害と労災補償」(三一書房)を編集出版している。
2019年5月26日、「原発労働者は団結して要求する5・26春闘集会」を都内で開催し、原発労災裁判を闘う梅田隆亮さん、あらかぶさんを招いて裁判闘争の意義と現状を話してもらい、全統一労組からは、福島で除染作業に従事させられたベトナム人技能実習生の被ばく労働問題の取り組みについて報告を受けた。さらに、被ばく労働ネットを中心に議論を積み重ね、「原発関連労働者ユニオン」の設立を呼びかけた。原子力施設や除染で働く労働者の個別の相談に応じ、問題解決を図りながら、労働条件改善、背景にある制度や業界の改善にも取り組んでいくこと提起した。
今春期、「原発関連労働者ユニオン」のリーフレットを作成し、福島をはじめ多方面に働きかけていくことにしている。
5 猪狩さんの過労死認定と遺族の闘い
(1)イチエフへの移動と長時間労働
猪狩忠昭さん(享年57歳、写真)は、福島県いわき市内のいわきオール(株)(会社)に勤務し、毎日、東電福島第一原発(イチエフ)の車両整備工場に派遣され、構内の車両の点検・整備の業務に従事していた。同車両整備工場の業務は東電から元請会社(株)宇徳に委託され、宇徳がいわきオール他2社の下請事業者に請負わせていた。
2017年10月26日午前6時に忠昭さんは、イチエフに入構した。午前7時に免震重要棟で朝礼に出席し、午前8時から車両工場で点検・整備作業を行った。午前中の作業を終え午前11時免震重要棟に戻り、昼食休憩をとった。午後1時前に再び工場に移動した直後、忠昭さんは血の気が失せた表情になり意識がなくなった。同僚が車でイチエフ構内にある医療室に搬送した。ドクターヘリが要請されたが、心肺停止状態で蘇生処置ができないため陸送救急車で外部の病院に搬送。午後2時30分頃に病院に到着したが、午後2時36分に死亡が確認された。死因は「致死性不整脈」と診断された。
忠昭さんは、毎日午前4時30分に会社に出勤し、同僚とともに会社の車両で国道6号線を使ってイチエフに移動し、イチエフでの業務終了後も会社に戻り、午後6時頃まで業務を行ってから帰宅していた。会社とイチエフとの往復の移動時間を含めると、相当な長時間労働になる。
遺族は、支援者の援助を受けながら、死亡当日の行動記録、過去1年間の勤務記録を克明に調べ上げた。会社から提供されたタイムカードやイチエフの入退記録等から、忠昭さんの時間外労働は死亡直前の1か月で122時間、死亡前6か月の平均が110時間を超えていたことが判明した。妻は夫の死が過労死であることを確信した。
2018年3月9日、遺族はいわき労働基準監督署に労災保険の遺族補償年金等を請求した。その後毎月いわき労基署に連絡し、支援者とともに要請に出向いた。同署は労災認定の標準処理期間の6か月を経過しても決定を出そうとしなかった。遺族は夫の一周忌までには墓前に認定の報せを届けたいと願っていた。10月半ばすぎ、同署から遺族に連絡が入り、10月16日付けで忠昭さんの死亡を業務上と認定し、遺族補償年金等を支給決定したことが伝えられた。
イチエフでは、事故発生直後の2011年5月、過酷な作業環境のもとで心筋梗塞を発症し死亡した配管工が労災認定されている。猪狩さんの過労死の特徴は、事故後のイチエフ構内で、全面マスクとタイベックを装着して車両の整備、点検作業を行うという過酷な作業負担にくわえ、会社とイチエフ間の往復移動を含めた長時間労働による過重負荷が認められ、労災認定されたことにある。
イチエフでの就労は、放射線管理区域という特殊な作業環境での被ばく労働であることに加え、周囲が避難地域であるために、作業員は遠方の事業所、宿舎等から長時間かかけてイチエフに移動しなければならない。忠昭さんは、午前4時半に会社に出勤し、血圧、体温を測定し、イチエフに入構するために必要なIDカード(個人識別)、WIDカード(元請会社や工事名記載)、フィルムバッジを装着し、会社の車両に乗り換えてイチエフに移動していた。その場合、移動は「通勤」ではなく、「業務」にあたることは明らかである。イチエフでの就労にともなう移動が業務であれば、当然にも使用者は労働時間として適正に管理し、賃金支払い義務が生じることになる。
(2)裁判提訴と追及する会の結成
2019年2月、忠昭さん遺族は福島地裁いわき支部に会社、元請、東電を被告とする損害賠償請求の裁判を提訴した。忠昭さんを長時間労働で過労死させた会社の不法行為、安全配慮義務違反は明白である。宇徳も元請事業者として管理責任は免れない。東電はイチエフでの救急医療体制を整備する責任があった。忠昭さんが工場で倒れて、同僚が車で構内の医療施設に搬送する際、連絡体制等の不備で直ちに救命治療が受けられなかった。加えて東電は、忠昭さんが亡くなった当日午後5時45分から記者会見を行い、そのなかで車両整備士が構内で倒れ救急搬送された病院で死亡が確認されたと発表。過労死ではないかという記者からの質問に対し、「直接の作業との因果関係はない」と回答した。同時刻は、遺族が急報をうけて病院に向かっている途中であり、まだ、忠昭さんと対面すらしていなかった。イチエフで尊い命が犠牲になったにもかわらず、自らの責任を回避するかのような東電の対応は、遺族の感情を著しく傷つけた。下請労働者の尊厳を否定するものであり、道義的にも許されるものではない。
2019年3月25日、第1回の弁論では遺族の妻が、5月23日第2回目の期日には、長男、長女がそれぞれ意見陳述を行った。家族を心配させまいとイチエフでの仕事について多くを語らなかった父親を突然失った悲しみと喪失感が消えることはない。なぜ父親が過労死したのか、裁判を通じて真実を究明してほしいと訴えた。
5月19日には、いわき市内で「福島原発の過労死責任を追及する会」が結成され、フクシマ原発労働者相談センター、全国一般いわき自由労組、全国一般全国協議会とともに、東京労働安全衛生センターの筆者が呼びかけ人・共同代表に名を連ねることとなった。福島の脱原発運動の市民団体や女性たちのグループ、東電福島原発刑事訴訟を闘う人びとも裁判傍聴や集会に参加しており、「追及する会」を中心に裁判闘争の支援運動の輪を幅広く拡げていくことにしている。
6 イチエフ、除染に外国人労働者受入れ
2018年12月の臨時国会で、政府は、出入国管理法の一部改正法案を成立させた。改正入管法により、新たな在留資格「特定技能1号」「特定技能2号」が創設され、出入国管理庁の設置等が決まった。この改正で政府は「特定技能1号」の外国人労働者を、建設、造船・船舶工業、介護等の14の特定産業分野に、今後5年間で約34万5千人を受入れる方針を打ち出した。改正法は2019年4月から施行されている。
(1)建設業の関連・付随作業で除染を認める
2019年4月からの法施行に合わせて、特定分野ごとに各省庁が特定技能の外国人労働者の受入れに関する運用についての基準等を策定した。
国土交通省は2019年3月20日、建設分野の基準を発表。そのなかで特定技能外国人が従事する業務に関する留意事項として、「建設工事に該当しない除染・除雪等の業務に従事させることを主な目的としている場合は、建設業への従事を目的とした受入れに該当しないことから、建設分野におけるいずれの業務区分に該当せず、建設分野においては受入れ対象外となります。ただし、これらの業務について、同じ特定技能所属機関に雇用され、特定技能外国人と同様の業務に従事する他の技能者が従事している場合、特定技能外国人に同程度の範囲内で従事させることは差し支えありません」とした。つまり、特定技能外国人が働く会社の同僚が除染業務をしていれば、同程度にさせることは差し支えないというのである。
(2)福島第一原発の廃炉への受入れ問題
さらに、福島第一原発での事故収束・廃炉作業では、いち早く東電が3月に協力企業に対して「在留資格「特定技能1・2号」のイチエフでの就労について」説明会を開催し、改正入管法の説明と特定技能外国人を就労させる場合には、「特段の育成・訓練を受けることなく直ちに一定程度の業務を遂行できる水準の技能、及び放射線量の正確な理解、班長や同僚作業員等からの作業安全指示等の理解が可能な日本語能力(コミュニケーション能力)が必要と考えられる」と説明した。特定技能外国人を受入れる前提で、東電は協力企業・下請事業者に対し就労にあたっての基準を示したのだ。
改正入管法が施行された4月、マスメディアは「原発に特定技能外国人東電福島廃炉に受け入れ」と大々的に報じた(2019年4月18日、朝日)。同記事では、「東電は、法務省に問合せた結果、「新資格は受入れ可能。日本人が働いている場所は分け隔てなく働いてもらうことができる」(東電広報担当)」と判断したという。
2018年、外国人技能実習生が除染業務に従事させられていたことが社会問題となった。あわてた厚生労働省・法務省・技能実習生機構は、同年3月14日付けで、「技能実習制度における除染等業務について」、また、5月16日付けで、「東京電力福島第一原子力発電所における技能実習の取扱いについて」を通知し、技能実習の禁止を周知することになった。
今回の建設業での特定技能外国人の多くは、技能実習からの移行が想定されている。権利侵害の温床たる技能実習制度のもとで、日本語教育も十分受けられず、底辺労働に従事させられてきた技能実習生が、特定技能制度という新たな枠組みの中で、電離則、除染電離則、ガイドライン等の周知と安全衛生教育が保障され、帰国後の健康管理、放射線業務による健康障害を発症したときに適切な補償が受けられようになるのだろうか。
4月の通常国会でも衆議院の厚生労働委員会、参議院の法務委員会、厚生労働委員会で野党の議員がこの問題を取り上げ、政府の見解を質した。厚生労働省の坂口卓労働基準局長は、電離則、除染電離則に基づく安全衛生教育を事業主に義務付けているとしながら、とくに特定技能外国人を含めた外国人労働者に対しては、平成31年3月28日の「外国人労働者に対する安全衛生教育の推進等について」(基発0328第28号)通達を出し、「外国人労働者を就業させる業務について、母国語に翻訳された安全衛生に関する教材や視聴覚教材を用いた教育、そして理解度を確認しながら継続的に教育を繰り返すこと等を適切に実施するよう関係事業者を指導しておるところ」と答弁している(4月25日、参議院厚労委員会)。在留資格の適否を審査する法務省も、特定技能として認められる分野、業務に該当するかは、個別の事案ごとに審査するというという答弁に終始していた。
(3)東電は当面受入れないと方針転換
こうしたなかで、特定技能外国人の送り出し国のひとつであるベトナム政府は、同国の技能実習生を除染作業で不当に被ばくさせないよう日本政府に要請したことがある。ベトナム政府は、特定技能のベトナム若者たちが、合法的に被ばくさせられることに重大な懸念を持っている。
5月21日、根本厚労大臣は記者会見で、急きょ東電に対し通達を出し、福島第一原発における廃炉作業で特定技能外国人労働者を放射線業務に従事させることは慎重に検討し、その検討結果を報告するよう求めた。5)
厚生労働省の通達を受けた東電は、翌5月22日、検討結果を厚生労働省に報告した。「日本語や日本の労働習慣に不慣れな労働者に対する安全衛生管理体制を確立する必要があること、放射線に関する専門知識がない労働者が作業することに起因した労働災害・健康障害が発生する恐れがある等の課題が想定されることもふまえ、当社としても、きわめて慎重に検討する必要があると考えている」「安全衛生管理体制の確立やリスクアセスメント及びその結果に基づく措置の実施、安全衛生教育の実施については、発電所の現場状況をふまえ、適切に行うことができるかどうかについて、より慎重に検討すべきと考えており、同検討には相当の時間を要する」「以上のことから、当面の間、発電所での特定技能外国人労働者の就労は行わないこととする」ことにした。6)
(4)特定技能外国人労働者と被ばく労働
政府は移民政策をとらない外国人労働者の導入策として、2018年の入管法改正により「特定技能」の在留資格を新設し、人手不足の特定産業の14分野に34万5千人の外国人労働者を受入れる方針を打ち出した。日本における移住労働者政策は大きな転換期を迎えている。
各省庁では特定技能外国人労働者が従事する業務の範囲、基準を定めているが、関連する業務や付随する業務の定義が極めてあいまいであり、放射線管理業務や除染業務に従事させられるおそれがある。また、技能実習生制度がそうであったように、今後、事業者の要求に応じて対象業務の範囲が拡大する可能性もある。
政府が慎重検討を求め、東電が「当面の間」受入れないということになったものの、楽観はできない。そもそも今後の福島第一原発の廃炉までには30年~40年以上かかるとされている。毎日、数千名を超える作業員が事故収束・廃炉作業に安定して供給される保障はない。人材確保が困難として、将来、建設業分野等で廃炉や除染業務が関連・付随作業として認められる可能性は否定できない。
いかなる特定分野の業務であれ、特定技能外国人労働者を福島第一原発構内や除染作業での被ばく労働に従事させるべきではないと考える。N4レベルの日本語能力の確保、外国人が理解できる法令周知や安全衛生教育・訓練の実施、帰国後の健康管理と放射線障害への補償等々、特定技能外国人労働者を受入れる元請や下請事業者にそれらの問題をクリアできる能力や支援態勢があるとは思えない。東電は発注者であり、特定技能外国人労働者の受入れと管理は、あくまで元請及び下請事業者の責任で実施しなければならない。こうした状況においては、特定技能外国人労働者を放射線障害の健康リスクのある被ばく労働に従事させるべきではないと考える。
当面、福島第一原発での就労はなくなったものの、建設分野等の業務で関連・付随業務として除染作業を行うことは容認されている。特定技能外国人労働者の被ばく労働の実態を注視していかねばならない。
1)東京電力ホールディングス「廃炉に向けたロードマップ」
2)東京電力ホールディングス「中長期ロードマップの進捗状況(廃炉・汚染水対策チーム会合/事務局会議)」2019年4月25日第65回事務局会議【資料2】中長期ロードマップ進捗状況(概要版)
3)東京電力ホールディングス「福島第一原子力発電所にて放射線業務に従事した作業者の被ばく線量の評価状況について」2019年4月24日
4) 厚生労働省「東京電力福島第一原子力発電所緊急作業従事者の長期的健康管理の実施状況について」(平成29年10月23日)
5) 厚生労働省「東京電力福島第一原子力発電所における特定技能外国人労働者に対する労働安全衛生の確保について」(令和元年5月21日)
東京電力サイトでの発表(同年5月21日)
6)東京電力ホールディングス「福島第一原子力発電所における外国人労働者に対する安全衛生の確保の徹底に係る厚生労働省通達に対する報告について」(2019年5月22日)
安全センター情報2019年7月号