移住労働者の労災事例2件。労災療養中に違法解雇-東京●療養補償手続きだけで休業補償請求をしておらず、労基署の案内もなかった

今回は、相次いで相談があった移住労働者の労災事例2件を報告する。2件とも、会社側の不当な対応と労働基準監督の不十分な対応が重なり、被災者が困窮状態に追い込まれた事例である。

インド人男性Sさん

まず、インド人男性のSさんから私たちのセンターに相談があったのは、2020年8月のことだった。職場の事故で怪我をして働けなくなり、収入がなくなって困っているということだった。8月下旬の暑い昼下がり、埼玉県内の彼のアパート近くで本人から話をうかがった。

Sさんは1か月ほど前、東京都内の解体工事の現場で、2階建ての建物に登って作業中に誤って転落し、左半身在強打して左手首を数か所骨折した。地元のA病院で患部を固定するためプレートを埋め込む手術を受け、現在はリハビリ中とのことだった。

労災について本人に詳しく確認してみると、どうやら彼が勤めるB社が療養補償の手続を行ったようだったが、休業補償の手続はまだのようだった。Sさんの話では、最寄りの労働基準監督署に相談に行き、労災保険制度のパンフレットをもらったらしいのだが、休業補償についての具体的な案内やサポートはなかったようである。日本語の不自由なSさんにパンフレットを渡しただけというのだから、労基署の対応はきわめて不十分と言わざるを得ない。

また、怪我して以降、B社から給料の支払いもなく、収入がなくなって家賃が払えないので、いま住んでいるアパートも追い出されそうだ、と非常に困っている様子だった。

そこで私たちは、SさんのA病院への受診に同行し、主治医に面談して、治療費に関する労災での処理状祝や今後の治療の見通しなどをあらためて確認した。そして、休業補償の請求について医師の証明を依頼した。さらにその後、本人がB社に事業主証明を依頼したところ、これもすぐ取ることができた。

ただ、やはり労災の手続が遅れたため、休業補償の認定と支給は10月下旬にずれこみ、Sさんはアパートを追い出され、知人の家に引っ越すはめになってしまった。さらに、B社は休業中で働けないSさんを解雇してしまった。労災休業中の解雇は違法であり、不当解雇である。ただ、Sさんの希望もあってB社を追及することはせず、まず治療と労災手続きの継続に専念することにした。

その後、Sさんは左手首の再手術を受け、現在も労災を受給しながら療養中である。

ウガンダ人Tさん

Sさんの労災手続が少し落ち着いた10月下句、今度は、ウガンダ人のTさんから労災に関する相談があった。

Tさんは、都内の産廃処理会社(C社)に勤務していて、2020年8月に、家具の分解処理中に誤ってカッターで左手首を切ってしまい、親指付け根の腱を切る怪我を負った。Tさんの話では、C社は地元のD病院に彼を連れていったものの、労災の手続がきちんと取られているかどうかはわからないとのことだった。しかも、労災療養中の10月中旬に、C社から「もう働けないから」と10万円を渡されて解雇されてしまい、生活に困窮していると言う。

私たちは、Tさんが通院しているD病院で治療の状況や労災保険の適用の有無などを確認した。その結果、Tさんは手術後の回復も順調で、ほぼ後遺症なくそろそろ治療が終わりそうだということ、治療費については労災申請が出されていることが確認できた。さらに地元の労基署に行き、休業補償が出されていないことを確認した。労基署は療養補償の請求を受理し、すでに支給決定も出していたが、休業補償については本人に何の案内もしていなかった(この時点で労災事故からすでに2か月が経過していた)。

休業補償の請求については、主治医の証明はスムーズに取れたのだが、C社の事業主証明のところで少し手間取った。C社の社長が、この労災事件とは別の不法投棄事件で逮捕されてしまい、労災の証明在判断する責任者が不在になってしまったためである。結局、証明拒否ということで労基署に提出した。

さらに、Tさんは労災補償を受け取るための銀行口座を持っていなかったので、私たちが郵便局に同行して郵貯口座の開設を行った。口座開設に必要な書類や手続には多言語対応がなく、Tさん一人では口座開設は不可能だった

2021年1月、Tさんの休業補償がようやく支給され、怪我もほぼ完治して別の職場で働きはじめた。
今回相次いだ相談事例は、どちらも会社が療養補償の手続だけをして、しかも療養中に不当解雇していた。さらに労災申請を受理した労基署が、(療養が長期に渡っているのに)休業補償の請求について、きちんと案内やサポートをしていなかった。

SさんもTさんも日本語が不自由で、労働法や労災保険のこともよく知らないし、一人では到底こうした状況に対応できない。移住労働者の生活と権利を守るために、私たちNPOや労働組合が連携し、さらにきめ細かい支援が必要だと感じている。

文/問合せ先:東京労働安全衛生センター

安全センター情報2021年10月号

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