自殺に対するHSEの取り組みが命を救うことができる:ただ、それをしたくないだけだ/Hazards.Magazine,.Number.163,.July-September.2023-英:HSEに自殺に対する取り組みを求める
人々は仕事によって自殺に追い込まれる。われわれはそれを知っているし、安全衛生管理庁(HSE)もそれを知っている。ハザーズ誌編集者のローリー・オニールは、心痛を終わらせるためにまったく何もしない規制当局の4つの弱々しい言い訳を批判する。
仕事によって自殺に追い込まれることがある。低賃金であれ、高い目標であれ、ハラスメントであれ、耐え難い仕事量であれ、こうしたプレッシャーが追い打ちをかける可能性がある。しかし、HSEは、ストレス、不安、うつ病というイギリスの職場に蔓延する疫病のもっとも絶望的な兆候を、断固として放置する決意を固めている。
公衆衛生、産業医学、学術、労働組合の主要団体からその「絶望するな」キャンペーンの支持を得たハザーズ誌からの持続的な圧力に直面して、安全規制当局は、行動を起こさない新たな理由を模索している。
2023年6月21日、HSEが職場自殺に対処すべき明確な事例があると結論づける複数の学術論文を執筆したサラ・ウォーターズ教授とヒルダ・パーマーは、規制当局のサラ・アルボンCEO及びエンゲージメント・政策部長リチャード・ブラント・エンゲージメント一連の会合の最新のものをもった。
アルボンは、HSEの自殺対策姿勢に対する懸念に対応するため、「HSEと他国の規制当局との連絡」に関する「質的調査」を実施したことを伝えた。
この調査は、フランス、日本、ニュージーランド及び未確認のオーストラリアの2つの州の規制当局からの回答に基づくもので、報告要求事項のもとで、「これらの規制当局は、自殺を含む労働者の死亡、または業務や職場に関連する出来事の報告を受けている」ことを確認した。
しかし、HSEは、その調査から「職場内での自殺または労働に関連した自殺を報告及び記録に含めている他の国と同様のアプローチを採用することが有益であることを示す説得力は何もない」と述べた。
ハザーズ誌はHSEの4頁の報告書のコピーを入手した。結論として言えることは、HSEはそれを理解していないということである。
われわれは、HSEがこの調査から得たという教訓を検証し、そのどれもが意味をなさない理由を説明する。
1. 複雑である
HSEは、使用者の裁量に委ねられる可能性のある「労働との関連性」の確立が困難であることを指摘し、「このような報告は断続的である可能性があり、また例えば、職場を規制する当局に報告するかどうかを決定する前に、自殺が他の要因ではなく『労働に起因する』ものであるかどうかを使用者が決定することに依存する可能性があることが明らかに示されている」と付け加えている。
これは紛れもない事実である。しかし、これは報告義務のあるすべての傷病に共通する要因である。RIDDOR(障害・疾病・危険事象報告)報告システム全体が使用者に依存しており-使用者が報告書を作成しており-HSE自身の調査でも、負傷から喘息やがんに至るまで、あらゆるものの過少報告が広く見られることが示されている。
これは報告に対する反論ではない。制度を改善すべきだという主張である。
Journal of Public Mental Health(JOPMH)のオンライン版で2023年8月3日に発表されたウォーターズとパルマーの論文は、「自殺の背後には複雑な理由が存在しうることを認識しつつも、だからといって原因因子が存在せず、さらなる死を防ぐためにそれらの原因因子を十分に調査すべきではないということにはならない」と指摘している。
カーディフ大学では最近、2人の講師が自殺した。昆虫学者のマーク・ジャーヴィス博士は、2014年にデスクで手首を切った。マルコム・アンダーソン博士は、2018年にビジネススクールの窓から飛び降り自殺した。
アンダーソン博士の自殺をきっかけに、600人以上の職員が大学の副学長、理事会、評議会に宛てた公開書簡に署名し、過度な仕事量によるプレッシャーから他の職員を守るよう求めた。
もしHSEが2014年に介入していれば、大学側はその時点で仕事のプレッシャーを軽減するための措置を取らざるを得なかったかもしれない。代わりにアンダーソン博士が亡くなり、大学は窓のロックを設置した。
自殺は予見可能であり、予防可能であった。研究では、自殺の原因となる職務管理の欠如や仕事の過負荷など、職場のストレス要因が容易に特定できることが明らかにされている。また、職場のリスクアセスメントにおいても、それらは明確に特定可能である。
22の独立した研究をレビューし、Occupational and Environmental Medicine誌に掲載された2018年の研究では、「様々な心理社会的職務ストレス要因への曝露が、自殺念慮、企図、死亡のリスク上昇と関連することが示唆された。雇用不安は自殺念慮の高いオッズと関連し、雇用管理は自殺企図と死亡のリスクとなるようであった」(ハザーズ誌第146号)。
2. 検視官が行うことができる
HSEは、その調査から、検視官からの情報が「より信頼できる可能性がある」ことが示されたと述べ、英国の検視官制度は「予期せぬ死亡の各事例を検視を通じて調査する機会を提供し、対処が必要と思われる労働関連要因の証拠がある場合には、検視官が具体的事例をHSEに提起するルートを提供している」と言う。
「HSEは検視官協会とともに、既存のルートを通じて確立することのできる一貫性のレベルを探る次のステップを検討するだろう」と結論づけている。
ハザーズ誌は、HSEの理論を検証してみた。
2015年以降、検視官は「自殺」に言及した453件の「将来死亡防止報告書(FDR)」を発表している。
検視官が規制当局や使用者などに将来の死亡を防止するための行動を指示するために使用するツールであるFDRが作成されるのは、検視の約1%にすぎない。
ハザーズ誌は、「HSE」、「work」の用語で検索され、またはタグ「労働災害と安全衛生関連死」で特定された、453件の全エントリーを検討した。
2015年以降、これらの用語からFDRにつながった自殺はわずか3件であった。HSEに報告されたのは、労働との因果関係が明らかでない学生ハンナ・バラジの自殺1件のみである。消防士ジェイデン・フランソワ=エスプリットの自殺は明らかに労働に関連しており、ロンドン消防隊へのFDRをもたらしたが、「work」のタグはなかった-これはきわめて異例である。
さらに、ハザーズ誌は、すべての死因に関連する「HSE」タグの付いた34件の遺体検案すべてを検証し、労働に関連した自殺に関連してHSEに将来死亡防止報告書が提出されたものは1件もないことを確認した。
ハザーズ誌の分析によれば、労働関連自殺に関するよりよい情報を得るための検視官ルートに対するHSEの信頼は見当違いであることが強く示唆されている。HSEは国の安全衛生調査・規制機関である。
HSEが検視官に適切な代役を期待する明白な理由はない。
3. 遺族に任せる
HSEが介入しないのであれば、その仕事は遺族に委ねられることになる。自殺による死別はそれ自体が自殺のリスク要因であり、HSEが踏み出そうとしないところに、遺族が踏み込むことが果たして適切なのだろうか?
ウォーターズとパルマーは、JOPMH誌でこう警告している。「英国には、労働に関連した自殺を監視したり規制したりする法的枠組みがないため、個人的に計り知れない悲しみを味わっているときに、キャンペーンを主導する責任を家族に負わせることが多い」。
「しかし、フランスなどの国では、同じような状況で訴訟を起こす負担から遺族を守るための法的枠組みがある」。
HSEには調査権限も資源もあるが、遺族にはない。
4. 効果がない
HSEはその小規模な調査から、規制的役割を自殺にまで拡大することで、「一貫性のある信頼できるデータを収集できるか」は「明らかではない」と結論づけている。また、「受け取った情報から、直接的な改善を促したり、基準やパフォーマンスを向上させるための新たな情報を得たりすることで、安全衛生の成果に全体的な利益をもたらすために同様のアプローチを用いることができるという説得力のある見解は得られなかった」と付け加えている。
これは説得力があるように聞こえる。しかし、この種の証拠を入手するのは困難であり、それがないからといって、効果がない証拠や不作為の十分な理由にはならない。HSE自身の論理に基づけば、労働関連ストレス、不安、うつ病に関する現在の予防活動をすべて放棄すべきである。なぜなら、その割合が過去最高を記録し、労働に関連した病気休暇の半分を占めるようになっているからである。それはむしろ、予防活動により多くの資源とより広い範囲が必要だという証拠である。
自明なことは、HSEが労働における自殺報告やリスクを調査しなければ、必然的に介入の機会を逃すということである。そうなれば、HSEは予防と死者・遺族への正義の両方を実現する機会を犠牲にすることになる。
フランスのシステムは、労働者を追い出すことを意図したリストラ計画後の19人の労働者の自殺と12人の自殺未遂において、フランステレコムのトップ取締役の責任が露呈することにつながった。2013年にオレンジと改称された通信大手の元社長兼最高経営責任者ディディエ・ロンバールは、2019年12月20日に1年間の実刑判決を受けた。他の2人のトップも実刑判決を受けた。同社には75,000ユーロ(約148万円)の罰金が科された(ハザーズ誌第148号)。
JOPMHの論文によれば、「労働者のメンタルヘルスをより保護する法的枠組み」が、「フランステレコム、ラ・ポスト、ルノーを含む大企業に対する法的措置」で成功を収め、これがひいてはフランスにおける職場の安全性の大幅な改善につながった」。
日本では、広告大手の株式会社電通が、2015年の過度な残業に関連した自殺事件以来、労働監督当局の厳しい監視下に置かれている。労働監督当局の調査により、この広告代理店は2017年に罰金を科され、電通の石井直社長兼最高経営責任者(当時)の辞任を促した。電通は2017年7月に改革計画を発表し、1人当たりの労働時間を20%削減することを約束した。
2019年12月に電通は、違法な時間外労働の問題で再び労働監督当局の標的となり、「労働環境の改革を継続する」と表明した。
2022年6月の報告書で、HSEの職場衛生専門家委員会(WHEC)は規制当局に対して、「労働による寄与が重要であった可能性のある毎年の自殺者数について信頼できる情報を入手すること」を求めた。
それから1年以上経ってもHSEは動かなかった。ウォーターズ教授は、HSEの妥協しようとしない姿勢は致命的かつ違法であると考える。彼女はハザーズ誌に、HSEの不作為は「人権法第2条に基づく生命への脅威を構成する可能性がある」と語った。
労働による自殺をカウントする
- カウントする:6つの簡単な対策が、労働に関連した自殺を認識し、記録し、防止するための行動をより効果的にすることができる。労働関連自殺をRIDDOR規則に基づく報告対象とし、労働関連自殺の可能性に関する安全衛生管理庁(HSE)と検視官との間のコミュニケーションを改善する。
- 定義する:労働に起因する、または明らかに労働に関連する自殺を明確に定義する必要がある。これには、労働における自殺、仕事衣を着用しての自殺、仕事用の器具や資材を使用しての自殺、メンタルヘルス問題で産業保健や人事に照会されたこと、メンタルヘルス関連の病気休暇の履歴、同僚に影響を与えたストレス関連の問題のパターン、個人的な記録による証拠、検視官による審問、一般医その他の健康専門家、労働要因を示唆する家族や自殺のメモなどが含まれる得る。
- 評価する:自殺リスクの調査と対処は、職場のストレス・リスクアセスメントとストレス・マネジメント戦略の一部であるべきである。
- 調査する:労働関連自殺及び自殺念慮を、HSEの監督ガイドラインに明確に含めるべきである。労働関連自殺を含む、労働関連ストレスに関するHSEの監督向け業務ガイドラインを設けるべきである。HSE、警察、検察、その他の捜査・法定機関の間の協力体制を定義した「労働関連死議定書」に、労働関連自殺を明示的に追加すべきである。
- 優先順位をつける:自殺は、HSEの「明白な懸念事項及び潜在的な重大懸念事項」(ハザード誌第155号)に含める要件を満たしている。監督官に対する業務通達を自殺に適用し、労働関連自殺、自殺パターン、自殺念慮(自殺意図)の証拠についてHSEの調査を開始する。
- 補償する:労働関連自殺による死亡は、中皮腫のような他の致死的業務関連疾患と同様に、政府による補償の対象とすべきである。法的ガイダンスは裁判所に対して、民事賠償訴訟における労働関連自殺の因果関係の可能性について、明確にすべきである。
- サラ・ウォーターズとヒルダ・パーマーの論文「Ofsted suicides: who is responsible for suicide prevention?」 Journal of Public Mental Health, published online ahead-of-print, 3 August 2023:https://doi.org/10.1108/JPMH-06-2023-0051
- ハザーズが考える、仕事に関連した自殺を認識し、記録し、予防するための行動をより効果的にするための6つの簡単な対策(上の「労働による自殺をカウントする」を参照)
- HSEがRIDDOR規則に基づく自殺の報告を認めることを妨げるような安全法における自殺報告の明示的な除外規定は存在しない。これは議会の決定ではなく、HSEが行った完全に可逆的な選択である。ハザーズ誌は、この法律が実際に何を示しているのかを説明している。
- ハザーズ誌「組合安全代表のための自殺チェックリスト」※https://www.hazards.org/suicide/wedespair.htm
- 安全センター情報2024年3月号