既存アスベストに対するポーランドの対応2016.10 豪アスベスト安全・根絶機関(ASEA)報告書から
目次
政府の対応:国家除去プログラム
経済開発省は、ポーランドにおけるアスベスト除去プログラム(2009~2032年)を管理している。このプログラムは、ポーランドからすべてのアスベスト含有物質(ACM)を除去することを目的としており、現在、この種の除去プログラムとしては世界唯一のものである。プログラムは2002年から実施されている。ポーランドは、ポーランドに残っているACMをすべて特定し、除去を促進するための様々な戦略を検討するために多大な投資を行ってきた。これには補助金も含まれるが、より広範で、教育、訓練、情報、ACMに関するデータ収集も含まれる。
プログラムの目的は以下のとおりである。
1) アスベスト含有製品の除去及び廃棄
2) ポーランドにおけるアスベストの存在によって引き起こされる健康への否定的影響の最小化
3) 環境に対するアスベストの否定的影響の根絶
プログラムの歴史
プログラムは、2002年5月14日に閣僚会議によって初めて開始された(「ポーランドで使用されるアスベスト及びアスベスト含有製品の廃棄のためのプログラム」と名づけられた)。2010年に、最初の5年間を評価した結果、進展はあるものの遅く、プログラムが2032年までにアスベスト全廃という目標に到達する見込みがないことが判明したため、プログラムは拡大された。2002年から2008年の間に、約100万トンのACMが除去されたと推定されている。これは、年間約0.14トンに相当する。このペースが維持されるとすれば、残る1,450万トンはさらに100年かかることになる。この割合が変わらず維持されると予測するのはフェアではない(どんな建物でも古くなれば交換される可能性が高くなる)が、それでもこのプログラムが目標達成の軌道に乗っていなかったことを物語っている。
プログラムの運営と協力
ポーランドのアスベスト除去プログラムは現在、2009年7月14日の閣僚理事会決議第122/2009号に基づき運営されており、2010年3月15日の閣僚理事会決議第39/2010号により改正された。プログラムは、経済開発省のチーフコーディネーターが主導し、プログラム審議会が支援している。プログラムは経済開発省を通じて運営されているが、環境政策との強い結びつきがある。これには、アスベストがもたらす環境リスクを低減する必要性を強調する国家環境政策との関連も含まれる。効果的な管理により、ポーランド政府の環境影響評価では、同プログラムが環境に与える影響は限定的であるとされている。
プログラム審議会は、経済開発大臣の諮問機関である。全地方政府の代表のほか、企業、環境及び労働者の代表で構成される。経済開発省は、プログラムの実施に役割または影響をもつすべての代表団体をまとめるために、プログラム審議会を活用利用している。審議会を構成する人数は、以下に要約するように、かなりの数にのぼる。
1) 審議会会長
2) チーフコーディネーター
3) 経済開発大臣の代表
4) 以下によって指名された委員(各1名)
a. 財政、環境、保健、行政、地域開発、農業、国防、建設・空間・住宅管理担当大臣
b. 県の長
c. 主任労働監督官
d. 建築管理総監
e. 主任環境保護監督官
f. 主任衛生監督官
g. 環境保護・水管理国家基金総裁
h. Bank Ochrony Srodowiska S.A.総裁
5) 法令に記載された活動が危険なアスベスト含有廃棄物の管理に関連する非政府組織を代表する経済開発大臣によって指名されたメンバー(2名まで)
6) この分野で学術的に多大な功績のある専門家として経済開発大臣によって指名された委員
責任の共有
プログラムに対する責任は、全てのレベルの政府によって共有される。前述のとおり、経済開発省が中心的な機関であるが、アスベスト汚染問題の管理は、すべての政府レベル間のパートナーシップで達成されなければならない。とくに、地域の主導権を握る自治体(ポーランド語では県と市町村)に重点を置くことが重要である。アスベストを把握及び除去するために地方の住宅所有者を支援するためには、地元自治体の役割が不可欠であることは、筆者が会合に参加した際にも強く印象に残った。
プログラムの指導のもと、県は、プログラムに関連する自治体における以下のような活動に責任を負っている。
- 立法活動
- 教育と情報提供
- 公共建築物及びアスベスト製造施設跡地からのアスベスト除去。
- 電子空間情報/追跡によるプログラム実施の監視
- 曝露評価及び健康評価
目視評価とオンライン棚卸し
除去計画の中心は、ポーランドに残存するすべてのアスベストの全国登録の作成である。これは、目視による評価からはじまり、情報は全国データベースに登録される。責任の連鎖は、建物所有者からはじまり、所有者はアスベストを自治体に報告する責任がある。これには、住宅、商業及び政府の建物が含まれる。これを行うためのツールは、使いやすさを考慮し、非常にシンプルである。テンプレートは、環境省の規則24及び25(2012年12月20日)に定められている。報告は義務であるが、ACMを報告しなくても罰則はない。個人にとっての直接的なメリットは、除去のための補助金を受けるためには、アスベストを自治体に登録しなければならないということだけである。多くの場合、自治体は、物件の目視検査を行う臨時職員を雇用することで、地域の登録簿を作成している。これはクラクフのような大きな地域で行われており、2か月にわたって18人が検査を行っていた。
ポーランドにおけるACMの使用
ポーランド政府はアスベストの採掘活動は行っていなかった。使用されたアスベストの大半は、アスベストセメントを製造するためにロシアから輸入されたクリソタイルアスベストであった。その主な用途はアスベスト屋根材で、現在、ポーランドのアスベストの90%はアスベスト屋根材であると認められている。このため、除去プログラムのモニタリングとマッピングは、一般的にアスベスト屋根にのみ適用される。例えば、アスベストのマッピングに関するガイダンスと法律では、住宅所有者は自分の地所にあるすべてのACMを県に通知することが義務付けられているが、実際には、ポーランドではACMの他の用途はほとんど知られていなかったため、これはアスベスト屋根材のみである。
現地調査と報告から、経済開発省は、ポーランドに残存するアスベストの全国登録簿を作成した。この登録はGISソフトウェアを用いて行われ、ウェブサイトBaza Azbestowa(http://www.bazaazbestowa.gov.pl/)を通じて更新されている。このウェブサイトでは、ACMの調査が行われた物件の数、アスベストの残存量が確認できる。ACMが除去された物件も地図上で確認できる。
このような詳細な棚卸し[stocktaking]により、ポーランド政府は、2032年全廃目標達成に向けた状況や、廃棄物処理ニーズを満たすために必要な埋立地の量を監視することができる。2016年1月現在、ACM廃棄物を受け入れている埋立地は36か所で、2か所が計画中、12か所が拡張中である。
資金調達
2009年から2032年までの間に、プログラムにかかる総費用は404億PLN[訳注:1PLN(ポーランドズウォティ)は約37円]になると見積もられている。この見積もりは、不動産所有者であり、除去を促進するための市民への補助金供給者でもある政府の費用と、民間の建物・不動産所有者の費用を合わせたものである。
この試算の内訳は、2009~2032年ポーランドアスベスト除去プログラムに次のように記載されている。
- ACMの除去、輸送、処分の総費用:400億PLN
- ACM廃棄物用の埋立地56カ所の建設費用:2億6000万PLN
- プログラムを支援するために割り当てられた国家予算からの財源:5,320万PLN
- 自治体からの財源:4,000万PLN
ポーランド政府はプログラムに対して補助金を支給しているが、この資金で除去、廃棄及び交換にかかる総費用を賄うことはできない。一般的な試算では、アスベスト屋根の除去・交換にかかる建物所有者の出費の80%は交換費用である。利用可能な資金援助は、除去と廃棄にのみ使用できる。このうち、どこからどのように資金援助を受けるかにもよるが、政府拠出金は除去・廃棄費用の平均50%をカバーし、低所得世帯の場合には100%までカバーする。除去作業に対する財政支援は、主に国家環境保護・水基金(NFEPWM)及び県環境保護・水管理基金(VFEPWM)から得ている。
ポーランド政府がこのアプローチをとる理由
ポーランド政府がこの分野に大きく関与している理由は、筆者が話をした人々の間で一様に一致しているわけではなかった。というのも、プログラムは2002年から実施されているため、その権限と正当性が必要なものとして確立されて久しいからである。ACMは公衆衛生上の危険であり、除去する必要がある。誰もがよいことだと同意し、他の国も同様のプログラムを実施すべきだとコメントした。ARDの発生率が高く、建築環境におけるアスベストの使用がより広範囲に及んでいる国々を含め、他の国々がこのような積極的な役割を担っていないにもかかわらず、なぜ政府はこのような積極的な役割を担っているのかと質問したところ-主に2つの答えが示唆された。
- 旧共産主義国であったポーランドでは、アスベスト製品は政府工場で生産されていた。このことは、ポーランド政府に直接的な責任を負わせ、残存するACMを浄化するための集団的責任に対する理解を広めることにつながると考えられる。
- アスベストは公衆衛生問題である。アスベストが老朽化すると、建物所有者だけでなく、一般住民も危険にさらされ、土地を汚染する可能性がある。つまり、すべての人の健康を守るためには、政府が介入しなければならない。それが政府の責任である。
どちらの示唆も、アスベストリスクと是正は共有された責任であるという、ポーランドにおける一般的なコンセンサスを支持するものである。
訓練と情報:様々な専門家グループがACMリスクを理解する必要がある
中央鉱業研究所(ポーランド語:Glowny Insty-tut Gornictwa、略称:GIG)は、ポーランド政府から資金提供を受けている独立した科学的研究開発機関であり、企業、政府、国際パートナーと協力して活動している。その幅広い研究プログラムには、廃棄物管理、リサイクル、エネルギー監査、水管理、環境モニタリング、産業安全などが含まれる。産業安全が含まれる。アスベストに関しては、ポーランドの規制とガイドラインに基づき、ACMの安全な取り扱いのための学習活動を提供する教育プログラムを実施している。
GIGの訓練プログラムは2003年以来実施されており、その内容は以下のとおりである。
- アスベストに接触する労働者を対象とした訓練(2003~2016年)
- ARDの健康リスクと診断に関する医師及び医療専門家向け訓練(2008~2010年)
- 国家公務員、衛生監督官、労働監督官、警察官、消防士、税関職員に対するアスベストに関する訓練
- アスベストに関する裁判官、検察官、裁判所査定官、行政官向け訓練(2010~2012年)
- アスベスト除去の資金調達に関する地方自治体及び住民向け訓練(2013年)
- アスベスト除去やメンテナンスに関連する分野で働く可能性のある学生を対象とした訓練(2014~2016年)
2008年にアスベスト関連の訓練を支援するための公的資金が増額されたため、この作業プログラムは延長された。上記の研修は、安全な取り扱いと廃棄、効果的な是正を確保するために-アスベスト曝露の防止に役割を担う人々のネットワークを構築する。この一連の訓練は、地方自治体及び住民、また司法の代表者という2つのユニークな集団を対象としている。地方自治体及び住民に対する訓練では、市民が除去プログラムのもとでの責任と、重要なこととして、法令を遵守するための財政的支援を利用する方法を確実に知ることができる。司法関係者向けの訓練の目的は、アスベスト及びアスベスト含有廃棄物に重点を置き、環境に対する犯罪の文脈における人命への脅威の理解を含め-訴訟事件におけるアスベスト問題を扱うための十分な情報と認識を確保することであった。
労働者サーベイランス:アミアンタス・プログラム
ノファー労働医学研究所は、アスベスト曝露と健康リスクに関するリファレンスセンターとアミアンタス[Amiantus]プログラムをコーディネートしている。
同センターは、独立した分析調査を実施し、アスベスト関連疾患のレベルを監視し、アスベスト製造業でアスベストに曝露した労働者の予防的医療免除の全国プログラムを調整している。元アスベスト工場労働者を対象に、年に1回、任意の健康診断が実施されている。これには、一般健康診断、胸部X線検査、その他必要な検査が含まれる。
このプログラムは、アスベストに曝露した可能性のある労働者の認識向上に役立っている。しかし、曝露後の医療サーベイランスには限界があることを認識しなければならない。例えば、定期的なX線検査は新たなリスクを生む可能性があり、アスベスト関連疾患の予防を向上させるものではない。アミアンタス・プログラムはしかし、通常のX線検査よりも広範である。1997年にアスベストの使用を禁止したポーランドの法律(1997年6月19日のアスベスト含有製品の使用禁止)は、かつてアスベスト工場に雇用されていた労働者が、国の負担で自由に診察・治療を受ける権利を規定している。元アスベスト労働者には、労働内容、アスベスト曝露の程度と期間に関する詳細な情報が記載された健康診断書が提供される。このプログラムの調整には、健康診断の統一方法の実施、曝露労働者の中央登録、健康診断結果の記録などが含まれる。
アミアンタス・プログラムの主な統計
- このデータベースは6,853人のアスベスト労働者をカバーしている。
- これまでに18,955人の健康診断が実施された。
- 診断されたアスベスト関連疾患
〇石綿肺:1、476人
〇肺がん:68人
〇中皮腫:40人
ARDの診断数については様々な解釈がある。これは労働者の少ないサンプルであり、ポーランドの全人口を代表するものではないため、他国との比較は困難である。
※ASEA報告書「アスベストリスクに対するヨーロッパの対応-建築環境のアスベストから生じるリスクを低減するための政府イニシアティブに関する調査」の「ポーランド」部分の翻訳である。
安全センター情報2024年3月号